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2016.07.31

追悼 九重親方(元横綱千代の富士)

 まりに突然の訃報に驚きました。元横綱千代の富士の九重親方が61歳という若さで亡くなりました。
 5年前、千代の富士の最大のライバルであり、私の人生の恩人であった元横綱隆の里の鳴戸親方が亡くなった時も大ショックでしたが、このたびも同じくらいの衝撃です。
 それにしても61歳は若すぎますね。鳴戸親方も59歳でお亡くなりになりました。
 小さな体を酷使しましたからね。体にも大変なダメージがあったのでしょう。数年前に某所でお会いした時は、たしか松葉杖をついておられました。
 猪木さんや武藤さんもや小橋さんら、名プロレスラーたちも日常の中でお会いすると、本当に歩くのも大変なくらいダメージを負っておられます。九重親方も同じなのだなあと思った記憶があります。
 今日はあえて、千代の富士が隆の里に敗れた相撲を観てみましょう。軽量であるからこその弱点を隆の里がついています。本当にこの体でよくぞ大横綱になりました。立派です。本当にお疲れ様でした。ご冥福をお祈りします。

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2016.07.30

シュメルツァーのチャコーナ

 にとって夏は古楽の季節。第1回から皆勤で、実行委員かつ宴会芸部長でもある?都留音楽祭は今年で30回目。まあよく続いていますよね。この30年間で古楽の音楽界での地位もずいぶん変わりました。
 私もどっぷりその世界に浸かってきましたが、まだまだ知らない曲、演奏したことのない曲が無数にあります。
 たとえばこのシュメルツァーのチャコーナも最近まで知りませんでした。こんなにシンプルで美しい曲があったとは。
 このエレーヌ・シュミットの演奏がまた女性らしくて良い。こういう変奏曲になると、最近の若手は妙な演出をしがちですが、こんなに最初から最後まで、それこそシンプルに、かつ丁寧に弾いていただくと、逆になんか懐かしいというか、心に響きますなあ。
 というわけで、私も弾いてみたくなりまして、こちらで楽譜をゲット。さらには一人でも楽しめるように、無伴奏用に編曲してみました。
 ふむ、これは弾いていても気持ち良い。技術的にそんなに難しくないですし。
 シュメルツァーのヴァイオリンのための楽曲は本当に名曲ぞろいです。皆さんもぜひいろいろ聴いて、弾いてみてください。

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2016.07.29

飯伏幸太 vs ヨシヒコ…そして「大怪獣モノ」

 日は丸一日研修に参加いたしました。いつのまにか私も歳をとりまして、研修と言えば指導する立場、話をする立場になってしまいました。こんな人間、教師が偉そうなこと言っていいのでしょうか(笑)。
 まあ、ダメ教師でもなんだかんだ人のためにあることもあると思えば、これはこれで少しは人のためになっているのかなと。
 そして、帰宅するとすぐに近所の老人福祉施設を夫婦で訪問。歌とヴァイオリンで懐かしい歌謡曲、唱歌などを披露してきました。こちらもなっちゃってではありますが、大変喜んでいただいて、こちらとしても満足、感謝であります。
 というわけで、今日などはほとんど初対面の方々や、不特定多数の方々の前で何かをパフォーマンスするという機会が重なったのですが、こういう時、常に意識しているのは、「自分はプロレスラーである」ということです(笑)。
 いや、冗談ではなく、ある程度の型と臨機応変なアドリブ、その「場(空気)」を作ること、相手を活かすこと、いろいろとプロレスから学ぶことが多いのです。
 特に今朝、尊敬するレスラーの一人である飯伏幸太がWWE入りするのか?いや「できない(by 高木三四郎)」みたいな、実にワクワクするニュースに触れていたので、人知れず気分は飯伏幸太だったワタクシ。
 おかげで楽しく乗り切ることができましたよ。ホント、私の人生のほとんどはプロレスでできている。
 そんなわけで、今日はワタクシ的な飯伏幸太ベストバウトを紹介します。プロレスファンならご存知の一戦。相手が人形であろうと、これだけ長時間、濃密でハイレベルな戦いができる。そして、お客様を大満足させられる。とんでもない天才ですよ、飯伏は。こりゃ天下のWWEでも使い切れない人材でしょう。
 もう、地球上には彼と対等に戦える相手はいないのでは…と思ったら、最近こんな映画が公開されたんですよね。これゼッタイ観たい!「大怪獣モノ」…「モノ・コト論」的にも興味深いですな。

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2016.07.28

皆「健常者」であり「障害者」である

 日は「言葉」に幽閉されてしまう不幸について書きましたが、こちらはその対極のお話です。
 いかにして「コト」を超越していくのか。昨日最後にそう問いかけました。もちろん私自身に対する問いかけでもあります。
 凡夫には非常に難しいその超越を、身をもって実現、実行していらっしゃるのが皇室なんですね。
 たしかに皇室の、特に天皇陛下のお言葉は重要です。しかし、考えてみれば、陛下も必要以上には語られない。言葉、特に自らの言葉が非常に強い力を持ってるからです。もちろん「和魂」によって民を安心させることもできる。しかし一方で、ある種の「荒魂」を持って世を動かしてしまう可能性もある。
 言霊の恐ろしさを最もよくご存知なのが皇室なのです。
 そんなご皇室の中でも、障害者に対する理解というか愛情が最も深かったお一人は、自らを「福祉の現場監督」と称していた「ヒゲの殿下」こと寛仁親王でしょう。
 その寛仁親王の至言を紹介したのが上の動画です。高清水有子さんがご紹介くださった文章の一部を、ここにテキストとして残しておきたいと思います。
 まさに言葉にとらわれるべきでないことを語っておられます。記憶しておきたいと思います。


…第二は、部門別に障害か健常かをチェックすることの重要性です。
 100%の障害者や100%の健常者は、地球上には存在していません。
 一人一人が分野ごとに献上な部分を持つと共に、障害の部分をも合わせて持って生きているのが人間社会の現実です。医学的・精神的・社会的・経済的・学問的な面からみて、さらには、運動能力や事務能力が果たして健常であるのか、障害を持っているのかを再考し、51%の健常部分が発見できれば安心すればよく、49%しか見い出せないのなら、即刻リハビリテーションを始めることが必要になります。健常者と障害者という二つの分類方法は、厚生労働行政や医療の分野の言葉で、我々の実生活には馴染みませんので、部門別福祉の考え方をお薦めします。
 第三に、「社会福祉」というのは、大上段に振りかぶって考えるものではなく、一人一人の身近な日常生活の中で、簡単な手話や点字を学び、車椅子や松葉杖や白杖のヘルプの方法を覚え、障害を持つ人々と出会った時、特別視することなくごく普通にお付き合いすることです。「可哀想」「同情する」「施してあげる」といった従来の思想を捨てて、「思い遣り」の気持ちだけを持って、「共に生きる」ことを考えることが大切です。
 前述したように、一人の例外もなく、我々人間は、皆「健常者」であると同時に、「障害者」でもあるのですから。

