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2016.02.29

蟹のカノン(バッハ)と回文

 まり知られていませんが、私は短歌をやっています。ちゃんとした結社に入って毎月歌稿を出しています。
 どうも最近、以前のように調子よく歌ができず悩んでおります。そこで、ちょっと気分転換に、回文短歌(前から読んでも後ろから読んでも同じ歌)でも作ってみようかなと思ったら…全くできない。そりゃそうだ。
 回文自体作ったことないし、できる予感がしないのに、いきなり五七五七七なんてね(笑)。
 いや、あるんですよ、有名な回文短歌(和歌)が。

長き夜の 遠の睡りの 皆目醒め 波乗り船の 音の良きかな
むら草に くさの名はもし 具はらは なそしも花の 咲くに咲くらむ
惜しめとも ついにいつもと 行春は 悔ゆともついに いつもとめしを

 見事としか言いようがありません。素晴らしすぎですよ。ちゃんと意味通じるし。
 回文という文化は世界中にありますが、それはほとんどが英語の「Madam, I'm Adam」のように、文字の回文であって、音の回文ではありません。
 日本語は開音節、かつ基本一文字一音という特殊な言語・文字文化を持っているので、音の回文が可能になります。これってすごいことですよ。
 これはどちらかというと、バッハの音楽の捧げものにある「蟹のカノン」に近い。というわけで、上の動画をぜひ御覧ください。回文とはちょっと違うけれども、もっと高度なことやってますよね。まさに未来的視点がないとできない。
 正確な意味で回文的な音楽というと、ハイドンの交響曲47番の3楽章でしょうか。ま、これも最初と最後だけが回文になっているんですがね。

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 そう言えば、最近、ネットで評判になった見事な(?)回文がありました。小学校6年生になるという女子の作品(笑)。

イタリアでもホモでありたい

 うん、これはなかなかシンプルだけれども深いぞよ(笑)。シンプルさって大事ですよね、こういう遊びは。
 世の中には回文作家さんというのがいて、ほんといろいろ頑張ってくれていますが、この少女にはやられましたね。アマチュア、いや子どもの恐ろしさです。
 大人な回文については、こちらで楽しめます。まあ、よくやるわ(笑)。日本人ってすごいですね。
 皆さんもぜひ作ってみてください。

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2016.02.28

絶望=苦悩ー意味

Th_f6bfb36bc55e42a2e6bd0987de490399 日は我が高校の卒業式。私は今年も司会を仰せつかりました。
 式中、名誉校長である正眼寺の山川宗玄老大師さまが、とても心に残るお話をしてくださりました。
 私もかつて、「爆笑問題のニッポンの教養」の東大福島智先生の回で出会ったこの言葉(最近忘れてました)を引用して、私たちの生きる意味を語ってくださったのです。
 ご存知の方も多いと思いますが、この「絶望=苦悩ー意味」という「公式」は、ナチスの強制収容所から生還し、のちに『夜と霧』を著した精神科医ヴィクトール・フランクルの言葉です。
 もちろんフランクルの苦悩ほどではないにしても、人間なら誰しも苦悩を味わいます。人生は苦悩の連続だと言ってもいいでしょう。
 そこに意味を見出さなければ、それは絶望となる。意味のない苦悩こそが絶望である。しかし、そこに意味を見つければ「希望」となる。そういうことでしょう。
 そういう解釈をすれば、単に移項して「絶望+意味=苦悩」という式を作るだけでなく、もっと積極的に「苦悩+意味=希望」という式を立てたいですね。
 最近、仲小路彰の未来学から学んだ「未来から現在の意味を読み取る」という考え方は、まさにこの「公式」につながります。
 今起きている、苦悩、衝突、矛盾、対立、災害、戦争…それらの未来的な意味、すなわち、希望をそこに見出すことこそ、私たちのなすべきことです。特に日本人はそれが得意だったはずです。私の日本語的な解釈からしますと、「言霊」とは実はそういう考えたのことです。それについては、いつか書きます。

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2016.02.27

『南洲手抄言志録』 (西郷隆盛・秋月種樹編)

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 日の記事で紹介した斎藤実の書ですが、これは西郷隆盛が佐藤一斎の『言志四録』から自ら選んだ101篇のうちの一つです。
 それを秋月種樹が編集し、山県有朋が題字を書き、勝海舟が詠詩し、出版されたのが、「南洲手抄言志録」です。
 その全編をこちらで読むことができます。
 西郷隆盛セレクトの座右の銘ということで、後世まで大変人気がありました。最近の政治家さんでも、これらを引用する方がいらっしゃいますね。
 我が家の斎藤実の書は「三十七」にありますね。

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 秋月の評に関しては、勉強不足でよく分かりませんが、この漢文自体の意味は次のようになるでしょうか。
「いつわることができないのは人の情である。あざむくことができないのは天の理である。それを人は皆知っている。
ひょっとすると、人は知っている(と思っている)のだが、実は未だに知らないのかもしれない」
 分かっているようで分かっていない。すなわち、私たちは人情や天理に反することばかりしてしまうということでしょう。それを自らの戒めとしたのが西郷隆盛であり、斎藤実であり、鈴木貫太郎であったということでしょう。
 深い言葉ですね。

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2016.02.26

二・二六事件から80年

Th__20160228_15_20_51 日はかの二・二六事件から80年目の日です。
 不思議なもので、昨年の夏から突如として、私たち夫婦はこの事件に巻き込まれました。80年後にです。
 何を言っているのか、頭がおかしい夫婦なのではないかと思う方もたくさんいらっしゃるでしょうね。それはそうです。
 しかし、私たちの話を聞いた方は皆さん信じてくださります。あまりに不思議で、かつ必然的なことが連続して起きすぎました。
 その発端はこの事件の現場であった旧首相官邸(現首相公邸)を訪問したことにありました。それも、二・二六事件に深く関わるお二人の歴史的偉人の魂と一緒に…もうその時点で怪しいですが(苦笑)。
 さて、細かいことはとてもここには書けませんので、もしお知りになりたい方は、ぜひ我が家においでくださいませ。今月11日に一つの結論に達しましたので、ある意味気持ちよくお話できます。
 その際には、我が家の和室にお通ししますが、その和室の床の間には上の写真のごとく、いくつかのお作品を安置させていただいています。
 写真で言いますと、右の掛軸は、昨年の今日書いた記事にあるように、この事件に裏で大きく関係している出口王仁三郎の書「聖寿萬々歳」です。その前に鎮座するのは王仁三郎の耀わん。
 左の軸は、二・二六事件で殺害された時の内大臣、斎藤実の書です。為書が「鈴木君清嘱」となっています。昭和3年、当時の状況を考えると、この鈴木君は鈴木貫太郎のことだと思われます。
 斎藤実と鈴木貫太郎は海軍時代から非常に親しい仲だったわけですが、この昭和3年を境に、二人の運命は多く動いていきます。
 翌年、鈴木は侍従長になり、斎藤は再び朝鮮総督に任じられ、のち軍縮会議に出席したり、総理になって国際連盟脱退を決断したりします。
 ちなみに軸に書かれている文は「不可誣者人情、不可欺者天理、人皆知之。蓋知而未知」は西郷隆盛の座右の銘。のちに「モーニングを着た西郷隆盛」と言われたり、二・二六事件の青年将校側の中心人物であり、我が家にも深い関係のある安藤輝三に「西郷隆盛のような人だ」と言わしめたりしましたので、先輩である斎藤実にこの文の揮毫を頼むことは充分可能性があります。
 昭和天皇、出口王仁三郎、斎藤実、鈴木貫太郎、安藤輝三…まさに当時としては敵味方入り乱れている状況ですが(笑)、しかし、彼らがそれぞれ理想として未来は一つとも言えます。
 こうして80年後、呉越同舟で未来の日本の平和、地球の平和を祈り、考えるというのは、霊界的には自然なことなのかもしれません。そんな「舟」に我が家がなれれば幸いであります。
 あっ、もう一つ忘れてはならないこと。斎藤実は富士高天原再興運動、すなわち宮下文書研究会「富士文庫」の顧問でありました。不思議な縁です。

