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2015.07.31

歌謡曲で元気に!

Th_img_8753 謡曲バンド「ふじやま」、今年も近所の老人福祉施設に呼んでいただきました。
 バンドと言っても、今回は家内と私の二人だけ。娘たちも高校生、中学生になり、親と一緒に活動するのをいやがるようになりました(笑)。まあ、両親のキャラがこれだからしかたないか。
 というか、上の娘はジャズバンド部で大忙し、明日は初のMCを務めるとかで、たしかにそんな余裕がありません。また、下の娘は今日から晴れて剣道部員となり、さっそく家で千本の素振りをやっておりました。
 素振りをしている横で、両親がコテコテの演歌を練習しているのでリズムが狂うらしく文句を言っていました。そりゃそうだ(笑)。
 ま、そんなこんなで二人だけのバンド、すなわち、ほとんどカラオケ大会という感じでした。
 曲目はこんな感じでした。

 東京ドドンパ娘
 帰ってこいよ
 港町十三番地
 お祭りマンボ
 きよしのズンドコ節

Th_img_8764_2 今回はあまり時間がなかったので、5曲だけ。ヴァイオリン独奏で唱歌を数曲用意してあったのですが、披露できませんでした。
 おかげさまで、おじいちゃん、おばあちゃん大盛り上がりで、私たちも楽しい時間を過ごさせていただきました。
 普段立ち上がれない方が立ち上がったり、声を出さない方が声を出したり、表情のない方が笑顔になったり、本当に音楽の力はすごいと思いました。特に歌ですね。
 今回私はヴァイオリンと三味線を弾きましたが、歌にはとてもかないませんね。嫉妬する瞬間であります。歌を凌駕する演奏というのは、はたしてありうるのか?
 歌というのは言葉と密接につながっているわけですが、しかし、たとえば洋楽を聴く時、私は歌詞の内容に感動しているわけではありません。やはり、人間の声の楽器としての表現力の豊かさが第一にあって、そこにさらに言葉が乗るわけですから、それはかないませんよね。
 カミさんは、楽器ができていいなあ、とか言いますが、それはほとんど嫌味にしか聞こえませんね(笑)。
 というわけで、いつも思うことですが、いろいろ演奏会をやってきた中でも、このようなお年寄りの皆さんに元気を与える演奏というのが、一番楽しいし充実感がありますし、自己満足に陥らないですんでいるような気がします。これからはこういう機会をさらに増やしていきたいなあ。

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2015.07.30

Heatwave  『Groove Line』

 徒たちは夏休みに入りましたが、先生たちは相変わらず忙しくしております。
 私もなんだかんだ忙しくて、時間が取れそうで取れません。そんなわけで、今日は懐かしい曲を1曲紹介します。
 そう、最近AppleMusicをよく利用しているので、昔の洋楽を聴く機会が多いわけです。中学時代のヒットチャートとかね。あらためてあの頃の曲を聴くと、懐かしい以上に発見があります。
 たとえば、私の中高時代というのは、もろにディスコブームの頃でした。私はロックから洋楽に入ったので、最初のうちはディスコ・ミュージックに抵抗がありました。
 しかし、だんだん慣れちゃうというか、これはこれでいいなと思うこともあって、実際に数枚レコードを買いましたっけ。しかし、自分の部屋でそのレコードをかけて踊ったりすると(畳の部屋なので)針が飛ぶ(笑)。
 親にもうるさいとか言われるので、とにかく静かに激しく踊らなければならないわけです。中高生の時は、ああ早く大学行ってディスコとかで踊ってみたいななどと人並みに思っていたわけです。
 ところが、行った大学がホントに山の中の一軒家みたいなところだったので、ディスコどころかデスコもない(笑)。結局、下宿の畳の間で中高時代と同じような生活をしたのでありました。
 ま、それは半分冗談としまして、当時、それほど好きではなかったこの曲、今聴くとなんだかとってもシュールでいい曲だなあと思った次第です。
 ベースライン、ギターのテンション・コード、ブラスのアレンジ、ピアノの間奏もいい。定番の「フ~フ~」も(笑)。
 上の動画はシングルヴァージョン。それもラジオなんかでフェードアウトするショートヴァージョンですね。しかし、実際のディスコではもっと長い方がいい。一般にディスコでは8分くらいでひと踊りなので。
 これがフルヴァージョンでしょうか。後半のちょっとアンニュイなコード進行もオシャレ。安っぽいシンセの音はどうかとも思いますが、それも時代と言えば時代か。
 まあ、かっこいいですよ。また、こういう音楽が流行ってもいいかなあと思います。結局アナログなんですよね。今のダンスミュージックとは違いはそこでしょう。

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2015.07.29

祝!静岡高校甲子園出場〜甲子園の思い出

Th__20150730_81043 校野球の季節がやってきましたね。今日は、私の母校である静岡高校が県予選で優勝し、春夏合わせて39回目の甲子園出場を決めました。
 上の娘が甲子園マニアなので、私と同様静高を母校とする私の父と3世代で甲子園に応援に行こうかと思います(スケジュールが合えば)。
 そんな後輩たちの勇姿を見ていまして、いろいろと昔の甲子園のことを思い出しました。
 私の野球人生(いちおう少年野球で投手でした)に大きな影響を与えた試合。あの夏の日の記憶は鮮明に焼き付いています。当時9歳になったばっかりか。初めての手に汗握るという体験でしたね。
 1973年(昭和48年)、夏の甲子園決勝。静岡高校対広島商業。サヨナラスリーバントスクイズで静高の負け。準優勝に終わりました。

 この年の広商野球はたしかに画期的でしたね。うわぁ、達川がいたのか…なんかすごい。

 そして、この年、ちびっ子ピッチャーとして、憧れの存在だったのは作新学院の江川です。県予選5試合中3試合でノーヒットノーランって…。しかし、この頃から、なんというかちょっと悲劇のヒーローの風格(?)がありましたね。

 とんでもない投手だったわけですね。ぜったい150キロ以上出てます。しかし、その怪物江川が広商の緻密な野球に苦杯をなめます。ドラマですねえ。

 さてさて、小学生の私は静高と広商の決勝戦を見て、ぜったいに甲子園に行くと誓ったわけですが、もちろん現実はそんなに甘くありません。いいタイミングで東京から静岡に引っ越し、見事静高に入学したのはいいけれども、野球部に入れるはずもなく弦楽合奏部に入りました(笑)。
 しかし、3年生の夏、見事同級生たちの活躍で甲子園に連れて行ってもらうことになったのです。県予選の応援も含めて最高の思い出ですね。第64回大会。あの池田高校が初優勝した年です。ちなみにその時の池田の決勝の相手も広島商業。
 静高は1回戦で池田と当たり、残念ながら5対2で負けてしまいましたが、青春の最高の思い出ですね。高校卒業する時には、また東京に引っ越しになりましたから、なんだか静高に入って甲子園に行くためだけに静岡に住んだようなものです。

 実は、後日譚があります。この時、池田のエースはのちに横浜ベイスターズで活躍する畠山準。静高のエースはクラスメートの大久保。二人は高校卒業後それぞれドラフトで南海ホークスに入団し、チームメートとなりました。
 私は大学卒業後、今の職場、すなわち山梨の私学の教員になったわけですが、なんと、ある意味縁もゆかりもないはずのこの田舎の小さな学校の野球部に、のちに畠山選手の息子さんが入部することになるのです。
 入学してきた息子さんに「オレ、甲子園でお前のお父さんを見てるんだよ」と言ったら、それはそれは驚いていました。縁というのは本当に不思議ですね。甲子園が作るドラマ、ご縁。やっぱり面白い日本の文化です。スポーツを超えた文化。
 このシーズンになると、いつも書くことがあります。「戦争ノスタルジーとしての高校野球」というやつです。もちろん、私はそれを否定しているのではなく、文化として興味深く観ているわけです。教育者として。
 せっかくですから、上掲記事に書いたその文化の例をここにも載せておきます。

・原爆の日、終戦の日、お盆(帰省)
・最も暑い季節、最も暑い地域、最も暑い時間帯
・ドームでも人工芝でもない甲子園球場
・開会式の入場行進が軍隊式
・プレイボール、試合終了のサイレン
(サイレンで始まるスポーツってありますか?)
・負けたら終わりの背水の陣
・故郷への思い(愛県心は愛国心の縮小版)
・炎天下での過酷な戦い
・坊主頭
・汗、涙、土まみれ
・塁=陣地(盗塁は敵陣を盗むこと)
・遊撃、右翼、中堅、左翼などの言葉
・併殺、封殺、死球などの言葉
・犠牲フライ、犠牲バントなどの言葉
・吹奏楽による応援(吹奏楽は軍楽)
・コンバットマーチ
・試合後の校歌斉唱、校旗掲揚(国家・国旗の縮小版)
・甲子園の土の持ち帰り(遺骨収集)
・朝日新聞の「旭日旗」←(笑)

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2015.07.28

ちあきなおみ 『かもめの街』

 日の歌謡コンサートは「夏!ドラマチック海物語」。
 セットリストは以下のとおり。

「魅せられて」 ジュディ・オング
「海鳴りの詩」 島津 亜矢
「釜山港へ帰れ」 キム・ヨンジャ
「17才」 西田 あい
「ひばりのマドロスさん」 山内 恵介
「かもめの街」 田川 寿美
「椰子の実」 秋川 雅史、夏川 りみ
「イルカにのった少年」 城 みちる
「哀愁…日本海」 椎名 佐千子
「お岩木山」 三山 ひろし
「蒼い糸」 角川 博

 私たち夫婦にとっては、1曲目の「魅せられて」を聴くのは辛い。というのは、昨年のまさに夏、歌謡曲バンドでちょっとした失敗をしてしまったので(苦笑)。
 最高だったのは、イルカにのった少年(城みちる)さん(笑)。というか、バックダンサーのリアルイルカさんたちのショーが素晴らしかった。いやいや、やはり、その前で堂々と中学3年生のままでいられる57歳がすごい(笑)。
 あと印象に残ったのは、田川寿美さんが歌った「かもめの街」でした。田川さんも頑張ってましたが、やはりこれはご本人で聴きたいと思いました。
 では、さっそくどうぞ。

 う〜ん、すごいですね。この前も書きましたが、最近女性歌手がイマイチなんですよね。昔はアイドルも演歌歌手もみんなもっと上手だったような気がします。
 ちあきなおみさんは日本歌謡史上でも特にうまい。美空ひばりさんもそうですが、モノマネ(物を招く)力がすごいということです。イタコ、シャーマンですね。
 ちあきなおみさん、突然の活動停止から二十年以上経ちます。できれば、もう一度私たちの前で歌ってほしいですね。

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2015.07.27

電光掲示板ウォッチ

Th_88970909 日ネットで紹介されているを見て、カミさんと「ほしい!」と叫んでしまった腕時計。
 おとといの独立時計師の時計とは全く違うけれども、しかし、どこか「日本的」という意味では通底しているこの時計。
 JRの駅でおなじみの電光掲示板をそのままミニチュアにして腕時計にしてしまうという時点で、すでに「日本的」ですよね(笑)。かなり細部までこだわっています。そういう意味では「職人的」…いや「オタク的」。
 これを買ったところで実際に腕に巻くかどうかは別問題として、モノとしてほしいと思ってしまいます。その感情も実に「日本的」。
 そう、何度か書いた記憶がありますが、日本ってミニチュア大好きですよね。箱庭、根付、ミニカー、フィギュア、ガチャガチャ玩具…。
 そういう意味では、この時計は日本人にしか売れないでしょう。だいたい、日本語表示ですし、それ以前にその文字情報はナンセンスですから。
 田舎者のワタクシとしては、月に何度か江戸に上る時に、この掲示板を目にするわけでして、「都会」の風景の象徴であります。それを身に付けることによって、左腕だけアーバンになるというオシャレの意味もあります(笑)。ま、都会の人がファッションでジープに乗るのと同じようなものでしょうかね。
 というわけで、実際に買うかどうかは微妙でありますが、何線の何駅にしようかな、あの電車のあの駅のヴァージョンが出たら買おうかな、などと妄想するのは楽しいものです。
 シーホープという会社、なんとも変な時計をたくさん扱っていますね。独立時計師さんの作品とは違ってB級感満載。それがまた楽しい。
 だいたい時計というモノ自体が、宇宙の鼓動とも言うべき「時間」をミニチュア化、可視化して身に付けるという「オタク的」思考の産物ですよね。神のフィギュア化とも言えます。モノのコト化の代表選手です。

シーホープ公式

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2015.07.26

スポーツはなくなるべきなのか!?