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2016.07.27

聖戦と言葉

Th_2016072700000010asahi0003view 模原の事件、本当に胸が痛みます。お亡くなりになった方々とそのご家族に心よりお悔やみ申し上げます。辛いですね。
 ここのところ欧米で自爆テロなどの無差別殺人事件が多発しておりました。それも対岸の火事ではないなと思っておりましたところ、全くその背景は違うとは言え、日本でもこうした恐るべき事件が発生してしまったこと、本当に残念であり、また驚きとともに震撼しないではいられません。
 全くその背景は違うと、先ほど書いたばかりですが、あえて今日はそれらのつなぐことのできる次元で考えてみたいと思います。
 このたびの事件の犯人の名前が「聖」だというのは、なんとも皮肉でありますが、ある意味、彼の動機、また行為は「聖戦」の理論と重なる部分があると感じます。
 もちろん私は、いかなる「聖戦」も「戦」であるかぎり、その悲劇に道義的な意味を見出す者ではありません。歴史的な文脈はありえますが、やはり人道的にあってはならないものであると捉えます。
 「戦」に「聖」をつけることによって、まるで人道の上にあるサムシング・グレートの意志を我々人間が引き受けて行為するような理論は、とても受け入れられません。
 それは、たとえばこの日本の近過去における「皇戦」…これは仲小路彰も使った言葉ですが…も、理解はできますが、納得、全面肯定はできません。
 そういうスタンスであることを確認した上で、あえて申すなら、相模原の事件の犯人も、自らの「聖戦」の理論の中で「正しい」行いをしたと考えていると思われます。
 彼の理屈をここで言葉にするのも憚られるで、それは割愛しますが、もしマスコミの報道、あるいは衆議院議長に寄せた手紙の内容が彼の真意だとするならば、これはやはり「聖戦」の理論、いや理論なんていう筋の通ったものではなく、いわば「方便」、もっと本質的に言ってしまえば「言い訳」のようなものに則っているなと感じるのです。
 しかし、それを私たちは「信じられない」「自分には関係がない」とは言い切れない。私たちにもそういう「言い訳」は常に存在しています。
 たとえば、害虫は殺虫剤で駆除しても許されると思っていますね。今回の事件とそれを重ねることを不謹慎と言う方もいらっしゃるでしょう。しかし、現実に、次元は違えども発想の根本は同じなのです。そこを直視する必要があります。
 そうした思考と行動の元となる言語が、人間社会における一般性を持っているか否かで、その行為に対する人道的(それは法的でもある)評価はすっかり変わってしまいます。
 そうした人間と言語の関係性の中にある、使用者としての「恣意性」に留意するべきだと思うのです。私たちはあまりに身勝手なのです。
 ISの主張は、理屈としては理解できます。彼らの信じる世界の言語の中では、十分に理論的であり正しいものです。
 しかし、恐ろしいのは、そうした言語、言葉というもの自体が、もともと抽象(四捨五入)という機能を持っていることです。別の言い方をすれば、この混沌とした世界に、それぞれの言語において勝手に境界線を引くということです。
 その境界線を引くという機能が、結局その使用者を排他的にしたり、あるいはその境界線の内側の領域でしか思考できない「井の中の蛙」を生み出す可能性があるわけですね。
 そういう言葉の牢獄に入った人々には、外界の声は届きませんし、届いたとしても理解できません。
 今回の事件でも、犯人は自らの直感を言語化する中で、彼なりの「聖戦」を構想するようになったのでしょう。
 世界で起きているテロや、異常としか思えない凶悪犯罪の背後に、そうした言語の持つ閉鎖性、自己凝集性があることに気づかねばなりません。
 では、そこから抜け出すには、あるいは抜け出させるにはどうしたよいのか。これは難しい問題です。ブラックホールから脱出するのと同じくらい難しいのかもしれません。
 私はオウムの事件を身近で目の当たりにしてから、そのことを強く感じ、考えるようになりました。
 言葉によるある種の洗脳を解くには、言葉もってするしかないのか。だとしたら、事が起こる前にどのようそれを実現するればよいのか(事後では時間をかけてそれを実現することは可能です)。
 コンピュータのように簡単に言語(記憶)をリセットするわけにもいきません。手にしてしまった諸刃の剣を、いかに使いこなすか。教育の現場にいる者としても大変悩むところであります。
 以前もどこかで書いたとおり、カネ(貨幣)とコトバ(言語)は「コト」の代表格です。人間が脳ミソで発明した情報にすぎないはずの両者が、結局人間を、この世界を支配してしまい、私たちはいつの間にか、その中で、その下で思考、行動するようになっている。
 今、様々な「聖戦」に対面し、私たちは「コト」をどのように超越してゆくのか、「モノ(自然)」の持つ多様性、生命力に回帰するのか。

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2016.07.26

iPhone5臓器移植手術

Th_img_4962 が家(夫婦)で今まで買ったiPhoneは3が1台、4が1台、4Sが1台、5が2台、そして現在使用中の6が1台と6Sが1台。
 どのご家庭でもそうでしょうけれど、使わなくなったiPhoneがけっこうゴロゴロしているのではないでしょうか。
 ウチでは、最初の3以外は現役で稼働中です。3は沸騰した味噌汁の中に落としてしまったので、さすがにお釈迦(デスプレイのみ死亡)。4は監視カメラ用に、4Sは娘が音楽用に使っています。で、5も娘たちがiPodとして使っていたわけですが、片方は画面がバリバリに割れてしまい、またもう一方はバッテリーがほとんど死亡という状態でした。
 ポケモンGOが始まったこともあり、娘が、まともなモノを欲しがってきたので、よし、じゃあ二つを一つに合体してやるよ、ということになりました。
 つまり画面バリバリな方のまともなバッテリーを、もう一方に移植するということです。iPhoneはもちろん自分で分解すべきものではありませんが、もう現役を退いているわけだし、このまま2台ともゴミにしてしまうのはもったいないので、思い切って手術をすることにしました。
Th_img_4963 ちなみに使った道具はこれだけ。そう、iPhoneのLightning端子の横の小さなネジを回すには星形ドライバーが必要じゃないですか。それは手許にありませんし、買うのもなんなので、このメガネ用の精密ドライバーを使うことにしました。
 つまり、マイナス側を斜めに当てて回すわけです。ただ、頭の星がつぶれてしまう可能性があるので、緩んだところでラジオペンチなどで回すといいかもしれません。
 あとは、そんなに難しくありません。手術は20分くらいで終了。見事に復活して調子よく動作するようになりました。
 ドナーになった方は残念ながらあの世行きではありますが、こうしてバッテリーは他の筐体で生き続けるわけですからね、まあ良いとしましょう。
 ちなみにアクティベートsimカードを使えば、初期化もOSのアップグレードも可能になりますよ。

Amazon アネックス(ANEX) キーホルダー付 メガネ用精密ドライバー

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2016.07.25

2016東京都知事選挙政見放送より…

Th__20160726_151311 回の都知事選では、期待していたマック赤坂さんが案外まじめで、ちょっとがっかりしてしまいましたが、他の候補者の方々がなかなか刺激的な政見放送をしてくれました。
 政見放送という特別な場を利用しての一つのパフォーマンスと捉えることもできますね。ずいぶんお金のかかるパフォーマンスではありますが。
 軍服ポスターもなかなか個性的な後藤輝樹さんの政見放送が今夜ありました。まずは、それを観てみましょう。ほとんど音声が削除されていて(放送禁止用語)、それもまた一つの表現になっております(?)。

 やはりNHKというある種まじめな場だからこそ作品になりうるわけですね。単なる不謹慎ではすまされません。というか、法律によってこうして公共放送で公共的なパフォーマンスができるわけですから。そこも含めての作品でしょう。
 そういう意味で、なかなかシュールだったのは、「NHKをぶっ壊す」の立花孝志さん。まあ、やっぱり日本には表現の自由がありますよ(笑)。


 

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2016.07.24

『岸信介 最後の回想』 加瀬英明監修 (勉誠出版)

その生涯と60年安保
Th_51jyz65bsl_sx332_bo1204203200_ 日は仕事の合間に、御殿場東山旧岸邸に行ってきました。岸信介の別荘。
 岸さんのお孫さんである安倍総理は、今日までウチの近所の別荘でちょっと早い夏休みでした。昨日もちょうど総理が夕食に出かける時に別荘の前を通り、一瞬警察の方に車を止められました。そう、ちょうど東京で安倍昭恵さんに久しぶりにお会いして、帰ってきた時だったのです。
 さらに言うと、昨日の夜は、佐藤栄作のご子息の文章も登場する「懐想 仲小路彰」という文書を読んでいたので、なんだか昨日今日は、岸信介とその親族たちに関係の深い二日間でした。
Th_img_4914 ついでに言うと、今日は旧岸邸の応接間にある、かつて岸信介自身が使っていたという椅子に座りながら、この本を読んでいました(笑)。
 どんだけその家系のファンなんだよと言われそうですが、別にそういうわけではありませんし、たとえば岸さん、佐藤さん、安倍さんらの政策に全面的に賛成というわけでもありません。
 しかし、戦前、戦中、戦後史を復習する時、この三首相および安倍晋太郎の果たした役割を中心に見ることには、なかなか重要な意味があります。
 岸佐藤兄弟は、ある部分では対照的な動きをしていますが、その核心の部分は実は共通していたりします。特に対米政策においては、その裏面史や対抗勢力の動きをも含めると、実にスケール大きな全体像が浮かび上がってきます。
 この本もなかなか面白かった。ほとんどは今までも知られていた内容ですが、私としては、たとえば北村サヨ、小林一三、小林中の名前が出てきたことに、なるほどそうだったのかと思いました。
 憲法改正のことなども、現代的な意味で考えるとまた興味深いですね。岸さんが今の自民党の草案なんか読んだら、どう感じるのでしょうね。
 最近は、とにかく「その場」に行くことを大事にしています。今日、あえて旧岸邸に行き、あそこに座ったのも、そういう意味があります。その前には秩父宮記念公園を訪れました。そこも大切な場です。秩父宮さまと高松宮さまが、昭和20年の8月15日に兄陛下の玉音を聴いた場所。
 歴史的な場には、やはりそこに霊的な何かが生きています。そこで器になってみることが、自らの解釈を排除した歴史の真実に迫る、実は唯一の方法であると、昨年来の経験でそう信じるようになったのです。
 今日も一つの答を得ることが出来ました。各地で得られた様々な霊的な情報を統合していくのが、これからの私の役割だと思っています。
 今日は監修の加瀬さんとも、ある所でお会いできるかなと期待したのですが、それはかないませんでした。

