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2014.05.31

マイルドヤンキーが世界を救う!?

Imgres 朝、NHKの週間ニュース深読みで特集されていた「マイルドヤンキー」。
 博報堂の原田曜平さんが定義したある若者層。いちおうその定義は次のようになります。

「上昇傾向が少なく地元志向が高い比較的低所得で保守的であり反知性的傾向があるグループ」

 さらにその具体的特徴として次のようなものが挙げられています。

・「絆」「仲間」「家族」という言葉が好き
・「地元」(自宅から半径5km)から出たくない
・車(特にミニバン)が好き
・たばこ、酒が好き
・ショッピングモール(イオン)が好き
・ドン・キホーテが好き
・EXILE(あるいは湘南乃風)が好き
・(案外)やさしく、礼儀正しい

 たしかにそのような方々がけっこういますよね。特に地方都市。
 私は彼らの存在について、文化論、宗教論的な視点から注目していました。先日も家族で旅をしながら、すれ違う車の種類や内外装のカスタマイズによって、いくつかのグループに分類していましたが、その中でこの「マイルドヤンキー」が非常に多かったことを思い出します。特に地方都市の主要道路で。
 今日の番組でも、ホンダのミニバンのデザインやドン・キホーテの品揃えについて語られていましたね。たしかに一つの文化として、あるいは経済主体として、無視できない層になっています。
 そうそう、ちょっと前にNHKの朝のニュースでも特集されていたのですが、その時の内容をこちらで読めますので、ぜひ。面白いですよ。
 私は仕事柄、従来のヤンキーがワイルドからマイルド化しているのを目の当たりにしてきました。
 実際、最近は非行に走るヤンキーがほとんどいなくなり、ちょっとした寂しさすら感じるほどであります。いざいなくなってみると、なんというか、肉食系の男らしさのようなものを感じる機会が減り、日本の将来が心配になってしまったりしてね。
 では、従来のヤンキー層がどこへ行ったのかというと、やはりマイルドヤンキーが大部分。そして、一部はオタクになっています。
Th_oyo570 面白いのは、マイルドヤンキーとオタクは相容れないということでしょうか。別に表面上は衝突しませんが、裏ではお互いに馬鹿にしあっていたりする。
 真性オタクのウチの長女なんか、今日の番組見ながら「キモイ」を連発していました。お前、本人たちの前でそう言えるのか?(笑)。
 今回の番組にせよ、原田さんの本にせよ、なんとなく彼らマイルドヤンキーを見下しているような印象を与えかねませんが、私は彼らこそ日本文化の大切な部分を担っていると真剣に考えています。
 もともと、たとえば暴走族などにも、いわゆる「荒魂」を見てきた私です。以前は、ここ富士山は年始の「日の出暴走」の舞台、すなわち元旦に関東や中部の暴走族が集結して、一種のお祭りを催していたわけですが、最近はほとんどいなくなってしまい、非常に寂しく思っています。
 先生のクセにとんでもないことを言うヤツだとお叱りを受けそうですが、このブログで何度も書いてきたように、日本の「和」を実現するためには「荒魂」の祭祀的な発現が不可欠だと本気で思っていますので、スミマセン。
 そう、私がプロレスを好むのもその理由であり、また、そのプロレス文化も今や衰退してしまい、ワイルドがマイルド化してしまっていることを心配している理由もそこにあります。
 しかし、一方で、これもまた「荒魂による和魂の招来」という本来の「祭」の意義において、ある意味必然的な過程なのではないかとも思います。
 「荒魂」自体が「和」に近づくことで、全体の「和魂」が安定化、強化されるのではないかと。
 ちょっと前に紹介した諏訪の御柱祭なんかは、いまだに強烈な「荒魂」が発動する場です。命がけですからね。それはそれで局所的に残っていくべきでしょう。
 一方で、荒魂の他の大部分はマイルド化しながら、しかしなくならないで存在する。これは真性ヤンキーの予備隊とも言える存在です。いざとなったら行きますよと。
 逆に、国民全体が純粋で強烈な荒魂を発動した(させられた)のが戦争でしょう。戦争を祭と捉えるなど、それこそ怒られちゃいそうですが、戦争の機制として発達したスポーツがオリンピックのような祭典になりうるところから見ても、あながち間違いではないと考えられます。
 なんかいろいろ話が飛んでいますけれど、とにかく、マイルド(柔和)であろうとヤンキー(荒魂)は、地方にしっかり存在しているということですね。そして、その地方で、非常に古典的な人間関係を形成し、実際に地方の祭の主役を担ってくれていたりする。
 これは素晴らしいことです。私にはできない大切なお役目を担っているのです。そして、それを彼らは無意識的にこなしている。そこが尊いところです。
 教え子たちのある程度の割合が確実にマイルドヤンキーになっていきます。彼らの無意識の部分に、少しでも「荒魂」の誇りを注入できるよう、教育活動に勤しみたいと思います。