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2016.02.25

高松宮妃喜久子さまの「二・二六事件」観

Th_a0287992_2251181 よいよ明日は二・二六事件から80年目の日となります。実際には2月26日の早朝での出来事でしたから、準備などを含めると25日から事件はほとんど始まっていたと言えますし、逆に26日朝には一通りのことは終ってしまっていた…結局それ以上の進展はなかったわけです。
 昨年の夏から突然、この事件に関する加害者、被害者両方とご縁ができてしまった我が家。ほとんど一緒に住んでいるようなものです(マジです)。
 最近、大変な能力をお持ちの方に言われてハッとしました。なぜ「今ここ」に彼らがいるのか…それは、一緒に勉強がしたいからなのだそうです。決して恨みつらみではなく、また加害被害といった対立関係ではなく、純粋に日本の平和、地球の平和を望んでいたからこそ、事件には「未来的」な意味があるのです。そこをしっかり見極めなければならない。
 一つの大切なヒントとして、今日は高松宮妃喜久子さまの二・二六事件に関する発言を復習してみたいと思います。先日紹介した菊と葵のものがたりに載っている文章です。
 昭和天皇と秩父宮の両方を、ある意味客観的に見ていたであろう三男の高松宮。実は最もよく事件の「未来的意味」を知る人だったのかもしれません。
 ちなみに、昭和11年の2月26日は、高松宮さまが強い影響を受けた歴史哲学者の仲小路彰の35歳の誕生日、その日でした。
 では、お読みください。

 …お兄さまを語るとすれば、やはりどうしても避けて通れないのは、昭和十一年の二・二六事件ではないでしょうか。  殿下が事件渦中の人物であったかのような風説が、今も根強く残っています。それにはそれなりの事情があると思いますが、事件について私は、お兄さまからも宮さまからも、説明らしい詳しい説明を殆ど聞かされておりません。軍の御公務や国の重大事に女性が口をはさんだり、余計な質問をしたりするのは、慎むべきこととされておりました。お姉さまなんか、殿下が連隊から御帰邸になってガチャガチャお外しになる軍刀ですら、素手ではお受け取りにならなかった。お着物の袖でお受けになるんです。海軍は短剣を神聖視したりしないから、うちではそんなことしませんでしたけどね。とにかく御公務の関係は、直接触れてはならない別格の分野で、宮さま方も、私たちには何もおっしゃいません。  それでも、各種の風説は目や耳に入って参ります。秩父宮は北一輝の国家改造案をよく読んでおられて、革新派将校たちに極めて同情的、彼らの景仰のまとだったとか、青年将校の一人は、宮さまが、決起の際一箇中隊引率して迎えに来いとおっしゃったのを聞いている、叛乱軍は秩父宮と相談の上で立ち上がったのだとか、事件直後の秩父宮の御上京に陛下が激怒されたとか、もっとひどいのでは、昭和維新成就のあかつき、今の陛下に代わって秩父宮が天皇になられる予定だったとか、そういうものまでございました。先ほど申しました通り、憶説の生まれる原因はあるんでして、当時弘前の歩兵第三十一連隊の大隊長だったお兄さまが、事件勃発の日の晩、すぐ列車で東京へ向かわれたのも事実ですけど、それに想像の尾ひれがついて伝わると、隊務を差し置いて休暇を取って、何しに上京されるのか。翌日雪の中を水上駅まで、皇国史観超国家主義の東大教授平泉澄博士がお迎えに行って、拝謁を願い出、車中殿下と懇談しているが、あの歴史学者は一体何を申し上げたのか。叛乱軍の中心人物、「安藤立てば歩三立つ」と言われた東京の歩兵三連隊の安藤輝三大尉は、秩父宮があの連隊の軍事教官だった時の教え子、こよなく目をかけて戴いた部下、殿下の方も革新派の安藤大尉から思想上相当大きな影響を受けておられたにちがいないー。  私よくわかりませんけど、真偽取りまぜてのこういう風説が憶測を呼んで、湯浅内大臣のような人にまで疑惑を持たれ、秩父宮はやはり大分あちら側へ傾いていらしたというのが、だんだん定説化していったのではないでしょうか。そんなのちがうと、私は思う。昭和十一年二月二十六日の朝、弘前へ一番に電話をお掛けになったのは、うちの宮さまですよ。第一師団の革新派将校たとが、相当な部隊を動員して重臣を襲撃したらしい、多くの人が殺されてしまって陛下のおそばに頼りになる者だれもいないようだという弟宮の第一報をお受け遊ばして、やがて上京の決心なさるのは、自分たちの手で陛下をお助けしなくてはと、はっきりそのお考えからでした。二十七日の夕方上野へ着くと、そのまま参内していらっしゃいます。陛下はそれをお喜びになったと伺っております。叛乱軍の意を体して天皇説得に行かれたのではありません。まして、君に二心をお抱きになるなんて、そんな順逆を誤ったことあり得ない。かつて御自分のいらした歩兵三連隊の将校団に対する懐かしいお気持ち、部下だった純真な若手将校たちとの日常的な御友情とそれとは別です。お兄さまはこの件に関し生涯、弁明も、通説への論駁もなさいませんでしたけれど、お姉さまが例の晩年の御著書の中で、「国家の軍隊を自分たちの考えで勝手に動かし、陛下の御信頼篤い重臣たちを殺してしまった彼らを、お許しになるはずありません。お怒りは大きかった」という意味のことを言っていらっしゃいますよ。

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2016.02.24

山梨県は東京?

 日は軽くて重い話。
 山梨県民、それも外から来た人間(宇宙人)としては、この山梨の独特の風土、文化は実に興味深い。研究、いや観察の対象として飽きない。
 東京の隣の県でありながら、この自然環境、そして江戸時代さながらの生活習慣。
 かつては流刑地となるほどの「生黄泉」の国だった甲斐ですが、鎌倉時代以来東の勢力が強くなり、とうとう江戸に国の中心がやってくるに至って、ずいぶんとその地位は変わってきました。
 そう、江戸時代、甲州と江戸は実に密接な関係がありましたよね。甲府を中心とする「国中」は言うに及ばず、富士山周辺の「郡内」は、富士講によって独特な江戸との結びつきを持つに至りました。
 その時に、江戸の文化が流入してるんですね。それが残っている。
 で、そんな微妙な位置関係にある甲州と江戸というか、山梨と東京。今では、高速バスで1時間半ちょっとという便利さもあって、山梨の人は東京に遊びに行くことが多いし、その逆もまたよくある。私もしょっちゅう行き来していますよね。
 10年もすればリニアが開通して、なんと15分という恐ろしい「近さ」になります。ますます、山梨は東京になっていくのでしょうか?いやいや…山梨の閉鎖性はそんな軟弱じゃないですよ(笑)。
 というわけで、ちょっと面白い地図を紹介します。かつて山梨は「東京府」だった!?

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 これは明治36年(1903年)に作成された「府県廃置法律案」の地図です。ちょっと見にくいのですが、山梨はちゃんと「東京府」になっています。
 全体を見るとなかなかすごいですね。28道府県に分かれています。実際、この案は議会で成立せずお蔵入りになってしまったわけですが、ここのところの道州制論議よりも案外大胆かつ実際的だったりします。
 山梨は長野や神奈川に吸収されてもおかしくなかったのですが、たまたま、この年、明治36年に笹子トンネルが開通して、中央線が新宿から甲府、韮崎までつながりました。そういう流れと、甲州財閥の発言力などから、見事「東京入り」が果たされたのだと思います。
 もしこの案が通っていたら…「私東京の富士山に住んでます」って感じになっていたんでしょうかね(笑)。
 先ほど書いたリニアの件も、実は明治時代の甲州財閥の力の名残りといえば名残りですよ。鉄道王の力が金丸信に受け継がれ、リニア実験線の山梨誘致につながったわけですから。恐るべし甲州人の執念、いや怨念(笑)。
 この地図、それぞれの地方でよく見ると実に面白いですね。皆さんの県はどうなっていますか?
 宮城県が仙台県になっているのは「宮城(きゅうじょう)」との関係でしょうね。そうそうこの前、カミさんが「宮城事件」を「みやぎじけん」と読んでました(笑)。

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2016.02.23

太母さん(菊池霊鷲さん)

