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2018.01.18

追悼 夏木陽介さん

Th_que12100881957 た昭和の男が一人旅立ちました。
 私の世代ですと、パリダカで三菱チームを率いているイメージがあるはずですが、私はたまたま大学時代に深夜の再放送で「青春とはなんだ」にはまっていたので、やはり野々村先生の熱血イメージが強烈です。
 「青春とはなんだ」は昭和40年から41年にかけての放送です。つまり私は1歳か2歳ということで、全くリアルタイムではありません。高校を卒業したばかりの大学生の私にとっては、前時代の、ある意味古き良き時代の高校の風景という感じでした。それが新鮮だった。
 実は、一緒にはまっていた友人と、「これって山梨ロケじゃない?」と予感し、番組をVHSビデオに録ってですね、いろいろなシーン、たとえば商店街の風景なんかを分析したんですよ。あと、山の形とか。
 結果、これは山梨県の勝沼や塩山の付近じゃないかということになり、車でロケ地探しをしたりしました。駅は勝沼駅、駅前の商店街のシーンは塩山駅付近と特定できました。
 学校のシーンは、塩山高校か日川高校かなと当時は思っていましたが、今、インターネットで調べると、日川高校だったようですね。まあ、ラグビーですからね。
 夏木さんがメインではありませんが、この動画を観てください。原作は石原慎太郎さん。役者陣もすごいですね。

 う〜ん、背景の山の感じだと、塩山高校ではないかとも。ビデオを引っ張り出して観てみようかと思います。
 何年か前に、BSで同窓会的な番組をやっていました。山梨の勝沼付近にもいらしていました。相変わらずダンディーでお元気そうだったのに、とても残念です。

 ご冥福をお祈りします。青春よ永遠なれ!

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2018.01.17

天災は忘れた頃にやってくる…阪神淡路大震災から23年

Th_mig 年も1月17日がやってきました。
 23年前の今朝、あの兵庫県南部地震が発生しました。直下型M7,3、最大震度は7。
 テレビに映し出されたあの光景は忘れられません。地震でお亡くなりになった方々のご冥福をあらためてお祈りいたします。
 1995年は大変な年でした。1月に震災、3月に地下鉄サリン事件。言うまでもなく、1995年は終戦から50年という特別な年だったのですが、前半にあまりに大きなことがあったため、なんとなくその印象は薄くなってしまいました。そういえばテレサ・テンさんも前半に亡くなりましたね。函館ハイジャック事件も6月でしたっけ。
 そして、偶然と言われれば偶然なのですが、阪神淡路大震災も東日本大震災も、非自民政権時代に発生しています。
 村山政権は自社さ連立政権ではありますが、なにしろ社会党党首が総理大臣でしたからね。本来の自民的なモノからは大きくかけ離れていたことは事実です。
 今、モノと書きましたが、自民党はモノを鎮める「まつりごと」を重視しており、自社さ政権、また民主党政権の時はそれが疎かになってしまったとも言えましょう。
 それこそ唯物論的には、まったく非科学的な因果関係でありますが、私はどうしても唯物論者にはなりきれません。
 特に、先述したように1995年が終戦から50年という節目の年だったというのに、そうしたモノ(たとえば「霊」)をしっかり祀らなかったというのが問題だったのではないでしょうか。
 もちろん村山富市さんは今も昔も靖國神社を参拝しません。最近も安倍さんの靖国参拝を「売国行為」と批判していましたね(苦笑するしかありません)。
 もうお気づきかとも思いますけれども、実は東日本大震災の起きた2011年は真珠湾攻撃、すなわち大東亜戦争(太平洋戦争)開戦から70年の年でした。言うまでもなく、民主党政権時代であり、モノ(霊)に対する「まつりごと」は疎かになっておりました。
 私は自民党の全てを肯定する立場では、もちろんありません。しかし、モノを祀る仕事は天皇だけにまかせておいていいものではありません。
 そういう「まつりごと」を、国民の統合のもとにしっかり行っておれば大難は小難となる、小難は無難となるというのが、日本の歴史そのものであったと思います。
 はたして、今の日本はどうでしょうか。自民党はどうでしょうか。そういう視点で世の中や人間や自然を見ることも大切であると信じます。
 「天災は忘れた頃にやってくる」という時の「忘れる」対象とは、天災そのものではなくて、もしかするとそういう大切な「モノ」のことなのかもしれません。


