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2018.04.21

【討論】属国からの脱出はありうるか?

 日は東京で仕事。それが終わってからある会合に出席し、藤井厳喜さんにお会いしました。藤井さんは優れた国際政治アナリスト。今日は仲小路彰について少し情報を提供させていただきました。
 定期的に過去・現状の分析、そして未来の予想をし、個人や企業にその情報を提供しているという意味では、現代の仲小路彰とも言える方です。
 藤井さんも今日のお話の中で、「いい加減な憲法なんだから、いい加減に改正してもいい」と、独特の表現で現憲法の問題点を指摘しておられました。
 日本国憲法が、GHQによって「日本をアメリカの属国にするために」作れられたというのは、もう説明をする必要のない事実です。
 しかしその憲法をありがたく戴いているのが現状の日本です。改正や自主憲法制定の話をすると、すぐに右翼とか言われる。大日本帝国憲法の復活なんてもってのほか。
 私は独自の「国譲り理論」から、いわゆる保守派の方々とはかなり違った憲法観を持っているのですが、かと言って護憲派というわけではありません。というか、思考停止した護憲派の方々を軽蔑さえしています。一方、ちゃんと思考して未来的な理想としての現憲法を守ろうとする方々とは話ができます。
 逆も言えます。改憲派の中にも思考停止している人がいて困ることがあります。
 さて、この討論に参加しておられる方々はどうでしょうか。
 藤井厳喜さんもおっしゃっていましたが、大幅な改憲や自主憲法となると、各条文を一つ一つ考えなければならないわけで、九条のみならずそれぞれ侃々諤々になり、いったい完成までに何百年かかることやら。
 つまり言語の限界なんですよ。コトを窮めてモノに至る。
 私は聖徳太子の十七条憲法を復活させればいいと思っています(笑)。
 そうそう、世界中の現行憲法で、一字一句変更が加えられていないという意味で最も古いのは、実は日本国憲法なんですよね。誇りと言えば誇りですよ。日本人が言葉にこだわらない、言語による契約を信用していないことの証明です。
 そして、天皇の存在こそが「モノ」性の象徴なのであります。終戦後、こうして天皇制が存続しただけで、じゅうぶん「コンスティテューション」が保証されたでしょう。
 属国とか主権国家とか、そういう言葉にもあんまりこだわらなくていいいのではないでしょうか。悩みだけが増えてしまいますよ。

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2018.04.20

iPad 9.7インチ (2018)

Th_7198bkipayl_sl1000_ 学生になった娘がパソコン買って!というので、まずMacかWindowsかどっちがいいのか聞いたところ、大学のパソコンは全てMacだと言います。
 なるほど、それは良いことだ。ところで、何に使うのか。すると、レポートを書くというので、それなら高いMacを買う必要はなく、iPadでいいではないかと。
 ということで、最近出たiPadの一番安いやつを買いました。そしてキーボード付きケースも買ってセットアップしてやりました。WordとExcelは基本無料です。
 実は私、iPadを買うのは初めてです。父がずっと使っているので、その操作性などはよく分かっていたのですが、こうしてキーボードを接続すれば、ほとんど今までのパソコンと同じように使えるというのは、まあ知ってはいましたが実際やってみるとなるほどなと思いました。
 たしかに一般の人がディスプレー上でやることといえば、ウェブサーフィンとメールやLINE、あとは動画を観るくらい。それならたしかにタブレットでいいのかもしれませんね。
 大学生なんかも、キャンパスで持ち歩くのにパソコンよりタブレットの方がいい。特に女子はね。
 こちら親としましても、出費が約3分の1ですみました。Macは高いですからね。助かる。もちろん学生・教職員価格ですので、さらに割安でした。
 今回の新型iPadは、教育用を謳っていますよね。ApplePencilが使えるようになったらしい。たしかに学校でうまく使うと楽しいかもしれません。あくまで「楽しい」であって、それが学習にとって本当に効率的かどうかわかりませんが
 こうしてタブレットがいわゆるパソコンに取って代わるようになるんでしょうかね。
 ウチのMacも10年選手が2台あって、まだまだ現役なんですが、電源系がちょっと危うくなってきていので、いずれ買い換えなきゃと思っています。1台はiPadでもいいかなあ。いや、ウチは夫婦ともにワープロソフト(アプリ)は、最近奇跡の復活を遂げた名作EGWORDを使っているので、これがiOSに対応してくれるまではMacを使い続けるしかない。
 というわけで、たった一晩ですが、最新iPadで遊びました。あさってには娘のものになってしまいます。まあちょうどいい試用になりました。
 安物のキーボード付きケースもまあまあかな。Windows用の刻印がされているのが?ですし、ちょっとローマ字入力の設定などに苦労しましたが。

Amazon 新型 iPad 9.7 キーボードケース

Apple学生・教職員ストア
 

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2018.04.19

追悼 ブルーノ・サンマルチノさん

Th_94355_60_d0e35e61_48857418m 日、寝る寸前にプロレスマニアの友人から情報が入りました。
 人間発電所ブルーノ・サンマルチノさんが82歳で亡くなったとのこと。とても残念ですが、レスラーとしては長生きだった方ではないでしょうか。
 公私ともに馬場さんの良きパートナーだったサンマルチノさん。このお二人はプロレス界きっての紳士コンビでした。
 サンマルチノさんと馬場さんが出会ったのはニューヨークだと思いますが、馬場さんの英語がいまいちだったので、その頃はお互い理解しあうことはなかったようですが、1967年でしょうか、初来日の時、ジョー樋口さんを介してじっくり話をして、お互いの人柄に惹かれ合ったようです。
 その後の日米での活躍については、あえて書くまでもないでしょう。
 馬場さんが大きな体を窮屈そうに丸めて車に乗るのを見て、自身が乗っていたキャデラックをプレゼントした話も有名ですね。それから馬場さんはずっと同色のキャデラックに乗り続けました(最後のキャデラックは今、曙選手のところにあるはず)。
 まさに「気は優しくて力持ち」だったお二人。きっとあちらで旧交を温めていることでしょう。なんか目に浮かびますね。ご冥福をお祈りします。

