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2017.05.31

告知! 6/7 『水曜日のダウンタウン』に出演します(笑)

Th__20170601_103748 日の放送の最後に次回告知がありましたが、その冒頭いきなりワタクシが映っておりましたね(笑)。
 そうなんです、実は私が教頭を務めます富士学苑中学校を舞台にして「先生のモノマネ プロがやったら死ぬほど子供にウケる説」の検証が行われました。その様子が来週放映されます。
 内容はとにかくご覧いただくとして(というか、どのように編集されているのか私も知りません)、一言、今回のレアな体験、本当に盛り上がり、楽しく、そして非常に教育的価値が高かった。生徒たちにとってもですが、我々教員にとっても非常に勉強になりました。一流のプロの方々の仕事に触れるというのは、当然のことながら教科書以上の価値がありますね。感謝感謝です。
 番組公式ホームページで「次回予告」を観ることができます。ちょっと恥ずかしいけれども、ぜひご覧ください。

水曜日のダウンタウン公式

 それにしてもですね、不思議なご縁ですよ。なにしろ、私たちのコーナー以外の「説」で、かつて一緒にバーベキューをしたプロレスラーの飯伏幸太選手やササダンゴ・マシン選手も出演するんですから。そして、尊敬する葛西純選手や蛭子能収さんも!(笑)
 人生、面白いですね。
 と、ちょっと浮かれた気持ちになっていたら、これまたトンデモナイ電話がかかってきました!「見たよ〜」とかそういうのかと思ったら、すさまじい次元のすごい話でして、そちらに大興奮してしまいました。それも、いつか公表できると思います。できる日が来るといいなあ。
 ちなみに今日はNHKさんの取材も受けました。それもまた来月中に放映されそうですのでお楽しみに。まったく人生は面白い…。

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2017.05.30

Aperiafuze カセットテープmp3変換機

Th_41nw2buixxl_sy355_ 近の買い物の中では、けっこうアヤシイ方ですな、これ(笑)。
 しかし、実際使ってみると、それなりに面白い。性能的にもまあまあでしょうか。
 皆さんのお宅にもカセットテープが眠っていませんか。ウチの地下室にはおそらく千本近いカセットテープがあります。
 その中にはすでにデジタル化したものもありますが、それもまたDATだったりして、結局最近は聞けなくなってしまっています。
 今やデータ化してパソコンなどで聞くという時代ですよね。で、この謎の「機械」はカセットテープの音源を単体でMP3に変換してくれるものです。
 ほかにももっと安い同じような「機械」が売っていますが、どうもあんまり評判がよくないので、ちょっと高めですが(それでも安いか)こちらをイチかバチか買ってみた次第です。
 というのは、自分のコレクション、青春の思い出のデジタル化というのもありますが、最近あるところで文化的価値のあるカセットテープやオープンリールが大量に見つかりまして、それをデジタル化して保存するという事業の一環としての作業のためという意味もあるんです。
 ま、そんな文化的価値の高いものだったら、もっとちゃんとした機材使えよということですが、とりあえずお金がないので緊急的措置として作業を進めようというわけです。
 で、こうした中華製の「機械」にありがちなですね、操作性の悪さはピカイチですね(笑)。数少ないボタンでいろいろやろうとするからこういうことになるわけです。しかし、それもまた面白いと言えば面白い。
 そうしたインターフェイスのデザインというのは、本当に難しいですよね。Appleはその点すごい。説明書なしでもいけちゃいますからね。
 というわけで、なんだかんだラジオも録音できたり、ボイスメモ的にも使えたり、便利なような不便なような、予想に違わぬトンデモ機械であります(くり返しますが私はこういうのが好きです)。
 なんだかんだ言って、自分のカセットコレクションは、ハイポジやメタル、フェリクロームにドルビーがかかっていたりするので、こちらの「機械」では正常に再生できません。
 かと言って、そういうものに対応したカセットデッキも今や手に入れるのが困難ですから、それこそ緊急避難的にこれを使い続けることになるでしょう。壊れなきゃいいんだけど。

Amazon Aperiafuze(アペリアフューズ) デジタル音声変換 ボイスレコーダーとしても使用可能 FM/AMラジカセ SRC-5

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2017.05.29

澤井珈琲 コーヒー豆福袋 200杯分 超大入り

Th_71jcekx1jcl_sl1000_ 想外のことがたくさんあって忙しく、更新が遅れております。
 そんなわけで、軽いネタ、すなわち「もの」のおススメをいたします。
 先日リピートで注文したコーヒー豆。昨冬からコーヒーミルで毎朝豆を挽いております。
 その豆がこちら。澤井珈琲さんの福袋です。
 これが安い上においしい。本当にこのお値段で毎朝極上の挽きたてコーヒーをいただけるというのは、本当に幸福この上ありません。
 2種類の豆、すなわちビクトリーブレンドとブレンドフォルティシモが、挽き心地、味ともに対照的で、今日はどちらにしようかなと考えるのもまた毎朝の楽しみになっております。
 粉で飲んでいた時と違い、面白いものであんまりミルクを入れたくないと思うんですよね。ふだんストレートが苦手なカミさんもすんなりそのまま飲んでいます。
 これからもリピートさせていただきます。最後に一首。

ゴリゴリとコーヒーミルのハンドルが回れば目覚むる今日と私が

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2017.05.28

告知! 6/10 バロック音楽の午後

Th_s_dsc5664300x199 もヴィオラで参加させていただくコンサートの告知です。
 アンサンブル・オードブルさんには今回初参戦となりますが、古くからの音楽仲間が多く、すんなりとその音楽に溶け込むことができました。
 今日も東京で練習がありまして、7時間ずっと弾きっぱなしで、さすがに体力の衰えを感じた次第であります(苦笑)。ヴィオラでこれだけ大変なんだから、ソリストや他の楽器の方はもっと大変ですね。特に今回のプログラムではチェロの音数が異常に多いので大変だろうなあ。チェリストさん広島からの参戦ですし。すごい。
 そう、今回はバロック・ヴァイオリニストとして活躍中の天野寿彦さんをお迎えしての豪華すぎるプログラムですねえ。いやはや大曲、名曲ばかり(プロの楽団だったら絶対やらないプログラム?)。

アンサンブル・オードブル 第8回演奏会
「バロック音楽の午後」 天野寿彦さんを迎えて

2017年6月10日(土) 午後2時開演(1時半開場)
神田キリスト教会(末広町駅から徒歩3分)
全席自由 1,500円

バッハ ブランデンブルク協奏曲 第4番
バッハ 三重協奏曲 イ短調
バッハ オーボエとヴァイオリンのための協奏曲 ハ短調
バッハ ゴールドベルク変奏曲より(弦楽合奏版)
A.スカルラッティ 室内協奏曲 イ短調
ヴィヴァルディ 室内協奏曲 ニ長調

ヴァイオリン・ソロ(兼音楽監督):天野寿彦
ヴァイオリン:平松晶子・佐藤俊也・堀晶子・松島和彦
ヴィオラ:山口隆之
ガンバ:渡辺比登志
チェロ:中川剛
コントラバス:水越友顕
チェンバロ:和田章
リコーダー:曽原良嗣、山本勉
トラヴェルソ:江口陽子
オーボエ:石野典嗣

 もしおいでになってくださる方がいらっしゃいましたら、こちらにご連絡ください。何人か無料でご招待いたしますよ(早い者勝ち)!
 天野さん、昔は同じ立場で一緒にステージに上がっていましたが、その後東京藝大の古楽科から大学院まで進学され、今では第一線でご活躍です。
 今日のレッスンもとても面白く勉強になりました。特に体の動きと音楽の解釈、表現の関係については勉強になりますね。日本人得意の「縦ノリ」を何度か注意されました(笑)。
 それから、たとえばアダージョの曲をアレグロで演奏するというのも面白かった。全体像、流れ、セクションがよく分かる。また、ゴスペル風あるいはスウィング風に裏打ちで手拍子するというのも、なるほどなと思いました。さっそくウチの学校の楽団でもやってみよう。
 というわけで、天野さんのおかげで、なかなか充実した音楽の場になっています。ぜひお越しくださいませ。
 ちなみに当日、私は朝まで宿泊座禅でして、きっと悟りを開いた演奏ができると思います(笑)。