Amazon 岸信介 最後の回想

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2016.07.23

『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』 三上智恵監督作品

 しいので手短かに。
 今日はご縁があって三宅洋平さんとお話する機会を得ました。実際お会いしてみると、やはりテレビやネットを通じての勝手な印象とはだいぶ違いまして、なかなか魅力的な男でありました(細かい話は割愛)。刺激を受けました。
 いろいろな話があった中で、私が全く知らなかったのが、「高江」のことです。沖縄のことを、たしかに私は知らなすぎるなと感じました。
 三宅さんもぜひ観てほしいと言っていたのが、このドキュメンタリー映画です。さっそく私も観てみましたが、たしかにショッキングでした。  


 
 

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2016.07.22

ポケモンGO日本でも配信開始

Th_pokemon_go_title っそく入れてみました。
 これはたしかに面白いですね。もともとの素材であるポケモン自体が、ARに大変親和性が高かったということてしょう。
 これはほとんど偶然です。まさかここまで想定してポケモンを開発したのではないでしょうね。
 街を旅しながら、何かを探してゲットし、自らがそれを手なづけて鍛え上げ、そして敵と闘って降伏させ、それをも我が物としていくというのは、まさに人類の歴史、特に戦争の歴史そのものであります。
 しかし、どこか戦い自体にも愛嬌があり、決して相手を殺したりはしない。このあたりは「言向け和す」という風でもあり、そう、ポケモンワールドは出口王仁三郎の霊界物語的であるとも言えますね。
 霊界物語をARにしたら…世界中どころか、宇宙や太古、未来まで行かなくちゃならないか(笑)。
 いやいや、冗談ではなく、ポケモンという、ある意味八百万的な神々を配したのがよかったのでしょう。ほとんど自然現象、森羅万象を擬神化しているモノばかりですからね。
 そう考えると、まさにポケモンは日本的神話の世界であり、それをこうして世界中の老若男女が異常に没頭しているというのは、悪いことではないのかもしれません。
 これからは具体的な次元ではなく、抽象的な次元で世界を変えていく必要があります。VRまでは現実世界と別という感覚でしたが、ARになると急にそれらが融合して互いに強い影響を与え合う。
 100年後、今日のこの日がワールドシフトの記念すべき日として記憶されるかもしれません。
Th_img_4845 ちなみに、ワタクシの自宅は富士山の中腹でして、ご覧のようにポケモンがいないどころか、道さえもありません(笑)。自宅で楽しめないのはちょっと残念であります。
 私自身はゲームが苦手(ずっとやり続けられない面倒くさがり屋)なので、おそらくもうあまりやらないとは思いますが、娘たちは夏休み中ずっとやってそうな気配です。
 いや、ポケモンはゲットしなくとも、ポケストップを回るだけでも面白いかも。地元の人も忘れているような祠とかが指定されてますからね。あれはいったい誰がどう決めているのか。これもまたAIが何かのアルゴリズムでやっているのか…まあ、すごいですね。
 Googleやナイアンティックもすごいけれど、やはり任天堂かなあ。天に任せるというところが良いのだろうなあ。


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2016.07.21

KinKi Kids 『薔薇と太陽』

 ラシックからロック、ジャズ、演歌、民謡までなんでも聴き演奏するワタクシでありますが、最近娘の影響でよく聴く(聴かされる)のがジャニーズの楽曲です。
 秋には9年前の関ジャニ∞以来、久しぶりにジャニーズのコンサートに参戦するかもしれません(いちおうそういう予定)。
 で、最近つくづく感じるのは、やっぱりジャニーズは「日本文化」だということ。「少年愛」的なところまで行っちゃうと大変なので、今日は音楽的な面だけ書きますが、世界中の様々な音楽を吸収して、融合して、昇華して、結局ものすごく「日本的」になっている。
 これは素晴らしいことです。そして、それなりに事務所にはお金や権力がありますから(笑)、超一流の作家さんやミュージシャンたちが関わることになる。だから、歌は別として(笑)、楽曲的には最高レベルになるわけです。
 特にKinKiは楽曲に恵まれていることで有名ですよね。デビュー曲の「硝子の少年」は松本隆・山下達郎のコンビですし、その後も吉田拓郎、馬飼野康二、筒美京平、康珍化、織田哲郎、堂島孝平、ドリカム、伊秩弘将など、まあ錚々たる皆さん、歌謡曲やJ-POPを支えてこられた皆さんが楽曲提供している。
 そして、来年はデビュー20年。そうか、今年結成20年のBUMPと同じように、地道に「日本文化」を紡いできたわけですな。
 そんな流れの中で、新曲を提供することになったのが、今年久々に再結成した「歌謡曲ロック」という「日本文化」を完成させたTHE YELLOW MONKEYの吉井和哉さん。最高の流れじゃないですか。こうして「日本文化」が再び花開くというのは、本当にうれしいことです。
 ちなみに8月3日にはイエモンのライヴにも久々に参戦いたします。こうして、同年代が活躍し、次の世代が文化をしっかり踏襲してくれるというのは素晴らしいことですね。
 「薔薇と太陽」…う〜む、タイトルからして良い。曲もある意味コテコテの昭和テイスト。詩もいいじゃないですか。そして、KinKiの存在自体がしっかり「日本文化」になっている。カッコいいですよ。
 KinKiに寄せられた吉井さんのメッセージが、またなんともいいですね~。
 ちょうど今日、KinKiのツアーが発表されました。もしかして吉井さんの乱入もある?私も客席に乱入してみましょうか(笑)。
 
KinKi Kids 公式

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2016.07.20

関東大震災の前兆

 近、関東地方で有感地震が連続しています。規模はそれほど大きくないとはいえ、なんとなく不安になりますよね。
 今月の6日にしばらくは大きな地震に注意という記事を書きました。
 ここ2ヶ月ほど続いてきた富士山ラドン濃度の「微熱」と、6月15日に記録した観測史上最高値(高熱?)を受けての内容でした。
 その後、関東地方を中心に有感地震が増えたということで、最新グラフを見てみましょうか。

20160721_101930

 今までですと、最近の東日本の有感地震は、6/30からの上り坂に対応したものと考えられますが、一方でそれにしては少し騒がしすぎるという印象です。
 やはり、「微熱」と「高熱」の結果として、このようなことが起きている、すなわち今までにはない長期間に及ぶ対応関係が現れていると考えるべきでしょう。
 そうすると、最近の東日本の有感地震は、何か大きな動きの前兆である可能性も出てきます。
 そこで思い出しておかねばならないのは、大正12年の関東大震災の前兆です。
 これはネットなどではよく知られていることです。ネット情報なのでどこまで正しいか私もちゃんと検証していませんが、私が気になったのは、次の現象。

・5月下旬から6月初旬の間、水戸・銚子で有感地震急激に増加。
・山中湖の湖水が全面的に濁った。
・精進湖が6m位減水した。

 昨日は銚子付近、今日も茨城県南部を震源とする中規模地震が発生していますので、上の水戸、銚子の有感地震は気になりますね。
 これについては、東京大学名誉教授の溝上恵さんによると、具体的には次のような内容だそうです。

「1923年5月から6月にかけて、M7・3を最大規模として、M6以上の地震が茨城県沖で6回も観測されている。同様に、21年から3年連続で茨城県南西部でも大きな地震(M7・0、M6・1、M6・1)が起きた」

 これは今回連続している地震とは、あまりに規模が違いますね。もうかなりの大地震です。ちょうど東日本大震災の二日前の三陸沖M7.3のような、あるいは今年の熊本における4/14のような、大規模ないわゆる「前震」でしょう。
 ただ、実際には大正12年は年明けからなんとなく有感地震が増えたなと感じさせる状況だったようです。
 そうしますと、今回のような茨城、千葉あたりの地震が、今後増加、あるいは大規模化してくると、いよいよ首都直下地震の発生を想定しなくてはならなくなるでしょうね。
 そういう意味では、今後の推移に注目しなくてはなりません。
 なお、精進湖、山中湖の水位については、こちらで確認できます。私もほぼ毎日見ておりますが、今のところ特に気になる動きはありません。
 また、何かありましたら報告します。

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2016.07.19

帯分数の読み方…「か」か「と」か…そして「か」とは?

