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2017.01.26

加瀬英明×馬渕睦夫『日本らしい国づくり』〜 日本の神道と世界の宗教

 12月の生放送の時、大変感銘を受けましたこの番組が配信されまして、皆さんと共有できるようになりました。
 私たちがほとんど無意識のうちに一体化している「かんながらのみち」を、このように分かりやすく解説してくださることは、大変貴重なことです。
 個人的には、ワタクシの「モノ・コト論」を通じて一連の話を聴くのも面白かった。すなわち「コト」という論理、分析、言語よりも、「モノ」という不随意、自然、調和を上位に置いているのが、日本の神道であり、その象徴が天皇の存在であるわけです。
 では、なぜ神様を「みこと」というのかというと、これは仏教とも関係してきます。「みこと」とは「美こと」あるいは「御こと」であって、本体はあくまで「こと」。いわば絶対的な真実です。
 世の中には絶対的な真実は一つしかない、と悟ったのはお釈迦様です。では、その真実は何かというと、「絶対的なものはない」ということです。すなわち、「こと」という日本語はもともと絶対(孤立系)を表し、「もの」は相対(複雑系)を表した。
 で、日本の「神」というのは、もともと「モノ」であったわけですね。それがたとえば、「物の怪」とか「物悲しい」とか「〜もん」という語尾を伴う表現につながったりしています。つまり、「なんとなく」「何か」というような、不随意な他者性ですね。そうした自己を超えたところにある存在のことを「モノ」と言ったわけです。
 そうした「モノ」に対する敬意、畏怖というのが、日本の自然信仰の基本です。ちょうど、この番組でも紹介されている南洋の「マナ」とも通じますね。もちろん、言語的にも「モノ」と「マナ」は同源だと推測されます。
 そうした、他者性というか、自己の補集合全体に自分が生かされているということだけは、絶対的な真理であるわけで、それが、お釈迦様のいう「絶対的なコトはない」という悟りとも同じであるということです。
 この番組でも語られているように、一神教では、その「コト」を特定の「個」に設定してしまったため、対立や矛盾が生じてきたのでしょう。
 そんなわけで、私たちのこうした「無意識」の強靭さ、深さですね、そう、いつも書いているように、無意識や忘却が最強なんですよ。大切な「モノ」は「コトあげ」せずに、無意識の古層に保存してしまう。これが日本の「国譲り」の作法です。「コトあげ」しないというのは、解釈しないということです。他者そのモノをそのまま伝えていく、いや伝えていくという意識化さえもいらない。これが最強日本です。
 もちろん、そうした無意識保存にも時代的な危機があったりしますから、その時は伏流水が湧き出すように意識化される。今は、ちょっとそういう時期のようです。天皇陛下の譲位問題もそのうちの一つでしょう。
 加瀬さんと馬渕さんにも、そういう意識化のお役目がおありのようですね。一度ゆっくりお話してみたいところです。

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