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2018.04.18

アインシュタインの教育論

Th_unknown はアインシュタイン自身が語った言葉ではありません。原典はこうなっています。

 教育を次のように定義した人の機知は、けっして誤っていなかったのです。すなわち、「教育とは、学校で習ったことをすべて忘れた後に、残っているものである」と。

 つまり引用の形をとっているのです。しかし、それを誰が言ったのかは不明であり、もしかるすとアインシュタイン自身の修辞法だった可能性もあります。つまり、自身が考えた言葉なのかもしれない。
 いずれにせよ、アインシュタインの教育観がこの言葉で表現されているのは間違いありません。非常に深い言葉ですね。特に私たち教育者としては。
 学校で習ったことなんて、やっぱり忘れちゃうんだよな…というある種の虚しさもありますが、一方で、そうした確かに何かを残すことができる、たとえ意図せずとも…という意味で少し嬉しくなったりもする。
 違う言い方をすれば、私たち教師が教えようとしたことはほとんど忘れ、生徒が自ら知りたがったり、面白がったりしたことは、主体性のもとに記憶されるということでしょう。
 ワタクシの「モノ・コト論」で言うなら、意識化され、データ化された「コト」は忘れてしまう可能性が高いけれども、無意識の体験であったり、言語化されない「モノ」は血肉となって残る可能性があるということですよね。
 なるほど教育の本質を捉えた言葉であると思います。学ぶ立場としての自分自身の体験的にも、これはかなり真実に近いと直感します。たしかに忘れたけれど何かが残っている。残るということは意味があるということ。
 そして学校というシステムへの懐疑の表現としても面白いですよね。私たち教員は常にこれを意識せねばなりません。
 学校で習ったことをすべて覚えていたら、きっとアインシュタインは世紀の大発見をすることはなかったでしょう。

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2018.04.17

Amazon Music Unlimited

Th_images 2年半前にAmazon プライムミュージック開始の記事を書きました。
 あれから、私の音楽ストリーミングライフは、だいたいこんな感じで固定化されてきました。
 すなわち…全ジャンルにわたる一般的な利用はAmazon Music Unlimited、自宅の音源保存にはGoogle Play Music、クラシックのマニアックな曲を聴く時はNaxos Music Library。こんな感じです。
 GPMは無料、AMUはプライム会員なので年額7800円、月々だと650円ですね。そして、NMLは本来月々1980円ですが、私はピティナのグランミューズ会員ですので、月々300円で利用できます。
 つまり、ストリーミング・サービスのためにだいだい月々1000円払っているということですね。まあ、たった1000円で世界中のほとんどの楽曲を好きな時に好きなだけ聴けるということになります。
 なんともすごい時代になりましたね。音楽ファンにとっては本当に幸せです。
 AMUには最近登録しました。Prime Musicの時に書いたように、Amazonらしいプレイリストやラジオステーションがお気に入りです。ダウンロードできるのもやはりうれしい。
 そう、今や円盤の時代はとっくに終わり、そしてダウンロードの時代も終わったと言われています。ストリーミングの時代というわけで、とにかく手元に物にせよデータにせよ、所持、保管しないというわけです。
 もちろん、前時代の人間、いや最近の若者こそが、そうした雲をつかむような音楽受容に飽き足らず、LPレコードはもとより、カセットテープまでをもクールだとして、あえて所有するようになっているのは面白いですね。
 私もここへ来て、地下室に眠っているレコードやカセット、さらにはCDを再生できる環境を再び整えつつあります。
 モノからコトへ、しかしまたモノへ回帰するという、「コトを窮めてモノに至る」という一つの形かもしれません。
 まあ、もともと音楽は流れ行くものであり、固定化して所有すべきものではありませんから、実はストリーミングへの流れ自体は間違ったものではないとも思います。
 古代に還ったとも言える。そうすると、若者の音楽所有欲求というのは、案外古典的な人間の欲望なのかもしれませんし、そういう意味では、「財産の私有」にこだわるという、お釈迦様がずいぶん昔に否定した煩悩がいまだに健在だとも言えそうですね。
 別の見方をすれば、ストリーミングは「究極の私有」とも言えます。つまり、いつでもどこでも何度でもということです。それこそ物理的限界にさえとらわれない究極の所有の形態とも言えるわけです。
 さて、私はどうでしょうか。どうなっていくのでしょうか。演奏家のはしくれとしては常にストリーミングです。即興性を重視し、楽譜を読むのが苦手という意味でも、ストリーミング派でしょうかね。