20160720_140615 校生に国語を教えていて、なぜか数学の話になり、「帯分数って中学以降全然使わないね」という話になりました。
 そこから派生して、帯分数の読み方の話題になりました。当然今どきの高校生は、小学校時代、たとえば右のような分数を「13分の2」と読んできています。
 皆さんはいかがですか?私(もうすぐ52歳)より上の世代の方の中には、「13分の2」と読む方もいらっしゃるでしょう。
 そう、ちょうど私が小学生の時は、「と」「か」両方の読みが混在していた記憶があるんです。教える人によって違ったりしていた。親は「か」だけれども、先生は「と」とか。先生の中でも分かれていたかもしれません。
 これはいったいどういうことなのでしょう。ここはちゃんと調べたわけではありませんが、おそらく昭和40年代の指導要領改定によって、「か」→「と」になったと思われます。
 そうした大人側の事情については、算数教育史の問題なので、ぜひどなたか調べてみてください。
 ところで、今日生徒と「何だろ?」となったのは、その古い読み方である「か」はいったい何者かということです。「と」なら分かる。英語でも and と表現されるので、単純に助詞の「と」でしょう。
 しかし、「か」は分からん。まさか or じゃあるまい。意味が通じませんよね。
 …と、ここからは国語のセンセイ、それも国語学を修めた者として、じっとしていられなくなります(笑)。「か」の正体を解明したくなるわけですよ。
 ネットでちょろっと調べればすぐに答が見つかる時代ではありますが、これについてはどうもよく分からない。では、自分で調べようということで、まずは古い文献に当りました。いつものとおり国立国会図書館デジタルライブラリーのお世話になりましょう。
 そうしたら、まあ面白い事実にぶち当たりました(短時間の探索なのでテキトーですが)。
 まず、明治期の教科書や指導書のようなものを参照します。「帯分数」とか、「帯分数 読ミ方」などで検索しますと、ちゃんと出てきます。
 ランダムに引っ張り出してみましょう。まずは、かなり古い資料。
 明治25年の「新編算術教科書. 上」です。

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 おっとこれは「と」と読ませている。なるほど。古くは「と」なのか。では「か」とはなんぞや。
 次。明治45年の「小学校算術講義. 第2編(尋常第6学年用)」

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20160720_171518 おっ、「と」とも「個」とも読むとな。「個」か。これがどうも「か」らしいぞよ。「個」を「か」と読む、すなわち「箇」と通ずるというのは、たとえば大正3年の次の文献をご覧ください。かの徳富蘇峰の「山水随縁記」。
 ちなみにですね、「ヶ」も「一ヶ所」のように「か」と読みますよね。これはカタカナの「ケ」ではありません。「个」という漢字の変形です。「个」は「箇」の略字です。
 なんだか、「か」「け」「こ」…と、いろいろ入り組んでいますね。
 さてさて、次の資料は、大正6年の「小学算術書に関する教師の注意」。

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 これも「と」と「個」になっています。すなわち「と」と「か」ですね。このあたりで、すでに両方の読み方があったようです。
 では、いつ「か」が優勢になって、そしていつそれが逆転されて「と」に統一されたのか。これはどうも戦後の話のようです。それについては、上に「算数教育史の問題」と書きましたとおり、別の方におまかせします。いや、いつか近いうちに調べて書きましょうかね。
 いずれにせよ、「と」と「か」は長く併用されていた。「か」は「個(箇)」であるということが分かりました。
 ここからは蛇足。いろいろ調べていて、もっと混乱しているものがあったので、いちおう記しておきます。
 今で言うところの「帯分数」ですが、戦前には「混分数」「混数」と呼ばれていた時期もあるようです。それどころか、明治の初期には、今で言う「仮分数」を「混分数」と称しているものもあり、外来の学問をいかに訳すかに腐心し、またある程度言葉が固定するまでにずいぶんと混乱や不統一があったようです。
 そういう訳語の歴史としてとらえると、ようやく「and」が「と」に統一されたとも考えられますね。

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2016.07.18

IoT

Th__20160719_130408 フトバンクがイギリスのARMを超高額で買収することになりました。孫さんも思い切ったものです。一つの夢の実現でしょうね。
 ここで注目されたのが「IoT」。ソフトバンクの、というより世界の今後10年を占うキーワードということになるでしょう。
 「IoT」とは「モノのインターネット」。「Internet of Things」の略です。「モノ」はつまり「製品」ということですね。分かりやすいところで言うと、洗濯機や冷蔵庫やエアコンがインターネットとつながって、それをクラウドで集積したり、AIで分析したりして、制御・管理する。それによって、高効率化、コストダウンなどが望めるということでしょうか。
 その他、身近なところでは自動車も比較的早くインターネットとつながりそうですね。その他、「モノ」ならばなんでもつなぐことは可能です。実際につなぐかは別として、人間が作るモノだけでなく、自然物でさえもつなぐことができる。
 たとえば、庭木や花壇の花にセンサーをつけてネットとつなぎ、必要があればスプリンクラーで水やりをするとか。
 私の「モノ・コト論」からしますと、「モノ」という不随意な「他者」を、「コト」という随意な(自己管理できる)「情報」でコントロールするということで、これはたしかに大きなパラダイムシフトのきっかけになると思います。
 非常に大きな視野で言いますと、いよいよこの3次元世界も、より高次元な情報世界から制御されることとなり、これは出口王仁三郎のいう「霊主体従」の世界、すなわち「みろくの世」の完成への第一歩と考えることもできます。
 いずれにせよ、具体的な世界がどんどん抽象化していくという流れは止めようがなく、またそれが決して悪いことばかりではなく、我々人類が世界同時的に抽象的思考を手にしていくということでもあり、それは一時期流行った「アセンション」であるとも言えなくもありません。
 インターネットは言語を使って、「コト」世界、すなわち我々の脳ミソの中での「出来事」を相互に結びつけることに成功しました。脳ミソの中の情報、つまり、記憶や体験を時空を超えて共有できるようになったわけですね。
 もちろん弊害もありますが、基本的に人類としては正常進化であると思っています。
 これが今度は「モノ」とつながると。「モノ」と「コト」がつながるということは、私たちの脳ミソが他者の実体をコントロールし始めるということですね。不思議なことです。
 しまいには人間も全てインターネットにつながり…いや、もうつながっているんですよね。そして、管理、制御、操作されている。
 孫正義さんとしては、スティーブ・ジョブズのような気持ちなのでしょう。世界を改革する。もちろん良き方向に、だと思いますが。世界を支配しようというのではないですよね(笑)。
 さあ、日本の企業として、まさに外国の文化や技術を輸入してそれをより高い次元に昇華するという「和」を成し遂げることができるのか。
 また、ライバルたちは今後どう動くのか。非常に楽しみでもあります。

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2016.07.17

BUMP OF CHICKEN 『STADIUM TOUR 2016 “BFLY”』ファイナル公演@日産スタジアム

Th_img_4762_2 々のBUMPライヴ。二日で14万人を動員したという日産スタジアムに行ってまいりました。
 いやはや、すごいバンドになりましたね。基本20年前から変わっていないのに、ここまで来たということは、本当に彼らが奇跡的な「幼なじみ」であったのだと痛感せざるをえません。
 長く続くバンドはやはり変わらないことと、メンバー間の愛があることが最低条件でしょうね。自分たちが安定しているから、オーディエンスにも愛を配達できる。藤原くんの最後のMCには実に深いものがありました。
 ロックやブルースが、イギリスやアメリカを経由して日本の漂着し、そして、今ここに一つの愛の文化として完成形を見せている。そんな壮大な(絹の道ならぬ)「音の道」を感じさせるライヴでありました。
Th__20160718_101553 そうすると、私がかつて苦言を呈した、表拍でのノリを強要するリストバンド「PIXMOB」や、今日も登場したでっかい風船たちも、まあ日本的な文化としていいじゃないか、花火と一緒だと、そんな気さえしたのでした。
 私の一つの妄想は、東京オリンピックの開会式に、そんなグローバル&ローカルな、すなわち極日本的な彼らと椎名林檎さんを登場させることです(たぶん実現するでしょう)。
 それにしても、毎回感じることですが、藤原基央という男はすごい才能を持っていますね。愛の総量が格別大きいのでしょう。作詞、作曲、歌唱、ギター、どれを取っても説得力、すなわちこちらとつながってくる力が超一流ですね。
 それを支える3人が、いかにも普通の人(決して悪い意味ではありません)で、その天才を私たち凡人に結びつけてくれているところがまたいい。これが奇跡の絶妙でありましょう。
 今日はベーシストを目指す上の娘も初参戦。大いに感動しておりました。やっぱり音楽はすごい。こういう仕事をしたいとのことでした。まあ夢を持つのはいいことです。頑張ってもらいましょう。
 結成20周年記念Special Live「20」のDVDもいただいてきたので、早速鑑賞しようと思います。以下はその一部。


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2016.07.16

巨大火山「十和田」

Th_img_4760 日の夜、「十和田」で比較的大きな地震がありました。かなり珍しいことだと思います。
 霊的な意味で我が家とも非常に縁の深い「十和田」。十和田湖は本当に美しい湖ですが、言うまでもなく、あれはカルデラ湖です。
 「十和田」は阿蘇山に匹敵するほどの巨大火山。阿蘇山同様に、破局的な噴火を繰り返してきました。
 分かっているところでは、かつて500億トンの噴出物を一気に吐き出したほどです。火砕流は遠く北海道まで到達したとか。1991年の雲仙の噴火が4億トンですから、桁違いの規模ですよね。
 過去2000年の中で、日本最大の火山噴火は平安時代915年の十和田の噴火だと言われています。この時の噴出物は50億トン。これもまたすごい。一瞬で周囲20キロ四方が火砕流の下になりました。あまりに一瞬だったからか、現地では記録が残っていません。遺構が発掘されるだけです。
 ところが、遠く遠く離れた都、京都には記録が残っています。延暦寺の僧侶が書いた有名な「扶桑略記」に、次のような記述があります。