 士山の日である今日は、富士山に縁の深い仲小路彰に関する読書会。テーマは「人間は人間をいかに理解するか」「二十世紀人の悲劇」、そして「明るい未来」。大変充実した時間を過ごさせていただきました。
 またいろいろな出会いがあったわけですが、急遽会場に使わせていただいたお宅のご主人さまが、なんと菊池霊鷲さん(太母さん)と昵懇の仲であったという驚き。
 なにしろ、昭和57年に京都国際会議場において太母さんが主催された「宇宙から見た地球の平和会議」で総合司会をされたそうでして!…すごすぎる。
 その後、富士山麓は山中湖のお宅に太母さんが何度か訪ねて来られたとのこと。
 そして、私、あとで「ん?」と気づいたのですが、一昨年、東京の某所に導かれて行った際、太母さんの娘さんである菊池静流さんとたまたま同席して、いろいろお話していたんですよね。なんとまあ。不思議すぎるご縁。
 そんなこんなで、紹介していただいたのが、この動画。これはすごい。
 そのご主人もおっしゃっていましたが、仲小路彰と太母さんは全く同じことを言っているし、人を集めず、重要人物に直接伝えるという方法も非常に似ている。本当のことを言う時は、名前を隠す。
 なるほどなあ、こういうところでつながっているんだなあと、この世の「しぐみ」に驚きを禁じえませんでした。霊界ってやっぱりあるなあと。
 富士山の日のお導きです。リアルな出会いもドキドキワクワクですが、こういう霊界とのご縁もまた私にとっての大きな動機付けとなります。
 今日のお話の中でも出ました「霊五体五」ということを、これからも大切にしていこうと思います。
 いやはや、過去の偉人たちが未来に投げたボールはでかい、でかい(笑)。ちゃんとキャッチしなきゃ。

菊池霊鷲(太母-たも)プロファイル

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2016.02.22

三浦環 『永遠なる女性』 

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 日は猫の日、竹島の日…そしてあの歌手の誕生日。
 そう、今日のGoogle、三浦環でしたね。富士山らしき山も背景に見えます。
 今日は三浦環の132回目の誕生日。
 昨日の高松宮妃喜久子さまとも、仲小路彰、川添浩史を通じてご縁があった…と思います。なにしろ、川添の最初の奥さんはピアニストの原智恵子ですからね。
 ここのところ、そのあたりの方々が動いていますね。
 今日は、3年ほど前に初めて聴いた仲小路彰作詞作曲、三浦環歌、原智恵子ピアノの「永遠なる女性」を特別聴いていただきましょう。
 「永遠なる女性」については、こちらに書きましたが、音は聴いていただけませんでした。今回は、この特別な日、タイミングに期間限定公開します。ぜひ、お聴きください。

永遠なる女性

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2016.02.21

『菊と葵のものがたり』 高松宮妃喜久子 (中公文庫)

Th_41awg7kje4l の本が届き、あまりの面白さに一気に読み終えたところ、一本の電話が。その後その電話の主とお会いしていろいろお話する中にも、やはり高松宮様のお話が。ここのところのシンクロ具合は、はっきり言って科学的な確率を超えています。まさに量子脳理論の世界ですね。
 変な話、霊界は私たちの現界とは時間や空間の構造が違います。かと言って完全に自由ではないようですね。霊界の住人も、現界に来ると私たちと同じように不自由になるどころか、ある場所に縛りつけられてしまうこともあるようです。地縛霊ってそういうことでしょうかね。
 それはいいとしまして、とにかく、この本の面白さは尋常ではなかった。数年前の私なら全く興味のわかない本なのかもしれませんが、今の私にとっては、まさに霊界から「今、ここ、私」の意味を教えてくれる良書でした。
 なぜ私がこの本をこのタイミングで注文したのかというと、いよいよ「高松宮日記」を読むことにしたからです。その前に、前座と言ってはなんですが、導入としてお妃様の文章を読んでおこうと。
 それなりに姿勢を正して読み始めたら、まあ面白いこと、楽しいこと。スピード違反や喜久奴の話など、本気で笑ってしまうエピソードはもちろん、その他にも意外な発見に膝を打つこと数十回という感じでした。
 本当に魅力的な女性です。豪胆でお茶目、なのに実に品がある。日本女性はかくあるべきなのでしょう。
 また、高松宮さまの、たとえば硫黄島でのエピソードなど、感動の涙を禁じ得ないお話もありました。
 そんな中で、ワタクシ的に「分かった」ことは、なるほど、高松宮ご夫妻は「和」「国譲り」の体現者であったのだなあということ。やはりそうかと思いました。
Th_a01718cefd832051d22f4fcbc38e14ba 高松宮さまの平和に寄すにもあるように、高松宮さまも聖徳太子の「和」の精神を特別に大切になさっていました。ちょうど来月修学旅行で訪問する中宮寺が、有栖川家と縁が深く、現在のあのモダンな堂宇は喜久子さまのご発案で造られたものだったとは、恥ずかしながら知りませんでした。
 そして、喜久子さまのおじい様である徳川慶喜についても、なるほど「国譲り」の発想で考えたことはなかった。
 たしかに、近過去に対立した「菊」と「葵」が和した、互いに譲りあったご結婚ですよね。まさに公武合体の完成。
 高松宮ご夫妻に「和」「国譲り」を意識させたのは、そう、あの仲小路彰です。仲小路の盟友、キャンティ創設者の川添史郎(浩史)は、高松宮さまの民間ブレーン(光輪閣支配人)でした。
 昨日の「録音術」の主、細野晴臣さんと同様、高松宮ご夫妻は、川添さんを介して昭和の天才仲小路彰に大きな影響を受けているわけです。いや、小島威彦さんの本によれば、高松宮さまを通じて昭和天皇もまた仲小路彰の愛読者であったとのこと。まあ、それは事実でしょうね。ほかにも証言者がいますので。
 また、有栖川家と喜久子さまの関係を考えますと、あの出口王仁三郎のことも思い浮かべずにはいられません。気づいている方がいるかどうか、王仁三郎の書は明らかに有栖川流の書ですよね。
 ところで、高松宮さまに毎月届けられていた仲小路彰の書物は今どこにあるのでしょうか。国立歴史民俗博物館の高松宮家伝来禁裏本目録にはないようなのですが。気になります。
 光輪閣や文化建設会は現在しっかり機能していません。いろいろな意味で、有栖川家、高松宮家という、表面上断絶してしまった(国譲りしてしまった)宮家の魂の復活の時が来ているのかもしれません。とすると、秋篠宮家が鍵を握っているということでしょうか。
 最後に、高松宮さまのお言葉をここに刻んでおきます。

 我々皇族は基本的に国民のみんなが守ってくれている。守られていたからここまできているんで、護衛官を仰々しくつけたり装甲車を張り付けたり、そういう必要は全くない。もしそうしなければ守れないような皇室だったら、もう何百年も前に滅んでいる。

Amazon 菊と葵のものがたり

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2016.02.20

『細野晴臣 録音術 ぼくらはこうして音をつくってきた』 鈴木惣一朗ほか (DU BOOKS)

Th_816cwnkeccl 日は早朝5時から仲小路彰の研究会。朝活というよりも、ほとんど寺の修行ですね(笑)。気持ちいいものです。
 会員の中にはプロのミュージシャンの方がいらっしゃり、今日も何かの関係から音楽の話になりました。降りてくる音楽と記録される音楽では、時間の流れ方が逆だという話。
 で、記録された音楽、たとえば楽譜を再現するクラシックというジャンルでは、いかにその過去の記録を「今降りてきた」ように演奏するかが大切。ただ楽譜のとおり達者に弾いてもダメ。
 つまり、音楽には時間の二重性があるというか、相反する時間が自然に共存するというわけですね。
 「録音」という「術」においても、全く同じことが言えると考えられます。
 仲小路彰に多大なる影響を受けたという細野晴臣さんは、そんな理屈は抜きとして、その音楽の本質をしっかり掴んでいた人だと感じます。
 そんな細野さんの「録音」を手がけてきた職人たちの証言集。これはたまりません。めちゃくちゃ面白かった。
 私はそれほど録音技術については詳しくないのですが、そのスタジオ的世界、コンソール的世界はなんとなく理解できますし、これってやっぱり男の人の仕事だろうなと感じました。自分の中の男のそんな部分が反応した。
 男って、まさに「シゴト」、すなわち「コトを為す」のが本能なんですよね。記録、記憶、記述という、私の言うところの「コト化」「カタる」のが本能なんです。
 それも、ただ記録するのではない。いつでも「今、ここ」に甦るように、「今、ここ」に生まれたかのように、あるいは降りてきたかのような、そんな生命力をも、そこに封じ込めたい。まさに「モノ」を「カタる」という物語行為です。
 その、とても高度な、歴史的な現場の空気が見事に伝わってくるので、この本は萌えるし燃える。そう、この本自体が生命の記録になっているわけです。
 もちろん、貴重な現場の資料を垣間見ることができるという、マニアックな萌えもありますが、それ以上に、現場の空気、つまりその時の「今、ここ」のエネルギーがしっかり語られているということが大きいわけです。
 本ですから音は聴こえません。それに、細野さんの作品を私も全部聴いているわけではないので、全く知らない曲の話もたくさん出てくる。それでも、なんかちゃんと1枚のアルバムを聴いたような感じがするのは、やはり、音楽にせよ、言葉にせよ、超一流の人たちが「シゴト」すると、その瞬間の「今、ここ」が、永遠の「今、ここ」になるからなんでしょう。
 エンジニアの皆さん、結局のところ、みんな自我へのこだわりがないのかなあとも思いました。絶対「自分の音」にこだわると思うのですが、まさにこだわってこだわった結果、他者性にたどり着くという、「コトを窮めてモノに至る」的な世界なんだなあと。職人というのは、そういうことなんでしょう。
 カミさんは「何が面白いの?」という感じでした。そりゃそうでしょう。女には分からないだろうなあ…この世界(笑)。

