『南朝史の研究』 神原信一郎 (水戸史談会)
今日はマニアックすぎる本を一冊紹介…と言いますか、自分自身の備忘として書いておきます。
昨日、お田植え祭が行われた富士吉田市大明見に、第98代長慶天皇の陵墓があります。
と書くと驚かれるか呆れられるかどちらかだと思いますが、実際そのような伝承の石造物が山中にあり、今それが消滅の危機に瀕しているのです。
ここで、ちゃんと整備、保存しておかないと、たとえそれが偽物であったとしても、実際にそのような伝承、信仰があって参詣者もいたという「事実」までもが消えてしまいます。
先日、安倍昭恵総理夫人がいらした時も、その御陵のすぐ麓にまで行きましたが、荒れに荒れて道すら明らかでない状況でして、ご参拝にまでは至りませんでした。
実は、全国各地に長慶天皇の陵墓と称する遺跡がたくさんあります。私の知っている限りでも20以上になります。
これにはいろいろ事情がありまして、今日はそこのところについては詳しく書きませんが、まあとにかく、南北朝の時代に南朝の長慶天皇が都を離れて地方に御潜幸なさったという記録が残っていて、そこに物語性を感じた地方の人々が、たくさんの陵墓を作ってしまったと。
「作ってしまった」というのには、実際ゼロから作ってしまったという意味もありますし、古くから貴人のものであると言われていた墓や古墳を、のちに長慶天皇の陵墓だと決めてしまったという意味もあります。
こうした伝承が、特に被差別的な歴史を持つ土地や非常に貧困であった土地に多いのも特徴の一つです。これは世界中の貴種流離譚によくあることですね。
明治時代に南朝が正統と決まり、ではその正統の長慶天皇の陵墓が未確定なのはまずいということで、全国で調査が始まりました。その時に、おらが村こそはとたくさんの資料が作られました。一発逆転のチャンスだったのでしょう、近代化(都市集中化)の波に乗り遅れていた田舎にとっては。
それぞれの土地ではそれぞれ真剣に信じていたわけですから、あまり軽率なことは言えませんが、あまりにたくさん出て来すぎて、長慶天皇ご自身もちょっと苦笑されたのではないかと思います。
結局、戦後になって、京都にあるあまり説得力のない参考地が正式に陵墓と指定されました。おそらく、あまりに全国で盛り上がりすぎて、まとめきれなかったのでしょう。ある意味最もつまらない(失礼)京都になってしまった。
で、戦前のその候補地の一つが現在の富士吉田市の大明見地区の背戸山山中だったわけです。
それに関する書物を、私もかなり集めて読んできましたが、今日紹介するのは、国会図書館の近代デジタルライブラリーで読むことのできるものです。
著者(というか、これは講演記録なので話者)の神原信一郎は、宮下文書に興味のある方なら皆さん知っている有名人物。
工学博士で、富士五湖周辺の水利の研究をしているうちに、宮下文書と出会いそのアブナイ世界に没頭していってしまった人です。
ただ、自然科学の立場から、こうしたトンデモな伝承を研究しようとしたのは立派であり、実際、宮下文書に対してはある部分では批判的に論評しています。
この講演録は、昭和12年に発行された非売品であり、私も初めてここで読むことができました。
神原氏と一緒に登場する明見の「柏木君」がいったい誰なのか気になりますね。彼が書いたという「長慶天皇の御潜幸と都留御陵」という論文も読んでみたいし、彼らが浅間神社で発見したという歴史的に貴重な宝剣が今どこにあるのかなど、気になる証言がたくさんあります。
特に「柏木君」が調べたという、長慶天皇の令旨、綸旨、院宣が何日かかって届いているか、あるいはその返信が届いているか、また、天皇ご自身が移動にどのくらいの日数かかっているかというデータは興味深いですね。なるほど面白いところに目をつけたと思います。
こうした研究成果も今やほとんど目にすることができなくなっているのではないでしょうか。この講演から80年、研究の盛んだった頃からはもう100年近くが経っています。このあたりで、しっかり資料をまとめておきたいところですね。公的な機関では誰もやってくれませんから、民間の私や私の仲間がやるしかありません。
まあ、こうした伝承は、たしかに公的なものではなく、あくまで「民間伝承」ですからね。歴史学や考古学や宗教学の対象とならずとも、せめて民俗学の対象にはなってもらいたいものです。民俗学にも引っかからないことってたしかにありますよ。けっこうそういうモノこそが大切だったり…。
興味のある方は下のリンクからお読みください(って、誰も読まないかな)。
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コメント
大明見には「柏木」の一家衆(いっけし)がありますよ
のらい様(柏木一族で祭っている)を持っている家が、背戸山の近くにあります
屋号「けいせいさん」でチェックしてみると、なにかがわかるかも……??
投稿: ふなふな | 2015.05.26 17:51
明治から昭和にかけて活躍した南朝史家である柏木豊明が柏木君のことです。彼は、主に長慶天皇の御陵の研究を行っていて、宮内省に上申活動を行っていました。当時は南朝の研究は活発に行われていて、当地に伝わる宮下文書の研究グループである(財)富士文庫が発足し、神原信一郎、斎藤内大臣、貴族議員等そうそうたる人物が役員となり、豊明も同会員となり、南朝の研究活発にされたようです。当家には彼が残した資料が多く残されており、学習院大学のご協力で、整理され、公的な機関で管理されています(非公開)。
投稿: 匿名 | 2018.08.14 19:06
匿名さん、コメントありがとうございます。
私もその後豊明さんに行き当たりました。
昨日ちょうど地元の郷土史家の方々とそのあたりの話をしたところでした。
もし、豊明さんについてご存知の情報がありましたら、ぜひ教えてください!
投稿: 山口隆之 | 2018.08.14 19:16