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2015.03.31

5弦ヴィオラ

 5月30日土曜日に横浜の開港記念会館にて、恒例のコンサートを行います。
 「バッハとテレマンの協奏曲」。今回もまたまた魅力的なプログラムです。こちらをご覧ください。
 そうそうたるソリストの皆さんに囲まれて、このたびワタクシは恐れ多くもブランデンブルク協奏曲第6番のソロを担当させていただきます。
 その際、使う楽器がこちらの5弦ヴィオラです。

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 実はこの2月の同団体のコンサートでもこの楽器を使いましたので、5月がデビュー戦ではありません。
 ただ、2月の時は、「viola」という楽器指定のパートをこの楽器で弾いたので、ある意味邪道だったかもしれません。
 今回のブラ6は、一般的には普通の「viola」で演奏しますが、実はバッハ自身の指定は「viola da braccio」なんですよね。あえてそう書いてある。
 これは合奏隊にヴィオラ・ダ・ガンバが使われているので、それとの関係であえて「ブラッチョ」という言葉を付したのだと解釈されてきました。「足」に対して「肩」ということですね。
 本当にそうなのでしょうか。バロック時代にあえて「viola da braccio」と言うというのは非常に珍しい。一般的にはもう少し前の時代、まだヴァイオリン属の楽器の形や調弦、演奏法が確立していない頃にあった多様な「ヴァイオリン風」な楽器のことを指しているようです。
 ちなみに「viola da braccio」で画像検索すると、このようにになります。
 どう見ても「普通の」ヴィオラはありませんよね。
 そう考えると、この曲が普通のヴィオラで演奏されてきたこと自体、実は怪しいことになってきます。たまたま、現在のヴィオラでも演奏できる音域だからという理由だけで、誰も不審に思わなかったのか…。
 いや、実は私と同じように疑った人もたくさんいます(当たり前です)。しかし、なかなか結論に至らなかった。もちろん、私も絶対的な結論を導けずにいます。
 ただ、この曲を演奏したことがある方にはお分かりと思いますが、1stヴィオラのパートは、まあまあ音域が高く、また、普通のヴィオラでは効果的ではない音列があるのです。
 たとえば、この部分です。
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 1段目の最後の小節からのパッセージ。いかにも「ブラッチョ」的な動きの部分です。ここの連続する「d」の音が開放弦だったらいいのになあ…と思うのは私だけではないでしょう。
 これが「普通のヴィオラ」ではなくて、多弦の、たとえばヴィオラ・ダモーレのように6弦とか7弦とかだったら、最高弦が「d」ということも充分ありえます。
Th__20150401_19_08_16 というわけで、今回は私は「普通のようで普通でないヴィオラ」で演奏することにしました。5弦のヴィオラ。下4弦は普通のヴィオラの調弦。最高弦(5弦目)が「d」です。
 これで試しに弾いてみたら、なんかとってもいい響きになったんですよ。私は確信しましたね。これは間違いなく高い「d」線を持つ多弦ヴィオラで演奏されたに違いないと。
 というわけで、その響きをお聴きになりたい方はぜひ会場においでください。もしかすると世界初、いやいやバッハの時代以来初めての試みかもしれませんよ。
 ちなみにこの楽器、いつもお世話になっているバイオリンJPさんで購入しました。安いのにとてもいい作りの楽器です。


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2015.03.30

『心配事の9割は起こらない』 枡野俊明 (三笠書房)

減らす、手放す、忘れる「禅の教え」
Z には興味があります。働いている学校が禅宗のお寺を母体としていますし、禅僧の方とのおつきあいも多いもので。
 だいたい、私自身が「坊主(頭)」ですので、特にホンモノのお坊さんからはホンモノのお坊さんだと思われる傾向があります(笑)。ニセモノなんですがね。
 ということで、この本の内容も、日常的に触れているものがほとんどでした。
 減らす、手放す、忘れる…これは先日書いた「空っぽ」の吸引力のことですよね。しかし、これがなかなかできません。
 そう、野狐禅の私としては、禅の思想についてはたしかにいろいろ知っているつもりになっていますが、実行できているかというと、まあほとんどノーですね。
 だいたい冒頭の「莫妄想」からして全然ダメです。なにしろ「妄想実現党」党首ですから(笑)。
 よく言われる、「今」を大切に、未来や過去に執着を持つなというのも、妄想派からすると難しい。ほら、私は「時間は未来から過去へと流れている」派でもあるじゃないですか。未来に対していい妄想をすると、それが実現する、悪い妄想をするとそれも実現するという考え方です。
 そうそう、心配事は1割でも起きたらいやですけど、良い妄想のうち1割起きればラッキーですよね(笑)。
 ま、そんなこと言う時点で、根本からブッダの発想と異なってしまっているわけです。
 この本のタイトルの「心配事」とはまさに「未来に対する悪い妄想」です。だから、この本のように「莫妄想」を唱えるのもいいのですが、私はより積極的に「心配事なんかしないで、なんとかなる、いいことがあると妄想せよ」と言うわけです。
 私はブッダの哲学、あるいは禅の思想というものについて、その価値や実利についても、たしかに究極の理想だと思いますが、しかし、実際この二千年以上の間、それがなかなか万人において、いやほんの一部においてもなかなか実現してこなっかたという現実もしっかり見たいのです。
 それは、他の宗教や哲学や思想についても同じことが言えます。では、現実的に、今の人類のレベルでどうすればいいのかを考えたい。
 共産主義と一緒です。理想は理想でいつまでも遠未来的には掲げていなければならない。しかし、近未来的にはより実際的な方法も考えなければならない。一歩一歩進化していきたいですよね。
 というか、私自身は私自身の脳ミソでしか自分や世の中を見られないので、私にとっての現在の理想は「妄想実現党」なのです。
 原因を断ってしまえというのは、たしかに究極の解決策ですが、そうは簡単にいかないのは歴史が証明しています。それどころか、時代の流れは、その原因をより増大させる方向に動いていますからね。
 実は私の考えは日本の神道の発想からヒントを得ているのですが、そういう意味では、聖徳太子が神道を近未来的な手段にしながら、仏教を遠未来的な理想としたのに近いかもしれませんね。
 いずれにせよ、そうした理想を抱くことは非常に大切なことです。すなわち、この本にも大いなる価値があるということです。
 特に遠未来を近未来、あるいは「今」に引きつけて実行する技術はたくさん書かれていますからね。それをどう継続するかが、我々のみならずお坊さんたちの課題でもあるのですが(苦笑)。
 あっそうそう、帯には「他人の価値観に振り回されないように」とありますが、目次も本文の章題も「価値感」となっていて残念でありました。
 
Amazon 心配事の9割は起こらない

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2015.03.29

「怨親平等」…松井石根さんの思い(興亜観音にて)

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 日は不思議なお導きをいただき、歴史の真実を垣間見させていただきました。
 後人の解釈する「歴史」には唯一の真実はありません。それはあくまで個人による過去の解釈に過ぎません。
 しかし、私は信じるのです。記録(コト)ではなく、何か(モノ)がその真実を伝えることがあると。
 私は学者でもなく、かと言って霊能者でもないわけですが、しかし、どちらかというとコトよりもモノでコミュニケーションするのが得意な方です。
 今日はまさにそういうモノとの交流をさせていただき、根拠の無い確信を抱くに至りました。
 朝からどうもうずうずしていたのです。どうにも落ち着かず、親族でホテルのバイキング朝食を楽しんでいる時から、何モノかに呼ばれているような気がしまして、不自然なほどにホテルの目の前にある興亜観音に参拝したい気分にかられました。
 興亜観音については、昨年5月同じホテルに泊まった時に初めて参拝しました。全くの偶然でした。その時のことはこちらに書いてあります。興亜観音についてご存知ない方は、ぜひその記事をお読みください。ここでは繰り返しません。
 結局、不審な顔をされつつ、一人ホテルを飛び出して伊豆の鳴沢山の急坂を急ぎ足で登りました。
 そして、ようやく興亜観音像の前にたどりつき、手を合わせたところ、背後に人の気配を感じましたので、振り返りますと、そこには一人の尼さんが。
 そう、その方は興亜観音のご住職さまだったのです。全く素晴らしいタイミングでした。ちょうどご住職さまは朝のお勤めをされていたところでした(今日は所用でいつもより遅い時間になったとのこと)。
 もちろん他には誰もいません。私とご住職さま二人、いや、そこには松井石根さんもおられたのかもしれません、そこから実に濃密な歴史が共有されました。
 いつもは閉まっている本堂にお招きいただき、ともに読経、回向をすませ、数々の松井さんの遺品、またゆかりの作品などに触れさせていただきました。正直全く予想外の展開。
 怨親平等…松井さんの思い、願い、志をたっぷりうかがった(感じた)のち、思わず私の考え、夢も語らせていただきました。なるほど、私の今考えて行動していることは、松井さんの遺されたモノとつながっている…そう確信しました。
 また非常に不思議なタイミングのこともありました。今日は甲子園で静高がサヨナラ負けを喫してしまったのですが、その静高の先輩である水島総さんが、昨日ちょうど「【衝撃!証言】南京大虐殺は無かった!『南京の真実・第二部』製作へ」という非常に重要な番組を発信したところでした。
 私はいまだ南京大虐殺については結論を出していませんが、しかし、しっかりいろいろなコトやモノから目をそらさず、また偏ったプロパガンダには迷わされず、自分の感性で付き合っていこうと思っています。
 特に私の得意とする「モノ(霊)」的な世界からの直観を大切にしたい。コトとしての情報を極めつつ、最後は直観によって判断しようと思っています。それはすなわち「一つの結論」「一つの真実」に帰着しえないということです。なにしろ、真実とはそれに関わった無数の人々の多様な思いの集合体なのですから。
 そういうプロセスの中で、私は水島先輩のなさっていることにも大きな価値を認めています。今日もご住職さまから、水島さんが興亜観音にも何度も取材にいらっしゃっているとのお話をうかがいました。
 昨日の番組がさっそくYoutubeにアップされています。皆さんもぜひご覧ください。そして、また、ぜひ興亜観音を参拝され、この番組の中でも何度も言及されている松井石根さんの思いや振る舞いを、直接感じていいただきたい。心からそう思います。

