優れた演奏とは…「記録」と時間の流れ
昨日の続きとなります。
未来から過去へと流れている(と認識していた)はずの時間を、なぜ私たちは過去から未来へと勘違いしてしまったのでしょうか。
その原因となっているのは、「文字(文)」や「音符(楽譜)」や「録音」という「記録」です。記録するということは、本来流れていくモノを、この現在に固定することです。
音楽と楽譜の関係で考えてみましょう。音楽は未来から流れてくるモノです。たとえばそれを楽譜に記録したとすると、それを再生するには、1小節目の1拍目から右に向かって演奏していくことになります。
つまり、音楽を聴く際には客体であった自分が、今度は演奏する側に立つと主体になる。そうすると、記録の古い方、すなわち過去から順に再生していくことになります。
それはあくまで演奏、再生の方向であって、音楽が聞こえてくる(流れてくる)方向とは違います。その主体と客体の逆転が、時間の流れの認識においても起きました。
つまり、自分が止まっていて「時間が向こうから流れてくる」のではなく、時間の道のりを「自分が過去から未来へ歩んでいく」というように捉えるようになってしまったのです。
ここには西洋近代がたどり着いてしまった、個人主義、主観主義が大いに影響しています。ちなみに日本語で「人生を歩む」という言い方をするようになったのは明治時代からです。それまでは、自分が止まっていて時間が未来から流れてくると感じていた…これについては今まで何度も書いてきました。
しかし、こういう近代的感覚は単純に間違いだとは言えません。なぜなら、自分と時間との関係は相対的であって、どちらを固定するかによって、二種類の解釈ができるからです。
わかりやすく空間で話をすると、たとえば自動車のナビや、飛行機、電車の運転シミュレーターのように、自分が動いていなくても、自分が動いているように感じますよね。時間においても同じことが言えるのです。
しかし、相対的に同じと言っても、その本質は明らかに違います。車を運転してどこかに行くのと、ナビの中でどこかに到着するのとでは、もちろん意味が違いますよね。
実はそこが肝心なのです。たとえば音楽で言えば、完全に即興の音楽というのは、自分が止まっていて向こうから来る音楽をキャッチしていく感じで、楽譜通り演奏するというのは、記録された情報を過去から順に正確に再生していく感じ。明らかにその質は違ってきます。
あくまでも、本来音楽は未来からやってくるモノ。それを前提にすると、たとえばクラシックの演奏において、優れた演奏とはなんなのか、一つの考えが浮かびます。
そう、記録された情報を過去から順に再生していくのだけれども、それを聴く人たちには、まるで今生まれたばかりの音楽が、向こう(未来)から流れてくるように感じる…それが優れた演奏なのではないでしょうか。
いくら完璧にデータ通りに再生したとしても、それが感動を呼ぶとは限らない。いくら完璧なテクニックでミスタッチなく曲芸的に達者に演奏されたところで、ちっとも面白くない、なんてことはしょっちゅうあります。
上の写真はマタイの自筆譜です。私もかつてマタイ受難曲全曲演奏に参加させていただきましたが、その際の体験が非常に象徴的でした。私はとにかく間違いのないように音符を正確に再生していくことに努めていたのですが…そこで演奏家であるはずの私に奇跡が起きました。向こうから予想しないモノがやってきて私を突き動かしたのです。
その時のことを記録した「残酷で愚かな自分を発見…マタイ受難曲全曲演奏」という記事をお読みください。この体験は私にとって非常に大きな転機となりました。
おそらくバッハ自身、向こうからやってくる音楽をキャッチして、そしてこの楽譜を残したのでしょう。きっと涙しながら、感動しながら、神のメッセージを受け取っていたに違いありません。
そのバッハの感動を「今ここ」に再現できたら、きっと最高の演奏になるのでしょう。難しいけれども、実に興味深い人間の営みではありませんか。
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