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2016.01.31

雨氷 2016

 野県では倒木のために孤立した集落が出たようですね。ウチもプチ孤立状態でした。
 おとといの夜から、これは雨氷になるなと予感し、「外は凍雨。雨氷が木々に付着しており、至る所で幹折れ・枝折れの音が響いている。明朝は幻想的かつ悲惨な景色になっていることだろう」とつぶやきましたが、昨日の朝はまさにそのとおり、幻想的かつ悲惨な通勤となりました(苦笑)。
 雨氷は6年ぶりだと思います。6年前は2月と3月2回あったんですよね。大気の逆転層は特定の条件でないと発生しないので、頻度としてはこんなものなのかもしれません。
 6年前の雨氷については、こちらこちらに記事を書きましたが、今年の方が「大規模」だということが分かりますね。きれいだけれど、軽く災害レベルです。
 昨日は入試だったので、娘と倒木をどけながらの必死の通勤。倒木はその後だいぶ片付けられましたが、なにしろ氷をまとった木々の枝が垂れ下がっていて、そこをくぐるのが大変です。特にウチは軽箱バンなので、まさに氷の玉すだれをくぐる感じです。
 たくさん写真を撮ったので、記録としてここに掲載しておきますね。

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2016.01.30

しきたり(為来り)

20160131_90510_2 日は中学の一般入試。例年通り、国語の問題のために書き下ろした文章を掲載いたします(大した文ではありませんが)。
 今回のテーマは「しきたり」。私たちが何気なく使っているこの言葉、漢字になおしますと「為来り」「仕来り」となり、「してきた(こと)」が原義であることが分かります。
 実はこの「しきたり」という言葉自体はそれほど古いものではなく、近世になってから文献に現れ始めます。
 「しきたり」は「しきたる」の連用形と考えられます。そして「しきたる」は「し+きたる」ですね。「し」はサ変動詞「す」の連用形、「きたる」はカ変動詞「く」の連用形に助動詞「たる」がついたものではなく、「きたる」という一つの動詞です。
 この「きたる」という動詞はいろいろ謎がありまして、日本書紀や万葉集にはすでに見える語でありながら、平安時代になるとカ変の「来」よりも堅い文(たとえば漢文訓読文)に使われるようになります。
 そして現在では「来る◯月◯日」とか「来るべき時」などというような場合にのみ使われるようになりました。
 では、どうぞ。小学生向けの文章ですから、当然難漢字にはルビを振りました。

     しきたり

 もう一ヶ月前のことになってしまいますが、みなさん、年末年始のことを思い出してみてください。
 大晦日はどんなふうに過ごしましたか? 年越しそばを食べた、紅白歌合戦を見た、寒い中家族でお寺に行って除夜の鐘をついた…いろいろ思い出している人もいるかもしれません。
 最近では、そばは食べない、紅白ではなくてガキ使を見る、除夜の鐘の音はテレビで聞くという人もいるでしょう。とは言っても、やはり多くの日本人が、先ほど書いたようなことをして過ごすのではないでしょうか。
 そして、元日の朝を迎えると、新年のあいさつをし、お雑煮やおせち料理を食べ、大人はおとそ(お酒)を飲みます。子どもにとってははお年玉も楽しみの一つですね。書き初めをした人もいるのではないでしょうか。年賀状を読むのも楽しみですね。
 かつてはお正月の遊びと言えば、羽子板で羽根つき、福笑い、すごろくや凧あげなどでした。私も小学生のころは、近所の友だちや親戚の子どもたちと、そんな遊びをして盛り上がったものです。
 お正月と言えば、神社への初詣も忘れてはいけません。神社ではお賽銭を入れて、大きな鈴を鳴らして、柏手を打ってお祈りしますね。
 ところで、このような行事や習慣はなんのためにあるのでしょう。別にみんながみんな同じようなことをしなくてもいいじゃないかと考えることもできます。しかし、なぜかみんな同じようなことをします。理由はあまりよく分かりません。
 このようなことを「しきたり」と言います。
 「しきたり」という言葉、もともとは「してきたこと」という意味です。昔からずっと続いてきたこと、ご先祖さまがずっと続けてきたこと、それが「しきたり」です。
 おそらくその「しきたり」のほとんどには、もともと理由があったと思われます。しかし、時を重ねるうちに、だんだんその理由や意味は意識されなくなってきました。
 本当に大切なこと、時代を超えて伝えたいことは、理由や意味を確認するまでもなく、「そう決まっているのだから」と言って受けつがれてきたのです。
 同じように、「してこなかったこと」もありました。先ほど神社では柏手を打つと書きましが、お寺では手を打って拝みませんね。仏様の前では、合掌する時に音を立てると怒られます。
 ほかにもたとえば、玄関の敷居をふまないとか、ご飯におはしをさして立てないとか、北枕にしないとか、みなさんが知っているものもあるでしょう。お父さんやお母さんの世代では、夜に爪を切らない方がいいとか、夜に口笛を吹かない方がいいなどとも言われていました。
 もちろん、これらにもそれぞれ理由や意味があるのですが、やはり「ダメなものはダメ」というふうに伝えられてきたと言っていいと思います。
 このように、理由や意味を超えて、「いいものはいい」「ダメなものはダメ」として伝えられてきたこと、これこそが伝統や文化、習慣といったものです。
 ところが、こうした伝統や文化や習慣が、ここのところ少し薄れてきている、忘れ去られつつあると感じるのは私だけでしょうか。
 科学技術が発達して、無駄なもの、無駄な時間、無駄な行為が切り捨てられてきた、つまり、効率の良さだけを大切にするようになったということもあるでしょう。
 また、世の中が国際化して、日本だけに通用する「しきたり」にこだわるのはやめようという風潮があるかもしれません。
 しかし、それはそれでさびしいものです。あまりに効率ばかり求めると、私たちはつい自分中心の考え方に染まってしまいます。自分さえ良ければいい、意味のないことはやりたくない、というふうに。そういう生き方になってしまうと、結局自分がひとりぼっちになり、さびしさを感じることになってしまいます。
 それぞれの家にも、またそれぞれの学校にも、「しきたり」があります。ほかの家や学校にはない伝統や文化や習慣が必ずあります。場合によっては、その「しきたり」がある理由や意味が分からないかもしれません。ほかの家や学校にではこんなことやってないのになんでうちだけ…と思うこともあるでしょう。しかし、それをずっと守ってきたみなさんのご先祖さまや先輩方が数えきれないほどいるのです。
 それを自分の事情や考えや感情から、急に「やめよう」と言っていいのか。もちろん、それはダメですね。
 富士学苑中学校にもたくさんの「しきたり」があります。その一つ一つには、そのことと真剣に向き合ってきたたくさんの生徒や先生たちの思いがつまっています。
 みなさんには、それをしっかり受けつぐ人になってもらいたいと思っています。今、ここにいる自分だけではなく、過去にあなたに関わってくれた人、そして未来に関わってくれる人たちに思いをはせることができるような人になってもらいたいと、心から願っています。 

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2016.01.29

ELPA LEDセンサーライト(乾電池式)

Th_31knqposcdl ょいと忙しいので昨日に続き「ライト」な記事を。
 昨日のソーラーセンサーライトは玄関の横の壁面につけております(日当たりの関係上)。玄関ドアの横、すなわち一般的な門灯は、最近こちらに交換しました。
 条件としては、LEDは電球色であること、そして乾電池式であること、あとはデザインがシンプルなことでした。
 近所のホームセンターで安売りしているのを見つけて購入。いかにも大衆的な質感の製品ではありますが、我が家のクオリティーからしてちょうどいいかと(周囲は高級住宅ばかりですが…苦笑)。
 夜間真っ暗な我が家としては、逆に都会のようにガンガン明るい照明は必要ありません。ほんのり暗いくらいが闇にマッチしますので、昨日のギラギラ白色センサーライトと一緒に使うと、ちょうどいいくらいです。
 つまり、ウォームな雰囲気はこちらで、ちょっと厳しい「防犯」的な雰囲気は昨日のでという両輪で玄関を照らしているわけであります。
 こちらを電池式にしたのは、玄関には屋根があるからです。太陽光は当たりません。アルカリ電池でどのくらい持つのかもある意味楽しみです。予想では1年弱かなあというところ。
 電池代を考えると、実はそれほど安上がりではありません。もともと付いてた玄関灯は蛍光灯タイプだったので、配線はあったわけですが、電気工事が面倒くさい…いや、それ以前にシロウトがやってはいけないわけですからね。
 センサーの感度もちょうどよく、道から庭に入ると点灯してくれます。野良猫がやってきても点いてくれるので便利ですね(笑)。
 