「七月五日甲子,卯時,日无暉,其貌似月,時人奇之.十三日,出羽國言上雨灰高二寸諸郷農桑枯損之由」

 太陽が月のように霞んで見えた、出羽国では火山灰が降って桑の葉が枯れた、ということです。
 旧暦の7月5日は新暦に直すと8月18日。おそらく噴火はその前日だと思いますので、915年8月17日に大噴火を起こしたと考えられます。昨年でちょうど200年ということですね。ちなみに8月17日は私の誕生日です(笑)。
 大量の火砕流とともに、火山灰を含む巨大なサーマル(入道雲)が発生したと考えられます。それで京都から見える朝日が霞んでしまった。
 十和田の巨大噴火が起きた約50年前の869年には、いわゆる貞観地震が発生しています。これは東日本大震災と同様のメカニズムによる巨大地震でした。当然、十和田はその影響から噴火したものと思われます。
 よって、2011年3月11日の巨大地震の影響により、再び十和田が噴火する可能性は十分にありえます。今日地震はほぼ十和田湖の直下で起きた地震。非常に珍しい震源です。
 十和田湖直下には今でもマグマが活動しています。低周波地震は常に発生しています。今回の地震がもし地下のマグマの上昇による地殻の破壊だとすると、やはりそれなりに火山活動は活発化しているとも考えられます。
 今後の十和田周辺での地震活動に注目です。
 そういえば、出口王仁三郎が昭和3年9月22日に十和田湖を訪れた時にも、大きな地震があったんですよね。龍神さまが喜んだのでしょうか。

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2016.07.15

「楽園」のベース

 9日、10日のたまアリも盛り上がったみたいですね。ナタリーのレビュー、有賀さんの写真からもその感動が伝わってきます。
 復活イエモンの全国アリーナ・ツアーはどこも大盛況とのこと。それはそうでしょう。やっぱり格が違います。
 私も8月3日の横アリに参戦いたします。もう今からドキドキワクワク。青春(?)が蘇る!
 というわけで、改めてイエモンの曲を毎日聴いております。やっぱり私もそれなりに年をとったからか、今までとちょっと違った視点(聴点)で聴くことができ、新しい発見がたくさんあります。まあ、どんな音楽もそういうものでしょうけれども、やっぱりイエモンはその発見が多い。いつも新鮮。私にとってはビートルズと同レベルですね。
 そんな発見の一つがヒーセのベースのかっこよさ。今さら何をという感じですが、やっぱりイエモンのかっこよさのベースはベースにあり!
 最近のロックベースはちょっと動きすぎなんですよね〜。ヒーセのベースはまさに「過不足なし」。だから「強い」。
 私も娘をベースを借りて、ちょっと練習してみたりしているわけですが、弾いてみると、その「芯の強さ」を実感できます。
 たとえば「楽園」。超カッコイイ!それをヒーセ自身が披露してくれているのが、次の動画。ボーカルなしで聴けるという、ある意味超ぜいたくな動画ですねえ。

 「楽園」に続く、ベースラインの作り方講座が、なんとも基礎的で面白い(笑)。なるほど、理屈よりも経験とセンスですな。いちおうベーシストを目指している娘と妙に納得してしまいました。

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2016.07.14

一円一億(いちえんかずお)

Dscf4433300x225 日の記事の続きになりますね。
 憲法における天皇の地位や、譲位の問題について研究していた学者さんに、「一円一億」さんがいます。
 「一円一億」って、ふざけてるか、コピペミスか何かだと思われそうですが、実名であります。
 戦後の法学界、法哲学界においては、それなりに高名な学者さんです。関西学院大学の名誉教授でした。Wikipediaではこちらのように紹介されています。
 私は特に憲法学などに興味があるわけではありませんが、たまたま何かで「変わった名前」として紹介されていたのを読み、このたび思い出した次第です。
 「一億」という名前もすごいけれども、それ以前に「一円」という苗字が珍しい。中世近江の国、今の滋賀県犬上郡の一円荘出身の一族とのこと。この「一円」とは、貨幣単位ではなく、「関東一円」というような、地区・地域を漠然と表わす言葉です。
 のちに土佐国に渡ったそうで、今でも高知県には一円氏が一定数いるとのことです。なるほど。
 まあ、そういう由緒ある「一円」という苗字に、「一億」という名前をつけた一億さんの親御さんはなかなかすごいですね。
 一億さんは1911年生まれですから、当時「一円」の貨幣価値は、今の5000円から1万円くらいではないでしょうか。つまり、「一億」は今では一兆円くらいの価値があるわけです。まあ大胆と言えば大胆な名前。キラキラネームとか言う次元ではありませんね(笑)。
 ところで、一円一億ということで、一円玉一億枚でどのくらいの量になるかと言いますと、ご存知のとおり現行1円玉は重さがちょうど1gですので、1億枚で1億g、すなわち100tの重さということになります。
 それを全部積み重ねたとすると、1円玉の厚さは1.5mmだそうなので、150kmになります。とてもとても所持できませんね。
 ついでに豆知識を一つ。現行のアルミニウム製1円玉は、1枚製造するのに3円かかるそうです。
 ちなみに一円一億さんが生まれた頃は、一円銀貨、一円金貨、そして武内宿禰像が描かれた一円札でした(上の写真)。
 そういえば、私、小学生の頃、国民1億人から一人1円ずつもらったら1億円になるな、1円だったらみんな出してくれそうだな、いや10円でももらえるかもしれない、全国を回って集めようかな、と真剣に考えたことがありました。
 これこそまさに「一円一億」ということになりますか(笑)。
 と、不真面目な話はこのくらいにしまして、一円一億さんの著書をとりあえず一冊読んでみようかと思っています。

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2016.07.13

天皇陛下が生前退位のご意向…憲法はどうなる?

Th__20160714_150707 きのニュースが入ってきました。
 天皇陛下が生前退位のご意向…これは非常に大きな問題を投げかけます。
 一部には安倍政権下において、改憲勢力が参議院の3分の2に達したことを受けて、天皇自らがそれを阻むためにこのような発信をしたという意見もあるようですが、ちょっとそれはうがちすぎです。
 もちろん、このブログで何度も書いてきたように、昭和天皇、今上天皇、そして皇太子さまも、基本的に平和憲法擁護派だと思います。なぜなら、憲法9条(の原案)こそ、昭和天皇の発案であると私は信じているからです。
 しかし、今回の生前退位はそういう論議とは別のところで生まれてきたものでしょう。純粋に、ご高齢による公務への影響を憂えてのことに違いありません。
 しかし、ここで意外なところで憲法に関わってくるのは、もし今上が生前退位したとして、その後のお立場がどうなるかということです。
 現行皇室典範も、また憲法でも、天皇の生前退位(譲位)は想定されておらず、歴史上のいわゆる「上皇」という呼称さえも記載がありません。
 そのため、もし生前退位するとなれば、皇室典範のみならず、憲法の改定ということも必要になってくる可能性があります。
 すなわち、もし生前退位がなされ、今上陛下が「上皇(仮)」になった場合、その「上皇(仮)」は、憲法の制約を受けなくなる可能性が出てくるのです。
 ものすごく極端に言えば、「上皇(仮)」は憲法を守らなくてもよくなってしまう。政治的な発言ができるのはもちろんのことです。
 もちろん、法学界では、このような議論がなされてきた経緯もあります。そして、憲法の改定は必要なしとする立場の方々もいます。
 しかし、もし憲法改定が必要となれば、それこそ戦後初めての憲法改定が、なんと今上天皇自らの意志によってなされるという、非常に複雑な事態になりかねません。考え方によっては、このたびのニュース自体が、政治的な発言であると捉えることさえできます。
 こんな次元で申し上げるのははなはだ失礼ですが、はたして、この「ご意向」が、改憲派、護憲派、いずれの追い風になるのか。
 憲法や法律や政治の話は別とすると、私は「定年」と「摂政」で進めるのがいいと思いますが。

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2016.07.12

『暁の戒厳令 安藤大尉とその死』 芦澤紀之 (芙蓉書房)

