『バッハ・古楽・チェロ アンナー・ビルスマは語る』 アンナー・ビルスマ&渡邊順生(著)加藤拓未(編集)
素晴らしすぎる!久しぶりに興奮しながら本を読みました。私が言いたいこと…なんていうと偉そうですが、感じていたことが全て書いてある。
古楽というジャンルの様々な矛盾…それはあらゆる「ジャンル」に当てはまることですが…を軽く飛び越えて真実に迫っている。私はこういう発想と行動が大好きです。事実ではなく「真実」の探求。
私はビルスマの演奏を生で聴いたこともありませんし、実際にお会いしたこともないのですが、その息吹というか、DNAというかは、多くの演奏家の方々から感じてきました。
もちろん、この本での対談相手であり、共著者でもある渡邊順生さんからもいろいろ勉強させていただいています。
「歌う」ではなく「語る(しゃべる)」。音楽は「物語」。この本における原点は、私の「モノ・コト論」にもつながってきますし、そういった音楽や世界観から感じている高次元宇宙のメッセージとも直結しています。
そして、最近触れている歴史哲学が「歴史学」の対象ではなく、どちらかというと文学や音楽などの芸術と親和性が高いというのにも関係している。ビルスマのアンナ・マグダレーナ写本に対する姿勢は、まさに芸術家のそれ。
そう、彼の語る「芸術」と「文化」の違いも面白かった。芸術は「今」生きているモノであると。文化は「コト」なんですね。その「芸術」の生命力の源である即興に関する論もなるほどでした。
そういう流れの中で、ビルスマの音楽解釈が言語的というより映像的であるというのも納得できるところでした。言語は死んでいるんですよ。コトの葉ですから。固定化されている。映像は流動的です。
楽譜というのは言語です。そこに生命を吹き込むのが人間の演奏です。ですから、彼が練習での決め事に執着しないというのは当然のことだと思いました。
また、たとえば私もとらわれてしまっている、強拍(特に1拍目)はダウン・ボウで弾くべきだというような「常識」というコトからも、彼は全然自由です。かっこいいなあ。コトを極めてモノに至る。序破急ですよ。
そしてワタクシ個人として大興奮したのは、バッハの無伴奏チェロ組曲のヴィオラによる演奏の可能性についての記述です。バッハ自身は当然ヴィオラで演奏した、あるいは作曲しただろうなというのが、私の実感でしたから。
また、そういうことになると、私がここのところ演奏している5弦ヴィオラの存在もトンデモではなくなってくる。そう、組曲の第6番は5弦のための楽曲じゃないですか!ついでにモダン楽器にガット弦張って弾くことについても、ビルスマさんは私の味方です(笑)。
そんなわけで、私も5弦ヴィオラでバッハのように(!)この名曲群を演奏してみようかと思っています。
最後に、皆さんもおっしゃっていますが、この本のとんでもない素晴らしさのバッソ・コンティヌオは、訳・編者の加藤拓未の日本語力であると、私も強く思います。そして付録のCDの価値もとんでもありません。拝聴しながら美空ひばりを想起したことが全てですね。
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