 水島さんの「南京の真実」第一部「七人の『死刑囚』」特別編集版も最近放映されましたので、それもまたぜひご覧ください。松井さんのこと、そして興亜観音のことが、本当によく分かる映画であると思います。


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2015.03.28

伊豆山神社とその祭神について

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 ろいろなお祝いが重なり、親族で熱海に来ております。
 今日は初めて伊豆山神社を参拝。なかなか面白い神社ですね。
 神社と言っても、かなり修験道、すなわち縄文系の山岳信仰や密教の匂いが強く感じられました。
 感じたり、考えたりすること多々ありましたが、今日は主に祭神について書きたいと思います。
 祭神の中心に坐すのは「正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊」。伊豆神、伊豆の大神と呼ばれている神様です。
 解説板によると「まさやあかつかつはやひあめのおしほみみのみこと」と訓み、次のような意味があるとのこと。

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 天忍穂耳命は記紀にも登場する神様です。分かりやすく言えば、アマテラスの長男であり、ニニギのお父さん。奥さんがヨロヅハタトヨアキツシヒメで、ここ伊豆山神社ではその奥さんと息子も祭神として祀られています。
 私が興味を持つのは、出雲の国譲りと天孫降臨の神話におけるアメノオシホミミのポジションです。
 アメノオシホミミは国譲りの際にはお母さんのアマテラスの命を受けいったん中つ国に下りますが、途中で引き返してきてしまいます。のちに代役のタケミナカタの活躍で国譲りが成ってから、再び降臨の命を受けますが、この大役もまた息子のニニギに譲ってしまいます。
 なんとも、中途半端というか、人任せなところのある神様なんですね。しかし、名前には「勝」という文字が二度(古事記では三度)出てくる。面白いですよね。
 ここで思い出すのは、この神名からとった「正勝」「吾勝」「勝速日」という言葉を、その奥義に据えた合気道開祖植芝盛平のことです。
 ここ熱海、伊豆のあたりは、実は出口王仁三郎ともゆかりの深い土地です。そんな関係から世界救世教やら生長の家やら真光やらの聖地となっているのでしょうし、植芝盛平も伊豆山神社の祭神を重視したのでしょうね。
 たしかにアメノオシホミミのふるまいは、「戦わずして勝つ」、あるいは「勝ちを譲る」というような感じがします。ずるいというよりは、ちょっとした賢さを感じさせますよね。
 さらに「速日」という言葉も気になります。そう、「和魂(にぎみたま)」の象徴とも言える饒速日(ニギハヤヒ)や、タケミカヅチの祖とも言われる甕速日(ミカハヤヒ)にも共通する言葉です。
 私たちはつい「速日」という漢字につられがちですけれども、私の考えでは「ハヤ」は「はゆ」、すなわち「生ゆ」「栄ゆ」「映ゆ」であり、分かりやすく言うと「お囃子」とか「囃し立てる」の「ハヤシ」の「ハヤ」と同じように「勢いづく」というような意味です。また、「ヒ」は「霊」であり、つまり「ハヤヒ」とは「生命力に満ち溢れる」という意味の言葉なのです。
 アメノオシホミミの神話におけるポジションやふるまいには、私が最近提唱している「国譲り」という積極的な「負けて勝つ智恵」についてのヒントが感じられます。
 かつて島だった伊豆半島が北上して日本列島に衝突し、その衝撃(摩擦熱)がいまだに残って、箱根や熱海などの温泉街や宗教的聖地、そして美しい景観を生み出しました。
 そういう意味では「荒魂(あらみたま)」が鎮められて「和魂(にぎみたま)」が現出していると言ってよいでしょう。
 そんな地にアメノオシホミミが静かに勝ち誇っている、静かに燃えているというのは、実に面白いことですね。

伊豆山神社公式
 

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2015.03.27

静岡高校校歌

Pk2015032802100035_size0 の選抜甲子園。今日は母校の静岡高校が2勝目をあげ、ベスト8進出を決めました。春のベスト8進出は50年ぶりだとか。そうか、私が0歳の時か(笑)。
 ちなみに私が在学中は3年生の時に夏の甲子園に連れて行ってもらいました。優勝した池田高校に負けて1回戦敗退でしたが、本当にいい思い出を作ってもらいました。
 予選、甲子園への道中、応援秘話、帰り道、そしてその後教員になってからの不思議な縁など、語ることはたくさんありますが、それはまたいつかということで、今日は久々に聞いた静高の校歌について書きます。
 静高出身者の方はよくご存知と思いますが、戦後、生徒たちは校歌の1番しか歌いません。というか、1番しかないと思っていた人も多いのではないでしょうか。
 私は、たまたま父も旧制静岡中学出身だったので、「実は4番まである」ということを聞かされていました。しかし、今考えてみると、父が2番以降を歌ったのを聞いたことがありません。父はどちらかというと「歌いたくない派」だったのでしょう。
 さて、その歌われなくなった、あるいは歌えなくなった、2番以降の歌詞はいったいどんなものなのでしょうか。ネットにあったので、コピペいたします。

一、 岳南健児 一千の  理想は高し 富士の山
   八面玲瓏 白雪の  清きは我等の 心なり
 
二、 至誠を色に 表はせる  唐紅の 旗幟(はたじるし)
   義勇奉公 四つの文字  掲げて共に 進むべし
  
三、 龍爪山の 木枯に  青葉が岡の 夏の日に
   身心鍛ふ 大丈夫  文武の道を 励めいざ
 
四、 御國の柱 礎と  なりし祖先(みおや)の 後継ぎて
   大現神(おおあきつかみ) 天皇(すめらぎ)の  御稜威(みいつ)を四方(よも)に 輝かせ

 むむむ、なかなか素晴らしい歌詞ですね(笑)。特に3番は全然「大丈夫」ですよね。
 作詞は日本近代の唱歌の歴史を語る際の最重要人物、吉丸一昌。「早春賦」の作詞者です。
 2番は現代的には△。4番は×でしょう。細かく論評したいところですが、今日はやめておきます。
 作曲はまたすごい。島崎赤太郎。日本で初めて本格的なフーガを作曲した人です。ドイツ留学でバッハ(当時はバハ)の研究にいそしんだオルガニストでもあります。
 日本の古楽受容史における最重要人物。バッハのオルガン曲を多数演奏して紹介した功績は大です。また、対位法や和声法の本やオルガンの教則本もいろいろと書いているようです(オルガン教則本デジタルライブラリー)。
 そんな、西洋音楽に精通していた島崎でありますが、唱歌、校歌その他、日本的な旋律もたくみに作る才能を持っていました。まあ、この近代における「日本的なるもの」は決して真に伝統的とは言えないのですがね。和洋折衷の時代ですので。
 この静高の校歌は、やはり近代に作られた、そして流行した「校歌」のスタイル(コード進行など)に則った作りになっています。というか、そのスタイル自体、島崎が作ったとも言えるのかもしれませんね。
 制定は1916年。大正5年。ということは、来年制定100年なんですね。これを機に私も4番までしっかり覚えて歌えるようにしようかな、などと思っているところです。
 最後にYoutubeにあった音源を貼り付けておきます。1回戦突破の時の動画です。いい曲ですよね。青春時代の苦い思い出がたくさん蘇ります(笑)。

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2015.03.26

「空っぽ」の吸引力

Th_img_6386 心寺でのお話その二。
 開山堂を拝観した私たちは続いて「微妙殿」へ。布教師によるご法話を頂戴いたしました。
 これがとてもいいお話でして、まさにすんなりと心に収まったのであります。
 まずは「仏心」のお話。私たち衆生にも全て仏心は備わっている。ただ、それが、富士が雲に隠れるがごとく見えなくなっているだけ。本当はそこにあるのだと。
 そして、「仏心」とは「智慧と慈悲」であると。そうですね。
 「智慧」とは「素直に感じる心」、「慈悲」とは「他者を自分のように大切にする心」だとのこと。納得ですね。
 まあ、ここまでは、仏教をかじったことのある方なら、よく聞くお話ではないでしょうか。中学生たちにとってもきっと納得できる内容だったと思います。
 私が非常に関心したというか得心したのは、その次に語られた「座禅」の目的のお話でした。なるほどと思いました。
 「空」を観ずると言ってもなかなか難しいですよね。それをその布教師の方は「空っぽ」という身近な言葉を使ってとっても上手に表現されていました。
 「頭も空っぽ、腹の空っぽ、心も空っぽにする。すると、外からすんなり入ってくる」
 たしかに、現代人と言わず、人間はずっとずっと「頭いっぱい、腹いっぱい、心いっぱい」にすることばかりに執心してきましたよね。近代化とはすなわちそういうことだったと思います。
 しかし、私たちはついつい「いっぱいいっぱい」にもなりがちです。ある種の豊かさを求め続けているうちに、いつのまにか、「いっぱいいっぱい」になってしまって余計に苦しくなってしまう。
 いつかどこかでリセットしなければ、あるいはせめて整理整頓して「空っぽ」の部分を作らねばなりません。
 その一つの方法が「座禅」であり、体(姿勢)と息(呼吸)を調えて、結果として心も調えられる。すると、そこに「素直な智慧」や「慈悲の余裕」も生まれるわけですね。
 おそらく人間の「いっぱいいっぱい」感というのは、現代に近づくほど大きくなってきたわけではなく、私たちは古代からずっと同じくらい「いっぱいいっぱい」だったのではないでしょうか。
 座禅はメディテーション(瞑想)よりも積極的な意味があるのかなとも思いました。すなわち、瞑想は心を落ち着ける「ゼロ」を目指すのですが、座禅はそれ以上に吸引力のある、ある意味「マイナス」を目指しているのではないかと。
 「空」というのは「ゼロ」でもないし、Emptyとも違う。もっと積極的に他者になりきる力を蔵する境地なのではないでしょうか。
 昨日の記事の続きで言うならば、モノの本質がそこにあるのだとも思います。モノはあらゆる可能性を持っています。コトは情報ですから不変です。
 実際、このご法話を拝聴してからの座禅の時間には、あちらからやってくるひらめきのようなモノがあったような気がします。
 そう、物体とか非人間という意味ではなく「モノになりきる」というのが座禅の妙道のように感じたのです。
 もちろん私はエセ坊主ですから偉そうなことは言えませんが、しかし、昨日書いた「思いの蓄積」が「ウツワ」になった自分の中に、すっと流れ込んできたような感覚をつかんだのは事実です。
 本当にありがたいお話でありました。