Amazon 録音術

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2016.02.19

島倉千代子 『からたち日記』 (遠藤実作曲)

Th_3410 日、「昭和の巨星スペシャル 作曲家 遠藤実~大衆の心に、今も鳴り響く5000曲~」の再放送がありました。
 あらためてその豊かな音楽性に驚嘆させられました。
 久しぶりに聴いて、やっぱりすごいなと思ったのは、「からたち日記」です。この曲については、遠藤先生がお亡くなりになった時、こちらの記事で少し触れていますが、同記事に載せた動画が消えてしまったようなので、今日はあらためてここに貼り付けます。
 なんと言っても、縦横無尽に変化するリズム。すなわち変拍子ですね。長調と短調の間も行き来しています。
 まさに型にはまらない、日本の歌謡曲の懐の深さというか広さというものを感じますね。
 とにかく聴いてみましょう。

 どうですか。和風ワルツで始まりつつ…これはほとんどプログレというかフュージョンですよね(笑)。自然に歌い上げている島倉千代子さんもすごい。今日の番組によりますと、難しい長調の変拍子のこの曲を島倉さんがあえて選んだそうです。
 ふむ、この曲、ぜひ我がバンドでもやりたいなあ。古楽器バンドでやってもいいかも。型にはまった皆さんにお聞かせしたいですね。
 ライヴではこの映像が貴重ではないでしょうか。ワンコーラスですけど。

 あらためて、いろいろなタイプの曲を作った先生だなあと思いました。まさに「和」の精神です。いろいろなジャンルのいろいろな曲のエッセンスを吸収しつつ、それらを自然に組み合わせて(結婚させて)、新たな生命を生み出す。歌生みの巨人、遠藤実さん。

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2016.02.18

追悼 津島佑子さん

Th_2016021800000078mai00011view 宰治の次女…というより、現代を代表する女流作家である津島佑子さんがお亡くなりになりました。
 ご本人は太宰治の子であることを、意識的に公言しないできたようなところがありましたが、残念ながら?「文章のイケメンさ」はしっかり娘さんにも受け継がれているのでした。
 私は太宰の「文章のイケメンさ」に惹かれている人間なので、津島佑子さんの文章もそういう意味で好きでした。
 このブログでは、たった二度ですが、津島さんに触れていました。今日は故人を偲ぶ意味で、その記事を自分でも読みなおしてみたいと思います。
 最初は、こちら、彼女の本「快楽の本棚」の紹介。もう12年前なんですね。
 女性の性への関心という、男にとってのミステリー・ゾーンを垣間見たような気がしましたね。そういうある意味大胆なところはお父さん譲りというか…。
 私が彼女の文を読んだのは、実はこの本が初めてではなくて、2001年のセンター試験でした。問題は別として、うまい文章だなと思った記憶があります。
 次の記事は、昨年の6月、「物語る声…小林賢太郎テレビ」という記事です。その中で、京大入試に引用された「物語る声を求めて」を紹介しました。この文章いいですよ。ぜひお読みください。やはり、津島佑子さんは「モノ」の語り手だったのですね。
 いろいろな意味で山梨にも縁のあった方です。ご冥福をお祈りします。

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2016.02.17

量子脳理論と「ことば」と…

 日はある方々とおいしい夕食をともにいたしました。いろいろ深い、そして不思議なお話をして大いに楽しんだわけですが、その中でこの動画の話が出ました。
 昨年夏、モーガン・フリーマンさんの孫娘さんがお亡くなりになりましたね。悲惨な事件でした。きっとモーガン・フリーマンさん、さらにスピリチュアル度を深めているのではないでしょうか。あるいは、孫娘さんと交信しているかもしれませんね。
 量子論と脳科学を結ぶ、いわゆる量子脳理論のうち、ペンローズ・ハメロフアプローチを紹介しているこの動画、なるほど感覚としては、なんとなくありえそうな感じがします。私たちの体験的な感覚とはたしかに親和性が高い。
 私は科学者でも哲学者でもない「国語学」の徒なので、言葉と我々の実感との関係に興味がありますし、その分野でしか語れません。
 そういうある意味無責任な立場で放言すれば、私たちのこの生活実感、すなわち時間や空間に縛られている不自由さというのは、脳がそのように認識するように進化したのであって、実際の世界とは実は全く違うと思うのです。
 その点、言語というのは面白いもので、記号、象徴としての「コト」でありながら、私たちの脳ミソの限界を簡単に超えて、つまり時間や空間を超えてある種の共感、共鳴というモノを現出しています。
 そう、言語という脳ミソの産物が、実はその脳ミソ自身が自身にかけている制限を破壊して、世界、宇宙の実体・実態を予感させるわけです。
 だから私は言葉に興味があるわけですね。量子脳理論の世界観も、実は言語によって昔からずっと提示されているという考え方です。
 今までは、私たちは言語によって、自分自身を表現し、この世界(実感的世界)を分析することばかりに一生懸命になってきました。
 一方、純粋言語としての数字の世界、数学の世界では、私たちの実感を超えたところの世界を表現しようと、たとえば相対性理論や量子力学を発達させてきたわけですね。
 私は、それはそれで非常に重要であると考えますが、これからの科学は、人間の意識(たとえば科学から分離されてきた個人的な感覚)との関連を抜きには進歩はありえないと思っています。
 そこで重要になるのが「ことば」だというわけです。不純言語だからこそですね。
 さて、そういう新しい言語科学?の世界を切り拓けるのか、自分よ(笑)。
 とりあえず、出口王仁三郎と仲小路彰の「ことば」と格闘しています。彼らは明らかに宇宙と交信していますからね。
 とは言え、私一人ではとても無理です。とりあえず、保江邦夫先生にいろいろ教わりたいなあ。

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2016.02.16

誕生日の濃淡

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 日はある学年の担任の先生の誕生日でした。いろいろなクラスでサプライズ祝福があって楽しそうでした。
 どうもウチの学校では、ほかにも今日が誕生日の先生が何人かいるようです。私にとっては、今日は金正日の誕生日(光明星節)なんですがね(笑)。
 今日誕生日という人は全国に何人くらいいるのかなあ…。
 誕生日というのは自分で決められないわけですが、しかし、システム上は親がある程度コントロールすることができます。
 もちろん、計画妊娠的なものもありますし、最近では病院で出産日をある程度制御できる。また、学年の変わり目や年の変わり目で届け出を微調整したり、あるいは2月29日とか縁起の悪い日を避けるとか、人為的に濃淡ができるんですよね。
 今日たまたまそんなことを考えていたら、Twitterで上の画像が回ってきました。なるほど、これは面白い。
 数字は「順位」です。そして赤は順位が高い(すなわち人数が多い)、青は順位が低い(すなわち人数が少ない)ということだそうです。
 なるほど、濃淡がありますね。ちなみに今日2月16日は227位ということで、特に多いわけではない。
 1位の12月22日というのは、どういうことでしょうか。日本ではこの日が冬至になることが多い。すなわち、新しい周期の始まりの日ということで言えば、たいへんおめでたいわけですが、そんなこと意識して子作りしている人はいないでしょうね。
 ちなみに西洋、特にキリスト教圏では、やはりクリスマス・ベイビーを狙って12月下旬に生まれる子どもが多いそうなのですが、そうしますと、日本では日本の王、救世主である天皇陛下のお誕生日を…いやいや、それもなさそうですよね。
 冬至以外特に何もない日なんですがね。誰か有名人のお誕生日でもないし。
 ちなみに12月22日の266日前は3月31日です。266日というのは受精から出産までの平均日数です。ということは、エイプリルフール・ベイビーである可能性もありますね(笑)。
 第2位の4月2日はわかります。4月1日がエイプリルフールだから…ではなくて、ご存知のとおり、4月1日生まれまでが、学校では前の学年に配属されます。ですから、2位の4月2日生まれの人の半分くらいは、実は362位の4月1日生まれなんですよね。
 自分の誕生日も含めて、いろいろな濃淡を見てみると、いろいろ面白いことを想像することができますね。全体としては暖かい時に生まれる人が多いですね(ただしお盆は少ない)。 

