眼横鼻直(がんのうびちょく)…ありのまま
本日は我が中学の推薦入試でした。新たな出会いというのは本当にワクワクするものです。
毎年書いているように、本校の国語の入試問題の本文は、受験生へのメッセージをこめて私が書かせていただいています。
今年もまた、その文章を公開いたします。今年のテーマは「ありのまま」。そこに禅語をからめて書いてみました。よろしかったらお読み下さい。
「ありのまま」
「ありのままで」…去年私たちは、このことばをいったい何度聞き、口にしたことでしょう。
映画も歌も大ヒット。流行語大賞にもノミネートされました。
あの映画を見た人も見ていない人も、なぜ「ありのままで」ということばに、ここまで親しみを感じたのでしょうか。
それはおそらく、私たちにとって「ありのまま」がとても難しいことだからでしょう。私たちは、そうした実現困難なことにあこがれをいだきます。あるいは、それを目標としてがんばろうと思います。
あの映画で「ありのままの自分になるの」と歌った主人公の一人エルサは、幼いころからずっと「ありのままではない自分」を演じてくることに苦痛を感じてきました。そして、いよいよがまんできなくなって、勇気をふりしぼって自分を解放することにしました。
そんな物語や歌に接することによって、私たちも忘れかけていた「ありのままの自分」を思い出したのでしょうね。
あの映画が大人気を得たのには、そういう理由もあったのです。
私たちが「ありのままの自分」を忘れてしまうのは、実は「ありのままではない自分」でいるほうが楽だからです。
私たちはふだんの生活の中では、何かを演じていることのほうが多くて、自分自身をそのまま出すことはあまりありません。
なんでも自分の思うままに行動し、発言していたら、人とけんかになってしまうのではないか。だれかに怒られてしまうのではないか。そんなふうに予感すると、私たちはほとんど無意識に「ありのままではない自分」でいようとします。
また、そのように「ありのままではない自分」を演じているうちに、いつのまにかそちらのほうが「本当の自分」のような気がしてきてしまう。そんなこともあります。
そして「ありのままの自分」というのはどういうものだったか分からなくなってしまう。いつのまにか「ありのまま」にもどろうとも思わなくなってしまうのです。
そういう意味でも、「ありのまま」でいることは難しいことなのですね。
ところで、仏教にも「ありのまま」のすばらしさを表すことばがあります。
「眼横鼻直(がんのうびちょく)」
みなさんにとっては、全く聞いたことのないことばでしょうね。でも、よくその漢字を見てみてください。
「眼」「横」「鼻」「直」…どれも小学校で習う漢字ですし、その意味もよく分かります。「め」「よこ」「はな」「まっすぐ」。
そうです。なんとこのことばは「眼は横にならんでいて鼻は正面を向いている」という意味なのです。
このことばを残したのは、道元さんというとてもえらいお坊さんなのですが、そんな人がなんでわざわざこんな当たり前なことを言ったのか、気になりますね。
実は、道元さん、仏教を深く学ぶために中国で数年間勉強をし、ようやく日本に帰ってきたその時に、このことばを残しているのです。
つまり、難しい勉強をしに行ったのに、学んできたことは当たり前のことだったのです。
人間ならだれでも当たり前だと思っている「眼は横、鼻はまっすぐ」という顔のつくりを一度見直して、そして最後にはまた当たり前として受け入れる。そうすると、前の「当たり前」とあとの「当たり前」とでは、同じ当たり前でも全然違ったものになる。
道元さんは、「ありのまま」を「ありのまま」として受け入れるということを学んで帰ってきたのです。
仏教では、今こうして生きているという当たり前のすばらしさを大切にします。いろいろあるけれども、いいことも悪いことも、まず素直に受け入れる。まず自分自身や世の中の「ありのまま」の姿をそのまま受け入れるのです。
そうすると、心が解放されて自分も楽になりますし、結果として他人にも優しくできるようになる。
映画の主人公エルサもまた、自分の「ありのまま」の姿をしっかり見つめ直し、そしてやっぱり「ありのまま」でいいと思ったのですね。そして、みんなが幸せになりました(それこそいろいろ大変なことはありましたが)。
もちろん、世の中にはたくさんの人がいますから、それぞれの「ありのまま」を尊重しなければなりません。みんながみんな自分の「ありのまま」を出しきってしまったら、きっとめちゃくちゃになってしまうでしょう。
道元さんが言いたかったことは、たぶん自分の「ありのまま」を大切にするように、他人の「ありのまま」も大切にしなさいということだったのでしょう。
さあ、みなさん、「ありのまま」の自分とはどんな自分でしょうか。今日のこの試験を機会に、自分という最も「当たり前」なものを見つめ直してみるのもいいのではないでしょうか。
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