Th_img_8639 日は丸一日山梨県内を行ったり来たり。いろいろな試合の応援に走り回っておりました。
 夏はスポーツの季節でもあります。高校野球や高校総体はもちろん、中学も総体があったりして、いろいろなところに応援に行きます。
 今日は、まず県北部の北杜市まで車を飛ばし女子バスケットボールの応援。試合終了後、甲府市で剣道の応援。
 そうそう、その剣道の試合にウチの娘が出場したんですよ。いや、実は剣道は全くの未経験。団体戦に出るのに人数が足りず、我が弦楽合奏部からなんと3人がエントリーしまして、結果県大会出場を決め、さらに今日は1回戦勝利しました。
 なんだか、マンガみたいな展開ですよね(笑)。未経験者の助っ人、それも普段はヴァイオリンを弾いているバリバリ文化系の3人をなかば無理やり引っ張りだす。竹刀さえ持ったことがなく、ルールもよく分からないシロートが短期間稽古し、なぜか予選を勝ち抜いて県大会へ。
 ウチの娘も全くの未経験者でしたが、顔が剣道っぽいという理由で(笑)選ばれ、おかげさまでいきなり県大会出場という体験をさせていただきました。
 当然、本人は全敗でしたが、なんだか悔しかったらしく、試合後は泣きじゃくっていました。はたして、彼女は剣道部を続けるのか…つづく(笑)。
 その後再び北杜市でバスケの2試合目を応援。帰りは甲府駅北口の、上の娘が参加しているジャズ部のイベントに駆けつけました。
 で、武道、スポーツ、音楽をいっぺんに体験して、ふと思ったことがあるんですよね。
 スポーツは基本純粋な勝敗の世界。武道は勝敗を超えたところにも価値を見出す。音楽は勝敗はない(と思う)。それぞれ面白いし、魅力的だなあと。
 ついでにそれぞれを比較したり、娘の「悔しがる」姿を見ていて、なんと言いましょうかね、ちょっと変な考えですが、スポーツってなくなった方がいいなと思ったのです。
 何をいきなりメチャクチャなことを…と思いますよね。しかし、ちょっと冷静に、常識にとらわれず考えてみると、スポーツってそんなに素晴らしいものなのでしょうか。
Th_img_8652 いや、自分ももちろんスポーツ大好きですよ。最近は自分ではやりませんが、応援したり観戦したりするのは好きです。また、5年後に控える東京オリンピックにも大いに期待をしています。
 ちなみに大好きなプロレスはというと、これは純粋なスポーツではありませんよね。演劇性が高い。それも含めてですね、勝敗のあるスポーツを冷静に眺めると、人間のある部分が見えてくるような気がするんですよ。
 以前書いた「さまざまなスポーツ(?)に思う。」という記事にある「闘争本能の昇華」としてのスポーツ。これは別の言い方をすると、「戦争の代替」としてのスポーツという側面があります。五輪もそういう意味で「平和の祭典」と言うのでしょう。
 だからこそスポーツは素晴らしいし、平和を招来する知恵であるわけですが、その根本にはその「闘争本能」があり、だからこそ、たとえば娘は悔しがって泣いたわけでしょう。
 その悔しさこそが進化のきっかけ、基礎になるということで、その感情は素晴らしいものとされていますね(「悔しくないのか!」という叱咤がそれを証明しています)。
 しかし、考えてみれば、それは相手を打ち負かそうとする心の表れであるとも言えます。リベンジという言葉もリベンジと言うようになってから、その危険性がさらに隠蔽されるようになりました。
 だから極論しますとね、ある意味では、スポーツはなくなった方がいいのです。スポーツで昇華しなくてもいいくらい、人間に闘争心がなくなれば良いのです。
 これは出口王仁三郎の言う「宗教のない世がみろくの世」というのと似ていますね。とんでもない発言のように感じますが、深いところでは真理をついているかもしれない。
 もちろん勝敗のないまさに「SPORT(気晴らし)」としてのスポーツは残ってもかまいませんよ。それは非常に高度な遊戯になるのかもしれないし、プロレスのように強い演劇性を帯びたものになるかもしれません。
 筋書きのないドラマは、その感動の裏側に残酷な悲劇を含んでいる場合が多くありますし、以前「スポーツは良い子を育てるか」に書かれていたように、スポーツをしていれば立派な人間になるとは限りません。
 その点、どうでしょう、音楽は。音楽は人間性を磨き、社会を進化させる効用を持っているのでしょうか。それはまたいつか書きましょう。
 ま、今日のところは、スポーツの素晴らしさは認めつつ、多数の「スポーツ教信者」の皆さんにちょっと意地悪なことを言ってみたということで(笑)。


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2015.07.25

よみがえる 和の刻(とき)「独立時計師 菊野昌宏の挑戦」…NHK BSプレミアム

Th_plx_img02 6月に見逃してしまった番組を再放送で観ました。
 独立時計師という仕事があるんですね。楽器製作家などとは違い、機械系は「機械が機械を作る」場合が多い。すなわち大量生産のために「メーカー」という企業に移行していくのが当たり前。そんな中で全ての部品を一人で手作りするというので「独立」ということになるわけですね。
 ある意味でこれは本来の職人の世界です。若い菊野さんが、昔の人にできて今の自分にできないわけはないと考えた。さらに、今の人は昔のものを見て触れることができるし、環境も整っているのだから、昔の人よりも優れたものを作り出せるはずだという考えた。これこそ、まさに職人魂の原点でしょう。
 そう考えると、私たち全ては、そうした「進化の魂」を持っていることになりますよね。歴史に学ぶことができるわけですから。菊野さんは時計の世界にその比喩を見ているわけで、私たちもそれぞれの仕事や子育てや政治や経済やスポーツにおいて、そうした職人になる権利を持っていることになります。
 未来創造の魂。菊野さんを職人の世界に引き込んだ田中久重の万年時計もそうだったように、過去に学ぶことをきっかけとして、未来に原因を作り、その結果としての「今」があるという発想、すなわち、時間は未来から過去へ向って流れているという感覚こそが、私たち近代人が思い出すべき魂なのではないでしょうか。
Th_b2803122_main そう考えると、菊野さんの万年時計・改は、不定時法の表現はありますが、西洋時計のような針がついていますから、完全なる和時計ではありませんね。
 もちろん、田中久重の万年時計自体が和洋折衷ですから、その小宇宙たるべき「改」もそのような形で構わないわけですけれど、私としては、日本人として回転文字盤式にこだわってほしかったような気もしないでもない。ま、それは私の趣味に過ぎませんが。
 それにしても、菊野さん、若いのに偉いですねえ。それも元自衛隊員という経歴。これからは、こうした「独立」職人さんがしっかり食べていける世の中になっていくことでしょう。それが本来のポストモダンだと思います。
 日本は大量生産も得意としてきましたが、やはり、本来の真髄は職人芸、職人魂です。また、そうした職人芸、職人魂をしっかり評価する大衆のセンスも優れていたはずです。
 日本を取り戻す!という意味でも、これからまたそういう時代にしていかなければならないと感じています。教育のはたす役割は大きいだろうなあ。教員自身が職人じゃなくなっちゃってるからなあ。一人で人間を作るという意味では、完全に職人の世界のはずなんですが。なんだか規格品の大量生産メーカーになっちゃってます。
 私の感覚では、教育こそ言葉では説明できない、マニュアル化できないモノであると思うのですが、そんな感じでやっていると「いい加減な教師」という評価しか得られなくて残念です(笑)。
 それぞれの世界に、菊野さんのような若き職人(若き天才ではない)が、増えていくことを祈ります。

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2015.07.24

東京オリンピックエンブレム発表

20150724oyt1i50029n 京オリンピック2020の開会式まで、ちょうどあと5年。ついに今日、そのエンブレムが発表されました。
 皆さん、どのようにお感じになりましたか?
 ネット上では予想通り賛否両論。当然ですね。
 私は、内心ホッとしました。とっても遠いところでですけれど、今回のエンブレムなど、東京五輪のデザインに関してご縁をいただいた者としては、本当に安心できるデザインでした。
 さすが、私も大尊敬する永井一正さんが頂上から見守ってくれただけのことはあります。そう、50年前の東京五輪のデザインにも大きく関わり、札幌オリンピックのシンボルマークをデザインした永井さんだからこそ、五輪とデザインの本質的な部分が分かっていらっしゃる。
 もちろん様々な条件と制約(実はこれが大変だそうです)の中で、大変な葛藤やご苦労があったことでしょう。しかし、このデザイン、充分に日本らしさや東京らしさを表現できているのではないでしょうか。
 いや、これからどんどんその表現が拡がっていくものと思われます。つまり、どんどん生まれるんですね、表現が。
 それこそがデザインというものですよね。カッサンドルはデザインの力を「強盗が斧を持って闖入する」と表現しましたが、日本のデザインはもう少し上品で鷹揚な感じもします。
 言うなれば「光源氏」。つまり、期待に胸高鳴らせる女性の部屋に、月夜、突然窓から侵入するような感じ(笑)。
 期待していたとはいえ、実際に侵入されると、さすがに最初は「え〜!」とか、「まじ?」とかなりますよね。しかし、時間が経つにつれ、暗闇の中から様々な情報が浮かび上がってくる。
 ほのかな匂いであったり、低い声であったり、優しい言葉であったり、体温であったり、だんだんとその光源氏世界に慣れ、引きこまれていく。そして、夢と現実が一致する。
 それがデザインの力ですよ。そういう意味で、このたびの佐野研二郎さんのデザインは、可能性を含むシンプルさということで言うと、かつての東京、札幌、長野のそれに劣っていないと感じます。
 ここのところ、各国のオリンピックそれ自体や、それらのエンブレムが実にがしゃがしゃしていたのに比して、もう一度原点に帰ろう的なメッセージを感じましたね。おそらく海外からも高評価を得られるのではないでしょうか。
 生活の中になじんでいきながら、その人たちの人生を変えるのがデザイン。絵画との違いは明らかです。
 もうすでに、私にはいろいろな意味が見えてきました。面白いですね。明日になったら、また違った図形や空間が見えてくるのでしょう。デザインは生き物です。
 ここから、この生まれたばかりのエンブレムがいかに私たちの心を変えていくのか。それはおそらくデザイナーはもちろん、永井さんも、いやそれ以前にこのエンブレム自身も知らないことでしょう。だから楽しみになのであります。
 ちなみに、すったもんだの末白紙に戻った新国立競技場ですが、あのデザインにはそういう可能性が感じられなかったので、私としてはゼロにリセットされて良かったと思っています。とりあえず日本人がデザインしなきゃ。
 工期のギリギリ感も含めて、日本人らしさを発揮する良い機会が神様から与えられましたね。そちらも楽しみです。