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2015.03.25

妙心寺開山堂にて…

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 学旅行3日目のことです。
 我が校の修学旅行の目的の一つは、本山である妙心寺に参拝することです。
 今年も特別参拝という形で、普段一般の人どころかお坊さんもなかなか入れない所にも案内いただきました。
 特に開山堂(微笑庵)には格別の緊張感があります。今回堂内で私たちの般若心経諷誦の先導をしてくださった若いお坊さんも、あまりの緊張から頭が真っ白になり、いつも当たり前に唱えている回向がわからなくなってしまったとのこと。
 それはそうです。開山無相大師さまから650年にわたり、数えきれない数のお坊さんが、正式に住職になるための最終問答をしてきた聖なる場所ですからね。
 私もここのところ、不思議なところで無相大師すなわち関山慧玄さんとご縁がありますので(こちらの記事参照)、いつもと違う精神状態になっていました。
 歴史の重みというのはなんとも言えないモノです。
 しかし、このモノも知識がなければここまで感じることはないはずです。すなわち、生徒よりは私、私よりは案内してくださったお坊さん、というように、知識や経験(コト)の蓄積量によって、モノの感じ方は違ってくるということです。
 もちろん、単純にモノとコトとが比例関係にあるというのではありません。皆さんも直感できると思いますが、コトによってモノの感知が阻害されることもありますよね。知識が邪魔をするというやつです。
 しかし、やはりモノの真髄(マコト)に迫ろうとしてコトを窮めていくと、究極的にそのモノに近づくことができるというのはあると思います。
 私が時々言う「コトを窮めてモノに至る」というのは、そういう意味です。日本の宗教観、特に禅宗、あるいは職人の道や武士道などもそういうところがあります。
 あるいは、モノがコトを包含するとも言えます。歴史の重みというのは、つまりそういうふうにモノがコトを吸収して保存しているということにもなるでしょう。
 この開山堂で言えば、開山さまの思いはもちろん、その後の無数の僧侶の思い、それらが事実(歴史)として蓄積しているわけです。
 モノづくりをしている人、たとえばこの開山堂(もともと東福寺の堂宇だったそうですが)を建てた人も、そういう歴史の重みに耐えうる作品を作ったのでしょう。
 それは、上にリンクした富士吉田は明見にある開山さまの墓とされる石像を作った(作ったしまった?)田舎の無名の誰かにおいても同じでしょう。その次元やレベルは違えども。

妙心寺公式より開山堂

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2015.03.24

松尾大社と月讀神社

 学旅行最終日。金閣寺と嵐山散策です。
 嵐山散策の際、私はちょっと足を伸ばして、松尾大社と月読神社をお参りしてきました。
 松尾大社は秦氏の信仰を集めた神社。また、お酒の神社としても有名です。
 秦氏と言えば、富士山にも縁が深い。徐福や羽田氏、また能や鉱山開発などにも関わってきます。
 この辺のことについて書き始めると長くなるので、今回は写真のみ。また機会を見て記事を書きますね。

 松尾大社の大鳥居。
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 拝殿と本殿。
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 本殿裏の岩自体が信仰の対象のようです。力があります。
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 お酒いっぱい(笑)。
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 松尾大社の摂社である月讀神社。
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 拝殿。
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 ここにも聖徳太子の影が。
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2015.03.23

京都の諏訪信仰

 学旅行3日目。今回の個人的大収穫は、意外にも宿の近くにありました。
 昨年、一昨年は、すぐ近くの聖徳太子ゆかりの六角堂を参拝しました。今年はなんとなくその六角堂の辻を下ってみたんですね。そうしたら、いきなりマンションの工事現場に意外な文字が!

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 「御射山」!わ〜お!まさか京都のど真ん中で「みさやま」に出会うとは思わなかった。いや、これは「みさやま」と読むかどうか分からんぞ…と思いつつ、さらに道を下ると左側にまずはこのような看板が。

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 そこに、決定的な証拠が(笑)。

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 あらら、宿の方がおっしゃった広域避難場所ってこの「みさやま公園」だったのか…。
 さらにさらに、向かい側を見ると、このようなお店が。もう決定的ですね。

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 ということで、さっそく宿に帰りまして、とってもお美しい若女将に聞いてみました。あの辺りを「みさやま」って言うんですかと。
 すると、たしかにそのように言うけれども、その由来などは知らないとのことでした。まあ、そうでしょうね。
 「みさやま」と聞いて諏訪だと思うとか、あるいは「御射山」を「みさやま」と読むというのは、正直かなりマニアックな方でないと…。
 ちょうど宿の壁に古地図が貼ってありましたので、一生懸命探してみると…あったあった。「御射山丁」。

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 この地図は天保年間に作られたものです。調べたところ、もともと「すは丁」と呼ばれていたらしい。諏訪氏が住み着き、足利尊氏も信仰したという諏訪神社があったのだとか。それが祇園祭に御射山の山鉾を出したところから、のち「御射山丁」と改められたのだと。なるほど。
 現在では、その諏訪神社はありません。さらに調べてみると、どうもその社殿は現在、八坂神社の祖霊社になっているらしい。さっそく散策の時に行ってきました。

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 私の考えでは、諏訪の神は出雲の「荒魂」。現在、スサノヲに関係する八坂神社に鎮まっているというのは決して間違いではありませんね。
 さらに気になるのは、聖徳太子の六角堂のすぐ近くに諏訪氏が居住していたということです。聖徳太子は出雲の「和魂」を大切にしました。
 こうして出雲の荒魂と和魂が京都で再会したことが、富士山麓での両魂の再会と同様に、聖徳太子の力によるとすれば、これは大変な発見です(あくまで個人的には)。
 いやはや、それにしても宿の近くにこんなゾーンがあったとは。裏物部ネットワークがまた発動しましたね。


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2015.03.22

法隆寺お会式

 学旅行2日目。奈良へ移動です。
 昨年もそうでしたが、今年も「お会式」すなわち、聖徳太子の命日に当たりました。生徒たちがお祭りの屋台で楽しんでいる間、私はちょうど始まった太子講式に少し参加させていただきました。
 お会式についてはこちらをご覧ください。

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 中世以来続いているというお供物もしっかり見えました。なんとも言えない色合いとシルエットですね。たしかに朝鮮半島系の香りがしました。百済ですね。

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 そして今回非常に感動したのは、お会式の「音」世界です。
 祭壇左側から雅楽お音色が聞こえ、それに重なって経や声明が唱えられます。ちょっと珍しい組み合わせです。大陸的なもの、半島的なもの、日本的なものが融合しあい、不思議な響きを醸しておりました。
 まさに「和」ですね。聖徳太子の魂そのものの音世界だと感じました(録音してくればよかった)。
 その後中宮寺へ。法隆寺の救世観音と中宮寺の弥勒菩薩については、一昨年の記事をご覧ください。
 今年もまた、救世弥勒の到来を感じる参拝でありました。私も頑張ります。


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2015.03.21

広島平和記念公園にて

 学旅行第1日目。
 朝5時半に富士吉田を出発し、一路広島へ。
 宮島厳島神社を参拝し、広島の平和記念公園に向かいます。まずは被爆者の方の講話。このたびは、比較的遠くで原爆投下を知り、翌日姉たちを探しに広島市内を訪れた方の話をお聞きしました。
 そののち、平和記念資料館にて展示を見ます。今は大改装中ということで、いつもの半分の展示しかありませんでした。
 前にも書きましたが、この平和記念公園と資料館の設計は丹下健三です。そして、彼のデビュー作、「大東亜建設忠霊神域計画」のアイデアが戦後この公園のデザインに活かされています。
 戦中の慰霊、戦意高揚のためのデザインが、こうして平和のために自己翻案されるという皮肉。丹下はどう考えていたんでしょうか。

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 今年は初めて西側にある広島国際会議場に入ってみました。平和のための国際会議場、そして富士山麓ということになりますと、あの仲小路彰の壮大な計画とも重なって感じられますね。不思議です。
 また、今年は初めて、生徒たちに「この碑文の主語はなんだろう?」と問いかけました。いろいろな意見が出てきました。あの場でそれを語ることはけっこう勇気のいることです。

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 私の見解については昨年夏、原爆の日に書いた記事をお読みください。
 また今日は春分の日でもありました。平和記念公園を去る時、ちょうど入り口の噴水に夕日が沈もうとしていました。この夕日の向こう側に、シリアがあるのだなとふと思いました。

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2015.03.20

MacBook Pro (13-inch, Mid 2012)

