平常心(びょうじょうしん)
今日は本校の一般入試でした。
いつものように、国語の問題のために書きました文章を掲載いたします。今まさに問題を解いている小学生に語りかけるだけでなく、ネタ的にも「全豪オープン」とか…いったいいつ書いたんだ?!的な文章ですが(笑)、よろしかったらお読み下さい。
今、日本に、そして日本人に要求されるのは、まさに「びょうじょうしん」であると思います。
平常心
みなさんは「本番」に強いですか?
今まさに入学試験の本番中ですよね。さすがにドキドキしているのではないでしょうか。
テストでも、スポーツの試合でも、音楽の発表会でも、ふだんの勉強や練習の成果を発揮するのは難しいものです。
私も時々コンサートに出たりするのですが、もう何十回も経験しているのに毎回緊張してしまいます。緊張して得することはないと分かっていても、なかなか緊張が解けません。
そんな時はまず体に変化が表れます。手がブルブルふるえたり、指先からいつもは出ない汗が出てきたり…それに気づいて心も動揺してしまうともうダメです。練習で難なくできていたことさえもできなくなってしまう。
しかし、面白いもので、そういう時にこそ、自分というものをはっきり意識できるのも事実です。ふだん、無意識に体や心を動かしていて、それでいてなんとかなってしまう。だから、今こうしている、ここにいるのが自分だなんて考えません。それが「本番」になって、思い通りにならない自分に出会って初めて「ああ、これって自分なんだ」と思うわけです。
さて、自分の話はいいとしまして…テニスの錦織圭選手が、全豪オープンでもすばらしい戦いを見せてくれましたね。あのような大舞台で、あのように自分の実力を発揮できるというのは、本当にすごい。
錦織選手自身も言っています。「技術や戦略はもちろん、それを本番で発揮できる精神力が大切です」と。
たしかに、いくら技術や知識があっても、本番でそれが使えなければ、何も持っていないのと同じですよね。
私たちは、ふだんの技術や知識を本番で使える心の状態のことを「平常心」と呼んでいます。みなさんも聞いたことがあるでしょう。
一流のプロ選手は、平常心を保つことができるように、特別なトレーニングをしているそうです。特に多いのが、ある特別な呼吸法を身につける訓練。呼吸を整えると心も体も乱れないのです。
実はこの呼吸法、仏教の座禅の呼吸法からヒントを得たものです。
みなさんは座禅をしたことがありますか? 座禅とは仏教の修行の一つで、静かに座って心と体を整えようとするものです。
富士学苑では毎週月曜日の一時間目に全校生徒で座禅をします。また、年に一回お寺に泊まって座禅をする機会もあります。
みなさんはお坊さんになるわけではありませんから、たとえば「本番に強くなるため」という目的で座禅をするのでもかまいません。楽しみにしていてください。
ところで、仏教の世界にも「平常心」ということばがあります。ただし、これは「へいじょうしん」とは読まずに「びょうじょうしん」と読むそうです。
そして、意味も「へいじょうしん」とは違うようです。「へいじょうしん」の「平常」は「日常」「ふだん」「平時」「いつも」という意味ですが、「びょうじょうしん」の「平常」はその字のとおり、「常に平ら」と考えると分かりやすいようです。つまり「びょうじょうしん」とは、「何事にも動じない心」、または「何事も受け入れる心」なのです。
そうしますと、私になくて錦織選手にあるのは、「へいじょうしん」と言うよりも「びょうじょうしん」なのかもしれませんね。
緊張している自分とか、失敗してしまった自分をなんとか「へいじょう」の自分にしようとすると、よけいに不自然になることがあります。そんな自分を「へいじょう」にもどそうとするのではなく、そのまま受け入れること、そんな自分もまた自分自身であると認めることが大切なのかもしれません。
なるほど、「動じない」「受け入れる」ことが「常に平ら」であるということなのか…とは言っても、私たちは立派なお坊さんでもプロのスポーツ選手でもありません。なかなか今の自分をそのまま受け入れることはできませんよね。自分は自分なのだからなんとかなる、なんとかできると思ってしまうのも当然です。
しかし、緊張している自分、失敗してしまった自分、不安な自分を、一度「これも本当の自分だ」と思って受け入れてみると、案外緊張が解けたり、失敗をカバーできたり、安心したりすることがたしかにあります。
「本番」とは晴れの舞台です。決して「へいじょう」な時間ではありません。晴れの舞台はそうそうあるものではないのです。だから、ドキドキしている時というのは、今まで知らなかった新しい自分に出会って、ちょっとびっくりしているだけなのです。そう思うと、無理に「へいじょう」にしようとしなくてもいいことが分かりますね。
さあ、みなさんも今、さっそく「びょうじょうしん」に挑戦してみてはいかがでしょうか。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)

「九条の会」呼びかけ人の一人であり、日本を代表する憲法学者であった奥平康弘さんがお亡くなりになりました。ショックです。
なぜか我が家で「グーミン」という言葉が一時的にはやりました。
