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2015.05.31

竜宮洞穴(剗海神社)

Th_img_7796 夜の超深発巨大地震や箱根、口永良部島の動きなどがありましたので、地龍を鎮めるために青木ケ原樹海の中にある龍宮を参拝してきました。
 溶岩洞穴の一つ、西湖の南岸にある竜宮洞穴は、豊玉姫命を祀る神社でもあります。
 剗海(せのうみ)神社という名称が表すとおり、太古富士山の北麓にあった巨大な湖の記憶をとどめる神社であるとも言えます。
 貞観の富士山大噴火によって噴出した青木ヶ原溶岩流が剗海に達し、結果として現在の本栖湖、精進湖、西湖に分断されてしまいました。
Th_img_7797 まさに火と水の邂逅。数百度の燃えたぎる溶岩と湖水が出会った瞬間はどんな光景が広がったのでしょうか。
 考えようによっては、火の侵掠を水がせき止めたとも言えます。そうしたところから水神としての龍を祀ることになったのかもしれません。
 豊玉姫はワタツミ(海神)の娘。ニニギとコノハナサクヤヒメの息子ホヲリ(山幸彦)と妻としてウガヤフキアヘズを生みます。
Th_img_7799 富士北麓には独特の神話が伝わっており、海幸山幸の話や龍宮の話も、湖が舞台だったことになっています(宮下文書にも記述あり)。
 西湖の龍神と言えば、かつて「クニマス再発見!=龍脈発見!」などに書いたことを思い出しますね。田沢湖や十和田湖の龍神との不思議な関係がある…。
Th_img_7802 最近私は、諏訪湖から富士山へ流れ込む龍脈にも注目しております。その意味でもこの竜宮洞穴の存在は重要です。そのあたりについてはまたゆっくり書きますね。
 今日も非常に高貴なエネルギーを感じました。最近ではパワースポットとして有名になってしまっていますが、そういう次元ではお参りしてほしくないほどに高貴な場所です。
 ただ、龍は眠っているようにも思えました。まあ、富士山の龍神さまが目覚めると噴火してしまうのかもしれませんが。
 
 

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2015.05.30

深発巨大地震発生

Th__20150531_4_30_31 日は中学の遠足で横浜へ。自分も出演するコンサートの鑑賞もかねた恒例の遠足です。
 演奏者の方々にはいろいろとご迷惑をおかけしましたが、なんとか無事日程をこなしクタクタになって帰宅。一人打ち上げでチューハイを飲んでウトウトしておりましたら、なんだかグラグラ揺れているような気がしまして、あれ?酔っ払って目眩でもしてるのかな、ずっとバスに乗ってたし…と思ったら、地震速報が!
 皆さんも感じたと思いますが、あの船に揺れられているような長期振動は、東日本大震災のあの記憶を呼び覚ましたましたよね。いわゆる典型的な「遠くの巨大地震」の揺れ方だったので、これは「やばい!」と思いました。
 最初は深さが分からなかったので、震源は小笠原と聞いて、「津波注意!」とツイートしてしまいました。まさか深さ600キロだとは、正直完全に想定外でした。
 M8.5…これは巨大地震です。この規模が浅い震源で発生したら、大変な被害地震になります。もちろん巨大な津波の可能性も。
 この地域でこれだけの深発でありながら、これほどの規模でプレートの破壊が起きるとは、おそらく専門家も想定していなかったことでしょう。
 富士山ラドン濃度の動きから、東日本での中規模以下の地震は想定し、個人的注意情報を出しておりましたが、まさかこのような形で歪みの解放があるとは…。
 遠足中、あるいは演奏会中でなかったのが幸いでした。ちなみに帰宅して鑑賞していた新日本プロレスの後楽園ホール大会生放送では、皆さん地震にはあまり気づいていないようでした。さすがプロレス会場ですな。常に揺れていますから(笑)。
 昨日の口永良部島の噴火のこともあり、日本列島の火山、地震活動が活発化しているという印象も持ちがちですが、これがある意味では正常な状況であります。
 たとえば富士山にしても、300年も噴煙が上がらないなんていうのは異常事態です。もともと日本列島は非常に荒々しいエネルギーに満ちています。
 明治維新から様々な戦争を体験する中で、その荒魂が違った方向で消化されていったとも言えます(科学的な考えとはかけ離れますが)。
 今こうして平和な時間を送っている戦後日本人は、そのことに対して感謝の気持ちを持ちつつ、内在する荒魂をしっかり祀ることを忘れてはいけませんね。
 今回、こうした深発巨大地震が発生したことにより、東日本大震災以来活発化している東日本を中心とする地震、火山活動に拍車がかかることは間違いありません。
 しかし、必要以上に恐怖するのはよくありませんね。地震にせよ、火山の噴火にせよ、たまったエネルギーを解放しているわけですから、基本悪いことではないのです。ありがたいことでもあります。
 人間もストレスをずっとためっぱなしにしておくより、小出しにしていった方がいいじゃないですか。
 私の勘、あくまで勘ですが、箱根も含めた一連の動きは、その「小出し」に当たると思いますし、今回の超深発巨大地震も、私たちにはほとんど被害を及ぼさず、膨大なエネルギーを解放してくれたわけで、感謝すべきものなのかもしれません。
 ただ、私の感覚としては、東北地方太平洋沖地震M9.1の最大余震はまだ発生していないので、今日の深発地震がその発生を早めた可能性は大いにあると思っています。

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2015.05.29

エナセーブ VAN01 ( ダンロップ)

Th__20150531_8_53_26 車エブリイの夏用タイヤがツルツルになってしまったので履き替えました。
 アルトエコの夏用タイヤ(エコタイヤ)が素晴らしくよく転がるので、こちらも低燃費タイヤにしてみました。
 ダンロップのエナセーブ VAN01というタイヤです。ヤフオクで鉄チンホイールつきで落札しました。変わり者のワタクシは、なんちゃってデイトナ風の塗装をしてあるものを選択。さっそく履かせてみました。
 まず驚いたのは実感できるほどよく転がるようになったこと。ウチは富士山麓にあるので、坂ばっかりじゃないですか。特に通勤で使うスバルライン(接続道路)を下る時に、その転がり具合を実感できます。
 今までのタイヤでは、たとえば下り坂でニュートラルに入れるとどんどん速度が下がってしまったのですが、このタイヤだと一定速度を保って走れます。
 ちなみにアルトですと加速します。エブリイは箱型バンなのでそこまではいきませんが、とにかく転がり抵抗が減ったことは実感できる。
 で、燃費もどう頑張っても13km/Lだったのが14km/Lに向上しました。4WDのターボということもあって、カタログ値はJC08モード燃費13.8km/Lですから、立派な数字でしょう(かなりエコな運転してます)。
 タイヤのカタログデータとしては旧タイプに比べて2.5%の燃費向上となっていますから、7%の向上はかなりいい成績です(今まで履いていたブリヂストンのタイヤがイマイチだったのか?)。
 さて、そのデイトナ風のなんちゃっ鉄チンホイールですけど、マルチタイプなので、ぴったりはまるハブキャップがなかなかありません(というか全然ない)。
 スタッドレスの鉄チンにはめていたキャップが使用可能なのですが、色がシルバーのため、はめてみたらとんでもなくカッコ悪いデザインになってしまい、即撤去(笑)。とりあえず錆びたハブむき出しのまま走っております。
 実はフルホイールキャップを買ったんですが、はめてみたら、見事にハミタイ(フェンダーからはみ出る)。つい最近、一時停止不履行でキップを切られたこともあって、ここでまた整備不良取られたらたまらないので、結局使わずじまい(ヤフオクにでも出します)。
 タイヤの話に戻りましょう。転がり抵抗はたしかに減りましたが、ブレーキングやハンドリングは従来品と大差なく、高速走行も安定していました。走行音は間違いなく小さくなりましたね。
 日本のタイヤメーカーの開発力、技術力はやっぱりすごい。一時お隣の国の格安タイヤを履いたことがありましたが、あれは結局ダメでした。パンクしました(笑)。
 タイヤには命を預けているわけですからね。日本製(実際にはMADE IN INDONESIAですが)が一番です。

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2015.05.28

こどもの国50周年…戦争と公園

 皇皇后両陛下がこどもの国50周年の式典に出席されました。
 こどもの国は昭和40年5月5日開園。私は昭和39年の8月生まれですので、ほぼ同い年ということになります。
 39年は東京五輪、新幹線開通などがありましたし、当時の日本の子どもには夢がありましたね。
 私も何度かこどもの国を訪れた記憶があります。家族で行ったのか、幼稚園などの遠足かなにかで行ったのか定かではありませんが、やはり、ちょっとした夢の空間であった思い出だけは残っています。
 その後、小学生になると、こどもの国に関するあるウワサを聞くようになりました。そう、幽霊が出るという(いかにも小学生が好きそうな)ウワサです。
 その頃はその幽霊の素性はよく分からなかったのですが、今になって思うと、上のニュースにもあるように、こどもの国が軍事基地、軍事施設などからの転用であったことと関係していたに違いありません。
 考えてみれば、昭和40年代というのは、まだ戦争が終わってから20年ちょっとしか経っていなかったわけで、たしかに私の住んでいた東京にも傷痍軍人の姿などがありましたね。
 高度経済成長期の東京ではありましたが、そうした戦争の残り香のようなものは案外はっきり残っているのでした。
 だからそういう意味での幽霊話などもけっこうありました。防空壕あとで肝試しとかもあったし。
 こどもの国の幽霊話もそういう過去の残像を怖がりながら、なかば楽しむという遊びの要素があったと思います。
 戦禍を遊びの対象にするなど不謹慎かというと、決してそんなことはなく、おそらく歴史上の様々な不幸は、そうして純粋にして無垢ならざる「こども」たちによって癒やされてきたのでありましょう。大人の論理では難しい。
 全国各地に、そうした軍事基地や軍事施設を転用した公園があります。それをそれこそ歴史の隠蔽のように言う方々もいらっしゃいますが、ある意味そういう方法でしか清算できないのかもしれませんね。
 考えてみると、沖縄やグアム、サイパンといった例をあげるまでもなく、激戦地はのちに有数の観光地となっています。過去の凄惨な事実を忘れ、平和のもとに観光することが、一つの特別な慰霊になっているのでしょう。
 天才歴史哲学者、仲小路彰には「地球公園化」という構想がありました。世界史上の戦争を研究し尽くした末に至った一つの慰霊の方法、あるいは平和への具体的な方法が、その「地球公園化」だったのではないかと、ふと思いました。


 