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2018.01.16

告知! 2/11『洋館サロンで味わう テレマン~管と弦の競演』

 校生の進路指導などでなんとも忙しい日々を送っています。
 そんな生徒たちの「本番」の盛りに、私も「本番」を迎えます。たしかこの日は娘もどっかの大学を受けに行くはずです。
 高3の娘は、私の娘ですから(笑)、本番を楽しむ術を覚えております。まあ、ジャズで鍛えられたというのもあるでしょう。
 私も、娘に負けないように本番を楽しみたいと思います。私の本番は、恒例の「横濱・西洋館de古楽」のコンサート。大好きなテレマンをたっぷり演奏させていただきます。
 特に、錚々たるプロのお三人と一緒に演奏させていただく4つのヴァイオリンのための協奏曲は、とっても楽しみです。

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山手バロッコ公式

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2018.01.15

ブクステフーデ 『トッカータニ短調』・『プレリュードニ短調』

 ンター試験の後始末でバタバタしております。
 ということで、今日もブクステフーデ翁におまかせします。
 一昨日、昨日と、大バッハが影響を受けたであろう名曲を紹介しました。今日も2曲オルガン曲を紹介します。
 偽作とも言われますが、バッハの代表曲として人気の「トッカータとフーガ」。原曲が無伴奏ヴァイオリンのためのものだという都市伝説もあります。まあ、たしかにバッハの作品にしてはちょっと薄っぺらいですよね。
 もしかするとバッハ以外の誰かの作品かもしれませんが、いずれにせよ、当時最も有名なオルガニスト、作曲家であったブクステフーデの影響があったことは間違いありません。
 私は次の2曲が特に「トッカータとフーガ」に影響を与えたと思っています。
 まずはトッカータニ短調。それこそ「トッカータとフーガ」のトッカータ部分と似ていますよね。
 

 「トッカータとフーガ」のフーガのテーマの原型は、次の前奏曲にちょっとその姿を垣間見ることができます。

 イタリアで発達した即興的な楽曲トッカータが、ゲルマン人によって、いかにもそれらしく進化していく過程が分かりますよね。バッハによって、それは異常に(過剰に?)完成したのであります。

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2018.01.14

ブクステフーデ 『パッサカリアニ短調』

 れも以前どこかで紹介した気がします。今日も受験指導に忙しいので、昨日に続き、ブクステフーデさんの名曲を一つ。
 パッサカリアニ短調。これもバッハに大きな影響を与えていますよね、ぜったい。
 いかにもブクステフーデらしい、同音や同音型の反復がなんとも魅力的。この曲をヨーロッパの教会で生で聴いてみたい。私の夢です。
 今日の動画は、そんなブクステフーデらしい音型が視覚的によく分かるものです。
 バロック音楽は視覚的にも楽しめますね。
 楽譜を見ながらお楽しみいただくには、こちらの動画がいいでしょう。上の動画では、音楽が向こう(未来)からやってくるというのがよく分かりますし、下の楽譜では、私たちがその記録を過去から未来へ向けて、つまり逆転させて再生しているのが分かります。

 一度、これを弦楽四重奏編成で演奏したことがあります。それもまた楽しいですよ。楽譜はこちらにありますよ。

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2018.01.13

ブクステフーデ 『アリア「カプリッチョーサ」と32の変奏』

 センター試験1日目。今年は娘も受験するということもあり、なんだか忙しくしております。まだ国語の問題も解いておりませんので、レビューはまたのちほど。
 時間がないので、名曲紹介をします。
 以前に紹介したかもしれませんが、新しい演奏動画があがっていたのでもう一度。私の好きなチェンバロ曲の一つ。
 おそらくはバッハがゴルトベルク変奏曲を作曲する際に影響を受けたのではないかと思われる、大先輩ブクステフーデさんの変奏曲です。
 このテーマは当時有名だったのでしょうかね。とってもチャーミングなテーマです。それを32の変奏に展開させていますが、バッハのような小難しさはなく、各変奏曲もまさにチャーミングそのもの。
 変奏曲は飽きられないようにするのが難しい。実際、バッハのゴルトベルク変奏曲は不眠症解消のために作曲されたとか(つまり眠くなる)。
 このブクステフーデの変奏曲はその点大変優れています。様々なアイデアを盛り込みつつ、それらがバランス良く配置されていて、全体として飽きることなく聴くことができます。
 バッハの半分くらいの長さというのもちょうどいいのかな。
 この動画の演奏家は知らない方ですが、とても誠実かつセンスの良い演奏してますね。
 あまり目立ちませんが、時々現れる偽終止の和音進行がたまりませんね。胸がキュンとします(笑)。
 なぜか私、この曲の楽譜を持ってるんですよ。もちろんテーマくらいしか弾けませんが。チェンバリストのみならず、ピアニスト、オルガニストにとっても、素敵なレパートリーになると思いますよ。抜粋版で弾いてもいいですし。

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2018.01.12

iOS版 『日本語大シソーラス−類語検索大辞典』 (ロゴヴィスタ)