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2015.07.23

『カルト資本主義』 斎藤貴男 (文春文庫)

2q の本で紹介されている(すなわちカルトと認定されている?)ソニーエスパー研究室、稲盛和夫、EM、船井幸雄、アムウェイ…はたまた、それらに深く関わる出口王仁三郎、谷口雅春、さらにはTOSSの向山洋一に至るまで、読者の皆さんもよくお分かりのとおり、ワタクシはかなり近い関係にあります。ご本人やそのご子孫とは、ほとんど直接の知り合いと言ってもいい。
 とは言っても、私は他の分野、他の人々とも同様の距離感にありますので、決してアヤシイ一辺倒ではありませんので、ご安心くださいませ(笑)。
 その証拠に…と言ってはなんですが、この本のように「反カルト」の姿勢を崩さないものも、楽しく読むことができます。あんまり面白くて2時間かからず読破してしまいました。
 それぞれの、いわゆる信者さんだったら、そうは行かないでしょう。斎藤さんの物言いはきっと鼻につくというか、そうとう頭にくることと思います。そのくらい、はなから「カルト」と決めつけ、その危険性や詭弁性をしつこく糾弾しています。
 そういう信者さんたちは、斎藤さんの言うとおり、「ニューエイジ」の影響を知らぬ間に受けているのでしょう。というか、この本を読んで、「ああオレって、まんまニューエイジじゃん」と私も思いましたよ(笑)。
 尊敬する宗教学者の島薗進さんによるニューエイジの特徴は次のようになっております。

・自己変容あるいは霊性的覚醒の体験による自己実現
・宇宙や自然の聖性、またそれと本来的自己の一体性の認識
・感性、神秘性の尊重
・自己変容は癒しと環境の変化をもたらす
・死後の生への関心
・旧来の宗教や近代合理主義から霊性/科学の統合へ
・エコロジーや女性原理の尊重
・超常的感覚や能力の実在
・思考が現実を変える
・現代こそ意識進化の時代
・意識進化は宇宙的進化過程のひとこま
・輪廻転生とカルマの法則
・地球外知的生命(ETI)との接触
・過去の文明の周期と埋もれた文明の実在
・人体におけるチャクラや霊的諸次元の存在
・水晶、音、香、場所などが持つ神秘力
・指導霊の実在
・体外離脱や誕生前記憶の体験による霊魂の存在の確認
・チャネラーやシャーマンの真正性

 なるほど、よく網羅されていますね。まあいろいろありますが、結局のところ「科学的ではない」という一言で片付けてしまうことが可能ですね。
 さらに上記のようなニューエイジ運動から生まれた現象や集団についても、島薗先生はまとめています。
一部を挙げますと、自己啓発セミナー、ホリスティック医療、超越瞑想、仏教的瞑想・共同体、気功・合気道、UFOカルト…てな具合です。これらには私はあまり直接関与してこなかったのですが、最近、ご縁があって、仏教的瞑想や気功・合気道の達人の方々にお会いする機会をいただきました。
 斎藤さんに言わせるとこれら全部「カルト」になっちゃうわけですが、客観的な立場で言うと、さすがに「カルト」は言い過ぎであると思います。
 これらを「カルト」と言ってしまったら、私たちの消費活動のほとんどが「カルトに洗脳されている」ということになりそうですね。ですから、「カルト資本主義」という言葉を使うとしたら、もっと広範な領域をその対象としなければならないでしょう。
 もちろん、斎藤さんは、俎上に上げた人々や集団や活動を批判したいがために、当時オウム真理教のおかげで必要以上に危険な語感を持つに至った「カルト」という言葉を使ったのでしょう。
 どちらかというと、私は「オカルト資本主義」の方が的を射ていると思いますけどね。超常的、非科学的、あるいは疑似科学的なモノが商売になっているという意味では。
 しかし、私は、これら「オカルト」を全否定できない人間です。全否定しないどころか、かなり「好き」です。信じる信じないではなく「好き」なのです。
 そういうところをもって、トンデモ教師のレッテルは貼られそうになることも大いにあるわけですが、それでも全くひるみませんし、ホントのところ、かなり自らの「洗脳力」を警戒していますから(笑)、純粋なる生徒たちをたぶらかすようなことは言っていませんよ。
 では、なぜ私がそれら「(オ)カルト」を好むかと言いますと、それは…私が宇宙人だからです!…って、もっとアブナイ教師じゃないか!w
 ということで、とても楽しい本でした。地球人の皆さん、ぜひお読みください。この本が書かれたのは、1997年。世紀末を迎えんとしている頃でした。
 はたして、当時世界に描かれていた「予言」は成就しているのでしょうか。はたまた、その頃から我々人類は進化しているのか、オカルトやカルトは今でも生きているのか。そういう読み方をするだけでも、とても楽しい本ですよ。

Amazon カルト資本主義

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2015.07.22

『-国づくり神話の地・出雲- 恵みと脅威のマネジメント思想』 桑子敏雄

Th_sp0701 前紹介したサイエンスウィンドウ(Science Window)に、東京工業大学の桑子敏雄先生が面白い記事を執筆しているので紹介します。
 記事はネット上で全て読むことができます。こちらです。
 現場に赴き、空間を把握し、地形的変遷と人為的変遷を解読し、その上で住民の未来を考えるという、桑子先生の「ふるさと見分け」。この素晴らしい考え方と技術には、ある種の直観、直感も組み込まれているなと感じますね。
 そして、これこそ物語的あるいは神話的な認知という、本来私たち人間が得意としていた能力の一つであると思います。
 手前味噌になりますが、私はそれが今でも得意です。すなわち前近代的なんでしょうね。古代人なのかも。
 そう、よく言われるようにですね、私たちが自らの近代化の中で失ってしまったモノってたくさんありますよね。そのようなモノは、コト化を基本とする科学の世界ではほとんど無視されてきたわけです。
 しかし、こうして社会理工学の学者さんが、斐伊川がヤマタノオロチそのものだったとか、それを退治する、すなわち治水コントロールすることの象徴がスサノヲであったとか、そのように語ってくれて、また、実際にその実感に基いて活動し、皆さんのコンセンサスを得ているというのは、ワタクシ的にも非常にうれしいことであります。
 ここ富士山麓も、富士山という大変な恵みと災害をもらたす「神」が鎮座していますから、当然それに対する感謝と畏怖の歴史が刻み込まれています。それは出雲や東北と同様に、神社という形で残っていたり、伝説や昔話として残っていたり、いろいろです。
 私はそれらを俯瞰的に見て、(勝手な)物語を発見するのが得意です(笑)。とても桑子先生のようにアカデミックな活動はできませんが。
 一度、桑子先生に富士北麓においでいただき、いろいろ「見分け」てもらいたいですね。

サイエンス・ウィンドウ公式

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2015.07.21

後小松天皇御製より

Th__20150722_101144 日も備忘録。
 王仁三郎が「後小松天皇について調べよ」と言うので(実際書き残している)、さっそく得意の直観的調査を始めました。
 すると、いきなり気になるものに出会いました。御製、和歌です。
 後小松天皇も、他の天皇と同様に非常に多くの御製を残しています。それらを国会図書館の近代デジタルライブラリーなどで調べていましたら、後小松天皇の御製アンソロジーである「後小松院御百首」というのが出てきまして、それを読んで鳥肌が立ちました。
 この「後小松院御百首」は、春二十首、夏十五首、秋二十首、冬十五首、恋十五首、雑十五首で百首という構成です。歌の並びは写本や版本によって異なるようですが、そのうち、国文学研究資料館で見ることのできる「中川文庫本」によりますと、冒頭の二首と末尾の一首は次のような歌になっております。

   立春

たちかへる神代の春やしるからしたかまが原に霞たなびく

   山霞
富士のねの雲ゐにまがふ煙よりしたにかすみて春やみゆらむ

    ・・・

   寄神祝
あしはらの国常立のはじめにていく代をまもる神となりけむ

 何が面白いのか。かなりマニアックになってしまいますが、冒頭からして高天原〜富士とつながるところが気になります。うがった考えをすれば、この二首は同じ場所で詠まれた可能性がある。
 南北朝合一を果たした北朝の後小松天皇ではありますが、当時、南朝が富士高天原の復興とからめて富士山に立てこもっていたのを当然知っていたことでしょう。
 ちなみに宮下文書では、南北朝合一もまた通説と違った物語になっておりまして、それはそれで面白いものだったりします。
Th__20150722_101254 後小松天皇の御製二首目には富士山の噴煙が歌われていますね。後小松天皇の頃の噴火は公式記録にはありませんが、噴煙は絶えず上がっていた可能性はあります。
 といいますか、この歌は14世紀末の噴火活動の証拠となるものかもしれませんね。和歌に見る富士山の噴火活動について、どなたかお調べになっていたと思いますが、この歌が含まれていたかどうか。
 御百首最後の寄神祝が「国常立」を詠んだ歌というのは実に興味深いですね。国常立は天皇家の祖と捉えられていました。また、私の推察によると、当時の富士山の神は国常立でした。
 「あしはらの」は枕詞と言っていいでしょう。「葦原の国の国常立を始祖として天皇家は何代を守る神となったのだろう」という歌意だと思われます。
 これもまた、もしかすると富士山を仰ぎながら歌ったものかもしれません。
 これを機会に知られざる天皇の御製を読み込んでみたいと思います。また、何かあったら報告します。