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2015.05.27

妙法寺記の「王」

↓異本である「勝山記」
Th_477e4fc73f1d2a6d5516d7c8ed84b7fd 日もまた備忘録。スミマセン、興味のない方には実につまらない話で。
 職場の図書室に懐かしい司書さんが戻ってきまして、彼女の顔を見たら二十年前のある記憶が蘇ってきました。
 それは図書室で「妙法寺記」を読んでいた時のこと。興味深い記述を見つけたのです。
 妙法寺記は河口湖畔にある法華宗のお寺に伝わる文書で、歴代の住職が書き継いだメモのようなものです。
 歴史学的には案外重視されていまして、戦国期の武田氏、北条氏、今川氏などの動きを知るのに重宝されています。また、天変地異なども記されており、その方面でも貴重な資料となっています。
 私が、その妙法寺記のどんな記事に反応したかと言いますと、実は南朝の皇統を継ぐとおぼしき、いわゆる後南朝の最後の「王」が登場するのです。
 その部分を翻刻してみます。

 文明十、戊戌、十四日、王、京ヨリ東海へ流レ御座ス、
 甲州へ趣、小石澤観音寺ニ御座ス、

 明應八、巳未、
 此年霜月王流サレテ三島へ付玉フ也、早雲入道諌テ、相州へ送賜也、

 このように唐突に「王」が登場するんですよね。当時、「王」と言えば「天皇家」です。
 この片田舎に天皇家の誰かが流れてきたという記録なんですね。
 文明十年は1478年、明應八年は1499年となります。後南朝としても記録に残るほとんど最後の「王」のようです。
 両記事には21年の隔たりがありますから、両「王」が同一人物なのかどうか微妙です。記載した坊さんも同一ではないようですし。
 いずれにせよ、この時代にも京都に「王」を称するもう一人の天皇がおり、それが政治的に流されたり、利用されたりしていたことは事実のようです。
 東海に流された「王」が富士山を越えて甲州に来るというのも興味深いところです。なぜなら、こちらに書いたように、甲斐の国は古くから「流刑地」であったがゆえに、貴種流離譚も多くあり、またその後裔を名乗る人々(落人伝説)が多いのも事実です。
 そして、我が富士北麓地方に残る、南朝色の非常に濃い伝承(そのほとんどは宮下文書に書かれています)との関係、あるいは富士高天原伝説との関係も気になりますね。
 実は最近も、いろいろと南朝の遺物が発掘されております。もしかすると、歴史書が書き直される日も近いかもしれませんね。
 若い頃から後南朝(哀史)に異様に惹かれるのは、私にもそういう血が流れているからなのかもしれません。そのあたり、自分のルーツについてももっと調べてみようと思っています。

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2015.05.26

相模とミシャグジ

Mbc2

 日も個人的備忘録。
 箱根山の活動に伴い、相模(寒川)文化圏に再び注目しております(こちら参照)。
 そんな中、日本語学的に気になることがいくつか出てきています。妄想が暴走しているとも言えますが(笑)。
 そのうちの一つが相模とミシャグジの関係です。一般には両者は関係があるなどとは思われていませんが、当富士北麓地方(郡内地方)がかつて相模国であったという異伝を考証していると、不思議な関係が見えてきます。
 昨日書いた長慶天皇陵のすぐ横に鎮座する「社宮地(シャグウチ)神社」。これは明らかにミシャグジ信仰(諏訪信仰)の遺跡です。その社宮地神社のある背戸山の尾根をつたっていくと「杓子(シャクシ)山」があります。その先には、皇太子さまも登られた謎の霊山「御正体(ミショウタイ)山」がそびえます。
 この御正体山については、今までミシャグジとは結び付けず考えてきましたが、考えてみれば「御正」は旧仮名遣いで書けば「ミシャウ」ですから、無理やりこじつければ、「ミシャ」関連であるとも言えます。
 御正体山は養蚕の神としての信仰がありました。最近の私の研究によると、諏訪地方から富士北麓地方に向けて「絹の道」と諏訪信仰が流れてきたことが分かっています。
 それから、今日都留に仕事で行く途中思い出したのですが、桂川(相模川)の支流に「柄杓流川」というのがあります。
 私は以前西桂町の寺に住んでいました。寺の裏に流れていたのがこの川です。なんと読むかというと「シャクシナガレガワ」でして、「ヒシャク」ではありません。これなんかも、ミシャグジにつながっていますね。
 ちなみに西桂町には諏訪神社が二つあります。それも「浅間諏訪神社」と「諏訪八幡神社」という絶妙に習合した神社です。西桂町も絹織物の盛んな町ですね。
 そして、そういう妄想を広げていきますと、「相模」さえもミシャグジと関係があるように見えてくるわけです。
 ご存知のように、「サ行音」はかつて「シャ・シィ・シュ・シェ・ショ」と発音されていました。特に東国ではそのような傾向が強い。
 そうしますと、今では「サガミ」と発音されている言葉も、かつては「シャガミ」と発音されていたことになり、こちらも「シャグ」や「シャク」に近くなってきます。
 あっそうそう、西桂から仰ぐ三ツ峠に続いている「御坂(ミカサ)峠」も「ミシャ」の系統かもしれませんね。
 何度も書いているように、北口本宮冨士浅間神社はもともと諏訪神社でした。つまり、出雲の荒魂である建御名方を祀っていたわけですね。建御名方とミシャグジ神は同体、あるいは同系と見られているわけですから、広く「相模文化圏」というのは、富士山に代表されるような火山の荒々しいエネルギーを祀る文化圏であったとも言えます。
 そこに和魂系の木之花咲耶姫や三輪神社が、そして絹織物が絡んでくるところがまた面白い。これからもいろいろ調べて妄想したいと思います。
 

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2015.05.25

『南朝史の研究』 神原信一郎 (水戸史談会)

Th__20150526_125210 日はマニアックすぎる本を一冊紹介…と言いますか、自分自身の備忘として書いておきます。
 昨日、お田植え祭が行われた富士吉田市大明見に、第98代長慶天皇の陵墓があります。
 と書くと驚かれるか呆れられるかどちらかだと思いますが、実際そのような伝承の石造物が山中にあり、今それが消滅の危機に瀕しているのです。
 ここで、ちゃんと整備、保存しておかないと、たとえそれが偽物であったとしても、実際にそのような伝承、信仰があって参詣者もいたという「事実」までもが消えてしまいます。
 先日、安倍昭恵総理夫人がいらした時も、その御陵のすぐ麓にまで行きましたが、荒れに荒れて道すら明らかでない状況でして、ご参拝にまでは至りませんでした。
 実は、全国各地に長慶天皇の陵墓と称する遺跡がたくさんあります。私の知っている限りでも20以上になります。
 これにはいろいろ事情がありまして、今日はそこのところについては詳しく書きませんが、まあとにかく、南北朝の時代に南朝の長慶天皇が都を離れて地方に御潜幸なさったという記録が残っていて、そこに物語性を感じた地方の人々が、たくさんの陵墓を作ってしまったと。
 「作ってしまった」というのには、実際ゼロから作ってしまったという意味もありますし、古くから貴人のものであると言われていた墓や古墳を、のちに長慶天皇の陵墓だと決めてしまったという意味もあります。
 こうした伝承が、特に被差別的な歴史を持つ土地や非常に貧困であった土地に多いのも特徴の一つです。これは世界中の貴種流離譚によくあることですね。
 明治時代に南朝が正統と決まり、ではその正統の長慶天皇の陵墓が未確定なのはまずいということで、全国で調査が始まりました。その時に、おらが村こそはとたくさんの資料が作られました。一発逆転のチャンスだったのでしょう、近代化(都市集中化)の波に乗り遅れていた田舎にとっては。
 それぞれの土地ではそれぞれ真剣に信じていたわけですから、あまり軽率なことは言えませんが、あまりにたくさん出て来すぎて、長慶天皇ご自身もちょっと苦笑されたのではないかと思います。
 結局、戦後になって、京都にあるあまり説得力のない参考地が正式に陵墓と指定されました。おそらく、あまりに全国で盛り上がりすぎて、まとめきれなかったのでしょう。ある意味最もつまらない(失礼)京都になってしまった。
 で、戦前のその候補地の一つが現在の富士吉田市の大明見地区の背戸山山中だったわけです。
 それに関する書物を、私もかなり集めて読んできましたが、今日紹介するのは、国会図書館の近代デジタルライブラリーで読むことのできるものです。
 著者(というか、これは講演記録なので話者)の神原信一郎は、宮下文書に興味のある方なら皆さん知っている有名人物。
 工学博士で、富士五湖周辺の水利の研究をしているうちに、宮下文書と出会いそのアブナイ世界に没頭していってしまった人です。
 ただ、自然科学の立場から、こうしたトンデモな伝承を研究しようとしたのは立派であり、実際、宮下文書に対してはある部分では批判的に論評しています。
 この講演録は、昭和12年に発行された非売品であり、私も初めてここで読むことができました。
 神原氏と一緒に登場する明見の「柏木君」がいったい誰なのか気になりますね。彼が書いたという「長慶天皇の御潜幸と都留御陵」という論文も読んでみたいし、彼らが浅間神社で発見したという歴史的に貴重な宝剣が今どこにあるのかなど、気になる証言がたくさんあります。
 特に「柏木君」が調べたという、長慶天皇の令旨、綸旨、院宣が何日かかって届いているか、あるいはその返信が届いているか、また、天皇ご自身が移動にどのくらいの日数かかっているかというデータは興味深いですね。なるほど面白いところに目をつけたと思います。
 こうした研究成果も今やほとんど目にすることができなくなっているのではないでしょうか。この講演から80年、研究の盛んだった頃からはもう100年近くが経っています。このあたりで、しっかり資料をまとめておきたいところですね。公的な機関では誰もやってくれませんから、民間の私や私の仲間がやるしかありません。
 まあ、こうした伝承は、たしかに公的なものではなく、あくまで「民間伝承」ですからね。歴史学や考古学や宗教学の対象とならずとも、せめて民俗学の対象にはなってもらいたいものです。民俗学にも引っかからないことってたしかにありますよ。けっこうそういうモノこそが大切だったり…。
 興味のある方は下のリンクからお読みください(って、誰も読まないかな)。