Th_t02200325_0580085713543141799 の祖(おや) またその祖を懐かしみ 子の子のその子に 清明(あかき)心を

 この本の冒頭、「序にかえて」として引用されている筧克彦の歌です(筧克彦は東京帝国大学の法学者で、貞明皇后の先生、そして宮下文書の研究会員でした)。
 今日は、本当に本当に不思議な、不思議過ぎるご縁に導かれて、この歌の意味を本当に本当に実感させていただきました。
 あり得ないことが頻繁に起きる私の日常ではありますが、さすがにこの、ある意味「できすぎた」結末、いや何かの始まりには、心から驚きました。やはり、霊的な世界はありますね。
 今日は、安藤輝三が処刑されて80年目の日でした。たまたま静岡の実家で法事があり、そのついでと言ってはなんですが、実家の近くにある安藤輝三のお墓参りをいたしました。
 そこで、私たち夫婦は、かねてからお会いしたかったある方とお会いすることになったのです。1分でも時間がずれていたら、この偶然はありませんでした。だから奇跡なのです。
 その方は、安藤輝三さんの実の息子さん。奥様と一緒にお父さまのお墓に線香を手向けているところでした。
 私たち夫婦は、あまりの感激に涙を流してしまいました。
 実は、昨年の8月3日以来、二・二六事件の当事者たちと「直接的に」関わりができてしまい、様々な不思議すぎることが身の回りに起きました。
 そして、今日のこの邂逅。もう、これは偶然や奇跡ではなく、必然にちがいありません。
 突然登場した私たちをご夫妻は本当に温かく迎えてくださりました。なんとお墓参りののち、お食事をご一緒させていただき、本当に貴重なお話をうかがうことができました。
 格別な人格者だった安藤輝三の、その「清明心」を、まさにそのまま受け継いだような素晴らしい方でした。歴史の先生だったという奥様も大変魅力的な方。
 実は、この1年の中で「2・22」という不思議な数字の暗示を受けていたのですが、その意味が今日ようやく分かりました。
 それは…安藤輝三が決起を決意したのが2月22日、そしてその日が愛する息子たちとの永遠の別れの日だったのです。
 考えすぎかもしれませんが…輝三は80年ぶりに息子と再会したのかもしれません。ただ、私たちはそういう気持ちでお話をしたことはたしかです。
 鈴木貫太郎侍従長を襲撃しながら、とどめを刺さなかったのはなぜか、なにをためらったのか…そんな質問を息子さんから受けてしまいました。おそらく半分本気でお父さまがそこにいると感じられたのでしょう。
 何度か書いてきたように、のちに終戦(すなわち昭和天皇の御聖断)を実現した時の首相となった鈴木貫太郎は、自らを襲った安藤輝三を「命の恩人」だと語っています。それはすなわち、日本の命の恩人、そして天皇の命の恩人でもあったわけです。
 それにしても本当に不思議なご縁でした。実は3ヶ月ほど前、私は「叛乱」の記事の中でこんなことを書いているんですね。

 正直、そうした運命に翻弄されたご本人たちの魂は…それは加害者、被害者という区別を超えてですが…、事件から80年経った今でも、その「未来的な意味」が掴めないまま、この現代に浮遊してしまっているのです。
 この映画では、主役と言っていい安藤輝三を演じている細川俊夫がGJです。まさにそうした浮遊の運命を予感させる安藤の苦悩。その予感は的中してしまったわけですよね。それを淡々と表現しています。
 他の青年将校とは違い、非常に聡明かつ冷静、そして直観力や愛に溢れた安藤輝三は、たしかにこうして苦悩したのでしょう。そして、自害にも失敗してしまう。辛いですね。
 今年の7月12日、そんな安藤らが処刑されてからちょうど80年になります。その日にいったい何が起きるのか。なんとか彼らの「浮遊」を終わりにしてさしあげたいものです。

 まさかその日にこんなことが起ころうとは…。
 本日、息子さん夫婦には申し上げましたが、私たちは仲小路彰の発掘、研究を通じて、昭和史の総決算をしていきたいと思います。もちろん未来的な意味での総決算です。
 ちょうど最近手に入れて読んでいたこの本の最後には、次のような文章があります。実に大切なことです。そして、象徴的なことです。

 …安藤輝三が二・二六事件の首謀者のひとりとして、何をやったかだけではなく、何をやろうとしたのかを評価の材料から欠落させては、この国に真の歴史はあり得ない。
 歴史は昔から同じ問題をその時代の背景をそえて、さまざまな形で提出してきた。これからは果してどのような鮮烈な形で提出するだろうか。

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2016.07.11

追悼 永六輔さん〜『花の中年御三家大激突!1974年ノーリターンコンサート』

Th_cnfc6tqusaaoozt 六輔さんが亡くなりました。日本語の聖と俗の両方を見事に融合して聞かせた方でした。
 私のようなモノが永六輔さんの芸についていろいろ言うのもなんですので、とにかく彼(と彼の悪友たち)の言葉と歌を聴いてみましょうか。
 1974年12月6日の日本武道館。そろそろ戦後30年となろうかという時。小沢昭一さん45歳、野坂昭如さん44歳、永六輔41歳。司会の愛川欽也さんが40歳、中山千夏さんは26歳。みんな言葉の達人。
 その達人たちの言葉、今だったら、それこそ「不謹慎」と言われそうな内容ばかり。いつからなんでしょうか、こういう聖俗、上下、まじめふまじめ混交の言葉が、両極に分裂してしまったのは。
 戦争の話や、日の丸、教育勅語の話も出てきますが、結論は「トルコに行こう!」になってしまう大らかさ。これぞ日本人の強さでした。
 とにかくだまされたと思って全部聴いてみてください。
 最初に小沢昭一さん、昨年野坂昭如さんが亡くなり(追悼 野坂昭如さん参照)、そして永六輔さんも…彼らが残してくれた「文化」をなんとか未来に継承していきたいものです。ご冥福をお祈りします。

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2016.07.10

参院選に関する私感

Th__20160711_82546 いたい予想通りの結果が出そうなので、軽く私感を記しておきます。
 全国的には、自民大勝、野党共闘失敗で、結果として与党改選過半数、改憲勢力で3分の2を超えました。
 個々の政策に議論が必要なのは当然として、国際的にも非常に難しい時期に、政権が安定することは悪いことではありません。日本としては一安心と言ったところでしょう。
 憲法改正については、改憲勢力が3分の2になったからと言って、そんなに簡単に進むものではありません。これを機に、国民が日本国憲法や大日本帝国憲法や、自民党草案などを読んで、憲法について論議するのは非常に良いことです。
 もう何度も書いていますが、私は「憲法改定派」です。言葉の間違いや、現実に合わないところは積極的に改定(改訂)すべきという立場です。
 ちなみに9条については、「変えられない」という立場です。国民投票になったら、絶対に護憲派が勝つ。国民の半分は女性であるという事実が大きな意味を持つと同時に、最後は天皇の鶴の一声があると信じているからです。9条をお作りになったのは陛下ご自身なのです(トンデモ説ではありませんよ)。
 そこはイギリスの国民投票とは大いに違う。もうそうなると、「私」の意志は関係ありません。平和憲法については、かの仲小路彰も、天皇の存在と絡めて非常に高い次元で捉えており、地球的価値からして守るべきものとしています。
 さて、スケールをぐっと小さくして山梨の話にしましょう。山梨では、これもある程度予想通り野党候補が勝利しました。私個人としては残念な結果ですが、まあ、現在の山梨の状況はこんなものでしょう。
 正直、自民の自滅だったと思います。県民の方々ならお分かりでしょうが、ここ数年の県連の混乱ぶりは実に低次元。かつての保守王国の名が泣きます。
 山梨に渦巻くのは、ただただ権力と名誉と金に関する「ねたみ」だけ。政治だけではありませよ。日常生活がそんな感じですから実に情けない話です。
 何をやっても足の引っ張り合い。悪口(陰口)が日常会話の大半を占める県民性、なんとかした方がいいですよ(苦笑)。
 今回の野党候補は日教組のドンの後継者ということですが、公立の教員出身というわけでもないし、地元出身者でもないので、山教組の動きもいまいち緩慢でした。それでもいちおう号令はかかっていたとのこと。
 かつての「甲州選挙」のようなことはなくなったとはいえ、まだまだ山梨県民の政治に対する意識は首都圏並みとは言えないようですね。
 最後に東北での自民の苦戦は、やはりTPPに対する抵抗感でしょうか。

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2016.07.09

【討論!】反陰謀論-世界の正体

 「陰謀論」とは、つまりなんでも陰謀論で片付けて思考停止してしまうことなく、しっかり現実を見ましょうということでしょうか。
 バレてしまっては陰謀ではないので、世間で言われている陰謀は陰謀ではありません。ただ、あとで分かった過去の「陰謀」はたくさんあります。
 仲小路彰のお弟子さんだった春日井邦夫さんがお書きになった「「情報と謀略 上・下」」は、本当に驚きの書です。なるほど、こうして昭和史は動いていたのだなと。
 そして、下巻(約600ページ)のほとんどは師匠である「昭和の吉田松陰」こと仲小路彰に関する記録です。本当に恐るべき天才であり、思想家・哲学者でありながら、見事の体現者であったことが分かります。
 とてもとても私には手に負えません。まさに出口王仁三郎レベルの広さ深さですので。
 現代、いくら情報化、インターネットの時代とはいえ、やはり本物の「謀略」は表にそうそう出ません。出たらすぐに中止か修正となります。
 そういう意味では、今目に見えている「陰謀」というのは「ない」ということになります。目に見えているのは「現実」であって(もちろん、その目に見えているコトが「情報戦」によるフィクションであることも多いのですが)、そこからその奥の見えないモノを推定するしかありません。
 仲小路彰はほとんど未来を言い当てた人ですが、決して予言者ではありませんでした。彼は世界史を知り尽くした上で(すなわち人類の思考、行動のパターンを知り尽くした上で)未来を予想したとともに、それだけでなく、人類の進化を促すべく(つまり歴史が繰り返すことのないように)、目指すべき未来を設定し、その実現のための「今すべきこと」を示した人物でした。
 明日は参議院選挙ですが、また結果を見て「陰謀だ!」「選挙で不正が行われている!」とか思考停止するお馬鹿さんが出てきそうですね。
 アベノミクス以前に、人類の進化はまだまだ道半ばですな。