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2015.07.20

テレマン 『雷の頌歌』

Die Donner-Ode

 さん、リスボン地震ってご存知ですか?
 1755年、ポルトガルのリスボン近くを震源とするM9の超巨大地震です。津波での死者1万人を含む約6万人が亡くなったヨーロッパ史上最大最悪の自然災害です。
 その惨状はすぐにヨーロッパ全土に伝わりましたが、なにしろ現代と違って口コミによる伝言ゲームのような感じでしたから、より恐怖心を煽ることになったと思います。
 政治経済的なダメージがあったのは当然のこと、宗教的、思想的、哲学的にも大きな影響がありました。ヴォルテールやルソー、カントらにも少なからぬ衝撃を与えたと言われます。
 日本の東日本大震災と同様、ある種「神の怒り」的な捉えられ方をしたんでしょうね。分かります。我々の近代的生活を反省する機会となったわけです。実際、当時のヨーロッパでも「自然に帰れ」的な運動が起きたとのこと。
 芸術の分野でも、たとえば死者に対する慰霊、神に対する慰撫の意味を持った作品が生み出されました。
 そのうちの一つ、あまり知られていませんが、かのバロック音楽の大家テレマンが素晴らしい傑作を残しています。
 私はドイツ語がよく分からないので、どのような内容なのか解説できませんが、音楽としてはまさに最高傑作と言っていいと思います。
 地震の翌年に第1部が初演されています。ということは、当時のテレマンは75歳。時代としてもハイドンがそろそろ交響曲を書こうかという頃ですから、たしかにバロックを超えた作風となっていますね。
 テレマン、年をとっても創作意欲は衰えなかったし、進取の精神に富んでいたということでしょう。
 この曲は大変好評だったために、1760年に第2部が作曲されたとのこと。80歳近い。すごいですね。生涯で作った曲は4000曲を下ることはないと言われています(自分でももちろん把握していなかった)。船村徹先生と同じくらいのすごい大衆作曲家だったわけですね(笑)。
 そう、この曲、「地震」じゃなくて「雷」ですよね。ドイツではほとんど地震は起きません。話に聞いてもイメージできなかったんでしょうかね。地震雷火事おやじじゃないですが、大地が揺れるというと、雷が落ちた時くらいですから、こういう作品になったのかな、などと想像しました。
 聖書でも、雷と地震は同時に描かれることが多いですし。
 ちなみに、リスボン地震の周期はよく分かりません。14世紀7回、16世紀5回、17世紀3回、18世紀3回発生したと言われ、上記の1755年を最後に、その後起きていない…つまり、いつまた起きてもおかしくない状況なのでした。

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2015.07.19

YouTubeの再生速度を自由に調整…Chrome拡張「VSC」

 変重宝しているChrome拡張。特に土日の討論番組、チャンネル桜の「闘論!倒論!討論!」や、読売テレビの「たかじんのそこまで言って委員会NP」、つまりちょっと長めで言葉の数が多い番組を、時間短縮しながら観る(聴く)には最高。
 YouTubeもHTML5になってからは、デフォルトで速度調整ができますが、0.25、0.5、標準、1.25、1.5、2.0とかなり大雑把。特に討論番組を観るには、1.7か1.8くらいがちょうどいいのに、そこがない。
 ちょっとイライラしていたんですね。そんな時、このChrome拡張は便利。キーボードで簡単に0.1単位で調整できる。
 そう、討論番組と言っても、しゃべる速度は人それぞれで、やたら普段から早口で1.5倍速くらいの人もいれば、お年寄り(失礼)は0.8倍速くらいだったりもする。そんな時、話者によって、キーボードで簡単に調整できるのもいい。実に快適になります。
 使い方なども含めてこちらから確認してみてください。
 昨日、今日の討論番組は面白かったですね。今日の「そこまで言って委員会」は筆坂さんと鈴木さんという、転向組がゲストだったし(笑)。いや、転向っていいことだと思うんですよ。生まれつき組(?)と結果は一緒でもプロセスが全く違うわけですからね。その先にも期待できる。私もそろそろ転向しようかな(笑)。

 土曜日の「闘論!倒論!討論!」もとても良かった。前回が大変なことになって、ああ、やっぱり左右、保革は噛み合わないな、これこそ戦争の種だと思っていたら、今回はいい討論になった。皆さんにぜひご覧いただきたい。速度調整しながら(笑)。


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2015.07.18

後小松天皇と出口王仁三郎

250pxemperor_gokomatsu 日は個人的な備忘録です。
 先日、出口王仁三郎に関する二つの会合に出た折、とんでもない資料をいただきました。その内容は近く公にされる(書籍として出版される)とのことですので、ここにはまだ書きません。お楽しみに…いや、かなり衝撃的な内容かも。
 さて、その「事実」に接して、私が直観したことがありましたので、それだけはメモっておきます。
 出口王仁三郎の存在はなかなか一言では表現できません。それはある意味天皇にも言えることです。最近、この両者の関係に興味があります。
 王仁三郎が有栖川宮熾仁親王のご落胤であるというのは、現在ではほとんど公然の秘密になっております。つまり、王仁三郎は北朝の系統であり、潜在的に皇位継承権を持っていたとも言えます。
 明治天皇のすり替え説というのも、最近ではあまりタブー視されなくなっていますね。もし、そのすり替え説が正しいとすると、明治天皇から今上天皇に至る系譜は南朝ということになります。
 GWに安倍昭恵さんがいらした時の記事に、「いつか書ける日が来ると思いますが、日本の歴史にとって非常に象徴的なシーンがありました。近代日本を分断してきた根本中の根本における、歴史的、未来的和解と融和と止揚です」と書きました。今日のメモはまさにそれに関することになります。
Onisavulo_0072 王仁三郎にかかった神霊は、長沢雄楯によって「小松林命」と審神されました。そして、のちに王仁三郎は「小松林命は後小松天皇である」というようなことを言っています。後小松天皇はご存知のとおり、第100代天皇。南北朝を合一させた天皇ですね(ちなみにあの一休さんは後小松天皇のご落胤です)。
 南北朝は合一されたとはいえ、それこそ明治になっても南朝か北朝かの論争が起きているとおり、実は霊的にはいまだ合一、統合はなされていません。
 王仁三郎はそこに登場したわけです。後小松天皇の霊を従えて。つまり、王仁三郎の意図は「未来的和解と融和と止揚」にあったと。
 あくまで「未来的」というところが面白いし難しい。大峠を越えてみろくの世に至るという、人類史的予言、預言を行ったのであって、彼自身の生涯でそれが実現されたわけではありません。
 いろいろなご縁やヒントを残したくれたわけで、それをしっかり継承して活かしていかねばなりません。
 そこに富士山(不二山・天教山)がまた深く関わってくるから、私にとっては非常に面白い。不二高天原と王仁三郎、そして天皇系の関係が、最近とみに顕現し始めているのです。
 近々出版される本には、そのあたりのことも書かれる可能性があります。大本の関係者も、そのあたりに最近注目していますので。
 さらに、現界での動きについて一つ。南北朝分裂を招いたのは、後醍醐天皇であると言えるわけですが、それもまた霊的には故あることであって、それは「未来的和解と融和と止揚」によって日本の霊的次元が上昇するために仕組まれたものです。
 この現し世にあって、現在、安倍総理が一種の暴走ともとらえられるような働きをしているのも、そういう意味ではうなづける部分があります。その辺のトップシークレットについても、いずれ語らねばならない時が来るでしょうね。
 「秘密とは必ず示すという意味である」と王仁三郎は語っていました。時を待って示すために秘されているモノ。いよいよその時が来るのでしょうか。
 そう言えば、今日から秋篠宮ご夫妻と悠仁さまが鳥海山麓に滞在なさっていますね。分かる人には分かる霊的な動きです。


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2015.07.17

『歴史と私』 伊藤隆 (中公新書)

史料と歩んだ歴史家の回想
Th__20150718_134814 史学界のカリスマ、それもある意味では異端のカリスマとも言える伊藤隆東京大学名誉教授。私が心から尊敬する学者さんです。
 私のような、直観と霊感で歴史を読み解いているようなモノ(笑)とは、まさに対極に座す伊藤先生。その、一次資料を重視する実証的学問姿勢は、対極だからこそ私を魅了します。
 最近では、こちらに紹介した「評伝 笹川良一」にすっかりやられました。
 その記事にも書いてあるとおり、冷徹なまでのその筆致によって、「事実」がロマンやドラマ、ファンタジーにまで昇華していく、その不思議な感覚を味わわせていただきました。
 実は、そんな伊藤先生に、私、この春電凸しちゃったんです(笑)。いきなりお電話してしまった。まったく失礼なヤツです。しかし、伊藤先生、お忙しいのにも関わらず、どこの馬の骨とも分からぬ輩の話を丁寧に聞いてくださりました。感動。
 さらにさらに、私の1本の電話がきっかけとなって、とんでもないプロジェクトが動き出しそうなのであります。ああ、私はやはりあの時、何モノかに動かされたんだ。
 この「歴史と私」は、ご自身の人生と業績を振り返る内容となっています。そして、それが、私のようなモノにとっては、まさに昭和史そのものとも言えるほど実に濃くて深い。すなわち、伊藤先生の研究対象が昭和の大物ばかりだということですね。
 世の中では、いわゆる「物語」として語られることの多い、その研究対象たち。笹川良一もそうでしたが、巷間に流布するそうしたイメージのひとり歩きを、科学的研究姿勢によって、実に見事に修正し、時に覆し、あるいは補強していく。すごいですね。
 こうして「近過去」をコト化していくということは、歴史学という科学が、物語に食いつくされないための大切な大切な基礎になります。すなわち、未来の「歴史」が過たないための礎となるのです。
 東大の日本史という、どうしても左寄りだというイメージが強い世界で、孤軍奮闘する伊藤先生の姿は実にかっこいい。まさに左翼の生み出す「物語」に一人反旗を翻し、奪われた領土を奪回していくような、そんな侍のような姿が、この本の中には浮かび上がってきます。
 とは言っても、決して力んでいない。そこがまたカッコイイ。この本でも、共産主義とは、革新とは、ファシズムとはなど、おそらくご自身を苦しめたであろうことに対して、ある種愛情すら感じるような淡々とした口調で語っておられます。
 そんな静かなる侍だからこそ、この本の冒頭で語られる、ある「夢」が実現したのでしょう。神降臨…私にはそうとしか思えません。
 その「夢」とは、今上天皇陛下との二人っきりの一時間半。陛下との日本近代史問答。すごいですね。
 そんな大先生を電話一本で動かしてしまう私も私ですが…なんて、決して私自身の意志と言葉だけでお電話したのではありませんよ。私はあくまで伝達役だったのです。そういう意味では本当に光栄です。おそらくは近いうちにお会いする機会があることでしょう。
 出口王仁三郎の霊界物語や、偽書と言われる宮下文書、さらにはトンデモの頂点とも言える仲小路彰ばかり読んでいる私のような人間と、アカデミズムの大家である伊藤先生に、まさか接点があるとは…これはいったい何なんでしょうね。歴史のいたずらでしょうか(笑)。
 楽しみであると同時に、とても緊張しています。

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2015.07.16

369魔方陣

20150717_94609 日、東京に行った時お会いした方から教えていただいた面白い話の一つ。
 皆さんご存知の魔方陣。9マスの魔方陣では、5を中心にして、縦横対角線、三つの数の合計が15になりますね。
 これの拡大版とも言うべき9✕9=81マスの魔方陣の中に面白いものがあるとのこと。
 みろく魔方陣とか、みろく数霊盤と言われるものだそうで、いろいろな法則を見つけて遊ぶと楽しい物です。