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2018.04.16

渋谷すばる 『Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜』

 谷すばるくんがニュースを賑わせております。彼については、こちらに書いたとおり、私は非常に高く評価しております。
 彼がいわゆるアイドルグループの一員として頑張ってきたことには、それなりに大きな意味があったと思います。
 関ジャニがここまでの長命アイドルになれたのも、すばるくんの持つ高度な芸術性のおかげでしょう。
 ですから、ここで彼がグループを離れることは、たしかに残念であり、心配なことでもありますが、別の考え方をすれば、彼がここまでよくぞアイドルとして頑張ってくれたとも言えます。
 それほどに、彼はある意味「浮いていた」。もちろんニュアンスの方がより強いわけですが、私からするといつ独立して、いわゆるミュージシャンになってくれのかなという正直な気持ちもありました。
 そう、先週の金曜日、11年前に関ジャニの初ドームに行った時、すなわち渋谷すばるというアーティストの存在と初めて出会った時、一緒に行った3人のギャルたちと飲み会をしました。
 彼女たちももうギャルなどと言えない大人の女性になり、世界を股にかけて活躍しています。11年ですからね。私も社会的立場は大きく変わりました。
 そう考えると、一つのアイドルグループでずっとやってきたすばるくんは、本当に立派だと思います。タイミングを図っていた部分もあったことでしょう。もちろん未練もあるかもしれません。
 ただ、彼の内側から湧き上がってくる「歌の魂」は、どうにも抑えきれなかったのでしょう。彼の歌は、たしかにテクニック的にはいろいろ難点も挙げられましょうし、ある種のクセが気に入らないという人もいて当然です。
 しかし、なんと言いますか、圧倒的に魂をこめて歌うことができるという意味では、若い歌い手の中ではピカイチの存在です。
 上に紹介した「Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜」は、私の大好きな日本のバラード。好きだからこそ、厳しい目、いや耳で聴いてしまいますが、私には本当に完璧に感じられます。
 ただ歌いこなすのではなく、歌と一体になるということ。たとえば美空ひばりがとんでもないレベルで成し遂げたことを、彼は自分の意志というよりも、天与の宿命として実現しようとしている。
 今回の決断が、彼の、そして私たちの夢の実現への、大きな一歩になることを期待しています。応援しています。
 上掲の記事で書いた、歌謡コンサートの「元気を出して」がありました。こちらもじっくり聴いてみてください。

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2018.04.15

AbemaTVでベイスターズ戦を観る(祝8連勝!)

Th_ae2a6e2644bae399087a3922c9e963a6 は1998年の38年ぶり優勝で熱狂してから、私のベイスターズ熱は急速に冷めてしまい、球場での生観戦はもちろん、テレビ中継もほとんど観なくなってしまっていました。
 それが今年は開幕からちゃんと観ている。これは実に面白い現象です。
 まるで大洋ホエールズファンだった少年時代のように野球のことばかり考えている。不思議な現実です。
 というのは、ちょっとお恥ずかしい話なんですけど、今年の正月からふとしたきっかけでスマホゲームの「プロ野球スピリッツA」をやりこんでいるんです。
 それまではこれこそお恥ずかしいのですが、ポケモンGOにずいぶん時間をかけていました。しかし、やはり自宅にいながらにしてガッツリできないじゃないですか。基本お出かけしなければならない。
 それで何か暇つぶし的なゲームはないかな、しかし、かと言ってルールを一から覚えるのは面倒なので、自分がよく知っているスポーツのゲームをやろうと思い、それなら野球だと始めたのです。
 そうしたら…なんだか本当に久しぶりに野球熱が再燃してしまった(笑)。実はそういうことです。
 大好きだったベイスターズさえ、今どんな選手が活躍しているか正直知らなかった。本当にここ20年全く観ていなかったので。しかし、ゲームのおかげで、選手の名前、顔、ポジション、フォームなど、いろいろ予習することができた。
 それで開幕が楽しみでしかたなかったのですよ。そして、今やテレビではなくネット中継で観戦できることも知った。
 そう、昨年に続き、横浜DeNAベイスターズの全主催試合を、AbemaTVで完全無料放送してくれているのです。
 ファンの方々からすれば今さら何をでしょうけれど、ずっと離れていたワタクシからしますと、これは大変な驚きでした(もちろんニコ生による中継も)。
Th__20180416_62108 そして、ネット中継が実に面白い。今日の中日戦の解説は初登場の小田幸平さん。この解説が最高でした。捕手目線の配球予想をはじめとして、なるほど!と思うお話が満載。ますます野球の面白さにはまってしまいました。
 もちろん(当たり前ですが)ゲームではない本物の選手、本物の試合のすごさも体感できますし、やっぱり生観戦したいなとも本気で思った。
 本当に今さらなんですけれども、日々の楽しみが一つ増えた…いや、忘れていた楽しみを思い出したと言えそうです。
 今日はベイスターズ戦終了後、夕方からは大日本プロレスの試合をネット生中継で観戦しました。本当に久しぶりにスポーツ観戦三昧の日曜日を過ごしたような気がします。
 その間、テレビは娘が映画鑑賞のために占拠しておりました。昔のようなチャンネルの取り合いもない、なんとも便利で平和な時代になりましたな。
 それにしてもベイスターズ8連勝とは驚きですね。復活ファンとしては最高のプレゼントをいただいている気分であります。