20180113_83200 日の日国に続き、結局購入してしまいました。
 このシソーラスのすごさについては、13年前、書籍版が出た時に書きました(こちらの記事です)。
 それ以来、いろいろなシーンでお世話になってきました。特に短歌を始めてからというもの、このシソーラスからはずいぶんいろいろな言葉を教えていただきました。
 書籍版もパラパラめくる楽しみがあるのですが、なにしろ大冊なので持ち運びはできません。学校の図書なので、基本学校でしか使えませんでした。
 しかし、パソコン版が出て、そしてこのiOS版が出まして、本当に「携帯」できるようになったのです。
 もともと、編者の山口さんも言っているとおり、この大偉業はデジタルとの親和性が高いものでした。iOS版を使ってみて、本当にそうだなと再確認しているところです。
 特に、昨日購入してた日国と連携させて、語義をすぐに調べられるのがいい(カーソルで語を選び共有から日国を選ぶだけ)。これは紙の本ではありえないことです。
 そう、書籍版のたった一つの欠点は、語義を調べるのに別の辞書を引っ張り出す必要があったことなのです。
 紙の本の良さもたしかにありますが、たしかに日国やこのシソーラスのような大冊に関しては、携帯性はもちろん、その使い勝手、機能の豊富さからしても、圧倒的にデジタルの方が優れています。
 実際、辞書の中身、すなわち人力で集められたデータたちが、その能力と魅力をより発揮するために、それらの間の見えないご縁を作るという意味において、やはりデジタルは非常に優れた機能を持っているということですね。
 短歌を作るのは、案外出先ということが多い。ですから、そんな時、このシソーラスと日国で、私も私の人知を超えた言葉たちのご縁を頂戴しようと思います。
 そういうのを「ずるい」と感じる人もいるようです。自分の能力じゃないんじゃないかと。いや、もともと自分は自分ではありませんから。縁起しているのですから。

iOS版 『日本語大シソーラス−類語検索大辞典』

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2018.01.11

iOS版 『精選版 日本国語大辞典』 (物書堂)

Nds_200x200 当に最大にお世話になっております。物書堂さん。
 最近では、私がほそぼそと、しかし骨太に使い続けてきた名ワープロソフト「egword Universal 2」を10年ぶりに復活してくれるという夢のようなプロジェクトを始動してくれました。
 これで、私が二十年以上かけて蓄積してきた膨大な学校関係の書類データが生き残れることになりました。本当にありがたい。おかげさまで、学校に新規に導入した最新のMac環境でもアルファリリース版を使えるようになりました。あらためてその洗練された便利さ、動作の軽さを痛感しております。
 そんな夢を実現してくれつつあるのは、ちょうど10年前の「今までありがとう egbridge & egword そして…これからも」という記事にも登場している神様仏様、開発者様である廣瀬さんです。
 廣瀬さんが立ち上げた物書堂は、特に日本語の美しい表示にこだわったアプリを多数開発してくれています。
 そうした中で、本当に快適に、ほとんど快感に近いイメージで使わせていただいているのが、「精選版 日本国語大辞典」です。
 仕事柄、そして趣味柄、日国は必需品。もちろん書籍版も持っていますが、職場ではジャパンナレッジさんでオンライン版を10年間使ってきました。
 しかし、iPhoneでは検索できないなど、いろいろ不便なこともあったので、今日思い切ってこの物書堂さんのiOS版「精選版 日本国語大辞典」を購入しました。
Th_vertical そう、実は今日買って、ずっといじっていたんです。もちろんいろいろ調べることがあったからですが、調べれば調べるほど、どんどんハマっていく。そして、脳みそが活性化していく。そういうアプリなんです。本当に使い勝手がよい。そして、美しい。
 精選版でもほとんど不自由はありません。精選版といっても項目数は約30万。必要十分です。文例も豊富なまま。そしてインデックスが楽しい。日本語マニアにはたまりませんね。
 なぞってジャンプ機能や、他のアプリ、ブラウザなどからの直接検索、手書き入力なども、書籍版では考えられない便利さです。
 iPhoneのアプリが7800円。これは普通に考えると「高い!」ということになるでしょう。しかし、書籍版が45000円以上ということや、ジャパンナレッジ版では月々1620円(完全版ですが)払い続けなければならないことを考えれば、先ほど書いたデジタル版ならではの利便性もあり、めちゃくちゃ安いと思います。
 なんとなく、この歳になって、また新しい日本語たちにたくさん出会える予感して、それこそ年甲斐もなくドキドキしております(笑)。
 こうなると、書籍版でお世話になっている日本語大シソーラスもほしくなってしまう…買っちゃいそうだな(笑)。