20150717_123155

 単純に魔方陣として見ますと、縦横対角線の九つの数字の合計が「369」になります。これを「みろく」と読むわけですね。まあ、そういう読み方をいろいろなところで見かけますが、日本語学的に言うなら、音読みと訓読みが混ざっていて、単なる語呂合わせの域を出ていないなと、いつも思っております。
 全体をご覧になってお分かりのとおり、最初に紹介した9マスの魔方陣の数字がそれぞれの位置にありますよね。さらに面白いのは、その1〜9までの数字を含むそれぞれのブロックも単独で魔方陣となっています。たとえば左上のブロックではそれぞれのラインの和が126になっています。
 また、そのブロックで言えば、たとえば「51」の十の位と一の位を足すと「6」、「69」ですと足して「15」で、さらにその「1」と「5」を足すと「6」になります。
 そんなふうに全てのブロックの数がそのように基本となる1〜9の数字と不思議な関係を持っているんですね。
 ちなみに真ん中の「5」のブロックはラインの和は123。全体ではやはり369となっています。「ひふみ」と「みろく」という語呂合わせも可能ですね。
 ど真ん中の「41」は日本神道でいう「四魂一霊」の象徴であるとも聞きました。さらに、その「41」を中心として点対称にある数字を足すと、全ての組み合わせにおいて「82」になります。すなわち二つの数字の組み合わせが「41」を二つ内包しているということです。これも不思議ですよね。
 ほかにも、赤い数字だけを見て、縦横対角線でそれぞれ三つずつ足すと、それも「123」になります。
 まあ数学的に考えればそれほど不思議なことではないのかもしれません。しかし、そういう数学的法則性や論理性があること自体、ちょっと神がかっているとも言えますね。
 ちなみにこの魔方陣というか数霊盤は、日本で考案された(発見された)という説もあるのだとか。面白いですね。
 この魔方陣にはもっといろいろな法則性や対称性を見出すことができるそうです。私にこれを教えてくれた方は、ここに方位を加えて、面白い解釈をされていました。私もヒマな時に眺めながら、いろいろ発見してみたいと思います。皆さんもぜひどうぞ。

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2015.07.15

戦争反対!?

Th_img_8531 日はたまたまお昼ごろに国会議事堂付近におりました。もちろん、デモに参加するためではありません。別件です。
 それにしても驚いたのは、ちょうど「強行採決」されたという時刻にも、それほど大きな騒ぎになっていなかったことです。
 マスコミで紹介されていた映像のイメージとは全く違いました。反対派の皆さんのパワーのないことと言ったら…。
 大変失礼な言い方になってしまいますが、ほとんどが高齢の方でして、炎天下だったこともあって、なんだか心配になってしまう状況。
 ある集団は「安保同窓会」みたいな感じでしたし(苦笑)。
 いろいろな意味で、これはいかんな…いやいや、これでいいのだという、実に複雑な思いにかられました。
 ちなみに私は単純な自民党シンパではありません。安倍政権に対しても大きな心配を抱いている立場です。
 いつも書いているように、私は右でも左でもなく(別の言い方をすると右でも左でもあり)、純粋に「地球平和」を希求している一市民です。
 ただ、「平和=戦争反対」という単純な念仏主義者とは一線を画していたいと思っています。また、本当に相手の心を動かしたいのなら、ケンカを売るのではなく(それは戦争と同じ方法だからです)、相手の懐に入っていくという方法を取る主義です。
 ところで、私が「戦争さえ起きなければ平和である」という単純な理論を持つ平和主義者だとしましょう。だとしたら、なおさら「戦争」とはなんなのかということを突き詰めたいと思うはずです。
 敵を知らなければ勝利はないからです。戦争はなぜ起きるのか、戦争はどのように進行し、終結するのか。客観的に世界史上の戦争について研究しなければ、戦争反対を唱えることなどできません。
 一部の観念的、あるいは感情的、いや気分的平和主義者のように、戦争についてはその表層である悲劇的なシーンのみを語り、その奥底にある社会的本質、あるいは人間的本質、文化的本質を知ろうとしないとしたら、それはまさに「空念仏」に終わってしまいます。
 だから、私は歴史としての戦争、また悲劇のドラマとしての戦争を知ろうとするのはもちろん、いわゆる「戦争学」「戦争論」「戦争文化論」「戦争哲学」といったものにも興味を持ちたいのです。
Th_img_8533 「戦争学を勉強しています」なんて言うと、それこそ「お前は戦争をしたいのだな!」と反戦主義者に言われてしまいそうですね。しかし、さまざまな犯罪や災害を防ぐために、その犯罪や災害を研究しなければならないと同じで、戦争という人類の最も忌避すべき「罪」「災」についても、しっかりそれ自身と対峙していかなければならないと思います。
 いじめ問題親子討論会の記事に書いたように、「いじめはいけない!」と言っていても「いじめ」はなくなりません。「いじめる」種、「いじめられる」種、「いじめを黙認する」種が自分自身の中にあることと真正面から向かい合っていないからです。
 「戦争」も同じことが言えます。たとえば、今日、国会前で汚い言葉でシュプレヒコールを上げていた彼らの中に、はたして「あいつを消したい(殺したい)」という種がないと言えるでしょうか。
 もちろん、私のこういう言説の方がずっと理想論的な念仏ではないかというご指摘があることも分かっています。それこそ現実の問題から逃げているというお叱りもいただいています。
 しかし、仕方ないですね、これはどうも私の本能の部分のようです。
 残念ながら、今の人類のレベルでは、いわゆる「丸腰」は、諸外国(特に近隣諸国)の悪を助長してしまう可能性があります。
 相手の悪を抑えつけ、善を育てるものであるのなら、「荒魂」も絶対に必要です。いつも言っていますね、「荒魂による和魂の招来」です。
 理想社会、みろくの世においては、その「荒魂」の出番はほとんどなくなるでしょう。しかし、それはまだまだ先の話です。そこを目指す(もちろん何世代もかけてです)者としては、今は、その「荒魂」のコントロールのしかたこそ大切なことであると思います。かつて、いや今でも、各地の祭りにおいて「荒魂」を上手に真釣っているように。
 必要がなくなったら、また改正しましょう。そういうスパンでものを考えることも必要ではないでしょうか。
 ちなみに憲法改正についても単純な改憲論者でも護憲論者でもありません。(改正ではなく改定も含めて)改憲が必要なのか論議をすることはいいことです。場合によっては国民投票もいいでしょう。しかし、最終的には「守るべきもの」は守られるでしょうね。そう信じています。


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2015.07.14

『公立 vs 私立』 橘木俊詔 (ベスト新書)

データで訓む「学力」、「お金」、「人間関係」
20150716_131342 日は東京で私立学校の経営研修。
 少子化のあおりを受け、企業としての私立学校は危機的状況にあります。というか、一般企業ならとっくに潰れてしまっていることでしょう。
 私の勤める学校も、とても楽観的な状況とは言えません。地理的条件など、他校よりも恵まれているかもしれませんが、バブル期のころのお気楽な経営ではとてもやっていけません(当たり前です)。
 いや、逆にバブル期に堅実経営をしていたので、基礎体力はけっこうある方だと思いますが、それでも顧客は間違いなく激減してゆき、増加する見込みはほとんどゼロなので、経営をそれなりに戦略的に進めていかなくてはなりません。
 今日の研修では、2校の成功例が紹介されましたが、それを聴く数百の参加者は、どちらかというとドンヨリした雰囲気でした。
 「ウチで同じことができるだろうか」
 「前提条件が違いすぎる」
 「やっぱりカリスマ的リーダーが必要だな」
 そんな空気がびんびん伝わってきました。私は無謀なほどの楽天家ですし、案外野望を持っている人間なのですが、そんな私でも、やはりふと同じような考えがよぎりました。
 私は改革はトップダウンであるべきという信念がありますので、足元の方は別の人にまかせて、国や地域の発展こそが私立繁栄の条件と信じ、あらぬところで突っ走っております(もちろん現場の理解は得られませんが)。
 そう、日本の歴史はある意味では私立が支えてきた部分がある。この本では、たとえばノーベル賞受賞者は全員国立大学出身だというようなデータも開陳されていますが、政治や経済の分野での私立大学出身者の貢献度は非常に高い。文化やスポーツでもそうでしょう。
 もともと、日本は「寺子屋」「私塾」の伝統の強い国です。どの時代も、私立が公立をリードしてきた。公立が私立の後を追う、真似をするということが多かった。
 そのあたりを正しく評価していただき、いわゆる学費の格差をより縮小していただきたい。これは国に働きかけるべきことです。なにしろ、総理大臣も私立大学出身者なんですからね。
 もちろんそういう環境の厳しさ、すなわち一般企業同等の競争原理の中で、私立は常に努力し改革し戦ってきたわけですが、さすがにここ数年の少子化の大波は大きすぎます。
 あとは経済がもう少し良くなってくれれば、学費という「未来への投資」も盛んになると思います。この本にあるとおり、私立出身者が「元を取る」あるいは「投資以上の収入を得る」可能性は、けっこう高いんですよね。
 しかし、貧すれば鈍する、世の中に不景気感が蔓延していると、目の前の損得にしか目が行かなくなってしまうんですね。
 しかし、今日の講演にもあったとおり、「靴を履く習慣のない土地で靴を売る」の精神に則り、今まで目の前の損得にとらわれていた目を、未来に向けさせる、そういう今までになかった文化を創りだすというのは、けっこうやりがいのある仕事がもしれません。
 ちなみ私自身は、小中高大と見事に公立に通い続けました。この本を読んでびっくりしたんですが、中学から私立に行ったのと比較すると700万円も親孝行したんですね(笑)。

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2015.07.13

正しく怖がるインターネット

 日、本校の全校生徒対象に見せた動画です。これはいい内容です。分かりやすいし、実態に即しているす。生徒も食い入るように見ていました。やばい、と思ったのでしょう。
 「インターネットはすべて玄関の外側」
 「日常とネットは同じ」
 そのとおりだと思います。とりあえず、スマホのカメラの位置情報はOFF。そんなの当たり前でしょう。
 スマホ、ネット、SNSをめぐるトラブルに見舞われる生徒、いや大人が増えていますね。これは単純に知識が少ないからでしょう。
 たとえば同様に功罪のある自動車。これは免許制度があるじゃないですか。免許を取る過程で、その「罪」の部分をいやというほど学ばされ、また、その回避方法の習得が免許の内容そのものだったりします。
 私は、ネットも免許制にすればいいと思うのですよ。そうすると自然と年齢制限も出てくる。
 そう、たとえば小学生にスマホを買い与えるのは、いきなり一人で自動車を運転させるようなものです。
 あと、講習後、高校3年生と話したんですが、情報ってどんどんたまっていくとどうなるのか。物だったら大変なことになりますし、しかし一方ではエネルギー保存の法則で、総量としては変わらなかったりする。
 情報とエネルギーとの関係は、これは大変難しい領域なのでここでは割愛しますが(実はよくわからない)、とりあえず、私たち凡人からすると、ストレージというものがあって、それには容量があって、すぐにいっぱいになってしまったりするので、やはり情報も物のようなものだと感じていますよね。
 私たちは毎日、世界中で何テラバイトの情報を生み出し、コピーし続けているのか。原発の汚染水どころの騒ぎではない。目に見えないと言えば目に見えないわけでして。
 ある日、臨界点を超えてビッグバンでも起きるのではないかと、私はそっちの心配を毎日しているのです(笑)。
 ま、それはいいとして、とりあえず各家庭で免許制にするというのはどうでしょうかね。GREEさんがこのような講座をやっているように、AppleもGoogleもLINEも自らそういうテストを作ったりすればいいと思うのです。
 そういう動きを作れば、すぐにそう変わりますよ、この世の中。ちょっとやってみましょうかね。
 