南朝史の研究
 


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2015.05.24

お田植祭

Th_img_7643 日は不二阿祖山太神宮のお田植祭に参加してきました。
 富士山を正面に望む大明見の御神田で行われたこのお田植祭。現代日本人が忘れてしまっている天地への感謝、そして伝統的な農法を復活させようという試みです。
 天地への感謝、敬意はもちろん、現代人が天地を汚してしまっていることに対する反省をもこめた祝詞を奏上し、山の幸、海の幸、そして人の手によって作られた塩や酒などを奉納し、歌や踊り、掛け声や手拍子、太鼓に合わせながら、早乙女が一つ一つの苗を手植えしていく様子は、なるほど感動的でした。
 こういったことを忘れてしまったこと自体が、まさに戦後レジームなのではないか、すなわち、戦後レジームからの脱却とは、太古から連綿続いてきたはずの自然への信仰心を取り戻すことなのではないかと思いましたね。
Th_img_7665 今日は、駐日トーゴ大使ご一家や、ネパールからのお客様ら、外国の方もおいでになっていました。彼らはこの日本の伝統に心から感動しているようでありました。
 彼らも私たちと一緒にお手植えしましたが、その様子は決して不自然ではなく、逆に懐かしささえ感じさせたのは、ある種驚きでした。彼らもまるで故郷に帰ってきたかのようだと話していました。
 おそらくは地球上全ての地域、民族が、本来はこういう生活を送っていたのでありましょう。自然と共生するというのもおこがましい。自然に生かされている私たち。
 もちろん自然は時に厳しいものです。ネパールの地震、箱根の火山活動、そして、歴史的にはこの富士山も何度も猛威をふるっています。
 それでも、その自然に対して恨み事を言うのではなく、また、自然をコントロールの対象とするわけではなく、その荒魂を祭り、和魂の招来を待つ。それこそ自然な生き方でしょう。
Th_img_7654 ご神事の間、多くの鳥や虫が田んぼを訪れていました。たとえばツバメやスズメは人間の耕した自然、人間が手入れした自然のおかげで生活をしています。
 御神田付近は、かつては休耕田が荒れ地となり、ホタルは絶滅の危機に瀕し、イノシシは住宅地にまで出没して畑や庭を荒らしました。しかし、田んぼが復活し、また荒れ地に真菰を植えることによって、ホタルは復活、イノシシも里に下りてこなくなったと言います。
 手付かず、手付けずの自然が自然だというわけではありません。それぞれの動物や植物に、それぞれの役割があるように、人間には「手入れ」の役割があるのに違いありません。
 自然をお手入れさせていただき、その恵みを頂戴する。そういう生き方が本来の日本人、いや地球人の生き方だったのでしょう。それがいつの間にか、私欲にまみれ、必要以上のものを食べ、必要以上の財をなし、結果自然を破壊してしまった。
 美しい富士山を背景に一生懸命田植えする早乙女さんたちの姿を見ながら、教師である私としては、教育の重要性と責任を思わずにはいられませんでした。今週末には我が校でも田植えをします。神事はできなくとも、その心だけはちゃんと伝えたいと思います。
 皆さま、お疲れ様でした。そして、人も含めて全ての自然に感謝いたします。ありがとうございました。

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2015.05.23

告知! 5/30 横浜コンサート(バッハ&テレマン)

↓click!

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 日は我が中学のオープンスクール。高校は中間テスト。それらの業務をなんとか終えて、すぐに東京へ飛びました。
 来週の土曜日のコンサートの最終練習です。私の練習不足で皆さまにご迷惑をおかけしてますが、あと1週間でなんとか頑張ります。
 ぜひ皆さまお出かけ下さい。かなり聴きごたえのあるプログラムだと思います。プロの皆さまを中心としたソロの素晴らしさと、少人数ならではの親密なアンサンブル、そして朝岡聡さんの軽妙なトークは、どなた様にも楽しんでいただけると思います。
 以前こちらに書きましたとおり、今回私は5弦のヴィオラでブランデンブルク協奏曲の6番を弾きます。もしかすると、5弦ヴィオラで演奏するのは300年ぶり…いや世界初かもしれません。いずれにしても珍しい機会だと思います。
 ちなみに今回も我が中学校の遠足&芸術鑑賞会を兼ねており、私は生徒と一緒にバスで現地入りいたします。
 さらに前日から当日朝にかけて、高校の接心(宿泊座禅)がありまして、そちらにもエセ老師として参加せねばならず、おかげで悟りを開いた演奏ができるのではと、内心とても楽しみに…いえいえ心配しております(笑)。
 と、そんな意味でもレアな(?)コンサートになると思います。ぜひお近くの方は足をお運びください。こちらにメールをいただければ、前売り券を当日会場にてお渡しできます。よろしくお願いします。

山手バロッコ公式

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2015.05.22

山部赤人の本当の気持ち(その2)…富士高天原伝説!?

Th_yamabe_no_akahito 日の続きです。こっちの方が「大発見」かも(?)。
 昨日の短歌はいわゆる「反歌」です。かえし。つまり、その前にある長歌とペアで味わうべき歌です。
 その長歌とはこのようなものです。これも有名ですね。

天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は

 一般的な訳をしてみましょう。

天地が分かれた時からずっと神々しく高く貴い駿河にある富士の高峰を、天遠く振り仰いで見ると、空を渡る日の光も隠れ、照る月の光も見えず、白雲も行く手を阻まれ、時を問わず雪は降っているのだった。語り継ぎ、言い継いでいこう、富士の高嶺については。

 だいたいこんな感じですよね。教科書や専門書に載っているのは。
 ここでの「時じくそ」という言葉を受けて、「田子の浦ゆ〜」の反歌が詠まれるわけです。だからこそ「夏の雪」なのです。そのあたりがちゃんと解釈されてこなかったのは残念ですね。
 さらに!今日はとんでもない真実を(?)をここに開陳いたします。
 私は「富士高天原」伝説を研究している者です。つまり記紀神話には出てこない別の神話体系に興味があるわけです。
 ご存知のように、記紀にはなぜか日本の象徴であるはずの富士山が一度も登場しません。これは不自然きわまりない事実です。
 いや、逆にごく自然だとも言えますね。すなわち、大和朝廷(といちおう言っておきます)が、自らにとって不都合な、あるいは敵対する文明(王朝)を、あえて無視するということは大いにありえるということです。
 一方、東国色の強い万葉集には、多くの富士山が現れます。山部赤人の歌はその代表です。
 そのような知識をもとに、もう一度この長歌をよく読んでみましょう。
 まずふと目につくのは、「高天原」という言葉です。「布士の高嶺を 天の原」という部分に「高天原」が隠されているというわけです。
 「高天原」と言いますと、記紀の方では「タカマガハラ」と訓みますが、記紀以外の神話体系では「タカマノハラ(あるいはタカアマハラ)」と訓むことが多いのも気になりますね。
 さらにその先を読むと、さらに暗号が隠されていることが分かってきます。富士山が阻んでいるものが三つ挙げられていますよね。

 日、月、雲…

 どうでしょう、この三つの単語を見て、何かを連想しませんか?
 そうです。記紀に登場する三貴士、すなわちアマテラス(日)、ツクヨミ(月)、スサノヲ(雲)です。「雲」がスサノヲだというのは、もちろん出雲、八雲からの連想です。
 その三貴子が遠慮してしまうほどに、高く貴き富士山だというのです。それも天地が分かれた時から。
 天地開闢の時、最初に現れた神は、日本書紀によれば国常立尊です。富士高天原においては、主宰神は国常立であったと考えられます。実際、そのような伝説が伝わっていますし、出口王仁三郎の神話体系も基本的に富士山と国常立を結びつけています。
 記紀以降、特に皇室において重要視されていった天照大神よりも、もっと古い神話体系、あるいは信仰の対象というのがあって、その象徴が富士山であった。しかし、大和朝廷から神武天皇につながっていく勢力によって、そうしたより古い(縄文系の)王朝が駆逐されていくことになる(ヤマトタケルの東征や神武の東征はその象徴)。
 しかし、東国を中心に、その古い信仰や伝説は生き残りました。もちろん表向きには忘れ去られましたが、地下水脈として沈潜していったわけですね。
 山部赤人がどういう事情で、そのより古い信仰や伝承を重要視したか分かりません。しかし、たしかに富士山をその象徴として特別視していることはたしかです。
 その強い意志は、長歌の最後の部分「語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は」にはっきり表明されていますよね。
 この隠された「富士高天原伝説」は、記紀万葉から400年ほど経った平安時代中期に成立した更級日記に突如として(さりげなく)再登場しています(こちら参照)。この日記の記事も今まではあまり注目されてきませんでした。やはり何かありますね。
 …と、いかにもな「暗号論」的解釈でありますが、皆さんはどうお感じになりましたか。

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2015.05.21

「田子の浦ゆ…」に見る山部赤人の本当の気持ち

 8年前に一度「雪ぞ降りける」という記事を書いていますが、今日はもう少しリアルに説明しましょう。
 まず昨日の話。昨日はここ富士北麓でも夏日を記録しました。富士山も5合目以下はすっかり初夏の装い。新緑が美しい季節です。
 夕方にはこんなに美しい光景を見ることができました。

Img_7537

 ところが夜の天気は一変。激しい雷雨に見舞われました。まあこれも夏の訪れを告げる風物誌の一つかなあ、などと思いながら今日の朝を迎えました。
 そして、出勤しようと外に出てビックリ!

Img_7573

 うわぁ!富士山には雪が降ったんだ!
 そう、この「!」の感じが「雪ぞ降りける」なのです。
 と、いきなり結論を書いてしまいましたが、なんの話かというと、萬葉集の山部赤人の歌についてです。

 田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける

 そう、皆さんがよくご存知の百人一首にある歌のオリジナル・ヴァージョンです。ちなみに有名な「改悪」ヴァージョンはこれ。

 田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ

 これはいけませんね。細かいことは抜きにしますが、「ゆ」と「に」ではシチュエーションが全く変わってしまいますし、「白」のかかる語も変わってしまって、かなり意味不明な歌になってしまっています。
 特に「雪は降りける」を「雪は降りつつ」にしてしまったことが致命的です。山部赤人も大激怒ですね(笑)。
 まあ、萬葉集から新古今や百人一首まで500年近くも経っているので、日本語は変わるし、日本人の感性も変わるし、しかたないと言えばしかたないのですが…。
 で、オリジナルの歌意というか、赤人さんの表現したかった気持ちというのはですね、つまり「ぞ〜ける」にはっきり表れているんですね。
 一般には「けり」は「き+あり」で過去の助動詞として認識されています(ちなみに「けりがつく」の「けり」はこの「けり」のことです。文章の終わりに「けり」がよくついていたので)。
 しかし、大学受験生などは勉強したと思うのですが、この「けり」、和歌や会話文の中では「詠嘆」の意味になるんですね。
 ただなあ…「詠嘆」というから分かりにくいんですよね。本質がつかめない。
 ではもっと分かりやすく言うとどうなるか…これは、「発見」「気づき」の「けり」なんですね。
 現代語でも「そうだったんだ」のように、「初めて知った感」を過去の助動詞で表すことがあるじゃないですか。
 ああ、なるほど、たしかにそうだ…と思った方、それこそが「けり」の真意です。自分の知らないところですでに何かが進行しており、そのことに今気づい「た」、そうだっ「た」んだ、という驚き、感動、あるいは「しまった」という感じ。
 そうしますと、山部赤人の歌の真意が見えてきますね。
 つまり、これはちょうど今くらいの季節、すなわち「夏」に詠まれた歌なのです。
 平地はすっかり夏なのに、おいおい富士山では雪かよ!あそこはまだ冬なんだ、全く予想していなかった…やっぱり富士山は高いな、すごいな、神の山だな…と。
 今日の朝はまさにそんな感じでした。あれだけ雷(神鳴り)が激しかったし、なんか神がかった感じがしました。
 そう考えると「雪は降りつつ」なんていういい加減な表現は許されないことが分かりますよね。だいいち、雪が降っている様子を遠方から直接見ることができるわけない(近くだとありえます)。
 実は、この短歌の前により重要な長歌があるのですが、それについては明日にでも書きましょう。