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2016.07.08

非破壊オーバーヘッドスキャナ 『ScanSnap SV600』 (富士通)

 このところ、以前から研究している富士北麓に伝わる宮下文書、あるいは出口王仁三郎に関わる新資料を発見する機会に恵まれております。
 それらを未来に残すため、あるいは自身の研究資料として手元にコピーを置くために、非破壊スキャナを購入いたしました。
 いやはや、これはすごいですねえ。画期的な製品ですよ。どんな製品なのかは、次の動画を御覧ください。

 Macでの機能も充実していますし、まあとにかく自動認識や補正が優れもので、ほとんどストレスなくスキャンができます。
 冊子状のものに関しては、やはり歪みが大きくなりますので、いわゆるブックプレッサーが必要となります。純正のガラス製のものは高価なので、私は厚さ3mmの硬質アクリル板を買ってきて代用しています。特に問題ないですよ。
 古文書などに限らず、これでいろいろなものをスキャンできます。フラットベッドや破壊型スキャナの方が適する書類もあるでしょうけれど、やはりなるべく破壊したくない、破壊してはいけない資料を扱う際は、これが一番だと思います。
 もちろん、いわゆる自炊派の方にもおススメであります。これだけの機能と性能があれば、5万円は安いと思いますよ。
 あと、なんでしょうね、いつかも書きましたが、人間のコピー欲、モノ(無常性)のコト化(永遠化・複製可能化)欲というのは、これは本能ですね。おそらくDNAそのものの性質、すなわち生命の本質がそこにあるからでしょう。快感です(笑)。
 人類の歴史というのは、モノの無常性に対する挑戦でした。お釈迦様はそんなコトよせ!そんなコト(シゴト)するから苦しくなるんだよ!だからモノを悟ってコトをやめよ!とおっしゃったわけですけれど、やっぱり私はダメですね(笑)。

SV600公式

Amazon SV600

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2016.07.07

下吉田機神社

Th_img_4544 日は七夕。たなばたにちなみまして、今日は棚機姫が祀られている神社を紹介します。
 富士吉田市下吉田は(株)富士ファブリックさんのすぐ近くに天神社があります。天神社と言っても、単純に菅原道真公をお祀りする天神様ではなくて、もともとはスサノヲをお祀りしていたようです。すなわち牛頭天王社だったようです。
 のちに大山昨命が合祀されたのは、秦氏の関係かもしれませんね。
Th_img_4545 その証拠と言ってはなんですが、天神社の境内には「機神社(ハタガミサマ)」もあります。祭神は「天棚機姫大神(アメノタナバタヒメオオカミ)」。
 近代になって織物産業で隆盛した富士吉田ならではの神社とも言えますし、徐福の子孫が住み着いたという伝説を信じれば、もっと古い歴史を持っているとも言えます。
 天棚機姫は「古語拾遺」に出てくる神様です。アマテラスが天岩屋に隠れた時、献上する衣を織ったと言われる神です。 当然のごとく織物の神様として崇められていました。
 似た名前の神様としては、棚機津女(タナバタツメ)がいます。そのあたりについては、かつて富士吉田とも絡めていろいろ書きましたので、「たなばた」「棚機津女(タナバタツヒメ)と富士吉田(明見)」をご覧ください。
Th__20160708_84101 ところで、最近のことなんですが、機神社で徳富蘇峰の扁額が見つかりました。「経天緯地」とはなかなかいい言葉ですね。そう、日本の神の世界では「経(たていと)」と「緯(よこいと)」は非常に大切なものです。中島みゆきさんの「糸」も天理教のための曲ですよね。
Th_img_4550 富士吉田の織物産業の隆盛を象徴するものが、もう一つ境内にあります。機神社の反対側に軍刀利神社があるのですが、その横に「蠶影(こかげ)大神」の石碑が立っています。
 「こかげ」信仰は、筑波山の蚕影神社がルーツですが、ここ富士北麓では、赫夜姫(カグヤヒメ)、木花咲耶姫、金色姫などが習合し、大変複雑な…いやシンプルなことになっております。とにかく「蚕」が元気が一番ということです。
 お金を運んでくれる神様でしたからね、蚕は。国全体で考えれば、蚕が戦艦や戦車を作った時代だとも言えますよね。
 そこに天皇家や、天理教、大本などの民衆宗教も関わってくるからまた面白い。

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2016.07.06

しばらくは大きな地震に注意

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 近の富士山ラドン濃度の推移です。熊本の地震以降、だらだらとやや高めな状態が続き、6月6日あたりから急上昇し、6月15日の午前中にそれまでの最高値39を超えて42に達しました。
 こちらに書いたとおり、今までのパターンですと、上昇を始めてから2〜3週間後に、富士山の近く(たとえば道志川断層)で中規模地震が発生していましたので、同じようなことを想定し注意を促していました。
 結果として、急上昇に対応した地震はまだ発生していません。
 これをどう捉えるか。とても難しいところです。ちょうど今日、この動画を観ました。ロバート・ゲラーさんと武田邦彦さんによる「あきらめよう!地震予知はできない」の第三回です。

 基本的に私もゲラーさんに同意します。今までの手法による科学的な地震予知はたしかにほとんど無理でしょうね。
 では、なぜ私はラドン濃度を計測して地震「予想」をしているのか。私は科学者でも超能力者でもないので、本当に純粋に一人のちっぽけな人間として、大地の(特に富士山の)声を聞こうとしているだけです。ご機嫌伺いとでも言いましょうか。
 科学的になんでも分かるという姿勢とは対照的に、謙虚にお伺いを立てているつもりなのです。そういう意味では、ラドン濃度などというと、ちょっと科学的なデータのように感じられますけれども、実際には全く科学的ではありません。
 感覚としては、罫線で株価を予想するというような感じ。非常に経験的、感覚的なモノです。
 さて、そんな私の「勘」によると、どうも今回は今までとは違ったパターンを示しているように思えるのです。ダラダラと微熱が続いている状態の中で、一度大きな振幅があり、再び微熱状態に戻ったと。
 参考までに、昨年のこの時期のグラフをご覧ください。これが平熱の状態です。

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 では、最近の「微熱」と大きな振幅は何を意味するのか。これは解釈が大変難しい。なにしろ経験がないので。本当に「勘」で想像されるのは、緩やかな大きな動きが持続しているということです。その中で、何かをきっかけとして、大きな振幅を現れ、また再び緩やかな動きに戻ったと。
 ベースは「緩やかな大きな動き」であって、そこに突発的に噴出する短期的な、表面的な動きが伴う。ベースの大きな動きからすると、突発的な振幅はあくまで、のちに必ず来る巨大な動きの前兆であると。
 その巨大な結末が、はたして何であるのか。南海トラフ巨大地震なのか、房総沖や伊豆諸島沖の巨大地震なのか、はたまた首都直下地震なのか、いやいや311の最大余震たるアウターライズ地震なのか…。
 全く想定外のところで想定外のことが起きるかもしれませんし、逆に何も起きないかもしれない。結局、ゲラーさんの言うとおりになってしまうわけですが。
 いずれにせよ、今後日本のどこかで大きな被害地震が発生します。これは100%言える。それだけは誰もが予知できます。
 いつどこで起きるかは予知できないけれど、いつかどこかで起きることは予知できる。だからこそ、あきらめたり、忘れてしまうのではなく、常に意識し準備しておくことが大切なのだと思います。
 結論。しばらくは大きな地震に注意です。「しばらく」とは実際に大きな地震が発生するまでということです。
 私はこれからもじっくり大地(富士山)の声に耳を傾けていこうと思います。

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2016.07.05

不破哲三さんの街頭演説

 り合いから、「毎日新聞にドカンと出てるよ」と言われ確認すると、たしかにカラー写真のど真ん中に写ってるではないですか。こういうのって許可取らないんですね。それにしても露骨すぎる(笑)。
 そんなわけで、私の「両翼主義」からしても、今日はなんとしても甲府へ行って、不破さんの演説を最前列で(!)聴かねばならなかったのですが、仕事の関係で行けませんでした。
 あとで動画を見てみました。不破さん、お元気ですね。そして、なかなかいい内容の演説です。久しぶりに共産党らしい芯のある演説だったと思います。なんとも言えない品格があります。
 あの時代から、自民党がどのように変わってきたのか、そのあたりのことも確認できますし、まあ、共産党がずっと抱えてきた矛盾もはっきり分かります。
 それにしても、不破さん自身、まさかこうして日本共産党が主導して野党が統一候補を出す日が来るなんて、まあ夢みたいな話でしょう。ある意味安倍さんのおかげかも(笑)。
 