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2015.07.12

WRESTLE-1 TOUR 2015 SYMBOL 後楽園ホール大会

Th__20150713_63906 しぶりに後楽園ホールでプロレス観戦。武藤敬司率いるレッスルワンの興行です。
 心配された(?)お客さんの入りもよく、また盛り上がりも上々で、正直安心いたしました。
 メインで、ずっと応援しており、ウチの中学にも来てくださったことのあるチャンピオン鈴木秀樹選手が(圧倒的な強さを見せつけつつ)負けてしまったのだけは残念でしたが、そのほかの試合はそれなりに変化や物語性に富み、充分楽しむことができました。
 個人的には、第5試合のスペシャル6人タッグマッチが感慨深かったなあ。グレート・ムタ、ザ・グレート・カブキ、TAJIRI組 VS 藤原喜明、大和ヒロシ、芦野祥太郎組。
 組長とカブキさんの絡み、組長とムタの絡みには、なんだかいろいろなことが思い出され、感激してしまいました。
 オリエンタル3人組による毒霧噴射の競演のみならず、藤原組長やカブキ、ムタの、ある意味「動けない」ムーブの魅せ方は、これはまさに日本の伝統芸能そのものだなと思いました。やはり能に近い。少なくともスポーツではない。神事ですね。
 正直、この試合だけでもお金を払う価値がありましたね。
 試合終了後、後楽園から歩いて靖國神社へ。明日からみたままつりですが、今年は露天が出ないとのこと。その理由が理由ですよね。英霊の前でナンパ横行とか、どんだけ平和なんだよと言いたいところですが、準備の進む現地に行ってふとこんなことをツイートしてしまいました。

『靖國参拝。明日からみたままつりだが今年は露店なしとか。平和に度が過ぎるということはないはずだが、実際度が過ぎていたということは、今の人の心は真の平和ではないということなのだろう。ここに来てみて少し分かる気がした』

 富士北麓でも戦没者慰霊の地である忠霊塔がデートスポットになったりしてますがね、やはり行き過ぎはいかんでしょう。これって、単純にそういう教育がされていないだけです。靖國神社がなんなのか知らない若者たちだけを責められませんね。
 その後、大久保へ。W-1の事務所を訪ねました。
 実は富士北麓で、それこそ久しぶりにプロレスの興行をやりたいと思っていまして、そうするとやはり富士吉田出身の武藤さんに一肌脱いでいただくのがいいのではと。
 実は今から51年前の夏、私が生まれて10日くらいしてのことですが、私の勤める学園の母体である富士吉田市下吉田の月江寺において、日本プロレスの興行が行われて、たいへん盛り上がったんだそうです。力道山、馬場、ニック・ボックウィンクル…(詳細はこちら)。
Th_img_8312 これがその時の写真です。これを復活させたい。ちょうど地元の若者から昔のお祭を復活させたいという話があったので、ならばぜひ半世紀ぶりにプロレスを、と思ったわけです。
 なんでも昭和を復活させればいいというものではありませんが、やはりプロレスと歌謡曲、これは庶民の力を引き出す大切な文化ですよ。
 とか考えながら、事務所をあとにしましたら、目の前に大男が自転車をこいでいる。ママチャリが妙に小さく見える…と思ったら、なななんと、プロレスと歌謡曲の生き証人、キラー・カーンさんではありませんか!!
 そういえば、近く居酒屋カンちゃんを閉じるという噂を聞きました。以前1度うかがった時(こちらの記事)、まさにプロレスと歌謡曲の復活の話をさせていただきましたっけ。なんか、昭和の神に会ったような気がして、これは偶然ではないなと思いました。
 よし、頑張ろう!っと。

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2015.07.11

KAO=S

Th_eudrxyb3 日も音楽ネタです。だいたい音楽ネタが続くときは、その裏で壮大なことが運んでいることが多い。今日もそうです。
 私にとって音楽とはそういう存在です。音楽というのものの次元は、実は他の芸術と比べても非常に高い。あるいは、私たちと高次元の宇宙をつなぐ存在であるとも言える。
 私はいつもそういうふうに音楽をとらえています。この音楽が好きになった、あるいはこのミュージシャンとご縁があったというのは、自分の趣味の範疇での出来事ではなく、もっと深い意味があると思っています。
 今日ご縁をいただいたのは、KAO=Sという邦楽ロックユニット。ひょんなことから、プロモーション撮影の場所として某所を紹介することになり、今日はその撮影の初日ということでご一緒させていただいた次第です。
 ここのところずっと雨の日が続いていたのが、今日は本当に素晴らしいお天気でして、いやそれ以上に、昨日までの雨のおかげで当地方は湿気が多かったため、普段なかなか地元民でも見ることのできない、奇跡的な風景、表情が現れ、早朝より来麓のメンバーの皆さんにも満足していただけたかと思います。
 某所では実際に演奏しながらの撮影となり、これがまた奇跡的にかっこ良く、私も大興奮でした。さらに今後撮影を続け、近いうちにアルバム・ジャケットとして、あるいはPVとして世界に発信されることでしょう。
 そう、今、KAO=Sはアメリカやヨーロッパで大人気。今後逆輸入の形で日本でも注目を浴びるに違いありません。
 うまく行けば、富士北麓でのライヴも実現するかもしれません。日本の象徴富士山から世界に発信する日も近いことと思います。
 私がいろいろ書くよりも、とにかくYouTubeの動画を観て、聴いていただくのが一番ですね。その世界観をぜひ体験してみてください。

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2015.07.10

志村正彦くんの誕生日に際して

Th__20150711_211734 日はフジファブリック志村正彦くんの35回目のお誕生日。
 数日前から夕方6時のチャイムが「若者のすべて」に変わっています。
 その時間はちょうどクラブが終わる時間なので、聞きつけた中学生たちがチャイムと一緒に歌ったりしています。
 今日は3年生と1年生の授業があったので、それぞれで次の動画を見せながら、いろいろと話をしました。
 3年生はちょうど「将来、どんな職業を通じて世界に貢献するか」という勉強をしていたところなので、志村くんが音楽と出会い、音楽で飯を食っていくことを決め、実際に夢を実現していったプロセスを、私なりにいろいろ解釈して話しました。
 1年生は、地元、それも本当に学校のすぐ裏でこういう天才が生まれ育ったということと、私たちが何気なく見たり聞いたり感じたりしている日常が、捉え方、感性一つで、こんな豊かな、そして普遍性のある物語になるのだということを教えたかった。
 3年生のほとんどは何らかの形で志村くんやフジファブリックの存在を知っています。1年生で知っていたのは二人だけ(うち一人はウチの娘)。やはり、音楽に出会うのは中学2、3年生くらいなのかな。
 生徒たちはみんな真剣に耳を傾けてくれました。私はもう途中から涙が止まらなくなってしまい、最後の市民会館凱旋ライヴの「茜色の夕日」では号泣…。
 何年経っても思い出してしまうな…あの大きな瞳が小刻みに震えていたことを。
 彼の歌が、こうして聴き継がれ、歌い継がれていくことを祈ります。

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2015.07.09

『あなたは音楽をどう愛す? ~新・配信ビジネスの衝撃~』 (NHKクローズアップ現代)

21 た音楽配信サービスの話。スミマセン。
 ただ、ちょっとまじめに考えていることがあるので、それを自分の中でまとめるためにも書きます。おつきあいください。
 おととい、クローズアップ現代でこの件が取り上げられていました。番組の内容がテキストで読めますので、ぜひ。こちらです。サカナクションの山口くんや、佐野元春さんら、現場の声も貴重。
 まず前提として、私はレコード音楽文化、今で言えばCD音楽文化ですね、それがはたして音楽史的に見て正常(普通)であるのかということです。
 本来、音楽は一回性の芸術。ライヴなものだったわけですよね。録音文化によって革命が起きたのは、せいぜい100年くらい前の話。つい最近です。
 そこから、一気に「商業音楽」というのが世界中にばらまかれました。もちろん、そのおかげで、私たちはビートルズにもストーンズにも、また古いヨーロッパの音楽や、アフリカの民族音楽に出会うことができたわけですよね。
 加えて、ピーター・バラカンさんも言っているように、実は「ラジオ(&テレビ)」という無料の音楽配信サービスも昔からあって、たいへん大きな力を持っていた。
 それもまた、音楽のデータ化とそのコピーの量産という近代技術があったからこそできあがった文化ですよ。
 そう、その根本である「音楽のデータ化」、ワタクシの言い方からすると「コト化」が進んだ、すなわち「モノノネ」であった音楽が、いつのまにか「コトノハ」の一形態になってしまったわけです。
 これは、古代の口承文化が文字文化に置き換わったようなものであるとも考えられます。そう考えると、コト化は決して不幸なことではないことが分かりますよね。文学の発展にとっては、文字や印刷技術の発達というのは不可欠な存在です。
 音楽というジャンルにおいても、一面では「コト化」技術の発達が、音楽自身の発達にも寄与しましたよね。
 では、他の一面ではどうかというと、たとえば言語芸術の一つとも言える演劇では、今なお「ライヴ」なモノが重視されているように、音楽においても、コト化の無限の拡がりが本来的なモノ性の再評価を促す可能性が多分にあると思います。
 そうすると、この100年間の「大衆商業音楽時代」が、どちらかというと異常な状況であり、そういう意味で、その増殖したコト(音楽ソフト)の価値が低下して、限りなく無料に近づいていくのはしかたないとも言えるのです。
 面白いのはそういう当然の価値逓減(無料化)への動きに対して、appleが正義の味方的な役割を果たしていることですね。
 すなわち、appleがiPodやiTunesを生み出し、結果としてCDが売れなくなった…というのは、実は正常進化を促したわけで、なおかつ、当時違法なファイル交換によって秘密裏に無料化が進んでいたのを、合法的に廉価な音楽を提供するシステムを作って是正した。これは逆に言えば、増殖した音楽ソフト(CD)が高すぎたことを意味していますね。
 さらに今回AppleMusicが満を持して登場したことによって、コト化された音楽情報の価値はまた下がった。加えて再生回数によって音楽家の収入が変わるわけですから、より公平化されたとも言える。1曲150円で統一されていた状態は、情報と価値の関係からすると公平ではなかったのです。
 こうなってくると、音楽家は今後、音楽のモノ性という原始的、本来的な部分を重視せざるをえなくなってくる。ま、普通に分かりやすく言えば「ライヴ」です。音楽が持つ、一回性という生命力と、しっかり向き合わなくてはならない。
 先ほども書いたように、音楽史の中で言えば、あるいは芸術史の中で言えば、やはりこの100年間が、異常とは言わないけれども、非常に特殊な状況であったということで、こうしたストリーミングへのストリームは正常進化であるということです。
 ここでも、Appleが正義の味方になっているわけですね(笑)。そういう文化史の画期に関わるところがAppleのすごさであり、魅力であると思うわけです。
 もちろん、「ライヴ」をどのようにビジネス、生業として成立させるかという問題はありますが、それはおそらく心配ないでしょう。ライヴがソフト販売のプロモーションであったり、ライヴよりも物販で設けるなんていう状況は、そのうち是正されるでしょう。
 というわけで、コト(情報)がモノ(生命)の入り口になると信じて、私はAppleMusicをどんどん使っていきたいと思っています。
 なんだかよく分からない文章になってしまいました。長々と失礼しました。

