『じんじん』 大地康雄 企画・主演 山田大樹 監督作品
つい先日、某所で遭遇した大地康雄さんの作品を偶然観る機会を得ました。
お会いした大地さんはとても物静かで、どちらかというと目立たない感じの方でしたが、さすがは役者さん、この作品での存在感は素晴らしい。役者としてだけではなく、この作品の企画もしたということで、まさに大地さんの集大成のような作品に仕上がっていました。
どこか寅さんを思わせる古き良き日本のおやじが、不器用ながら悲しくも美しい親子愛の物語を紡ぐ…父娘の偶然の再会も含めて、いかにもなストーリーではありますが、そこに実際の「絵本の里」北海道は剣淵町のリアル性が絡むことによって、けっこううるさい(笑)ワタクシも自然に銀幕世界に入り込んでゆけました。
私も「父親による読み聞かせ」グループに所属しております。最近はサボリ気味でありますが、やる時はそれなりにやっております。家内は定期的にいろいろなところで「読み聞かせ」をしているようです。
「読み聞かせ」と言えば、この前書いたばかりの「読み」と「語り」と「話し」と…という記事を思い出しますね。「読み」に「聞かせ」がくっつくとどうなるのか。朗読や語りとはどう違うのか。
この映画の冒頭の「おばあちゃんの昔語り」に答えは全てあるような気がしましたね。決してテキストの暗誦ではない「語り」。「読み聞かせ」も最後はこの「語り」を目指すべきでしょう。
あえてここで私の「時間は未来から過去へと流れている」理論を持ち出しますとですね、「読み」は記録の再生なので、過去から未来へ向けて時間が流れるのです。音楽で言えば楽譜を1小節目から右に向けて読んでいくように。
一方、「語り」は発信者の方もまるで未来から物語が流れてくるように感じているんですね。たとえそれが何度も何度も語ったことのあるストーリーであっても。まるで初めて聴く人が、「次はどうなるんだろう…」とドキドキするように。
これは音楽で言えば即興演奏…というよりも「降ろしてくる」タイプの演奏ですね。いや、すでにある曲の演奏でもそれは可能ですよ。一流の演奏家は、たとえば楽譜を暗譜していたとしても、頭の働き方は決して音符をたどる形ではない。あくまで音楽が向こうから来るのをしっかりキャッチして、楽器などを通して人に聞こえるように変換しているのです。
聴く側と反対方向の意識の流れで再生している話者や演奏家の言葉や音は、いくら完璧なテクニックをもっていたとしても、全く心に響かない。やるなら初音ミクレベルの完璧さが必要…いや、彼女はシーケンサーなので、本当に純粋に「向こうから来た」データを再現しているにすぎない。つまり、未来の記憶なんかないんです。だから感動を与えられる(と思う)。
おっと、映画から話がそれまくってますね。スミマセン。なにしろ、向こうから来るモノをタイピングしているだけなので(笑)。
役者さんのお仕事も全く同じですね。決まりきったセリフですが、そこに命を吹き込むのは、単なる暗記、復唱ではありません。当たり前ですね。
そういう意味で、発案、企画から全てを知り尽くしているはずの主演者大地康雄さんの、お芝居は本当にお見事でありました。さすがとしか言いようがありません(逆に他の役者さんには不満も残る)。
さて、私は、この映画を富士河口湖町のさくやホールで観ました。一日に4回も上映され、それぞれ満員だったようです。
この地方発の映画、その公開方法も実に地方的。ある意味手弁当ロードショーです。じっくり時間をかけて地方の公民館など、生活に根ざしたコミュニティーの中で感動を共有していこうという試み。スローシネマと言うそうです。
今では、日本全国どこへ行っても似たようなシネコンが並び、まあそれはそれで映画文化の復興に寄与したのも分かりますが、それでもやっぱりちょっとした寂しさがある。映画の「匂い」「臭い」がしないというか。日常生活に映画が食い込んでこないというか。
昔のように16ミリをガラガラ音を立てて上映するわけではありません。Blu-rayディスクと大きめのプロジェクターがあれば、日本中どこでも映画館を作ることができる。もちろんフィルム、映写機、映写技師さんの味はないけれども、それでもああやって上映終了後、鼻をすすりながら知り合いと「よかったね~」と語り合い、そしていつもの見慣れた風景に帰っていく時間と空間というのは大切だなあと思いました。
テレビからネットへ…より個人性の高まる方向に進むメディアと世の中にあって、今こそ「映画的」時間、あるいは「絵本」的時間というのは重要さを増していくのではないでしょうか。
皆さんもぜひ、この作品を、地元の公民館や体育館でご覧ください。大切なモノと再会できることと思います。
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