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2016.02.20

『細野晴臣 録音術 ぼくらはこうして音をつくってきた』 鈴木惣一朗ほか (DU BOOKS)

Th_816cwnkeccl 日は早朝5時から仲小路彰の研究会。朝活というよりも、ほとんど寺の修行ですね(笑)。気持ちいいものです。
 会員の中にはプロのミュージシャンの方がいらっしゃり、今日も何かの関係から音楽の話になりました。降りてくる音楽と記録される音楽では、時間の流れ方が逆だという話。
 で、記録された音楽、たとえば楽譜を再現するクラシックというジャンルでは、いかにその過去の記録を「今降りてきた」ように演奏するかが大切。ただ楽譜のとおり達者に弾いてもダメ。
 つまり、音楽には時間の二重性があるというか、相反する時間が自然に共存するというわけですね。
 「録音」という「術」においても、全く同じことが言えると考えられます。
 仲小路彰に多大なる影響を受けたという細野晴臣さんは、そんな理屈は抜きとして、その音楽の本質をしっかり掴んでいた人だと感じます。
 そんな細野さんの「録音」を手がけてきた職人たちの証言集。これはたまりません。めちゃくちゃ面白かった。
 私はそれほど録音技術については詳しくないのですが、そのスタジオ的世界、コンソール的世界はなんとなく理解できますし、これってやっぱり男の人の仕事だろうなと感じました。自分の中の男のそんな部分が反応した。
 男って、まさに「シゴト」、すなわち「コトを為す」のが本能なんですよね。記録、記憶、記述という、私の言うところの「コト化」「カタる」のが本能なんです。
 それも、ただ記録するのではない。いつでも「今、ここ」に甦るように、「今、ここ」に生まれたかのように、あるいは降りてきたかのような、そんな生命力をも、そこに封じ込めたい。まさに「モノ」を「カタる」という物語行為です。
 その、とても高度な、歴史的な現場の空気が見事に伝わってくるので、この本は萌えるし燃える。そう、この本自体が生命の記録になっているわけです。
 もちろん、貴重な現場の資料を垣間見ることができるという、マニアックな萌えもありますが、それ以上に、現場の空気、つまりその時の「今、ここ」のエネルギーがしっかり語られているということが大きいわけです。
 本ですから音は聴こえません。それに、細野さんの作品を私も全部聴いているわけではないので、全く知らない曲の話もたくさん出てくる。それでも、なんかちゃんと1枚のアルバムを聴いたような感じがするのは、やはり、音楽にせよ、言葉にせよ、超一流の人たちが「シゴト」すると、その瞬間の「今、ここ」が、永遠の「今、ここ」になるからなんでしょう。
 エンジニアの皆さん、結局のところ、みんな自我へのこだわりがないのかなあとも思いました。絶対「自分の音」にこだわると思うのですが、まさにこだわってこだわった結果、他者性にたどり着くという、「コトを窮めてモノに至る」的な世界なんだなあと。職人というのは、そういうことなんでしょう。
 カミさんは「何が面白いの?」という感じでした。そりゃそうでしょう。女には分からないだろうなあ…この世界(笑)。

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