買っちゃいました。気になってしかたなかったこのブックリーダー。
今日は我が家で計測している大気中ラドン濃度が久しぶりに34まで上昇しました。富士山自身の地下でなんらかの動きがあるのか、あるいは遠方の大きな動きをとらえているのだと思います。どこまで上がるのかに注目です。
中には「恥」を知らない人もいます。自称「恥の多い人生」を送った人物太宰治は、たしかに人に迷惑をかけて平気な人でした。いや、平気ではなかったけれども(何度も自殺未遂をしたけれども)、それを文学に昇華してしまうずるい才能を持っていた。
昨日はある神社の宮司さんとゆっくりお話をしました。いろいろといいお話を聞かせていただいたのですが、中でも心に残ったのは、「物を大切にする。物に感謝する。物を拝む。すると物がいろいろ教えてくれる」というエピソード。教科書や筆記用具を大切にすると勉強ができるようになる…学校のセンセイなのにそんなことすら忘れていました。
ネットとテレビばかりだった娘が、あることをきっかけにラジオに目覚めました。私もカミさんも思いっきりラジオ世代なので、ちょっと嬉しかったりします。
タイムリミットの72時間が経過しましたが…その間、クソコラ大会になったり、謎の会見があったり、まあ日本という国のある意味での恐ろしさは世界に充分伝わったことでしょう。
ドイツに留学していた教え子がお土産として買ってきてくれました。ドイツでは普通にスーパーで売っているとのこと。
でも、これは夏にキンキンに冷やして食べてもおいしいと思いますよ。とにかくエスプレッソの苦さが、周囲の甘さとうまくマッチングしていてクセになる。
続きということは延長ということ。つまり、あの北緯35.2度ラインを西に伸ばしていくと、どこに到達するかと言いますと。なんと、そこにはイラク、イラン、シリア、レバノンといった国々があるのです。
昨日、東京で少し時間があったので、上野の国立博物館へ。
そう、いつも「仏像展」に行って不思議に思うのは、仏像の前で手を合わせる人がほとんどいないということです。
さて、昨日に続きセンター試験国語談義。
ほとんど毎年の恒例となっております、ワタクシのセンター試験国語の分析。
今日は上の娘の誕生日。そして私の母の誕生日。ちなみに昨日は実父の誕生日。ということで誕生日ラッシュです。
ちなみに私の誕生日には私の似顔絵でした。似てるでしょ(笑)。
しかし、その語源はよく分かっていなんですね。比較的西の地方でよく使われるようなので、もしかすると古代の朝鮮半島の言葉、あるいは南洋の言葉なのかもしれません。
「自」という漢字。これは「鼻」の象形文字です。
面白いニュース。
少年時代の私にとっては、「世界は一家、人類は皆兄弟」「一日一善」と叫んでいた目のギョロッとしたおじいさん。
夕方、急に家族で三嶋大社をお参りすることにしました。全く予定外の参拝。
無事帽子とも再会し、かなり暗くなった三嶋大社境内へ。まだお正月シーズンなのか、はたまた三連休だからか、屋台も出ていましたし、大仰な賽銭箱もありましたが、それぞれちょうど店じまい。賽銭箱もカバーがかけられ、屋台では片づけが始まっていました。
それがですね、実は、古くは伊豆半島は「島」だったのです。ご存知の方も多いと思いますが、ちょうどインド半島が大昔は島で、どんぶらこどんぶらこと北上してユーラシア大陸に衝突し、そのしわ寄せがヒマラヤ山脈になったように、伊豆半島も南洋からどんぶらこと北上してきて、本州にドカンとぶつかったわけです。そして、しわ寄せは箱根あたりになったと。それが100万年くらい前のこと。
安倍総理がこちら(富士山)にいらしています。この寒い時期にいらっしゃるのは珍しい。
本日は我が中学の推薦入試でした。新たな出会いというのは本当にワクワクするものです。
入試シーズンということで、ちょっと忙しくしております。そんなわけで、ふと気になったことを。
ちなみに二番の冒頭は、当初は「初日の光 明(あきら)けく 治まる御代の 今朝の空」でありました。つまり、「明治」という年号にちなんだ歌詞でした。大正になったところで現在のように書きかえられたとのことです。
今日の夕飯は七草粥と鮭のあら汁。
「無病息災」という使い方は案外最近、16世紀くらいからで、それまでは「息災延命」とか「延命息災」という熟語表現が多く見られます。
ちょっと重い話が続いたので、今日は軽いネタで。
お正月はくだらない番組もあって、それはそれで良かったのですが、NHKさんを中心になかなか見応えのある番組もいくつかありました。
この番組で、中沢新一さんがうまくまとめてくれてましたね。鎌倉時代になって、私たちは「日本的霊性」を自覚したと。発見したと。
ご覧になった方もいらっしゃると思いますが、元日のNHKスペシャル「戦後70年 ニッポンの肖像」でタモリさんがいろいろ面白い発言をなさっていましたね。





今日は静岡(焼津、藤枝)の親戚が集まりまして、恒例の新年会。今年も0歳から101歳(今月102歳)まで、総勢40名近くが集まって盛大に催されました。
それを祈るのが天皇陛下の役割です。そう、皆さんご存知のとおり、天皇陛下はこの年末年始、祈りのためのご公務(神事)を、それこそ睡眠時間を削ってなさってらっしゃいます。
最近のコメント