Amazon ヤンキー経済


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2014.05.30

農業の工業化

Imgres 日は中高のPTA総会がありました。夜は役員さんとの懇親会。そこでいろいろな保護者の方といろいろな話で盛り上がりました。
 私のような世間知らずのセンセーにとっては、そういう機会は貴重です。一般企業で汗水流しておられる方々のお話を聴くのは本当に勉強になります。
 そういう保護者の方々から「先生、先生」と言われるのは本当に恥ずかしいですね。皆さん、それぞれのお立場で社員をしっかり「教育」されているわけで、私からすれば皆さんの方がずっと「先生」と呼ばれてふさわしい人たちなのですから。
 つくづく学校の先生というのは甘い仕事だと思いますよ。
 さて、そんな勉強になる話の中で、「農業の工業化」に関する内容が心に残りました。
 「農業」と言えば「食」に直接つながるわけですから、人はそれらに関してある意味感情的、感傷的になりがちです。
 決して否定するわけではありませんけれども、極端な「食へのこだわり」にはちょっと違和感を抱きます。
 もちろん、玄米菜食主義や無農薬有機農法、あるいは露地物へのこだわりなど、それはそれで趣味としては大いに結構であります。
 そうそう、この前ちょっと紹介した「フード左翼とフード右翼」にもありましたように、左翼的思考の方々には、そういう「自然食」傾向が強い。そういう意味では非常に「保守的」であって、ちょっとした(いや大きな)矛盾が生じているところが面白いわけです。
 一方の右翼はなぜかアメリカのジャンクフードに抵抗がなかったりするわけで、それもまた変な話と言えば変(笑)。
 皮肉なことですが、「左右」の理想主義は、どちらも実は非常に自己中心的、自己実現的、自己満足的なところに閉塞してしまっている(他者と言っても、せいぜい「家族」「国家」くらい。どちらも「家」を出ていない)。
 結局、そこでも「左右」を超えた発想が必要だと思うんですよね。
 で、たとえば左右を軽く超越している仲小路彰なんかは「農業の工業化」を早くから提唱していました。
 私も最近、それを推進すべきがと主張しています。
 分かりやすく言えば、農産物を工場で大量生産するということです。
 もう、こう言うだけで嫌悪感を抱く方もいらっしゃるでしょう。これもまた、工業(近代)が農業(前近代)の敵であるという固定概念から生じるものであるかもしれません。
 考えてみれば、基本的な農業の形態は2000年以上も変わっていません。土を耕し、そこに種を蒔いて水をやり収穫する。
 そこにある種のノスタルジーや、あるは宗教性を見出すのは悪いことではありませんし、私も当然それはそれとして大切にしているつもりです。
 しかし、これだけ世界が近代化し、人口が増え、食糧不足、さらに農薬や化学肥料の危険性、加えて放射線への恐怖などが叫ばれ、さらにさらにTPPによってどうのこうのと言われている今こそ、実はようやく二千年の呪縛から解かれるチャンスではないのかとも思うのです。
 もちろん、すでに国を挙げてそのような研究は進められています。第六次産業化などもその一つでしょうね。
 企業の方でも、三菱化学の植物工場大和ハウスのアグリキューブの例にあるように、ビジネスチャンスととらえて異業種から参入していこうという動きも見えます。
 日本は「農業」も「工業」も、両方とも得意という稀有な国です。今まで対立していた、第一次産業と第二次産業を統合するという意味においても、「農業の工業化」を進めることはいいことだと思います。
 この狭い国土でこれだけの人口を支えるためには、大規模植物工場を建設稼働するのが一番手っ取り早い。実は露地物よりもずっと安全性を担保することができるし、天候や病害による生産量の減少も防げます。
 輸入品に対する様々な不安のことを考えるのなら、ここで思い切って、農産品の国産化を推進するべきなのです。
 そのためには、今までの「こだわり」「常識」を捨てなければなりません。それこそ二千年の呪縛からの解放です。
 もちろん、従来の農業をやりたい、そういう過程で作られた野菜にこだわりたいという方には、それを続けていただいてかまいません。多様なニーズがあって当然ですから、多様な供給の形態もあって当然です。
 農業従事者の高齢化によって、国が守ってきた旧来の農業は今、本当にギリギリの状況にあります。ちょっと過激な言い方になってしまうかもしれませんが、それをチャンスととらえて、終わるものは終わらせてもいいのではないかとも思います。
 衣食住で言えば、「食」は「工業化」が大幅に遅れています。機械化は進みましたが、根本的な工業化はほとんど進んでいないのです。
 仲小路彰の「未来の農業」観はすごいですよ。原子力農業にまでイメージが膨らんでいますからね。やはり天才の発想は違うなあ。歴史を全て知り尽くしているからこそ、その歴史(知識・常識)から解き放たれているのでしょう。


