「田子の浦ゆ…」に見る山部赤人の本当の気持ち
8年前に一度「雪ぞ降りける」という記事を書いていますが、今日はもう少しリアルに説明しましょう。
まず昨日の話。昨日はここ富士北麓でも夏日を記録しました。富士山も5合目以下はすっかり初夏の装い。新緑が美しい季節です。
夕方にはこんなに美しい光景を見ることができました。
ところが夜の天気は一変。激しい雷雨に見舞われました。まあこれも夏の訪れを告げる風物誌の一つかなあ、などと思いながら今日の朝を迎えました。
そして、出勤しようと外に出てビックリ!
うわぁ!富士山には雪が降ったんだ!
そう、この「!」の感じが「雪ぞ降りける」なのです。
と、いきなり結論を書いてしまいましたが、なんの話かというと、萬葉集の山部赤人の歌についてです。
田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける
そう、皆さんがよくご存知の百人一首にある歌のオリジナル・ヴァージョンです。ちなみに有名な「改悪」ヴァージョンはこれ。
田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ
これはいけませんね。細かいことは抜きにしますが、「ゆ」と「に」ではシチュエーションが全く変わってしまいますし、「白」のかかる語も変わってしまって、かなり意味不明な歌になってしまっています。
特に「雪は降りける」を「雪は降りつつ」にしてしまったことが致命的です。山部赤人も大激怒ですね(笑)。
まあ、萬葉集から新古今や百人一首まで500年近くも経っているので、日本語は変わるし、日本人の感性も変わるし、しかたないと言えばしかたないのですが…。
で、オリジナルの歌意というか、赤人さんの表現したかった気持ちというのはですね、つまり「ぞ〜ける」にはっきり表れているんですね。
一般には「けり」は「き+あり」で過去の助動詞として認識されています(ちなみに「けりがつく」の「けり」はこの「けり」のことです。文章の終わりに「けり」がよくついていたので)。
しかし、大学受験生などは勉強したと思うのですが、この「けり」、和歌や会話文の中では「詠嘆」の意味になるんですね。
ただなあ…「詠嘆」というから分かりにくいんですよね。本質がつかめない。
ではもっと分かりやすく言うとどうなるか…これは、「発見」「気づき」の「けり」なんですね。
現代語でも「そうだったんだ」のように、「初めて知った感」を過去の助動詞で表すことがあるじゃないですか。
ああ、なるほど、たしかにそうだ…と思った方、それこそが「けり」の真意です。自分の知らないところですでに何かが進行しており、そのことに今気づい「た」、そうだっ「た」んだ、という驚き、感動、あるいは「しまった」という感じ。
そうしますと、山部赤人の歌の真意が見えてきますね。
つまり、これはちょうど今くらいの季節、すなわち「夏」に詠まれた歌なのです。
平地はすっかり夏なのに、おいおい富士山では雪かよ!あそこはまだ冬なんだ、全く予想していなかった…やっぱり富士山は高いな、すごいな、神の山だな…と。
今日の朝はまさにそんな感じでした。あれだけ雷(神鳴り)が激しかったし、なんか神がかった感じがしました。
そう考えると「雪は降りつつ」なんていういい加減な表現は許されないことが分かりますよね。だいいち、雪が降っている様子を遠方から直接見ることができるわけない(近くだとありえます)。
実は、この短歌の前により重要な長歌があるのですが、それについては明日にでも書きましょう。
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