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2015.09.30

富士山大沢崩れで「煙」

Th_2015093000010000yamanashik0009vi っこう騒ぎになっていますね。富士山西側の斜面にある大沢崩れから「煙」が上がっていると。
 写真で見ますと、たしかに白い「煙」が、かなりの量出ているように見えます。
 東側斜面によく出る「雲」とは明らかに違います。風景としては私も初めて見ました。なんなんでしょうね。
 国土交通省富士砂防事務所は「強い風によって巻き上げられた砂煙。大きな崩落などは起きておらず周辺に影響を及ぼす現象ではない」と発表しました。
 たしかに強風によって富士山体の細かい砂が巻き上げられることはあります。去年でしたか、東側斜面の砂礫が巻き上げられて、神奈川県に黒い砂として降ったことがありましたね。
 しかし、今回は西側。やはり珍しい状況だと思います。今日はそれほど風は強くありませんでしたし、大きな崩落もなかったようですから。
Th_2015093000000102mai0006view 気になるのは、砂煙にしては「白い」ということ。写真ですからなんともいえませんが、どうも見た感じ「砂」というより、「水蒸気」のようです。
 では何なのか…。
 やはりこれは水蒸気なのではないでしょうか。昨日、今日と冷え込みが強かったわりに、日中気温が上がりましたから、いわゆる「夜露」が太陽光に温められて蒸発したのではないかと。
 もちろん、富士山の火山活動による「煙」である可能性も捨て切れません。山体の温度が上がって、湯気が上がったということです。
 ここのところ、我が家で計測している富士山ラドン濃度が、近隣の地震とは関係なく上昇気味ですので、富士山自体になんらかの動きがあるのかもしれません。

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 今のところ山体の膨張などは観測されていませんので、この可能性は低いと考えていますが、いちおう注意は必要でしょう。
 昭和の初期までは、山頂の山体の温度はかなり高く、それこそ「煙」が立っていたところもあったといいます。大規模な崩落が続いて「皮が薄くなっている」大沢崩れから「煙」が上がることはあってもおかしくありません。とはいえ、たとえそうだとしても、いわゆる噴火に直接つながるものではありませんから、必要以上に恐れる必要はありません。
 いずれにしても、富士山は生きている、動いているということですね。
 


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2015.09.29

笑けずり最終回

 ちらもちょっと遅くなりましたが、先週金曜日に放送された「笑けずり」の最終回生放送スペシャルをもう一度観てみましょう。
 「笑けずり」については、一ヶ月前こちらに紹介しました。
 その後の回も、大変おもしろく、また勉強になり、そして残酷で、感動的でした。こういう甲子園的な背水の陣ドラマチックお笑い番組という企画自体秀逸ですね。笑いを創る過程が日の目を見て良かったと思います(特に若手の苦労)。
 というわけで、最終回も盛り上がりました。そう、観ている方もドキドキハラハラ。今までのプロセスがあるので、3組ともに思い入れがありますからね。
 結果は観ていただくとして、私は(あくまで好みの問題ですが)圧倒的にぺこぱがいいと思いました。新しさという面では、他の2組でしょうが。
 ま、とにかくお笑い番組で泣いてしまったのは初めてでした(笑&泣)。
 初代チャンピオン…ということは、これからこの番組は続くということでしょうか。新たなお笑いの登竜門として注目していきましょう。

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2015.09.28

でんぱ組.inc『あした地球がこなごなになっても』

 週のことになりますが、でんぱ組.incのみりんちゃん、もがちゃん、えいたその3人がウチの学校に遊びに来てくれました。いやいや、遊びじゃないな、交通安全講話だ(笑)。
 河口湖ステラシアターでの公演を前に、富士吉田警察署の一日署長さんを務めたでんぱ組。忙しいお仕事の合間をぬってわざわざ本校に足を運んでくださいました。ありがとうございました。
Th__20150929_6_47_05 女性警察官コスプレ(?)の3人に、もちろん生徒たちは大興奮。私も司会の役得とばかりに思わずはしゃいでしまいました(笑)。
 特にみりんちゃん、私のわがままを聞いてくれた上に、しっかりネタに仕上げてくれまして、まことにありがとうございました。事前の打ち合わせは「段取りはオッケーですよね?」「はい!」という会話だけでしたから(笑)。さすがです。
 というわけで、お礼と言ってはなんですが、でんぱ組の最新曲「あした地球がこなごなになっても」を紹介いたします。
 いや、この曲いいですよね。私も大好きなマンガ家浅野いにおさんの、いかにも「らしい」不思議な歌詞が、日本人大好きコード進行満載の、ちょっと切ない旋律に乗っています。PVも素敵ですね。いにおさんのイラストも随所に登場しています。
 キャラというか、生い立ち的な部分も含めて、日本文化を陰で支えるヲタクをまた支える存在である「でんぱ組.inc」。私もこのご縁を機に、さらに応援していこうと思います。
 本当にありがとうございました!

Amazon あした地球がこなごなになっても

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2015.09.27

復活!よい子の花火大会 in 月江寺

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 の日曜日(10/4)、いよいよ「よい子の花火大会」が復活します。
 かつて地元の恒例行事として大いに盛り上がっていた、富士吉田市下吉田月江寺の「よい子の花火大会」。
 地域の子どもたちに非日常的(ハレの)楽しさと夢をもう一度!ということで、地元の若い教え子たちが中心となって復活させることとなりました。
 場所も私の奉職する学園の母体であるお寺ですし、教え子からも相談を受けていましたので、陰ながら協力させていただいています。ちなみにJJパラダイスというバンドに助っ人で参加します(ボーカルはカミさんです)。我が校のジャズバンド部もオープニングで演奏します。
 言うまでもなく、子どもたちにとって「祭」は、社会教育的な意味を持つものです。地域の祭の復活が、日本の復活につながると、私は真剣に考えてきましたので、こうして足元でそうした動きが出てきたことは、非常にうれしいことです。
 かつて月江寺界隈には正統なヤクザ(興行師)さんもいて、たとえば境内でプロレスの興行なども行われていました。先日、地元出身のプロレスラー武藤敬司さんに会ったのも、実はそうした文化を吉田に復活させるための第一歩です。
 先日も書きましたとおり、ここ下吉田月江寺界隈は、太宰治、李良枝、志村正彦といった夭逝の天才たちの作品を生んだ土壌です。
 ぜひ、他地方からもそうした「聖地」の磁場を感じにいらしてもらいたいと思います。あっそうそう、磁場と言えば「ジバニャン」も来ますよ(笑)。
 多くの方々の来訪をお待ちしております!

よい子の花火大会 Facebook


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2015.09.26

『アートがあなたを変える、世界を変える』 サイヒロコ (KADOKAWA)

Th__20150927_85455 界的なアーティストであるサイヒロコさんをご紹介いただき、対談させていただきました。
 国連の21世紀平和の文化シンボルアーティストであり、フランスのポンピドゥー・センターやサリーヌ・ロワイヤル世界遺産「未来都市」に住みながら創作活動や平和運動を行なってきたサイヒロコさん(詳しくはこちら参照)。
 考えてみると、とんでもない方とお話させていただきましたね。ありがたいご縁であります。
 アート、平和、未来学、教育、富士山、宇宙…王仁三郎の耀わんをはさんで話題は尽きませんでした。限られた時間の中でしたが、非常に共感する部分が多く、今後の展開が実に楽しみです。
 別れ際にこの本をいただき、さっそく拝読いたしました。サイヒロコさんが、いかに自由に自然体に生きていらしたか、そして、それが一般社会、特に日本の常識からするといかに奔放であったかが分かりました。もちろん、その自由さ、奔放さは非難されるべきものではなく、本来人間に与えられた権利です。
 特に日本の教育、あるいは社会全体が、子どもたちのそういう権利を奪っているかということを感じましたね。実は昨日、中学生のある弁論大会に引率で参加していたのですが、そのあまりに型にはまった、大人の基準でのコンペティションに寒気がしていたところでした。やっぱりおかしいですよ、日本の教育は。
 このサイヒロコさんの自伝を読みますと、やはりご両親の教育がご本人に与えた影響が大きいと感じました。
 「100%相手の立場になって考える」
 これは、アートの基本であり、平和や幸福の基本であり、仏教の自他不二の境地であり、神道の自然観でもあります。レベルは違えど、同じことを目標としてやってきた私としては、大変勉強になり、なおかつ勇気を与えられた対談となりました。
 そして、私からは出口王仁三郎の「芸術は宗教の母」という考え方や、仲小路彰の地球公園化構想や未来学、富士山の歴史などを紹介させていただきました。
 これから、ここ富士山において、大きなアートのうねりが世界に向けて、あるいは宇宙に向けて発信されることと思います。
 いや、発信の前に、富士山やそこに住む私たちが受信機(うつわ)になって、宇宙のメッセージを受け取ることから始めなければなりません。そういう準備をさせていただきたいと思います。
 「アートで世界を変える」…王仁三郎流に言えば、こちらに書いたように、「芸術」とは神(自然、宇宙)の業であり、私たち人間はそれを体現するお役目をいただいているわけで、違う言い方をすれば、「世界を変える(創る)ためにアートは存在する」ということになります。
 サイさんは、王仁三郎の耀わんを手にした時、その温かさ、明るさ、楽しさ、そして人間に対する無限の愛を感じたとのことです。
 さすが、本物のアーティストどうしはそういう次元でつながるのですね。
 さあ、これからの展開が本当に楽しみです。私にできることは協力させていただきます。ご縁に感謝です。