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2018.04.14

薬師丸ひろ子 『Woman"Wの悲劇"より』

 日は東京にてラモーの練習がありました。プロに特別レッスンをしていただき、本当に音の裏側にある「物語」の豊かさに感動いたしました。それこそ私は書き残された「音符」を再現するだけで、その背後や行間にある本質を表現できていない。
 当たり前ですが、そこがプロとアマチュアの違いでしょうね。今日はそれを痛感。ただ、こうして教えていただけるだけでも幸せなことであります。
 さてさて、今日の記事は昨日の続きとなります。
 ユーミンが他者に提供した曲の中でも、ご自身で最も高く評価している「神曲」がこれ。
 いやたしかに神がかってますよ。それこそ、音符の組み合わせの妙により、今まで地球上になかったクオリアが生まれ、それが時代を超えて残ることになっている。すごいですね。
 ユーミンも語っているように、この奇跡が生まれたのには、薬師丸ひろ子という稀代の歌手の存在が深く関わっています。あの声、歌唱力、そしてお人柄がユーミンの才能を刺激した。作詞の松本隆さんもそんなことを言っていましたっけ。
 そういう意味でも、やはり関係性の中に縁起している音楽と言えましょう。
 さあ、今さら私が語るべきではないかもしれませんが、この曲のコード進行のすごさは本当にすごい(笑)。すごいとしか言いようがありません。
 これは創造なのか、それとも発見なのか。いや、全ての創造は発見なのかもしれませんね。
 特にサビに入る前とサビのコード進行。転調とも言えますよね。まさかのB♭m7(9)。
 9thが生む浮遊感というのは、よく言われることですけれども、なんというか、マイナーへの転調として捉えると、基本的には落ちてるわけですよ。そこに非和声音の9度のいわゆる「倚音」で薬師丸ひろ子に歌わせてしまったユーミン、そしてそれを完璧に、さらに純粋に歌ってしまった薬師丸ひろ子という、なんとも奇跡的な組み合わせによって、この宇宙にそれこそ浮遊していたクオリアを「発見」してしまったわけですよ。
 おそらくこの地球上に初めて召喚されたクオリアでしょう。もちろん、ジャズなどではこういう展開もありましたが、歌として、歌詞とも関係しあってのこのクオリア、ニュアンス、ムード、イメージは初めてでしょう。
 松任谷正隆さんが荒井由実に惚れた一因が、この「ここでこのコードか」だったと言います。なるほど、これは専門であればあるほど驚きますよね。
 この動画、比較的最近の薬師丸ひろ子さんですが、本当に素晴らしいですね。昔、すなわち30年前はさほど興味がわかなかった。今は正直興味ありありです(笑)。

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2018.04.13

“100年後”も聞かれる音楽を――ユーミンが語る老い、孤独、未来

Th_1523076636_1523076525_02 し前にYahooニュースに掲載されていたユーミンのインタビューが実に良かった。こちらです。
 4月11日に出たユーミン自撰のベスト・アルバム「ユーミンからの、恋のうた。」が、たしかにすごい内容ですね。40周年の時の「日本の恋と、ユーミンと。」と合わせて91曲。それがベストなわけですから、とんでもない歌人だと言うとこですね。
 そして、歌人と言えば「詠み人知らず」を目指すというのも素晴らしい。実際、多くの歌手に素敵な曲をたくさん提供しています。最近でも「あっこれもやっぱりユーミンだったんだ」と気づくことがあります。自我が強くないのが天才の条件なんですね。私も見習いたい。
 インタビューの内容は、もう読んでいただくのが一番ですけれども、やはりティン・パン・アレーの「手数が少ないが情報が豊か」という話、これってそのあとの「クオリア」も含めて、やはりデータ化可能な「コト」自体ではなく、それらの関係性の間に縁起する「モノ」の方が本体であるという話とつながりますよね。
 そういう意味で、最近ちょっと宇宙の本質がわかってきたような気がするんです。天才たちのおかげで、お釈迦様の言わんとしていたことにちょっと近づけている気がする。
 そういう意味で、ダンナ様である松任谷正隆さんとの関係についての言及も興味深いですね。「ハサミ」か!素晴らしい比喩だなあ。やはりお互いの関係性の、それも隙間に本質があると。
 若い頃、実はそんなに積極的にユーミンを聴いてきませんでした。演奏はずいぶんしましたけどね。最近、大人になって、音楽も少し分かるようになって、世界の構造も見えてきて、さらに不思議な事に仲小路彰に関わることから、アルファレコードの裏側にも触れることになり、ようやくユーミンに漂着したというか戻ってきたというか。
 そういう意味で本当に今、幸せな音楽人生を歩ませていただいています。皆さんありがとう。
 

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2018.04.12

河合奈保子 『涙のハリウッド』

 張の行き帰りの車の中で、ずっと河合奈保子さんの歌を聴いていました。
 最近、リアルタイムではあんまり聴かなかった昭和の歌謡曲をじっくり聴いております。特にアイドルの楽曲の編曲や演奏の素晴らしさに感動することが多い。
 この歳になったからこその楽しみ方ですね。いいものは時代を超えていろいろな楽しみ、学びを与えてくれる。
 さてさてそんな中、今日特に面白かったのはこの曲。実は知りませんでした、この曲。
 1986年、25枚目のシングルなんですね。1986年というと私は22歳。大学生ですね。この頃はバロックとジャズばっかり聴いてましたね。あとはバンドのお手伝いで70年代フォークとか。サークルでは山田流箏曲をやっていた(笑)。本格的に古楽器演奏始めたのもこの頃です。
 そんなわけで歌謡曲はほとんど聴いていませんでした。洋楽もMTVなんかでヴィジュアル化が進み、軽い音作りが多くなって正直ついていけない感じになっていました。
 唯一洋楽で聴き続けていたELOもこの年のアルバム「バランス・オブ・パワー」を最後に活動停止状態になります。
 そんな年に出たこの河合奈保子のシングルは、まさにELOの黄金期の音作り(アレンジ)そのもの。ほとんどパクリですね(笑)。ELOファンなら、元ネタを全部言えるでしょう。
 編曲はかの萩田光雄さん。萩田さん、なんでここでELOを持ってきたのでしょうか。ここまでコテコテだと一瞬手抜きかと思ってしまうほど。
 でも、考えてみれば、この10年後、奥田民生さんプロデュースのPUFFYが「アジアの純真」でデビューし、再びELOチックなキラキラアレンジを世の中にばらまきましたね。
 その後も、ELO節、すなわちジェフ・リン的なコード進行や、ルイス・クラーク的なアレンジというのは、J-POPの誕生に大きな役割を果たしたと思います。
 それにしても河合奈保子、歌うまいなあ。かわいいし。いいですねえ。