 

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2015.05.20

「大東亜戦争終結ノ詔書」と「平和に寄す」(と王仁三郎)

 倍総理が「ポツダム宣言をつまびらかに読んでいない」と発言したことに対し、いろいろな意見が飛び交っています。まあ政治家の方々も「つまびらかに」は読んでいない人がほとんどでしょうね。私ももちろん「つまびらかに」は読んでいません。
 で、実際「つまびらかに」読んでみると、けっこうツッコミどころ満載ですよね。おいおい、お前らがそんなこと言うのか?という…(笑)。
 それより志位さん、これらをちゃんと「つまびらかに」読んでますか?
 日本人としては、ポツダム宣言よりも、それを受けての、昭和天皇による「大東亜戦争終結ノ詔書」の方を「つまびらかに」読んでもらいたいですね。
Th__20150521_9_00_51 ちなみに我が家では、この「終戦の詔書」、床の間に額に入れて飾ってあります。
 先日総理夫人が遊びにいらした時にもその話になりました。この写真でいうと、一番左の王仁三郎「明け鴉」の掛け軸の下に写っている額がそれです。
 この「終戦の詔書」は、いわゆる玉音放送の原稿です。これを陛下があの調子で読み上げられた。
 この内容こそしっかり味わうべきです。陛下の、過去、現在(その時)、未来をつなぐ「地球平和宣言」であると思います。

 ちなみにこの詔勅作文にあたっては、高松宮さまのご意思の影響も多分にあるのではと、私は考えています。もちろん直接的とは限りません。もっと深いところでです。
815 高松宮家は廃絶した有栖川宮家の祭祀などを引き継いでいました。そういう意味では、それこそ深いところで出口王仁三郎ともつながっていますね。
 王仁三郎は玉音放送を聴いて「マッカーサー(負かさ)れた』と笑い出したと言います(たしかに…笑)。王仁三郎にとってはこの日が終戦の日になり、新しい日本が始まる日であるということは、とっくの昔に分かっていました。
 この「八月十五日」の染筆は大正時代に書かれたものです。また、「霊界物語」も旧暦8月15日に口述が始まり、新暦の8月15日に終了しています。
 考えてみると、一番上の写真で昭恵さんが持っているのは王仁三郎の耀わん「十和田」。この茶碗のモデルになったと言われる王仁三郎の孫和明さんの誕生日は8月15日。
 そして、昭恵さんの真後ろにかかる軸は、王仁三郎の真筆「聖寿萬々歳」。すなわち「天皇陛下万歳」というわけですから、なんとも不思議な因縁を感じざるを得ません。
 また、高松宮さまと、あの仲小路彰は非常に近い関係にありました。以前紹介した高松宮さまの「平和に寄す」もぜひ一緒に味わっていただきたい。この文も昭恵さんを通じて総理に渡っていることと思われます。
 ここに再掲しておきましょう。

  平和に寄す    宣仁
 
 日本の方向は、「ポツダム宣言」によって明確にされ、今日われわれは、民主主義理想と戦争抛棄を最高の目標として進みつつ、幾多の変化を身をもって体験し来った。この平和への方向にあって、日本が平和文化国家としての自らの未来に向って努力することが、そのまま世界平和へのささやかな寄与ともなりうることを、大きなよろこびもて自覚すべきである。
 恒久平和こそ人類史の根本課題であるとともに、今日の最大の現実問題でもある。
 人類の長い闘争の歴史において、破壊か創造かの解き難い矛盾が人類の叡智による新しい方法−過去の破壊に代る未来の創造への要請として解決されるときに、まことに何人にとっても望ましい”地球の平和”の出現することを、今こそ人類は明確に認識しなければならない。
 すでにそれを実現し、創造するに足る科学、物理又技術の発展は着々と行われている。
 しかし、それを全からしめるためには、その科学的発展を、人類目的の下に活用する人間精神の根源的自覚にまつところ大である。 
 これこそ人間に内在している大きな光を求める愛の中に生きることであり、これを忘れて徒らに知的な分析のみに依存したり、矛盾対立面の拡大に努めるならば、人類は救いがたい破滅の運命に陥るであろう。

 過去の日本の無條件降伏は、また単なる国家対国家の関係にとどまることなく、真に絶対平和への無條件降伏としての神への誓約でなければならない。それは真に神に対する武装抛棄とも云うべきであり、平和への精神的・物質的な献身行為によってはじめて実現するものである。
 日本は今や国土・国民・国史のすべてをあげて平和なるものへの自己開放を行うべき時であり、それは新しい平和文化への奉仕と貢献を自ら実践することによって開始されなければならない。
 まことに今日の日本の歴史的な立場は、約千三百年前、まさに聖徳太子の時代−当時大陸との交渉によってもたらされたイデオロギーの対立と相剋の中に、いかに生くべきかを求めつつあった日本の運命と酷似しているかのようである。
 当時、大陸より兵を撤し、軍事的国家より文化国家への一大転換の時代に立った日本に、大陸の文化は大きな対立をもちながら一度に流入し、日本古来の伝統とも鋭い矛盾をはらみつつ、国内は指導階級の分裂による社会不安の激化によって、危い現実に直面したのであった。
 この日本の深刻な危機に際して、聖徳太子は、「人の和を以て第一とする」十七条憲法をもって、平和文化国家としての最高の理想を表現し、日本の進むべき道を暗示されたのであり、これこそ、今日の新憲法ともならべられる平和文化への大いなる宣言と云うべきものであった。
 さらに太子は、夢殿において自ら神・仏・儒のイデオロギーの調和と体系化を実現され、かの「三経義疏」にみる仏教の深い理解と本質の把握は、単なる海外思想のまねではなく、それらの創造的統一による体系化として、その上に一切の文化建設を社会秩序にまでおしすすめられたのである。
 今日、新しい平和文化の黎明に際して、千三百年の昔、国史のまさに半ばに立たれて、平和文化国家としての方向を決定された聖徳太子の大理想を思うこと切である。
 日本の民主主義の方向は、二つの世界の大いなる対立の中にあって、その最も深い根源的理解とそれをいかに恒久平和の中に創造的に調和しうるか−という問題に直面している。

 民主主義が日常生活の中で真実の実践をみるように、日本の民主主義の最高の目標としての平和文化も、国民一人一人の信念として国土の中に未来に構想され、それへの断えない努力と献身によってはじめて実現されることを確信しなければならない。
 ここに”大和(タイワ)”としてあらゆるものの綜合と調和をなすべき日本の伝統的方向があり、平和文化の真の意義を見出すとともに、それをさらに新しい平和への信仰にまで高めることを必要とするのである。
 すでに原子力の開裂の響は、日本の国土に新しい平和世界を建設するための予言の如く、さながら、万世の平和を要望する神の声のようにひびいている。
 このような意味で、本文化大系は平和文化のための綜合的研究を行いつつあるが、実に、平和とは単に政治とか経済の問題だけにとどまらず、今後、人類がいかに生くべきかという問題として、体系的に解明されなければならない。
 人間精神の根源的自覚による大きな愛の光のもとにあってこそ、はじめて、現在の不安と動揺の人類生活に、永遠の平和が招来されうることを確信する。

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2015.05.19

魂柱立て用新兵器

Soundposttool1 ァイオリン族の楽器には「魂柱」があります。これがないとまともな音が出ません。
 それが倒れることはそうそうないし、倒れた場合は専門家に立ててもらうというのが普通でしょうね。しかし、私はなぜか今までにもう数十回この魂柱を立てる作業をしています(極秘テクニックはこちら参照)。
 自分の楽器をいろいろいじっている内に倒してしまうこともありますが、やはり生徒がなんらかの事故で倒してしまうことが多く、そんな時に、ここぞとばかりにはりきって「立て直し」作業をするのです。
 今日も1本立てました。今日はちょっと苦労しましたが、その時使ったのがこの秘密兵器。今回初めて使ってみました。これはたしかにいいですね。
 一般的には前の記事にも書いたとおり、S字のセッターを使います。しかし、これは刃物部分で魂柱を刺すのて、魂柱自体に傷をつけるのが前提です。ですから、失敗を重ねると当然魂柱のダメージも大きくなってしまいます。そうすると当然音にも影響が出てしまう。
 その点、この新発想セッターは魂柱を挟んで固定するので、ほとんどダメージはありません。
 さらにいいのは、上の黒いゴムの部分が魂柱の位置や角度を示してくれるので、イメージしやすい。
 非常に単純な構造の道具なだけに、今までなんでこういうものがなかったのかと思いますね。
Soundposttool3 実際には従来のS字セッターと一緒に使うとより良い。つまり、左のf字孔から新兵器で魂柱を入れ、右からS字を入れて微調整するわけです。
 今までは、とりあえず立ててからの調整の際に再び倒してしまうことが多々あったわけですが、これならそういうこともありません。それだけでも安心です。
 ただ、新兵器をはずす際にある程度力がいるので、それで魂柱が動いてしまう可能性があります。挟み込む前に、その挟み込み力を指で調整しておく必要がありますね。
 一番いいのは、挟み込み解除の仕組みがあることですが、そうするとちょっと複雑になってしまいますかね。
 f字孔は魂柱がギリギリ入るくらいの幅しかありません。よって、この道具で魂柱を挟むとちょっときつめで、場合によってはf字孔に傷がつくかもしれません。
 まあほとんどの人類には無縁の道具でしょうけれども、ヴァイオリンなどを弾いている方で、自分の楽器の音を変えてみたい人、いろいろ試す勇気がある人はぜひ、これらを手に入れてやってみてください。
 本当に1ミリ単位で音が変わります。実際は、どの音がベストか分からなくなってしまうのがオチなんですが、けっこう楽しいですよ。
 いくら高価な楽器を買っても、実はそれをしっかり鳴らしきっていないというこもよくあるようです。
 少なくとも、私は自分の楽器については、いろいろいじった結果、購入時よりいい音になったと思っています(思っているだけだったりして…笑)。