サイヒロコ公式サイト

Amazon アートがあなたを変える、世界を変える

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2015.09.25

J-Force Bluetooth FMトランスミッター

20150926_83211 が家の最近の音楽環境に関する記事を続けます。
 昨日は家でストリーミング音楽を聴く際のBluetooth機器を紹介しましたけれども、今日は車の中での話です。
 昔はラジオ。そしてカセットテープ。その後CD。そして今はネットストリーミング。車内音楽の環境も大きく変わってきましたね。
 特にiPhoneなどのスマホを車内でナビやミュージックプレイヤーとして使う人が増えていますね。私もそういう感じです。
 そこでiPhoneと車のオーディオとをつなぐ必要が出てきます。その時一番便利なのが、これではないでしょうか。
 iPhoneとBluetoothでつながり、その音をFMでラジオに飛ばすという代物ですね。
 イヤフォンジャックにつなぐ有線タイプと比べ、圧倒的に手軽ですしノイズも少ない。非常にいいですよ。
 車に乗ってエンジンをかけると、自然とiPhoneとつながり、音楽の再生が始まります。その間5秒程度。とっても楽です。
 もちろんiPhoneをナビに使っている時の音声も車のスピーカーから出ます。
 Google Playミュージックなどのストリーミングサービスで音楽を聴きながらのドライブというのもなかなかヲツなものですね。
 今までですと、自分のコレクションを車内に持ち込むか、あるいはラジオから流れてくる音楽を聴くしかなかったわけで、ある意味両極端だった。聴きたい曲だけ聴くか、人任せにするか。
 ストリーミングで、たとえばおススメやステーションを聴けば、その中間の音楽群に出会うことができるわけですよね。基本聴きたいジャンルやアーティストを聴きなから、その周辺の知らない音楽にも出会うことができる。
 もちろんストリーミングはデータ量が大きいので、回線を利用するとすぐに速度制限にひっかかっちゃいますから、私はPocket WiFiを車内に持ち込んでいます。
 昨日も書きましたとおり、本当に私たちを取り巻く音楽環境は大きく変わりましたね。
 特定の音楽を繰り返し聴くということの価値も分かりますが、本来音楽は一回性の芸術ですから、もしかすると、こういう「ストリーミング(流れていく)」というあり方が本当なのかもしれませんね。
 というわけで、車でスマホの中の音楽やストリーミングを聴きたいという方は、ぜひこの製品をお使いください。音もいいですよ。安いですし。もちろんステレオですし(安いものの中にはモノラルのものもけっこうある)。

Amazon J-Force Bluetooth FMトランスミッター

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2015.09.24

JBL HORIZON(アラームクロック搭載 Bluetooth対応アクティブスピーカー)

 日Google Playミュージックを紹介しました。ストリーミング音楽生活が始まるとともに、某会社からのプレゼントとして送られてきたのがコレ。JBLのBluetooth対応スピーカー…というか目覚まし時計というか。
 いやぁ、これいいですよ。最近手に入れたものの中ではかなり満足度が高い。
 なんといっても、まずはデザイン。センスよし。シンプル。大きさ、重さも含めて絶妙の高級感がありますね。スイッチ類や配線も後部にうまくまとめられており、とにかく前から見るとスッキリしています。
 そしてもちろん音もいい。けっこうたくさんの小型スピーカーの音を聴いてきましたけれど、これは想像の数倍いい音でした。さすがJBLブランドですね。
 特に低音の自然さ(適度な豊かさ)と高中音域の分解能の良さにはびっくり。結果として非常にバランスが良く、近くで聴いても、遠くで聴いても満足です。この小ささ、かつ「目覚まし時計」というコンセプトのデザインの中で、よくここまで持って行きましたね。
 ちなみに今はバロック音楽を聴いていますが、チェンバロの音の自然さは特筆すべきです。
Th__20150926_8_05_18 Bluetoothの接続も簡単です。私はMacBookと常時つなげています。とは言え、無音の時は自動でスピーカーとしての電源はオフになるようで、何かを再生するとすぐにつながってくれます。
 FMラジオもついています。この春ウチの近くを送信所とするFMフジヤマというのが始まりまして、それは外部アンテナなしでも受信できます。
 目覚まし時計としても便利。ジワ〜と光るバックライト(まさに背面照明)もオシャレです。
 電波時計ではないところも逆にいいですね。というのは、私は時計を常に2分くらい進めておきたい人間なので。分かりますよね?特に朝は気持ちだけでも2分未来で行動したいので(笑)。
 こういう優れものが1万円以下で手に入れられる時代なのですね(今回私はタダでもらっちゃいました!)。
 皆さんもぜひ枕元に置いて、オシャレな夜や朝を演出してみてはいかがでしょうか。

Amazon JBL HORIZON

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2015.09.23

Google Playミュージック

Th__20150926_72056 Apple Musicに続きまして、Google Playミュージックが始まりしましたね。
 さぁ、どちらのサービスを選ぶか。
 結論から言いますと、私はGoogleを選びました。正直インターフェイスというかデザイン的には許せないくらいダサいと思いますが(笑)、サービスの内容はAppleより魅力的です。
 やはり、無料で50000曲まで自分のコレクションをアップロードできるというのがいいですね。さっそく、iTunesの音楽を全てアップしました(けっこうかかりました)。
 こうして世界中の個人データを収集するというGoogleの野望に加担してしまうのには、ちょっと抵抗もありますが、音楽に関してはまあいいか。私のコレクションはジャンルもめちゃくちゃだし、個人情報としては使い物にならないでしょうし(笑)。
 あとはAppleになかった松田聖子さんをはじめとする日本の楽曲が充実していること。クラシックはAppleの方が豊富ですが、そっちについてはナクソスのサービスをピティナ経由で月々300円で使っていますから特に問題はありません。
 リコメンドやラジオ・ステーションの選曲も、私としては意外性のあるGoogleの方が好きですね。Appleはセンスがよすぎる。つまり、通が選んでいるから「ハズレ」がないわけですね。それがある意味では想定外の出会いの可能性を下げています。ちょっと飽きちゃうんですね。
 今ならAppleMusicよりも月々200円安い月々780円というのも魅力でした。
 まあとにかく、AppleMusicの記事に書きましたとおり、音楽受容のあり方が大きく変わりますね。数年前までは想像すらできませんでした。私としては実にありがたいことですが。
 