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2016.02.15

涅槃会(涅槃図)

Th_134 日はウァレンティヌスさんの命日。今日はお釈迦様の命日。すなわち涅槃会。
 月江寺という臨済宗のお寺を母体とする我が校では、1校時に涅槃会の法要を行いました。
 昨日が日曜日だったので、今日の中高生は完全にバレンタインデーモード。特に女子は昨日家で作ったチョコやクッキーを持参しての登校ですね(ウチの娘たちも)。
 生徒たちはなんとなくキリスト教的な雰囲気は感じているとはいえ、バレンタインデーの起源なんてほとんど知らないわけですが…それこそなんとなく西洋的なオシャレな空気の中で登校したのに、いきなりお饅頭モードに(笑)。
 面白いですね。どちらかというと日本人は仏教徒なはずなのに、そっちの大切な三仏忌の一つ涅槃会なんて全然興味なくて、異教の聖人の忌日をお祝いする?なんて…さすが日本人です。これこそ「和」の精神であり、「国譲り」の智慧であります。
 そう、お釈迦様の教えを自信満々で持ってきた、あの頃の渡来僧たちが帰化僧になってしまった理由はそこにあったんですよね。
 日本人はほとんど無意識的にお釈迦様の教えを実行していたという発見と驚きと尊敬。
 というわけで、今日もなんか面白い状況でしたよ、涅槃会。
 月江寺の住職さんがいらしてくれて、そして涅槃図についてプロジェクターを駆使して説明してくださりました。私も知らないことばかりだったので、とっても勉強になりました。考えてみると、今まで細部をしっかり見たことがなかった。
 上の涅槃図の画像は、その月江寺に伝来している文化財です。一度生で本物を拝見したことがありますが、これはなかなかの名作です。室町初期の作品だと思われます。県内はもちろん、全国的にもかなり古い方に属します。
 塩山向嶽寺にも古い涅槃図が残されていますが、それよりも古い可能性があるとのこと。月江寺と向嶽寺との関係を考えると、もしかすると、これはもともと向嶽寺にあったものがもしれません。
 月江寺の文化財は、名作が多いし、保存状態もいいものが多い。代々のご住職や檀家の方々が大切にしてこられたのでしょう。
 今日生徒たちと、東西の聖人の忌日にちなんだいろいろなことを考え、感じた一日となりました。まあ、とにかくですね、千年も二千年も、いや二千五百年も語り継がれているというだけでも、すごいことですよね。まさに「有り難や」であります。
 

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2016.02.14

ハニートラップ

Th_limwp0jx_400x400 日はバレンタインデー。ウチの娘たちもせっせと友チョコ作りに励んでおります。
 ご存知の方も多いと思いますが、この日は3世紀の聖人ウァレンティヌスが処刑された日であります。それがどうして愛の告白の日になったのか、なんで日本ではチョコなのか…今ではネットに全て出ておりますので、ぜひお調べくださいませ。
 そう、日本ではこの日は女性から男性に告白する日とされてきましたね。かつての日本では、大和撫子はそんな積極的ではいけなかった。平安時代からの伝統ですね(笑)。
 たしかに私の青春時代、1970年代の終わりあたりでは、そういう雰囲気がありましたね。バレンタインデーだけは女性が積極的になっていい日と。
 そう考えますと、もしかすると歴史的に見れば、この日は「ハニートラップ」の日だった可能性もありますね。女性の積極性の極点としての「色仕掛け」。
 最近でいえば、議員辞職した宮崎さんの一件なんかも、もしかするとハニートラップなのかもしれないと思いました。報道ではそんな感じではありませんが、分かりませんよ。東国原さんもなんか言ってましたね、文春の女性記者がどうだとか。
 ゲスの不倫の一件は、さすがにベッキーの色仕掛けではないと思います。逆ハニートラップかな、あれは。男性慣れしていなかったベッキーがコロッと引っかかっちゃった。
 ハニートラップ…日本では、なんとなくドラマやアニメの世界、たとえばルパン三世の峰不二子ちゃんみたいな世界だと思われがちですが、今でも中国なんか普通に、日常的に、しかし国家的にやってますよね。自殺した可哀想な人もいたじゃないですか。
 考えてみれば、兵法三十六計の一つに「美人計」というのがあるくらいですから、さすが中国4千年の歴史ですね(笑)。
 旧ソ連もよくやっていた。ロシア人女性、きれいですからね。日本の要人もかなり引っかかったらしい。
 そう考えると、よく言われるように、女性が世界史を作ってきたというのも、まああながちウソではないかもしれませんね。昨日の「大世界史」には登場しない裏の歴史です。
 ウァレンティヌスさんの処刑にも、実は「女性による男性の戦闘能力低下」の問題が関わってきているのでした。つまり、バレンタインデーは、実は世界的なハニートラップの日とか(笑)。
 私なんか、罠にかける価値も全くない人間ですから、そんないらぬ心配、いやいらぬ期待(?)をする必要はないわけですが、なんとなく一生に一度くらいは経験してみたいような気もしますね。
 そう言えば、さって、娘たちとカミさん3人からということで、手作りチョコをいただきましたが、これってもしかして家庭内ハニートラップ?…危ない危ない、気をつけなきゃ(笑)。
 

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2016.02.13

『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』 池上彰・佐藤優 (文春新書)

Th_716qo7gffal 常に恥ずかしい話なのですが、私は実は歴史にかなり疎い人間です。なんとなく偉そうに歴史に関することをこのブログにも書き散らしてきましたが、実際は一般の方よりも歴史に対する知識、あるいは興味は薄っぺらい。
 これはこれまでの人生においてもコンプレックスでありました。高校時代、世界史の授業は本当にチンプンカンプン、全く興味を持てず、しかたないので受験では日本史を取ったのですが、共通一次ではたしか52点くらいしか取れなかった(笑)。
 一方で、そうしたコンプレックスによるカウンター攻撃なのか、いわゆる偽史や陰謀論にはまった時期もありました。
 そして、今。この歳になってようやく教養としての世界史や日本史を学ぼうという、ある種純粋な意欲が湧いてきました。いや、必要に迫られているとも言えるかもしれません。
 というのは、偽史や陰謀論までをも軽く包摂する、まさに「超世界史」を我が物にしていた、歴史哲学者の仲小路彰に関わるようになったからです。
 そう、「超世界史」にすんなり入っていけたのは、もしかすると、偽史や陰謀論、さらには様々な宗教の歴史観に触れてきたからかもしれません。今思えば、遠回りをしてよかった。
 そうした外堀的な知識と、それらに対するある種の抵抗力が、たとえばこの本の「大世界史」の内容の受容においても、しっかりプラスに働いていると感じました。
 かっこよく言えば、歴史という記述(コト)の裏側にある「モノ」も含めて、非常に巨視的に、しかしまたその雛型としての個人的な人間感情というものをも想像しながら学ぶことができるとういことです。
 この本でお二人が反発している「反知性主義」や「行き過ぎた実用主義」も、ある意味では歴史の一部であります。もちろん陰謀論や偽史も、それが存在している、そして少なからぬ影響を与えているという意味では歴史の一側面です。
 そういう観点からすると、お二人が重要視する「教養」「リベラルアーツ」は、もしかすると実証主義的な歴史学よりも、文学的な物語に近いのかもしれません。
 仲小路彰が歴史研究(過去の物語の再構成)を盛んに試みていた戦前には、日本の学問の世界にもそうしたある種の自由さがあったんですよね。もちろん、そこから戦争という未来の歴史も構成されていったわけですが、それすらも巨大な物語の中では、決して誤った歴史ではなく、必然的なものであったというのが面白い。
 この本でも近未来の予測のような物語が出てきます。はたしてそれが実現するのか、それとも全く違う物語がどこかで生まれるのか。実は日本と日本人がその鍵を握っていると思っている私であります…って、結局、そういう中二病的歴史観から脱していないんだよなあ(苦笑)。
 ま、それはともかくとして、とても楽しく読むことができた本です。目からうろこというのはこういうことを言うのでしょうかね。こういうふうに現代、あるいは近未来と結びつけた過去の歴史の学習なら、いくらでもできそう。
 なるほど世界史Aの教科書がいいんですね。そして、青木の実況中継、さらには受験サプリか。全部身近にあるので、さっそく勉強しなおしてみます。