Amazon ELPA LEDセンサーライト

ELPA公式


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2016.01.28

LED ソーラーセンサーライト

20160129_70509 1ヶ月半の間、頑張って働いてくれているのでおススメしますね。
 とても安いのでいろいろ心配しておりましたが、この氷点下15度にもなり、日照時間も少ない厳冬の期間に、それこそ頑張って光ってくれています。偉い(笑)。
 だいたいこういう中華製のモノって、最初の数日は調子いいけれど…というのが多いのですが、こいつは踏ん張ってくれていますね。
 本当は1年くらい使ってからおススメしようと思っておりました。しかし、あまりに健気に働いているので特別に。
 ただ、今の日照時間、そして寒さでは、どうしても電圧が下がり気味ですから、そうですねえ、私は三つあるモードのうち、ディマーモードにしておりまして、いろいろ観察していますと、日没後5時間くらいは薄暗く点灯してくれていますが、そのあとは苦しそうに点滅して消えてしまいます。しかし、センサーが働くとちゃんとフル光量で点灯してくれます。そのへんをうまく調整している様子が見て取れますね。
 まあ、あとは寿命がどのくらいかということでしょう。LEDは数千時間として、やはりバッテリーは1年持つかどうかかなあ。ちなみにバッテリーの交換は難しそうです。
 このタイプはLED8個ですけれど、充分に明るい。白色LEDにありがちな攻撃的な明るさがありますので、防犯用にはいいのではないでしょうか。ウチはいちおう玄関の脇に設置しております。
 こういうソーラーライトで「電球色」があればいいのになあ…と思っておりましたら、ちょっと違うタイプを見つけて、そちらをメインの玄関灯にしました。それについては、またいつか。
 それにしても、こうして電球、蛍光灯の時代が終っていくのですねえ。なんだかそれはそれで寂しいような。なんか世の中が寒々しい色をしているように感じる今日このごろ…。

Amazon LED ソーラーセンサーライト

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2016.01.27

「富士文庫」役員名簿

Th__20160128_6_29_27 日、縁あって斎藤実の書が我が家に届きました。ちょうど80年前の二・二六事件で凶弾に倒れた、当時の内大臣、元の総理大臣、朝鮮総督です。
 昨年の夏、首相公邸にお呼ばれした時から、不思議なご縁ができた斎藤実。本当にいろいろ不思議なことが起きています。
 その首相公邸訪問ののち、全く意図せず斎藤実にまつわる土地を旅させられた私たち夫婦なのですが、昨日、また新たな事実が分かりました。
 今、私の甥っ子が秋田県横手市の増田小学校に通っていて野球をやっています。昨年の夏休み、その野球の試合を応援に行ったりしました。また、親戚の集まりである温泉に行った際、増田小学校の横を通ったりしておりました。
20160128_6_29_52 実は、昭和10年、亡くなる前年に斎藤実がなぜか増田小学校を訪ねているのですね。驚きました。なぜ、ピンポイントで秋田県の小さな村の小学校だったのか…そのへんの事情については、春に秋田を訪問して調べてみようと思っています。
 昨夏の秋田訪問では、どちらかというと渡辺錠太郎の方に気を取られていまして、斎藤実(岩手の水沢出身)と秋田との関係は全く気づきませんでした。
 さて、そのように最近異様なほどに身近に感じる斎藤実閣下でありますが、彼はここ富士山麓に高天原があったという神話を伝える宮下文書(富士古文献)の研究会「富士文庫」の顧問でもありました。実はそこから出口王仁三郎ともつながっていくことになるのですが、それについてはまたいつかということで、今日はその「富士文庫」の錚々たる役員たちを紹介したいと思います。
 これほどの人たちが集まり、いったい何が起ころうとしていたのか。しかし、結成翌年関東大震災が発生、その影響もあってか、その後の活動は不自然なほどにぱったり止んでしまいます。
 今日はとりあえず、役員メンバーとその職歴などを紹介しておきます。職歴は当時のものも、以前のものも、のちのものも混在しています(スミマセン)。
 調べても素性が分からない人は、それらの苗字からしてもおそらく地元(富士吉田の明見)の人たちだと思います(それはそれでいずれ地元で調べます)。

富士文庫役員

理事長 三輪義煕(宮下文書研究家・「神皇紀」著者)
理事 宮下源兵衛(宮下文書所有者)
理事 宮下半蔵
理事 神原信一郎(地質・地理学者)
監事 桑原弘道
監事 萩原拳吉(電気化学者・東京電燈関係者?)

評議員 天野大造
評議員 今村恭太郎(東京地方裁判所長)
顧問 大島健一(陸軍中将・陸軍大臣・大東文化学院総長)
顧問 河村譲一郎(法学博士)
評議員 河口善之助(谷村村長・町長・参議院議員)
顧問 神戸挙一(東京電燈社長)
設立者 川島清治郎(「大日本」創刊者)
評議員 神林虎雄(帝国植民学校長・開拓社社長)
評議員 柏木義光
顧問 筧克彦(法学博士・神道思想家)
評議員 小林友益(谷村電燈設立者・富士電気軌道役員)
顧問 小藤文次郎(理学博士・地質学等)
評議員 小柳通義(儒学者)
顧問 齋藤實(海軍大将子爵・総理大臣・朝鮮総督)
顧問 志村源太郎(日本勧業銀行総裁・貴族院議員)
評議員 清水鬼一(山梨県議会議員・盛里村出身)
評議員 清水潔(医師・山梨県議会議員・盛里村長)
評議員 鈴木剛蔵(日本史学者?)
顧問 高山公通(陸軍中将・関東國粹会会長)
評議員 塚本賢暁(密教学者)
顧問 富谷(かねへんに生)太郎(法学博士)
設立者 友成貞(桂川水力電気会社社主)
顧問 名取忠愛(甲府市長・歌人)
評議員 内藤多仲(工学博士・東京タワー設計者)
顧問 二條基弘(宮中顧問官・貴族院議員)
顧問 野村素介(男爵・貴族院議員・書家)
評議員 平林武(工学博士・地球科学者)
顧問 廣瀬久政(衆議院議員?)
評議員 彦山光三(相撲評論家・「日本魂」編集者)
顧問 福井三郎(元甲府日日新聞記者・衆議院議員)
評議員 舟久保庄(大本信者)
顧問 古市公威(工学博士男爵・帝国大学工科大学、東京仏大学初代学長・土木学会初代会長)
評議員 堀内啓次(衆議院議員・恩賜林組合長・宮川電燈社長・吉田銀行頭取)
顧問 松村任三(理学博士・植物学者)
評議員 前田實(医学博士)
設立者 宮下荘吾
評議員 三井甲之助(歌人・右翼思想家)
評議員 山崎鶴之助(海軍機関少将)
評議員 吉田文俊(考古学者)
評議員 渡邊仁三(盛里村出身?)
評議員 渡邊瑳美(蓬莱家・医者・政治家・文人)
評議員 和出徳一(博進館・植物学者?)
顧問 岡部長職(子爵・貴族院議員・大正天皇側近)

※ 記事を見た生徒のお父様から、清水潔、清水鬼一、河口善之助に関する貴重な情報をいただきました。ありがとうございました。


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2016.01.26

2900万円の腕時計のレビュー(笑)

Th_41tybsthuwl うでもいいけど、面白いネタ(笑)。
 スカーゲンの安い腕時計をしております。数年前、一度電池が切れたので自分で電池交換をしましたが、また動かなくなったので、そろそろ新しい腕時計でも買おうかなと思い、なにげなくAmazonで検索をしておりました。
 そう言えば、昔シチズンの星座時計をしてたな、あれは良かったなあと思いながら、「星座」で検索したところ、なにやら面白いものが出てきました。
 PATEK PHILIPPE パテック・フィリップ セレスティアル 5102G-001です。
 ん?なんと2900万円(笑)。ははは。時計に3000万円近くかける人がいるのか?と思いきや…レビューが50件以上ついている…あっ!もしかしてと思い、それらを読んでみたら、やっぱりそのもしかしてでした(笑)。
 面白い。時々あるんですよね、やたらな高額商品のレビューが大喜利状態になってること。
 いや、ホントどうでもいいんですけど、暇つぶしに読んでみてください。
 「残り1点 ご注文はお早めに」とあるからといって、間違ってもポチらないようにしてくださいね(笑)。
 いや、あえてポチってみるか。翌日まで返品可のようなので。
 ついでに400万円のかけぶとんとかステゴサウルスの等身大フィギュアとかものぞいてみてください。

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2016.01.25

再告知! 2/7 横浜 「ハイドン&ベートーヴェンの協奏曲」

 ととい練習に参加したコンサートの本番が迫ってきました。
 おかげさまでほとんどチケットを売り切れですが、あと1枚だけ残っています(sold out)。
 なんと言ってもソリストのお二人が素晴らしいですし、歴史的な建物でフォルテピアノやクラシカル・チェロの響きを堪能できるだけでも、大変ぜいたくなコンサートとなります。朝岡さんのおしゃべりも、いつも最高です。
 私も皆さまの足を引っ張らないよう頑張ります(笑)。今回はヴィオラでファゴットやホルンのパートを弾きます。このような室内楽版の演奏は大変めずらしいと思います。ぜひ!