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2017.05.27

宮田陽・昇

Th_images 日の夜は家族でBS朝日の「お笑い演芸館」を鑑賞。家族の中で一番評価が高かったのが、漫才協会四天王「宮田陽・昇」さん。
 ま、カミさんが陽さんと同じく秋田の出身という肩入れもあるとはいえ、いやいや純粋に見て安定のクオリティーでしたよ。鉄板の「地図」ネタから始まり、陽さんの自虐ボケと昇さんのテンポ良いツッコミが絶妙のリズム感を生んでいて、気持ちよく笑えます。
 漫才新人大賞や文化庁芸術祭賞新人賞を受賞したのち、漫才協会認定の真打ちに昇進した実力派。
 陽さんのホスト時代の写真、笑っちゃうほどカッコよかったですね。彼は秋田一の進学校秋田高校でサッカー選手としても全国レベルで活躍し、それも評価されて立命館大学へ。まさに文武両道のエリートコースを歩むかと思ったら、どういうわけか演劇に目覚め、自ら劇団を立ち上げ、そしてその時の仲間昇さんとお笑いコンビを結成しました。
 たしかに陽さん、ウチの家内のお父さんにも似る秋田美人ならぬ秋田美男ですね。義父もイケメンなのに超三枚目(笑)。秋田の男の人って地味に面白いですよ。おとなしい印象がありますけど、スイッチが入ると爆発するんですよね。
 そうそう、以前義祖父の葬祭(神道)の時、親戚衆の男性の呑み会に巻き込まれた(なにしろ言葉が分からない…笑]時、みんなまじ〜めに山の中で熊と相撲取ったりした話をし合うんですよね。ほら話と言えばほら話なんですが、言葉が半分しか分からなくてもメチャクチャ面白かった(笑)。そういう伝統風土なんでしょうね。いいなあって思いました。
 そういうところも含め、その容姿とそしてあの声質、微妙に残る秋田訛りが醸す「胡散臭さ」これっていいですよね〜。胡散臭いってお笑いにとって非常に重要な要素であります(私もそれで売ってる?)。
 今日と同じネタも含む音声を聴いていただきましょうか。

 一度東洋館で生で拝見したいですね。

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2017.05.26

『論戦「女性宮家創設」 公務負担と皇統の継続』 (BSフジ プライムニュース)

Th__20170601_105257 に難しい問題ですね。このまま行けば悠仁親王が即位した時、公務を補助する皇族がいなくなる可能性がある…。
 有史以来初めてと言っていい、このような意味での皇統継続の危機でもあります。
 この問題の難しさの理由はいろいろあるのですが、やはり私たち国民としての難しさは、天皇陛下や皇族の皆様がこのことについて、どのようにお考えなのか分からないというところではないでしょうか。
 このたびの「譲位」の問題についても、保守派の中でさえ意見がまとまらないどころか、ほとんど喧嘩のような状態になり、また結果的に良かれと考え絞り出した案について、実は天皇陛下や皇族の方々が不快感をお示しになったという「ウワサ」までも伝わってきました。
 ちなみに私は女性宮家の創設には完全に反対ではありませんが、やはりその前に旧宮家の復活が先だと思いますね。
 女性宮家が女系天皇につながるという意味で反対する方が多いようですが、それこそ皇室典範や、あるいは憲法の解釈、あるいは改正をもって男系を守ればよいと思います。
 もっと言ってしまえば、皇統というのは「血筋」だけの問題ではありません。私は「文化」というものを重視しています。皇室と一般社会を一緒に語るのは不敬にあたるかもしれませんが、さまざまな組織の継続の在り方を考えると、その「文化」の意味がわかってくると思います。
 私は、いろいろな事情から、有栖川家、高松宮家に興味を持っています。ご存知のとおり、両家とも男系男子に恵まれず断絶してしまいました。
 高松宮家は、先に断絶した有栖川家の「文化」を継承しました。しかし、残念ながら高松宮家も断絶。では、有栖川家の「文化」は絶えてしまったのかというと、そんなことはありません。いくつかの形でちゃんと継承されています。その継承者一つが秋篠宮家です。また、民間のある宗教団体系統にも継承されています。
 そういうことも含めての「皇統」であると思うのです。だから具体的にどうなのかというのは、今は述べるべきではありません。ただ、そのようないわば「霊統」というのも考えに入れないと、たとえばこの番組の議論のようなことになってしまうと思います。
 天皇は高次元の存在なのであり、私たちの日常的な言語では語りきれないわけです。だから、実に難しい。

動画はこちら
 

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2017.05.25

シンプルカメラ(iPhoneカメラアプリ)

Th_screen696x696 iPhoneをお持ちの皆さん、カメラは純正を使っていますか?
 私は純正を使うことはほとんどありません。シャッターの音はでかいし、ファイルサイズもでかい。
 で、私はこの「シンプルカメラ」を使っています。動画撮影はもちろんあり。フラッシュ、セルフタイマー、ズーム、明るさ調整など、基本機能は万全。シャッター音も消せます。
 ファイルサイズは1280×960(約500kB)に設定。純正カメラだとiPhoneのストレージをすぐに圧迫してしまいますが、これなら余裕があります。そして、このサイズで充分。
 それにしても、これじゃあデジカメは売れませんね。必要十分な写真がスマホで撮れてしまう。光学ズームにしかできない表現もあるけれども、シロウトの必要性としては正直十分ですよ。
 カメラ業界は実に大変な時代を迎えました。それぞれ異分野や関連分野でそれまでの技術を活かしてなんとかやっている状況でしょう。
 逆に言えば、そうした転換に失敗した、あるいはそのような財政的基盤のなかった中小企業は厳しい運命にさらされました。
 その点、富士フィルムはすごいですね。絶体絶命かと思いきや、見事な転身、いや変身を遂げたと思います(最近ちょっと怪しいですけれども)。

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2017.05.24

能役者 野村四郎 「遥かなり芸の道」

 日までの「昭和11年」つながりもあって、この動画を紹介いたします。この動画にもちょっと登場している、四郎先生の弟子、私の教え子でもある女流能楽師からの紹介してもらいました。
 人間国宝の能楽師野村四郎先生は昭和11年のお生まれです。
戦前戦中の動乱期に少年時代を送り、そのためでしょうか、狂言師の家に生まれながら、人間の影の部分を表現する能に惹かれていったと言います。
 そして、稽古の話も興味深いですね。鉄拳つきの厳しいスパルタよりも、「芸は盗め」の何も教えてくれない稽古の方がずっと厳しかったと。これこそ日本文化の真髄であり、私の言うところの「コト」より「モノ」。言葉よりも実体験というのにもつながるでしょう。
 「今に見ておれ!」これは今の日本の若者に足りないものですね。今日も職員室で話したんですよ。本当にそういう「悔しさをバネに」みたいなのがないなあと。
 ある部活で高校生に顧問が怒って「もういい、来るな」と言ったら、本当に次の日から来なくなる…こういうことは本当に日常的にありますし、場合によっては親でさえ、そういう子どもたちの反応に賛同してしまう。昔じゃ考えられませんよ。
 極端な話、昔だったら私も「死にたい」という生徒がいたら、「おお、死ねるもんなら今ここで死んでみろ!」と言っちゃいましたが(笑)、今だったらとても笑い事になりません。新聞ネタですよ。
 言葉って、その表面的な意味だけでなく、その裏側に人の心を包み込んでいるものじゃないですか。こちらがそれを包んで発したつもりでも、相手はそれを全く「忖度」せず、表面的な意味で反応してしまう。日本人の劣化ですよ。
 師匠なのに何も教えてくれないなんていうのも、ある意味めちゃくちゃブラックじゃないですか(笑)。そういう世界はこれからどうなっていくのでしょうね。
 杉並の大宮八幡宮での薪能、私も何回か拝見しました(こちら参照)。四郎先生のおっしゃる通り、その役者がその場、空気、自然と一体化し、本当に素晴らしい時空間を作り上げていました。意味が分かる、分からないではなくて、「感じる」。これもまた「コト」よりも「モノ」ということでしょう。
 世阿弥が行ったように、能の本質は「ものまね」。「モノ」を招くということですね。
 そして、最後の次世代へのメッセージ。私も心に深く刻ませていただきました。

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2017.05.23

『第二次大戦前夜史 一九三六・一九三七』 仲小路彰 (国書刊行会)

Th_41wmdwk5icl_sx359_bo1204203200_ 日、昭和11年、12年は歴史の転換点だというようなことを書きました。しかし、日本国民は案外明るい未来を展望しており、特に都市部はお祭り気分だったとも書きました。
 昭和11年は私の母が生まれた年でもあります。父は5歳。ですからその時の記憶はほとんどありません。時代の空気なんか分かるわけありませんし。
 かつて祖父母に聞いたところでは、やはりそれほど暗い雰囲気ではなかったようです。実際、世界恐慌に伴う昭和5年あたりの昭和恐慌からもいち早く脱し、昭和8年以降は一部の農村を除いて好景気だという感触があったようです。
 この高橋是清による昭和恐慌という大デフレ脱却政策が、アベノミクスに似ているとの見方もありますが、のちに高橋是清は昭和11年、二・二六事件で暗殺され、日本は戦争へまっしぐら…という、それこそ戦後歴史教育に洗脳された悪意ある解釈ですね。そんな単純な話ではありません。
 さて、そのように庶民は好景気に浮かれ、かつての戦争景気の記憶もまだ新しく、ある意味では戦争への期待さえあったとも言えます。そんな中、いったい世界や、世界と直接やりあっていた日本の上層部ではいったい何が起きていたのか。つまり、庶民が知らないうちに、いったい何が進行していたのか。
 それが恐ろしいほどによく分かる本が、この仲小路彰による「一九三六」と「一九三七」です。仲小路彰が高嶋辰彦陸軍中佐(当時)の支援を受け、戦争文化研究所の名の下に全121巻の刊行が予定されていた(実際は43巻まで刊行)「世界興廃大戦史」の一部。
Th_31ogxpnu8l_sx298_bo1204203200_ 昭和16年9月から17年4月までの間に刊行されていますから、間に真珠湾攻撃を挟んでいるわけですね。戦争が始まらんとしているその時に、およそ5年前の世界と日本の動きにその端緒を見ていたのです。
 内容としては、今では忘れ去られた事象も取り上げられており、いったい当時どのような情報源をして、ここまで詳細に世界情勢を分析し得たのか。非常に興味がありますね。
 実はまだ全部読んでいませんし、読んでも知識が足りないために理解できないでしょう。しかし、現代の研究成果よりも不思議とリアルな感じがするんですよね。情報の選択、そしてそれらの配置の妙は、世界史、特に戦争史を知り尽くした仲小路ならではのものでしょう。
 このような本が復刻されたということは、ようやく歴史学の戦後レジームが崩れる時が来たということでしょうか。
 一方で、仲小路彰の全貌を俯瞰した立場からしますと、こうした戦前、戦中の著作のみで彼の業績を評価してほしくないというのも事実です。
 こうした一見右寄りな活動の先にある、終戦工作、グローバリズム構想、未来学こそが、仲小路彰の「本体」であると、私は思っています。
 当然、逆の発想も必要です。つまり、戦後の仲小路彰のみ見ていても、やはりその本質には近づけない。未来から見れば、戦後も戦前も連続した過去であり、またその無限の過去は、その時の「現在」の無限の集合体なのですから。