Amazon 大世界史 現代を生きぬく最強の教科書

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2016.02.12

エイブラハム・リンカーンの誕生日にちなんで

Th_mountrushmore 2月12日。日本ではブラジャーの日です(マジです)。212という数字の並びが、そのものに見えるから…ではなくて、こういうことだそうです。私には関係ありませんね(笑)。
 さて、そんなブラの原型が出来上がる100年以上前の今日生まれた有名人がいます。
 そう、アメリカでは、今日は歴代大統領一番人気のエイブラハム・リンカーンの誕生日として(奴隷解放に反対していた南部を除いて)お祝いの日です。左の写真だと一番右の方です。
 奴隷解放の父として知られるというか教えられるリンカーンですが、実際には奴隷解放には積極的ではなかったり、インディアンをいじめたり、ちょっと美化されすぎなような気もしますね。まあ、そのへんに関して、南部の皆さんは複雑な感情を抱いているのでしょう。
 ところで、アメリカではリンカーンとケネディの不思議な関係について語られることが多いと聞きます。境遇が似ている上に、100年後の符合が多くあるらしい。

・リンカーンが下院議員になったのが1847年、ケネディが下院議員になったのが1947年。
                           
・リンカーンが大統領となったのが1860年、ケネディが大統領になったのが1960年。

・リンカーンが奴隷解放を達成したのが1863年、ケネディが公民権について下院で演説をしたのが1963年。

・リンカーンの後を引き継いだアンドリュー・ジョンソンは1808年生まれ、ケネディの後を引き継いだリンドン・ジョンソンはその100年後の1908年生まれ。

・リンカーンの後任大統領アンドリュー・ジョンソンはリンカーン暗殺の10年後に死亡、ケネディの後任大統領リンドン・ジョンソンはケネディ暗殺の10年後に死亡。
                                       
・リンカーンを暗殺したジョン・ウィルクス・ブースは1839年生まれ、ケネディを暗殺したリー・ハーヴェイ・オズワルドは1939年生まれ。

Th_2009 なんだか王仁三郎の雛型理論に似てるかも6年後の符合については6年後参照。偶然というのは面白いですね。
 畏れ多くも、ワタクシ7年前にリンカーンになってます(笑)。これも何かを象徴しているのでしょうか。暗殺されたりして(笑)。


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2016.02.11

山梨県立博物館 『天の虫のおきみやげ―山梨の養蚕信仰―』

Th_yousan_bnr 国記念の日…紀元節と言った方がいいでしょうかね。建国が2月11日というのはある意味ナンセンスではありますが、まあ何しろ世界中で最も古い国、最も長く一つの王朝が続いている国であるのは事実です。古すぎて分からないので、しかたなく2月11日にしたということでOKだと思いますがね。
 私はそんなとりあえず記念日に、日本の皇室に関係の深いこの展覧会に行ってきました。
 皇室と養蚕の関係は古い…わけではなく、実は新しい。歴代の皇后さまが養蚕に関わり始めたのは、なんと19世紀後期のことです。もちろん絹織物自体は、それこそシルクロードを通って古くから皇室に入っていましたが。
 つまり、こちら畑中章宏さんの「蚕」に書いてあったように、蚕(おかいこさん)信仰は、非常に新しい宗教でして、それが古い古い皇室と結びついたわけですね。
 仏教にせよ、のちのキリスト教にせよ、皇室はどんどん新しい宗教を吸収していきます。そこが皇室の皇室たるところであり、また単純な宗教とは違う、あえて言うならば「和」の象徴的な存在である証拠であります。
 山梨の養蚕、絹織物事情は、それなりにまた面白いものがあります。典型的と言えば典型的だし、特殊と言えば特殊な部分もある。
 今回のシンボル展は、ワタクシ的にはちょっと物足りないところがあったかなあ。「信仰」とあるわけですから、もう少し宗教的に掘り下げてもよかったかと。
 私の最近の一つのテーマは、諏訪信仰(ミシャグジ信仰)と養蚕、絹織物の関係です。そのあたりは全く触れられていなかった…というか、何も分かっていないからしかたないか。でも、御正体山くらいには触れてほしかったかも。
Th__20160212_20_23_07 西桂の三ツ峠山祇神社の猫の護符はいつ見てもカワイイ。本物がほしいなあ。
 ところで、ハイテク使えば養蚕工場もできそうですよね。でも、それじゃあダメなのかなあ。いや、逆に養蚕こそ、工業化が可能なような気がするんですが。
 私も養蚕に挑戦してみたい。とりあえず、Amazonで養蚕セット買ってみようかな。
 ウチには3匹猫神さまがいるし(笑)。

山梨県立博物館

Amazon 蚕 飼育セット

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2016.02.10

追悼 松原正樹さん

 日はイエモンの復活ニューシングルの解禁日でした。さっそくラジオで(!)聴きましたが、そのラジオの音質も含めて、イントロの最初のギターの音からして、まさにイエモン!歌詞の内容も含めていろいろなことが想起され、喜びとも切なさともつかぬ涙が止まらなくなりました。
 そんな感慨深い日の夜に、なんとも悲しいニュースが入ってきました。
 まさに最初の「一音」でこの人と分かる…日本の音楽界を代表するギタリストの一人、松原正樹さんが61歳で亡くなったとのこと…。
 松原さんと言えば、私にとってはパラシュートのイメージが強い。そう言えば、ここのところ偶然ですが、ベースをやってる娘とよく「AGATHA」を聴いていまして、カッコいいねと言っていたところだったのです。

 追悼に、今さんとのギターバトルを聴いてみましょう。最後の松原さんの笑顔がなんとも切ないなあ。

 そして、ワタクシ的には、やはり松田聖子さんをはじめとする「歌謡曲」のあのギターソロの音たちですね。

 ご冥福をお祈りします。

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2016.02.09

history of japan

 Bill Wurtz 氏による9分間日本の歴史がお見事。笑いながらお勉強できる。
 リズムが良いと全体像、大きな流れが捉えやすいですね。やっぱり歴史はこうしてヴィジュアルで勉強するのが一番(仲小路彰もそう言ってます)。
 このBill Wurtzという方、なかなか有能なミュージシャンのようですが、なんでまた日本の歴史をこのように表現しようと思ったのでしょうか。他国もあるのかと思いきや、どうも日本だけらしい。日本マニアなのか。
 おそらくはアメリカの方だと思うのですが、アメリカの日本史観が分かって面白い。基本的にこれが世界標準の日本史だと思います。
 これを観て、お怒りになる日本人もいるかもしれませんが、それは、それこそ日本の歴史に鑑みると実に野暮なことです。
 この大きな流れの原動力は明らかに外国からもたらされていますよね。他者の力を借りて、それを自分の力にするあたり、まるで合気道のようです。これこそが「和」であり、私の言うところの「国譲り」という高度な文化でしょう。
 たとえば、最後の方の日本の敗戦に向かうストーリーについて、これを面白がっているとは何事だ、まさに自虐史観ではないか、とおっしゃる御仁もいるでしょう。
 いや、待てよ、と。いつも言ってるじゃないですか、そんなアメリカのインストールで骨なしになっちゃうような日本だと言う方が、ずっと自虐史観ですよって。私はそう思います。「国譲り」は最強の種の保存方法ですから。無意識化による冷凍保存。
 事実、このビデオの終わりにあるように、そのインストールのおかげで、奇跡の経済成長をと遂げましたからね。まるで戦勝国ですよ。世界中を席巻(ある意味征服)した。COOL!
 というわけで、ぜひBill Wurtzさんには、他国の歴史も作品化してもらいたい。でも、これって日本だから面白いのかもなあ。笑いにできるくらい変だし、ドラマティックだし、ドラスティックだから。さすがアニメの国ですな(笑)。

