イカれた◯◯…「イカれる」の語源(その2)
昨日の続きです。昨日の記事で「私たち普通の人」と書きましたら、お前もそうとう「イカれてる」って言われました。たしかにそうですね(笑)。スミマセン。
さて、そんなイカれてる私の「イカれる」の語源論、二つ目は「れる」を受身と取る立場から。すなわち「行かれる」を、誰かに「持って行かれる」という意味でとらえるものです。
最近…テレ東・鷲見アナ盗難被害「かばんと財布いかれた」…というニュース見出しを見ました。関西の方ならよく分かると思いますが、この「行かれた」には、標準語で言うところの「やられた」的なニュアンスがあります。
つまり、この場合の「行かれる」の「れる」は、受身、それも日本語独特とも言える「迷惑の気分を含む受身」ということになり、全体として「先を越されて持って行かれる」、「してやられる」というような意味を表していると考えられます。
それがいわゆる「イカれる」の語源になったという説もあります。しかし、よく考えてみると、行かれた、すなわち迷惑をこうむったのは、たとえばかばんと財布をいかれた鷲見アナであって、犯人ではありません。このシーンで言えば、「行かれた野郎」は犯人ではなく、鷲見アナになってしまう論理矛盾が生じてしまうわけですが、まあ言葉においては、そういうことは多々あるので(「負けず嫌い」の論理矛盾とか)、まあよしとしましょうか。
たしかに「持って行った野郎」よりも、「持って行かれた野郎」の方が迷惑、怒りの感情がこめられた表現になります。つまり「持って行かれたんだけど、その持って行った野郎」の略みたいな。
さて、次は「れる」を自発と取ってみましょうか。自発というのは「故郷が偲ばれる」と言うような、「無意識的に〜してしまう」ニュアンスです。「行かれる」の「れる」を自発とするとどういう解釈ができるでしょうか。
「無意識的に行ってしまう」…これはたしかにアブナイですね。意識的に行くのなら、行かない選択もありますし、戻ってくることもできそうですけれど、無意識的に行ってしまった人には、意識的に行かない選択肢も、意識的に戻ってくる選択肢もなさそうですよね。
こちらにも書いたとおり、古語の「る(らる)」、現代語の「れる(られる)」には、「自分の意志ではない(思い通りにいかない)」という基本的な意味があり、そこから可能(実際には「れず」の形で不可能として使われた)、受身(迷惑)、自発、尊敬が生まれました。
で、最後の尊敬説になります。「行かれる」の「れる」が尊敬とすると、ちょっと変な表現ですが「お行きになる」という意味になるということですね。
尊敬と「アブナイ」は一見無関係そうですよね。いや、将軍様だから尊敬語を使わないといけないか。「工場視察にイカれた将軍様」とか。
そう、日本語は敬語が異常に発達している言語でして、そのために独特の文化も生まれています。その一つが敬意逓減という現象です。これは、敬語が使われている間にその敬意が低くなっていくという傾向のことで、しまいにはまさに慇懃無礼、侮蔑語にまでなります。貴様や御前や手前(てめえ)という言葉が分かりやすいでしょうかね。
あるいは意図的に慇懃無礼にする侮蔑敬語もあります。わざと過剰に丁寧な言葉を使って、相手をバカにするというやつですね。
「イカれる」の「れる」が尊敬の助動詞だとすると、これこそ侮蔑敬語ということになりましょう。アブナイ奴に対して、そのアブナさを強調するために、あえて敬語を使ったと…いえいえ、上記の将軍様に対する表現は、純粋な敬語でございますよ(笑)。
というわけで、昨日、今日と四種類の解釈を書いてきましたが、そのどれが正しいかは実は答えがなく、日本人が「れる(られる)」に、ある種言葉にならないニュアンスを感じ取り、そして表現しているということに注目してほしいと思います。
なんとなく自分の手の届かない感覚。あるいは自分とは無関係でありたく、どちらかという迷惑な感じ。
ラ行の音で始まる日本語(漢語などの外来語を除く和語)が皆無であることはご存知ですか。ラ行音というのは、古来日本人にとって、なんとなく遠い存在だったのです。
そう考えますと、古語「る(らる)」・現代語「れる(られる)」の対極にある使役の助動詞「す(さす)」・「せる(させる)」が、最も名詞の語頭に立ちやすいサ行音であることは示唆的ですね。そのあたりについては、またいつか持論を展開させていただきます。
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