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2018.04.11

「利他の心」…ザ・リーダー 稲盛和夫

 場の先輩に「致知」を借りて読んでおります。表紙は稲盛和夫さん。特集「利他の生きる」。年齢的に否応なくリーダー的な立場にならざるを得ないようになってきた私にとって、稲盛さんは最高の知恵を与えてくれる人です。
 今までも稲盛さんには勝手な親近感を持ってきました。この動画でも「やきもの」という言葉を何度も使っていますが、私の中では霊的な意味でも、また実業的な意味でも稲盛さんは出口王仁三郎につながっていると思っています。
 そのあたりについては、8年前、稲盛さんがJALの再建をまかされた時、稲盛和夫と出口王仁三郎という記事に比較的詳しく書きました。
 その記事では「モノ」と「コト」とという言葉を使っていろいろ書いていますね。今になってみますと、それは谷口雅春さんの言うところの「實相」と「肉体」ということだと分かります。
 そう、肉体というのは目に見える認識できる「コト」なのです。モノではない。そして、實相とは、そういう認識できるコトとコトとの間に縁起している「モノ」のことです。
 この前も物理学者の方と話しましたが、たとえば宇宙空間において点在する星は「コト」であり、それが宇宙の実体ではなくて、それらの関係性、目に見えない関係性の方こそが本体なのではないかと。
 音楽で考えるとよく分かります。ドミソの和音で言うなら、それぞれの三つの音は「コト」です。周波数として認識できますね。しかし、それらが組み合わさって生まれる「雰囲気」、たとえば明るいとか元気とか、そういう関係性によって生まれるニュアンス、ムードというモノの方こそが、音楽の本質であり本体であることは、誰しも分かることでしょう。
 そういう「實相」の大切さに気づくと、肉体にこだわることはなくなります。すなわち自己ではなく他者の方に本質があることがわかり、また他者によって自己が形成されている、すなわち自己には実体はなくて縁起しているだけだということに気づくことになるわけで、そうなると、当然人生は利他的になっていきます。
 経営も人生の一部ですから、神道的にも仏教的にも「實相」を理解している稲盛さんの経営哲学が「利他の心」を原点とするのは、当然といえば当然と言えるでしょう。
 それにしても、こうした経営哲学が中国で大人気というのは、これは悪いことではありませんね。コトを窮めてモノに至る。カネを通じてコトを窮めたからこそ分かるのでしょうね。
 今一番お会いしたい人の一人が、稲盛和夫さんです。
 

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2018.04.10

『ミライの授業』 瀧本哲史 (講談社)

Th_4130o1rvisl 校は、未来と希望の工場である――。そしてきみたちは魔法を学んでいる。
 そうありたいですね。
 なんで勉強しなきゃならないんだ。数学がなんのためになるのか。自分もそうでしたが、生徒は必ず一度はそういう疑問を持ちます。
 そして、自分もそうですが、教師はそれにちゃんと答えられない。
 実際、学校には不合理や不条理がたくさんあって、それを改革していかなければならない時代ではあります。勉強の中身に関してももちろんそうです。
 しかし、人類のみがずっと続けてきた「勉強」には、変わらない何か大切なものがあるに違いありません。その漠然としていた「何か大切なもの」を、偉人たちの勉強と仕事を通じて実感のあることにしてくれるのがこの本です。
 たしかにこういう授業ができるようになりたいですねえ。こういう話を上手にしたい。
 教師ならずとも大人が読むべき本かもしれません。14歳の生徒向けの本のはずですが、大人の方がいろいろ発見があるかもしれません。なぜなら、自分たちには勉強に関して失敗の体験があるからです。
 子どもたちはまだ失敗が足りないですし、あるいはこの本に刺激を受けて失敗をしないかもしれない。そういう意味では、案外子どもたちはこの本に心を打たれないかもしれない。ああそうだったのか!という発見の感動がないかもしれない。ほとんどの大人にはあるでしょう。
 それにしても、偉人たちの人生にも知らないことがたくさんあったなあ。それぞれ名前はよく知っている、一般的な伝記は読んでいたけれども、そこに隠された「何か大切なもの」はずいぶん知らなかった。それこそ勉強になりました。
 近く県の新任教員に対して研修をするんですが、この本、必読書として紹介しましょう。