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2015.09.22

WRESTLE-1 TOUR 2015 2nd ANNIVERSARY 甲府大会

Th_img_9615_2 士吉田出身の武藤敬司さんに会いに行ってきました。来年ちょっと企画していることがありまして、その相談も兼ねての試合観戦です。7月12日以来のレッスルワン観戦。
 富士の国やまなし観光大使でもある武藤選手。凱旋興行だったわけですが、会場の広さの割にお客さんが少なめでちょっと残念。
 後楽園ホール大会でザ・グレート・ムタとして、引退間近の天龍源一郎と闘った翌日ですし、武藤選手は試合はなく挨拶とサイン会のみ。まあ、しかたないですね。あの膝の状況では。
 そう、昨日の試合も映像で少し観ましたが、あれはもう「能」の世界ですね。世阿弥の「稽古条々」を思い出します。
 全体として試合内容は、それなりに楽しめました。地方興行らしく子どもやお年寄りの比率が高く、特に試合中のレスラーと子どもたちとの交流が微笑ましく良かった。これもまたプロレスの醍醐味ですし、来年私が考えるていることも、ここと深くつながっています。
 なんか福祉の精神ですね、プロレスって。なんとか業界全体を盛り上げていきたいと思います。
 やはり、今は地味でも、ニューヨークで活躍したことのある選手たちは「巧い」ですね。「芸」の質が高いですよ。これが旧来の日本のプロレスをダメにした的な言い方もされますが、私はそうは思いませんね。これもまたプロレス、というか結構王道だと思います。
Th_img_9618 武藤ベアーのTシャツにサインをいただきました。富士吉田、それも下吉田地区で生まれ育った武藤敬司を地元に呼びたい!なんとか実現したいと思います。
 プロレスと歌謡曲の復活。すなわち昭和の興奮をもう一度。単なるノスタルジーではありませんよ。子どもたちに夢と物語を与えたいのです。それを富士山の麓で!
 そうそう、今回の大会では、スペシャルゲストとして、山梨ご当地アイドル「FUJI SAKURA塾」がショーを披露してくださいました。19歳から2歳半までという幅の広さ(笑)。これはこれでいいと思いましたよ。


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2015.09.21

江戸〜東京をゆく

 日は東京にて教え子の結婚式&披露宴。時間が比較的ありましたので、ほかにもいろいろと寄り道しました。そのうち一部を写真にて紹介いたします。
 縄文から現代まで、水平に歴史が堆積する特殊なトポス、東京。「和」の象徴なのかもしれませんね。
 まずは、コテコテの「江戸東京」である浅草寺。この絵柄は国際標準。シルバーウィークということもあり、大変な人出でした。アジア人のメルティング・ポット。ところが、ゴミ一つ落ちていない。すごいですね。素晴らしい日本の発信だと思いました。

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 結婚式は浅草寺のお隣、浅草神社本殿で行われました。神仏分離、廃仏毀釈のはずが、寺の方がメインになり、神社はちんまりと鎮座。これはまた「国譲り理論」とも言えますね。戦後日本のあり方を象徴していると感じました。いいんじゃないですかね。

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 結婚式終了後、浅草のお寿司屋さんで昼間から酔っぱらってしまいました。お店に商売道具を忘れて取りに帰るという失態まで(笑)。
 その後、千鳥ヶ淵戦没者墓苑へ。私は初めての参拝です。ちょうどその時、すれ違いで富士山にいらっしゃる安倍昭恵さんからメールが。今日は総理のお誕生日かつ世界平和デーなので、朝プレゼントと称して高松宮さまの「平和に寄す」全文をお送りしたのですが、それをFacebookで紹介してくれるとのこと。タイミングの素晴らしさに感涙。心より平和を祈り、誓わせていただきました。

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 千鳥ヶ淵戦没者墓苑の脇にあるのは、旧鈴木貫太郎宅跡。二・二六事件の現場です。最近我が家とご縁のある安藤輝三が鈴木貫太郎にとどめを刺さなかった、その現場です。いろいろ思うことあり。

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 続いて靖国神社前にて拝礼。鎮霊社にはいまだ参拝できないのでしょうか。高松宮さまのお考えになった、「地球戦没者慰霊施設」建設の実現に向けて今後邁進します。

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 披露宴は小笠原伯爵邸にて。ワタクシの家系はもともと小笠原です。不思議な御縁を感じました。1927年建設のスペイン様式の建築。これもまた「和」ですね。

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 乾杯の挨拶と余興という大役を無事(?)終えて、教え子たちとおいしいお酒とお料理をいただきました。いい結婚式&披露宴だったなぁ。お幸せに。


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2015.09.20

新之介 帰幽のお知らせ

Th_img_4427 日9月19日、18年半いっしょに暮らした、黒猫の新之介が亡くなりました。本名は山口丹後守新之介。
 大往生。全く苦しむことなく、何かを悟ったような見事な最期でありました。
 結婚してすぐに教え子の家からもらってきた黒猫兄弟。兄(という設定)の大和守弥右衛門は2012年に帰幽。実の娘たちよりも長く一緒に過ごした家族の死はなんとも寂しいものであります。
 しかし、新之介は18年以上、ほとんど病気もせず、最期もまさに老衰という感じの一生でしたので、きっと思い残すこともないでしょう。弥右衛門はちょっと唐突だったので、家族は号泣でしたが、新之介は私たちにしっかり心の準備をさせてくれましたから、ある程度冷静に受け止めることができました。
 本当に長い間、私たち夫婦や家族に癒やしと気づきを与えてくださり、ありがとうございました。お疲れ様でした。
 人間的(オヤジ的)だったヤエモンとは対照的に、とっても「猫」的だったシンノスケ。わがままでマイペースというところもありましたし、ある意味嫉妬心も強かったかもしれません。
 最期も対照的だったかも。「弥右衛門 帰幽のお知らせ」に書いたように、ヤエもまあ天晴れな死に様でしたけれども、シンはシンで「らしい」天晴れな最期でしたね。
 兄弟、ちょっと仲が良くないところもあったので、お墓は微妙に距離をとることとしました。ヤエの墳墓は「ヤエ山古墳」と呼んでいます。シンの墳墓はなんて呼ぼうかな。
 お客様にも可愛がられた新之介。やはり弥右衛門と人気を二分していましたね。本当に外見も性格も対照的でしたので。
 今まで、新之介を愛してくださった皆さま、ありがとうございました。ぜひお墓参りにいらしてください。

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2015.09.19

富士学苑中学高等学校ジャズバンド部 第13回リサイタル

Th__20150920_8_26_30 じさんホール、立ち見が出るほどの大盛況。お越しくださった皆さま、ありがとうございました。
 高校3年生最後のステージとなるリサイタル。今年は我が中学の1期生二人も高校3年になって引退していくということで、いつも以上に感慨深い演奏となりました。
 6年間、大森先生のご指導のもと、それぞれジャズを通して大きく成長してきました。あらためて若者の可能性と、音楽の素晴らしさ、そして学校のクラブ活動の意義を痛感した次第です。
 もちろん6年間の中には、私の知らない苦悩もたくさんあったことでしょう。しかし、今日の晴れの舞台でそれらも昇華していくのが、一つ一つの音の中から感じられました。
 逆に言えば、やはり人間というのは、ある種の痛みや苦しみがなければ、本来成るべき姿になれないということでしょうか。
 それはちょうど、音楽における不協和音のあり方に似ています。ぶつかった音が解決した瞬間のなんとも言えない美しさ。不協和音それのみでは不快にすぎませんが、時間の流れと、協和音への意志がそれを美しい記憶に変えていきます。
 その点、ジャズというのは面白いなと思いました。基本、純粋な協和音が登場しないのがジャズです。もちろん、これは非西洋近代音楽的なセンス、それはすなわちほとんど世界共通の感覚なのですが、実際ド・ミ・ソは気持ちが悪いものです(日本人も明治期にその響きを聴いて吐き気を催したそうです)。
 その違和感を緩和するために、ある意味苦肉の策として、多くの非和声音を加えるに至ったわけです。
 西洋近代音楽、いわばクラシックと言われるジャンルは神の響きとして、そうした純粋な協和音を良しとした、非常に特殊な音楽なのですね。
 すなわち、人間はどこかで、あまりに純粋な「協調」を生理的に受け付けない性質を持っているのです。これは決して人間の不完全さを証しているものではありません。逆です。
Th__20150920_8_26_12 他者との邂逅、衝突、和解、融合…これこそが生命の本質であります。
 そう考えると、面白いのは、ジャズの和声のあり方ですよね。完全に解決することなく、しかしそこに豊かさや幸福感が存在している。それはまるで自然界の共生のあり方のようですね。
 そんなことを考えながら、生徒たちの演奏と成長ぶりを味わった今日のリサイタルでした。
 バンドとしても、非常にレベルが高く、バランスの良い音の集まりが心地よかった。どのセクションも標準以上のレベルで安定感がありました。
 ゲストとして登場した部のOBである宮谷くんのサックスは、相変わらず美しい音で、すっかり聞き惚れてしまいした。リードが素直に振動している。品の良いデイヴィッド・サンボーン(笑)という感じでした。
 大森先生もおっしゃっていましたが、卒業していく生徒たちも、ぜひ音楽を続けてもらいたいですね。別にジャズにこだわる必要はないと思います。やりたい音楽を楽しくやってほしい。下手くそながらも学生時代以来楽器を続けている者として、心からそう願います。この歳になっても、音楽に教えられることはたくさんあります。
 ウチの娘はベースで参加していました。まあ、達者に弾けるようにはなりましたが、音楽の大きなスケールでのうねりを作るまでには至っていません。通奏低音の役目を果たせるよう精進させます(笑)。まだまだこれからですな。
 高校3年の5人、本当にお疲れ様でした。これからそれぞれの進路に向けて頑張りましょう。そして、目標を達成したら、またゆっくり音楽を楽しんでください。

