妙心が授かった諏訪湖衣ヶ崎の霊歌とは…
先日、妙心上人と諏訪と富士と御正体山という記事を書きましたら、何人かの方から質問がありました。
あんなマニアックな記事に興味を持ってくださり、ありがとうございます。
その質問の一つが、妙心法師が諏訪で見た夢の中で授かった歌はどんな歌だったのかというものです。
さっそくお答えしましょう。
諏方の海 衣ヶ崎に きて見れハ
ふしのミねこぐ 天のつりふね
と、このような歌でございます。大した歌ではありませんね(笑)。
大した歌ではないというのには、理由があります。
これに似た歌が有名だからです。
信濃なる 衣ヶ崎に 来て見れば
富士の上漕ぐ あまの釣船
これは空海の歌だとも西行の歌だとも言われています(それにしては凡庸すぎる歌ですが…笑)。諏訪湖畔の衣ヶ崎が逆さ富士の名所ということで、往古から有名だったようですね。
北斎も名にし負うその景色を求めて諏訪湖を訪れましたが、残念ながら天候の関係で拝むことができず、想像でかの富嶽三十六景「信州諏訪湖」を描いたのだとか。
妙心法師の夢に登場したという歌は、当然この人口に膾炙した歌を元ネタに創作されたものだと思います。いや、実際に妙心が夢の中で改作したものなのか。いやいや、妙心の夢の中で神仏が有名作をパクったのか(笑)。
ま、いずれにしても、本歌とは違っていることは事実でして、その違いにこそ注目すべきだと思います。
では、その違いを見てみましょうか。
まず、初句。「信濃なる」→「諏方の海」。これは妙心が善光寺から諏訪大社に行ったことを考えると、わざわざ「信濃にある(という)」という枕詞はつけませんよね。妙心は諏訪湖を目指して来たわけですから、辻褄は会いますが、ちょっと考えてみると、授けられた霊夢にしては、「来て見」た主語が妙心自身というのは変ですね(笑)。まあいいか。
続いて「富士の上」→「ふしのミね(富士の峰)」。これは問題ですね。逆さ富士の「下」に釣り舟が浮かんでいるのを、あえて「上」と表現したところに、元歌の面白さがあるわけで、それを取っ払っちゃうとそれこそなんの味もない歌になってしまう…。
いえいえ、とんでもない。次の「あま」に当てられた漢字を見てください。「天」です。そこが重要。
元歌では「あま」は平仮名になっていますけれども、おそらくは、皆さんもご存知のあの百人一首にもある「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣り舟」を受けてのものでしょうから、まずは「海人・海士」を意識しているのでしょう。
一方で、「富士の上」という文脈から「天」も掛けている、だから平仮名で記したとも解釈できます。
では、「富士の峰漕ぐ」とはどういうイメージなのでしょう。「富士の峰で船を漕ぐ」…まさか、富士山の中腹でうつらうつらするわけじゃないですよね(笑)。
この歌を授かってのちの妙心の行動を見ると、つまり、富士に登って修行をしたという事実を見ると、妙心が「天のつりぷね」を自分自身と重ねていることが分かります。
「船頭多くして船山に登る」ということわざがあるように、船が山を登るというのは大変なことの比喩です。そういうイメージもあったのでしょうね。
「富士の上漕ぐ天のつりぶね」と言うのは簡単です。それこそ夢の中のイメージとしては安易だとも言えます。
そこに現実的な修行、難行苦行をせよというメッセージを読み取った妙心はなかなかすごいと思います。実際のところ、妙心は富士に登って修行したのち、最後は富士山ではなく御正体山で入定したわけですから、実に厳しい現実と対峙したことになります。
ちなみに、この霊夢を見る前に、諏訪湖の鮒二匹を釣って、それを放生会として放流したところ、別の鮒がもう二匹やってきたと記録があります。鮒を釣ったというところも「釣り船」と重なります。
そうそう、放生会と言えば、現在でも諏訪の御射山祭では、どじょうを放流する放生会が行われているそうです。
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