Amazon ミライの授業

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2018.04.09

『空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎』 チェン・カイコー監督作品

 ず結論から。かなり楽しめました。
 そして、日本版タイトルが良くない。オリジナルの「妖猫伝」でいいじゃないですか。
 正直、空海が主役ではない。日本人のためにそうしたのでしょうけれど、やっぱり黒猫ちゃんが主役でしょう。
 というわけで、大学生になった上の娘にベースを届けるために、下の娘と吉祥寺に行きました。ついでに映画でも観るかということで、この「妖猫伝」を選びました(ちなみに昨日が入学式だったので、今日は代休だったのです)。
 映画としては本当に魅力的だったと思いますよ。久しぶりに映画の世界に没頭しました。
 夢枕獏の原作が優れているということもありますが、まず日中の人物絵巻として面白い。歴史に残る人々が出会っていたという事実(おそらく史実)。それだけでもワクワクしますね。
 楊貴妃が日本に渡って生き延びたという伝説もありますが、なるほどそこに阿倍仲麻呂が関わっていたのか。ありえない話ではないところがまた面白い。
 阿倍仲麻呂を阿部寛が演じているのがいいですね(笑)。いや、阿部寛も染谷将太も、中国人から見るとかなりエキゾチックに見えるでしょう。楊貴妃を演じた彼女も。
 実際、超巨大都市「大唐」は非常に国際的な街だったと想像されます。その雰囲気もよく出ていた。
 なにしろ「大唐」のセットがすごい。いやあ、今の中国は本当に力がありますね。お金も技術も世界最高レベルであり、そういう意味では唐代の再来かもしれません。日本はそこに乗っかったという感じで、そこもリアル唐代かも。
 伝説としての妖術、幻術が、現代のそれと言えるCGによって蘇ったという点も、ある意味でリアルでした。CG嫌いのワタクシも、この作品に関しては納得。
 そして、やっぱり黒猫マニアにはたまらない作品でしょうね。もちろんほとんどがCGでしたし、猫としては不自然な動きなどもありましたが、これも人間が乗り移った姿と考えれば案外自然。
 かつて飼っていた黒猫の新之介に似ていることもあって、最後のシーンは泣けてしまいました。
 というわけで、これは「妖猫伝」として観るべきですよ。繰り返しますが、「空海」だと思って観るとガッカリするかもしれない。彼はそれほど活躍していない。染谷くんはいい演技しているけれど。
 あと、ごめんなさい。RADWIMPSの挿入曲はいらなかったなあ。夢が一気に醒めてしまった。エンディングだけで良かったのでは。
 中国語(日本語字幕)版の上映が決まったようなので、そちらでもう一度観てみようかなと思わせる佳作でした。映画にうるさい下の娘も「良かった」と言っておりました。

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2018.04.08

大相撲の女人禁制について

Th_2018040600000024nkgendai0001view 相撲の春巡業での「女人禁制」問題について様々な意見が出ております。
 いろいろ書くこともできますが、一つだけ皆さんが見落としている視点を紹介しておきます。
 すなわち「(男性)力士は女性を象徴している」ということです。
 ご存知といいますか、ご覧になってお分かりのように、力士は豊満な肉体をしております。決して筋骨隆々ではなく、いわゆるアンコ型が多いですよね。
 アンコ型の造形というのは、妊婦を原型としています。豊満な乳房、大きく突き出た腹。大銀杏も、ある意味男性と女性の髪型の中間形態とも言えます。
 化粧廻しという言葉からも分かるとおり、化粧と力士の関係も深い。江戸時代には、力士は頬紅を塗ったり、乳首に紅を塗ったりして、女性を模すことがありました。
 つまり、もともと相撲というのは女性、それも妊婦どうしがぶつかりあうという儀式から生まれたのであり(おそらく)、それを現実的な危険性などを考慮して、男性が代わりに行うようになったものなのです(たぶん)。
 そうしますと、明治時代以降に生まれたかもしれない大相撲における「女人禁制」というのも、本質的には女性差別ではなく、あくまでも女性尊重のためであることがわかります。
 それはたとえば富士山が女人禁制であったのと同じ構図であります。ある時期、富士山は女性の山だとされた。あまりに崇高で尊い女性性を認めたがために、逆に一般の女性が排除されたのですから。
 大相撲においても同じことが言えます。本来、女性の持つ「産霊(むすび)」の力を象徴した相撲というものに、日常的な女性ではなく、非日常的な男性を登場させるというのは、非常に日本的なパラドックスです。
 私のいつも言う「国譲り理論」に近い。他者、場合によっては敵に(この場合女性が男性に)「譲る」ことで、最も大切な本質を純粋な形で継承していく。これです。
 もちろん、今回の巡業での救命措置で女性が土俵に上がったのは当然許されることです。しかし、その論議が、私からすると賛否双方ともにトンチンカンに見えるんですよね。
 少し(大きく?)視点を変えてみると面白いですよ。