20150325_131302 しいMacBookが発表されました。なかなか刺激的なモデルですね。久々にほしいなあと思いました。
 ということで、ちょうど使っていたMacBook late 2008が調子悪くなっていたので、思い切って買っちゃいました!
 な〜んて、買ったのは本当ですが、最新型のMacBookではなく、なんと中古のMacBook Proを手に入れました。
 なんでまた…いやいや、MacBookファンの方にはお分かりと思いますが、このMid 2012は、スーパードライブ搭載の最終機種なのであります。
 appleが目指すのであろうなんでも無線、クラウドの方向とは違い、私の仕事はけっこう有線、あるいはDVDに依存しています。
 実際、授業や行事やクラブのためにDVDとかCDを焼く機会がやたらあります。そうなるとやっぱり、外付けドライブではなく内蔵が便利。
 それから「有線」接続が充実しているも、このタイプの魅力です。そう、最新のMacBookはなんと、電源も含めてUSB-Cポート一つに統合されてしまっているという、まあいかにもapple的な製品でありますが、実際にはいろいろとつなげる機会が多いですよね。あそこまで思い切れません。
 教室で大型テレビにつないでプレゼンやったり、ネットにつないだりしたり、その時もマウスやiphoneをつなげたりしますからね。さすがに一つのポートではどうにもなりません。
Th_apple_15inch_macbook_pro23ghz_co このMid 2012には、MagSafe電源ポート、ギガビットEthernetポート x 1、FireWire 800ポート(最大800Mbps)x 1、USB3ポート(最大5Gbps)x 2、Thunderboltポート(最大10Gbps)x 1、ヘッドフォンポート、SDXCカードスロットが装備されています。完璧ですな(笑)。
 ディプレイがRetinaではありませんが、私は高精度のディスプレイが苦手でして(笑)、テレビもいまだにブラウン管を使っているくらいなので問題ありません。
 CPUは2.9GHzデュアルコアIntel Core i7プロセッサ。メモリは8GB、ストレージも750GB 5,400rpmハードドライブで、私にとってはこれで充分です。
 今回あるところで程度の良い中古を見つけて購入したんですが、非常にラッキーだったのは、前の持ち主さんが、Final Cut Pro X、Motion、Compressor、Logic Pro X、およびiWoks系のアプリの最新版をインストールしてくれてあったことです。これだけでも約7万円相当ですから。今まで憧れていながら手に入れられなかったアプリケーションたちです。やった〜!
 以前使っていたMacBook late 2008と外見上はほぼ一緒ですので、私が買い替えたことを周囲は気づかないでしょう。さりげなく「Pro」の文字が増えているのですが(笑)。
 ということで、さっそく快適に仕事をさせていただいております。これも出会いですね。可愛がってやろうと思います。


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2015.03.19

『Tough Speaker』(Bluetooth 防水ワイヤレススピーカー) フリーコム

 度末でドタバタしているので、軽めの記事です。
 最近買って重宝しているモノ。
 とってもカワイイBluetoothスピーカーです。授業中、iPhoneで「音」を聴かせることがけっこうあって、この前までは5年前に買ったこれを使っていたのですが、充電の端子が特殊なもので、ちょっと不便していたので、とっても安いタフスピーカーを買ってみたのです。1280円也。
Th__20150320_100445 これがカワイイだけじゃなくてなかなか有能なのです。
 まず音が予想以上に良い。音量も教室で使うには充分。すなわち、部屋や車や風呂で使うには充分すぎます。
 そう、「タフ」という意味は、全体がシリコンで覆われていて、衝撃に強く、また防水であるということなんですね。
 お風呂で使ってみましたが、あの適度なエコーのおかげもあって、実にゴージャスな感じ(笑)。BGMをかけながら、この前買った防水のkoboで読書する…リッチな時間と空間を楽しませていただきました。
 お風呂に30分つけても大丈夫なんて言われると、実際つけてみたくなるじゃないですか。もちろんやってみましたよ(笑)。
 ほら、音を出しながら沈めるとどう聞こえるのかとか、興味あるじゃないですか。
 結論。もちろん壊れはしませんでしたが、上部のプチプチの穴には水が入りますから、お湯から引き上げても、なんだかこもった音になってしまいました。まさに、プールにもぐったあと、耳に水が入ってモゴモゴという、あの感じ。
 なかなか水が抜けないのも、あの感じに似ていました。スピーカーを振ったり、叩いたりしてなんとか半分くらい。自然乾燥を待った方がいいですね。というか、わざわざ沈める必要はありませんよね(笑)。
 あと、吸盤がなかなかスグレモノで、上の動画で先にやられちゃってショックだったんですけど、私ももちろんおでこにつけて再生したり、そう、私なんか頭頂部にもしっかり付きますからね(笑)。
 いちおう写真も撮ったんですが、あまりにもおバカなので掲載しません。
 皆さんもぜひ!ww

Amazon Tough Speaker
 

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2015.03.18

『SpeedTube』

20150319_85243 近お世話になっているiphoneアプリ。
 Youtubeで討論番組や講演などを観るというか聴くことが多いワタクシ。パソコンのブラウザで視聴する時は、皆さんご存知のとおり、画面の歯車(設定)から速度を選べますよね。時間がない時には、1.5倍速をよく使います。
 でも、もうちょっと早いといいなあ、そう1.75倍とかあればいいなあと思うこともしばしば。2倍だとちょっと早すぎて聞き取れないんですよね。
 そんな時は、iphoneのこのアプリを使って視聴することにしています。このSpeedTubeは0.5から2.0倍までスライダーで速度を調整できますし、画面をある方向にスワイプすると5秒送りや5秒戻しするなど、いろいろなアクションが隠されていて便利です。いろいろな方向にスワイプして探してみてください。
 区間リピートの機能もあるので、語学学習や耳コピにも便利ですね。
 時々、英語の広告が入るのはまあしかたないですね。無料アプリなんで。
 というわけで、年度末で異常に忙しいので、今日はこれでおしまい。普段の5倍速くらいで終わりました(笑)。

SpeedTube

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2015.03.17

八紘一宇≠八紘為宇

Th_38add_1302_d1cd43b57ce95ec9de930 原じゅん子発言が物議を醸しております。
 三原じゅん子さんは私と同い年。私の世代にとっての「八紘一宇」は、なかなか微妙な存在です。
 それこそ三原じゅん子さんが3年B組だったころ、私は3年8組で、担任の先生が広島出身の左寄りの方だったものですから、「八紘一宇」はとんでもない悪い言葉であると教わりました。当時の三原さんも基本そんな感じの認識だったのでは。
 その後、私たちの世代はだいたい再発見をします。つまり、大人になって、そうした左巻きな教育空間から解き放たれると、いきなり真逆の情報が入ってくるようになるわけですね。「八紘一宇」というのはいい言葉だと。
 そんな再発見に基いて、三原じゅん子さんはブログでこのように解説しています。
 だいたい再発見には「だまされていた」的な感情が伴うものでして、結果としてその再発見の情報を強く信じ、またそれを啓蒙しようとする意識が倍増するものです。
 私も一時期そうでした。しかし、ここからが問題なのです。すなわち、再発見で終わるのか、それとも再々発見、再再再発見していけるかどうか。
 再々発見は「自分にだまされていた」と思わなければならないので、けっこう大変な作業なんです。そこに踏み込んでいけるか。人のせいにできませんからね。自己否定しなければならない。
 三原さんのブログを読むと、残念ながらそこまで行っていないような気がします。言っていることはある意味正しい部分もあるが、やはり全体としてのデザインが間違っている。
 非常に基本的なことで言うなら、「八紘一宇」は御存知の通り、国柱会の田中智学の造語ですよね。神武天皇以来とか、日本書紀に云々というのは間違いです。
 細かいことはお調べいただくとしてですね、日本書紀の神武天皇の言葉をもとに、より正確に四字熟語を作るとすれば、「八紘為宇」となるべきです。
 そこに「一」という文字を挿入したのは、いかにも田中らしい。国柱会は日蓮主義。宮沢賢治がはまったカルトです。日蓮の主義主張は解釈によっては原理主義になりがちですよね。排他的、折伏的、絶対的、一神教的になる要素があります。
 「一」という文字はくせものですね。私は「和」と「一」とは相容れないものだと思っています。
 田中がどう考えていたかは別として、当時の軍部や政府の外交方針と、日蓮的なモノが合致してまった結果、「八紘一宇」は大東亜戦争の大義となってしまいました。
 ちょっと想像力を膨らませば、神武天皇や日蓮の悲しい顔が目に浮かびます。
 彼らの本来の意図、意識を忖度して、現代に復活させる意味はもちろん大いにありますが、それよりも近過去にどのように解釈され、意図され、意識されていたかの方を優先すべきなのは言うまでもありません。ましてや政治家ならば。
 せめて、「八紘為宇」と言えばよかった。私はけっこう使いますよ、八紘為宇。私の理想でもあります。私は「和」を外国の方に説明する際、「global familism」という造語を使います。これはまさに「八紘為宇」なんですよ。一方で、八紘一宇という言葉は使わないようにしているわけです。
 まあ、こういう形で「八紘一宇」が脚光を浴び、検索ワードのトップに来たりするのは、私の国譲り理論からすると、そういう時機を迎えているということでもあります。
 たとえばこういうことがあると、学校でも「八紘一宇」の意味と価値を説明し、そこから「八紘為宇」まで話を展開できるじゃないですか。普段ぜったいそんな話できませんからね。
 そういう意味では、三原じゅん子さんGJというになるかもしれませんね。


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2015.03.16

追悼 マイク・ポーカロ

 TOTOのベーシストとして活躍したマイク・ポーカロが亡くなりました。ALSを患っていて、昨年のTOTO35周年ライヴでもメンバーがマイクを応援してくれというようなことを言っていましたね。
 マイクのベースは非常に安定感があり、それが独特のTOTOサウンドを作っていたというのも事実です。決して派手なパフォーマンスではありませんでしたが、これぞ「ベース」という重厚さの上に、矛盾するようですが、軽みとも言えるようなグルーヴ感がありました。
 上掲の動画はなんとも懐かしい1982年の武道館ライヴですね。ヤング・ミュージック・ショーの貴重な映像です。まさに乗りに乗っていた時期でしょう。
 最近のTOTOの活動についてはあまり詳しくありませんが、2004年の東京JAZZ出演の時の演奏は印象に残っています。なるほど、ジャズという範疇にも入るなと。
 ここのところ上の娘がロックのベースに興味を持ち始めています。これを機にというのもなんですが、私も一緒にTOTOでのマイクのパフォーマンスをじっくり聴き直してみようと思います。
 ご冥福をお祈りします。

 