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2015.07.08

Violinski 『Clog Dance: Very Best of Violinski』

Th_51vn9citwxl_sy355_ 私ともに忙しいので、またまたApple Musicネタ。出張の行き帰りの車の中で聴いたアルバム。
 私をヴァイオリンの道に導いた方の一人、ELOのヴァイオリニストだったミック・カミンスキーが、ELO在籍中に結成した自分のバンド「Violinski」のベストアルバム。
 私はオリジナル・アルバムをLPで持っているのですが、今やレコードを聴く環境もなくなってしまったので、それこそ十年以上彼らの音を聴いていませんでした。
 このアルバムなんか、今やプレミアものでAmazonでは1万円以上もする。それを今さら買って聴く気にもならなかった。それがApple Musicのおかげでタダで聴ける…ありがたや。
 懐かしいと同時に、約半数に及ぶ未発表音源にかなり驚きました。けっこうポップな曲と、ちょっとプログレっぽい曲。79年80年にしては、ちょっと古くさい感じかな。
 代表曲というか、唯一のヒット曲である「Clog Dance」をYoutubeでどうぞ。バーカスベリーの青いヴァイオリン、いいですねえ。憧れました。
 いかにもイギリスの民族音楽、民族舞踏の現代版という感じですね。いい曲ですよ。

 ミック・カミンスキーはまだ元気に頑張っているようです。今さらながら、私もBarcus Berryのプルー・ヴァイオリンが欲しくなってきました(笑)。

AppleMusicで聴く

Amazon Very Best of Violinski


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2015.07.07

バリー・マニロウ 『Greatest Songs of the 70's』

 Apple Musicのおかげで懐かしい洋楽を聴く機会が増えました。また今まで知らなかったアルバムを聴く機会も。
 このアルバムはその両方の要素があります。懐かしい70年代の名曲が連発。歌っているのはかのバリー・マニロウ。これがいい。気に入りました。Apple Musicがなければまず出会わなかったアルバムでしょう。
 中学生の私は、おませさんで、このアルバムにも入っているバリー・マニロウの「Can't Smile Without You」や「Even Now」(邦題「忘れえぬ面影」)が好きだったんです。当時は「コパカバーナ」が大ヒットしていましたが、やはり、バリーと言えばバラードです…と思っていた中学2年生って、やっぱりませてますよね(笑)。
 そう、今私は中学生の面倒を見ていますが、中2ってすっごく子どもなんですよ。昔の中学生の方がませてたのかなあ。まず今の中2は洋楽なんか聴かない。洋楽に目覚めるのが「中二病」の一つの症状と言われていますが、そういう意味では、全然中二病じゃない。
 バリー・マニロウなんか、ホントちょっと大人な感じじゃないですか。英語なんか全然分からないけど、なんとなく真似して歌ってみたり…ある意味危ない中2だな(笑)。
 ところで、このカバー・アルバムのいいところは、バリーの歌もアレンジも非常に端正で飽きが来ない。原曲を大切にしつつ、ちゃんとオリジナリティも出していて、このバランス感覚は素晴らしいと思います。
 カバーアルバムって難しいですよね。だいたいやり過ぎ(自己主張しすぎ)が多いものです。
 そういう意味ではこのアルバムの「コパカバーナ」、すなわちセルフ・カバーもいいですねえ。いわゆるアンプラグド(アコースティック)バージョンですね。かっこいいし、よりリアルなラテン感が出ている。
 ちなみに同様に60年代、80年代の名曲集もあるので、ぜひお好みで聴いてみてくださいませ。

Amazon Greatest Songs of the 70's

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2015.07.06

感謝!500万アクセス突破

Th__20150707_144927 りがとうございます。このブログ「不二草紙 本日のオススメ」が、いつのまにか500万アクセスを突破しておりました。
 2004年5月2日に始まったこのプログ。11年を経過いたしまして、毎日書きも書いたり…4000以上の記事をしたためてまいりました。
 アクセス数が500万ということですから、平均しますと毎日1000人以上の方々が訪問してくださっていることになりますね。本当にありがたいことです。
 もちろん、間違ってここに来ちゃったという方も多いので、実際お読みくださっている方の数はそこにまでいかないでしょうけれども、それでもご縁がそれだけあることはたしかですので、本当に感謝感謝であります。
 いつまで続けるのですか?とよく聞かれます。そうですね、たぶん死ぬまでじゃないでしょうか(笑)。あるいは入院するとか、収監されるとか(笑)。
 ただですね、あっけなく「や〜めた」となる可能性もありますよ。なにしろ、この前の断食も4日目に突然終了しました。それも「きついから」とか「無意味だと思ったから」とか、そういうことではなく、これは1ヶ月は余裕で行けるなと思いつつ帰宅したところ、「爆弾メンチカツ(チーズ入り)」というモノが食卓に乗っておりまして、それを見た途端「や〜めた」となったのです(笑)。
 普通、断食したのと同じ期間をかけて復食していく、それも最初はおかゆとかから始めるというのが王道のようですが、私にはそんなものは関係ありません。いきなり「爆弾メンチカツ(チーズ入り)」2個から復食ですからね(笑)。ちなみに全然問題ありませんでした。
 てな具合のいい加減な人間(いや、宇宙人)なので、このブログもいきなり終ったと思ったら、また始まったなんてことがあるかもしれませんね。
 そういういい加減な気分でやっているから、毎日続いているのかもしれませんね。なんでも「続けることが目的」になってしまうと、それは難行になってしまいます。いつやめてもいいというくらいの方が続くのです。
 と、そんな感じなので、最近一時期よりもアクセス数が減っていますが、まったく気にしません(昔はけっこう気にしていた)。あるいは、昔よりも記事の内容がないようと言われることも多くなりましたが、それもまったく気にしません。
 いちおう目標は1000万アクセスですかね。このペースならあと9年で達成できるはずです。私はちょうど還暦。地球での仮の仕事もリタイアの時ですね。その頃、私は、そして地球はどうなっているのか、楽しみですね。てか、そこまで私はこの地球で暮らしているでしょうか(笑)。

 

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2015.07.05

アートの可能性(限界)

Th__20150706_110443 日、カミさんと下の娘は、安倍昭恵さんが校長をしている「UZUの学校」に参加してきました。今回のテーマは「芸術(アート)の可能性」。面白そう。
 GWに昭恵さんが遊びにいらした時に、カミさんと下の娘に「来たら〜?」と誘ってくださって、いちおう論文のようなものを書いて応募したら、二人とも合格して晴れて親子で参加することになりました。
 もちろん、私もその分野に関しては大いに興味のあるところなのですが、なにしろ「女子校」なので参加不可能…と思いきや、「用務員としてならいいですよ〜」とのこと(笑)。
 当初は、よし!用務員でも警備員でもなんでもいいから潜入しちゃおう!と意気込んでいました。しかし、いざ当日が近づいてくると、現場のアウェー感を想像し、だんだん戦意喪失気味に(笑)。
Th__20150705_15_35_55 結局、私は留守番することにしました。ちょうど諏訪から友人がこちらに遊びに来るということで、では、こちらはこちらで富士北麓諏訪神社めぐりを敢行しようと企てまして、まあなんとなく敗北感を払拭することに成功しました(笑)。
 なにしろ、中1の娘は史上最年少の「学生」だったようでして、まあ、なかなかやるな、昨日の上の娘によせよ、今日の下の娘にせよ、いよいよ親を追い越していくようになってきたな、それはそれで感慨深い…わけはなく、正直悔しい!ぜってーお前らには負けねーぞ!とさらに気合いが空回りするオヤヂでありました(笑)。
 さてさて、せっかくですから、女性陣の「芸術(アート)」とこちらの「宗教」を統合して、ワタクシの考えを一つ披露させていただきます。ここ数日下の娘と話していたことです。
 私はまず「芸術(アート)」は素晴らしいという前提を取っ払うところから始めました。なんか世間ではアートは素晴らしい、より豊かになってほしいもののように言われるじゃないですか。本当にそうなんでしょうか。
 なぜ人間にだけアートはあるのか。いや、なぜ人間だけがアートを創造するのか。そう、人間以外の自然界は能動的にアートしませんよね。つまり、富士山は富士山自身で、そして花や蝶は花や蝶自身ですでにアートであると言える。
 また、人間の歴史をだけを見てみても、原始人は非常に単純な絵くらいしか残していない。時代が下るに従って、ある意味アートは進化し、増殖してきました。
Th__20150706_91225 そうすると分かってくることがありますよね。つまり、人間が自然から離れれば離れるほど、人間が内なる自然を失えば失うほどに、創造的芸術(アート)が発展し、私たちはそれを渇望するようになってきた。
 先日紹介したAppleMusicなんかも、その大量生産、大量消費を促すものだとも言えます。
 つまり、芸術(アート)は、私たち人間と自然との空隙を埋める存在であって、それはほとんど不可逆的に増殖していかざるをえないということです。
 もちろん最悪なのは、そうした空隙を埋めようともしなくなる、すなわち、我々が自然どころかアートにさえ関心、興味、必要を感じなくなってしまうことです。その時、たぶん、人類は滅亡するでしょう。
 もし芸術(アート)に可能性があるとしたら、そういう意味で、常にギリギリのところで私たちを救ってくれるということでしょうかね。
 これは逆に言えば、アートの限界でもあります。つまり、前提条件として、私たちをより豊かにしてくれることはないということです。なんとかゼロを保つのが精一杯。もし、我々がちょっとでもアートを望まなくなったら、あるいは創造力を失ったら、もうマイナスなのです。
 いや、私たちがもう一度自然の方に近づけばいいではないかという発想もあるでしょう。しかし、それは難しいでしょうね。前に書いてしまったように人間の「進化」は不可逆的だからです。
 そう考えると、映画「美しき緑の星」において音楽がすでに絶滅していのというのは象徴的です。彼らは逆行の進化を手に入れた結果、芸術のある部分が必要なくなったのですね。
 では、宗教は…ということになりますが、それは以前紹介した、出口王仁三郎の「芸術は宗教の母なり」を参考にまた考えることにしましょう。今日はこのくらいにします。