特許申請中!(小) サウンド・ポスト・セッター バイオリン、ビオラ用 魂柱立て道具

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2015.05.18

仏様のような祖母でした。

Th__20150519_11_15_39 母の葬儀が終わりました。
 大正3年生まれ。享年102歳。堂々と、しかし淡々と天寿を全うしました。
 本当に素晴らしい祖母でした。私の生き方の半分以上は祖母の姿や言葉から学んだものかもしれません。
 底抜けに明るくたくましかった祖母らしく、葬儀も涙よりも笑顔に満ちたものになりました。
 写真にもあるように、みんなでご遺体、ご遺影と一緒に笑顔で記念撮影をしたり、まあ賑やかで温かい雰囲気の中でお見送りをしました。
 私たちも家族バンドとして、出棺の際のBGMを演奏(カノン)、そして弔辞の代わりに歌(心の瞳)を披露いたしました。
 12年前に亡くなった祖父の時も、みんなで大合唱という感動の葬儀でしたが、今回もまた、生前の祖母の人柄を改めて感じさせる温かい式となりました。
 100年生きるのも本当にすごいと思いますけれども、やはりその年月の全てを「利他」のために使いはたした祖母の生き様に感動しましたね。
 欲がなく、いい意味で細かいことに頓着せず、愚痴を言わず、人の悪口を言わず、家族はもちろん他人にも、そして犬猫や野の草花にも、とにかく「愛」を施し続ける人でした。
 まさに仏様のような人。
 そして忘れてはならないのは「ユーモア」。意識がなくなる寸前まで人を笑わせようとしていました。3週間前、本当に偶然が重なって最後に会うことができた時も、「やられた!」と思うような洒落た冗談で、私たちを笑わせ、和ませてくれました。
 おそらく、そういう人だったからこそ100年生きられたのでしょうし、最後も本当にどこも悪くなく、苦しむこともなく、眠りながら安らかに亡くなったのでしょう。
 私も本当にそんなふうに生きて死んでいきたい…祖母に比べると本当にまだ半人前、小僧みたいなものですね。あと半世紀以上チャンスはあります。なんとか祖母の境地に近づけるよう頑張ろうと誓いました。
 そんな祖母(そして祖父)を源流としていますので、母方の親族は、まあ本当に明るく元気です。そして仲が良い。
 今回も、もういっそのこと、みんなで一緒に住んで共同生活しようか、みたいな話になりました。いや、冗談でなく実現しそうだからすごいですね(笑)。
 おばあちゃん、本当にお疲れ様でした。そして、これからもご指導よろしくお願いします。

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2015.05.17

『タモリと鶴瓶』 (NHK総合)

20150519_70933 事がありまして、ちょっとゴタゴタしております。
 そんな中、たまたまとっても気になる番組を観たので書き留めておきます。
 たった5分のミニ番組。そして、いつ放送されるのか分からないゲリラ番組。
 しかし、主役は超大物のタモリと鶴瓶。二人は出会うことなくすれ違っていく。しかし、そこに一人のゲストが巻き込まれて、まるで伝言ゲームのような縁が生まれる。
 言葉の不可解さや限界、そしてだからこその可能性を感じさせます。
 どこまでが脚本なのかも謎。どこからどこまでがホンで、どこからどこまでがアドリブなのか。
 そう、タモリ流に言えば、ジャズのスリリングですね。
 今回の放送が第1回だったようで、ゲストというか、巻き込まれる被害者は大泉洋。次回は有働アナだとか。
 しっかりちゃっかり番宣にもなっているところが、またちょっと面白い。今までにない実験的番組(番宣)ですね。タモリさんも好きそうな企画です。
 今後にかなり期待ですね。ただ、いつ放送されるか分からないゲリラ番組なので、出会えるかどうかも「縁」ですね。
 ウチはこちらでワンセグ全録しているので、あとで検索して観ることができますが(ホント便利ですよ)。

NHK公式

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2015.05.16

坂本九さん最後の歌声 『心の瞳』

 曜日に家族で「心の瞳」を演奏することになりました。どのような場で演奏するのかは、また当日の記事に書こうかと思います。
 時間がないので必死で編曲をしております。編成は歌とベースとヴァイオリン2本。
 この曲については昨年秋、こちらに書きました。
 日航ジャンボ機墜落事故から今年で30年。こちらに書いたとおり、私は墜落の瞬間を遠く富士山から目撃してしまいました。
 そういう意味でもこの曲には特別の思い入れがあります。
 今日は、今回編曲の参考にさせてもらったこの音源を紹介します。1985年8月12日の収録の番組の全編です。まさかこの数時間後に、あのようなことがあろうとは…。
 欧陽菲菲さん、羽田健太郎さんも、最高のパフォーマンスを聞かせてくれます。もちろん九さんも完璧。返す返すも惜しい人を亡くしました。
 そして、この荒木とよひささん、三木たかしさんによるこの「心の瞳」、あまりに素晴らしい。素晴らしすぎて、なんか九さんに捧げられたような感じすらする。
 今では中学生を中心に合唱でも歌われ、まさに歌い継がれている名曲であります。九さんも喜んでいることでしょう。
 私たち家族も今回は特別な想いで演奏させていただきます。
 

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2015.05.15

追悼 B.B.KING

 B.B.KINGさんが亡くなりました。
 昨年まで元気に演奏しておられたとのこと。
 残念ですが、まあご本人も充分やり尽くした感覚がおありでしょう。お疲れさまと申し上げたいし、あちらの世界で、古い仲間と楽しくやっていただきたい。
 昨年4月の演奏。

 実はウチでも訃報があったのですが、故人は1世紀以上生き、まさに眠るように亡くなりましたので、もうほとんど「おめでたい」感覚です。
 人間、あるところからはまさに「神」や「仏」になっていきますね。B.B.KINGさんも、ずいぶん長く「神仏」でいらっしゃった。
 神仏になると、自然の一部と一体化しちゃうんですよね。そういう意味で、キングのギターは、エレクトリックという近代的産物の「機械」であることは(人間的には)確かですが、そう、金属も樹脂も電気も、しょせん自然じゃないですか。神仏からすれば、アコースティックと一緒ですよ。
 2011年の印象的なライヴをどうぞ。もちろんもうこの時にはすでに天界での演奏です。
 もうほとんど「老師」の境地ですね。禅の老師の書のごとき表現。

 いろいろ聴いていたら、貴重な映像が出てきました。1986年北海道。ご冥福をお祈りします…と書いてみて気づきました。そんなこと言われなくとも「冥福」に決まっていますよね。

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2015.05.14

箱根を鎮めるために…

Th_img_7446 り合いが箱根の様子を見てきてくれました。そして、箱根神社の御札を届けてくれました。
 いろいろ興味深い報告があったのですが、それを私なりにまとめますと、これは箱根だけを見ていてはダメだなと。
 以前書いたとおり、ネパールの大地震と今回の箱根の火山活動とは霊的に(非科学的に)つながっています。
 南から流れてきたインドと伊豆が、ユーラシア大陸と本州にドカンとぶつかり、エベレストと富士山ができ、ネパールあたりの断層と箱根あたりの断層ができたと。
 そのあたりの動きについては、どういうわけかこの3月になんとなく気になっていて、たとえば伊豆山神社とその祭神についてというような記事を書いています。目に見えない荒魂の動きを感じていたのかもしれません。
 そのような世界地図的な見方とともに重要なのは、日本地図的な見方です。火山や地震や温泉といった「地神」のエネルギーを表す音として、「あ」に注目すべきです。特に「as」「at」「az」「ad」といった音列。
 アソ・アサマ・アツミ・アタミ・アヅマ・アスミ・アヅミ・アシタカ…などなど。
 実際、今、九州の阿蘇山、福島の吾妻山も火山活動が活発になっています。富士山も太古「阿祖山」と呼ばれていたという伝承があり、浅間神社ももともとは「アサマ」神社でした。
 それらをつなぐ霊脈というか、龍神の経絡というか、そういう発想も必要となってくるでしょう。
Th__20150515_80545 そして、もう少しスケールを小さくして…こちらに書いた「サンガ(サムガ)文化圏」の視点です。
 今回の箱根の活動を鎮めるためには、まずはこの文化圏でのマツリゴトが大切になります。私も近々寒川神社を参拝するつもりです。
 相模川によって取り囲まれる「サンガ文化圏」は、フィリピン海プレートからの圧力を受け止めて和らげる機能を持っています。もう少し具体的に書くと、富士山、愛鷹山、箱根山など、かつてかなり大きな噴火活動をしていた山々の神を鎮める働きをしているわけです。
 そのあたりの霊的力学を意識していかないと、自然科学的な予知や対策といった人智もうまく機能しないのでありましょう。

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2015.05.13

高校総体開会式という演劇空間(再び)

20150514_64241_2 日はスポーツに関するニュースがいろいろありました。
 スポーツ庁設立の法案が通ったり、芸能人を招いて、東京五輪・パラリンピック組織委員会の「文化・教育委員会」が開かれたり、2020に向けて着々と準備が進んでいます。
 山梨県内ではJリーグの監督辞任、そして高校総体開幕。そうそう、高校総体と言えば…実に面白い話があります。というわけで、今日は久しぶりにその話をしましょう。
 今年の総体開会式、ウチの長女はブラバン軍団の一員として参加(実際はやることなかったようですが)。で、さっそく私に報告してくれたのですが、この開会式がものすごい演劇空間になっているんですね。
 それについては、11年前(!)にこんなふうに書きました(昔は記事が短かったな)。
 もうあれから10年以上経っていますが、まさにさすが保守王国山梨。伝統芸能を守ることに関してはなかなかであります。いまだにその独特の形態を保っている。
 今年も行進している選手団は全部ニセモノ。どう見てもインドア系、オタク系の留守番組だったそうです(含む色白小太り)。
 そういう生徒たちが慣れない日光の下、ダラダラと行進をして、炎天下で偉い人たちの祝辞なんかを聞かなくてはならない。その祝辞がまた「君たちのたくましい姿を見るにつけ…」なんていうギャグだったりするわけで、これを笑わずしていかにして鑑賞せよというのでしょう(失礼は承知です)。
 さらに11年前の記事には書きませんでしたが、この開会式には警察も出動しています。なぜかと言うと、長ランボンタンやら特攻服やらに身を包んだ謎の「ツッパリ軍団」も参加(?)するからです。この伝統文化はさすがに絶えてしまったかとおもいきや、娘の報告によると、今年も数十名の「選手団」が参加していたとのこと。
 彼らは高校を中退した者であったり、あるいは高校に進学しなかった者であったり、実はもう三十歳のおじさんだったりするのですが、彼らが「健全な高校生」の祭典に乱入するというのが恒例になっているんですよ(他の県にはこういう文化はあるのでしょうか)。
 以前は彼らが本当に行進に参加してしまったりという見事な演出(?)もありましたが、今日はとりあえず乱入前に警察に阻止されてしまったとのこと(その後、陸上競技会場に乱入し威力業務妨害罪で逮捕されたようです)。
 つまり、この「高校総体開会式」には健全なアスリートはほとんどおらず、全く逆の世界の住人、帰宅部、オタク、そしてツッパリ(不良)という、実に健全なる文化人が集合しているということであります。
 ちなみに先生たちも、運動部顧問ではなく、文化部顧問などの居残り組です(笑)。
 これを「演劇」と言わずしてなんと言えばよいのでしょうか。
 ちなみに「ホンモノ」の体育会系の人たちはどこに行っているかというと、もうすでに各会場に散らばって競技を始めているわけですよ。
 なんでここまでして、ニセの開会式を虚構…いや挙行するのか?
 あっそうそう、県知事もニセモノ(代理)だったようです。
 まったくもって面白い文化であります。いや、だから「こんな無意味なことやめろ!」と言いたいわけではありません。まったく逆です。いつまでも続けてほしい。「文化」の継承はとても大切です。
 なくなってもいいものがなくならない場合、たいがいそれは「神事」なのです。