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2015.03.15

今日の日はさようなら

 日の卒業式&謝恩会、なんとも感動的だったなあ。今年は自分の娘も卒業、それも答辞を述べる役ということで、教員として親としてしみじみと時の流れと人間の成長に感じ入りました。
 卒業生の合唱は「旅立ちの日に…」。川嶋あいさんの曲ですね。比較的新しい卒業ソングです。
 私たちの時代だと「今日の日はさようなら」でしょうか。
 この曲は金子詔一さんの作詞作曲。今では英語教育などでユニークな活動をされている方。この名曲誕生秘話は実に面白いですよ。ぜひ、こちらをお読みください。
 学生運動、内ゲバ、フォークソング、フロッギーズ。そういう時代の副産物だったわけですね。やはり、あの時代の空気になじまない人もたくさんいたのでしょう。
 いい曲ですよね。シンプルですが心にしみます。まず三拍子。近代以降唱歌や、歌謡ワルツで日本化した文化です。それまで日本には三拍子はほとんどありませんでした。よく言われるように牛(農耕)文化は二拍子(四拍子)、馬(狩猟)文化は三拍子。
 その三拍子を、西洋音楽から取り入れた日本人。そこにある種の「郷愁」を見出したわけですね。
 メロディー的にも、半音階進行がある意味異国的な情緒を醸します。「と〜もだちで〜」のところですね。
 1967年に上掲の森山良子ヴァージョンが発売されました。「恋はみずいろ」のB面です。
 1964年生まれの私としては、その後1974年に「みんなのうた」で紹介された本田路津子ヴァージョンの印象が強いですね(こちら)。
 そうそう、この曲、最近の若者たちはヱヴァンゲリヲン新劇場版:破の挿入歌としてよく知っていますよね。林原めぐみさんの歌。
 なんとも言えない残酷シーンに流れるこの純粋な歌。最初は「え〜っ?」と思いましたが、あのシーンはまさに「内ゲバ」じゃないですか(笑)。上の誕生秘話を読むと、庵野さんの選択は間違っていなかったのではないかと思いますね。
 エヴァンゲリオンって、ある意味「内ゲヴァンゲリオン」だし(笑)。「シンジ合う〜」って歌詞もあるし(笑)。

 とにかく名曲はこうして時代とともに歌い継がれ、新たな意味を与えられていくものです。


 

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2015.03.14

『レンタネコ』 荻上直子監督作品

 日は我が中学の卒業式でした。ドタバタ学年らしい最後の最後まで奇跡の連続ドラマの最終回でありました。涙、涙。なんか非日常だなあ…。
 日常の非日常ということで言えば、この映画。好きですね、こういうの。
 実は私よりも先に、この春小学校を卒業する下の娘がこれを観て、「あ〜、面白かった」と言っていたので、私も負けじと(?)観てみたのであります。
 下の娘、卒業アルバムの将来の夢に「映画製作のかかわる仕事につく」とか書いちゃう、自称映画マニアであります。
 洋画、邦画、新旧、実写アニメ問わず、なんでも面白がって観るのですが、こういうまったりした、ある意味いかにも日本映画的な映画はあまり観ていないように見えるので、どういう反応するかなと思ったら、けっこうはまっていたようです。
 ま、ウチも猫好きの多頭飼いですから、猫が画面に出てくるだけでも、ストーリーやキャストそっちのけで「可愛い〜」となってしまうクチであります。ちなみに上の娘は映画をじっくり観ることができないタチ。ドラマもダメ、小説もダメ。音楽一筋という感じ。
 そんな両親や姉とは違って、下の娘はけっこう冷静に作品を観ていました。なるほど、
もうすでに「作る側」の視点に立っているのでしょうか。
 猫も重要な登場人物(?)ということで、偶然性や他者性が強くなるじゃないですか。CGとは正反対の世界。すなわち、人間の脳内のコトではなく、不随意性のモノ世界。
 結局は、そういう意味での「非日常性」というモノに感動するというか、しみじみ涙するのが日本人なんでしょうね。
 たとえば小津安二郎の映画なんかも、特に盛り上がりもない淡々とした日常のように言われることがありますが、あれだって、どこが日常なのか。どう考えても非日常ですよね。
 コトを窮めてコトに至るのが西欧文明だとすれば、コトを窮めてモノに至るのが日本文化の特徴なのです。
 そういうモノ性の象徴が猫。犬は思い通りになるところの多いコト性の高い動物。猫は日常に寄り添ってくる非日常なんですよね。
 というわけで、実は全編観られますので、皆さんもそんな虚実皮膜の面白みを味わってみてください。監督さん自身の脚本も、そういう意味で見事ですね。役者たちも良し。猫たちはもっと良し。

Amazon レンタネコ

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2015.03.13

武蔵と遺骨

 ブヤン海に沈む戦艦武蔵の探索の様子が生中継されました。
 沈没時にかなり破壊が進んだとはいえ、70年経ってもまだ原型を残す各部位には、ある種の迫力と言いますか、殺気のようなものを感じますね。
 もう資源もなく、工員も不足していたあの当時、それでも世界一の戦艦を作ってしまう日本人の執念の恐ろしさですね。
 陸軍もかなり無謀でしたが、海軍も負けず劣らずです。ちなみに大和、武蔵に続く第三の兄弟艦信濃は、戦艦として作られ始めたにも関わらず、結局材料も部品も労働力も不足し、空母として完成を見ましたが、もうその頃には搭載すべき戦闘機は、特攻機桜花以外ほとんどない状態だったとか。なんとも哀しいですね。
 武蔵は沈没時、およそ1000人の乗組員を道連れにしたと言われています。つまり、このシブヤン海にも千柱の海没遺骨が沈んでいるということですね。
 今回の探査によって、おそらくその一部が発見されることになるでしょう。
 アレンさんは、どこかの国のクレーン船のように遺骨は無視して武蔵を鉄くずとして売り飛ばすようなことをするわけはありませんが、やはり日本人としてはご遺骨の扱いは気になるところですね。
 いずれにせよ、戦後70年の今年、海没遺骨が陽の目を見る可能性のあるこのようなニュースが飛び込んできたのは朗報と言えましょう。
 いまだ収容されていないご遺骨は100万柱以上。うち海没遺骨は30万を超えます。
 今回もアメリカの篤志家にお任せするのではなく、日本国としても武蔵の遺骨収集に乗り出してもらいたいものです。

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2015.03.12

モスの日

20150313_63924 存知の方も多いと思いますが、今日は「モスの日」。
 1972年3月12日、成増に実験店がオープンしてから43年ということになります。
 そんなお誕生日を記念して、今年は「ペチュニア」の種がプレゼントされるとのこと。地味に種を配るあたりがモスらしいですね。
 創業に際して意識したのは、もちろんマクドナルド。マックと差別化を図ることによって、結果として日本的な「品格」を持つ会社ができあがりました。
 私は言うまでもなく、マックよりモス派。と言ってもそんなにしょっちゅうお店に行くわけではありませんが。
 私とモスバーガーの関係は…あまり知られていませんが(当たり前か)意外に深いものがあります。
 今日、ウチの中学校では3年生を送る会が催されました。手前味噌になりますが、本当に笑いと涙に溢れた素晴らしい会でした。
 実は、この中学校を創立するにあたって、「モス」的なものから多くを学んだんです。
 ウチの裏がモスバーガーの保養所だということもあって、偶然ですが櫻田社長とお話させていただく機会もありました。
 また、ウチのカミさんが長いことモスバーガーの店員をやっていたこともあり、その経営理念を間接的に実感することも多くありました。
 それについては、創立前年の9月に記事として書いています(こちら)。
 「ある程度のお金を払ってでも行きたい」と思えるお店、いや学校という意味においては、創立5年経った今、半分は実現していると思いますが、まだまだ「無料店」「格安店」に負けている部分があります。
 揺るがない理念と伝統を持ちながら、時代と人を感じさせる経営。
 「人を幸せにすることによって自らも幸せになっていく」という仏教的な経営。
 MOSの語源となった、「山」「海」「太陽」への感謝と尊敬という、神道的な経営。そう、山幸、海幸、天照という感じですね。
 ウチの学校はまだ創立5年です。これからも密かにモスバーガーさんを目標に頑張っていきたいと思っています。
 ちなみにカミさんは今日、ちゃっかり「ペチュニア」の種をもらってきていました(笑)。

モスバーガー公式

 

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2015.03.11

祈り…こころを平和にする

Th_img_6170 日本大震災から4年。
 14時46分、有志の皆さん、生徒たちと一緒に鹽竈神社にて「大地讃頌」を歌いました。
 「大地讃頌」の内容と震災を結びつけるのには、私は実はあまり賛成ではありませんが(「大地讃頌」(カンタータ「土の歌」より)と封印された最終楽章参照)、そんな私情を超えて、一つの祈りの表現にはなったと思います。
 富士山を仰ぐ丘、いわゆる忠霊塔の登り口に鹽竈神社があります。新倉浅間神社の社地になぜか、鹽竈神社の分社があるんですね。言うまでもなく鹽竈神社は陸奥国一宮。どういう事情でここに鎮座しているのか、正直分かりません。
 大地讃頌を奉納したのち、生徒たちは学校へ帰り、今回の奉納の発案者でもあり、広島の原爆被爆者でもある方から、被曝講話をいただきました。3年生は再来週、修学旅行で広島を訪れるので、ちょうどいいタイミングです。
 しかし、私の中では、地震や津波、原発事故と、戦争、原水爆をごっちゃにしてしまうのは危険だなという気持ちもありました。中学生の頭の中では一緒くたになってしまうでしょうね。
 もちろん、日本人は、たとえば戦争や原発事故のような「人災」すらも、天災のようにとらえて、ある種の諦念をもって乗り越えるところがありますよね。それがいいか悪いかも難しい問題ですが、たしかにそういう文化もあります。
Th_img_6168 一方で、そういうごっちゃになった「不幸」に対して、ただ祈る、あるいはただただ反対するというような姿勢を持ちがちなのも日本人の特性だと思います。
 「祈り」と「反対」に共通する危険は、自己満足と現実逃避です。違う言い方をしますと、「祈り」も「反対」も他者にしか向かない危うさがあるんですね。
 はたして、私たちは、自分に対して祈ったり、反対したりできるのか。私はそこが人類にとっての大きな課題であると思っています。
 そういう意味では、高次元で祈り続ける天皇という存在はすごいなと改めて思った次第です。
 さて、「祈り」や「反対」を自分にも向ける方法として、一つのヒントになることがありました。
 講話の中で、被爆者の方が生徒たちに配ったプリント。そこには、谷川俊太郎の言葉が印刷されていました。これは私がいつも心がけていることですし、生徒たちに伝えていることでしたので、ここに紹介しておきます。皆さんもぜお読みください。