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2018.04.07

SPECTRUM LIVE / TIME BREAK + STUDIO LIVE 1979 [DVD+CD]<タワーレコード限定>

Th_4988002711260 ペクトラムのネタばかりでスミマセン(笑)。いや、なんだか家族全員ではまっちゃってるんです。
 とうとうこのDVD+CDも買っちゃった。で、今日届いたのでみんなで鑑賞。とは言え、この春から女子大生になってしまったベーシストである上の娘は、今頃東大の音楽サークルのコンパに参加しているはず。そこでもスペクトラムをやりたいと言ってるかも(笑)。
 というわけで富士山に残っている3人で鑑賞したわけですが、まあ面白かったっすよ。感心しながら笑える。ライヴ映像も素晴らしいけれども、新田一郎さんのインタビューも最高に「分かる」。そうだよなあ、そうだったよなあと。
 早すぎたんですよ、彼ら。とにかく。それこそ30年くらい早かったんじゃないですか。私も今頃になってようやく追いついたわけですから。たぶん。
 当時の私、高校生の私は、やっぱりご多分にもれずですね、洋楽にかぶれていて、だから、この日本的な洋楽にある種のこっ恥ずかしさを感じ、正直「ダサい」とまで思っていた。
 違うんですよ。新田さんが語っているように、どう考えても黒人にはかなわないんだから、だったら日本人ができるファンクってなんのなかってことでしょう。
 たしかに今ならそういうジャンルも確立しつつあります。なんちゃってかもしれませんが認知されていますよね。
 それを当時「エンターテインメント」を目的として、ああやって実現してしまっていたんですから、そりゃすごいですよ。そして、ある意味「売れない」ですよね。
 TIME BREAKの映像もそうですけれど(笑)、とにかく実験というか冒険というか、誰もやってないことをやりたいというエネルギーはすごい。昭和のあの頃まではそういう時代でしたよね。そのあとは商業ベースの音楽が主流になっていきましたが。
 まあ、とにかく面白い。そしてうまい。特に渡辺直樹さんのベースはやっぱりすごい。
 キャンディーズ、いや当時のアイドルはすごいバンドを従えていましたね。あっ、あと初期のサザンのブラスって新田さんだったんた。知らなかった。
 スペクトラム復活は正直難しいのかもしれませんが、彼らを継ぐバンドは今の若者ならできると思いますよ。期待します。

SPECTRUM LIVE / TIME BREAK + STUDIO LIVE 1979 [DVD+CD]<タワーレコード限定>

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2018.04.06

西部邁さん自裁幇助に思う

 西部邁さんの自裁に関して、幇助の罪で弟子の二人が逮捕されました。
 西部さんの死についての私の考えは、当日全然かっこよくない!と書いたとおり、今でも変わっていません。
 また、多少冷静になってから書いたこちらの記事での意見にも変更はありません。
 左翼は人を殺し、右翼は自らを殺す…なんていう物騒な言い方もありますが、そのどちらにも共通しているのは、自らの卑小化です。
 左翼は同じ人間に対して劣等感と嫉妬心を持ち、革命によって強者を消し去ります。
 右翼は神と対峙して自らの無力さを悟り、自裁によって弱者たる自分を消し去ります。
 私はそう理解しているからこそ、その両翼どちらもかっこわるいと思っているのです(スミマセン)。
 そういう意味では、今、日本は右傾化するどころか、左傾化していますよ。嫉妬心の共有と強者に対する集団いじめが、テレビの視聴率を上げています。なんだかなあ。
 右の西部さんの自裁は、そういう風潮に対する一つの対抗手段であったと思いますし、幇助したお二人の論理も、結局はそういうところに立脚しているのだと感じます。いずれにしても間違いです。自己陶酔です。
 あの大東亜戦争も壮大なる自裁ですよ。お分かりになりますか。西部さんはお分かりになっていなかったようです。

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2018.04.05

スペクトラム 「サウンド・イン"S"貴重音源」

 変わらずのスペクトラムブームが続いております。娘も弾きたいということで、スコアを探したら、なんとヤフオクで14000円!プレミアものですな。
 サンライズのベース・パートはベース・マガジンにありましたね。プロレス入場曲特集かなんかで(笑)。クリエイションのスピニング・トーホールドももちろんあった。あの頃の日本のバンドは濃いですねえ。
 あの頃、私は古今の洋楽ばかり聴いていたので、なんだか今になってみると損したような気持ちになります。
 このTBSの伝説的音楽番組「サウンド・イン"S"」もほとんど見た記憶がありません。何やってたんだか(笑)。
 セイコーが提供していたので、「ALBA」のCMに登場していたスペクトラムもほとんどレギュラーとして出ていたようですね。
 その貴重な音源がここに紹介されていました。うん、たしかにこの頃って、テレビのスピーカーの前にラジカセ置いて録音してましたよね(笑)。で、家族がしゃべっちゃうとか、電話がかかってきちゃうとか、いろいろありましたっけ。
 私も、たとえばNHKのヤング・ミュージック・ショーでやったELOのライヴをラジカセで録りました。探せば出てきますよ。そうか、そういうのをこうして共有すればいいのか。
 それにしても、このスペクトラムのスタジオ・ライヴ、クオリティーが高すぎますね。すごいなあ。歌って踊りながら、この楽器演奏ですから。とんでもないバンドだったということです。
 それこそ今思えば、キャンディーズのバックバンド(MMP)は、こんなレベルだったわけですから、やっぱりこの時代のアイドルの音楽ってめちゃくちゃ贅沢だったってことですよね。
 それでも、今はこうしてYouTubeとかで当時の音楽を大人の耳と目で鑑賞できるので、本当に幸福ですね。ありがたや。

