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2015.02.11

『ムー 2015年 3月号』 (学研)

20150212_65211 国記念の日。紀元節。日本、推定年齢2675歳のお誕生日。
 国を挙げてのお祝いはほとんどなく、テレビではなぜか天皇制に反対するデモのニュースが。
 私は私でオーケストラでドイツの音楽を演奏。
 まったく不思議な国ですね。独立記念日や革命記念日は大々的にお祝いするのが当たり前ですけれど、ま、たしかに独立でも革命でもないし、話が大昔すぎてよく分からんし、だいいち紀元節自体が明治時代に創作されたものであるというその胡散臭さを国民は感じている、いや何も感じていないのでしょう。
 私はそれでいいと思うのです。天皇の歴史も日本という国の歴史も無意識の中に息づいているのが一番健康的です。
 そう、私の言う「国譲り理論」です。あえて無意識の中に幽閉することによって、時代の思想や感情に流されず、変形されず、純粋な形で本質を残すという智慧です。
 それはほとんどの場合「負ける」という形で実現されます。出雲しかり、南朝しかり、太平洋戦争しかり、象徴天皇制しかり。
 たとえば「紀元節を祝え!」とか「天皇制を廃止せよ!」とかいう普通ではない日本人たちは、そういう日本の智慧を忘れて、意識化しすぎなのです。残念ながら。昨日の「愛国百人一首」も残念の好例ですね。
 最強の保存は「忘れる」ことです。しかし、本当に必要な時にはその忘れられたモノは蘇る。
 そういう意味で、私が注目しているのが、「艮の金神」であり、「出口王仁三郎」であり、「宮下文書」であり、「仲小路彰」であり、「富士高天原」なのであります。
 ここのところ、「寒川」の話を続けましたけれど、上記の「モノ」たちについて書かれた面白い記事がナイスなタイミングで出ました。
 学研ムーです。この歳になってもまだムーを読んでるのか!?と笑われそうですが、今月号の特集記事「失われた超古代『富士王朝』と艮の金神大予言」は、そのいかにもムー的なタイトルに反して、大変興味深い内容になっています。
 ちょっと手前味噌になりますが、今回の記事の内容には、ワタクシの影響も感じられますね(笑)。というのは、この記事にも登場される阿祖山太神宮の渡辺宮司さんとは、ここのところずいぶん長時間にわたっていろいろお話させていただいていますし、昨秋には学研ムーの三上編集長とも当地でお会いしましたので。
 しかし、記事の中の西桂町の「太神宮」の碑については全く知りませんでした。同町にも5年ほど住んでずいぶんフィールドワークしていたつもりですが。たしかに面白いですね。
 ただ、明見やその周辺にある石碑類は明治、大正期に作られた(考え方によっては「捏造」「偽造」)ものが多数ありますので注意が必要です。まさに歴史は創られる。
 そういえば、つい最近、宮下文書と出口王仁三郎を直接つなぐ人物を特定できました。今までもその大本信者さんの名前は上がっていましたが、宮下文書との関係は不明でした。それがある資料によって確かなものであることが判明しました。
 そうしますと、明見の「創られた歴史」が日本のリアルな歴史を創ったということになるわけで、これはこれで実に興味深い事実です。私はそこも調べてみようと思っています。
 ちょっと夢のない言い方になってしまいますが、田舎の無名な人々の「妄想」が国を実際に動かしたということですよね。これはこれで実に面白い。いや、その田舎者を突き動かしたモノの存在こそが、艮の金神なのかもしれません。ドキドキワクワクしますね。
 ちなみに宮下文書によると、日本の推定年齢は…さらに2倍以上増量いたします(笑)。

Amazon ムー 2015年 3月号

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