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2014.05.29

Origami

Th_img_0124 チの学校では折り紙が必修の授業になっています。こちらに書いたように朝日新聞に取材していただいたこともありました。
 折り紙は世界的にもクール。外国の方からすると、直線的に簡素化された立体デザインと映るようですね。
 さらにそれが1枚の正方形から作れるという魅力。まさに日本が誇るデザイン文化の一つでありましょう。
 ですから、折り紙は外国でも「Origami」で通用します。「Paper Folding」だとちょっと違うイメージになってしまう。やっぱり「折り紙」は「Origami」です。
 今日は、「折り紙」ではない「Origami」を紹介しましょう。
 もう利用している、ハマっているという方もいらっしゃるかもしれませんね。そう、iPhoneやAndroidでおなじみのショッピングアプリです。
 ネットショッピングと言えば、楽天やAmazonというイメージがありますよね。実際、私も両者に大変お世話になっています。
 しかし両者が開店したのは前世紀のこと。それ以来その規模やサービス内容は拡大してきましたが、基本的なビジネスモデルやサイトデザインは変わっていません。
 特にスマートフォン用のサイトデザインはイマイチ。非常に使いにくく感じます(基本使っていない)。
 そんな状況をある意味チャンスととらえて登場してきたのが、この「Origami」であります。
 私も数ヶ月前にアプリを導入して楽しんでいます…しかし、実は全く買い物はしていません(笑)。
 つまり、ウィンドウショッピングして楽しんでるってことですね。今日テレビで女性が「エア買い」とか言ってましたが、それですね。
 とにかく「見つける」のデザインが秀逸ですね。デザインと言ってもただ写真が並んでいるだけです。それがいいんですね。
 楽天やAmazonがあまりに手を広げすぎたあまり、(特に楽天が)アジアの市場みたいになっちゃっている中で、この「Origami」で扱う商品は超オシャレ。
 見ているだけでなんとなくセレブになったような気分になりますね(笑)。私なんかド田舎の山の中に住んでますからね。ウチの村にはこんなオシャレなモノ売ってる店ありません。
 文字がない、というのは画期的であり、斬新であり、そして古代的ですね。モノの形と色という情報から私たちが何を読み取るか。
 その写真をタップするのは、気に入った時(これほしい!)と、分からない時(これなんだ?)。すなわち、もっと知りたいと思った時に「言語」が初めて登場するというわけですね。
 楽天やAmazonだと向こうからどんどん言語で売り込んでくるわけですよ。うるさい店員みたいにね。それをOrigamiはモノ自身に、人間言語(コト)以前のモノ言語で語らせている。これが面白いわけです。
 だから、私みたいに実際に購入せず、見ているだけで楽しむことができるわけです。
 そう考えると、「Origami」という微妙なネーミングは、実は絶妙だったということが分かりますね。
 ぜひ皆さんもヒマな時に眺めてみてください。いや、実際のところ楽天やAmazonで買うよりも安い場合もありますからね。そのうち私もOrigamiで初ショッピングする時が来るでしょう。