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2015.07.04

他者との出会いに埋め尽くされる時間

Th_img_8326 日はとにかくたくさんの人々にお会いしました。年に数回しかないかなあ、これほど自分一人で思考、行動する時間がない日は。
 それが功を奏すのです。簡単なことです。自然と自我を離れることができるからです。
 午前中は中学のPTA主催奉仕活動。生徒と保護者と教員で地域の清掃です。1、2年生集団は「いつもの丘」忠霊塔へ。あんまりゴミがなくて、結局恒例の缶蹴りが始まってしまいました(笑)。
 忠霊塔(新倉浅間公園)と言えば志村正彦くんを思い出しますが、今日はそこで彼にもゆかりの深い方とマニアックなお話をする機会もありました。
Th_img_8324 3年生は明見の田んぼへ。自然と人の関わり、里山のお話を聞きながら、こちらも最後はどろんこ遊びに。
 親御さんもそんな子どもたちの様子を嬉しそうに見ていました。某新聞社の方もいらっしており、今度はもっと派手にやりますからぜひ取材に来てくださいと申し上げました。
 泥が教えてくれることは本当にたくさんあります。
Th_img_8327 午後はすぐに本校ジャズバンド主催の「富士山の森ジャズフェスタ」に。今回記念すべき10回目を迎える同フェスタ。ゲストがエリック・ミヤシロさん、内堀勝さん(および内堀さんのビッグバンド)、そして関東最強の学生バンドが集結という超贅沢なジャズ・ライヴです。ウチの娘もベーシストとして参戦…というか、エリックさんと競演してスラップ決めてる娘を見て、この野郎うらやましいぞ!と思いました(笑)。
 フェスタの内容、感想については、また書きます…いや、結局毎回同じになっちゃうですよね。こういうことです。大学生にはホントいろいろ言いたくなってしまう。今日の内堀さんとエリックの講評は完全に私の感想と一致していました。
 音楽を物語としてとらえ、全員が同じシーンを思い描いているか。その音、そのシーンがどこに向かっているか。セッションの中で、どう自分が変わっていくか。あと「間」。
Th_img_8332 ただ、上手に、達者に弾けばいいというものではない。だったら、少なくとも中高生のように、「楽しさ」「純粋さ」を共有したいが、大人になるとそれが難しいわけですね。自分も大学時代、完全にそういう陥穽にはまっていたので、よく分かります。
 大学生にはいい薬になるでしょうね。そして苦しんでもらいましょう(笑)。あの「音楽に支配されていた自分」はどこに行ってしまったのか。
 そんな中、某プロレス団体から電話が来たり、某哲学関係者からメールが入ったり、某政治家の方と偶然密談ができたり、BUMPのライヴのお誘いがあったり…まあ、不思議なもので、自分の時間がなく頭が自分モードでない時にかぎって、普段進まなかったことが進むものです。
 やはり自我がなくなっているからでしょうね。自分が空っぽになった方が他者が入り込みやすい。当たり前と言えば当たり前ですし、いわゆる禅の境地でもある。
 音楽でもそういうことってあると思います。大学生になると(自分も含めてですが)頭でっかちになってしまう。つまり、「自分の音楽」で頭がいっぱいになってしまうんだと思うんです。
 そこには本来のアンサンブル、セッションの力、すなわち「むすび(結び・産び)」のエネルギーが存在しにくくなってしまう。そういうことでしょう。
Th__20150705_123022 そういう意味で、ジャズフェスタのあと飛んでいった、しらいみちよさんのライヴ(こちら)は本当に素晴らしかった。しらいさんの歌はもちろん、そうそうたるメンバーによる演奏も、まさに大学生に足りないものが全てあるという感じでした。おかげて、こちらもすっかりリラックスできました。心も身体も癒されました。
 音楽と言葉の関係についても考えさせられましたね。エリックさんが講評で、楽器も原曲の歌詞を意識して演奏すべきというお話をしていましたが、本当にそうだと思います(私も全然できてませんが)。
 …と、私も頭で考えて言語化ばかりしていて、結局今日のように、皆さんのおかげ様でそういう境地になるしかない…というわけで、やはり忙しくて自分の時間がない、すなわち時間が他者によって埋め尽くされるのが一番ということでしょう。
 これから死ぬまで、とにかく忙しい、自分の想定外の忙しさに見舞われる日々であることを祈ります。

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2015.07.03

Kansas 『The Wall』

 日書きましたApple Musicのおかげで久しぶりに出会った曲の一つ。この曲も当時中学生だった私に大きな影響を与えました。ELOとともに私をヴァイオリンの世界に導いたバンドKansas。
 Kansasと私については、10年前に「偉大なる聴衆へ」というライヴ盤を紹介した記事に書いてありますので、そちらをご覧ください。
 この曲の魅力はやはり長大な後奏でしょうね。かっこよく美しいヴァイオリンの旋律。これを弾きたくてヴァイオリンを始めたと言ってもいい(しかし、実は一度も弾いていない)。
 後奏が本編と対比されて美しいと言えば、そう、エリック・クラプトンのレイラが思い起こされますね。こういうのに私弱いようです。
 Kansasは、たとえばピーター・バラカンからすると「芋プログレ」だそうです。まあ、たしかに田舎者でしょうけど(笑)。
 しかし、田舎者ならではの特別な都会感というのはありまして、たとえば東北から東京を飛ばしていきなりニューヨークに行っちゃうような振り切り方というのがある。
 考えてみれば、いわゆるクラシック音楽というのも、ヨーロッパという田舎のコンプレックスが生んだ非常に特殊なジャンルです(失礼)。
 このKansasのThe Wallもそういう意味で正常進化しておりまして、2009年のライヴでは、フルオーケストラを従えてこのような壮大かつ高尚な演奏を実現いたしました。
 私好きですね、こういうの。これじゃあ、日本の歌謡曲じゃないですか(笑)。いいことだと思います。
 お客さんもクラシックのようにお行儀よく鑑賞しております。

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2015.07.02

Apple Music

Th__20150703_202830 日からとうとう始まりましたApple Music。さっそくはまってみました。
 う〜ん、これはたしかに革命的ですね。音楽の需要のしかたが大きく変わりますね。
 iPodやiTunesによって、円盤音楽文化をほとんど終わらせてしまったApple。今度は何を終わらせるのでしょうか。そして、それは音楽にとって幸福なことなのでしょうか。
 たった2日使っただけですから、その本質的なパワーはよく分かりませんが、とにかく楽しいのはたしか。
 この2日間、とにかく懐かしかった。生き別れていた(?)たくさんの音楽たちと再会しました。特に1976年から1980年の洋楽。考えてみるとあの頃、すわなち中学生時代が一番音楽に対して真摯だったかもしれません。
 その頃の音楽って、たしかにずっと気になっていてはいましたが、かと言ってお金を出していろいろ聴く気にはならなかったんですね。
 それがこうして定額(今はタダ)で聴き放題になると、「あの人は今」的に捜索して感動の再会をしたくなりますよね。
 実際何時間もそんなことに費やしてしまいました。ある曲に出会うと、そこからまたいろいろ思い出して検索する。そうこうしているうちに、Apple Musicくんも捜索に協力してくれるようになる。
 その協力ぶりがなかなかなんですよ。おそらくそこがAppleの売りなんでしょう。
 報道されているように、このApple MusicのためにAppleは大量の音楽エキスパートを採用したと言います。つまり、コンピューター的な情報処理と、人力的な情報編集とをうまく組み合わせて、その結果、「ほしいものが手に入る」という部分と「意外な出会い(セレンディピティ)」とを、実に絶妙のバランスで実現している。これは本当に見事だと思います。
 音楽がデータ化され、コンピュータに取り込まれていく、あるいはインターネットに乗ることによって、たしかに私たちは、「聴きたい音楽を(聴きたい部分だけ)聴きたい時に聴く」というような夢を実現してしまいました。
 しかし、一方で、たとえばラジオのような意外な出会い(セレンディピティ)がなくなってしまった。逆に言うと、そうしたラジオ的な音楽鑑賞に対する懐かしさも、みんなが持ち始めていたんです。
 そこにぴったりはまるのが、今回のApple Musicのような音楽提供システムではないでしょうか。
 従来のiTunes Store的な発想は今までの商業システムの枠を超えるものではありませんでした。興味はあって聴きたいけど、アルバム1,500円も払うんだったら買わなくていいやという世界だったわけですね。
 それが、今度は逆の発想になる。980円払ってるんだから、なるべくたくさん聴いたほうが得だ。あれもこれも聴いみようと。
 これは音楽にとっては案外幸せなことかもしれません。実際、この2日間でどれだけ新しい音楽に出会えたことか。
 日本版Apple Musicは、まだまだ本家に比べると楽曲数も少ないし、あのバンドもあのバンドもあのアルバムもあの人もまだないという致命的な部分がありますが、これからそのあたりはどんどん解決していくでしょう。これは流行りますよ。というか、これが標準になってしまいますよ。
 もうしばらく使ってみて、他の機能もいろいろ試し、また感想などを報告しようと思います。

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2015.07.01

富士山山開き〜火祭りへ向けて

Th__20150701_16_15_55 日は山梨県側の富士山山開きの日です。昨年は安倍昭恵総理夫人らをお招きして大きな記念行事を企画させていただきました。おかげさまで、その後、富士山を取り巻く霊的環境は大きく変わりましたし、私の人生も大きく動きました。富士山の神様に感謝であります。
 今年もやらないのかと関係者からの期待のお言葉をいただきましたが、私の直観によって本年は特別なイベントは行いませんでした。一人でいくつかの神社を参拝しただけです。
 その理由はのちにお話できると思います。まあ、箱根をはじめとする火山活動と関係があるといえばあるわけでして…。
 そう、今年はですね、山開きよりも山じまいの方が重要だと考えられるわけです。すなわち、8月26日の吉田の火祭りと、翌日のすすき祭りですね。
Th__20150701_16_17_29 何度も書いてきたとおり、吉田の火祭りは諏訪神社の例祭です。だから当然と言えば当然のこととして、諏訪の御射山祭りと同じ日程となっています。
 吉田の火祭りの日26日は、御射山祭り1日目。上社本宮から御射山社まで神輿が運ばれます。その神輿にどなたが乗っていらっしゃるかというと、なんと「国常立命」なのです!
 富士、諏訪双方とも、このミッシング・リンクを理解していない方がほとんどです。なんて、私も最近知ったのですが(苦笑)。
 鎮火、鎮爆の神「浅間大神(あさまのおおかみ)」と「国常立」と、そして「建御名方」に象徴される「出雲の荒魂」のお祭が吉田の火祭りなのです。
 そんなわけで、今年は火祭りの日に何かをしなければならないと思っています。
 実は今日は今日で、秘密裏にある重要人物にお会いしました。火祭りに向けてです。今年の山開きは火祭りに向けてのキックオフということです。
 


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