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アンサンブル山手バロッコ公式

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2016.01.24

仲小路彰と坂倉準三と丹下健三

Th_img01 日行った神宮外苑にも関係する話です。ふと思いついたので書いておきます。
 今日は山中湖にて仲小路彰に関する勉強会がありました。ふう、あまりに広くて深くて高くて、本当につかみどころがない人物と思想ですね。「群盲象を撫づ」状態。本当に群れをなしてやらねば全体像に到達できませんな。その第一歩が今日。
 その大きさはある意味危険でもあります。特に戦前、戦中の仲小路はほとんど「トンデモ」領域まで行ってしまっています。
 またいつか書きますが、かのチャーチワードの「ムー大陸」についても昭和17年発行の『上代太平洋圏』で言及しております。それも白人ではなく原日本人の文化圏だったという…(笑)。
 そんな感じですから、伊藤隆先生のおっしゃるとおり「扱い方に気をつけなければならない」部分もたしかにありますね。
Th_c0239137_1182582 さて、そんな仲小路彰が小島威彦と一緒に作った「スメラ学塾」に出入りしていたのが、昭和12年のパリ万国博覧会の日本館(右の写真)の設計で華々しい世界デビューをはたした、建築家坂倉準三です。坂倉は言うまでもなく、コルビュジェに学び「日本的モダニズム」を追求した建築家ですが、帰国後の活動には仲小路彰の影響がかなり色濃くあるようです。
 そこで思い出したのが、坂倉準三の弟子でもあった丹下健三のこと。丹下健三のデビュー作にも仲小路彰の影響があるのではないかと。
 そう、そのデビュー作とは、以前紹介した丹下健三の『大東亜建設忠霊神域計画』ですね。富士山麓、山中湖畔にそびえる忠霊神殿。
 その記事にもいちおう仲小路の名前を記してありますが、その時はまだ仲小路と坂倉準三との関係を知らなかったのです。また、坂倉と丹下との関係も。
 というわけで、スメラ学塾が始まったのが昭和15年。仲小路の影響を受けた坂倉が、事実上の弟子でまだ学生だった丹下に、その思想を伝えたとしても全く不思議ではありません。コンペは17年ですから、タイミングもぴったりです。丹下自身が仲小路に会っていた可能性もあります。そしてこの忠霊神殿を富士山麓にというアイデアを授かったとか…ありえますね。
 戦後、丹下のこのデビュー作は「ナショナリズム」「ファシズム」に加担したとしてずいぶん非難されました。そうした流れはもちろん現代の靖国問題などにつながっていますね。
 ちなみに同時期に全国に作られた「忠霊塔」は今ではある意味その機能を忘れられています。富士吉田の忠霊塔なんか観光名所ですし、「いつもの丘」としてフジファブリックの志村正彦くん巡礼の聖地になったりしてますね。
 そうそう、昨日通った聖徳記念絵画館前の道ですが、この前書いたようにほぼ正確に富士山の方向に傾いています。これは丹下の考えた皇居と富士山を直線でつなぐという発想とある意味同じです。もちろん、絵画館は大正時代に作られていますから、こっちの方が先なんですけれど。

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2016.01.23

竹本忠雄…『日本とフランス「ルーツとルーツ」の対話&皇道と武士道』

Th__20160124_12_29_15 日は東京にて2/7横浜コンサートの練習。一流のプロの皆さんとの練習は極上のレッスンのようです。ありがたいことです。
 青山に車を駐めましたので、先日書いた聖徳記念絵画館からの富士山を見ようかと外苑に行ってみましたが、残念ながら雪が降りそうなお天気のため断念。しかし、この道の向こうに富士山があるのかというイメージは持つことができました。
 なるほど、こういうデザインというのは、見えないモノを見えるコトにする仕組みなのだなと合点しました。
 見えないモノを見るということに関連する内容になりますでしょうか。今日は、帰宅してから観た動画を紹介します。ちょうど明日の早朝にある仲小路彰についての研究会の内容にもつながりそうなお話。やはりフランスと日本には不思議な共鳴点があるなあ。
 仲小路もマルローのことはよく知っていたようです。あるいはどこかで接点があったかも。シュペングラー、トインビー、マルロー、ハンチントンあたりと仲小路の関係は調べる必要がありますね。
 この動画、カミさんが大好きな小川榮太郎さんと、筑波大学教授の竹本忠雄さんの対話です。いろいろと興味深い話が満載。2月に発売となる霊性と東西文明 日本とフランス「ルーツとルーツ」対話も面白そうですね。さっそく予約しました。

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2016.01.22

SMAP(スケートボーイズ)解散騒動の原因w

 あ、大変な騒ぎでしたね。結局なんだかなあ的な結末になりそうなSMAP解散騒動。ちょうど80年前の二・二六事件のような「しょぼさ」を感じます。お上をなめたらアカンというのは、いつの世も同じ。
 キムタクが安藤輝三になっていたら(つまり蹶起していたら)、それこそ公開処刑どころか本当にこの世界から抹殺されてしまったでしょうね。クワバラクワバラ。
 さて、SMAPがかつてスケートボーイズと称して、やたら大人数だったことは知られていますね。そのスケートボーイズが今の5人になった頃のテレビ番組がYouTubeにありました。娘たちと観たら、まあ笑える笑える。現在進行形のジャニヲタである上の娘も、「さすが違うわ。神だ」と申しております。私も同感です。
 この頃から「芸」のレベルが高い。個性が光っている。これは人気出ますよ。
 で、とにかくご覧いただくと分かると思いますが、ある意味キムタクが浮いている。あまりにも器用ですからね。いやになっちゃいますよ、この収録現場は(笑)。
 いやあ、それにしても面白い。吾郎ちゃんのキャラ違うし。中居くんは歌わない踊らないし。慎吾ちゃんも草彅くんも変わらないなあ。いやはやお見事。

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2016.01.21

『蚕 絹糸を吐く虫と日本人』 畑中章宏 (晶文社)

Th_81j5fzdichl 日は富士吉田の織物業者さんと飲み会。深い話で盛り上がりました。やっぱり織物、特に絹織物は不思議な魅力がある。実に宗教的な世界なんですね。
 古代と近代が微妙に交錯している。まさに両者が織りなされている。コトとモノの和合。縦糸と横糸のハーモニー。虫と人、機械と人の協働。
 この本でもそういった側面が多く紹介されています。気鋭の民俗学者による「産業のフォークロア」。気鋭の民俗学者と書きましたが、実は著者が民俗学者を名乗るのはこの本が初めてだとか。あまりに安定した文章に、すっかり「ベテラン」だと思っていました。
 過去の作品とはまた違った視点と作風なのでしょうね。著者はなぜこの分野に興味を持ったのでしょうか。
 近代に生まれたある種の「宗教」。利益をもたらすお蚕様。近過去の神話を読むような感覚でしたね。ああ、こうやって宗教は生まれ、そして衰退していくのだなと。そして、今私はその復活を図っている(?)。
 今日の飲み会でも、富士山でのシルクサミット開催に向けて、いくつかのアイデアが話し合われました。そう、まさに富士山を中心にして、各地の産地の切れかかった糸(道)をつなぎ、紡いでいこうとしている。
 そういう意味で、この本との出会いは実にグッド・タイミングでありました。私の偏った、そしてあまりに身勝手な養蚕、絹織物観を、優しく易しく修正してくれました。ありがたいことです。
 一方、産地としての富士北麓地方については、それほど多くの情報はなく、地元民としてはちょっと残念な気もしました。まあ、産地としての知名度はこんなものなのでしょうかね。
 もちろん、そのおかげで、私の研究領域が侵されずにすんだ(笑…研究なんてものじゃありませんけど)。
 それらをあえて書くなら…今までこのブログに時々書き留めてきた、宮下文書、徐福伝説、秦氏と富士山(能、羽衣、秦河勝など)、大本、天理、高松宮妃喜久子さまとシルクギャラリー、岡谷のシルク博物館、諏訪神社と養蚕・絹織物、北麓における赫夜姫と金色姫の習合、御正体山の養蚕信仰と富士講などなど。
 もちろん、これらの一部に触れた記述もありましたし、新たな発見もたくさんありました。そうそう、綾部行幸の際に、貞明皇后と出口王仁三郎が会っていたとは…知りませんでした。すごい因縁の二人ですよね。それが織物を通じて綾部で出会ったと。
 この本を読んで、また今日の飲み会を通じまして、ますます神話復活の重要性と可能性を痛感しました。今度はまた違った意味で世界に打って出るのです。
 半世紀前の、喜久子妃の「日本の絹を世界の女性に」をいよいよ実現する時が来ていると直観します。富士山発でやりますよ。
 それにしても、それまで全く養蚕や絹織物に興味も縁もなかった私が、ここ数年でなぜこれほどそれらに引かれることになったのでしょうね。全く不思議としかいいようがありません。もうそれ自体、私には神がかっている話なのです。
 はたして、私は現代の神話の登場人物になれるのでしょうか(笑)。
 ああ、そうだ、山梨県立博物館で、ちょうど今「天の虫のおきみやげ―山梨の養蚕信仰―という企画展をやっています。行ってみます。

Amazon 蚕 絹糸を吐く虫と日本人

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2016.01.20

聖徳記念絵画館からの富士山(とその先にあるもの)