  こころを平和にする  谷川俊太郎
 理由もなく、戦争をするのはいいことだ、どんどん戦争をしようと考えている人はいないと思う。でも、正しい理由があれば戦争をしてもいいと考えている人は多い。相手をやっつけなければ、こっちがやっつけられてしまうから、したくないけど戦争をしているというわけだ。ぼくら人間はおおむかしからそうやって戦争をしてきた。戦争はいやだ、戦争はしたくないと思いながら。
 どうしてだろう? それは人のこころのなかに、平和がないからだとぼくは思う。平和をじぶんの外につくるものだと考えると、平和をめざして戦争をするということにもなる。じぶんのこころを平和にするのはむずかしい。でも、まず始めにこう考えてみたらどうだろう? 戦争はじぶんのこころのなかから始まると。戦争をひとのせいにしないで、じぶんのせいだと考えてみる。
 ひとをにくんだり、さべつしたり、むりに言うことをきかせようとしたり、じぶ んのこころに戦争につながる気持ちがないかどうか。じぶんの気持ちと戦争はかんけいないと考えるかもしれないが、それでは戦争はなくならない。
 まずじぶんのこころのなかで戦争をなくすこと、ぼくはそこから始めたいと思う。


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2015.03.10

東京大空襲から70年

 日は東京大空襲から70年の日。明らかに国際法違反のアメリカ軍の爆撃により、たった2時間半の間に10万人以上の一般市民(非戦闘員)が春先の強風にあおられた火炎の中で亡くなりました。投下された爆弾(焼夷弾)は38万発以上。
 今日は中学2年生にあえてこの「誇り」を見せました。第一次安倍内閣の時、問題になったアニメですね。今見てみますと、ずいぶん言葉の使い方にも気をつけており、なぜあの時、共産党さんがあんなに大騒ぎしたのか、ちょっと不思議なくらいです。靖國神社の扱いがまずかったのかなあ。

 私は単純な保守派ではありませんし、反左翼でも、また特別な愛国主義者でもありません。
 この前も書いたとおり、左右にも保革にも理解してもらえない「国譲り理論」提唱者です。それは逆説的には、絶対なる日本主義者であることと同義になるのですが、これまたなかなか理解されないところでしょう。
 そのような変わり者の私は、東京大空襲という不条理な不幸にも、一般とは少し違った意味を見出しています。
 そのことについては、今は詳しく語りませんが、私は次の動画を観て、その自分の本能的な感情や解釈はやはり間違っていないなと再確認しました。
 70年前のこの異常なる悲劇を「忘れて」、今、東京は最大の繁栄を見せ、そして2020年の第二次東京五輪へ向けて、さらなる成熟を遂げようとしています。「忘れる」ということの積極的な意味は「譲る」です。
 皆さんも、今の東京、これからの東京と、たった70年前のこの悲劇的、壊滅的な東京との、ある種の乖離の中に、どういう「日本的」な意味があるのか考えながら、あるいは感じながらこの動画をご覧ください。


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2015.03.09

細江英公「土方巽」と「鎌鼬」を語る

 日は伝説の舞踏家、土方巽の誕生日。9日生まれなので、本名は「米山九日生(くにお)」。というわけで、昨日の続きになります。羽後町を舞台とした世界的作品について。
 写真家細江英公さんが羽後町の田代地区で土方巽を撮影した「鎌鼬」。この撮影場所がなんとカミさんのお母さんの実家の前であったという衝撃の事実がわかったのは、今から7年ほど前のこと(こちら参照)。
 自分が憧れていた写真集の現場が、まさかカミさんが普通に遊んでいた田んぼだったとは…まあ、運命というのは面白いものですね。
 その「鎌鼬」について貴重な細江英公さんが貴重な証言をしている動画がありましたので、今日はそれらを紹介します。
 まずは、細江さんが澁澤龍彦について語った番組から。澁澤を語る中で避けて通れないのが土方ですよね。

 ちなみに、紹介される写真に写っている現地の人々、カミさんのご両親はほとんど全員誰か分かります。惜しむらくは本人たちが写っていないことでしょうか(笑)。
 主役級で写っている高橋市之助さんご夫婦にも会いに行きましたが(こちら参照)、近年お二人ともお亡くなりになってしまいました。
 続いて、細江さんが英語で語っている動画。英語お上手ですね。

 今年もまたこの「現場」に何度か行くことになるでしょう。そして、土方の舞踏の原点の一つである「西馬音内盆踊り」も、今年は日程的に観ることができそうです。
 「現場」に埋められているモノを感じてきたいと思います。

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2015.03.08

羽後町産 あきたこまち (はくばく)

Th_img_6151 ーカルなネタですみません。
 買い物帰りのカミさんが興奮気味に語るには…地元のスーパーでお米を買おうと思ったら、なんとカミさんの生まれ故郷の米が積んであったとのこと。秋田県雄勝郡羽後町。JAうご。
 販売は山梨の有名企業「はくばく」。山梨の人は誰でも知っています。ヴァンフォーレのスポンサーですし。「はくばく」とは「白麦」のこと。もともと麦を中心とした雑穀の会社です。いろいろなアイデア商品で売上を伸ばしている会社です。おとといもパイオニアの工場跡を買い取って大麦を増産するというニュースが流れていましたね。
 雑穀中心の商品展開なので、玄米はあれど基本白米は扱っていないイメージだったのですが、おそらくJAうごと提携したのでしょうね。ホームページにも載ってないところを見ると、山梨県内での限定販売という形のようです。
Th_img_6152 なるほど、遠い嫁ぎ先で故郷のモノに出会うと、たしかに嬉しいですよね。パッケージを裏返すと、それこそ懐かしい風景が。おお、私も何度か見たことのある景色です。
 羽後町、カミさんと結婚するまで全く知らなかった町ですが、いざ行ってみるとこれがなんとも魅力的なところでして…もちろん、風景や文化にも惚れ込みましたが、なんと言っても不思議なくらいピンポイントで私の興味の対象の聖地だったのです。
 まず最初に気づいたのは舞踏家の土方巽と羽後町の関係。それについては、ええと、こちらからいろいろご覧いただくのがいいでしょうか。ピンポイントすぎて怖いほど。
 次に、建築家白井晟一。残念ながら彼の代表作羽後病院は近年新しく建てなおされてしまいましたが、その他周辺のモノについてはこちらの記事をご覧ください。土方についても書いてありますね。
 さらに佐藤信淵。こちらち混同秘策を紹介してあります。今はまっている仲小路彰も佐藤信淵の影響を多大に受けています。大東亜共栄圏というよりも「大アジア主義」の元祖と言うべきか。もちろん、平田篤胤とは師弟関係でもあり、羽後の国出身者どうしという縁もあります。
 で、何を言いたいかといいますと、このお米をはくばくに提供しいてる「JAうご」というのが、なかなかのやり手なわけです。細かいことは抜きにしますが、JAの統廃合の際に、JAうごはJAこまちに入らず、小さな規模のまま独立してやっていく道を選びました(結果として現在秋田県内最小のJAです)。
 同じ羽後町でも山奥の軽井沢という所出身のカミさんからしますと、いわゆる新成地区や明治地区というのは、かなり進歩的なイメージがあったとか。いい意味で変わり者とでも言いましょうか。
 ほう、カミさんのひいおばあちゃんは明治地区の出身だそうです。峠二つ越えて山の中に嫁に行ったんですね。
 ちなみに佐藤信淵は新成の郡山というところの出身。そして、上で紹介した記事にもありますように、土方巽もある意味では郡山の出身と言ってよい。この、日本の文化、歴史、思想に大きな影響を与えた二人を生んだだけでも、とんでもない地域ですよね。
 実際に行ってみると、まあ、なんもない田園地帯なのですが。きっと霊的な何かが埋まっているのでしょうね。
Th_komachi_index そんなちょっと不思議な地区をまとめるJAうご。実は「萌えキャラ(美少女イラスト)」でもかなり有名です。今や全国にある(いる)萌えキャラですが、ここはかなり早い段階で導入していました。それも大御所西又葵先生によるデザイン。
 昨年新たに可愛い「秋田小町」を書いてもらったようですね。もうすでにネットでは大評判です。
 はくばくの白米は残念ながら美少女ではなく、西馬音内盆踊りのイラストでした。権利の関係があるのだとは思いますが、ぜひとも萌えキャラで販売してもらいたいものです。売上倍増間違いなしです。はくばくさんもかなり進取気質の会社ですから、ぜひ!
 あっそうそう、羽後町と言えば…みちのくプロレスでデビューした郡司歩選手。彼は西馬音内の出身でしょうか。応援しよっと。

