『戦後70年 よみがえる日本の姿 ~オーストラリア戦争記念館 所蔵写真展~』 (昭和館)
今日は東京へ出張。
一仕事終え、ある人の待つ毎日新聞社へ行く前に、九段の昭和館に立ち寄りました。
今、昭和館では特別企画展として「戦後70年 よみがえる日本の姿」という写真展が催されています。
英連邦占領軍の一角として進駐していたオーストラリア軍によって撮影された東京や呉の街並みや人々、約100点。なかなかのボリュームと内容で大変勉強になりました。
特にオーストラリア兵士たちと子どもたちの交流の写真がたくさんあり、印象に残りましたね。ある程度プロパガンダ的な意味もあったとは思いますが、それでも子どもたちの生き生きとした笑顔には、戦争が終わった安堵、そして復興に向けての希望が読み取れます。
子どもにかぎらず、当時の日本人たちは鬼畜とまで言っていた敵国に対して、(語弊はありますが)本当に手のひらを返したようにフレンドリーになっていきました。
ウチの父は終戦時14歳。母9歳。食べ盛りの子どもでした。両親に聞くと、とにかく終戦の日には「絶対に仕返ししてやる」と思ったそうですが、すぐにそれまで教育されていた価値観がひっくり返って、逆に進駐軍の言うことの方が正しいと信じるようになったと言います。
そして、なにしろ戦後すぐの頃が一番ひもじかったと。そんな時に笑顔で食べ物をくれる進駐軍は、敵どころか神様のように感じたそうです。たしかに飢えている時に食べ物を恵んでくれる人はいい人に決まっていますよね。
連合国側も日本人の性質をよく研究した上で、そのような懐柔的な占領政策をとったのでしょう。
それもまた私の言う「国譲り」の知恵であったとも言えます。これはもう日本人の理屈を超えた本能ですね。
少し前まで国民義勇隊として総玉砕をも辞さない狼たちが、急に平和的で従順な羊になってしまう。これはすごい能力ですよ。よく言えば素直。悪く言えば単純…なのかな。
大空襲で焼け野原になった東京もそうですが、原爆を落とされた広島に隣接する呉も、9月には非常にフレンドリーな感じになっていました。
大人もまるで子どものような目をしている。そしてたくましく生きている。写真を撮った兵士もきっと純粋に心和む瞬間を捉えようとしたのではないでしょうか。
この特別展、5月10日まで続きますので、お近くを通りかかったらぜひご覧ください。無料です。
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