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2015.09.18

玄侑宗久さん講演会『不二のお山とヤンジさん』

Th__20150919_10_36_42 士吉田に深いゆかりのある夭逝の芥川賞作家李良枝。
 彼女のことはごく簡単にですがこちらに紹介しました。
 彼女と交友のあった、同じく芥川賞作家である玄侑宗久さんが富士吉田においでになり、講演をしてくださいました。
 私もなんとなく彼女に縁を感じており、いちおう全集も手に入れてぼちぼち読んでいたところだったので、今日の玄侑さんのお話は実に興味深かった。
 彼女の人生を振り返るよい機会になりましたし、富士山が彼女にとって究極的にはやはり「不二」であったというのには、なるほどと納得させられましたね。ありがたいお話でした。
 日本と韓国…自らのアイデンティティーに悩み苦しんだ李良枝。その悩み苦しみは、彼女の尊敬する太宰治と同様に、多分に自己暗示、自己演出の傾向があると思うのですが、まあ、作家というのは、そうしてあえて二択の狭間でふらふらしながら、最終的にその統一を図るという、いわば修行者なのでしょうね。
 こちらに勝手に紹介させていただいた「富士山」という短編。これについて、私はすっかりだまされていましたね(笑)。
 考えてみれば、実話のわけはない。今日の玄侑さんの裏話によれぱ、まさに太宰と同じような虚実のバランス感覚ですね。
 富士吉田市下吉田、月江寺界隈という、まんま太宰治の生活と小説の舞台に育った李良枝は、そういう感覚を実地的に感得していったのでしょうね。私もそこのところを共有させていただいているので、よ〜く分かります。
 フジファブリックの志村正彦くんにも全く同じことが言えます。そう考えると、ここ(我が校のあるところ)は本当に特別な「トポス」なのですね。ありがたいことです。
 富士山はやっぱり特別な存在。不二はキーワード。
 ここのところ全集も開いていなかったので、久しぶりに引っ張り出してきますか(中学の図書室に置いてあります)。
 

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2015.09.17

戦争は文化だ

As20150917005435_comml 保法案、与野党の攻防も佳境に入って参りました。
 私はこのたびの安保法案の必要性は充分に分かっているつもりです。一方で与野党の攻防のレベルの低さには辟易しますし、国会前の職業市民たちのどんちゃん騒ぎもどうかと思いますし(実際見に行ったのでよく分かります)、メディアの偏向報道も著しいと感じる。
 まあ、政治というのは個人の私的レベルを超えた公的なコトを成すのが仕事ですから、市民には反対されてナンボです。そういう意味では、それこそようやく「決められる」政治に戻ったともいえますね。
 さて、そんなどんちゃん騒ぎの中、なぜか(笑)石田純一さんが「戦争は文化ではない!」と吠えておりました。
 もちろん、これは「不倫は文化だ!」のセルフパロディでありまして、芸能人の自虐ネタとしてはなかなか秀逸でありますが(笑)。
 しかし、「戦争は文化ではない」というのは明らかに間違いです。その発想が戦争を起こしてきたと言ってもいい。
 石田さんははたして文化をなんだと思っているでしょう。不倫は文化で戦争は文化でないと(笑)。
 ワタクシの定義によりますと、「文化」とは「その土地風土のアイデンティティーが人間の活動( 生活)を通じて現れたもの」、「自然のアイデンティティーが人間の営み を通じて現れたもの」。つまり「モノ」が「コト」として語られるとそれが文化なのであります。
 地政学が雄弁に物語るように、戦争はその土地風土、自然環境がその大きな原因、要因になっています。食べ物の取り合いが土地の取り合いとなり、国の取り合いになる。
 日本は気候風土に恵まれ、食べ物は潤沢にあった。そして、海に囲まれているという、まさに地政学的な好環境にも恵まれ、文化としての戦争はあまり発達しませんでした。
 しかし、明治維新以降、世界は国際化し、また交通機関や通信手段の発達により、日本は、古典的な地政学を超えた近代的地政学の中で生きなければならなくなりました。
 そして、西洋文化としての「戦争」を取り入れざるを得なくなり、その結果、多くの国際的な戦争に巻き込まれていくことになりました。もちろん、現在もそうした近代的地政学の中に私たちはいます。
 戦争反対、安保法制反対、安倍やめろと言う人たちの文化も私にはよく分かるのです。自分にもそういう「古典的」な文化は生きていますから。
 それにしても、革新が憲法守れで、保守が憲法改正というパラドックスと同じく、ここでも左派が「古典的」で、右派が「西洋近代的」価値観というのは面白い現象ですね(笑)。
 私の尊敬する仲小路彰は、戦前、戦中と「戦争文化研究会」において、世界史上の戦争を研究しつくしていました。平和という文化を成し遂げるためには、戦争という文化を知らねばならないという信念のもと。
 私も全く同じ観点を持っているのですが、戦争学や戦争史あるいは戦争文化を研究していますと言うと、本当に誤解されます。
 戦争文化の視点においてこのたびの安保法案を読むと、その意義や問題点が浮かび上がってきます。法案すら読まず、ただただ反対だ賛成だと叫んでいる人たちには分からないでしょう(もちろん私も完全に理解しているわけではありませんが)。
 石田さんはどうなんでしょうね。不倫は文化、戦争は文化でないということを、論理的に説明してほしい…いやいや、最初からギャグなのだから、そんな無粋なことは言いませんよ(笑)。それより、そんな軽い発言をまじめに取り上げてしまうメディアのセンスを疑いますね。


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2015.09.16

『ぼくらの昭和オカルト大百科 70年代オカルトブーム再考』 初見健一  (大空ポケット文庫)

Th_91jk4gpgdyl_sl1500_ かしかった!自分のルーツを復習したような気分ですね。
 皆さんもよくご存知のとおり、私は永遠の「中二病」患者であります。学校の教員で責任ある立場でありながら、そんなことで大丈夫かと心配されています(笑)。
 いや、心配ご無用であります。というか、もうどうしようもないですね、これは死んでも治りません。ただ、そんな自分をけっこう冷静に見つめている自分もいるので、それほど人様には迷惑をかけていないと思っています(たぶん)。
 それこそ、私が中二だったのは70年代も末のことです。つまり、小学生時代に70年代の空気を思う存分吸い込んでいた、それも京浜工業地帯近くの東京の団地住まいだったので、もう生活自体がオカルト的であったとも言えます。
 公害、ヘドラ、ノストラダムス、ネッシー、ツチノコ、オリバーくん、超能力、催眠術、ユリ・ゲラー、UFO、心霊写真、口裂け女…まさに私にとっては「日常」の「現実」でしたね。
 いつかも書きましたが、そういう意味では、戦前の日本の方がずっとオカルトしてました。終戦後、アメリカの意図もあって、日本人は「科学的思考(嗜好)」に舵を切りましたが、結局のところ70年代に揺り戻しが起きてしまった…というのが、私の今の解釈であります。
 つまり、70年代が異常だったわけではありませんし、その時代に少年時代を送った私たちの世代が特殊というわけではありません。もともと日本人は、のちに「オカルト」とか「カルト」と言われるような領域に親和性を持っていたのです(と自己を正当化する…笑)。
 私なんか、50すぎてもまだ、予言だ、スプーン曲げだ、UFOだって騒いでますからね。いや、UFOに関してはもっとひどくて、最近、「自分は宇宙人だ!」と言って憚らなくなっています(笑)。
 一方で、いわゆる科学がオカルトに追い付いてきた部分もあります。以前、こちらに少し書きましたが、最先端の物理学者の方のお話を聴く私の感覚は、完全に少年時代のそれと同じであります。
 ユリ・ゲラーさんが(ジョン・レノンとヨーコの紹介で)富士吉田市に住んでいたというのも偶然ではなく、なんらかのご縁であると勝手に思っています。
 というわけで、この本を読んで、あらためて自分の今後の生き方を確認させていただきましたよ。つまり、地球防衛軍として今までどおりやっていきます!