Amazon 第二次大戦前夜史 一九三六 第二次大戦前夜史 一九三七

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2017.05.22

第7回世界教育会議〜日本文化講座

Th_sekaikyouiku201409171 日紹介した徳富蘇峰の「経天緯地」の研究をされた方からの情報。その扁額が奉納されたのは昭和11年。
 昭和11年は日本の近代史を考える上で、一つの分岐点となった重要な年ですね。二・二六事件があり、一般的にはその頃から一気に戦争へ向けての右傾化が進行したというイメージかと思います。
 しかし、どうも実際にはだいぶ違う雰囲気が世の中を支配していたようですね。だいたい、二・二六事件の時の東京も、「せっかく景気がよくてお祭ムードだったのに…水を差しやがって」という感じだったとか。戒厳令で遊びに行けない。東京音頭の時代ですからね。
 事件と言えば、二・二六よりも同年に起きた阿部定事件の方が巷間の話題だったのでは。
 実際、軍部の一部以外はどちらかというと国際的お祭ムードであり、あえて言うならずいぶんとリベラルな雰囲気があったと言えます。
 中止になった1940年の東京オリンピックの開催が決定したのもこの年ですし、紀元2600年に向けて多くの催し物が企画され始めています。その紀元2800年節にしても、今では天皇中心の国家観を象徴しているようなイメージがありますが、庶民にとっては単純にお祝いムードだったようです。
 ただ、昭和12年になりますと、少し雰囲気が変わり始めます。庶民はまだまだ呑気でしたけれども。
 昨日も名前が出てきた和平派の宇垣一成に組閣命令が下りながら、陸軍内の反対によって流産したのは象徴的だったかもしれません。ヨーロッパではスペイン戦線が喧しくなり、年の終わり頃には日独伊防共協定が締結されます。ちょっときな臭くなってきましたよね。
 一方、そんな昭和12年、すなわち今からちょうど80年前の1937年に、なんと日本で第7回世界教育会議が開催されています。アメリカを筆頭に世界中から教育関係者が東京に千人単位で終結し、実に高度な教育会議が行われました。
 どれほど平和的で、リベラルな内容であったかについては、国会図書館のデジタル資料を垣間見るだけでもよく分かります。
 で、その会議の一環というか、プレイベントとして、なんと山中湖で「日本文化講座」が開催されているんですね。10名以上の外国人が山中湖を訪れ、鈴木大拙や谷川徹三らの講演を聞いたり、地元の皆さんと交流したようです。
 たしかにこんなことがあったとはほとんど知られていませんし、もちろん私も全く知りませんでした。地元の人も全く知らない。
 この「日本文化講座」は国際文化振興会(今の国際交流基金)が主催したもののようですが、山梨の山中湖での開催にあたっては、私の勘ですとやはり徳富蘇峰や宇垣一成、そして富士吉田にいた川合信水、また山梨の生んだ鉄道王根津嘉一郎が関わっていると思います。
 この「日本文化講座」については、昨年山中湖で企画展が行われ、新聞記事としてもこのように紹介されました。第1回全日本カーリング大会にもびっくり。
 う〜ん、学校で学んだ歴史とはかなり違う雰囲気だなあ。自分で調べることがいかに大切か思い知らされます。
 この世界教育会議に関する記録などをじっくり読んでみたいですね。鈴木大拙の講演の内容も知りたい。どうも記録映画が製作されたようですから、それの再発見にも期待したいところです。
 のちに疎開してくる仲小路彰は、当然この会議、講座のことを知っていたでしょう。仲小路が富士北麓に一大教育都市を構想したのにも、それが影響しているかもしれません。
 いやあ、近過去の歴史の勉強は実に面白い。


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2017.05.21

徳富蘇峰 『経天緯地』の扁額

Th_img_0429 日は全く想定外のお導きによって幸運に恵まれました。不思議としか言いようがありません。
 上の娘が池袋ジャズフェスに出演するということで、朝学校に送り届けました。そのあとすぐに帰宅しようと思ったのですが、昨日から家のWiFiの調子が悪く、ずいぶん長く使っているのでそろそろ寿命かなと思い、近くの家電量販店に寄っていくことにしました。
 ただ、朝早かったので開店まで小一時間あったんです。で、ふと思いついて地域の神社参りをすることにしました。まずは学校の近くの小室浅間神社(下浅間)へ。次に町内の渡辺大明神へ。ここはいわくつきの神社ですよ(こちら参照)。
 そして、いよいよ家電量販店に行こうと移動をするその途上、ふと「あそこにもお参りしよう」とひらめき、久しぶりに天神社(機神社)へ。
Th_img_0439 すると、いつもは閉ざされている機神社の入り口が開いている。そして、正面の祭壇の上に、徳富蘇峰が揮毫した「経天緯地」の扁額が見えるではないですか。
 お参りをすませてしげしげと中を覗いていると、氏子の方が私に声をかけてくださりました。そう、なんと今日は機神社(と軍刀利神社)の例大祭の日だったのです。全く知りませんでしたし、本来は5月15日に行われるべき例祭が、時代の流れで5月の第3日曜日に催されることになったとか。
 いろいろ興味深いお話をうかがえた上に、「正午に神事があるから来てください」と、あまりに自然に言われてしまいました。なんというお導きでしょう。どこの誰とも分からぬ者に温かいお誘い、本当にありがたいと思いました。
 さっそく家内と、神社の近所で織物業を営む家内の友人親子を誘って、正午に境内に行ってみますと、祭礼を執り行う神主さんと数人の氏子さんらが集まっていました。そして、なぜか私たちはゲスト(?)として神事に同席させていただき、さらに玉串奉奠まで仰せつかるという僥倖に恵まれました。
 徳富蘇峰の扁額も間近に拝見することができ大感激。なにしろ、年に1回、この例大祭の日にしか一般の人は拝むことができないのですから。不思議すぎます。
 さらに本殿右にあった奉納札を見ると、これまた驚きの事実が。
Th_img_0434 左から「金一封 県会議員 天野義近殿」、「金一封 衆議院議員 堀内良平殿」、「扁額揮毫 徳富蘇峰殿」、「扁額揮毫 陸軍少将 久世為次郎閣下」、「扁額揮毫 陸軍大将 宇垣一成閣下」。
 蘇峰と久世と宇垣の両軍人は、山中湖に別荘を持っていました。蘇峰については説明するまでもありませんね。山中湖に住む文化人として、当時絹織物で隆盛していた下吉田の神社に関係したのはありえること。一方、和平派である意味陸軍の中では悲運であった宇垣一成が、この小さな神社に関わっていたのは意外でしたね。総理大臣になりそこねた人物です。
 また宇垣は、のちに山中湖に疎開してきた仲小路彰とは昵懇の仲となり、時に仲小路に叱責されたとも伝えらています。最近仲小路彰を研究している私が、こんなところで宇垣一成の名前に出会うとは思いもよりませんでした。
 まったく不思議な霊縁であります。そう、この一連のお導きのオチもありました。夜、ある人から久しぶりに電話があったのですが、その方は徳富蘇峰の研究家であり、この機神社の扁額の「再発見者」だったのです。
 今日の話をすると先方も驚いておりました。こういう人知を超えた流れがある時は、何かの使命をいただいた時です。それをしっかり見極めて役目を果たしていきたいと思います。本当にありがとうございました。


