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2018.01.29

松田淳一 『指板の真の役割と誤解についてー弦楽器起源からの考察ー』

Th_144012737186521212178 日の続き。
 古今東西、いろいろな弦楽器を演奏する機会があります。
 近代西洋楽器だけに触れている人にとって、主に左手で音程を調整するにあたり、「指板」や「フレット」という概念から逃れるのは難しいところです。
 たとえばヴァイオリンやギターの近代的な演奏法としては、とにかくしっかり弦を押さえなさいということを教える。そうしないと、いい音がでませんよと。
 「いい音」の定義が難しいんですよね。これについていろいろ言い出すとキリがない。ただ、分かりやすいところで言えば、三味線なんかわざと「さわり」を設けてビビリ音というノイズを加えて、「いい音」にします。これなんか、近代西洋の価値観から言うと真逆の行為ということになるでしょう。
 私は和楽器も弾きますし、だいいちヴァイオリン属もほとんど自己流で習得してきましたので、ある意味あんまり近代的な常識にとらわれていません。どちらかというと古いタイプの楽器を弾いていますし。
 たとえば、最近はまっている八雲琴なんか、左手で音程を調整する時、板に押さえつけません。弦は宙に浮いた状態で、そこにパイプ(ボトルネック)を触れさせるか、自身の爪の甲を軽く当てることしかしません。
 それが結果として、弦の長さを変える切断点が、それこそ限りなく点に近づき、いい音が鳴る(開放弦に近い響きになる)。
 ヴァイオリンだと、指の腹で強く指板に押さえつけるのが普通なので、そうすると、どう考えても弦にとっては「さわり」が非常に多い状態ということですね。
 フレットがある楽器においても別の問題が生じます。たとえばヴィオラ・ダ・ガンバのように、フレット上を指で押さえる場合は、やはり指の腹という面がさわりの役割をしてしまいますし、ギターやベースのようにフレットではないところを押さえるのが普通とされる場合は、強く押せば押すほど弦のテンションが上がる、すわなち音程が上がってしまいます。
 その点、昨日のケマンチャや二胡、馬頭琴など、非西洋の擦弦楽器では、「空中運指?」というのがスタンダードなんですね。また爪を使ったりすることも普通にある。
 そんなわけで、私もヴァイオリンの運指にあたっては、いろいろと試してみているわけですが、ヴィブラートのことも含めまして、ユニークな活動をしている大阪音大のヴァイオリニスト松田淳一さんが、実に示唆に富む論文を書いていますので、フツーにヴァイオリンを弾いている方などには、ぜひお読みいただきたい。
 この論文で鋭く指摘されている音程のことも含めて、「いい音」とはなんなのか、教えられた常識や先入観抜きにいろいろ試してみるのが、本当の演奏家なのではないでしょうか。

指板の真の役割と誤解についてー弦楽器起源からの考察ー(松田淳一)

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