Amazon ぼくらの昭和オカルト大百科

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2015.09.15

cheero 2in1 USB Cable with micro USB & Lightning connector

Th__20150916_63724 日は軽いネタ。
 iPhoneの充電ケーブル、家や職場、カバンの中、車の中などなど、いろいろな所にほしくなりますよね。
 一方、Micro USBケーブルはどんどん増える。いろいろなガジェットに付いてきますので。そこで、以前はこちらに紹介した変換プラグを使っていたんですけどね、最近iOSは厳しくなって、いわゆくApple認証の製品でないと、通信はおろか充電すらできなくなってしまった。ま、中華で事故が起きたりしてますから仕方ありませんが。
 そこで純正のものを買おうとすると、これが高い。こんなケーブルに2000円弱も払うのかよという気持ちになりますよね。
 というわけで、最近はこれを買って使うことにしています。1000円ちょいで、LightningとMicro USBの両方に使える。もちろん、Appleさんの認証があるので、iPhoneに拒否されることもありません。
 デザイン的にも可愛いでしょ。ロゴも猫の足あとみたいです。
 純正も含めて、Lightningケーブルは接続部分の強度が弱い。この製品も手荒に扱うと断線するという報告があるので、最初からテープを巻いて補強しておきましょう。たったそれだけのことで長持ちしますよ。
 Lightningケーブルを買い足そうとしている方はぜひ、この2wayケーブルを試してみてください。なにかと便利です。iPhoneとAndroidの2台持ちの方にはもちろんおススメです。

Amazon cheero 2in1 USB Cable
 

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2015.09.14

八神純子 with 後藤次利 『The Night Flight』

featuring 松原正樹、佐藤準 & 村上ポンタ秀一
Th_514agaj85zl_sx425_ 日、娘は2000人の聴衆の前で気持ちよく演奏したようですが、私たち夫婦も某バンドの練習に参加しまして楽しんできました。私は初めての参加でしたが、アドリブが許されるバンドでしたので、やりたい放題(笑)弾いてきました。ちなみに今回はヴァイオリン担当であります。
 そして、帰宅しましたのち、夫婦でこのアルバムを聴きまして、プロの歌手とバンドの凄さに思わず唸ってしまったのでした。
 まあ、そりゃあそうですよね。メンバーすごすぎですよ。

ヴォーカル 八神純子
後藤次利 ベース
松原正樹 ギター
村上ポンタ秀一 ドラムス
佐藤準 キーボード

 ちょうど今日練習したバンドと同世代の重鎮たちですね。いやはや、すごい演奏です。おっちゃんたち、やりすぎなくらいハッスルしてますね(笑)。
 純粋な八神純子ファンには抵抗もあるかと思いますが、私のようなバンド好き、特にベース好きにはたまらないアレンジの連続です。後藤次利さん、ますます元気ですね。
 これは生で聴きたかったなあ。まだまだ若いもんには負けないぞという感じ。
 八神さんのヴォーカル、当然、若かりし頃と比べれば、それなりの経年変化というのを感じますが、それでも充分に艷やかで伸びやか。大人の色気や渋みや深さも加わって、私としては、往年よりも今の方が聴きやすかったりします。
 昔の楽曲もいいですけど、最近の曲もまたいいですね。ある意味シンプルでスタンダードになっているのに陳腐ではなく、やはり大人を感じさせる。さすがですね。
 弾き語りもアカペラも交えでいるため、全体のバランスは良くなっていると思います。全部おっちゃんバンドが頑張っちゃうと、さすがにうるさかったかもしれません(笑)。そのへんの匙加減も絶妙ですね。
 それにしても、「夜間飛行」以外は本当に意外なアレンジ。何の曲が始まるのか分からない、そのスリル。古くからのファンをもうならせます。
 娘が帰ってきたので、さっそく「このベースを聴け!」と言いました。たぶんこういうベースをやりたいんだと思います、娘は。だからこそ先人に学べというわけです。
 ぜひ、皆さんもお聴きになってみてください。

google play musicで聴く

Amazon The Night Flight

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2015.09.13

富士学苑ジャズバンド部@JSF

 親と妹が某所で盛り上がっていた昨日から今日にかけて、上の娘は石巻と仙台へ出張。ジャズバンド部(Moon Inlet Sounds Orchestra)でベースを演奏をしてきました。お疲れさま。
 石巻では、地元石巻ジュニアジャズオーケストラ(Swing Liberty Pirates)、神奈川県の小学生バンド開成ジュニアアンサンブル(Blue Birds)と音楽を通じて交流してきたとのこと。
 そして、仙台では毎年おじゃましている定禅寺ストリートジャズフェスティバルに参加。今年はストリートではなく、東京エレクトロンホール宮城でのジュニアジャズミーティングに参加したとのこと。その動画をYouTubeにアップしてくださった方がいらっしゃったので、それを紹介させていただきます。

 今年のバンドもずいぶんと成長しましたね。特にトランペットが良くなりました。ビッグバンドの華ですからね。

 リズム隊も盤石。ソロ陣も安定し、バンドとしてのバランスが非常に良くなっていますね。
 そんな我が富士学苑のジャズバンド部 Moon Inlet Sounds Orchestra は、今週の土曜日、年間最大のイベント、そして1年間の集大成である第13回リサイタルを行います。
 ふじさんホール18時開演、入場無料ですので、ぜひおでかけください。必ずや満足していただけるものと信じます(手前MISOですが)。

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2015.09.12

タルティーニのラルゴ・アンダンテ

 日はとても忙しい一日でした。不思議な目に見えないご縁に動かされ、いろいろ大切なことを学ばせていただきました。本当にありがとうございます。
 そんな一日の最後に聴いた美しい音楽を紹介したいと思います。
 タルティーニのヴァイオリン協奏曲イ長調D96の2楽章です。この曲はちょっと謎があります。もともと、このヴァイオリン協奏曲の2楽章は短調の美しい楽章でしたが、のちにタルティーニが有名な詩人、劇作家だったピエトロ・メタスタージオの詩にインスパイアされて、新たにホ長調の緩徐楽章を書いたようです。
 メタスタージオは当時大変な売れっ子。彼の詩はヴィヴァルディやヘンデル、バッハに至るまで、本当に多くの作曲家によって旋律を付けられています。
 このなんとも美しいラルゴ・アンダンテには、冒頭に「私の苦い涙よ。 流れよ、川や泉のごとく。 私の深い痛みが和らぐまで」との記述があるようですが、それがメタスタージオのなんの作品の一部なのか、勉強不足で私には分かりません。
 いずれにせよ、天才詩人と天才作曲家の間に、それこそ霊的なレベルでの交流があって、この美しい(長調ですが、これはおそらく哀しみの表現なのでしょう)旋律が生まれたのだと思います。
 最近では、コンサートのアンコールとして演奏されることも多いようです。上に紹介した動画は、クロアチアの古楽器団体のもののようです。繰り返しにおける即興もなかなかセンスがいいですね。
 ちなみに、この楽章ではトゥッティのヴィオラはお休みとなっています。それもちょっと不思議な感じですね。
 もしかして、他の作品からの転用かな、あるいは歌曲として作られたのかななどとも想像されますが、資料がないのでよく分かりません。
 バロック名曲集などでネットでもよく聴くキアラッパの演奏もなかなかです。全楽章も一度聴いてみてください。