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2015.05.12

バッハ 前奏曲とフーガ変ホ長調 (聖アン)

 日の映画ではバッハは宇宙人だったという設定でした。そこは納得です。
 では、バッハの音楽の中で最も宇宙的なのは…と考えたのですが、まあいろいろ浮かびましたよ。フーガの技法みたいな抽象的な作品なんかも、ある意味宇宙的ですよね。
 しかし、なんででしょうか、最終的にこの曲だなあと思ったので紹介します。
 まず長大であることが宇宙的なのかもしれませんね。異様な長さです。前奏曲200小節以上。フーガは5声の三重フーガ(テーマが三つ)で100小節以上。
 しかし、その曲調は明るい「光」を感じさせますね。軽くはないけれども重くもない(?)。
 バロックの語法や様式を逸脱している感じもありますよね。なんか地球の時代的縛り(重力)から自由というか。
 ちなみに「聖アン」とは…などいろいろ書きたいことはありますが、時間がないので、そのへんは他のサイトにおまかせします。
 とにかく楽譜を見ながらお聴きください。

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2015.05.11

『美しき緑の星』 コリーヌ・セロー監督作品

LA BELLE VERTE
Th_url このところネット上評判になっているこのフランス映画。さっそく観てみました。
 たしかに面白かったけれど、みんなが言うほど感動的とか人生変わるとかいうレベルではありませんでしたね。
 だいたい、本国で発禁とか、動画サイトにアップしてもすぐに削除されるとか、そういう都市伝説的なことで評判を取ろうとしていること自体、実に胡散臭くて…いやいや、だからこそ「コメディ」としてなかなかの出来なんでしょうかね。
 そういう風説やら流行やらに乗せられてしまう「地球人」への揶揄ということでしょうか(笑)。
 まあ、とにかくコメディ作品としてはかなり面白い。そうそう今日も大笑いさせてもらいましたドラマ、私の短歌の師匠である笹公人さんの歌集を原作とする「念力家族」と似たようなドタバタアットホームコメディとも言えますね。
 この映画の「理想郷のような地球外惑星から地球にやってきた宇宙人が、地球のひどく遅れた文明に驚きつつ興味を持ち事件を起こす」という展開は、どこにでも転がっているアイデアですし、その「驚き」の内容もあまりに当たり前。
 言うなれば現代地球人のある種の人々が主張していることと何ら変わりありません(宗教者に登場願わなくとも、その辺にいくらでもいる「なんでも反対派」の人たちで充分)。
 そこに解決策があるわけでもなく、逆に地球の女に惚れて連れ去ってしまうというオチまでついていて、それのどこが「感動的」なのか全く分かりません。ただ笑っていればいいのでしょうに。
 だいたいですね、この映画に「不都合な真実」が描かれているがために、この映画を発禁にし、削除し続けるという「仮想敵」を想定している時点で、もう全く平和的ではない観念に陥っているわけですよ。まあ、陰謀論にはまって自己肯定感を得る人たちと一緒ですね。
 いや、この映画自体、さっきも書いたようにコメディとしては大変面白い出来ですし、私もいろいろ合点がいったところがありましたよ。特に、バッハがその星から地球に送り込まれたという「事実」には、なるほどやっぱりと膝を打ちました(笑)。
 そういう意味でラストに流れるバッハのコラールは実に美しく響きましたね(それも時代考証的な演奏とはかけ離れたあの方々の歌声)。
 それにしてもあのオペラ座でのドタバタ演奏シーン、皆さんホンモノの演奏家でいらっしゃる。すごい演奏力&演技力でビックリしてしまいました。日本人はここまで出来ないでしょう。
 そして、ついでに言うと、私は今でも自分を地球外惑星からやってきた宇宙人だと思っていますので(幼児期のそういう記憶があるんですよ)、そういう意味でもいろいろ納得がいくというか、ああそうそうと思うシーンがたくさんありました。
 「切断」…これはたしかに象徴的な言葉ですね。いや、「切断」すべきだと言っているわけではありませんよ。私たちは「切断」されたらこの地球では生きていけませんからね。「切断」された人たちが一番可笑しかったのはそういうことでしょう。
 というわけで、はたしてどんな裏の権力がこの作品に待ったをかけているのかを知るために(笑)、ワタクシ流にここにアップします…と書いたらある人から「やめとけ」と言われました。いや、別に消される(殺される)とかではありませんよ。代わりに今日現在ニコニコにあるのを貼っておきます。たぶん近いうちに(誰かに?)削除されると思いますが、たぶん(その誰かが?)またアップしてくれることでしょう(笑)。

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2015.05.10

四つ葉のクローバー@福石神社

Th_img_7380 日は一家で静岡の実家へ。
 観光シーズンということで表の道は混み混みなので、芝川町経由の裏道を利用。ここを通る時は必ず大鹿窪の福石神社にお参りします。
 こちらに書きましたように、福石神社の主祭神は国常立尊です。裏側には1万4千年前の集落跡という大鹿窪遺跡があります。
 先日昭恵さんとうかがった不二阿祖山太神宮は日本最古の神社とも言われていますが、それでも数千年の歴史でして、こちらの遺跡(神社は別)の1万年レベルからするとまだまだ新しいと言えます。
 縄文草創期は今より寒冷でした。のちに温暖化して、縄文人は標高の高い山梨県側に移動していったものと思われます。
 とにかく大鹿窪の遺跡は、富士山に対する信仰の遺構として最古のものです。そんなことに思いを馳せながら当時の神の代表である国常立さまを拝むというのはなかなかいいものです。
 この前の記事には書きませんでしたが、ここの鳥居は両部鳥居なんですよね。ちょっと珍しい。神仏習合のなごりです。富士山を中心とする中世以降の山岳信仰(修験道)のなごりとも言えます。
Th_img_7385 ところで、今日は子どもたちがいつも以上にキャーキャー騒いでいると思ったら、なんでも「四つ葉のクローバー」を見つけたのだとか。
 どれどれと見に行くと、あららなんといたるところに四つ葉があるじゃないですか。皆さんご存知のとおり四つ葉のクローバーは見つけると幸運と言われていますよね。1万分の1の確率くらいで生じる突然変異らしいのですが、ここはどう見ても1万分の1の確率ではない。もちろんもっと高い確率です。
 これはいったいどういうことでしょうか。やはり何か不思議なパワーがあるのでしょうか。
 ちょっと気になるのは、この神社のほぼ真上を高圧送電線が通っていることです。まさかそっちのパワーのおかけで突然変異しているのではないでしょうね。
 野草に詳しいウチのカミさんによると、ほかにもなんだか見たことがない花がいくつもあるとのこと。ホントかなぁ。
 高圧送電線と言えば…やはり古い富士山信仰の形態を残す山宮浅間神社も送電線が邪魔なんだよなぁ
 ま、考えようによっては電気なんてのは現代の見えないパワーであって、太古の「神」みたいな存在ですよね。原発は「荒魂」を発揮しちゃうし。
 電気も自然と言えば自然であり、そのネットワークを人間が作ったわけでして、そう考えると、それこそ縄文時代からあると思われる「神々のネットワーク=web0.0」と同じようなものかもしれませんね。
 電磁波や放射能なんかも必要以上に怖がらないで、ありがたがっていた方がよかったりして…。

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2015.05.09

地神=地眼

Th__20150510_7_10_46 日、安倍昭恵総理夫人と明見の聖地巡りをしましたが、その時、かつて古屋敷の古宮近くで発掘された「地神(じがみ)」の石碑に参りました(写真は夫人自身が撮影)。
 「地神」信仰は全国各地に分布しています。単純に大地の神、土地の神、田の神という意味での信仰がほとんどですが、中には仏教の「堅牢地神」信仰や日本書紀の「地神五代」信仰(すなわち天神信仰と対をなす)と習合している場合もあるようです。
 江戸期以降、屋敷神の一つとして数えられ、屋敷の北西に配置されました。
 一方で、本来天神である「国常立命」が地下に幽閉されたというイメージからか、「地神=国常立」という信仰も確認されています。
 富士山周辺にはそれほど見かけませんが、この明見の古宮の地にある「地神」はおそらくその国常立信仰の遺物ではないかと思われます。
 それがこの時期に再び世に出たというのには大きな意味があると感じます。昭恵さんもおそらくそうしたことを直観して写真を撮られたのでしょう。
Th__20150509_14_26_28 その時、私はふと千駄ヶ谷鳩森八幡宮の富士塚の麓にある「地眼」の石碑を思い出し、皆さんに紹介しました。
 今日たまたま千駄ヶ谷でコンサートの練習があったので、さっそく立ち寄って写真を撮り、昭恵さんにも送らせていただきました。
 「地眼」という石碑も全国に散在しています。これは「じがん」と読み、「地神(じがみ)」の転訛したものと考えられています。すなわち「地神=地眼」です。
 鳩森八幡の富士塚はもちろん江戸の富士講の遺構です。本物の富士山の溶岩を積み上げてミニ富士を造り、浅間神社を勧請して信仰を集めました。富士山に行かずとも登山したことになるという、いかにも江戸的な(コンビニ的な?)システムであります。
 そこに「地眼=地神」があるというのが面白いですね。石碑自体は新しいものですが、おそらく信仰としては江戸期からあったものでしょう。
 鳩森八幡と言えば、あの日月神示の岡本天明が神主をしていたことでも有名です。岡本天明と国常立の関係は言うまでもなく深い。
 岡本天明と明見は直接つながっていませんが、富士山信仰によって間接的につながっているわけです。また、出口王仁三郎を通じてつながっているとも言えます。
 いよいよ「地神=地眼」の再登場の時が来るのでしょうか。もう少し調べてみます。