精選版 日本国語大辞典


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2018.01.10

『教職課程ー教職はブラックか』 (協同出版)

Th_51h4k8xdeul 僚に借りて読んでみました。ふむ、教職はブラックなんだ。へえ。
 世で言う「ブラック」とはなんなのか。その定義がまずあやふやです。だから「ブラック」なんていう外国語、イメージ語を使うわけです。
 私のイメージとしてのブラックについては、半年くらい前に「ブラック」はお好き?という記事に書きました。
 今は少し考え方が変わっているところもあるのですが、店頭から完全にブラックコーヒーが排除されることには、やはり反対です。少数派のために残しておいてくれ。
 で、教職はブラックか、についての答えですが、やはり、世間的にはブラックに映るでしょうね。しかしですね、こういう言い方をするとお叱りが飛んできそうですが、私個人としては教職につく人は、ある程度ブラック好きであってほしいのです。
 少なくとも、普段はマイルドコーヒーを飲んでいても、いざという時にはブラックコーヒーを飲める人であってほしい(笑)。
 どんな仕事でもそうですけれども、やはり「人のため」を実践するには「自分のため」をガマンしなければならない。つまり、自己を犠牲にするしかないじゃないですか。
 その自己を犠牲にすることをブラックというのなら、やはり教職はブラックだということになると思います。
 ちょっとシャレて言うなら、「教職は(今以上に)ブラック化」するのはまずいけれども、基本路線「教職はブラック可」だということです。どうでしょう。
 ちなみにウチは私立です。昔はですね、私立の先生は公立の先生の3倍仕事してるなんて言ってましたが、今は逆転してますね。いや、私立の先生が働かなくなったんじゃないんです。公立の先生が忙しすぎる。特に小中の先生方。
 管理が進んで、いろいろな会議や研修、発表など、まあその準備や後始末に忙しそうです。直接生徒に関わるわけではないことに忙しい。もちろん間接的には生徒のメリットになっているのでしょうが。
 ただ私立にもですね、ある種の管理が進みつつあります。表面的、つまり民間企業組織としての体裁であったり、法的な部分に関して、今までは教育はある意味グレーな領域だったのが、それこそ白黒はっきりさせるようになってきた。
 ついでに世間の目も厳しくなってきていますので、そういう意味での仕事が増えていることはたしかです。
 それでも、あんまりブラック、ブラックって言ってほしくない。貴重な人材が逃げてしまいます。いや、それでも教員になろうとする、ブラック好きが集まるようになるからいいのかな。

Amazon 教職課程ー教職はブラックか

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2018.01.09

『あまりに呑気で危うい日本のエネルギー事情』

 ず最初に書いておきましょう。何度も言っているとおり、私は「ワシは原発には反対の賛成なのだ!」という立場をとる人間です。
 そのことをご理解いただいた上で、上の動画を御覧ください。非常に勉強になると思います。知らなかったことがいかにたくさんあるか。
 エネルギー問題は、そのまま広い意味での国家の安全保障の問題だと思っています。
 このエネルギー大量消費社会においては、どんな方法であれ一定のリスクを背負っていかなければなりません。
 世界的、長期的に見て、はたしてどのリスクをとり、どのリスクを回避、排除すべきかを、私たちは真剣に考えなければなりません。もちろん、単なる好き嫌い、感情論、利己主義で論じてはいけません。
 誤解を恐れずあえてたとえれば、国家のエネルギー問題というのは、個人の食の問題に近いものがあります。個人の食の問題もエネルギー問題ですよね。
 食に関しても、私たちはずいぶんと贅沢になっています。たとえば江戸時代の庶民の食事に戻れるかというと難しいでしょう。
 結果として、食料自給率は非常に低く、多くを輸入の食材に頼っています。もしそれが絶たれたら…国家のエネルギー問題と同じですよね。
 一方、健康志向や自然志向で食にこだわる人もいます。同様に、国家のエネルギー問題、たとえば発電方法についても、いろいろな趣味、嗜好があるようです。原発はなんとしてもイヤだという人もいれば、原発もやむを得ないのではないかという人もいる。食(農業)における農薬や遺伝子組み換えに対する姿勢と似ていなくもない。
 個人の問題は、個人それぞれが自分の責任で決めればいいことですが、国家のエネルギー問題となると、ある程度の「総意」を形成しなければならない。今、そういう段階であると思うのです。
 たとえばこの動画のような事実も知らなくては議論できません。食の趣味のレベルではダメなんですよね。
 そして、理想と現実というのがある。私の「反対の賛成」なんか、まさに理想と現実を両方語っているわけですね。どっちはっきり知ろではなくて、未来的にはこういう方向性だけれども、それが実現するまでは、とりあえずある種のリスクをとると。
 繰り返しになりますが、食にせよ、エネルギー問題にせよ、私たち人間が生きる源の話ですから、単なる好き嫌い、感情論、利己主義は避けなければなりませんね。
 命に関わることとなると、人は一生懸命なあまりに視野狭窄に陥ります。脳みそがそのようにプログラミングされている、すなわち進化してきたのでしょうから、ある意味しかたありません。
 しかし、それが結果として、自らの命を危険にさらすこともあります。そのことに気づき、まずは違う考えの人たちの意見をしっかり冷静に聞きたいものです。