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2015.09.11

驚き☆ももの木 20世紀 『愛と死 夏目雅子』

 911…当然2001年の同時多発テロ事件を思い出しますね。しかし、その影に隠れてしまいがちですが、ある方の命日でもあるのです。そして今年は没後30年。
 その方は夏目雅子さん。私は夏目さんの全盛期に学生でした。実を言うと、それほど好きなタイプではなく、あまりのその作品を観ていません。CMにしても、あまり印象に残っていない。
 ただ、最近ですね、やはり彼女の演技や存在感というものを再評価、いや、初めて評価できるようになってきまして、映画なども観てみようかなと思うようになったのであります。
 佳人薄命と申しますが、たしかに彼女にはどこかはかない面影というのがありましたね。決して明るいキャラではない。
 そんな彼女の人生を知るのにふさわしいのが上掲の番組。ちょっと演出が強めかもしれませんが、若くして亡くなった悲劇の美女という後世の印象も含めると、案外リアルな表現なのかもしれません。
 伊集院静さんとの関係も、ある意味生き急いだ結果だったのかもしれませんね。もし、生きていたら今年58歳です。どんな女優さんになっていたのでしょうね。
 全然関係ありませんが、ちなみに今日は紀子さまのお誕生日でもあります。

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2015.09.10

第27回高松宮殿下記念世界文化賞

Th_2015091100000040sanspo0001view 報です。高松宮殿下記念世界文化賞に日本人が二人選ばれました。絵画部門での横尾忠則さんと、音楽部門での内田光子さん(内田さんは英国籍ですが)。
 高松宮殿下記念世界文化賞は、文化のノーベル賞。ノーベル賞にある「文学」以外の分野で最も権威のある文化賞であると言っていいでしょう。絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の5部門があります。
 日本人二人が同時受賞するのは、第17回の彫刻部門の三宅一生さん、建築部門の谷口吉生さん以来。
 特に横尾忠則さんの受賞はうれしいなあ。彫刻部門でファッション・デザイナーの三宅一生さんが受賞したのと同じように、絵画部門でグラフィック・デザイナーの横尾さんが受賞したというのがうれしい。
 (今ちょっと大変なお立場にある)デザイン界の重鎮永井一正さんも常々願っていらっしゃったように、デザインが「芸術」として認められたということですよね。
 今ちょうど高松宮さまについていろいろ調べています。昭和天皇は理系、秩父宮さまは体育会系、高松宮さまは文化系という感じですよね。
 いつも書いているように、高松宮さまは仲小路彰や川添紫郎(キャンティ創始者)と交流がありました。ですから、伝統的な芸術、芸能はもちろん、いわゆる「モダン」なアートにも親しんでおられました。この賞には、そういう流れもあるのでしょうね。
 これまでの日本人の受賞者を一覧にしておきましょう。建築部門が強いですね。

 演劇・映像部門 黒澤明/中村歌右衛門/坂田藤十郎/森下洋子
 建築部門 丹下健三/安藤忠雄/槇文彦/谷口吉生/伊東豊雄
 彫刻部門 三宅一生
 絵画部門 草間彌生/杉本博司/横尾忠則
 音楽部門 小澤征爾/(内田光子)

高松宮殿下記念世界文化賞
 
 

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2015.09.09

『二・二六の礎 安藤輝三』 奥田鑛一郎 (芙蓉書房出版)

Th_61te0gla7ml_sl500_ このところ突然「身近」なところに「いる」ことになった安藤輝三。
 その安藤の人となりと足跡、そして二・二六事件の真相に迫る評伝小説。力作です。読後感の「重さ」は格別でした。
 読者は、当時の部下たちへの聞き書きを中心に構成されている前半で、すっかり安藤のファンになってしまうでしょうね。本当に素晴らしい男です。男が惚れる男です。
 だからこそ、後半、事件の前後の心の葛藤が辛い。辛すぎます。
 二・二六事件と安藤輝三の行動への解釈はいろいろあって当然ですから、ここではその核心部分には触れません。専門家におまかせします。実際無数の人たちが書いてくれていますし。
 あえて私は、私なりの直観を書かせていただきましょう。
Th__20150910_9_18_02 一つは「富士山」。安藤のみならず当時の軍人、いや日本人にとっての富士山は、今の私たちにとってのそれとはあまりに違う存在です。
 防共、国体の象徴…そのあたりについては、たとえばもう一つの富士山(その6)三島由紀夫と富士山に多少まとめて書いたことがあります。
 安藤も秩父宮さまらと富士山で何度も演習を行っています。青春の思い出であり、成長の舞台であったのです。そんなわけで、我が家に来るというのもうなずけますね(笑)。
 秩父宮さまと言えば、やはり二・二六事件の裏側の本質として、昭和天皇と弟宮との微妙な関係があるなと感じましたね。まあ、男の兄弟は難しい。三男の高松宮さまは大変だったのでは。これについては今はこれ以上語れません。
 そして、安藤輝三の生き様、死に様が、結局当時の、あるいはそれ以後大東亜戦争期の日本人、あるいは日本という国を象徴しているなと思いました。
 まじめで、義理堅く、大義のためには命も惜しまず、だからこそ最後は無謀とも言える、あるいは頑固とも言える生き方、死に方になってしまう。特に「負け」が決定的になった時ですね。投降もしない、自決もしない。「武士道」という名(フィクション)のもとに。
 それを強制終了させるのは、結局のところ「御聖断」しかないというシステム。これが日本人であり、日本なのです。
 そうすると、やはり、安藤輝三の戦後も、日本の戦後も、魂レベルでは終っていないということになりますでしょうか。システムとしては「強制終了」でしたが、彼ら、我らが子孫、後世のために祈った魂は、今でも宙に浮いてしまっているのです。
 今年、終戦70年、来年、二・二六事件から80年。どうすれば、そういう魂たちが安らかになるのか、とても難しいことですが、私たち現代日本人全てが考えなければならないことだと思います。

Amazon 二・二六の礎 安藤輝三


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2015.09.08

駿河湾でM4.9

Th__20150909_6_44_35 ょっと特殊な揺れを感じました。当地鳴沢は体感震度2。
 すぐに震源を調べると、ちょっと意外な場所でした。同じ場所で地震があったのは、2013年の大晦日でした。その時はM3、震度1。その前は2011年8月で、その月は1日にすぐ近くを震源としたM6.1、震度5弱の地震が発生し、その余震のような形で数回にわたり今回の震源で小規模地震が発生しています。
 このM6.1は、3.11の誘発地震と考えられますので、今日の地震もまた、地球スケールで見れば3.11の誘発地震であると言えるでしょう。
 ただ、少し気になるのは、8月末から御前崎(浜岡原発直下)で群発地震が発生していたことです。あの地域の群発地震は珍しい。
 もちろん、これらをもって東海地震の前兆であるとは断言できませんが、なんらかの動きがあることはたしかです。
 我が家で計測している富士山のラドン濃度ですが、9月に入ってからかつてない急低下がありました。また今日、駿河湾の地震があったあと急上昇し、現在25になっています。

20150909_80017

 このような急な濃度変化は、富士山に比較的近い地域の動きに対応している場合が多いので心配しておりました。
 今後の推移にも注目したいと思います。
 


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2015.09.07

バッハはやっぱり宇宙人?