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2015.05.08

iPhone6 格安手帳型ケース

Th__20150509_8_58_57 いネタが続いたので、今日は軽めに。
 まさに軽い。iPhone6にしてみて感じたのは、サイズは大きくなっていますが、薄くて軽いなということです。あとは滑りやすい。
 これは早くケースに収めなければと思いまして、この880円のケースをAmazonで買ってみました。
 私はSuicaやクレジットカードをケースに入れるので、こうした手帳型をずっと使ってきました。今回はとにかく本体の薄さ、軽さを活かせるケースがいいなと思い、いろいろ検討した結果これを入手してみました。
 結果は正解でした。薄さ軽さも損なわないし、滑りにくい素材とデザイン。そして、装着した感じもしっかりしていてお値段からするとかなりお得な製品だと感じました。
 おまけについてくる液晶保護フィルム(私は使いませんが)もなかなかの品質のようです。
Th__20150509_8_58_39 内側のスウェードっぽい素材のおかげで、カードの出し入れもスムーズですし、バンドのマグネットの磁力も程度な「弱さ」でちょうどいい感じです。
 iPhone5時代はこちらを使っていました。機能と質感は満足できるものだったのですが、なにしろ重かった。本革だし二重構造でしたからね。
 今回のはもちろん合成皮革。耐久性がどのくらいあるか分かりませんが、とりあえずしばらく使ってみます。
 しかし、なんでこんなに安いのでしょうね。誰がどのくらい儲けられるのか、ちょっと心配です(笑)。

Amazon iPhone6 手帳型ケース

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2015.05.07

『日本人が知っておくべき この国根幹の《重大な歴史》』 加治将一・出口汪 (ヒカルランド)

Unknown あいよいよ時が来ているという感じです。
 昨日は本当に歴史的な日でした。詳細まではとてもお話できないのが残念ですが、まさに「不二=二つならず=一つ」。
 私や昭恵さんが理想とする、南北も東西も左右もない、いや本当は一つであるという世界観。その実現へ向けて、日本の果たす役割は実に大きい。その日本の根幹にずっとあり続けていたのが「天皇」。
 その天皇家は御存知のとおり後醍醐天皇以降、南北に分裂してしまいました。
 歴史学的には北朝が勝利し、現在の天皇家はその系統、すなわち北朝であるというのが定説です。
 しかしことはそんなに単純ではありません。その複雑さの一つの可能性として、この本にも書かれている「明治天皇すり替え」説が明治以来ずっとまことしやかに語られてきています。
 そこにからんでくるのが、出口王仁三郎有栖川宮熾仁親王ご落胤説。これもまた歴史の裏側でずっと語り継がれてきたことです。
 その証拠としての新資料が、出口家からとんでもない形で出てきた。明らかにこのタイミングを狙ってです(もちろん王仁三郎とその背後の神の意志)。
 そこから読み取れる「歴史の真実」(事実ではないかもしれない)を加治将一さんが見事に料理したのが、以前紹介した『幕末 戦慄の絆―和宮と有栖川宮熾仁、そして出口王仁三郎』
 この「真実」からすると、出口王仁三郎と現天皇家は実に微妙な関係です。南北朝合一以来、北朝が正統であった天皇家ですが、明治維新のドタバタの際に、正統の孝明天皇の皇太子と長州に残っていた南朝の末裔とがすり替えられ、それ以来表向きは北朝、実際には南朝の系統となりました。
 そのため、明治天皇は(表面的には)北朝でありながら南朝が正統であることを宣言します。その辺の事情は本当に複雑です。
 一方、本来の北朝の皇位継承権は有栖川宮家にあることになり、その落し胤である王仁三郎は、タイミングによっては大正天皇になった可能性すらあるわけです。
 実は昨日、富士吉田の明見において、その大正天皇と出口王仁三郎が歴史的な邂逅をし和解、融和をしたのです(もちろん霊的な意味でです)。詳細はいずれ時機が来たらということにしますが、そこに偶然安倍昭恵さんがいらっしゃったことにも大きな意味がありました。
 言うまでもなく安倍総理は山口県のご出身。南朝天皇と非常に深い縁があります。そして、明見にも非常に色濃い南朝伝説が残っています(宮下文書のほとんどがその話)。
 昨日のこの「歴史的事件」は全く想定外のことでした。導かれたとしか言いようがない。あの時、あの言葉がなかったから、あの時トイレに行っていなかったら…本当にたくさんの偶然(必然)が重なった結果です。本当にそこに居合わせた人たちは驚き、人智を超えた力に感謝しました。
 実は熾仁親王(にまつわるモノ)もそこに登場しました。富士吉田では、幕末、上吉田の御師を中心に熾仁親王の護衛隊である「報国蒼龍隊」が結成されました。当地はそういう意味では北朝とも関係が深いのです。
 南北どちらが正統かというのは、実はあまり意味のないことです。「二」に見せて本来は「不二」。二つに見えるのは、陰陽の働きであって、どちらかが表で出れば一方が裏で支える、あるいはバランスを取るということで、総体としては一つなのです。
 私がたまたまこのブログを「不二草紙」と名づけた意味も、ここへ来て明らかになってきました。面白いですね。
 というわけで、この世界を覗いてみたい方、まずはこの本をお読みになってから、私に連絡をください。ご案内します。

Amazon 日本人が知っておくべき この国根幹の《重大な歴史》

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2015.05.06

安倍昭恵さん来訪(第七章)

Th__20150507_12_12_05 密すぎる12時間半でありました。お忙しいところ、また訪米後のお疲れのところ、私たちにおつきあいいただき感謝感激であります。
 ファーストレディーとの不思議なご縁はますます加速中でありまして、もうこれは自分たちの意志ではないですねとお互いしみじみと語り合ったのであります。
 まあ、その具体的な内容はここではまだ紹介できませんが、とにかく「地球平和」が目的であることだけは確かです。
 午前中は我が鳴沢村で行われていた「ティク・ナット・ハンの教えを学ぶ富士山リトリート」の最終日に参加。午後は富士吉田市明見の富士高天原聖地を巡りまして、仏教と神道の両者の素晴らしい教え、またそれを融合してきた日本の素晴らしさを体感いたしました。
 そして、まさにその両者の融和の象徴である富士山から、より具体的に地球平和を発信していくための方策を話し合いました…と言いますか、ほとんど自然に出てくる、いや天から降りてくる感覚でしたね。
 そして、そこに適切な場と時と人が与えられていく…昭恵さんも本当に不思議だとおっしゃっていました。
 いつか書ける日が来ると思いますが、日本の歴史にとって非常に象徴的なシーンがありました。近代日本を分断してきた根本中の根本における、歴史的、未来的和解と融和と止揚です。
 和解と融和と止揚と言えば、この前のアメリカ議会での安倍総理の演説ですね。その話も含めて、訪米のみやげ話やら裏話やらもうかがい、本当に私たち庶民は勝手な評価を与えてばかりだなと反省いたしました。
 そう言えば、今日の法話の中にも、「批判」「分析」をしている時点で、心に壁を作っており、相手の言葉を聞いていないというようなお話もありましたね。
 いろいろな場でいろいろな方々とお会いしたあと、我が家でまたまったり。庶民的なカレーなど食べながら濃〜い今日一日の総括など。これがまた止まらない(笑)。
 高速道路も渋滞しているし、泊まっていっちゃったらという流れになりましたが、総理から電話があったりして(!)、お帰りになることになりました。
 気づいたら夜も10時を回っておりました。本当に語っても語っても語り尽くせない、なんとも不思議な共鳴共振があることを、本当に私たちは嬉しく感じるのであります。そして、これは間違いなく私たちに与えられた天命そのものであるなとも思うのでした。
 トップと草の根、両方大切なのですが、実はその中間部の実力者(場合によっては黒幕やフィクサーであったりもする)が、平成になってからだいぶ弱体化しています。自分はもちろん草の根ではありますが、トップからはなかなか難しい、その中間実力者の皆さんをその気にさせ、また統合していくという仕事を、自分たちなりにやっていきたいと思います。頑張ります。
 一週間前はアメリカに国賓級の待遇で招かれた方が、リムジンならぬ軽貨物車に乗って各地を回り、元ノラ猫シローさんとたわむれる…ご本人にも申し上げましたが、まるで皇室のようなお働きですね。
 昭恵さん、本当にありがとうございました。またしかるべき時に、しかるべき場所でお会いしましょう。


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2015.05.05

iphone 6

Th__20150506_7_25_29 然ですが(遅ればせながら)iphone5から6に変えました。ついでにキャリアもソフトバンクからAUに乗り換え。
 ウチは山の中でして、ずっと「圏外」問題と戦ってきましたが、私はとうとう白旗を上げました(カミさんはまだ頑張るとのこと)。
 というのは、今日明日でスペシャルな方から電話がかかってくる可能性が高く、最近の電磁波状況からすると通話が途切れて相手の方にご迷惑をおかけする可能性が高いと判断したからです。
 まずはAUのショップに行って、「タメシーノ」の借りました。そう、自宅の電波の状況を「試しーの」するためです。
 で、実際持ち帰ってみると、ソフトバンクでは3Gでさえ時々圏外になる悲惨さだったのに、ちゃんと4Gでアンテナが立っているではないか!というか、今まで何と戦っていたのだろう…。
 というわけで、すぐにMNPの予約番号をとってショップに戻りました。いつもは混雑するショップも連休中は逆に閑古鳥が鳴いておりまして、小一時間で乗り換え終了。それにしても、ウン万円もキャッシュバックがあったり、いったいこの業界はどうなっているのか…。
 というわけで、私も遅ればせながらiphone6生活を始めることになったわけですが、電波より何より良かったのはですね、字がでかくなったことです(笑)。そう、最近老眼が進んでメガネの度が合わず、iphoneの字が読みにくくてしかたなかったのであります。
 さらに設定で文字をでかくしまして、ほとんどお年寄り用みたいになっております(笑)。まあ、いいや、使いやすければ。
 ちなみにiphone5は下取りに出さず(出すとさらに1万円もらえたが)、上の娘にプレゼント(こどもの日だから?)。電話はプリペイドを使っておりますので、つまりiPod touch代わりということです。今まで動きの恐ろしく遅くなったiphone4を健気に使っていたので、その「普通の」早さに感動しております。なにしろTwitterを立ち上げるのに1分くらいかかってましたからね(笑)。
 ちなみにiphone6の色はシルバーにしました。なんか薄すぎて手からすべり落ちそうなので、早いとこケースを着せてやりましょう。
 そうそう、指紋認証って便利ですが、寝てる時に誰かに解除される可能性がありますよね(笑)。そして、こうして自分の指紋までアメリカに持ってかれてると思うと恐ろしくもなります。悪いことますますできませんね(笑)。


