『原智恵子 伝説のピアニスト』 石川康子 (ベスト新書)
昨日はある神社の宮司さんとゆっくりお話をしました。いろいろといいお話を聞かせていただいたのですが、中でも心に残ったのは、「物を大切にする。物に感謝する。物を拝む。すると物がいろいろ教えてくれる」というエピソード。教科書や筆記用具を大切にすると勉強ができるようになる…学校のセンセイなのにそんなことすら忘れていました。
たしかに楽器も大切にして、いつもお願いしますとか、ありがとうとか言っていると上手になったりしますよね。
「物から学ぶ」「物が教えてくれる」…実は日本人の大切な人生哲学であるような気がします。
この本にも、チェロの巨匠カサドと再婚した智恵子が、カサドのコレクションの楽譜を厨子のようなケースに大切に入れて拝むことを勧めるシーンがあります。カサドはある意味カルチャーショックを受けたようですね。
ま、そのコレクションの中には、なななんとバッハの結婚カンタータの自筆譜があったりしたのですが(今それらは日本にあります)。そりゃ大切にしなきゃ(笑)。
というわけで、この本10年ぶりくらいに読みました。以前読んだ時は、正直原智恵子のことはほとんど知らず、特に縁があったわけでもなく、たしか伝説のヴァイオリニストの諏訪根自子の関係で興味を持っただけでした。
その後、全く不思議なご縁で、急に原智恵子を身近に感じることとなりました。そう、かの仲小路彰の関係です。
仲小路と原智恵子と三浦環は、戦中、山中湖で幸せな音楽生活を送っていたのでした。実際に原智恵子の弾いたピアノも残っています。そのあたりのことはこちら仲小路彰と原智恵子でお読みください。
そんな智恵子の波乱に富んだ(富みすぎた?)人生の全体像を知るのに、この本は非常に重要です。執筆当時存命だった本人はもとより、多くの縁故者から直接証言を得ています。
それぞれの昔語りがなんとも味わい深い。まさに伝説を語る語り部ですね。決して言葉は多くありませんが、それぞれの人生の重みを感じないではいられません。
原智恵子という天才ピアニストの存在もそうですが、同時代の音楽家、芸術家、批評家、哲学者など、いわゆる文化人のパワーはすごいですね。
西洋に触れて間もない時期に、もうすでに本場と伍す実力と自信を持っていたことが伝わってくる。日本人の外来文化受容のスピードと、それを自家薬籠中の物にしていく大胆さは、やはり特筆すべきですね。
原智恵子を称して「デモーニッシュ」という言葉が何度も出てきます。よく分かります。デモーニッシュな女性。天才タイプ。男どもは翻弄されたでしょうね(笑)。
そんな彼女も様々な人生経験を経て成長していきます。変化していきます。自らも運命に翻弄されながらも、ちゃんと前を向いて成熟していく。それが感動的です。そして、最晩年、郊外の病院で静かに涙を流す智恵子…。
エネルギッシュな人生がそのまま音楽となっている。それでいいと思います。
そうしたパワフルな草創期からすると、今のクラシック界(古楽界も含む)は、なんともスケールが小さくなってしまったような…。
古楽と言えば、原智恵子はチェンバロも所有していたんですね。どうりでピアノのバロック音楽演奏も素晴らしいはずです。
そして、今回、私は自分にとっては非常に重要なことに気づいてしまいました。というか、なんで気づかなっかというか、頭の中で一致しなかったのか…ちょっと恥ずかしいんですが、25年来の謎が解けました。
いきなり俗っぽい、いやいや実相寺昭雄だから、大正、昭和初期の日本人にも負けないか…以前紹介した彼のAVの名作「アリエッタ」のエンディングにかかる曲、リュリの「優しいアリア(Air Tendre)」でした!
なんと、前も紹介した原智恵子の「パリの原智恵子」の1曲目がこの曲じゃないですか(こちらで試聴できます)。
この曲、あまり演奏されないようですね。もしかして偽作なんでしょうか。と思ったら、どうもリュリじゃなくてルイエの作品かもしれないとのこと。同じJean Baptiste だから混同してしまったのでしょうか(楽譜はこちら)。
う〜ん、さすが実相寺昭雄の選曲。たぶん彼は原智恵子の演奏を聞いていたんじゃないですかね。レコードで。たぶんそうです。マニアですからね。
というわけで、今日は25年ぶりにスッキリ!さっそく楽譜を印刷して我が家のチェンバロで弾いてみました。
原智恵子さん、ありがとう!これもご縁ですね。
Youtubeに彼女の音源がけっこうあります。皆さんもこちらからぜひ聴いてみてください。
Amazon 原智恵子 伝説のピアニスト
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