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2014.07.16

みたままつりと柳田國男

Th_img_1241 たそっち系の記事のように思われそうですが、ちょっと違いますよ(笑)。
 今日は東京で研修。それが夕方に終わりましたので、少し足を伸ばして靖國神社の「みたままつり」に行ってきました。
 「みたままつり」に行くのは実は初めてです。私はまだ明るいうち、すなわち無数のぼんぼりや提灯には明かりがともる前に行ったのですが、もうすでに大変な人出でして大変驚きました。
Th_img_1238 アマノジャクな私は、あえて幽斎的な態度をとって、人の波からはずれ遊就館へ。特別展示室で開催されている「大東亜戦争七十年展Ⅲ」を静かに拝観。
 う〜ん辛いなあ。この昭和18年から19年の守勢戦の時代。特攻が始まる時代です。
 一巡して外に出るとまたいきなり現代の風景に引き戻されました。浴衣のギャルたちが売店で「カワイイ〜」を連発しています。なるほどカワイイのか。
 思わずツイートしてしまいました。

あえて言おう。重厚な男たちの死をいとも軽く祀ってしまう浴衣姿の女ども!おそるべし、日本の「わけも分からぬ」まつり力!これにはみたままつりの父柳田國男も喜んでいるだろう。

200pxkunio_yanagita そうなんです。みたままつりの父はかの民俗学者柳田國男なのです。はたしてこの大衆の中にその事実を知っている人はどのくらいるのだろう。それ以前に靖國の祭神を知っている人がどれだけいるのか。
 いや、それが悪いと言っているわけではありません。それこそが「わけも分からぬ」すごさなのです。
 靖國神社は戦後すぐにGHQによって廃止される寸前まで追い込まれました。それはそうですよね。彼らにとっては単なる「ミリタリー・シュライン」だったわけですから。
 その暴挙を阻止するのに柳田の果たした役割は大きかった。
 昭和21年、長野県の遺族会が靖國に盆踊りを奉納しました。それを「古来の民俗的な儀式」であると分析し、宗教性や政治性のない「フォーク祭」だと分析したのは柳田國男でした。その分析を当時の宮司らがGHQに報告しています。
 さらに柳田と神社側は、この盆踊りを「みたままつり」として大規模化することを画策します。あくまで全国で行われている「みたままつり」と同様に、地域のフォークロアとして定着させるという意図です。
 そうすることによって、戦前戦中とは違った意味であっても参拝者を増やそう、また、以前の神社のイメージを変えようということでしょうか。
 その作戦はまんまと成功し靖國神社は「みたままつり」の場として生き残ることとなりました。これもまた「国譲り」の一つでしょうね。本質を幽閉して生き残る。
 靖國神社というと、国内外でいろいろと物議を醸す存在となってしまっていますが、実は「みたままつり」には、そんな小さな歴史のスケールとは違う日本の本質が隠されているのかもしれませんね。
 柳田國男はさすがそのあたりに気づいていたのでしょう。

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