Th_20160120oyt1i50002l 近ニュースになっていますね。神宮外苑の聖徳記念絵画館前の通りから見える富士山。国立競技場が取り壊されて突如現れた富士山。山手線内の地上から見える唯一の富士山ではないかと言われています。
 ここでこの富士山が現れた意味は大きいと感じます。
 7年ほど前、実はこの富士山出現を予感させる記事を書いています。こちらです。この記事では、「(いちょう並木が)西に17度くらい傾いているんだそうです。知り合いの方の研究によると、その理由は…とてもここには書けません(笑)」などとミステリアスに書いていますが、実際測ってみると22〜23度くらい傾いていました。
Th__20160120_174915 そのいちょう並木と直角に交差する絵画館前の道が、実は富士山に向っていたということですね。
 左の地図の赤い直線は撮影ポイントと富士山をつないだものです。ほぼ一致。
 家康は江戸城からの富士山の眺めを大変気に入っていました。今回、絵画館のあたりからの富士山にも、ちょうど立春の日に太陽が沈むのですが、江戸城でもほぼ立春の前後(すなわち旧暦の元旦の前後)に富士山の頂上に沈む夕日を見ることができたようです。
 富士山の中腹あたりまでその範囲を広げますとですね、実は江戸(東京)の中心、つまり皇居と富士山の山体をつなぐある程度の幅のライン上には、伊勢神宮があり、さらにその先には阿蘇山や高千穂峰など、皇室にゆかりのある聖地が並んでいます。
 さらに反対側、東の方にそのラインを伸ばしますと、鹿島神宮があります。これらははたして偶然なのでしょうか。
 少なくとも神宮外苑が富士山を意識して設計されたということは間違いないですね。
 7年前の記事に書いたとおり、絵画館は明治天皇のご遺体が安置された場所です。明治天皇の出自についてはいろいろ異説もありますけれども、すり替え説にも関わってきているあの出口王仁三郎が密かに重要視したという愛媛は大洲の神南山もこのライン上にあります。そういえば、明治天皇が京都から東京へ遷る時、大洲の藩主加藤泰秋がその前衛を勤めていますね。なにか因縁がありそうです。
 そして、これは私の興味の領域に関することなのですが、もう一つ偶然にしてはできすぎた図形を描くことができます。

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 絵画館と富士山頂をつないだ距離と全く同じ距離を北北西に伸ばしますと、ちょうど諏訪湖の中央に到達します。そして、その2本の線上、上の地図に矢印で示したところに、それぞれ山中諏訪神社奥宮(明神山)と精進諏訪神社(精進の大杉)があります。山頂からの両宮への距離もほぼ一緒です。
 まあ、これは単なる偶然だと思いますけれども、立春の日の日没時には、東京へ行くのではなく、明神峠に行ってみようかなと思っています。そうすると、東京で皆さんが私の方に向ってカメラを向けるということになりますよね(笑)。
 まあ、時間と空間を超えてなんだか面白いことがたくさんありますね。

 

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2016.01.19

ジョスカン・デ・プレ 『フェラーラ公エルコレのミサ曲』

 は今20日の朝です。このブログは日付の翌朝に書いています。基本その前日に心に残った「モノ・コト・ヒト」を紹介するということです。
 で、今20日の朝6時半。NHKFM「古楽の楽しみ」を聴きながらの執筆であります(毎日だいたいそんな感じ)。本当はある本を紹介しようと思っていたのですが、今かかっているこの曲があまりに素晴らしいのと、昨日の「Labyrinth」とのつながりで急遽この曲を紹介します。
 ジョスカン・デ・プレ。ルネッサンスの天才作曲家。本当に天才ですよね。このフェラーラ公エルコレのミサ曲1503、4年の作品。伝統をつぎながら、バロック音楽の誕生を予感させる新しさも感じます。
 この曲の面白いところは、基本になる音列「レ・ド・レ・ド・ファ・ミ・レ」を被献呈者の名前Hercules dux Ferrariaeの母音の並びから作っているところです。

Hercules_dux_ferrariae_cf1_2

 こういうことですね。結果として冒頭の「レ・ド・レ・ド」の繰り返しが「新しさ」を生んでいます。ルネサンスの宗教曲では、このような「コード」の繰り返しはあまりありませんから。
 そうした「他者性」がそれまでの決まり事、常識を破っていくきっかけになっているわけですね。
 そうそう、昨日の「Labyrinth」つながりというのはですね、この演奏にEnsemble Labyrinthesという楽団が参加しているという、それだけのことです(笑)。
 ちなみにEnsemble Labyrinthesには宇山康子さんがオルガンで参加しています。宇山さんのオルガン演奏も大変強く印象に残りますね。本当に素晴らしいと思います。


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2016.01.18

上原ひろみ 『Labyrinth』

 しぶりに上原ひろみの「Labyrinth」を聴きました。とは言っても、上の動画のようなソロではなく、スタンリー・クラーク・バンドの演奏。下に動画(?)を貼っておきます。

 最初、上原の曲をスタンリー・クラークが編曲してバンドでやったんだな程度の感覚で聴いていたんですが、ピアノが非常に個性的でタッチが上原風だなと思ったら、なんと本人でした(笑)。一緒にやってたとは知らなかった。
 バンドでの演奏を何かで観た(聴いた)覚えがあったので、いろいろ調べてみましたら、ああこれだ。アンソニー・ジャクソンとスティーヴ・スミスとのトリオだ。

 上原ひろみはやっぱりすごいですね。文句なく世界レベルですなあ。作曲の才能、それもヤマハ的な、すなわちドイツ音楽の伝統を身につけている(?)。
 すっかり忘れていましたが、このアルバムはグラミー賞獲ったんですよね。ニュースになっていたのを思い出しました。この曲が入っていたんだ。
 「Labyrinth」…ジャズの新たなスタンダード・ナンバーになる素質を持った名曲だと思います。

Amazon スタンリー・クラーク・バンド フィーチャリング 上原ひろみ

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2016.01.17

2016 センター試験国語(その2)

 てさて、今年のセンター試験国語について、まじめに論評しようと思いましたが、あまりにもまともな問題でして、珍しく「吠える」べき部分がありません。
 いや、これでいいのだと思います。今年は満点が出ておかしくない試験でした。それが普通ですよね(国語のセンセイ方は当然満点取れるでしょう…)。
 あえて言えば「適当でないもの」を選ぶ問いがたくさんあったことが特徴的だったでしょうか。まさか引っかかった人はいないと思いますがね(中学生だとよく引っかかる)。
 古文の最後の問題がちょっと分かりにくかったかもしれませんね。そういう声をいくつか聞きました。たしかに、六角堂の観音が、男が牛飼いについていくように命じたのは、験者の心経を男に聞かせる目的だったというのは、本文から読み取りにくい。
 この場合は「まあ、そういう解釈もできるな」という許容範囲ととらえて(実際私は△をつけました)、他の選択肢の傷(つまり×)と比較する、つまり消去法でたどりつくことはできるかと思います。結果として、「なるほどそういうことだったのか」と、問いの選択肢にストーリーの仕組みを教えられるというパターンでしたね。
20160118_150533 ところで、全然どうでもいいことなんですが…もしかするとこんなこと気になったのはワタクシだけかもしれません…第1問の本文にいくつかルビ(ふりがな)がついていますよね。揺籃(ようらん)とか欺瞞(ぎまん)とか騙(だま)すとかだったら、まあ分かりますが、6段落に「表(あら)わされる」と出できた時には、えっ?と思ってしまいました。
 「表わす」はさすがに読めるだろうと。ですよねえ。
 もしかして「表す」が正式(一般的)なのであえて読みをふったのかなと、一瞬思いかけましたが、いやどちらかというと「表す」と書くと「ひょうす」と読む可能性があるので、その場合にはあえて「あらわす」であることを表わすべきではないかと…。
 実際のところは、おそらくこういうことだと思います。「表」は小学校3年生で習う漢字です。小学校でこの漢字の訓読みを教える際には、「表す」という送り仮名で教えることになっています。実際には「表わす」も許容される送り仮名なのですが、学校では「表す」で教えるのが普通なのです。
 センター試験もあくまで教育現場で行われるものですから(あっ、ちなみに「おこなう」も「行う」が正式、「行なう」が許容される形です。「行った」と書いた時、「いった」なのか「おこなった」なのか分からないからですね)、こうした不自然なルビが振られたのではないかと思います。
 ついでに書きますと、「表れる」は「あらわれる」と読みますよね。こちらも「表われる」でもいいと書いた辞書などがあります。
 実は実は送り仮名以前に、本来「表」を「あらわれる」と訓読みすることはできないのです。近代に至るまで、「あらわれる(あらはる)」に「表」の漢字を当てた例が見当たらないのです。
 「顕」「露」「現」「見」「形」「彰」「著」などの例は残っているし、古辞書にも出てくるのですが(「あらはす」に表を当てたものはたくさんあります)。
 謎といえば謎ですね。今では「隠れていたものが表面に出てくる」という意味で「表れる」はよく使われるんですけどね(私ももちろん使います)。
 ちなみにgoogle日本語入力ですと、「表す」「表わす」「表れる」は出ますが、「表われる」は出ません。「現われる」や「顕われる」はあるんですが。謎は深まるばかり。
 


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2016.01.16

2016 センター試験国語(その1)

