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2018.01.09

『あまりに呑気で危うい日本のエネルギー事情』

 ず最初に書いておきましょう。何度も言っているとおり、私は「ワシは原発には反対の賛成なのだ!」という立場をとる人間です。
 そのことをご理解いただいた上で、上の動画を御覧ください。非常に勉強になると思います。知らなかったことがいかにたくさんあるか。
 エネルギー問題は、そのまま広い意味での国家の安全保障の問題だと思っています。
 このエネルギー大量消費社会においては、どんな方法であれ一定のリスクを背負っていかなければなりません。
 世界的、長期的に見て、はたしてどのリスクをとり、どのリスクを回避、排除すべきかを、私たちは真剣に考えなければなりません。もちろん、単なる好き嫌い、感情論、利己主義で論じてはいけません。
 誤解を恐れずあえてたとえれば、国家のエネルギー問題というのは、個人の食の問題に近いものがあります。個人の食の問題もエネルギー問題ですよね。
 食に関しても、私たちはずいぶんと贅沢になっています。たとえば江戸時代の庶民の食事に戻れるかというと難しいでしょう。
 結果として、食料自給率は非常に低く、多くを輸入の食材に頼っています。もしそれが絶たれたら…国家のエネルギー問題と同じですよね。
 一方、健康志向や自然志向で食にこだわる人もいます。同様に、国家のエネルギー問題、たとえば発電方法についても、いろいろな趣味、嗜好があるようです。原発はなんとしてもイヤだという人もいれば、原発もやむを得ないのではないかという人もいる。食(農業)における農薬や遺伝子組み換えに対する姿勢と似ていなくもない。
 個人の問題は、個人それぞれが自分の責任で決めればいいことですが、国家のエネルギー問題となると、ある程度の「総意」を形成しなければならない。今、そういう段階であると思うのです。
 たとえばこの動画のような事実も知らなくては議論できません。食の趣味のレベルではダメなんですよね。
 そして、理想と現実というのがある。私の「反対の賛成」なんか、まさに理想と現実を両方語っているわけですね。どっちはっきり知ろではなくて、未来的にはこういう方向性だけれども、それが実現するまでは、とりあえずある種のリスクをとると。
 繰り返しになりますが、食にせよ、エネルギー問題にせよ、私たち人間が生きる源の話ですから、単なる好き嫌い、感情論、利己主義は避けなければなりませんね。
 命に関わることとなると、人は一生懸命なあまりに視野狭窄に陥ります。脳みそがそのようにプログラミングされている、すなわち進化してきたのでしょうから、ある意味しかたありません。
 しかし、それが結果として、自らの命を危険にさらすこともあります。そのことに気づき、まずは違う考えの人たちの意見をしっかり冷静に聞きたいものです。

日本エネルギー会議
 

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