日本エネルギー会議
 

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2018.01.08

洗って繰り返し使える 粘着クリーナー

Th_61mr6ujulql_sy355_ 日も軽めの買い物レビュー。
 ウチは猫が6匹もいるので、家の中がめちゃくちゃ毛だらけです。
 毎朝、4人でコロコロの奪い合い。
 しかし、結局服に毛をつけたまま車に乗るので、車の中も毛だらけ。車にもコロコロが常備されているけれども、もう正直キリがありません。イタチごっこならぬ、ネコごっこ。
 そういえば、あのコロコロを「コロコロ」と呼び始めたのはいつ頃からでしょうかね。今では商品名にまでなっていますからね。
 正式名称はたぶん「粘着式クリーナー」だと思います…とか考えていたら、なんと公式コロコロHPがありました!
 ふむふむ、1985年なんですね、「コロコロ」が商標登録されたのは。ニトムズさんの商標なんだ。
 擬態語がそのまま商品名になるのは、ガリガリ君とか…ん?これは擬音語かなあ。
 電子レンジで温めることを「チンする」なんていうのも、ある意味日本語独特ですよね。
 コロコロ転がるものは無数にあったわけですが、その「粘着式…」というお硬い名前と、手軽な使用感や親近感とのギャップを埋めるのにこのコロコロはちょうど良かったということでしょう。
 さて、その粘着テープ式のクリーナーは、やっぱり粘着テープなので、どうしても消費が激しく、そして、そのたびにゴミが出ることにもなります。おかげさまで、私の車はテープの残骸だらけ(笑)。
 そこで、久しぶりに、テープ式ではないものを買ってみました。これも昔からありまよすね。同じ粘着式ではありますが、テープ式ではありません。
 実際最初はものすごくよく毛やゴミが取れますね。ただ、問題はそれを数回やって粘着力がなくなった(つまり)
 洗えば粘着力が戻るのですが、いちいち洗うのも面倒ですし、乾かさなければならないので、洗ってすぐに使えるわけではない。ですから、我が家のような状況なら数本用意しておくべきなのかもしれません。
 小さい方はカバンに入れています。これも時々洗う必要があります。いざという時使えないのではどうにもなりませんからね。
 そう考えるとですね、ゴミが出てしまうテープ式でもなく、洗わなければならないこういうタイプでもない、つまりゴミも出ないし洗わなくてもいいコロコロを開発したら、これは売れるでしょうね(笑)。さすがに難しいか。
 この商品、あんまり耐久性には期待できませんが、まあたしかに安い。安いということで、洗うことも考えて、これを10個くらい買って、そこらじゅうに置いておきましょうか(笑)。

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2018.01.07

Makino 2way登山用パンツ

Th_51pdykxtdl_ul1500_ 近ようやく自分で自分が着るものを買うようになりました(笑)。別にオシャレに目覚めたわけではありませんが、年をとってきた分、逆にちょっと派手めな服を着たくなってきました。
 で、夏前に買って大変重宝しているのがこのパンツ。登山用となっていますが、普段着として非常に快適です。
 まず腿の部分にあるファスナーによって裾が着脱でき、つまり長ズボンにも半ズボンにもなるというのが良い。実際、夏の暑い盛りは半ズボンとして履いていました。
 そして、今、めちゃくちゃ寒いこの季節には、インナー(ヒートテック的なももひき)の上に、長ズボンとして履いています。
 素材が軽くて、そして伸縮性が高いので、たしかに登山やちょっとした運動の際にも足への負担が少ない。
 さらに速乾性が非常に高く、洗濯後や雨で濡れたあと乾くのがとても早い。
 私はネイビーを買いましたが、なかなか個性的な色合いで気に入っています。オシャレ着とも言えるかも。
 あと、これは我が家ならではのことですが、猫の毛がつきにくくて良い(笑)。静電気が起きにくいんでしょうかね。
 実は半額くらいの似た製品も買ったのですが、やはりいろいろな部分にわたって、このマキノの製品にはかないません。
 1年通しての家着として数本持っておいて損はないですよ。もちろん登山やトレッキング、ジョギングなどが趣味の方にもおススメです。