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2015.05.04

寺山修司実験映像

 日は寺山修司の命日。1983年(昭和58年)に47歳で亡くなった寺山修司。
 私は当時大学1年生でしょうか。どちらかというと彼が死んでからのファンであり、その後は映画、文学、演劇などの分野において非常に大きな影響を受けました。
 姉が演劇をやっていて、寺山に心酔していた(実際会ってるんじゃないかな)のも大きかったかもしれません。
 その後、結婚してからはあまりその本や映像に触れなくなってしまいましたが、ここ数年短歌をやり始めて、それも寺山に多大な影響を受けた笹公人さんを師匠としたため再び気になりだし、地下室から昔読んだ本を引っ張り出してきたりしています。
 いつのまにか、彼の亡くなった年齢を越してしまい、年下の表現者として見るようになってしまったことにまずは驚きましたね。そして、そうして見ると、若かりし頃没頭した時に気づかなかった彼の「少年性」を実感せずにはいられない…いや、もちろん寺山の少年性というのは観念としては知っていたわけですよ。しかし、なんとなく実感としてはなかった。
 そう、寺山はどちらかというと「若気の至り」で背伸びした先にいる存在だと思っていたわけです。多くの「少年」にとってそういう存在だったのでしょう。
 今になってみると、上の貴重な動画にある美輪明宏さんや唐十郎さんの言葉もよく分かる。美輪さんの言葉、「凡人には天才の頭の中が分からない」「海外では評価されているに国内では…」というのは実に皮肉ですよね。
 ちょっと複雑な話になりますが、つまり、「大人には少年の頭の中が分からない」「少年には評価されるのに大人には…」ということではないでしょうか。
 パラドックスですよね。背伸びして大人になろうとしていた少年の私は表面的には共感し憧れていたけれども理解はしていなかった。逆にすっかり大人になってしまった今の私には、なぜか理解できる。
 当時の日本も背伸びしていたわけです。それで分かったふりをしていた(批判も含めて)。
 そんな中、寺山も美輪も唐も谷川も三島も、みんなリアルバカボンだった。なんだか有り体な言い方になってしまいますが、「天才=少年性」なんですよね。大人のふりをする社会においても、少年として闘い続けられる存在。
 大学を卒業してセンセイになってからですが、寺山の実験映像のVHS全集を買って、毎日のように観ていました。自分自身もビデオカメラを買って、それらしいものを撮ってみたりしていました(笑)。恥ずかしい作品が地下室にあるかもしれません。しかし、それらは決して「少年性」によって撮られたものではなく、あくまでエセ大人がそれらしくやってみました的な駄作に過ぎません。
 その寺山の実験映像ビデオは、教え子の誰かに貸してそのまま返って来ませんでした。それはそれでいいと思ったということは、当時はそれこそ「好きなふり」をしていたのでしょうね。実はよく分かっていなかった。
 ということで、自分も50歳を過ぎてある種の諦めの境地に至り、多少はバカボンに近づいてきましたので、ここで改めて寺山の実験映像を観てみたいと思います。不思議なもので、中1になった次女が、異様に興味を持っています。なんでも映画監督になりたいのだとか。はたして彼女は「少年」の感性を持ち続けることができるのか。

 せっかくですから、「田園に死す」もどうぞ。

ダゲレオ出版

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2015.05.03

何でも反対派?

Th_001 年も「憲法記念日」がやってまいりました。
 このブログも12年目の周回を迎え、ますます新ネタ切れになってきております。しかし、自分でも今まで何を書いてきたかほとんど覚えていないので、過去の自分の記事を読むことにはとても大きな意味があります(スミマセン、無責任で)。
 というわけで、昨年の記事を読んでみましょう。なるほど今の私もほとんど同じ意見ですね。

憲法記念日にちなんで?

 もしかすると私は表面的には小林節さんの「護憲的改憲派」なのかもしれませんね。そうそう、この前、九条の会の方に、「だったら皆さん改憲派じゃないですか。私と一緒に解釈改憲不可能な完璧な平和憲法を自主的に作りましょうよ!」と言ったら、みんな黙ってしまいました(笑)。
Th_050300 今年もまた、護憲派、改憲派、別々に過激な集会を開いていましたね。特に失笑したのは(失礼)いつもの護憲派集会。
 共産党、民主党、社民党、山本太郎の生活(笑)の呉越同舟自体、変な話ですが、なにしろ憲法の集会なのに、原発も貧困も何もかも「安倍のせいだ」と叫ぶ集会は、さすがに異様な感じを与えます。
 私も現在の憲法が守られるべき(この「べき」は義務の意味ではなく「予定」の意味です)だと考える立場ですし、核分裂発電もなくなればいいと思っています。貧困もなくなればいいに決まっています(富裕層がいなくなって全員が適度な貧しさを共有したい…って共産主義者か!)。
 はっきり言ってしまいますが、常に社会に怒りを持っており、それを人のせいにし、何でも反対し、同じ意見の仲間としかたむろしない人たちが戦争を起こすのです。
 ウチのカミさんも今とても厳しいことを言っています。こういう人たちは近所づきあいさえちゃんとできない人が多い、世の中雛型だからそこを見ればその人たちの作る未来は想像できると。
 ま、それこそ過激な人格否定になってしまいますから、これ以上は書きませんけれども、護憲派、改憲派、いずれも非常に自己中心的かつ視野狭窄的になっているのは否めませんな。
20150504_81611 たとえば「平和」を考える時、憲法の文面がどうのこうのだけ言っていればいいのか、ということ。憲法を守れ、あるいは自主憲法をと叫んでいれば、それでいいのか。
 もちろん、その先を考えていたり、あるいはそれを全体の象徴として叫んでいる方もいらっしゃるのでしょう。しかし、逆に目的自体が叫ぶことになってしまいっている人も、たとえばあの集会3万人の中にけっこうな数いるでしょう。
 では、どうすればいいのか。やはり日本国憲法の日本史的意味、世界史的意味、そして地球的、霊的な意味を考えていかねばならないでしょう。とても難しいことですけれども、そういう次元に私たちも上がっていかないと、結局、左右、保革といった悪しき「戦後レジーム」から脱却できないことになってしまいますよね。
 私も思考停止にだけは陥らないよう、こうして表現し続けていきます。


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2015.05.02

不二草紙 本日のおススメ 11周年

Th__20150503_105300 日でこのブログも11歳を迎えました。おめでとうございます…いや、ありがとうございます(笑)。
 昨年の今日10周年の記事を書きました。このブログの生い立ちなどについてはそちらをご覧くださいませ。
 昨年の今頃はたしかに毎日2000以上のページビューがありましたが、最近は3分の2くらいに減少しています。
 減少の理由としては、Googleさんのアルゴリズムが変わって検索順位がガクッと下がったことが挙げられます。まあ、自分としてはそのくらいでちょうどいいかなという感じです。なんだかやたら順位が高い時期がありましたからね。
 あとは、最近は記事の内容もあまり深みがなく(?)、またちょっと分野が片寄る傾向があって、以前の読者の皆さんが離れていったというのもありますね。
 さらにブログというメディア自体の存在価値が下がっている現実もあります。世の中はSNS花盛り。特に長々しい文章の続くブログは敬遠されるようになりましたね。
 私はフルオープンなブログという表現の場が好きなので、Facebookもやらず相変わらずこうして書き続けています(Twitterはブログと連動してやっていますが)。
 しかし、最近では時間もあまりとれず、またネタも尽き気味でして、自分でも記事のクオリティーが下がっているなあと感じております。
 まあ、なんといいますか、ほとんど惰性でやっている、やめる勇気がないというのが本当のところであります(スミマセン)。
 いずれにせよ、今後も修行として執筆を続けていこうと思っていますので、時々でも結構ですので覗いてやってください。
 よろしくお願いします。
 
 

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2015.05.01

『円空・木喰展』 (山梨県立博物館)

Th_enkumokujiki_bannar 休中も開催していますので、山梨においでの方はぜひお立ち寄り下さい。素晴らしい内容です。
 何かと対比されることも多い円空と木喰ですが、その根源にあるのは、ともに庶民の信仰のエネルギーと、江戸時代特有の、禅味と粋の交錯だなと感じました。
 日本のデザインはここに一つの極点を見出したのではないでしょうか。
 直線の円空と曲線の木喰、たしかにそれは対照的ではありますが、もともと「線」として捉えるところ自体、日本人の「輪郭線」的な図形認知のなせるわざでしょう。
 木喰(その弟子)については、同じ山梨県立博物館で開催された展覧会の感想など、過去に三回記事を書いています。

木喰仏の笑み
『木喰展−庶民の信仰・微笑仏』(山梨県立博物館)
『木食白道 知られざるもう一人の木食』 (山梨県立博物館)

 ああ、思い出した。木喰の「フォント」デザインはモダンでアヴァンギャルドだったなあ。今回は残念ながら「利剣名号」はあまり展示されていませんでした。まあ、今回は円空とのコラボですから、あくまで木像が中心ですよね。
 木像と書いてこちらも思い出しましたが、ほら、あの夏目漱石の「夢十夜」の第六夜に運慶の造作について若い男が、「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋うまっているのを、鑿のみと槌つちの力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と評するシーンがあるじゃないですか。
 あれって運慶の時代の仏師の流儀じゃないですね。江戸の流儀ですよ。つまり、円空や木喰らはそういうタイプの造形家だと思います。
 この展覧会においても、いくつか立木仏や生成仏がありました(というか、ある意味ほとんど全てが生成り)。まさに木の中に仏を見つけて彫り出すというような他者性(モノ性)が感じられました。それが日本流だということです。
 逆に言えば、夏目漱石はやはり江戸の人だということですね。近代人ではない。そういう発見がありましたね。
 微妙に時代が被っていない円空と木喰ですが、どこかで接点があったのかなあと思っていたら、なるほど、下呂の温泉寺にはもともと両者の仏像があったんですね。すなわち、少なくともそこで両者(仏像)は出会っていたということです。
 それから、前に木喰の歌として「みな人の心をまるくまん丸に どこもかしこもまるくまん丸」を紹介しましたが、今回展示の中にいわゆる青表紙歌集がありまして、その「ま」の歌が「丸々と まるめまるめよ わが心 まん丸まるく まるくまん丸」でありました。これもいいなあ〜としみじみ思った次第です。
 とにかく新発見・初公開を含む200を超える円空&木喰の修行の痕跡を観ることができるこの展覧会、見逃せませんよ。

山梨県立博物館かいじあむ公式

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