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2017.05.20

Niksa メンズ本革ベルト

20170521_162808 年使っていたベルトの穴がへたってきたので、新しいのを購入しました。今度は穴式ではなく、オートロック式。
 Amazonの評価が高かったことと、バックルのデザインがシンプルで気に入り、この商品をチョイス。
 今日届いたので、さっそく装着してみました。
 なるほど、これはいい感じですね。まず、本革ベルト部分が柔らかくて高級感がある。今までも本革を使っていましたが、なんとなく固くてあまりしっくり来ていなかったのですが、これはとにかくしなやかでさわり心地最高です。
 ハサミで切って長さを調整しましたが、それも非常にスムーズにできました。いい革使ってますね。
 さらにオートロックが気持ち良い。革のベルト裏に樹脂のストッパーがあるため、革自体を歯で噛んで固定するタイプとは違い、ベルト本体に傷がつかない仕組みのようです。
 で、あんまり気持ちよいから、ギュッときつく締めたんですね。そうしたら、緩め方が分からなくて、プチやばい状況に(笑)。
 そう、説明書にリリースのしかたが書いてないんですよ。実は、バックル底部にリリーススイッチというか、ボタンというか、可動部分があって、それをある方向に動かすと実に簡単に緩むんですがね。なにしろ、そのボタンらしきモノを見つけるのにまず数分。見つけてから、どちらに動かしていいか、押すのか引くのか、回すのか、全く分からず数分間(笑)。
 一度覚えてしまえばなんてことないんですが、最初はビビりました(笑)。これは説明書に載せた方がいいですよ。せっかくパッケージも素晴らしく、また説明書もその他の意味では丁寧なのに。
 まあ、それは笑いの種として、とにかく製品自体はとてもいい感じです。あとはどのくらいの耐久性があるのか。仕事着用のベルトですから、毎日使うわけでして、可動部分や塗装部分、そして革ベルト自体の耐久性も心配と言えば心配です。
 しかし、まあこのお値段ですからね。とりあえずの印象は星5つといったところです。
 ところで、ベルトのバックルのデザインって非常に重要だと思うのですが、案外センスのないものが多いですよね。異様にゴージャスなのだとか。ブランド物をこれ見よがしにつけるのもどうかと思いますし、ま、プロレスのチャンピオンじゃないので、地味に行こうと思います。全体のバランスからしても。
 そうそう、プロレスのベルトもどんどん大型化、そしてゴージャス化していますよね。いくらゴージャスでも革部分の酸っぱさは時代を超えて変わらないそうですが(笑)。本革の宿命でしょうか。

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2017.05.19

ジャン・ロンドー 『即興曲』

 月初来日したチェンバロ奏者(クラヴサン奏者)ジャン・ロンドーの、バッハ「ゴールドベルク変奏曲」をBSプレミアムで観ました(聴きました)。
 ウワサに違わず、非常に洗練されたセンスの持ち主でしたね。聴き慣れたはずの曲が大変新鮮に感じられました。
 とは言え、特に奇をてらっているわけではありません。単にモダンな感性を通じて普遍的なバッハが奏されただけです。そういう意味ではバッハはすごい。
 私、彼の演奏をじっくり聴くのは初めてだったのですが、聴きながらこんなことをつぶやきました。

 録画してあったジャン・ロンドーのチェンバロリサイタルを聴きながら(観ながら)ふと思った。バロック音楽演奏における反復の際の即興的装飾って音を足すことがほとんどだけれど、引き算ってのはないのかな。あえて沈黙するとか…と思ったら演奏終了後に沈黙した!!禅的変奏w

 そう、最後のアリアを弾き終わった後、1分くらい沈黙していたんですよね。なるほどあの長大な曲が終わったあとの余韻としては、あのくらい必要なのかも。まあ、究極の引き算でしょうかね。沈黙は。
 で、ちょっと気になってYouTubeで彼の動画を探したら、なるほどなと思う演奏にぶち当たりました。かのバッハの無伴奏ヴァイオリンのための「シャコンヌ」です。
 この宇宙的名曲、多くのチェンバリストが編曲して弾いていますね。大御所で言えば、レオンハルトとかコーネンなんかも録音していました。
 それらに共通しているのは、「音を加える」ということでした。チェンバロとヴァイオリンの特性の違いを考えれば、また、バッハ自身やその他の作曲家の編曲を考えれば、それは全く自然な営みです。
 しかし!このジャン・ロンドーは、ほとんど音を加えていない。もちろん、鍵盤楽器らしく音域は拡げてありますが、基本新しい声部を加えたり、和声を埋めたりしてません。これはある意味「引き算」です。自然な営みから考えると、かなり思い切った「引き算」ですよ。
 聴いてみてください。これが…実にいいのです。

 ちなみに同じ無伴奏を、バッハの長男が編曲するとこうなります。つまりは自然な営み。

 おっと、肝心な一番上の動画について書くのをすっかり忘れていた。ついつい興奮してしまったのでしょうか(笑)。
 彼は子どもの頃、なんとピアノよりもチェンバロを先に弾き始めたのだとか。いや、それは歴史的に考えても、また人間工学的に言っても実は自然なことなんですよね。子どもは軽くて小さな鍵盤を弾くべきです。ピアノには分数楽器がありませんからね。
 で、やっぱり彼はジャズも好きなんですね。このモダンピアノによるインプロヴィゼーション、どことなくキース・ジャレット風であります。私の好きなタイプの即興。
 どうせなら、リサイタルの前半をチェンバロ、中盤をフォルテピアノ、後半をモダンピアノで即興というのはどうでしょうか。ぜひ聴いてみたいところです。
 もう、楽器がどうの、様式がどうのとか言う時代ではなくなったのでしょう。ようやくと言うべきか。自由で自然。型にはまらないのが、本来の生きた音楽なのですから。

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2017.05.18

リコシェ vs ウィル・オスプレイ

 日は帰宅後、サムライTVにて新日本プロレスのBOSJ後楽園ホール大会を観戦しました。
 最近の新日本は実はあんまり観ていなかったのですが、今日のメイン、リコシェとオスプレイの試合は観ないわけにはいきませんでした。
 結論から言いますと、やっぱりすごい!すごかった!
 上の動画は世界中で物議を醸した昨年の対戦です。これは果たしてプロレスなのか?格闘技なのか?それとも曲芸なのか?体操なのか?いや、アニメなのか?それともリアルCGなのか…。
 あまりにもよくできた技の攻防に賛否両論。たしかに観たことがない闘い?が展開されました。
 私もどこまでこの試合を肯定していいのか迷いがありましたが、今日の後楽園ホール大会を観て、やっとすっきりしました。「ああ、これもプロレス、あれもプロレスなんだ!」
 そう、プロレスはやはりなんでもあり。形にとらわれない、多様性があるからこそ面白い。いろいろなスタイルがあって、それぞれの国、それぞれの団体に伝統があって、そして常に新しい発明もある。それらがほとんど無限の組み合わせで化学反応を起こすから、シナリオがあろうと、そこには必ず意外性も存在する。
 その「コト」と「モノ」の絶妙のパランスがプロレスの魅力でしょう。
 今日の二人の対決も、昨年に負けず劣らずの名勝負だったと思います。そして、それを際立てたのは、私個人的には、そのメインの前の前の前に行われた、TAKAみちのく対タイチの試合だったと思います。まさにメインとは対照的なプロレス的世界。ほとんどお互いの体に触れることなく、超省エネで10分近い試合を成立させていました。ちゃんと会場を沸かせていましたからねえ。
 そして、このメイン。解説のミラノさんだか田口さんだかも言ってましたが、同じ勝ち点2点でも、あまりに大きな違い。これだからプロレスは面白い。
 風姿花伝にあるととおり、それぞれの分の中でそれぞれ「花」を咲かせればいいわけで、そこにはエネルギー量の多寡という近代的な価値基準はありません。
 昨年はオスプレイが勝利しているので、まあ一般的なプロレスのシナリオからすれば、今年はリコシェかなと思いながら観ていましたが、結果はオスプレイが再び勝利。それもちょっと意外でしたし、試合後の二人の愛情あふれるやりとりも気持ち良かった。
 なるほど、今、新日本がまた人気なのも納得ですね。いろいろな花の咲かせ方をしているなと。純粋に楽しめました。

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2017.05.17

ものまね芸人さんから学ぶ神事

 日はご縁がありまして、ものまね芸人の方々とお話する機会がありました。
 神奈月さん、ホリさん、エハラマサヒロさん、ミラクルひかるさん、みかんさんという、超実力派の大御所の皆さんです。
 いろいろなお話ができて、本当に勉強になったのですが、中でも憑依系(?)であるミラクルさんに私の「ものまね=招霊」説をお伝えできたことは嬉しかった。
 それを脇で聞いていたホリさんが、「そうですよね、ものまねは日本書紀なんかにもそのルーツが書いてある」とおっしゃっておりました。
 そう、「ものまね」という言葉は出てきませんが、記紀に登場する「隼人舞」は、まさに招霊して「ものまね」をする種類の舞です。
 つまり、もともと「ものまね」とは神事であって、だからこそ多くの舞が今でも神社で奉納されているわけです。
 ちみなに記紀の時代から、そのような神事としての「招霊(ものまね)」をする人を「俳優」と呼んでいました。「はいゆう」ではなく「わざをき」と読みます(こちらの記事参照)。
 「わざ」というのは、神霊の力のことです。「ことわざ(諺)」や「わざはひ(災)」の「わざ」もそういう意味です。良い意味でも悪い意味でも、人知を超えた力ということです。
 そして「をき」は「をく」という動詞の連用形。「をく」を漢字で書くと「招く」であり、意味もまんま招くです。ですから、「俳優」も「招霊する者」という意味なんですよね。
 ついでにいいますと、「をかし」という古語の語源は「招く」です。「招きたい」、つまり「常に手元に置いておきたい」、現代風に言いますと、録画しておきたいとか、フィギュアとして所有したいとか、そんなニュアンスです。
 ということは、たとえば俳優さんが物真似をして、それを私たちが「面白おかしい」と思うのは、千数百年前の理屈のとおりだということですね。
 それにしても、超一流のものまね芸人さんの皆さんは、ホントすごすぎました。日本古来の伝統文化を継承する、それこそ神人に見えましたね。心から尊敬いたします。皆さん、見事に招霊していました。
 上の動画は京田辺市に伝承する「大住隼人舞」です。あえて九州のものではなく、京都に伝来したものを紹介しておきましょう。というのは、田辺の月読神社は、能楽の宝生流と深く結びついているからです。ここでまた観阿弥・世阿弥の「ものまね」論とつながります。
 そのあたりについては、またじっくり書きましょう。