20160117_85547

 年もやってまいりましたセンター試験。もうほとんど恒例になっておりますので、今回もまた軽く論評してみたいと思います…というか、まあ今年の国語の問題はすごかった〜!
 どういう意味ですごかったか…まずいちおう教員として先にこっちを言っておこう…ようやくワタクシの主張が取り入れられて(?)まともな問題になったなという驚きと感動。
 つまり、ようやく勉強した甲斐がある問題になったということ。今までの私の主張は昨年の記事からたどってください。
 特に古文が「まとも」な難易度になってくれたことには感謝です。「本文読まないで解け」と教えていた私としては、逆にまずいなと思ったほどです。
 平均点は高くなってしまいますが、センターの姿勢が変わったことは、ある意味センター試験の歴史上画期的なことであって、受験生にとっては良かったと思います。
 まあ、問題はこの傾向が続くのかということです。揺り戻しのようなことが起きて、また一昨年のような問題が出たりするのが今までのパターンでしたから。
 さてさて、もう一つの「すごかった」は、もうネットなどでご存知の方もいらっしゃることでしょう、そう第1問の評論がぶっ飛んでいたのです。いや、問題としては実にやさしい(優しい&易しい)ものでしたよ。いい問題と言っていいでしょう。
 問題は問いではなくて本文。というか「注」。上の画像をクリックしてみてください。
 リカちゃん、ミニーマウス、ポストペット…このへんは古典的なキャラ&懐かしいキャラですね。そしてそして、まさかのセンター試験に「やおい」の文字が!ww
 その解説がまたすごい!
「原作における男性同士の絆に注目し、その関係性を読みかえたり書きかえたりしたものなどを「やおい」と呼ぶことがある」
 う〜ん、これは名文ですね(笑)。
 本文に「やおい」という文字が出てきた時点で、その道の高校生たちはかなり動揺したことでしょう。そして、あえて「注」なんか見なくてもその意味を熟知しているにもかかわらず、もちろん「注」を見ないではいられなかったことでしょう。
 そしてそしてその「注」が上記のごとくあったわけであって、その際の試験会場の「脳波」は大きく波打ったに違いありません(ちなみに…BL文化については、たとえば10年くらい前にこちらに書いたように、伝統的な貴族文化であると捉えていますから、私は特に抵抗はない)。
 「絆」…この言葉は新鮮でしたね。しかし、なるほど、これは正しいかもしれない。彼女らの「読みかえ」「書きかえ」(あるいは「描きかえ」)の条件として、たしかに「絆」は必要です。というか、「注」にあるとおり、「絆」がデフォルメされてかの関係性の表現になると。
 ちょっとした発見でしたね。国語の問題における「本文」というのは、案外一期一会の邂逅であったりするものです。出題者たるもの、解答者にそういう発見や出会いを提供するくらいの思い入れをもって作問してほしい。
 そういう意味で、今回のセンター試験国語評論のメッセージ性は実に高かったと言っていいでしょう。
 おっと、そんなふうにまとめている場合ではなかった。まだあった。
 注の9、メイド・カフェです。「やおい」でかなりのダメージ(感動)を受けたであろう受験生たちは、この注の掉尾に配備された最終兵器の前に憤死(悶死)を免れぬ状況になったことでしょう。
 では、その道の人ではない受験生の脳波は波静かであったかというと、そうとも言い切れません。おそらくは全くそうした道に興味がなくとも、興味がないだけに、その尋常ならざる受験会場の「空気」にきっと動揺させられたことでしょう。
 やばいと思ったかもしれませんね。自分は不利だと。その時ほど、普段自分が蔑んでいた、教室のすみで静かなる興奮の笑顔を付きあわせている「異世界の住人」たちをうらやんだことはなかったことでしょう。
 そんなわけで、この第1問、非常に公正な問題だったと思います(笑)。だいたいどんな国語の問題も、そのトピックによって多少の、いやかなりの不公平が生じるのですが、ことこのサブカルチャーに関しては、すでに「サブ」ではないほどの現代的存在感を持っているので、結果としてそこの住人のみならず、その補集合たる「一般人」にまで、同程度に大きな振幅の動揺を与えたのです。
 おっと長くなりそうなので、まじめな(?)論評はまた明日以降にします。

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2016.01.15

理不尽という優しさ?

Mig よいよ明日からセンター試験です。私も高校3年生の面倒を見ているので、最後のアドバイスなどをいたしました。
 今日は中学校の方では体調不良が続出しまして、私もちょっと熱っぽかったり、娘も咳込んだりしておりました。
 そう、ここのところ急に寒くなって、いよいよインフルエンザも流行しはじめました。
 また、日本海側では大変な大雪になる季節。なんで、こんな過酷かつ不平等が生じやすい季節に大学入試が行われるのでしょう。
 これって、真夏の高校野球(甲子園)と同じ「文化」ですよね。完全に理不尽。理屈の上からはもっと気候の穏やかな季節にやればよい。しかし、改善されない。
 受験に関しては、秋入学も検討されましたけれども、やはり完全実施にはほど遠い。「なんとなく」ですが、この既設の「冬」が入試の季節だという雰囲気があって、なかなかそれが変わらない。
 なんでか、皆さんうすうす感づいていることでしょう。
 そう、高校野球については、戦争ノスタルジーとしての高校野球という記事に書いたように、それがやはり純粋なスポーツではなく「文化」だからです。欧米人には理解しがたい世界でしょうね。
 それと同じように、受験、入試も「文化」なんですよね。厳しい冬を乗り越えて春を迎える(桜が咲く)。そういう演出があるから喜びもあるし、哀しみも物語化される。
 甲子園も敗北にこそドラマがあるじゃないですか。あれを快適な季節に(あるいはドーム球場で)リーグ戦でやっても全然感動しない。
 西欧的な価値観するとまさに理不尽ですよね。しかし、日本人としてはなぜか譲れない。
 これって、実は「優しさ」でもあるんです。つまり、敗者、失敗者、運の悪い者に対する優しさ。ただの勝敗論だと、それこそ勝ち組と負け組を分けるだけですから、そこには格差、不平等しか残らない。
 そう、一見、不平等に見えるこの日本文化のシステムは、そうした格差、不平等を排除する仕組みを内蔵しているのです。
 「判官びいき」と言いますよね。こうした心性は、外国にないわけではないけれども、やはり日本に色濃い。面白いと思います。
 私も「負けっぷり」を重視するプロレスが好きだったりしますから、典型的な優しい日本人なのでしょう(笑)。面白いですね。
 それでも甲子園もその運営ルール上、多少スポーツライクになってきましたし、いずれ入試も世界標準に近づいてくるのかもしれません。それはそれでちょっと寂しかったりして。
 というわけで、明日あさってのセンター試験でも、インフルエンザを隠して受験する高校生、浪人生がたくさんいることでしょう(追試は不利になる)。そして、それをみんながもらってきて感染が拡大する。
 ん?やっぱり甲子園も受験も最後は体力と気合勝負ってことでしょうか。日本人って保守的ですね。


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2016.01.14

『米の郷 (秋田のパック純米酒)』 秋田県発酵工業株式会社

20160115_104834 トックしてあった燃料が切れたので注文してみました。燃料とはもちろん「日本酒」のことであります。
 特に冬は暖房代わりとしても使っているので、とても大切なものです(笑)。
 いちおう自分は日本酒党だと公言しておりますが、実は正確に言いますと「純米酒党」なのでありまして、純米酒でしたら、高かろうが安かろうがあまり気にしません。
 毎日の燃料補給…いやいや晩酌(もちろんセルフ給油…いやいや手酌)には、この手の安い純米酒が一番ですね。
 昨年11月までは、谷の越をまとめ買いしておりましたが、さすがにちょっと飽きてきたこともありまして、先月は某コンビニのパック純米酒を買って飲んでいました。
 しかし、やはりどうも淡白すぎて物足りない。もう少ししっかりした味があってもいいのになあ、まあ安い純米酒だからしかたないかと思いつつ、ネットでこの「米の郷」を見つけまして、秋田の酒なら少し甘みもあるのではないかと注文してみたというわけです。
 で、今日届きましたので、さっそく飲んでみました。まずですね、とんでもなく安いのでビックリ。計算してみたら、1.8l換算で822円ですよ。さすがにワタクシ史上最安の純米酒です。
 そして味の方ですが、これが予想どおり秋田の酒らしく少し甘い。かと言って甘すぎることはもちろんなく、淡い甘みですので飽きがこない。舌触りもなめらかで、1日目から晩酌にしてはちょっと飲み過ぎてしまいました。まあおかげでぽっかぽかで熟睡できましたが(笑)。
 秋田県醗酵工業と言えば、秋田では言わずと知れた「そふと新光」の会社ですよね。秋田に行くと看板をよく見かけます。そふと新光も、それこそソフトな焼酎としてけっこう人気です。お値段も安いし。
 秋田県醗酵工業さんは、今はオエノングループに入っているとのことで、そういう意味では以前お世話になっていた福徳長さんとも関係が深いということになりますね。
 とにかく安いし、ドカンとボリュームもありますので、日々の燃料補給にはピッタリではないでしょうか。
 ちょっとオシャレを決め込みたい時は、高級な酒器に移していただくと、もうすっかり高級酒になっちゃいますから、ぜひそんな遊びをもお楽しみください。