 はっきり言って、今回の野党共闘は、共産党にのみ利があって、民進党、社民党にとっては最悪の結果となるでしょうね。共産党はなかなかの策士ですよ。共同戦線ののちに、別の権力闘争があるのは、まあ歴史の証明するところであります。
 大きな意味で言えば、今回のEUからのイギリスの離脱も、野合の末の内ゲバ、いやいや内乱みたいなものですからね。
 ついでと言ってはなんですが、ある意味で今回の選挙における一つのブームとも言える、三宅洋平さんの「フェス」ですけれど、あれは全然「左」ではありません。なんか半世紀ほど遅れてきた「ニューエイジ」という感じですよね。結局同窓会?という雰囲気。
 そういう人が国会議員になったとしても、ほとんど影響ありません。影響ないとどころか、逆にリベラルの人たちが勘違いして「ニューエイジ」に投票してしまい、本体を弱体化してしまうでしょう。
 さあ、接戦と言われている山梨の結果はどうなるでしょうか。

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2016.07.04

森進一 『富士山』

 いぶん前のことになりますが、島津亜矢さんの「富士」を紹介した時に、最後にこんなふうに書きました。

『ところで、ふと思ったんですけど、日本の象徴「富士山」を歌った演歌って、案外ないんじゃないですか。なんでだろう。古事記・日本書紀に富士山が出てこないというのと同じ理由かな(?)』

 その後、富士山が世界文化遺産になりまして、少し事情が変わりました。森進一さんがズバリ「富士山」という曲を出したんですよね。
 とはいえ、これは「演歌」とは言えませんね。ワルツ歌謡とでも言いましょうか。とてもいい曲です。
 作詞作曲は「千の風になって」の新井満さん。新井さんらしく、シンプルな詩、シンプルなメロディーですが、それがなんとも心にしみます。
 そしてなんと言っても森進一さんの歌唱が素晴らしいですね。こういうシンプルな曲、それも三拍子のスローテンポな曲は、実は日本人は得意ではない。私はカラオケも歌わない人間ですので、偉そうなことは言えませんけれども、たぶん難しいですよ、素人には。
 あらためて森進一さんという稀有なボーカリストの才能に脱帽いたします。世界の音楽シーンの中でも、彼の個性は際立っていると言えましょう。
 美空ひばりや初音ミクが超一流であることは、おそらくどの国の人たちにも理解されると思います。では、森進一さんはどうでしょう。もしかすると、半分くらいしか理解できないかもしれない。もしかすると、ビリー・ホリデイと同じ範疇に入るかもしれませんね。
 この曲、編曲は千住明さん。シンプルなメロディーに、ちょっとしたスパイス(コード)を与えていい仕事をしています。
 この曲は合唱曲にして、生徒たちが歌ってもいいかなと思ったら、すでにこちらそういう試みがされていました。このアルバム、面白そうですね。

Amazon 富士山
 素晴らしき富士山

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2016.07.03

日下公人・加瀬英明・竹本忠雄 『世界と日本の現在(いま)』

 前中のNHKの番組で憲法改正への意欲を示した自民党谷垣幹事長に、午後お会いする機会がありました。
 どうなんでしょうか、頻発するテロが、参院選にどのように影響するのか。在外邦人の命を守るためには、明らかに現状の憲法は足かせになっています。
 先日、防衛省関係のある方とお話しましたが、そこでもやはり、中国の脅威、北朝鮮の脅威と対峙するためには、どうしても憲法改正が必要だということになりました。現在の自衛隊は本当にがんじがらめの中で一生懸命やっていると。もどかしいと。
 何度かこのブログにも書いてきたとおり、私は横田めぐみさんと同い年、幼少の頃一緒に遊んだ仲です。拉致問題についても、防衛の最先端にいらっしゃる方とお話しましたが、やはり現憲法下では救出に行けないと嘆いておられました。
 では、私も改憲派かというと、そこは非常に微妙なところです。
 正確に言うと、私は憲法改正派ではありません。かと言って護憲派でもありません。しかし、もしかすると「改憲派」ではあるかもしれません。
 そう、私は憲法を改正すべきだとは言わず、憲法は「改定」すべきだと言ってきたわけです。
 また庵主は玉虫色なことを言っていると批判されそうですね(笑)。まあそう言われても全然構いません。自分は逃げているつもりはありませんので。
 自主憲法制定というのは、現状においては、実質的に不可能です(解釈改憲がとやかく言われている現在、真新しい憲法の条文の一言一句を問題なくまとめるのは無理)。
 だから、実状に合わせて一部を「改定」あるいは「改訂」するのが良いと考えるわけです。明らかにおかしいところがいくつかありますし、私学人としてはですね、現状では私学助成金が憲法違反となってしまうので、89条は早く改定してもらいたい。
 護憲派の言うように、一言一句直させないというのも行き過ぎです。
 …と、憲法の話になってしまいましたが、昨日の続きとして、先週の対談「世界と日本の現在」をここに貼り付けておきます。ま、実際のところ、保守派の皆さんは改憲ありきの立場の方々ですので、自然そちらに話が行きがちですすが。

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2016.07.02

西尾幹二・中西輝政・小堀桂一郎 『世界と日本の現在(いま)』

 に地球的規模の大仕事(?)が入りまして、時間がなくなっております。今後、ブログの記事は多少短めになるかと思います。あるいは、今日のように他人の褌で相撲を取る、人の太刀で功名するという形になるかもしれません。スミマセン(いや、その方がいいという人も多いかも…苦笑)。
 先週の土曜日に放送されたものを二倍速で拝聴いたしました。保守の論客お三人と水島総先輩(高校の先輩です)の興味深い対談。
 先日、西尾幹二さんに初めてお会いしてお話をさせていただきましたが、これからこちらの皆さんのような保守の重鎮の方々、保守の本丸の方々とのご縁も大切にしていかねばなりません。
 それにしても、安倍さんも大変ですね、リベラルからも保守からも怒られて(笑)。両翼から怒られるということは、これはバランスがいい証拠かもしれませんね。ちなみに私も両方と同じくらいのおつきあいがありますが、どちらからも「う〜ん」と言われてしまう。それこそが実は中庸の王道を行っている証拠であるととらえています。
 左右両方の翼がないと飛べません。私は飛びたいから、どちらか一方を捨てる気にはなれませんし、その先にある統合、不二一体化を目指したいと思います。

 ちなみに今日はこのお三人に続き、日下公人さん、加瀬英明さん、竹本忠雄さんのお話が聴けます。明日以降、ネットでチェックしてみてください。

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2016.07.01

ザ・ビートルズ 『ヘイ・ジュード(リハーサル)』

 れは興味深い動画ですね。
 ビートルズの楽曲の中でも特に日本で人気のある「ヘイ・ジュード」。たしかに名曲です。
 私がこの曲を初めて意識的に聴いたのは小学校5年生の頃だと思います。友人の家で聞かせてもらった記憶があります。
 その時の印象は「なんか恥ずかしい」でした(笑)。すなわち、コテコテ感が強すぎて、すごくいい曲だとは思わなかったのです。
 それはおそらく、東洋人としての私の本能的な感覚であったと、今となっては想像されるわけです。
 とういのは、この曲の冒頭部分は、アウフタクトで始まり、トニックからドミナントへ、さらに属七の和音になって、再びトニックに戻るという、およそ東洋音楽、日本の音楽にはありえないコード進行をしているからです。
 少年である私が味わったあの違和感は、おそらく明治維新以降に突如流入した西洋のクラシック音楽を聴いて、当時の日本人が吐き気を催したというのと、根本では同じ感覚であると思われます。
 その後、私はすっかり西洋近代音楽に馴らされてしまい(?)、この曲を超名曲と捉えるようになってしまいました。そう、とたえば、あのヴィヴァルディの四季の冬の二楽章、あの美しい冒頭部分は同じコード進行ですね。
 一方で、もう一つの違和感、これはクラシック音楽の理屈を知ったからこその違和感でもあるわけですが、そう、なんとサビが五度下(四度上)に転調しているんですね(これを転調としない考えもあります)。
 盛り上がるところで五度上げることはありえても、下げることはありえないという、勝手な常識からすると実に不自然な展開です。
 まあ、そんなところか、ビートルズのすごさであるわけですがね。継承と破壊によって創造した。
 そんなヘイ・ジュードですけれども、このリハーサル風景は、1968年7月30日のEMI第2スタジオでしょうか。
 ジョージがなんか不機嫌なのは、アレンジをめぐってポールと対立したからでしょう。これはけっこう有名な話ですよね。
 そういう衝突も含めて、ビートルズという4人で一つの有機体が、どのように歴史的遺産を創造していったのか、それを垣間見ることができる貴重な映像であるたと思います。
 私は英語が分からないので、彼らがなんて言ってるのか分かりません。誰かおしえて下さい。
 ちなみにこの曲の明快な歌詞の構造はこうだそうです。なるほど。

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