Amazon (マキノ)Makino 登山用パンツ 吸汗 速乾 ストレッチ 2way 薄手 コンバーチブルパンツ 登山 トレッキングパンツ 春 夏 秋

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2018.01.06

たけしの教科書に載らない日本人の謎 『日本語』

 ょっと古い動画ですが、ぜひご覧いただきたいので。
 いつのまにか、この「たけしの教科書に載らない日本人の謎」シリーズ、なくなっちゃいましたね。面白かったのですが。
 教材としていいんですよ。国語史、日本語史って、なかなか中高の授業では教えられない。現代語と古語が断絶しているので、教科としての古文が外国語のように感じてしまう。その溝を埋めるのに、この番組はいいですね。
 私たちが使っている現代日本語の成立過程がよくわかりますね。
 私の専門は国語学(今風にいうと日本語学)。実は今日、中学校の推薦入試があったのですが、その国語の問題は、いつものにように私が本文を書きました(今年はちょっと事情があってここに掲載できません)。
 内容は「漢字」についてでした。なぜ漢字の勉強をしなければならないか、なぜ近代において漢字がなくならなかったか。
 漢字の受容については、それこそこの番組がわかりやすい。近代において、漢字廃止論があったことには触れられていませんけれども。
 こういうとっつきやすい教養番組というのは、テレビ、それも地上波民放ならではですよね。ある程度、お金と時間をかけて、ある程度の芸人さんらを使って、難しいこと、硬いことを柔らかく伝えるということに関しては、ネットでは難しいのではないでしょうか。
 ちなみにこの動画に関するコメントが面白いので、ぜひ YouTubeのページ でご覧ください。神代文字とかね。あった、なかったという単純なものではありませんよ(笑)。

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2018.01.05

【平成30年 新春特別対談】加瀬英明氏に聞く

 年新春には楽しみにしている保守系論客の対談。今日、まとめて拝見、拝聴しましたが、一番共感したのは加瀬英明さんと水島社長の対談でした。
 まず、明治維新から150年ということで、今年は新たなご維新の年になるという点。ただし、憲法については、私は加瀬さんとは違う考え方です。呪いだなんて思っていません。
 国士舘大学でのシンポの話はいいですね。いつまでも東京裁判やWGIPの話でブツブツいっているのは、韓国の「自虐史観(被害者史観)」と同じだというのは、私はまったく同感です。
 私が高城剛さんとのラジオ対談で言った「保守派の自虐史観に対する憂いこそ自虐史観」というのと通じます。
 しかし、六法全書の冒頭にアメリカの独立宣言が載っているというのは知らなかった。なんなんでしょうね(笑)。
Th_02610742 さて、最も心に響いたのは、加瀬さんの御父様のエピソードですね。
 ミズーリでの降伏文書調印。その時加瀬さんの御父様加瀬俊一さんは、重光葵外務大臣の隣で調印に立ち会いました。
 左の写真ですと、二列目右から二人目が加瀬俊一さんでしょうか。ちなみにその隣、真ん中にいるのは、富岡定俊海軍少将。
 何度か書いてきましたが、富岡の実質的ブレーンは仲小路彰でした。この動画で加瀬さんが御父様の言葉として語っている「戦闘には負けたが戦争には勝った」というのは、まさに仲小路彰の思想そのものです。おそらく、富岡を通じて加瀬俊一さんにも仲小路の歴史哲学が伝わっていたのでしょう。

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2018.01.04

渋沢栄一 『道徳経済合一説』

 日の話にも通じます。明治維新以来の150年戦争とは、軍隊による戦闘を表しているわけでないことは、皆さまもよくお分かりのことと思います。
 たとえば、資本主義市場経済というのが輸入され、それが根ざす個人の功利主義と、それまでの日本人が商いに抱いてきたある種の道徳観、利他主義との闘いという一面もあります。
 そういう意味で、私たちはその150年戦争の前半にもいろいろ学ばなければなりません。たとえば、「日本資本主義の父」とも言われる渋沢栄一が、どのように内外、東西を自己と社会の中で融合、止揚していたかを、今知ることには豊かな価値があります。
 「仁義道徳と生産殖利は全く合体する」…はたして、現代の経済人たちはこのような高い視点で活動しているでしょうか。
 全体通しても10分あまりのものですから、ぜひお聴きください。
 大正12年6月ですから、翁は83歳ですね。大変重みのある言葉です。