JAうご

はくばく

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2015.03.07

第3回「月江寺学園音楽祭」

Th__20150308_95551 回で3回目となる我が学園の音楽祭がふじさんホールにて開催されました。幼稚園、中学校、高校の園児、生徒(+卒業生)、そして先生たちみんなで作る音楽祭です。
 おかげさまで大盛況のうちに終了することができました。ご来場くださった皆さま、ありがとうございました。
 一昨年末に亡くなった前理事長先生のアイデアで始まったこの音楽祭。音楽によって学園全体が一丸になるという素晴らしさがあるのはもちろん、それぞれの世代での音楽のあり方を学び合う機会にもなりますし、また、この地域の文化性向上にも多少なりとも貢献する場になっているのではないでしょうか。
 まさに音楽好きだった前理事長先生の残してくれた遺産であると思います。
 たしかに本学園は音楽教育をその特長の一つとしてきました。幼稚園の豊かな音楽教育は創立以来で、最近もディズニーランドでの演奏の機会を得るなど頑張っています。
 そして、高校の(現在では中高の)ジャズバンド部はご存知のとおり今や全国に名を馳せる名ビッグバンドです。最近発売された東京スカパラダイスオーケストラのライヴDVDにも登場してるんですよ。
Th__20150308_95605 そして中学校としては、創立以来一つの文化として定着しつつある全校合唱、そして、不肖ワタクシが指導しております弦楽合奏部も中学としては全国的に珍しい活動ではないでしょうか。
 幼稚園の年少さんから10年経つと中学生、そしてさらに5年ほど経つと大人と肩を並べる立派な高校生としてそれなりの音楽を奏でるようになります。人間の成長ってすごいなと思うとともに、そうした時期の子どもたちに関われることの喜び、そして責任の重大さを改めて痛感いたしました。
 今回もジャズ部や合唱の指導を中心に、全体のプロデュース&コーディネートをしてくださった大森先生には格別の感謝と敬意を表したいと思います。つくづく組織は人材で変わるなと思っております。
 今回、私が特に嬉しく思ったのは、中学校で築き上げた合唱の文化が、その主役であった生徒たちが高校生になることによって、高校にもしっかり浸透してきたということです。
 もう何十年も、高校で合唱や演劇などの文化活動をと思ってきましたが、なかなかそういう機運や雰囲気が生まれませんでした。やはり先生の押し付けではなく、生徒側から自然発生的にそういうムードが生まれなければダメだったのですね。
 そういう意味では、ようやく芽が出たという感じですので、これを大事に育てていくのも、我々教員の仕事なのかなと思います。やはり、先生という仕事は水をやったり、肥料をやったり、雑草を抜いたり、いわば手入れをする仕事なんだなと。当たり前ですが、主役は子どもたち。
Th__20150308_95528 さて、ワタクシ事ではありますが、今回は初めて弦楽合奏部で指揮をしました。今までは、コントラバスを弾いたりしていましたので、生徒側に立っていたんです。今回はコントラバス奏者がいるということもあって、生徒と向かい合う側になったというわけです。
 バロックアンサンブルやバンド活動をしているので、どちらかというと指揮者のない合奏に慣れているし、そうした演奏者どうしの自発性やシンクロの妙のようなモノを大事にしてきたんですが、今回振ってみて、それこそ「お手入れ」をしてあげるという意味では、中学生のシロウト集団には指揮も大切かなと思いました。
 まあ、私の指揮を見て「タコみたい」と笑ってしまったお客様も多数いたようですが、ある種大げさな表現を誘発するためには、あのくらいやらないとね(笑)。演奏している生徒には分かりやすかったと思いますよ。ああやって、音楽には呼吸とか波とか風景とかが大事だということを教えられたなら、笑われてもいいと思っております(笑…録画を見て自分でも笑ってしまった)。
Th__20150308_95623 ちなみに上の娘はジャズバンド部の中3ということで、中学生としての大きなステージはこれが最後。3年みっちりやって、まだ道半ばという、まあなんという贅沢か。ようやく折り返し地点ですからね。
 4月からは下の娘も入学ということで、家族3人でそれぞれ違ったジャンルの音楽をやることになりそうです。楽しみですし、負けないぞ!という気持ちにもなっております(笑)。
 いずれにせよ、音楽というのは本当に素晴らしい。どこかで「私たちが生まれてきたのは歌を歌うためではないか」と言ったことがありますが、今日も本当にそんな気がしました。もちろん、楽器の演奏も歌を歌うことの延長線上にありますよね。
Th_img_6135 エンディングの「月江寺学園合唱団」の「花は咲く」と「銀河鉄道999」は実に良かった。音楽によって空間と時間が一つになった瞬間。世代を超えて共有できるものがあるということ、言葉を超えて理解し合えることがあるということ。いろいろ心配の多い世の中でありますが、まだまだ人類は大丈夫だなと思いました。
 この世に音楽があって良かった。まさに「音楽なくして人生なし」。いや、「音楽があればこその人生」。いやいや、「音楽=人生」「音楽は人の天命」ですね。ありがとうございました。

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2015.03.06

本搾り(KIRIN)

Th_concept_part02 外に手に入りにくい人気商品。
 2012年に179万ケース、2013年に341万ケース、2014年に552万ケース。その割に見かけないという不思議な商品です。
 近所のコンビニなどではほとんど見かけることなく、私はとあるドラッグストアにて購入しております。
 今日も鼻炎の薬を買うついでに2本購入してきましたが、レモンしかなく、他はストックもなしとのこと。やはり売れるようですね。
 キリンさんもここまで売れるとは思っていなかったのでは。
 チューハイ市場はもう長年飽和状態でしたから、新しい商品を開発するのは難しいと言われてきました。「氷結」とか「超冷」とか「-196℃」とか、なんだか分からないけれど、冷え冷えイメージが乱発したり、アルコール度を上げる方向に行ったりと、メーカーも苦労しているなという感じがありました。
 そこに突如現れた「本搾り」。果汁とウォッカのみという、それまでとは大違いの「マイナス思考」。これが逆に新鮮だったわけですね。
 たしかに、居酒屋の生搾りレモンサワー的なシンプルさ。甘くないし、妙な香りもない。たっぷり果汁が自然な味わいで飽きが来ない。
 たしかに、レモン12%、グレープフルーツ28%、オレンジに至っては45%という高果汁度は、その数値を見るだけでも魅力的ですよね。なんとなく健康的な感じもする。
 それにしても、「チューハイ」って、もともとは「焼酎ハイボール」の略ですよね。しかし、今や焼酎で、いや焼酎を割ることはあまりありませんね。この本搾りも「ウォッカ」です。
 今年になってサントリーもこの流れに乗ったらしく、高果汁度の「こくしぼり」を発売しましたね。本搾りが手に入らない時、ためしに「こくしぼり」を買って飲んでみましたが、こちらはフツーの缶チューハイなみに甘味料やら香料やらが入っているようで、あまり新鮮な感じがしませんでした。
 やはり「本搾り」ヒットの要因は、高果汁度ではなく、無添加的な部分だったのですね。
 こういう「マイナス思考」すなわち「引き算思考」は、他のジャンルにおいてもこれから重要なポイントになってきそうですね。
 学校も案外そうかもしれません。いろいろ「付加価値」の増量に励んできましたが、実は本質に帰ることが大切なのかも。
 本搾りを飲みながらそんなことを考えました。
 リンゴやライム、その他季節限定商品なども発売されるようで、これからの展開も楽しみであります。
 そして、不思議なことですが、コンビニなどで見かけない「レア感」がまた魅力だったりするわけです。
 ちなみにネットでは普通に買えますね。
 それにしても、なんでこんな高果汁度のスピリッツが、普通のジュースより安いのでしょうね(笑)。

Amazon キリン 本搾りチューハイ グレープフルーツ 缶 350ml×24本


 

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2015.03.05

バッハ『幻想曲とフーガハ短調(BWV537)』

 朝のNHKFM「古楽の楽しみ」でバッハのオルガン曲「幻想曲とフーガハ短調」が流れました。夢見心地で聴いていたのですが、なんとも不思議なヴィジョンが脳内に展開しまして、自分でちょっと驚いてしまいました。
 この曲、私の感覚としては、バッハのオルガン曲の中でも特に「深刻」な感じのする曲です。
 いかにもバッハらしいと言えばバッハらしい。バッハらしすぎる(笑)。
 上に紹介した動画はトン・コープマンによる演奏。一番好きな演奏です。バッハの弟子のように弾きたいというコープマンらしい「生きた」演奏だと思います。昨日の話の続きで言えば何かが降りてきている、すなわち「ものまね(モノを招く)」ですね。
 この曲、幻想曲での「ため息」の音型、フーガ中間部での半音階上昇進行の第二テーマなど、キリストの受難と昇天を思わせるドラマ性があります。
 そういう意味では、楽譜に絵画性があるとも言えますね。ため息や半音階を視覚的にご覧ください。

 ドラマ性、絵画性ということで言いますと、この曲をかの(威風堂々の)エルガーがオーケストラ用に編曲してるんですよね。
 さすがこの曲を選ぶかという感じ。というか、この曲を選んだのは実はリヒャルト・シュトラウスだという話も伝わっています。なんでも、二人がランチしながら会話の中で、幻想曲をシュトラウスが、フーガをエルガーが管弦楽編曲しようということになったのだとか。
 で、エルガーは約束通りオーケストレーションしたけれども、シュトラウスは忙しかったのでしょうかね、なかなか完成させられなかった。そこで、ヒマだった(?)エルガーが幻想曲も編曲しちゃったと。
 まあ、結果としては統一のとれた作品になってよかったのでは。
 後期ロマン派らしいド派手なオーケストレーションが楽しい…いや、それがどうしてどうして、不思議とはまってるんですよね。それがこのバッハの楽曲の未来性というか普遍性なんでしょうね。
 

 映像で観ると、タンバリンが出てきちゃったり、ハープがポロロロロンと出てきたり、ちょっと笑っちゃいますが、これでも本質を全く失わないどころか、オリジナルとはまた違う魅力を醸しだしてしまうところが、さすがバッハですね。
 実際のところ、晩年のバッハが楽器の指定さえしなかったように、もうすでに物理的な楽器の制約を超えたところで、彼の音楽は鳴り響いていました。
 エルガーやシュトラウスの時代、肥大化した管弦楽曲のカウンターで「Back to Bach」が標榜され、新古典主義が流行の兆しを見せていましたけれども、皮肉なことに、BachにBackするということは、「Back to the future」だったわけです。
 おそるべし大バッハ(大小川?)。バッハは未来にいたとなると、音楽の父ではなくて、音楽の…ん?いったいどうなるのてしょう(笑)。まあ、「神」と言っておけばいいのでしょうね。

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2015.03.04

なぜ売れる?どう売る?ジャパネット高田氏 (BSフジ プライムニュース)