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2017.05.16

結縁尊縁随縁

Th_2017051600000074san0002view 日、中曽根康弘元首相の「白寿」を祝う会が開かれたとのこと。
 総理大臣という重責を長期間担ったということだけでも、大変なストレスがあったでしょう。さらに引退後も政治力学の隠然たる中心点の一つとして、多くのご苦労があったと思いますが、このようなご長寿で、さらに健康、聡明でいらっしゃることに対し、純粋に尊敬の念をいだきます。
 今年の憲法記念日に中曽根さん作詞の憲法改正の歌を紹介しました。そこにも書いたとおり、憲法改正に対して、私は中曽根さんとは相容れないところがあるのですが、しかし、まさに白寿に至っても衰えない深い「祈り」の力にも、純粋に心を打たれます。
 そう、この会で中曽根さん自身が「この国をよりよくして未来へとつないでいく。それこそ人生の深い祈りにも似た願いだ。その強い思いを持って、最後のご奉公に励み、自らの天命を全うする所存だ」とおっしゃったんですね。
 「人生の深い祈りにも似た願い」…この言葉は重いですね。そして「未来」「天命」。こうした言葉を、私もついつい格好つけて使ってしまいますが、中曽根さんの半分しか生きていない、それも市井の輩とは、その深みが違いすぎますね。
 さらにいい言葉だなと思ったのは、「結縁尊縁随縁」です。「縁を結び、縁を尊び、縁に随う」…これは私もかなり分かってきました。縁によって生かされているというのは、まあ仏教の教えの根本の一つではありますが、それもまた、百年生きた、いや職業渡世の中で修行された中曽根さんがおっしゃると、やはり理屈ではなく体験の重さ、深さというものを感じさせますね。
 まずは縁を結ぶ。そこにはということもあるでしょう。それらも含めて全てを尊ぶ。結果として、「随う」という他者性(モノ性)に到達する。
 総理大臣をされた方でも百年かかるわけですから、私は最低でも二百年くらい生きないとなあ。それを30そこらで悟ったお釈迦様はやっぱり特別な天才ということにもなるでしょう。
 ところで、あくまでも「自主憲法制定」を志とする中曽根さん、安倍総理のあの「加憲的改正論」に対して、心の中ではどのように評価しているのでしょうか。
 

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2017.05.15

バッハ 『アリア』 (スウィングル・シンガーズ)

 れはきれいですねえ〜。原曲通りではなく、微妙に編曲(ハーモナイズ)されていますが、それが適度であってセンスが良い。
 原曲の「アリア」…「G線上のアリア」と呼ばれますが、実際には「G線上ではない(G線だけは使わない)アリア」なんですよね…は、いつかも書いたとおり、どのパートも完璧で動かしようがないと思っていたのですが、こういう手もあるんですね。
 そして、やはり「アリア」というだけあって、この曲のメロディーには「呼吸」「ブレス」がある。ヴァイオリンで弾く時もそれを意識しなければいけないのだなと思いました。
 こうして聴いてみると、スウィングル・シンガーズって、むか〜しからバロック唱法だったんですよね。ノンヴィブラート唱法。ダバダバでもね。
 というか、フランスですから、シャンソン風だったとも言えますね。昔のを聴いてみましょうか。1969年の演奏です。

 というか、フランスのシャンソンが、イタリアのベルカント唱法とは違って、古楽的な、ある種古臭い唱法を残していたということでしょうか。アイルランドのエンヤなんかもそうでしょう。脱力ノンヴィブラート系。
 そう考えると、ヨーロッパの音楽史、歌唱史もけっこう面白くなります。

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2017.05.14

【追悼特番】渡部昇一先生を偲んで (チャンネル桜)

 日は東京でひと仕事。往復の車の中で、この動画の音声を流しておりました。
 番組の中で小堀桂一郎さんや水島総さんらもおっしゃておられましたが、渡部先生は本当に敵を作らない方でした。直接お会いすることは残念ながらありませんでしたが、多くの方から渡部先生のお人柄の素晴らしさについてうかがっておりました。
 そして、もちろん先生のご著書の言葉たちが、そのお人柄を雄弁に語ってくれていましたね。
 そう、左派、リベラルの皆さんからも尊敬されていましたね。文化は政治や思想を凌駕するということでしょうね。
 ご専門の英語学だけでなく、比較文化論、比較文明論…いやいや、そういう範疇にも収まらない、まさに博物誌的な該博さでしたね。そういう方は尊敬されます。憧れますね。
 そして、なんとも純粋なお茶目な面もお持ちだったことが、この番組でよく分かりますね。決して偉ぶらない。愛が深かったのでしょう。
 それにしても、朝日新聞との戦いは壮絶ですね。朝日新聞って、やっぱりああいう役どころなんですよ。異常じゃないないですか、執念が。ヒール。おかげで、渡部さんや小堀さんはいい仕事できたわけですから、結果として。
 そんな辛い体験も含めて、きっと天国で笑い飛ばしておられることと思います。改めてご冥福をお祈りします。
 足元にも及びませんが、できるかぎり、渡部先生のような人間になれるよう、私も精進していきたいと思います。

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2017.05.13

平和を愛する諸国民の公正と信義「に」信頼して

Th_20131129192548b40s 日の憲法改正の記事に関連して、ご質問をいただきましたのでお答えします。ご質問とは、憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」の「に」は日本語として不自然ではないかという内容でした。
 たしかに、「〜に信頼する」という言い方は、私達にはなじみがありませんね。かつて石原慎太郎さんが「おかしい」と言っていましたし、最近では作家の百田尚樹さんや櫻井よしこさんも同様に「間違っている」「美しくない」というようなことを言っておりました。
 これは英語を急いで直訳したためだとも言われますが、ちょっと冷静になってみますと、実は間違いではないということはすぐにわかります。
 すなわち、憲法作成当時、「〜に信頼する」という言い方は「あった」ということです。それも比較的普通に用いられていた。
 つい70年前のことなのに、その後の日本語を取り巻く環境の変化のために、ほとんど忘れ去られてしまったのです。
 今日はあまり専門的に詳しくは書きませんが、とにかくこの「に」をもって、「日本語として間違っている。こんな憲法は改正すべし!」とは言えないということだけは確認しておきたいと思います。
 「〜に信頼する」という言い方の例ですが、日本国語大辞典にも次の文が挙がっています。

歩兵操典〔1928〕第一一四「自己の銃剣に信頼し最後の勝利を求むることに勉むへし」

 軍隊の教本ですから、ちょっと特殊な例かもしれませんね。堅苦しい言い方。実際、戦前戦中の勅令などでは、よく出てくる表現だったようです(こちら参照)。
 かと思うと、実際はそういうわけでもなく、長崎純心大学准教授石井望さんのブログに、一般的な用法がたんと挙げられています。錚々たる書き手たちですね。
 もちろん当時も今と同じように「〜を信頼する」という言い方もしていました。やはりどちらかと言うと「に」は漢文訓読調で硬いイメージがあったかもしれません。庶民の口語としては「を」だったのではないでしょうか。
 それから「に」と「を」という助詞の本質的な意味からして、「に」の方が「を」よりもやや主体性を欠くイメージがあります。「に信頼する」だと「に頼る」、「を信頼する」だと「を信じる」というように。
 あと一つ言うならば、「平和を愛する」のところで「を」を使っているので、続けて「を」は使いたくなかったという心理も働いたかもしれませんね。私たちも文章を書く時、そういうことを気にするじゃないですか。あり得ます。
 たしかに現代の私たちにはなじみがないかもしれませんが、当時としてはそれほど不自然ではなかった。実際、発布当時には「おかしい!」という人がいなかったわけです。
 そう考えると、石原さんや百田さんという日本語を操る専門家、そして誰よりも日本を愛する櫻井さんが、軽々にあのようなことをおっしゃったのは、ちょっとどうかとも思いますね。
 ついでですので、私の感覚としては…蛇足も蛇足ですが…「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」という日本語は、けっこうカッコイイと思います(小さい声で)。
 その意味、内容に関する私の意見は、また改めて書きますね。