 問をしている中学の弦楽合奏部で、今年は思い切ってブランデンブルク協奏曲の第3番に挑戦しております。いやはや、大変だけど面白いですね。私は高校でこの曲を初めて弾きましたので、生徒たちの苦闘している姿は懐かしくもあります。
 このたび私はチェロのパートも弾きますので、これでこの曲のチェンバロ以外の全てのパートを演奏したことになります。長く生きてきた証拠ですな(笑)。
 さて、それこそ私が中高生の頃、バッハに目覚めるきっかけになったワルター・カーロス(今はウェンディ・カーロスw)のスイッチト・オン・バッハ。中でもブランデンブルク協奏曲はカッコ良かったなあ。
 …と思って、生徒たちに聞かせようかと思ったら、こんな動画がありました。いやぁ、みんなで盛り上がっちゃいましたよ。美しいですねえ。

 ほかの作曲家の作品もいくつかありますが、やはりバッハの「美しさ」、すなわち視覚化された音楽の整然とした幾何学性には驚かされますね。
 この前、横浜で大変苦労して演奏した(笑)ブランデンブルク協奏曲6番の第3楽章もありました。これまた、きれい。
 そう、演奏していた時になんとなくイメージ化されていた「図形」が現実化している感じですね。

 やっぱりバッハって宇宙人なんでしょうか。そう言えば、フランス映画「美しき緑の星」でも宇宙人たちがそんな会話してましたね。
 普通の五線譜スコアやピアノロールでもある程度イメージできる幾何学性ですが、やはり、この形だと際立ちますね。
 ちなみに、こうした「未来から過去へと流れる」イメージは、音楽や時間と空間の関係の本質を表しているようにも思えます。
 バッハ以外ですと(ちょっとベタですが)このショパンの有名なノクターンが、違った意味で美しかったなあ。きれいな演奏でもあります。

 別のイメージですが、こちらのノクターンもいいですね。

 音楽の視覚化はもっと研究されても良い分野だと思います。聴覚と視覚、時間と空間の身近な橋渡しですからね。入り口としては一般人にも分かりやすい。
 ちなみにこうしたアニメーションを作るソフトはこちらです。Windowsのフリーウェアですが。

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2015.09.06

安藤輝三と出口王仁三郎

NHK歴史秘話ヒストリア『天皇のそばにいた男 鈴木貫太郎』

 めて観てみると、鈴木貫太郎が二・二六事件で生き残ることが、のちに日本が生き残るための伏線になっていたと感じますね。
 そうしますと、安藤輝三の2月22日の「蹶起の決意」とは、自身が意識するとしないとにかかわらず、日本を生き残らせるこめのものであったということになります。
 それは「國體護持」というような次元の話ではない。もっと高い次元でのことだったのかもしれません。
 少し話が飛んでしまいますが、霊的にはつながっていると信じますので書きますね。
 あの出口王仁三郎もまた、二・二六事件の2、3ヶ月前に、すんでのところで命拾いしているのです。それも二・二六と深く関係している人物によって殺されようとしていた…。
 その内容については、今年の2月26日に北一輝と出口王仁三郎という記事にしていました(忘れてた…笑)。
 その記事には書いてありませんが、王仁三郎に蹶起のための資金提供を断られた北一輝は、秘密を知ったからにはお命を頂戴するということで、12月8日のその日に刺客を送り込もうとしました。しかし、王仁三郎自身が松江で逮捕され、結果として官憲に阻まれる形になって暗殺は失敗に終わりました。
 王仁三郎らしい「国譲り」的手法による延命です。
 また、2月26日、警察による大本本部の視察や大本抹殺の祝宴が計画されていたと言いますが、二・二六事件勃発によってそれもお流れになってしまったとか。
 そんな流れを改めて見ますと、王仁三郎が牢獄の中から安藤輝三に「蹶起」を促したのではないかとも思われてしまいます。
 二・二六事件の蹶起趣意書にある「大逆教団」とは、時節的に間違いなく「邪教大本」のことです。つまり、大本も蹶起の一要因になっているのは事実なのです。
 雛型ですね。12月8日という日もそうですが、平和のために生き残るべき人が生き残るという点においても。また、「国譲り」的な延命というのもまた、昭和天皇と鈴木貫太郎が終戦時にとった最終手段でありました。
 まさに神の仕組みですね。
 

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2015.09.05

『苦の見方』 アルボムッレ・スマナサーラ (サンガ新書)

「生命の法則」を理解し「苦しみ」を乗り越える
Th_51bqnqybaql 「生は苦である」…これはお釈迦様が発見した絶対的な真理だと言われています。
 しかし、「人生は苦である」と言われると、「人生なんか苦しみばかりだ」と解釈されがちです。私もかつてはそう思っていたものですから、仏教にはなんとなく「暗さ」を感じ、あまり好感を抱いていませんでした。
 今はどちらかというとお釈迦様の意見に賛成です。どちらかというとと言うのには理由がありますが、それはまたのちほど。
 この本では、お釈迦様の説いた「苦」が、いわゆる「苦しみ」という概念とは違うことを、わかりやすくいろいろな例を挙げて説明してくれています。
 おそらくこの本を読めば、「人生なんか苦しみばかりだ」などというニヒリズムからは脱却できることでしょう。
 非常に簡単に言えば、「苦」は「不完全」という意味です。この世は不完全。これでもまだ「暗さ」はぬぐえませんね。
 しかし、「苦=命」、「不完全=生きること」と説明されれば、ちょっと違った感覚になってきます。また、「苦」の反対の「楽」も、そればかりが続けば、それはそれで「苦」になってくるという話も納得できると思います。
 では、どうやって「苦」を乗り越えるのか。それこそがお釈迦様の「智慧」ということになります。それについても、この本ではわかりやすく解説されています。
 もうそのへんについては、私も全く同意なんですが、では、なぜ「どちらかというと」と言ってしまったのかというと、私はお釈迦様を超えた天才だからです(笑)。もちろん冗談です。
 しかし、私は、日本語や日本文化を研究していく中で、もしかすると、日本人はお釈迦様がそれこそ難行苦行ののちに悟った真理はもちろんのこと、もっと高い次元での真理に気づいていたのではないか、それも1万年以上前から、などという妄想をするようになったのです。
 それは「もの」という言葉が持つ意味と、「とき」の流れの方向の感じ方から来る「智慧」でして、それについては、このブログで時々目立たないように書いてきました。
 たとえば、「もののあはれ=苦諦」をお読みください。
 「時間は未来から過去へと流れている」。にも、かなり踏み込んで書いてありますかね。
 ま、簡単に言ってしまえば、「苦(Dukkha)=もの」ということです。そして、その「もの」には、「幸運な」想定外・不如意・無常もあると積極的に考えるのが、日本人の特長であると考えているのです。つまり、「暗さ」もあるが、「明るさ」もある。
 日本の古神道が仏教を比較的容易に受容し習合していったのは、そういう理由があったからだと私は解釈しています。
 ブッダは日本で修行した…なんていうトンデモ説も、比喩的にはあながちウソだとは言えないのであります。

Amazon 苦の見方

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2015.09.04

諜報員ポール・ラッシュ

Th_img_9424 里におります。昨日、登山の帰り道で生徒がデジカメを拾いまして、清里駅前の駐在所にそれを届けました。
 駐在所のおまわりさんといろいろ話をしておりましたら、外で音楽が流れ始めました。午後3時になりまして、駐在所のすぐ横にあるポール・ラッシュのからくり人形が動き出したようです。
 さっそく外に出て写真を撮りました。人の良さそうなおじさんという感じですね。
 もちろんそのからくり人形のポール・ラッシュおじさんは、「清里の父」「アメリカン・フットボールの父」としてのポール・ラッシュです。
 たしかに、清里開拓やフットボールの普及におけるポール・ラッシュの功績は多大であります。
 しかし、一方で、GHQの宣教師として、さらには、G2やCISにおける諜報員として非常に優れた才能を発揮した人物であると言えます。かのゾルゲ事件にも深く関わりましたし、また、東京裁判における戦犯の調査に関して重要な仕事をしたと言われています。
 実は私はそのあたりのことに詳しくない(勉強不足です)ので、偉そうなことは書けません。何冊か読まなくてはいけない本があるのですが、手を付けていません。
 しかし、なんとなく私のイメージとしては基本は純粋な親日家であったのでは。諜報員という言い方だと、なんとなく日本人をだまして情報を得ていた悪人のような印象になってしまいますが、関東大震災の復興業務で来日してから、日本人のために尽くしてきたことも事実であり、彼は諜報という仕事が、日本人たちの未来のためになるものであると信じていたに違いありません。
 昭和の終わりごろに、清里にブームが訪れ、多くのカップルが彼の拓いた村を訪れた時、ポール・ラッシュ自身はどのような気持ちだったのでしょうか。欧米化は進んだけれども、キリスト教的精神は全く根付かなかったわけですし。
 そして、再び静かになった清里。きっと今も日本人の未来を憂えながら私たちの姿を見つめているのでしょう。