 第一次世界大戦バブルが終わり、このあと関東大震災があり、そして昭和恐慌へと向かっていく時代。そう、150年戦争の折り返し点昭和18年に向かって、ある意味日本は破滅の道を歩むことになっていきます。
 第二次世界大戦ももちろん各国の経済的な事情から起きた戦争です。というか、全ての戦争は経済戦争、もともとは食べ物の取り合いです。
 その最悪の状況が昭和18年を中心とする太平洋戦争時代だったということです。私たちは、その悲劇から何を学び、何を未来的に創造しなければならなかったのか。
 世界経済を牽引した資本主義市場経済も、150年を経て今岐路に立っています。道徳と経済の合体こそ、私たち日本人に特別に与えられた課題なのかもしれません。苫米地さんの言う「哲学の輸出」とは、そういうことも含まれているのではないでしょうか。

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2018.01.03

『真説・国防論』 苫米地英人 (TAC出版)

Th_71dkekdyoal 年の一冊目はこれ。
 最近、自分の意識がずいぶん変わったなと思います。人にも言われます。リベラルになったねと。
 自分の中では、別に右から左に守備位置が変わったとは思っていません。かと言って、中堅でもない。あえて言うなら、保守ならぬ捕手(笑)。全体がよく見えてきた。
 そんな中で、この苫米地博士の国防論はまさにタイムリーヒットでした。
 あえて捕手の立場から言わせていただくとですね、ライトもレフトも基本75年前の感覚なんですよね。憲法改正を叫ぶにも、戦争反対を叫ぶにも。
 今年は明治維新から150年。ようやく150年戦争が終わる年です。まだ我が国は戦争が続いているんですよ。それを今年中に終わらせなければならない。
 75年前というのは、その150年戦争のど真ん中。昭和18年です。そこが一つの折り返し点であることはよくわかりますよね。
 いまだにあの頃の戦争論にしばられている。時代はあまりに変わっているのです。もうすぐゴールなのに、まだ折り返し地点のノスタルジーに縛られている。
 そんな数字あそびに意味などあるのかと言われそうですが、意味があるのです。偶然なのか必然なのかわかりませんが、意味を見出すことは簡単です。
 たとえばこの本を読んでみてください。日本が今、世界史の中でどういう立場にあるのか。北朝鮮がどうのこうのというご近所だけの話ではなく、地球を俯瞰して、未来的にどういう立ち位置にいるのか。
 苫米地さんは宇宙人ですから(!)、常に地球を俯瞰しています。だから、ある種のトンデモ臭がする。私もちょっとそういうところがあって、ある種の人たちからはずいぶん煙たがられています(苦笑)。
 大いに結構だと思います。トンデモな感じがなく、とっても常識的だと、未来は切り拓けません。常識は過去の記憶の集積でしかありませんから。
 それにしても、苫米地さんの人脈というのも面白いですね。情報網がすごい。そして、それをこうして、ある意味常識的な方法で発信してしまうから、なおすごい。
 彼の仏教論なんかもそうですが、誰も反論できないんですよね。反論できないから、トンデモという言葉で片付けてしまう。
 私が研究している仲小路彰もそうです。あまりにその視点が高いために、あっちこっち行っている感じがするし、ある種の矛盾を含んでいるように見える。しかし、そこには絶対的な真理への道筋が示されている。だから、理想主義のように見えるけれども、実は非常に現実的である。
 この苫米地さんの国防論も非常に現実的だと感じました。逆に一般人があまりに現実を知らなすぎる。苫米地さんなら仲小路を正しく理解するだろうなあ。今年はなんとか苫米地さんにもアクセスしたいところです。
 この「真・国防論」を一家に4冊!と力説している次の動画がまた面白い。やはり、日本が地球の未来の舵取りをする時代が来ているんですね。仲小路の言うとおりになっています。ぜひご覧ください。

Amazon 真・国防論

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2018.01.02

椎名林檎 『とんがれエレガント』 緊急招集!音楽家サミット

Th__20180103_83051 日、ふと思い立って諏訪方面に初詣へ。とは言っても、諏訪湖は拝まずに帰って来ました。
 我が家のホーム神社である白州の山口諏訪神社、富士見の原山様こと御射山神社、そして茅野の諏訪大社上社前宮です。
 考えてみると、この三社さまには、昨年のみならずいつもお世話になっております。今年は娘二人も受験ということでくっついてきました。そういえば諏訪とのご縁の最初は、6年前の上の娘の中学受験だったなあ。それ以来、本当に公私ともにお世話になりっぱなし。
 さて、そんなマニアック初詣の帰りの車の中で聴いたのがこのラジオ。家族はみんな車中で寝てるし、私も寝不足で運転が辛いかなと思っていたのですが、このラジオのあまりの面白さにめちゃくちゃ目が覚めました。
 何が面白いって、まあ聴いてみてください。音楽好きにはたまらない内容ですよ。