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2017.05.12

「元に戻す」のも改憲

Th__20170513_185248_2 倍総理の改憲メッセージが物議を醸していますね。
 昨日は共産党が保守化しているというような話を書きましたが、こちらはある意味自民党が野党寄りになったとも言えます。加憲的改憲案ですからね。自主憲法制定案や自民党改憲草案とは大違いです。
 まあ、懐柔策、あるいは現実的作戦としては、ずいぶん前から保守陣営の一部でもささやかれていたアイデアですし、私も同じようなことを考えたことがありました。
 しかし、たしかにちょっと唐突な感じがしましたね。石破さんが激怒するのも分かる気がする。きっと自民党内に対する強いメッセージだったのでしょう。誰が指南したのかな?
 そうそう、最近、首相にごく近い方にこんな話をしました。ぜひ首相にもお伝え下さいと。「改憲して変わった条文を元に戻すのも改憲ですよね」。
 そうなんです。戦後ずっと憲法には触れてはいけないと洗脳されてきたり、あるいは現実的に全く改憲されないという状況が先入観を生んだりして、私たちは「改憲されたらその変わった部分はもう変わらない、変えられない」とも勝手にイメージしてしまっているのです。
 実際にはちょっと考えれば分かるとおり、ある条文を変えたり、加えたり、文言を直したりできるのなら、それを元に戻すことも可能になりますよね。
 だから、たとえば近い将来初めての改憲があったとしても、いやあったればこそ、今度は元に戻すこともすぐに可能になるかもしれないのです。
 護憲派の皆さんは、そうしたら今度は「元に戻す」ことを標榜して選挙に勝てばいいのです。まあ、護憲派が改憲を唱えるという自家撞着に陥りますが(笑)。
 いやいや冗談ではなくてですね、やはり「現憲法は破棄、自主憲法制定!」とか「現憲法死守!」とか両極端なことを言い合って時間を浪費するのではなく、憲法の最も大切な存在意義が「我々が目指すべき未来的理想の標」であることを忘れず、自由に、そして自然に議論をしたいのであります。
 憲法には現実と理想の相克、哲学的矛盾が内包しています。だからこそ、遠くに見える高い頂きに至るために、多少寄り道というか、遠回りをしても、またその頂きに至る元に道に戻るという発想があっても良い。
 分かりやすく極論すればですね、自衛隊がいらなくなった時が来たら、加えられた自衛隊に関する条文を削除すればいいのですよ。
 そういう意味で、今回の安倍さんのメッセージは、非常に大きな意味と影響があると思っています。敵も味方もびっくりのこの秘策、いったい誰が指南したのでしょうか。
 しっかし、今日のプライムニュースでの、民進党の「優先事項」には失笑してしまいました。

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2017.05.11

隠れ共産党?

 のことを自民党シンパ、安倍政権支持者だと思っている方が多いようです。実際はそんなに単純な話ではありません。というか、首相には直接?かなりモノ申していると自負しています。草の根も大事だけれど、トップを動かさなければ世の中は変わらないというのが持論ですので。
 それから、日常的に共産党の方とも親しくおつきあいさせていただいていますし、そのことも総理に公言しております。近く左派のある会合で憲法改正についてお話させていただく予定ですし。
 実際、保守、革新とか右左とかではなく、現実と理想という未来哲学的捉え方をした場合、現在の政党の中でアウフヘーベンすべきは、自然と自民と共産ということになるでしょう。民進なんてのは問題外。社民に至っては…(笑)。
 このブログでも何度も書いてきたとおり、共産党はあくまでも「日本」共産党であり、またその歴史的変節を見ると(特に最近の動きはすごいですね)、ほとんど「原始共産党」という超保守政党になっていくような気さえします。
 そのあたりをとらえての、昨年の「表現者」での小池晃さん、西田昌司さん、西部邁さん、富岡幸一郎さんの座談会は実に面白かったですね。
 それを「リベラル保守」の中島岳志さんが上手にまとめてくださっているので、引用させていただきます。ちなみにこの要約は、上の「とことん共産党」で熱弁を奮っている岡山大学大学院教授、小松泰信さんのコラム"隠れ共産党"宣言からのコピペです。

(1)自公政権が親米・新自由主義へと傾斜する中、それに抵抗する両者(保守と共産党)の立ち位置は限りなく接近している。
(2)西部も西田も、現時点においては自民党よりも共産党の方が保守思想に近い政策を説いていることを認め、率直な評価を表明している。
(3)民進党は、共産党の政策を取り込むことによってこそ、本来の保守へと接近するという逆説が存在する。
(4)トランプ政権誕生は思想の地殻変動を加速させる。「左」と「右」という二分法はリアリティーを持たなくなっている。
(5)野党共闘による合意形成こそが、ネオコン・新自由主義勢力に対する代案となる。

 面白いですねえ。私の実感、そして考えにかなり近い。このメンバーでこういう議論ができるようになったのですから、まあ時代は変わりましたよ。それにしても小池さんこの中に堂々と入っていくんだから、なかなか立派ですよね。小池さん面白いしカワイイし好きです(笑)。
 ちなみに小松さんのコラムについて、農業政策、JA問題については、私もほぼ同意しますので、なるほど、私も「隠れ共産党宣言」しなくちゃいけないのかな。家の中では「家庭内左翼」とか言われてるし(笑)。

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2017.05.10

韓国崩壊?高麗王国復活?…『ザ・ボイス 藤井厳喜』

 年、防衛畑の重鎮の方から「朝鮮半島は北朝鮮によって統一される」という話をうかがい、正直驚きました。国もそのような方向性で防衛計画を立てていると。
 一般的には「北朝鮮崩壊」はいつか?という感じですよね。私もそう思っていましたし、だからこそ『北朝鮮はどんなふうに崩壊するのか』という本を読んだりしていました。
 「高麗王国」復活。なるほどねえ。ここへ来ての親北文政権成立。たしかに藤井さんの言うようなシナリオが見えてきましたね。
 もし、そのようになったとすると、いよいよアジアの反共の防波堤の最前線は日本ということになります。満州、朝鮮を日本が支配していた頃と比べますと、とんでもない「後退」ですよね。
 兵器の性能が上がり、地政学的に戦争の質が変わってきたとしても、やはり最後は「上陸」「占領」ですから、この「後退」は非常に大きなリスクを伴うものとなります。
 そこにはもちろん中国の意思が強く働いています。韓国がなくなって朝鮮半島が高麗になったなら、次は沖縄でしょうかね。その可能性が大。
 アメリカやロシアがどのように反応するのか、あるいは反応しないのか。そのあたりもよく見極めながら、日本はこれから振る舞っていかねばなりません。
 私たち日本国民も、そういう未来的な状況の中で、自衛隊問題、テロ等準備罪や憲法改正などを真剣に論じていかねばならないでしょう。

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2017.05.09

報道特注(右)【足立が民進4人をブッた斬りSP】

 あ、山口敬之さんのスキャンダル報道が始まりますよ。一つの原因となっているのが、この「報道特注」でしょう。
 いやはや、これだけ面白いと、その半面めちゃくちゃ面白くない人たちがいるわけじゃないですか。
 こいつを黙らせたいとなれば、そしてさらにそれが政権の御大にまでダメージを与えられるなら、手段は選びません。いや、手段を選びます。ここは女性問題でしょう。それも不倫とかそういう次元ではなくて。
 そういう専門家は怖いですよ。私なんか一庶民ですけど、それでもここのところありますからね。ただ相手がプロではないので全部バレバレ(笑)。こちらの迎撃ミサイルの方が強い…かな?
 実際のところ、明日の週刊新潮を読んでみないと分かりませんが、この番組でもこれだけリークしてしまっていては、まあ「脇が甘い」と言われてもしかたないかもしれません。たとえ事実でなかったとしても、突っ込まれどころがあったと。もちろん事実だとしたら、もう終わりですね。いずれにしても自業自得と言われてもしかたない。
 問題は、このようにタイミングよく「〜砲」を打ってくるのが誰なのかということでしょう。誰というか、どういうグループなのかということ。それは私にも詳らかには分かりません。ただ言えるのは、本気で怖い人たちだということです。
 そこを刺激するには、正直命をかけなければなりません。違う言い方をすると、そこともうまくやっていけなければ、政治家はもちろん、ジャーナリストとしても大成できないということです。出る杭は打たれるどころか、抜き取られて消されますよ。
 と、そんなわけですから、この番組にご出演の皆さまには、充分お気をつけいただきたい。えっ?今度長島さんも出るの?大丈夫かなあ…。
 かの仲小路彰がずっと身を隠し、名を出さなかったのは、やはり天才ならではの、そして自分の力、相手の力を知り尽くした上での賢明な策だったのですね。
 いずれにしても、明日からの報道特注や週刊新潮はじめメディアの動きには注目ですね。