Th__20150305_84953 ライムニュースのネタが続きます。
 今日はジャパネットたかたの社長を退任した高田氏がゲスト。カリスマ経営者の言葉は心に響きますね。
 私は経営者ではありませんが、人の上に立つ年齢にもなってきましたので、こういう方々の生き様はとても参考になります。
 一方で、たとえばそういうカリスマたちの言葉というのは、こうしてインタビューになったり、本になったりいろいろ発信され、たくさんの人たちが納得し感動しますが、なかなか凡人がマネしようと思ってもできない。
 それは、カリスマにはある種の宗教性があるからです。脳の機能が違うのです。
 今回の高田さんの話で象徴的だったのは、世阿弥の風姿花伝から「離見の見」を引用したところでしょうか。
 私も風姿花伝は大好きでよく読み返しており、理屈では「離見の見」についても、あるいはその延長線上にある「ものまね」についても、自分なりの解釈ができていると自負しています(「ものまね」についての「我見」についてはこちらこちらをご覧ください)。
 高田さんのプレゼンテーション論は、ある意味では「演技」の基本や本質を表していますね。やはり、なりきらねば伝わらない。離見の見、すなわちお客様の視点と同化しなければウソになる。
 これはほとんど仏教的な境地です。私の言う「コトよりモノ」の境地と言ってもいい。
 古来、カリスマたちは、間違いなく「自他不二」の境地を獲得していました。それができるかできないかが、彼らと我らを画する決定的な違いと言ってもよい。
 音楽家もそうですね。もちろん教育者もそうです。そういう意味で、私はその境地を目指して精進しているつもりですが、まだまだ「我見」が強くてダメ。残念です。
 これから10日間はハイライトムービーを観ることができます。ぜひご覧ください。ちょっとテンションの低い、「ものまね」前の高田さんを堪能できます(それでも時々何かが降りてくる)。
 10日経つとテキストアーカイブで読むことができますが、やっぱり生の高田さんの言霊がいいですね。ここでも「コトよりモノ」ということです。


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2015.03.03

検証“戦争の終え方”70年談話のあり方とは(BSフジ プライムニュース)

Th_150303b_gvbgju4aauzxy 日に続き、プライムニュースを観ていただきましょう。興味深い内容です。
 ハイライトムービーでは紹介されていませんが、冒頭で「武蔵」発見の話題が紹介され、半藤さんも「間違いないでしょう」とおっしゃっていました。
 戦後70年のこの年に、日本海軍最強の戦艦武蔵が「再浮上」したことは、大変象徴的なことであります。
 それも、マイクロソフト創業者ボール・アレンの「趣味」によって発見されたわけですからね。なんとも不思議な物語であります。
 元戦艦マニア少年であった私は密かに大興奮。そして、半藤さんの「摩耶」「高雄」「愛宕」といった言葉に反応したのは、艦これファンの娘たちという、これまたなんとも言えない70年の歴史の厚みとある種の軽みを感じないわけにはいかない状況…(苦笑)。
 まあ、とにかくですね、私はそういう「日本」が好きなのです。右にも左にも怒られるか笑われる、私の「国譲り理論」こそが、私にとっては「正しい歴史認識」なのです。
 宇宙人の言うことだから気にしないでくださいね(笑)。たとえば「自虐史観」と言われるものは、これこそまさに「国譲り」の産物です。宇宙人からしますと、それは「自虐」ではなく、「人の悪口は言わない」史観なのであります。そして、それこそ日本人らしさであると。
 私は、今日のゲスト加藤陽子先生とも、また、その恩師であってある意味正反対の立場である伊藤隆先生ともお話させていただいたことがありますが、お二人にも失礼ながら宇宙人的お考えはないようでした(当たり前か)。
Th__20150304_81411 そういう意味で、私が「安倍談話」に望むものは、おそらく一般の方々とは違います。
 もちろん、私のような一介の「市井の宇宙人」(?)の意見が、安倍総理に影響を与えるとは思えないでしょうけれども、しかし、一方で宇宙人には宇宙人なりの戦略があります(笑)。
 というか、宇宙人にも人間以上に優劣の差がありまして(格差宇宙です)、たとえば私には天才宇宙人たる出口王仁三郎や仲小路彰という先達がいるんですね。
 宇宙的な視点で地球の歴史を俯瞰するという方法を教えていただきながら、在野の宇宙人(笑)はちょっと頑張ってみたりするわけです。
 と、番組の内容からかなり逸脱した話になってしまいましたが、とにかく私はこのお二人のお話を聴きながら、そんなことを考えたのでありました。おそらくは「霊界(宇宙)」と交信していたのでしょう(笑)。
 つくづく危ない先生ですね。
 いやいや、たとえば歴史教育や日本語教育における「自虐性」というのは、実際のところ日本人の「人の悪口は言わない」という本質、あるいは日本という国の国柄をしっかり伝えるという意味では、かなりしっかり機能していると思うのです。
 ただそれが現在の国際社会において通用するかどうかは別問題。それが難しいところです。つくづく世界中が日本になればいいのにな思われます…というとますます過激な印象を与えてしまいますね(苦笑)。
 「和」「八紘為宇」「世界は一家、人類は皆兄弟」「グローバル・ファミリズム」…いろいろ言い方はありますが、究極的には目指すところは一つに見えます。宇宙人からしますと。

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2015.03.02

日本は韓国とどう向き合うべきか(BSフジ プライムニュース)

アジア外交の“迷路”日本と韓国と戦後70年 朴大統領演説の波紋は
Th__20150303_83423 日、日韓関係について書きましたが、今日のプライムニュースでもその話題が取り上げられました。
 大変面白い内容だったので、皆さんともシェアしたいと思います。
 今後10日間はダイジェスト動画を観ることができます。その後は、テキストアーカイブで読むことができます。
 このように動画だけではなくテキスト化するというのは素晴らしいですね。このプライムニュースでは非常に重要な議論、発言が発信されますからね。
 さて、今回のゲストは、上智大学名誉教授の渡部昇一さんと、京都大学大学院教授の小倉紀蔵さん。舌鋒鋭い保守の論客と、穏健な中立派ということで、もしかすると軽く衝突するのかもと期待(?)しながら観ましたが、案外うまくまとまっていましたね(笑)。
 客観的に自分を見るに、私はおそらくお二人の間くらいのスタンスですから、気持よくお二人の意見を聞くことができました。
 まあ、保守バリバリの渡部さんの意見は、ある意味非常に真っ当であり、歴史的な事実のある側面を正確に捉えたものですよね。それについてはなかなか否定できない。
 しかし、それを「歴史の多様性、複雑さ」という上手な言葉を使って、ある意味では学問的であるというよりも「文化的」にとりまとめていく、小倉さんの「言向け和し力」に感心いたしました。
 実際、日本と韓国の大きな違いというのは、「和」の精神の有無であると思います。それが小倉さんの言う「成熟度」にも関わってきていると思うわけですね。「和」は「和え物(あえもの)」のイメージで考えると分かりやすい。発酵食品は全て和え物ですからね。
 発酵食品と言えば、キムチも代表的な発酵食品。そして、今の赤いキムチは、南蛮貿易で九州に伝わった唐辛子があって初めて生まれました。
 いや、だからといって、「キムチは日本発祥だ!」なんて、どこかの国のようなことは言いません(笑)。唐辛子自体が中南米産ですし。
 ま、文化というのは、たとえばそのように複雑で多様的、重層的であるわけです。歴史も、答えが一つの科学、あるいはイデオロギーとしてではなく、文化として捉えるべきだというのは、私の以前からの主張でもあります。
 それにしても、小倉さんの、今までの日韓関係は世界に誇るほどの「成功例」である、あるいは村山談話や小泉談話などもそういう意味での「成功例」であるという観点は、私にとってはなかなか新鮮でありました。なるほど、そういう見方もあるなと(完全に賛同するわけではありませんが)。
 ぜひ、皆さんもご覧ください。
 


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2015.03.01

「日本沈没」から「韓国沈没」へ 室谷 克実 (Voice S)

20150302_80245 日は「三一節」。1919年3月1日の独立運動は朝鮮民族史においては非常に重要な意味があります。歴史的には皮肉にも日本の同化主義を強化してしまった一面もありますが。
 今年の朴槿恵大統領の記念スピーチはずいぶん大人しくなりましたね。やはり反日だけではどうしようもないほど韓国国内の状況は良くないのでしょう。
 いろいろありまして、ここのところずっと韓国へ行っていた我が高校の修学旅行も、今年は国内に変更になりました。政治外交的なことより、とにかく韓国国内の事故が多すぎた。まあ、変更は致し方ないところでしょう。
 韓国には姉妹校もあり、仏教の面でのつながりもあって友人も多数いますので、私は決して嫌韓派ではありません。
 それこそ、個人的におつきあいしてみると、実に楽しい友人関係を結ぶことができます。しかし、国対国の関係になりますと、どうもいろいろ面倒なことが多くなりますね。近所づきあいだからこその難しさというか、兄弟間の確執というか。
 歴史問題については、一昨日のドレスの色問題ではありませんが、正しさは一つではないので、なかなか議論の難しいところはあります。それこそコトにこだわるとお互い腹が立つことばかりになってしまう。
 ということで、もっと現実的というか現在的な問題として、経済を取り上げて考えてみますと、安倍政権になってからというもの、本当に気持ちが良いくらい(失礼)立場が逆転してしまいましたね。
 この本にも書かれているとおり、日本は例の失われた20年で、得意の国民性である忍耐力を発揮し、苦しみながらも自力をつけました。韓国にはそのような力が果たしてあるのか。ある意味試されることになりそうですね。
 言霊というのは怖いもので、東日本大震災の時、韓国国内で「日本沈没」とか盛んに言っていたら、その後韓国で様々な「沈没」が連続してしまいました。日本もその轍を踏まないようにしなければなりません。
 考えてみると、戦後の日本の経済成長は朝鮮戦争がその嚆矢であったわけで、そういう意味においては、まだ借りを返していないどころか、お礼さえしていないのかもしれません。
 たとえばそういう意識は日本国民には希薄ですよね。先方はそういう「最」近過去へのこだわりは案外強い。祖国を分断されてまでして、日本の奇跡的な復興を手助けしたわけですからね。
 ここまで見事に復活してしまった日本を、ご近所が特に羨み、ひいては恨みを抱くのも故ありかなと。慰安婦問題やらなんやらもまあ議論としては必要なのかもしれませんが、案外私たちの朝鮮特需への意識の低さも問題なのかもしれません。
 はたしてこの後、韓国は日本に擦り寄ってくるのか。しかし、擦り寄ったからと言って、為替や株価や貿易収支が変化するとは思えないのは、著者の室谷さんと同じですね。
 韓国もこの試練を乗り越えて、たくましいアジアのパートナーとなってもらいたいものです。

Amazon 「日本沈没」から「韓国沈没」へ


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