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2016.01.13

『昭和の怪物 裏も表も芸能界』 なべおさみ (講談社)

Th_61lkigmzmjl れも面白かった。一昨年読んだ『やくざと芸能と–私の愛した日本人–』も相当ぶっ飛んでましたが、こちらもすごい。単なる自慢話ではないですよ。伝統的な「物語」の生まれる瞬間を見ているような、そんな感じ。
 逆に言えば、そういう視点で見ないと、つまり「歴史学」的視点で見てしまうと、なんともイタい本になってしまうかもしれませんね。
 本当のような嘘、嘘のような本当…この虚実皮膜の間に物語は生まれます。そして、その嘘や脚色も含めて「真実」なのであるというのが、私の「昔」に対する変わらぬスタンスです。
 それは、この本にも出てくる、芸能界、スポーツ界、やくざ世界、スピリチュアル世界、宗教界、さらには偽史世界に対して私がずっと興味を持ってきたことからも分かっていただけるのでは。
 この本のテーマは「ケ」と「ハレ」。そして、「本物」「ニセ物」「エセ物」。面白いですね。まさに「本当」と「嘘」、「現実」と「夢」の間を行き来しています。
 そういう「物語」として実に興味深い内容が満載でした。特に心に残っているのは、次の四つでしょうか。
 森繁久彌さんが降ろした「神様」の話、落合博満さんの「臨戦態勢」、王貞治さんに対するなべさんの「手当て」療法、そして、ある意味この本のクライマックスと言える「ハイジャック事件の真実」。
 「手当て」で王さんのガンを治すあたりは、昨日の記事、石井常造の「生気自強療法」と完全につながる世界ですよね。
 もちろん今でもそういう世界はちゃんとあります(先日もそういう方とお会いしました)が、こういう「民間療法」はそれこそ昔からずっとあって、それを体系化していったのが、明治、大正期の皆さんなのです。そういう意味で、なべさんは伝統の正統継承者ということになりますよね。
 まあ、とにかく面白い本です。嫌いな方もいらっしゃるでしょうが、私はなべさんの文体も好きですね。まさに「語り」。懐かしい。
 ふと、秋田の長老たちの「語り」を思い出しました(こちら参照)。
 
Amazon 昭和の怪物 裏も表も芸能界

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2016.01.12

石井常造の「生気自強療法」

Ishi_tsunez 日も備忘的記事になります。昨日の「日本のいちばん長い日」にもちょこっと登場されていたと思いますが、鈴木貫太郎首相の奥様、たかさんがすごい。
 鈴木貫太郎の武士道という記事に上野散人さんがコメントくださっているように、二・二六事件において、こめかみと太ももと胸という三大急所に至近距離から銃弾を浴びた鈴木貫太郎を「生き返らせた」たかさん。その時たかさんが行なった止血というか「手当て」が、陸軍少将石井常造の「生気自強療法」だったと言われています。
 もしそうだとすれば、その「生気」が鈴木貫太郎のみならず、のちの「日本」を「生き返させた」ことになりますよね。
 私もあまりこのへんのことはよく知らなかったのですが、いろいろ調べますとやはり、出口王仁三郎に行き当たります。石井は野口整体の野口晴哉に影響を与えたことはよく知られていますが、その後の「レイキ」や大本系教団の「手かざし」などにつながるラインはあまり研究されていないように感じます。
 いずれにしても、鈴木たかさんが皇室に出入りし、昭和天皇や秩父宮、高松宮を養育するにあたり、そうした「霊的」な療法を学んでいたことはたしかなようです。
 あるいは、皇室にも独自の療法が伝えられているのかもしれません。
 国会図書館の近代デジタルライブラリーで石井の著書は読めますので、興味を持った方はぜひ御覧ください。
 私も読んでみます。

近代デジタルライブラリー「石井常造」

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2016.01.11

『日本のいちばん長い日』 原田眞人監督作品

Th_91armizlp8l_sl1500_ ンタルが始まりましたので、先日Amazonビデオで観ました。
 結論から言いますと、単独の映画としては充分に魅力的な作品に仕上がっていると思いました。
 しかし、どうしてもですね、旧作と比べてしまうじゃないですか。そうしますと、やはり旧作の方がいいとなってしまいます。それも圧倒的に。
 その理由は昨年8月に旧作(岡本喜八監督)を観た時のこちらにほとんど書かれていますね。歴史との距離です。これはどうしようもない。
 前半はいいなと思ったんです。ああ、旧作とは全く違う視点で描かれているが、これもいいなと。心理描写も細やかだなと。特に不安だった(旧作ではあえて登場しなかった)昭和天皇の本木雅弘さんが意外にもすんなり受け入れられた。
 しかし、後半になって事件が切迫してくると、急にがっかりさせられてしまった。なんでだろうと思うと、なんとも「軽い」のですね、その切迫感が。
 カットが細かいのもありますが、それ以上に役者のセリフが早すぎる。聞き取れない。重みがない。
 おそらく演出としてそういう手法を取ったのでしょう。切迫感を言葉で表そうとした。おそらくですが。
 旧作では、逆に「間」が緊張感を生んでいる。これは表現の時代差なのかもしれない。そして、それが先ほど書いた「歴史との距離」そのものだとも思うわけです。
 私は旧世代の人間なのでしょうか。やはり違和感を抱いた。残念な気持ちになりました。
 まあ、そうした表現のことは置いて、内容については再びいろいろ考えさせられましたね。
 特に、ポツダム宣言受諾の御聖断において、なぜ昭和天皇は「国体の護持に確信を持っている」と言えたのか。ここは歴史の謎とされる部分でもあります。
 ここには実は仲小路彰が関わっております。戦後発表された「我等斯ク信ズ」の内容は、すでに鈴木貫太郎内閣発足時から、政府、大本営、そして天皇に奏上されていたと思われます。
 仲小路は終戦後、米ソの対立が深まり、日本がその間において復興することを予言しています。そこには、当然、反共、防共の砦としての日本という立場が想定されており、だからこそアメリカは天皇制をなくしたいがなくせないことになるとの予想がありました。
 そして、歴史はその通りに動いていったわけです。
 こうした裏面の歴史も、次第に遠くなっていきます。今こそそれを掘り起こす時だと考え、今年はいろいろと動こうかと思っている次第です。
 そうしたきっかけを与えてくれたという意味では、この「新作」も私にとっては大きな力を持った作品だと言えそうですね。

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2016.01.10

今年こそ空飛ぶ円盤に会いたい!?

Th__20160111_93054 日の夜、NHK BSプレミアムの『幻解!超常ファイルダークサイド・ミステリー』で、 「File-15 徹底解明!最新超常映像の謎に迫る」と称して、最近動画サイトに蔓延するUFO、未確認生物、霊現象などのビデオのトリックを解明する番組が放送されました。
 このニュー・メキシコのUFOも登場しましたね。
 科学技術、特に映像技術が発達することによって、超常現象の真実が明かされるかというと実は全く逆で、番組で検証されたように、フェイクも無数に増産され、より混迷を深めております。
 まあ、人間というのは、「謎」好きなんですよね。ワタクシ流に言うところの「コトよりモノ」ということです。事実よりも物語の方が楽しいわけです。
 ちなみに私は宇宙人なので(笑)、逆に空飛ぶ円盤的なUFOに関しては懐疑的でして、世に出回っている動画についても、ほとんどがフェイクか、普通の飛行物体(飛行機や人工衛星、気球、火球など)か、光学現象、あるいは気象現象だと思います。
 以下に貼る動画のほとんど全てが上記のどれかにあてはまるでしょう。

 と言いつつ、昨年、小型のUFOに遭遇いたしまして、あれはいまだに何だったのかよく分かりません(小型UFOに遭遇!参照)。
 それから2年前にUFOと宇宙人UFOと宇宙人(その2)という記事を書いております。そちらも御覧ください。
 今年こそ「空飛ぶ円盤」に遭遇したいなあ。

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2016.01.09

「請務其本」=基本を大切に

09_17_46_05 年も入試の季節がやってきました。送り出す方、迎える方ともに忙しくなってまいりました。
 今日は我が富士学苑中学校の推薦入試。毎年書いているように、国語の問題の本文は自分で書いています。ひとの文章から問題作るのは大変ですから。たくさん本を読まなければならないし、小学生向けの文章はなかなかないし、最近は著作権の問題が面倒だし。じゃあ、自分で書いたほうがずっと楽だし、思い入れをもって受験生にメッセージを送れる。
 なんで、大学の先生も含めて、世の中の国語の先生方は私のようにしないのでしょうかね。絶対いいですよ。
 というわけで、今年の文章もまた公開します。大した文ではありませんが、よろしかったらお読みください。
 今気づきましたが、2008年に「請務其本」という記事を書いていました。そして、中学校開校の日の記事にもこの言葉が登場していました。