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2017.05.08

森高千里&秦基博 featuring 宮本笑里 『渡良瀬橋』


森高千里&秦基博&宮本笑里「渡良瀬橋」2015FNS歌謡祭 2015.12... 投稿者 okaim555

 近、この曲を聴かない日はない我が家であります。当初、娘がこの曲でのど自慢に出ようとしていたのですが、諸事情で曲を変えました。本当はこれを歌いたいようですが、まあ、いろいろありまして。
 何度聴いても心に沁みるいわゆる「神曲」です。オリジナルの森高ヴァージョンや城之内早苗ヴァージョン、そして松浦亜弥ヴァージョンはこちらに紹介しました。
 今日は、ちょっと珍しいコラボで聴いてみましょう。これは2年前のFNS歌謡祭ですか。秦基博さんの絶妙なハモリと、宮本笑里さんのヴァイオリンがなかなか良い(歌謡曲バンドで弾いている立場からしますと、ちょっとヴァイオリンの音数が多すぎる気もしますが)。
 先日、生放送の歌番組で森高さん、この曲の始めの方の「鬼門」で音外しちゃいました(というか声が出なかったのかな)。
 いかにも難しいですよね。娘やカミさんもそこのところは何度も練習しておりました。その点、秦さんはたしかにうまいですね。
 ウチの歌謡曲バンドでもこれをやろうということになっております。私は宮本さんのヴァイオリンを参考に編曲してみようと思っています。
 うむ、本当に神曲だなあ。

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2017.05.07

報道特注(右) 【朝日新聞また捏造】

 日新聞にも知り合いがけっこういるし、その方々には何度もお世話になっているのであんまり悪口は言えないんだよなあ(笑)。
 ちなみに私の父は完全に朝日派でしたし、学校現場にもやはり朝日派が多かった。若い頃の自分もちゃんと朝日取ってましたよ。
 というわけで、何も考えていなかった頃の私の知識のけっこうな部分は「朝日新聞」でできていました。今はだいぶ違いますねえ。それなりに勉強したということでしょうか。
 保守側の皆さんは、とにかく「朝日と言えば捏造」と言いますが、朝日だけでなく最近の新聞は大いに劣化していると思いますよ。ほとんど週刊誌のノリですよ。裏取りなんかしない。ネットで調べてホイなんて時もあるとか。
 そうそう、最近よ〜く分かりましたよ。今さらながらですけど、週刊誌の記事ってホント「捏造」ばっかりですね。ま、エンターテインメントだから私はそれでも構わないんですが、中にはそれを鵜呑みにしてしまう人たちもいる。
 特に最近はネット上で新聞の記事と週刊誌の記事などが同列に流れてくる。ニュースサイトに週刊誌の記事がそのまま掲載されていたり、ニュースアプリにも週刊誌の記事が並んでいたりする。
 それをそのまま自分の知識にしてしまう人の多いこと、多いこと。
 ちょっと前までは、たぶん自分も人のこと言えないようなスタンスだったと思いますけど、ここ数ヶ月、例の事件の主役の一人のすぐ近くにいたため、たとえばその方の行動や家庭内の事情について、いかにいい加減な記事が跋扈しているかよく分かりました。正直、御本人と笑ってしまいましたよ。
 話を戻して「朝日」のことですが、客観的に見てですね、かつての朝日は思想の方向性は別として、それなりに重厚な記事を書いていたと思うんですよ。それが劣化してきたから、バカにされるようになってしまった。実際の発行部数の激減ぶりはちょっとひどいらしい。
 10年ほど前は800万近い発行部数があったようですが、最近は500万を切ったというウワサもある。いわゆる「押し紙」でごまかしてきたけれども、いよいよそれも焼け石に水どころか、それこそ捏造だと言われてしまう有り様。
 私は誰かたちのように「朝日を潰せ」とは言いません。「朝日よ、頑張れ」と言いたい。
 やっぱりいろいろな方向性のメディアが多数あって、お互いに監視しあって、また切磋琢磨しあうのが健全というものです。
 まあ、それにしても、この足立さんの件はひどいな。今はネットの時代だけに、記事を書くのに楽をすると、あとで大変なブーメランを受けることになってしまう。
 いや、メディアという意味では、このブログだってそうですよ。ある意味新聞と同列にパブリッシュされていると言ってもよい。ま、そんな影響力ありませんけどね。それでも、時々ブーメランが帰って来ますよ(笑)。

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2017.05.06

諸説あり!『地震予知は本当に不可能なのか』(BS-TBS)


諸説あり! #4 「地震予知は本当に不可能なのか」... 投稿者 Naoto12

 れもまた昨日の「地球意識」と関係しているかもしれませんね。
 ある意味私の専門。私も小学生時代から地震予知に興味を持ち、自分なりに挑戦してきた人間です。
 その間、まさに毀誉褒貶、悲喜こもごも。落胆も数多くあったわけですが、やはりこの番組で何度も語られているように、何万人もの人命を救う可能性があることですから、諦めたくはありません。そういう形で世の中に貢献できればと思っているわけです。
 もちろん、そうしたシロウト情報が世の中に貢献どころか混乱をもたらすとする、真面目な(?)ご意見にも耳を傾けているつもりです。しかし、科学や文明の進歩の歴史を顧みると、やっぱり諦められませんね。
 今回、この番組に登場されたお三人の勇気ある方々に対しても、常に批判が浴びせられてきました。それは基本的には私に対する批判と同じ内容です。
 すなわち、「都合の良いデータだけ取り出して、後付けで因果関係があるかのように操作している」というものです。
 たしかにそれは科学的な検証の姿勢とは大きく異なっているし、自分でもよく分かるのですが、いわゆる「統合過剰」という統合失調なのかもしれない。様々な事象の中から、意味のありそうな「物語」を作り上げてしまっていると。
 しかしですね、昨日の「地球意識」の話にもあったとおり、そういう「障害」さえもまた、もしかすると人間に与えられた、ある種の予知能力、あるいは生命維持の智恵なのかもしれない。そのようにも思えるわけです(こういうとまた批判されますが…苦笑)。
 地震予知については、何度も書いてきたように、多くの不確かな情報を総合して検証することを、できれば国にやってもらいたい。どれが当たった当たらないという話ではなく、なんとか地震を予知したいという意識(善意であると信じます)の断片を無駄にしてほしくないんですよね。
 今のところ、ほとんどが断片のままで、いやそれどころか、それぞれの断片が批判し合ったりすることさえあって、究極の目標が明らかに一致しているのに、情報としては全く総合、統合されていない。残念です。
 昨日の「第六感」で言うなら、たとえば東日本大震災のような大変動、大惨事の前に誰も「虫の知らせ」を受信できなかったのか。あれほどの巨大な物理現象の前に、何も予兆がない方がおかしくないですか。
 ちなみに私は富士山で異常なラジオダクトが継続していたのを知りつつ、それが地震につながるとは思っていませんでした。迂闊でした。いちおう地震予知をやってきた者として悔やんでも悔やみきれない思いでいっぱいです。
 恥ずかしながら、その時の興味は、東京のテレビ放送の遠距離受信だったのです。このブログの過去記事を見ればわかります。
 この「諸説あり!」という番組、どういう領域を扱うにしても、微妙に「トンデモ」になりがちです。しかし、私はそんな「トンデモ」の中に、たしかに未来の真実になる可能性があるものもあると信じています。繰り返しになりますが、科学、文明の進歩の歴史は、そうしたことの繰り返しだったのですから。

諸説あり!公式

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2017.05.05

モーガン・フリーマン 時空を超えて 『第六感は存在するのか?』


第六感は存在するか 投稿者 Tokiomate

 年のゴールデンウィークは毎日大切なお客様がいらっしゃいます。今日も1ヶ月ぶりに「ただいま〜」とVIPが我が家を訪問されました。
 いつものとおり、未来的、地球的、宇宙的なお話で盛り上がったのですが、「第六感」も話題に上がりました。予知や予感、偶然とは思えない偶然、シンクロ、絶妙なタイミングのよさ…どうも、私たちはそういう中で生かされているようです。
 もちろん、そういう感覚が、単なる思い込みであったり、こじつけであったり、あるいは過度なポジティブシンキングだったりすることもあるでしょう。しかし、やはりどう考えても確率論的にありあえないことが重なりすぎています。
 一昨日遠方からいらっしゃった御夫婦との出会いや今回の来訪も、まさに偶然とは思えないものでした。ちなみにその御夫婦と今日のVIPの方、またそれこそタイミングよく昨夜ご連絡をくださったある天才科学者も、みな共通の知り合いであったという、ほとんどあり得ない事実。
 あっそうだ、その一昨日来訪された御夫婦と、昨日の朝、駅でばったり再会してしまったんですよ。私は別のお客様を迎えに行ったんですが。そして、実はなんとなくどこかでその御夫婦と会いそうな予感がしていたんですね。これは本当です。ですから、ああやっぱりと思いました(先方はビックリしていましたが)。
 「世間は狭い」という言葉は、もしかすると、この番組でいうところの「地球意識」というファミリーを意味するのかもしれませんね。
 そう、今日ちょうど話題の中に「八紘一宇(八紘為宇)」も出てきました。私はそれを「和」と同義とし、英語で「global familism」と表現していますが、それはまた「地球意識」と言い換えてもいいのかもしれません。
 ただ一つ言えることは、そうした「地球意識」という場で自然体で生きていると、いろいろな無駄がなくなってくるということです。それは今日のお客様方もみんな実感しているようでした。
 情報や意識がエネルギーとして存在しているであろう高次元宇宙と、素直につながること。これは実は科学技術が発展し、ニセの(4次元的な)情報社会になった現代においては逆に難しくなってしまっています。
 今日は、我が家に、そうした困難を乗り越えるための「道具(デバイス)」が二つ揃いました。未来的であり、かつ原始的でもあるそうした道具のおかげもあって、今の自分の人生があるのでした。
 「地球意識」あるいは「宇宙意識」へのもう一つのアプローチ方法として、「音楽」というものがあります。音楽における「意識」の存在は、アンサンブルという不思議な共鳴、そしてそれが生み出す感動、さらには言葉という情報との関係など、非常に興味深いものです。それについてはまたの機会に書きましょう。