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2016.02.08

イエロー・マジック・オーケストラ デビューライヴ

 日は昨日とは打って変わって(ないかも)、のちのYMO(デビュー時は略称はなかった)の歴史的デビューライヴ音源を聴いてみましょう。
 ここのところ仲小路彰の研究をしていまして、そうすると川添紫郎(キャンティ創立者)とその息子さん川添象郎の影がチラチラどころかバリバリに出てきます。そのキャンティの音楽サロンから、アルファ・レコードとそこで活躍するユーミンやYMOにも間接的に仲小路の影響が感じ取られます。このあたり非常に気になる。
 YMOで言うなら、細野晴臣さんは実際に仲小路彰に会いに山中湖に来ていますし、坂本龍一さんはYMO散開後、菊池武夫さんらと組んで、仲小路の「未来学原論」的世界を「コスモポリス」というイベントで象徴的に具現化しました。
 そのへんについてはちょっと置いておきまして、この貴重な貴重な音源、すごいですねえ。1978年10月18日、FM東京の番組「シンセサイザー・ランド」に出演した際の録音ですね。郵便貯金ホールでの公開放送(録音?)。もしかすると、私この放送聴いてたかもしれません。なんとなく覚えてるんですよね。
 出演はほかに冨田勲さん、そして、バッハ・リヴォリューションです(ここ数年で王仁三郎を通じて小久保隆さんとはご縁がありました)。
 当時の私は中学生。クラフトワークなんかもけっこう聴いていましたから、なんとなくこうした「テクノ」の雰囲気には慣れていましたが、非常に衝撃的というか、なんだか新しい世界が見えたというか、そう、聞こえるというより見えた感じがしましたね。まさに未来の光。仲小路的だなあ。
 今考えるとゲスト・ミュージシャンもすごいですねえ。なんとなく全体にのどかな感じがするのは、メンバーたちに気負いがないからでしょうか。
 まあ細かいことは抜きに、この、未来からやってきた音楽に耳を傾けようではないですか。そう考えると、ウォンテッドって本当に未来的な曲ですね。最近では吉井和哉さんがカバーしましたが、やはり古く感じなかった。都倉俊一がすごいのか、そんな曲を書かせる阿久悠がすごいのか。いや、ピンクレディーがすごいのか。
 やっぱり時代がすごいのでしょうね。仲小路が亡くなったのが1984年。YMOの散開は1983年でしょうか。前年1982年には、昨日紹介したグレン・グールドが亡くなっています。
 そのころ一つの時代も散開したのかもしれませんね。私は大学生になって、山中湖でバイトしてたんですけどね…。

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2016.02.07

グールドのフーガ

Th__20160208_13_02_05 日は横浜山手のベーリック・ホールにてコンサート。多くの方々においでいただき、私も楽しく演奏することができました。本当にありがとうございました。
 今日の後半のプログラムはベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番(サロン用室内楽版)。ほとんどベートーヴェンを演奏する機会、いや聴く機会すらない私には、なんだかとても新鮮でした。繊細な和声感は天才ならではだなあと。
 今日の崎川さんのカデンツァも素晴らしかったのですが、私はこのグールドのぶっ飛びカデンツァが好きだなあ。時代や様式を無視した、全時代的な対位法と、現代的和声が織りなす不思議ワールド(笑)。

 グールドのフーガと言えば、こんな作品がありますね。So You Want to Write a Fugue?
 ユーモアやパロディーも含めてガチでフーガ書いてみました的な名曲。

 ついでに言うと、これこれ。これリアルタイムで観てたんだよなあ。なんだかものすごく印象に残っている。日本語訳です。虎穴に入らずんば…とか面白すぎ(笑)。

 もう一つついでに。グールドの天才ぶりがよく分かる番組。私からすると暗譜しているのもすごいけれど、解説しながらよく弾けるなと(笑)。そして、その解説がまたすごい。やっぱり天才だなあ。

 私も一時期フーガを作るのにはまっていました。最近はもう根性がなくてやってませんが、久々に作ってみようかな。毎日少しずつ足してって、永遠に終わらないフーガとか(笑)。

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2016.02.06

桜井敏雄 『東京節』

 た音楽ネタです。公私ともども忙しいのでこうなります。でも、こういうのもいいですね。まとめて気になっていたものを再確認できるし、皆さんにも紹介できる。
 というわけで、急なニュースだった昨日のモーリス・ホワイトさんをはさんで、三つ連続のヴァイオリンネタです。それも一般には亜流と言われそうなものばかり。
 いやいや、バロン・ブイカの記事にも書いたとおり、ヴァイオリンというのはもともと下品な楽器だったわけです。高貴なヴィオール族に対して、庶民的(民俗的)な存在として登場した。
 フレットが邪魔だと思う人たちが使っていたわけですからね。お行儀よく決められた音程を弾いているだけでは物足りない。
 そんなヴァイオリンがバイオリン、ヴァヰオリン、あるいは提琴として大ブームになったのが戦前です。特に自由民権運動に伴って登場した「演説歌(演歌)」の伴奏用として大流行。明治末期から大正、昭和初期には、今のピアノよりも流行っていました。
 女子はお琴、男子はバイオリン…なんていう時代だったんですね。意外と言えば意外。ちなみに私の父方の祖父も大正時代にバイオリンを買って弾いていたようです。
 そういう意味では今とは違って非常に庶民的な楽器だった。明治33年でしたか、鈴木バイオリンが国産の楽器を製造しはじめましたが、それもほとんどがそういう庶民のための楽器だったんですね。
 クラシックを演奏する人なんかほとんどいなかった。俗謡とか演歌(演説歌)とかの伴奏というか、ほとんど歌の節をユニゾンで弾いていたんですよね。弾き語り。
 プロのバイオリン演歌師としては、神長瞭月なんかが有名ですよね。そのあたりの系統をついでいたのが、桜井敏雄さんです。
 上の動画ではなぎら健壱さんと共演して、かつて大流行した「東京節」をフルコーラス歌っています。なんか、いいですね。ある意味古楽器の演奏法に近い。これぞ哀愁のバイオリンの音色ですよ(笑)。
 こういう音を出せるように練習したいですね。そして、歌も歌えるようになりたい!?

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2016.02.05

追悼 モーリス・ホワイトさん

Th_001 Earth, Wind & Fireのモーリス・ホワイトさんがお亡くなりになったそうで…とても残念です。
 最近、ジャズ部でベースをやっている上の娘が、Earth, Wind & Fireにけっこうはまっていて、家族で聴く機会が増えていたところでした。娘もショックを受けているようでした。
 Earth, Wind & Fireの全盛期は、私が娘の今の年齢くらいの時。こうして世代を超えて愛される音楽を生み続けてくれたモーリス・ホワイトさんに心より感謝し、ご冥福をお祈りします。
 今日は彼らの武道館ライヴの映像を見なおしてみましょう。まずは1979年。新曲「宇宙のファンタジー」を引っさげての来日でした。

 私は当時ELOにはまっていました。音楽的にもある意味で対照的な両者でしたが、もちろんEW&Fも大好きでしたよ。レコードの売れ方、チャートの動向なども似ていた二つのバンドでした。
 さて、次は1988年の武道館。こちらはたっぷり堪能できます。
 ELOともども派手でコテコテな方向(バブリーだったのかな)に行き過ぎたのか、80年以降は両者とも人気急降下でしたね。EW&Fは活動休止後、87年に復活しました。復活後すぐの来日でした。

 日本人は今でも本当にEW&F好きですよね。ELOもそうですけれど、やはり日本人ってコテコテの分かりやすさがお好みなんです。演歌の国ですから。
 そういう意味でモーリス・ホワイトが日本の音楽界に与えた影響は大きいですね。歌ものにおける輝くブラスの鳴らし方や、ソウルやフュージョンをいかに売れ線に持ち上げるかという、ある種テクニック的なものを盗んだミュージシャン、アレンジャー、プロデューサーはたくさんいたことでしょう。
 本当に今聞いても古びた感じが全くしないモーリス・ホワイトの世界。世界中の音楽に対する彼の貢献度の高さは、これからさらに認知されていくことでしょう。

 

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2016.02.04

バロン・ブイカ(曲芸ヴァイオリニスト)