    「請務其本」

 「その本を務めよう」…富士学苑高校の正門に掲げられている言葉です。
 いったいどういう意味なのでしょう…えっ? 聞いたこともないし、わからないって? いえいえ、大丈夫ですよ。「意味を答えなさい」などという問題は出ませんから。
 本当のところ、富士学苑の中学生や高校生はもちろん、もしかすると先生たちでさえ、完全にはその意味を理解していないかもしれません。
 とても短い言葉ですが、だからこそ難しいのです。今日はその意味を、この文章の中でみなさんといっしょに考えていきましょう。
 この言葉は、あるお坊さんが亡くなる前に残したものです。そのお坊さんの名前は関山慧玄さん。鎌倉時代の末に生まれた人です。
 富士学苑中学・高等学校の母体となっている月江寺というお寺は知っていますよね。その月江寺が属しているお寺のグループがあって、そのグループのトップに位置するのが、京都の妙心寺という大きなお寺です。その妙心寺を作った方が関山慧玄さん。
 そんな立派なお坊さんが一生けん命修行して、ときの天皇に尊敬されるまでになって、そして亡くなる前に弟子たちに語った言葉だというのですから、きっと深い意味があるのでしょうね。
 先ほど、とても短い言葉だと書きましたが、もともとは漢文(古い中国語の文)で「請務其本」と書かれています(「請う其の本を務めよ」と読みます)。たった漢字四文字です。その四文字に慧玄さんはいったいどんな思いをこめたのでしょうか。一文字ずつじっくり見ていきましょう。
 「請」…この字は小学校で習わないようですね。しかし、「請求書」という言葉はどこかで見たこと、聞いたことがあるのではないでしょうか。そう、何かを売った時に、相手に◯◯円払って下さいと求める書類のことですね。これをもらったら、買った人はちゃんと◯◯円払わないといけません。「請」という漢字も、また「請う」という日本語の動詞も「求める」という意味なのです。
 では何を「求める」のか。それはその下の三文字の内容です。一文字ずつ見ていきましょう。
 まず、「務」という漢字があります。この字は五年生で習ったはずです。「つとめる」と読む漢字はいくつかありますが、これは「はげむ」という意味の漢字です。つまり、「請務」で「はげむことを求める」となります。
 では、今度は何に「はげむ」のか。「務」の次の字を見てみましょう。
 「其」ですね。「その」と読んでいます。これはみなさんがよく知っていて、よく使っている「その」と、基本的には同じ意味です。指示語ですね。ただし、ここでは特定の言葉を指し示しているわけではなく、「何かの」という程度の意味です。
 そして、最後が「本」。「もと」です。「本」という漢字は、「木」という漢字の下の方に横棒で印をつけたものです。そう、木の下の方、根っこという意味なのですね。ものごとに当てはめると、「基本」という言葉が一番しっくり来るのではないでしょうか。つまり、「其本」で「何かの基本」ということになります。
 さあ、全体をまとめてみましょう。
 「請務其本」=「何かの基本にはげむことを求める」
 そうです、慧玄さんは、亡くなる直前、弟子たちに「何ごとにおいても基本にしっかりはげみなさい」というアドバイスを残したのです。
 この四文字の後には、「葉を摘み、枝を探してはいけない」という意味の言葉が続いています。「葉」や「枝」は基本ではなく、表面や飾《かざ》りということでしょう。つまり、「請務其本」とは、目につく葉や枝ばかりにとらわれず、地中に張った根をしっかり見つめなさいということなのです。
 私たちは、いろいろなことを勉強したり、練習したりして、どんどん成長し自信をつけていきます。しかし、そういう時こそ、目先の点数や勝ち負け、またそのための小手先のテクニックに気を取られがちになります。
 慧玄さんが何十年も修行をして、悩み苦しみ、そして最後に至った境地だからこそ、とても重みのある言葉です。そして、慧玄さんが亡くなってから六百五十年以上たった今でも、こうして伝わっているわけですから、本当にすごいことですね。
 「その本を務めよう」…いつも初心を忘れず、基本に立ち返る…たしかにとても大切なことです。お互いこの言葉をかみしめましょう。


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2016.01.08

「昔」の語源

14e890 日は備忘的な記事になります。去年の年頭にも「今年は本を一冊書く」とか言っていながら、全くその気配すらありませんでした(苦笑)。どうも機が熟していなかったようです。
 で、今年こそは!と思っていますが、これもどうなることか…たぶん、来年の今頃同じような記事を書いているような(笑)。
 書きたいことはずいぶん溜まっています。特に昔からずっとやってきた「モノ・コト論」。そして、そこに絡めた「トキ論」。時間は未来から過去に向かって流れていた!というやつです。
 つまり、「モノ・コト・トキ」という古くからある日本語を分析して、日本人の古くて新しい哲学を構築したいと思っているのですが…ま、死ぬまでにはなんとかしますよ。
 で、今日は「昔」という言葉についてちょっとメモしておきます。さっきも「昔からずっと…」と書きましたね。まあ、昔といえば過去のことです。それもある程度の「距離感」のある過去。近過去ではない。
 「むかし」という言葉は、万葉集にも使用例がいくつか認められますので、かなり古い言葉であることがわかります。万葉集でも現代とほとんど変わらない意味で使われていますので、日本人としてはかなり長く親しんできた言葉だと言えるでしょう。
 さて、この「むかし」の語源ですが、やはり定説はありません。語源説ってけっこうトンデモになりがちですからね。なかなか証明がしにくいので、学問にならない。研究者も少ない。
 私も個人的には、それこそ昔から語源には大変興味を持っていて、いろいろな仮説を立てていますが、それらももちろんあくまで想像にすぎません。私は学者ではないので、勝手なことを言ったり書いたりできるわけです。
 で、そういうスタンスで考える、「むかし」の語源は、「向かし」です。おっと、「むかし」と入力して変換すると「向かし」がちゃんと候補に出てくるではないか。
 そう、「向かす」という「向く」の他動詞がありますよね。現代語で言うと「向かせる」になります。その「向かす」の名詞形が「向かし」です。
 つまり、「昔」とは「向かせる」の名詞だと考えるわけです。ちょうど「透く」「透かす」「透かし」の関係と同じですね。
 今でも「昔を振り返る」という言い方があるように、私たちは基本的に未来に向かって立っています。私は「時間は未来から過去に流れる」と考えている者です。つまり、私たちは「今・ここ」に止まっていて、時間の方が向こうからやってきて、過ぎ去っていくという感覚です(「未来」「過去」という漢語もそういう意味です)。
 すなわち「向かし」とは、過ぎ去った事象を思い出すことを、「後ろを向かせる」という比喩で表現したものであると考えるのです。普段は未来の方(前)に向かって立っている私たちが、自分自身を過去の方(後)を向かせる、そうして思い出したり、感じたりできる事象を「昔」というと。
 どうでもいいようにも感じられるでしょうけれども、実はこの「いつもは前向き、時々後ろ向き」というのが、実は日本人の「時間観(感)」、そしてそこから出る「世界観」「人生観」にとって、非常に重要なものになってくるのです。
 ちなみに「昔」という漢字は、なぜか「干し肉」という意味なんですよね。
 

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2016.01.07

吉井和哉 『STARLIGHT』

Th_71a6ppxt0ml_sl1064_ 日1月8日はスペシャルな日となるでしょう。申年の1月8日…そういう運命だったのですね。
 イエモンが再始動するのではないかという直観は、実はこのアルバムを聴いた時からありました。そういうファンの方も多いのではないでしょうか。
 先日映画パンドラの記事にも書きましたように、この吉井さんの最新アルバムが、なんともイエモンの香りを発していたのです。
 このアルバムが発売されたのは昨年3月。それから吉井さんに大きな変化があったことは、皆さんご存知のとおりです。この15年間というのは、この前も書いたように、私にとっても実に大きな変化の期間でした。
 しかし、考えてみると、そうした変化というのは、実は外からみると「サナギ」の状態なんですよね。社会の型にはまって活動している時というのは、動いているようで実は変化していなかったりする。
Th_2016010700000367oric00025view そういう意味では、吉井さんも私も(なんて同列に並べてはいけまんせが)、この15年間は「サナギ」だったのかもしれませんね。
 面白いもので、私もここのところ、ある意味基本に立ち返りつつあり、また急に外に向かって動き出している。男の一生にはこういう「サナギ」の期間も必要なのかもしれません。
 問題は、これからサナギを突き破ってどんな蝶になるのかということでしょう。イエモンは幼虫時代はかなりド派手な色合いでした。華麗にして毒々しい模様。それがどんな蝶に変わるのか。楽しみです。
 そして、自分も頑張らねばなと思うのでした。
 というわけで、全然このアルバムの内容については書いていませんが、吉井サナギの最後の作品として、ウズウズムズムズ動き出している作品として、実に魅力的な作品だと言えるでしょう。やっぱりポップで切ないのが吉井さんだなあ。

Amazon STARLIGHT


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2016.01.06

北朝鮮が水爆実験?