 椎名林檎さんの偉大さを自分なりに理解していたつもりでしたが、いやはや、もっとレベル高かったな。
 で、ふと思ったのは、ああ椎名林檎って男だな、ってこと(笑)。
 いや、今までは、魅力的な女性のために、周りの才能あるオジサンたちが頑張っちゃってるんだと思ってた。
 それは半分違ったなと。
 そう、こういう音楽の細部にわたるこだわりの話って、男同士だと理論武装して戦っちゃうのでケンカになるんですよね。譲らなくなる。
 でも、林檎さんの、ある意味理屈を超えた感性のすごさって、男を納得させてしまう。
 つまり、仕事人、職人的な意味での男性性の上に、ちょこっと女が乗っかっていて、それが周りの男をだまらせたり、燃えさせたりするのではないかと。あくまでベースは男。その上に魅力的な女がダイヤモンドみたいに乗っかっている。
 両性具有だとも言えるけれども、基本は「おやじ」なのではないか。
 だから、女性にも男性にもファンが多い。女性が嫉妬しない。あんなに美しくかっこよく、男をたくさん侍らせているのに(笑)。
 それから、これは前から気づいていたことだけれども、林檎さんにとっての音楽は、決して自己表現ではない。聴く人(お客様)の人生のBGMとしてある。この他者性が素晴らしいですね。桑田佳祐さんも同じ。
 明治以降、日本の文学界が「私(わたくし)」に走ってしまい、その系譜として、たとえばJ-Rockがあることを、このブログでも何度も書いてきましたが、そこには功罪両方ありました。ワタクシ音楽が新たな地平を拓くとともに、それに酔う作り手や聴き手をある場所に閉じ込めてしまった部分もある。
 椎名林檎さんの音楽観は、もっと広くて深くて高い。それは「私」を純粋なメディア、音楽の下僕としているからこそでしょう。それを「音楽への愛」と言ってもいいかもしれない。
 …ということに気づき…昨年から平成30年の目標は椎名林檎に会うことと決めていたのですが、ますますその気になってきました(笑)。
 今回ゲストの一人、斎藤ネコさんとは、ずいぶん前に共演する機会があり、その時サインをもらったり、いろいろお話させていただきました。今日のラジオでも相変わらずトボけたユーモアが全開で安心しました(笑)。尊敬するヴァイオリニストのお一人であります。
 ふむ、それにしても、椎名林檎さんの敬語はいつもなから見事ですね。かっこいい。
 あ、あと、村田さんの紹介していたニルス・ラングレンはホント天才ですよ。


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2018.01.01

あけましておめでとうございます(2018年年賀状公開)

 なさま、あけましておめでとうございます。
 いよいよ平成30年がやってまいりました。そう、時間は未来から過去へと流れているのです。だから、平成30年が向こうからやってきた。
 今年の目標の一つは、その時間の流れに関する地球人の誤解を正すことです。みんな、過去から未来へだと思っているので。
 原因は過去にはないんだよ。未来にあるんだよ。
 というわけで(?)、恒例の山口家のおバカ年賀状を公開させていただきます。
 今年は戌年ということですので、我が家の6匹の猫をフィーチャーいたしました(笑)。国芳さん、勝手にパロってごめんなさい。
↓click!
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 6匹の猫に対して、4匹の犬(人間?)の方の絵のクオリティーがめちゃくちゃ低いのはご愛嬌(笑)。
 ちなみに、絵師はウチのカミさんで、彫師と摺師はワタクシであります(もちろんフォトショップ上での話です)。
 夫婦の猫への異常な愛情を感じ取っていただければ幸いです(お犬様には申し訳ないけど)。
 本年、平成30年がいかに大切な年なのかは、なぜか一昨年の12月にこちらに書いておりますし、なんと昨年のおバカ年賀状の私の記事の見出しも「平成30年が勝負の年だ!」となっております。
 そんな年がとうとう来たのだと思うと、身の引き締まる思いがいたします。ずっと言い続けてきたからには、本当に頑張らねば。
 昨年はどういうわけか、テレビ・ラジオ・新聞などのメディアに登場させていただくことが多かった1年でした。今年は本でも書こうかなと思っています。どうぞご期待ください(こう書いちゃわないと絶対やらない)。
 そして、地球平和のための大切な第一歩を皆様と踏み出したいと考えています。天皇のご譲位への動きや、政治の裏の動きとも連動した一大勝負です。頑張ります。
 娘たちも今年はそれぞれ大学、高校へ進学する予定です(受かれば)。それぞれの場で、どうぞ富士山の山口家をよろしくお願い致します。
 この不二草紙も地味に書き続けますので、たまには読んでやって下さい。
 では、皆さまにとっても平成30年が佳き年となりますよう。
 

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