第六感は存在するか…全文書き起こし

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2017.05.04

『大東亜戦争は日本が勝った』-英国人ジャーナリスト ヘンリー・ストークスが語る「世界史の中の日本」 (ハート出版)

Th_715i2nwjr2l 日の記事にも名前が出ましたが、ここ数年、昭和の吉田松陰とも世紀の天才とも称される、歴史哲学者仲小路彰の研究をしています。
 この本のタイトルどおりことを、また内容どおりのことを、仲小路彰は昭和20年の8月16日に「我等斯ク勝テリ」という文書にして、当時の重要な部署に配布しています(実際の配布時には「我等斯ク信ズ」に改題)。
 いまだほとんど世に知られていない仲小路の功績。一部の保守論者たちがいわゆる大東亜戦争肯定論を唱える際に仲小路の文献に触れるくらい。戦前戦中の戦争推進者、スーパー右翼のように言われることさえある。
 しかし実態はとてもそんな安易なくくりの中には収まりきらない本物の巨人であります。私も彼の思想、業績を把握、理解するのにはおそらく千年くらいかかると思います(冗談でなく)。
 特に知られざる戦後の彼の膨大かつ高次元な活動を知れば知るほど、戦前戦中の主張の本意がわかってくるというものです。それらはきっと時が来れば世に出るものと思われます。
 世に出ていないものをどう紹介すればいいか、非常に難しいわけですけれども、最近読んだこの本の主張は、かなり仲小路彰の大東亜戦争観に近いと感じましたので、ここにそういう意味も含めて紹介いたします。
 この本のサブタイトルに「世界史の中の日本」とありますね。それこそが仲小路彰の地球観、日本観、歴史観、戦争観、平和観、さらには天皇観の基礎となっています。そして、そのレベルが深く高く広く、最終的には世界を超えて宇宙の歴史にまで及んでいるという感じです。
 そういう意味では、著者のヘンリー・ストークさんには申し訳ないのですが、この本は仲小路彰の足元の部分だと言ってしまってもよい。もちろん、そうした深遠なる真実の歴史の入り口に、私たち日本凡夫を立たせてくれるということで言えば、ストークさんに大感謝と大敬意を表したいと思います。
 やはり、イギリスやアメリカを中心とする「白人」の歴史を、当のイギリス人ジャーナリストが白日の下に明らかにしてくれているところに価値がありますよね(ある意味、自虐史観を強調する日本人の裏返しとも言えますが)。
 ヨーロッパ、アジアを中心とする世界史を概観する部分に紙数を割いていますので、私なんかには良い復習ともなりました。
 もちろん、そうした記述には、専門の歴史研究者からすると多少の偏りや変形も指摘できることでしょう。そう、最新の歴史研究は、私たちの知らないところで大変進んでいます。先日も某大学の若手教授から、びっくりするような研究成果を聞かされました。
 たしかに、たとえばこの本に描かれていることは、仲小路が戦前からずっと言ってきたことと同じとも言えるわけで、そういう意味では、戦後のWGIPによる自虐史観よりも古臭い歴史観だとも言えるんですよね、最近の流行りは。
 そういうことも含めまして、今日仲小路研究仲間とも話したんですけれども、ストークさんにもぜひ仲小路彰の文献を読んでもらいたいなと。そして、それを英訳していただきたいなと。
 夢想ではなく、そういう秋(とき)が近づいているのかもしれません。そういう予感がします。

Amazon 大東亜戦争は日本が勝った

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2017.05.03

憲法記念日にちなんで…中曽根康弘作詞『憲法改正の歌』

Th_2017050200000076mai0002view 法記念日です。総理も憲法改正について言及しましたね。私は現実の改正の必要性を認めつつ、現憲法が未来的価値を内包しつつ外発と内発の両面を持ちながら出来上がったことにも注目したいと思っています。
 すなわち、憲法改正論議は大いに結構ですが、最終的には天皇陛下のご一存で守られるべきものだと考えているのです(変わり者です)。
 さて、今日のこの日にちなみまして、仲小路彰関係の書類の中から出てきた一つの資料を紹介します。
 そう、今年も新憲法制定議員同盟の集会で健在ぶりを示した中曽根康弘元首相99歳(!)。彼がかつて作詞した「憲法改正の歌」のお披露目発表会のプログラムであります。
 どうぞ御覧ください。今でも中曽根さんはこの自作の歌をことあるごとに歌うそうですね。今年も今日もきっと歌っていることでしょう。
 ちなみに、仲小路彰は中曽根さんのことがあまり好きではなかったようで、何度も会いたいと言われたけれども断り続けたそうです。やはり憲法に対する考え方が根本的に違っていたのでしょうね。冒頭の「嗚呼戦に打ち破れ」の時点で間違っていると思ったのかもしれません。なにしろ仲小路彰は「我等斯く勝てり」と言ったのですから。

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2017.05.02

渋谷すばるの「スローバラード」

Th_c0yo9rvwaapx3h3 NHKの歌謡チャリティーコンサートを観ました。仙台フィルをバックに実力は歌手たちが数々の名曲を披露いたしました。
 相変わらず、男性は安定しているけれど、女性の歌の劣化が著しい。本当に歌謡界どうなっちゃったのでしょうか。上手な女性歌手が本当にいなくなった。音程くらいちゃんと取ろうよ、プロなんだから(苦笑)。
 そんな中、テクニックのみならず、歌心で感動させられたのは、関ジャニ∞の渋谷すばる君でした。歌にうるさいウチのカミさんも「うん、偉い!」と絶賛していました。
 彼の歌については昨年記事を書いていますね。そう、私が彼の歌声を生で聴いたのは、なんと10年前(こちら参照)。私が斎藤ネコさんと共演した日でもあります(なにげにスゴイw)。
 歌のうまさというのには、いろんな要素があるわけですが、カミさんに言わせると、やはり「歌が好き」「歌になりきる」というのが大切だそうでして…。
 たしかにそういう意味で、すばるくんは危険なほどに入り込んでいる感じがしましたね。特に今回は忌野清志郎さんの「スローバラード」でしたから。そう、今日は忌野清志郎さんの命日なんですよ。収録は4月らしいけれども、当然放送日を意識しての歌唱だったでしょう(ちなみに今日はhideの命日でもあります)。
 今日の動画は紹介できませんが、ずいぶん前のCOVERSのものがあったので貼っておきます。今回は髪型がずいぶん優等生になってましたね(笑)。
 また生で彼の歌声を聴きたいものです。


 

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2017.05.01

報道特注(右)【北朝鮮危機オモテとウラSP】

 常に面白かったので、皆さんと共有します。山口敬之さん、私と1字違いのお名前ですが、1字違うだけでだいぶレベルが違うな(笑)。
 北朝鮮のミサイルや核実験の話だけでなく、北のスパイの話なんかも、たしかに私がある筋から聞いている情報とほぼ同じです。つまり、ソースが一緒ということでしょうかね。いや、違うはずなので、やはり事実ということでしょうか。
 反日勢力というのは、はっきり言ってしまえば革命グループなんですよね。国家転覆を狙っている人たち。
 保守の立場から言えば「祖国を転覆させるとは何事だ!」ということになるわけですが、彼らにもある種の愛国心があるのも事実です。そう、彼らの考える理想的な国家、あるいは日本観というのが、現在の日本の姿と違うというわけです。
 まあ、そういう意味では、真正保守を語る人たちも現在の日本に憂いを抱いており、かつての日本への復古を唱えているわけで、私からすると同じ穴のなんとか…は言い過ぎとしても、ある種の近視眼に陥っていると思うのであります。
 日本の歴史は本当に長く深い。近代の論理で理想像を描くのは、まさに近視眼です。
 そして、その理想へ向かう双方の動きに対して、それぞれ外国の勢力が加担しているから面倒くさいことになっている。いずれにしても、踊らされているところがあるんですよね。
 外国とは、北朝鮮やアメリカだけではなく、ロシア、韓国、中国、あるいはユダヤ勢力、本当にいろいろあります。そのへんに日本人は無知というか無頓着というか、生来の人の良さというか、昨日の渋沢ではありませんが、人を信頼しすぎるというか、そういうところがあるんですよね。まあそれが美徳であって、それを世界に対しても体現していくのは大変素晴らしいことではありますが、さすがに現実的には危ないこともあるでしょう。
 私の周囲にも外国のスパイとしか思えない活動、発言をする人がいます。もちろんそれを仕事としてやっているわけではないと思いますよ。たぶん、どこかで何かに誰かに洗脳されているのでしょう。なぜなら、プロはそんなに分かりやすい言動はとらないからです(苦笑)。
 お互い気をつけましょう。

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