Th_2016010700000001mai0004view 然のニュースに驚きました。
 ちょうど昨日紹介した仲小路彰の「未来学原論」を読んでいたところでした。仲小路彰は水爆、すなわち核融合を破壊兵器として使うか、あるいは発電など平和のために使うか、その選択こそ21世紀の人類に与えられた課題であるとしています。
 水爆実験など20世紀の負の歴史であり、近く実現するであろう核融合発電に見るような「地上の太陽」の世紀が訪れると予感していた私にとっては、まさに時計の針を戻されたような気持ちです。
 しかし、考えてみるとこれが現実であって、理想の実現のためには、その現実、それも大変身近なところにあるこの現実を乗り越えなければならないという気づき(思い出し)を与えてくれたとも言えます。
 ただどうでしょう、本当に「水爆実験」だったかは疑わしい。私のシロウト的な直観では、水爆の起爆装置としての原爆の実験という意味ではないかと思います。
 誤解されている方も多いので、原爆と水爆の根本的な違い、すなわち核分裂と核融合の違いについて復習しておきましょう。ぜひ「ワシは原発には反対の賛成なのだ!」をお読み下さい。
 北朝鮮の核実験ということでは、3年前3回目の核実験を行なった時に「北朝鮮の核実験と松代大本営」という記事を書いています。ここにもなかなか面白いことが書いてある(自分で言うのもなんですが、読みなおしてみて面白かった)ので、お読みいただきたい。
 今回の北朝鮮の核実験は当然批判されるべきものですが、こうした地球史的な視点からの解釈も必要でありましょう。


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2016.01.05

岸井成格さんによる「仲小路彰」紹介記事

Th_images 年末から何かと話題になっている岸井成格さん。ことの真相はよく分かりませんが、ここのところの彼の発言には、私でさえも多少首をかしげざるを得ないところがありました。まあ、気持ちは分かりますが、お立場が…。
 そんな岸井さん自身もお忘れかもしれない貴重な資料があります。およそ31年前のサンデー毎日の記事です。岸井さんサンデー毎日の記者をされていたんですね。岸井さん41歳でしょうか。
 なんとその取材内容は「仲小路彰」。タイトルは「仲小路明良」となっていますが、これは昭和23年ごろ、姓名学の熊崎健翁の影響で「改名」したという事情があるようです。
 仲小路彰氏が亡くなられてからおよそ半年して書かれた記事。当時もほとんどその存在が知られていなかったことが分かります。しかし、一方で時のあらゆる分野にわたる重鎮たちが口をそろえて「すごい人だ」と語っていたことも分かります。
 ソクラテスとアインシュタイン…なるほど、言い得て妙ですね、加藤登紀子さん。

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2016.01.04

劇場版『パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE』

Th_51zhpmpagnl 開時に観そびれてしまったこの映画。なんとも不思議なタイミングで鑑賞することになりましたなあ。
 申年が幕を開くと同時に、イエモン復活のウワサが突然浮上いたしました。実際のところは分かりませんが、この映画を観ると、ありえないこともないかなと思います。なんで活動停止したのか、なんで解散したのか、よく分からない。それほど2013年のメンバー4人はとても仲がいいし、バンドの雰囲気がしっかり残っている。
 いよいよ時が来たのでしょうか。往年の大ファンとしては当然期待に燃えてしまいます。
 さて、この劇場版パンドラ、公開は2013年夏。その頃、まさかこの映画に出演している重要人物二人と直接会って話すことになろうとは、夢にも思っていませんでした。人生分かりませんね。
 公開から数カ月後、吉井さんとある意味再会を果たすことになりました。憧れ尊敬していた吉井さんが、なんと中学の後輩であることが分かったのもその時です。私が3年の時の1年。そして、その関係は世代を超えて再現された…不思議な不思議な不思議すぎるご縁。ローカルな貸しレコード屋の話とかで盛り上がりました(笑)。
 なんだか怖いくらいなのですが、私の場合、会いたいと思った人が、向こうから来てくれるんですよね。あの人もあの人も…(笑)。
 そのすぐあとでした。これも不思議なルートでした。写真家の有賀幹夫さんと知り合いになって、多くの時間を共有させていただくことになったのです。有賀さんとも音楽を超えたところでつながった。タイミングが絶妙すぎました。
 もちろん、この映画の主人公は吉井和哉。そして、最も重要な証言をしているのが有賀幹夫。これは誰もが否定しないでしょう。そのお二人とつながることができた。
 この映画の舞台となっている1998年から99年。私はちょうど家を建て結婚をした頃でした。そんな人生の転機ということもあり、PUNCH DRUNKARD TOURには行けませんでした。
 ちなみにこの映画でも彼らの転機として紹介されているあの伝説の第1回フジロック・フェスティバル、あの時はまだ独身でした。独身最後の夏。独身で結婚のあてもなかったのに、山の中に家を建てようとしていた時です。実は、あの日、フジロックの音は聴いているのです。そう、あのフェスが開かれたのが鳴沢村の天神山スキー場。
 私の家はそのすぐ近くにあり、風向きによってはその音が漏れ聞こえてくるのです。当時、ようやく家を立てる土地が決まり、あの日の夕方、私はそこにいたのです。
 嵐の中、どのバンドかは分かりませんが、たしかにロックの轟音が聞こえてきました。もちろん、本当は会場に行きたかったのですが、仕事の関係で断念していたのです。
 そんなこんなで、私にとっても、吉井さんはじめイエモンのメンバーやスタッフの皆さんにとっても、まさに転機となった97年〜99年であったのです。
 それから15年の時を経て、そう、15年というのがポイントでしょうかね。あらためて、客観的に過去を振り返ることができる「ひと昔」というのは、もしかすると10年ではなくて15年なのかもしれません。
 ロックと社会、ロックと「大人」の関係はたしかに非常に難しい。ある意味、吉井さんも私も大人にならざるを得ないポイントに立っていたのかもしれません。
 有賀さんがこの映画の中で語っているように、「ロックンロールは夢ばかりじゃない」。そして、若さゆえ、ロックゆえの「無謀な挑戦」。それがたしかに解散の原因になっているのかもしれません。
 しかし、逆に「夢」と「挑戦」があるのが、ロックの素晴らしいところです。そして、世界中のベテランバンドや再結成バンドを見るまでもなく、実はロックには「老い」はなく、夢を追って挑戦をしようと思った時、ロッカーは「若い」のかもしれない。
 そんな時が来たのかもしれませんね。実際、昨春に発表された吉井さんのニュー・アルバム、すっごくイエモンっぽかったもんなあ…。
 申年の元旦に、私もちょうど「夢」への「挑戦」を思い出したところでしたので、なにかとても嬉しい。期待しすぎないように期待したいと思います。


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2016.01.03

『海難1890』 田中光敏監督作品(日本・トルコ合作)

 の娘が帝国劇場にて「ジャニーズ・ワールド」を鑑賞している間に、残りの3人は立川で映画を観ました。映画マニアの下の娘は「ORANGE」を、私たち夫婦は「海難1890」を選びました。
 「海難1890」…いろいろなことを気づかされました。映画としての演出などは別として、作品の核となっている二つの実話(エルトゥールル号遭難事件とテヘラン邦人救出劇)から学ぶことが多かった。
 今回はトレーラーも全く観ずに全編を鑑賞しました。それが良かったかも。というわけで、これからご覧になりたい方は下の動画は観ない方がいいかもしれません。

 「ご先祖様に顔向けできない」…それが民族や国家にまで拡張された言葉なのかどうかは、日本とトルコでは多少違いがあるとは思いますが、やはり「お天道さま(お月さま)が見ている」的な感覚は、宗教や思想以前の本能的、自然的な人類の魂だと思いました。
 そのレベルで人類がもう一度結びつくこと。これは大切なことですね。政治的なこと、あるいは歴史的な「事実」は抜きにして、未来的な意味でそのような魂の結びを感じたい方は、ぜひ御覧ください。
 また、イスラム教と日本の関係を知るのにも良いかもしれません。仲小路彰のイスラム研究は、トルコ人経由だった可能性があるなと思いました。
 下に関連動画を紹介しておきます。

「海難1890」公式サイト

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2016.01.02

恒例 年賀状公開(2016)

 年元旦に公開していた年賀状ですが、今年はまだ出していないので(苦笑)、ちょっと遅れての公開であります。
 毎年あまりのくだらなさに初笑いというか初呆れを提供している山口家。今年もコテコテなネタではありますが、微妙なところにこだわった作りとなっております(?)。
 特に世界の人気猫「シローさん」もさりげなく登場しておりますので、ぜひ探してやって下さい。
 それにしてもカミさんがあまりに自然に猿化したのでビックリ(笑)。本人もショックというか、「やっぱり」と思ったようです。
 なお、過去のおバカ年賀状はこちらよりご覧ください。

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2016.01.01

あけましておめでとうございます

 さま、あけましておめでとうございます。今年もよろしくいたします。
 今年の元旦は、聖地「明神山」において、同志と、そして出口王仁三郎の耀わんとともに初日の出を拝ませていただきました。
 明神山はこちらに書きましたとおり、「未来への聖地」であります。仲小路彰、高松宮さまと縁の深い場所です。
 そんな聖地での年明けは、まさに「日本の世明け」と言うべき、素晴らしすぎる時間と空間でした。ほとんど奇跡です。富士山、山中湖、明神山、諏訪神社、地球戦没者慰霊塔、南アルプス、金星、月、そして太陽。
 言葉にすることが大変難しいので、写真を並べるだけにさせていただきます。特に、耀わんに初日の出が映り、王仁三郎の言霊の込められた穴が赤く輝いたのには、本当に感動しました。

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