情報化とは何か
昨日から今日にかけて若き物理学者と語らいました。非常に面白い発見が多数あり興奮しました。
宇宙、素粒子、経済、宗教…本当に多様な話をしたわけですが、特に印象に残り腑に落ちたのは「情報」についてです。
まだまだ詳しくは書けませんけれども、とりあえず私たちは今、修行、訓練の場にいることはたしかです。
ここ3次元の世界は、私たち人類にとってはまさに修行の場であります。
私たちはこれまで、特に科学を通じて、3次元における物質の性質を発見、理解し、それをコントロールして、様々な「整理」を行なってきました。
それは基本的に物質自身に整理する(整理される)力(相互作用)があるからです。身の回りの風景、たとえば都市を見ると、混沌を見事に整理してきた歴史を見ることができますし、それ以前に自然界の様々な現象を見ると、自然自体にも整理能力があることが分かります。
今、この3次元世界もどんどん抽象化、情報化が進んでいます。物質を離れつつある。
経済(貨幣)もそうですし、こうしたインターネットのようなサイバー空間もそう、子どもたちの遊びも情報化していますし、マイナンバーなどの社会システム、選挙に象徴されるように政治の世界もまた情報化しています。
物質文明に慣れてきた私たちは、そこに違和感や危険を感じもしますが、一方でその利便性に流される、いや取り込まれているのも事実です。
つまり、私たちの意識や行動自体が情報化していっているわけです。
しかし、はたして、かつて私たちが物質の性質をある程度理解していたように、情報の性質についてどれほど知っているでしょうか。
といいますか、最先端の物理学の世界においても、高次元宇宙に存在する情報の性質はいまだ解明されていない。
だいたいが、ここは3次元であり、たとえばインターネットもあくまで3次元の物理的なデバイス上での情報のやりとりであるので、その情報の半分は3次元的な振る舞いをしてしまう。
結果として、ネットはカオスです。玉石混交。それをせいぜい、ネトウヨとネトサヨのような二元論的な対立構図でしか整理できない。私たちの祖先が、原始に自然界の物を整理しはじめた時のように。
まさに修行、訓練は始まったばかりなのです。
高次元の情報の性質を知り、それをコントロールできるようになると、私たち人類の抱える様々な問題は解決します。
私たちは「意識」を持つがゆえに、実はその情報の世界にアクセスすることができます。脳はある意味、高次元にアクセスするデバイスなのです。肉体は3次元にとらわれますが、意識は時空を超えることができますよね。
私たちは、実は日常的に、情報の相互作用(自己整理能力)を体感しています。あの人とは気が合うとか、シンクロニシティとか、感化とか、引き寄せとか。
そう考えると、まさに人類は歴史的折り返し地点に立っているのではないか、というのが私たちの結論でした。
そして、その折り返し地点には、鏡がある。私たちの未来は実は原点に帰ること。さまざまな分裂、分析、対立が、再び統合、融合されていく。ビッグバンの前の状態を発見するがごとく。あるいは神話(記紀)を後ろから読んでいくように。
たとえば原子力の問題にしても、核分裂から核融合へ。これは実に象徴的です。
先ほど書いたように、私たちは未知の領域に対面すると、最初、違和感や危機感を抱きます。相手を敵と見なします。そこから修行は始まります。原子力に対する反発、あるいは様々なシステムのオンライン化に対する忌避感情というのは、そういうものなのかもしれません。
それをどう乗り越えるか。私たち人類に課せられた試練であり、天命であると思います。
ちなみに私はこういう世界観、宇宙観を「モノ・コト論」で解釈しています。いかにも文科系な発想ですが、古い日本語にはある種の科学性があると思っているからです。さすが優秀な物理学者はそれを完全に理解してくれました。理系と文系もこうして自然に融合できるのだなと、実に嬉しかった次第です。
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