 だまだ忙しいので、今日もヴァイオリン動画ネタです。
 いや、これはすごいですよ!昨日の後藤泰観くんとはある意味対照的です。
 実はこの動画、私、テレビで録画して持っているんです。8ミリビデオ。で、8年半くらい前にそれをDVDに焼いたんです。その時の記事がこちらです。
 それから数年してこの動画がアップされました。私が持っている映像と同じです。NHKで放送したエド・サリバン・ショーの一部だと思います。
 ふむ、このバロン・ブイカさん、本当にすごい。うまい。ヴァイオリニストとしてすごい。その上でエンターテイナーとしても一流の臭いがしますね。
 他の動画が見当たらないのが残念です。まあ、こういうヴァイオリン弾き、きっとハンガリーとかにはけっこういるんでしょうね。
 私もヴァイオリンを弾き、また宴会芸ネタが比較的得意な方ですが、これはちょっと無理ですね。普通にも弾けませんから(笑)。
 いつも書いているように、ヴァイオリンって本当は野蛮な楽器なんですよね。なんだか今ではお坊ちゃま、お譲ちゃまの象徴のような楽器になってしまいましたが、日本でも明治、大正の導入期は、案外「下品」な受け入れられ方をしています。それについては、いつかまた書きますね。
 これを観てから、昨日の後藤くんの王子様ぶりを観ると、また格別ですな。お上品です(笑)。
 とにかく今日はこれを見てため息をつきたいと思います。マネはしません。皆さんもマネはしないように。

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2016.02.03

中島健人 『ディア ハイヒール』 featuring 後藤泰観

 しいので動画ネタです。それも珍しくジャニーズ(笑)。
 そうそう、最近の目標、ジャニー喜多川さんと会うことです。なぜか…それは秘密(笑)。まあ半分冗談ですが、なかなかガードが堅いというか、なかなか近づけませんね。
 ジャニーさんの義兄、藤島泰輔さんがご存命でしたら、保守の論壇の方からでもお近づきさせていただくことも可能だったかもしれませんが…。
 さて、今日弦楽合奏部の部員たちと観た動画がこれです。Sexy Zoneの中島健人くんのピアノ弾き語り。作詞も健人くんご本人。
 なんでこの曲、この動画かというと、まあ曲も悪くないし、健人くんの歌やピアノも微笑ましいのですが、やはり共演しいてるヴァイオリンの後藤泰観くんが素晴らしいからです。
 このボウイングを見よ!と生徒たちに言いました。いや、ホント美しいボウイングですよ。ただちょっとうまいとか、そういうレベルではないですよ。とても良い音がしています。
 後藤くんは決してジャニーズ風な顔の持ち主ではないのですが(失礼)、こういう才能を活かすところも含めて、ジャニーさんは立派な人ですよ。
 お正月に上の娘が、初めて「ジャニーズ・ワールド」に行ってきたんですね。そしたら非常に感動して帰ってきた。話を聴くと、なるほどそういう「文化」なんだなあと感じるところがあった。これは「教育」だなと。
 テレビでのジャニーズばかり見ていては分からない、もっと深い「文化」があったということですね。もちろん、ある程度予想はしていましたが。
 喜多川家の思想的、あるいは宗教的な系統というのは、知る人ぞ知るものがありますけれど、まさに昭和の日本をしっかり継承しているのがジャニーズであるとも言えます。
 SMAPの件もあったりして、いろいろ批判を浴びることも多い喜多川家でありますが、私はこれからの日本の若者を育てるという「教育」、あるいは「文化政策」として考えた時、彼らの存在感は実に大きいと思うのであります。
 話を戻しましょう。後藤くんのヴァイオリンは本当にいい。ぜひウチのクラブの指導をお願いしたいと思っています。生徒も私が教えるよりずっと一生懸命取り組むでしょうね。

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2016.02.02

出口王仁三郎の「屁」の歌

Th_od12 「」の話の続き(笑)。昨日書いた「屁」はどこか仏教的な結論に落ち着きましたね。
 あとで読み返してみて、自分でもいろいろ発見がありました。自分のことはもちろん、人様が自慢していたり、自らの嫉妬心のために怒っていたり、そういう姿を見た時は、「ああ、あの人は公衆の面前でオナラをしている」と思えばいいのだなあと(笑)。
 人の振り見て我が振り直せ、ですよ。
 というわけで、できるかぎり、屁は一人の時に出した方がいい。虚栄心や嫉妬心も同じということです。
 さて、一人の「屁」ということで思い出したのが、かの出口王仁三郎の短歌です。
 王仁三郎の短歌はすごい。我が師匠笹公人さんが命を懸けて編纂した「王仁三郎歌集」をお読みいただければ、そのすごさの一端(あくまで一端ですが)を感じることができるでしょう。
 そのアンソロジーにも採用されている、いかにも王仁三郎らしい歌を紹介します。

ころころと背すぢつたひて首の辺に爆発したり風呂の湯の屁は

 うん、いいですねえ。「ころころ」が良い。そのとおりですし、音がカワイイ。そのカワイさを、のちの「爆発」というブッ騒、いや物騒な言葉につなげている。このギャップがたまりませんな。
 爆発と言っても大音声がしたわけではないでしょう。どちらかというと、やはり「臭い」のテロリズムというか(笑)、嗅覚に訴える暴力性でしょうね、表現したかったのは。
 ほら、お湯の中では臭わないじゃないですか。それが水面に出た途端に屁ー器、いや兵器となる。その感じがよく出ていますね。つまり自爆テロですな。
 逆に言えば、お湯のあたたかさというか、包容力というか、あるいは不思議のようなものを感じさせる。
 こうしたユーモア、あるいは愛というものが、王仁三郎の基本です。清濁、善悪を超えたモノへの絶対愛。自身もまた清濁、善悪を超えた人生を送りましたからね。
 ところで、最近、昔ほど自分の屁が臭くなくなったんですね。家族の前などではブーブー音を出して放屁しますが、全然攻撃性がない。腑抜けな屁です(笑)。
 なんとなく寂しいような気さえする、今日このごろであります。
 ところで、ご存知と思いますが、「へ」という言葉は、放屁の音を模したものです。「へ」は古くは「pe」と発音されていました。つまり「ペ」。ブーとか、プッではなくて「ぺ」だったんでしょうかね。
 ついでに、「オナラ」は「お鳴ら」です。いわゆる女房詞です。そんなものにさえ「お」をつけてしまう日本人はカワイイですね。
 これは俗説ですが、「古の奈良の都の八重桜今日九重に匂ひぬるかな」の歌から、「匂ひぬる」ものを「奈良」とかけて「おなら」と言ったというのも、これはこれでユーモア満点ですね(笑)。

Amazon 王仁三郎歌集

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2016.02.01

悩みも煩悩も「屁」みたいなもの

Th_2016020200000002tospoweb0001view 日、水木しげるさんのお別れの会が行われました。ちょうどその日青山近辺にいたので、時間があったら参列しようかと思ったのですが、駐車場が見つからず断念いたしました。
 参列かなった知り合いがもらってきたメッセージカードの言葉が良かったので紹介します。

 要は虫とか植物みたいに自然に順応しながら「屁」を出しているのが一番幸せなのかも知れない。時には屁を止めたり、溜めてみては大きな屁をひねってみるというのも面白いだろう。要するにすべては屁のようなものであって、どこで漂っていても大したことはないようである。

 なんとも水木さんらしい「悟り」の境地ではないですか。ここ数日個人的にへこむことが続いたのですが、この言葉を思い出して、少しすっきりしました。悩みも「屁」みたいなものだと。
 屁なりとて悪なる物と思ふなよぶっと言ふ字は仏なりけり…こう詠んだのは仙厓和尚だったでしょうか。屁も馬鹿にできません。
 カネも名誉も地位もプライドも、まあ人間みんなにある屁みたいなものです。悩みなんていうものも、それらが元で生まれる、つまり煩悩があるからこそ悩むわけでして、しかし、それらは屁と同じくなくすわけにはいかない。だからさこそ、水木さんの言うように上手につきあえばいいのかもしれません。
 止めてみたり、溜めてみたり、気づかれないように小出しにしてみたり(笑)。そう(笑)に変えてしまったり。
 オナラって、なんのためにもなりませんし、他人にとっては迷惑なものですが、自分にとってはなんとも愛おしい、懐かしい臭いじゃないですか。正直皆さん自分のオナラの臭いは嫌いじゃありませんよね(笑)。
 上記の煩悩たちも同じようなものです。自分にとっては案外悪くない。しかし、他人にとっては迷惑きわまりない。いくら愛する人のものでも、煩悩やオナラは好きにはなれませんよね。
 ああ、なんかすっきりした。こうして自己顕示するのもまた放屁みたいなものでしょうか。それはそれでお互い様。そして、屁の臭いなんか、それこそあっという間に消えますよ。エントロピー増大則のおかげです。拡散、拡散(笑)。
 と、そんなふうに思ったら気持ちが楽になりました。ありがとうございます、水木しげるさん。

Amazon 屁のような人生

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