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2018.04.04

睡眠力=幸福力…不眠打破法

Th_img_1306 木しげる先生の「睡眠力=幸福力」というお考えを紹介したツイートが評判になっておりました。
 なるほど、逆に眠れないことほど不幸なことはありません。
 私はだいたいよく眠れるたちでして、そういう意味ではあまり不幸ではありません。
 眠れない時という特殊ケースを思い起こしてみると、だいたい何か気になることがあって、それを考えていて眠れなかったようです。
 そういう時は何かが気になるというストレス状態にあるわけで、不幸だから眠れないという逆の因果関係とも言えます。
 まあ、場合によってはいいことがあって興奮して眠れないということもありますがね。あと、寝る前にコーヒーとかお茶を飲むと私はダメなんですよね。カフェインで覚醒する上に利尿作用でトイレに行きたくなる。
 お酒はその逆。すぐ眠くなる。そういう意味では、やっぱりお酒は百薬の長であり、幸福の元なのかもしれません。
 さてさて、何か気になって眠れない、考え事が睡眠を妨げているという状態を克服する方法を知っていますか?
 実は私はそれができるので、そういう意味でも幸福であります。
 その方法とは…「ムー」です。ムーというのは、私の勝手なネーミングでして、某オカルト雑誌とは関係ありません。
 「あっ、今日は考え事してて眠れないな」という時は、こうすることにしてるんです。そうするといつの間にか寝てる。
 まず、意識して全身の筋肉を弛緩させます。重力にまかせる。モノになった気になる。
 その時忘れがちなのが「顔の脱力」です。だいたい眠れない時というのは、顔に力が入っていて、たとえばグッと歯を食いしばっているんですよ。そこを意識的に脱力するだけでもだいぶ違う。
 そして全身の脱力ができたら、次、視覚の意識です。目をつぶっていると、なんだか変な模様とか見えてくるじゃないですか。その変な模様というか景色の一番遠いところ、すなわち、その見えている暗い景色をですね、宇宙と想定して、その一番遠い奥の方の空間にうごめく模様を見るんですよ。ずっと。それに集中する。
 次が聴覚です。聴覚というか音。考え事の元になる「言語」を遮断するために、無意味な音を頭のなかで発音するんです。それが「ムー」。
 そう、ずっと心の中でムーーーと言い続けながら、ずっと奥の風景を見続けるんです。脱力しながら。
 そうすると、見ている風景も発音している音も聞いている音も、みんな無意味だものだから、ぜったい眠くなる。いつの間にか落ちてます、電源が。
 私はこの方法で100%眠ることができます。どんなに気になること、いやなこと、やらねばならないことがあっても(笑)。
 皆さんもぜひ「ムー」をお試しください。それで眠れたら、まさに幸福力がアップします。幸福力をコントロールできます。こんな素晴らしいことありませんよ。

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2018.04.03

石臼式コーヒーメーカー (丸隆)

Th_on01wh_img01 朝コーヒーを飲んでいます。6年半前に買った1,000円コーヒーメーカーを使っておりましたが、自分のミスでサーバーを割ってしまったので、新しいものに買い替えました。
 おととしの年末からコーヒーミルを使ってゴリゴリやっておりますが、けっこうそのゴリゴリが大変ということで、今回は全自動、すなわち豆を挽くのも自動というのを買ってみました。
 結論。これはなかなか良い。自分で挽くより香りが立って美味しい。操作も楽だし、音も思ったほど大きくない。
 石臼式というのがミソだそうで、つまり手動式でもよくあるカッター式ではないらしい。石臼のようにすりつぶしているようです。
 ペーパーレスフィルターも使いやすい。内部洗浄機能も含めて全体にメインテナンスしやすい。デザインもシンプルでよい。1万円ちょいの製品としてはよくできていると思いますよ。
 2代前の中国製コーヒーメーカーは7年使い、1代前も7年目に入っていました。さてこの製品は何年使えるでしょうか。毎日使うものですから、最終的な評価は耐久性ということになりましょう。期待しています。

Amazon 石臼式コーヒーメーカー

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2018.04.02

演奏会案内 5/26横浜 ラモー『優雅なインドの国々』

 日紹介したラモーのオペラ・バレエを演奏いたします。解説つきですから、どなた様にも楽しんでいただけると思います。
 ワタクシもヴィオラで参加させていただきます。ぜひ足をお運び下さい。

Fly761

Fly762

アンサンブル山手バロッコ公式

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2018.04.01

ラモー 『優雅なインドの国々』

 日のスペクトラムの映像もなかなか前衛的でしたが、こちらルセによるラモーのオペラ・バレエ『優雅なインドの国々』も面白い。
 冒頭いきなり全裸の人たちが登場して踊りだし、度肝を抜かれます(笑)。しかし、すぐに慣れてしまうから面白い。その後はご覧になれば分かる通り。非常に現代的な演出です。そして、それに耐えるラモーの未来性にも驚きますね。
 「インド」とは、もちろん当時のイメージでは「ヨーロッパ以外」を表しました。ラモーの音楽は、基本ヨーロッパ音楽ですが、そこにエキゾチック、オリエンタルなイメージを加えたために、実に面白いことになっています。当時のヨーロッパの人たちにとっても、そうとう刺激的だったことでしょう。
 そういう意味では、日本人がなんちゃって洋楽をやってるのと同じであり、昨日のスペクトラムなんかも、そういう面白さがあるんでしょうね。決して悪いことではないと思います。なんちゃっても真剣にやるとそれなりの新しい世界になる。想像力がリアルなフィクションを生んでいく。
 平和と戦争、未開と文明…そうしたテーマの交錯ぶりも実に楽しいオペラ・バレエ「優雅なインドの国々」は、間違いなく音楽史に残る名作でしょう。
 ちなみに私たちは音楽会形式で演奏しますので、決して裸踊りはいたしませんので、ご安心を(笑)。演奏会については明日の記事で紹介します。

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