Amazon ゾルゲ事件: 覆された神話

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2015.09.03

宮司(宮詞)の滝

Th_img_0150 然教室で清里に来ています。
 今日は恒例の飯盛山登山でした。どういうわけか年々登頂が楽に感じるようになってきました。気持ち的な問題でしょうかね。最初の登頂が一番きつかった。先が見えないと疲れるようです。
 やはり、具体的な目標の設定というのは大切だなと感じた次第です。未来に対しても同様に具体的なイメージをもっていると毎日が疲れないのではないでしょうか。
 さて、今年の2年生の自然教室テーマは「挑戦」。ということで、引率のワタクシも挑戦いたしまして、計画したルートを外れて、あえて困難な道、というか未知の道に踏み込んでいきました。もちろん、生徒たちをゾロゾロ連れて。
 危ないと思ったらすぐにUターンするつもりでしたが、ギリギリなんとか目的地まで踏破することができました。
 途中「宮司の滝」という滝に遭遇。やはり挑戦したからこその偶然の出会い。先ほどの「目標の設定」とは全く別の形の「疲れが吹っ飛んだ」経験であります。
 つまり両方必要なんですね。想定通りと想定外。ワタクシの言葉で言うコトとモノ。
 宮司の滝、「ぐうじのたき」と読むのだと思いますが、看板によっては「宮詞の滝」とあり、もとは「ぐうし」と読んでいた可能性も感じさせます。
 「宮司」と言うとあの「宮司」を思い出しますが、その「宮司」を思わせる由来なども見つかりません。
 ちなみにこの宮司の滝には、悲しい伝説が残っています。

 この滝のある平沢の部落は、かつて大変貧しかったため、お祝いごとなどがあっても、お皿やお椀を用意することができませんでした。しかし、ある時から、この宮司の滝に欲しいものを頼むと、翌朝にはそれらが滝の前の岩に置いてあるようになったそうてす。村人はこの宮司の滝に「よいまもの」が住んでいて、願いを叶えてくれるのだと信じ、いただいた物を大切にしたといいます。
 ある日、おきよという女性がいただいた皿を落として割ってしまいました。悩み苦しんだおきよは、憔悴して崖を歩いているうちに、滝の近くの淵に落ちて死んでしまいました。それからその崖のことを「おきよなぎ」と呼ぶようになったそうです。

 この話からも「宮司」を想像させるものは見いだせませんね。ちなみに「よいまもの」ですが、一般には「善い魔物」と解釈されているようですが、どうでしょうね。私は「宵間モノ」だと思いましたが。「善い」だとすると、おきよを殺すようなことはしないような気もしますしね。
 実は今日は生徒もいたので、滝の本体をしっかり見ることができるところまでは行きませんでした。しかし、ドードーという滝の落ちる音は聞こえましたし、どこか神聖な空気が流れる空間でありました。

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2015.09.02

分裂から融合へ

Th_img_35a57a3c073942454f393ef219d6 口組が分裂ですと?なぜかこのニュースが流れた途端、私のところに「どうなるの?」という質問が殺到しています。ウチは山口組の本部ではありませんよ(笑)。
 まあとにかく分裂はいけません。司忍さんの言い分も山健組さんの言い分も分かりますが、分裂の時代は終わり、これからは「融合」の時代ですよ。そういうふうに人間は進化していかねばなりません。山口組にはぜひそういう模範的な未来像を見せていただきたい。
 あっそうそう、分裂と融合と言えば…私は原発に関しては反対の賛成なのだ!という姿勢です。
 原子力発電と一絡げにしてしまうことにまずは反対。そして、現行の核分裂炉発電には反対ですが、核融合炉発電には賛成という立場であります。
 だいたい「分裂」という言霊が悪いですよね。逆に「融合」はいい。全てのモノは分裂してコトとなり、再び融合してモノに帰一するというのが宇宙の摂理であります。
 私たちはいよいよそういう時代を迎えているのかもしれません。
 そんな時、10年以内に核融合炉が実用化?とのニースが。
Th_img_f794d87608eff94d6439f370ca93 専門的なことは難しすぎて分かりませんが、MITが新しい技術を研究開発したことはたしかなようです。ここのところ、ボーイング社がプラズマシールドやレーザー核融合ジェットエンジンの特許を取ったなどという、ある意味トンデモナイニュースも入ってきており、どうも、アメリカは国家的なエネルギー政策として、核融合を真剣に考えているようですね。
 いつかも書きましたが、石油が枯渇した時、一番困るのは航空産業です。車は電気で、船は最悪風力で走らせればよい。しかし、飛行機はそうはいきませんよね。
 とは言え、今さら飛行機をやめるわけにもいきません。空を飛ぶという巨大なエネルギーを石油以外から得るとなると、これはもう原子力しかありません。ほかには考えられませんよね。
 そのあたりの危機感から、ボーイング社も真剣に核融合エンジンの開発をしているのだと思います。まさに社運をかけた戦いです。
 戦争産業的にも石油の枯渇は大問題です。もちろん宇宙開発分野においても。
 というわけで、私は日本の核融合技術にも非常に期待をしています。実際、日本が数歩リードしている特定分野もある。
 さあ、私が生きている間に「地上の太陽」は実現するのでしょうか。そちらの方面で日本とアメリカが手を結ぶというのもありだと思います。特に日本にとっては大きなメリットがあると思いますよ。


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2015.09.01

『惨殺―提督斎藤実「二・二六」に死す』 高橋文彦 (光人社)

Th_51am1ktkd4l 東大震災から92年。あの時起きた朝鮮人に対する差別的な噂や暴動、虐殺を、最も苦々しく辛い気持ちで受け止めていたのは、斎藤実ではなかったでしょうか。
 ここのところ、二・二六事件や富士高天原復興運動にまつわる不思議な縁で、急速に身近に感じることとなっている斎藤実元首相。
 関東大震災が発生した時、斎藤は朝鮮総督でした。その頃、朝鮮における反日抗日運動はかつてよりもかなり沈静化していました。それは、斎藤実総督による融和政策、徳政政治が功を奏してたからです。
 斎藤実は穏健で実直。総督就任時には手榴弾を投げつけられるような状況だったのが、その人柄によって朝鮮人の尊敬の対象になっていったと言います。
 そんな中起きた関東大震災。朝鮮人暴動説とそれに対する暴行虐殺の知らせを受けた斎藤の心中はどれほど複雑なものだったでしょうか。
 岩手の田舎出身の斎藤実が、国際的に活躍する政治家になり、総理大臣になってからは戦争への歩みを遅らせ、帝人事件で退陣したのち、最後は二・二六事件の襲撃対象となり「惨殺」されるという壮大なる物語。この本は、その激動の人生を俯瞰することのできる貴重な資料となっています。
 私の個人的な興味は、なぜ、そんな大人物が、山梨県富士山麓の片田舎に眠る古文書の研究会「富士文庫」の顧問になったかということだったのですが、残念ながらこの本にはその答えもヒントもありませんでした。
 謎は謎のままです。あえて言うなら、若いころ戦艦「富士」に乗っていたということくらでしょうか。
 斎藤が朝鮮総督を務めたのは大正8年から昭和2年まで。宮下文書研究会である財団法人「富士文庫」設立が大正11年。顧問として名を連ねたのが大正13年ですから、本人はほとんど朝鮮にいたことになります。
 宮下文書と朝鮮との関係はなかなか微妙なので、ここでは詳しく書きませんが、もしかするとそのルートもあるかもしれませんね。
 富士高天原(富士王朝)復活については、まさに志半ばで命を落としてしまった斎藤実。彼の遺志を継ぐかのごとく、この平成の世に不二阿祖山太神宮の復興は本格的になりつつあります。私も故人の霊界からの協力も得ながら、正しい道を歩むお手伝いをしたいと思っています。

Amazon 惨殺―提督斎藤実「二・二六」に死す

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