Origami

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2014.05.28

『縄文の息吹今も 信州・諏訪のおんばしら』 萬治友美

源流、起源、人間の関わりを探る
Url 日は諏訪大社下社の「本見立て」の日。再来年行われる御柱祭の際に建てられる「おんばしら」の最終決定の神事が行われました。
 今回は、昨年「仮見立て」で選ばれた樅の大木8本がそのまま選定されたようです。
 下の写真は、一番最初に見立てられるという春宮の一之御柱(はるいち)です。来年このご神木は切り倒され、そして再来年山出し、木落し、里曳などを経て、いよいよ建御柱の神事でそれぞれの宮に建てられます。
Th_img_0076 皆さんもご存知のとおり、これらの過程で人が亡くなることもあります。前回平成22年には建御柱の際に二人が落下して亡くなりました。昭和19年には山出しの最中当時の下諏訪町長が御柱の下敷きになって亡くなりました。
 御柱祭というと、下社の豪快な木落しが最も有名で、また大変危険なイメージがありますが、実はその他の場面も全て命懸けなのです。
 今日の本見立ても、山深く御柱(候補)の場所に行くまでが大変。滑りやすい急斜面を下ったり上ったりしなければならない。清めの酒が入っていることもあって、転ぶ(場合によっては転がり落ちる)ことは当たり前の状況です。
 選ばれた樅の木の御柱も、考えようによっては今日死刑宣告を受けたようなものですね。百数十年保ってきた命を捧げる。来年切り倒されて引きずり回され落とされ…。まるで市中引き回しの刑ですよね。
 祭の本質は、そうした「荒魂」をギリギリ人間のコントロール下において動かすことにあります。もちろん、あくまでギリギリですから、時々、いやけっこうな頻度ではみ出す。そうすると人も死ぬ。
 しかしその死さえも貴い、価値あるモノとされていきます。まさに現代社会の尺度ではとても測れない、ある意味全く意味の分からない世界ですよね。コト世界からすると。
Th_img_0051 そんな不思議な、しかし根源的な懐かしさを覚える諏訪大社の御柱祭についての解説本としておススメなのがこの本。春宮前の参道で生まれ育ち、諏訪大社や御柱祭について知り尽くした萬治友美さんが、それこそ人生をかけて調べ、思索し、記した魂の書です。
 決して学術的な本ではありません。だからこそ諏訪の、そして御柱の本質が伝わってくるのです。
 その起源を縄文、いやそれ以前にまで求め、御柱には男根信仰が息づいていると語り、そこに神話が重なっていく。そして、そうした幻のような世界に浸っていると思っているうちに、いつのまにか、現代の諏訪の人々の生活や心についての文章を読まされている。
 それもまた祭の本質です。脈々と継がれていくモノガタリ。時間を軽く超えてしまう。今と昔が交錯する。これもまた近代的な時間観、歴史観、あるいは科学的な視点からすれば、ありえないモノです。
 そんな「気分」を味わうには、実際に祭に参加するのが一番ですが、私たちのように諏訪の外に住む人間としては、この本を読んでヴァーチャル体験するのもいい方法でしょう。
 なにしろ、この本をお書きになった萬治さんが、まさに時間を超えて現代に出没した縄文人のような方なのです。
 この本は基本的に萬治さんのお宅に行って、萬治さんから購入するしか手に入れる方法がありません。
Th_img_0053 春宮を参拝された折には、ぜひとも参道で一際異彩を放つ「萬治亭」を訪ねてみてください。現代の現実世界に突如現れた異空間、超次元を体感することができますよ。
 そう、諏訪の街自体が祭祀空間であり、たとえば萬治さん自体が既に祭であり、神なのであります。


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2014.05.27

タヒ体遺棄

20140527_160216

 きなり変なタイトルですね。文字化けではありませんよ。
 初めてニュースでこの文字列を見たので、思わず感動してキャプっておきました。
 「タヒ」は「死」のネットスラングだと思っていたら、もはやスラングではないのですね。だってニュースで使われているんだもの。
 上の画像を見てお分かりのとおり、「死体遺棄」が「タヒ体遺棄」になっています。どうすると、ネットのニュースのテキストがこうなるんでしょうね。印刷したものをOCRで読み取ったわけではないでしょうに。
 ということは、やはり意図的に、あえて「タヒ」としたということですか?
 ご存知ない方のためにいちおう説明しておきますと、ネットの掲示板などで「死ね」と書くと犯罪になってしまうので、検索にひっかからないように似た字形になる「タヒね」や「タヒね」を使ったのです。
 ちなみに、そこから派生して「タヒる」は「死ぬ」を表すようになりました。「ダブる」とか「サボる」とか「事故る」と同じ理論での動詞化ですね。何かに「る」をつければ即動詞の完成。
 なんだかワケのわからん文化だなと思うのは早計でして、「死ぬ」という言葉はずっとずっと昔から忌み言葉とされてきました。その代替となる言葉を模索してきたのです。
 「亡くなる」とか「逝く」なんていうのもそうです。偉い方に対しては、「崩御する」とか「お隠れになる」とか「神去る」とか、あるいは「入滅」とか、いくらでも挙げることができますよね。
 「タヒ」もその延長線上になくはない。あるいは漢字を分解して表現するということでは、「女」を「くのいち」と言ったりするのにも似ていなくもない。
 まあ、それはそうとしても、なぜにニュースで「タヒ」が使われたのでしょうか。もしかして見つけられるかどうかのゲーム?間違い探しとか(笑)。
 それも「タヒ体遺棄」という使い方は非常に斬新であります。もしかして世界初かもしれませんね…と思って検索したら何件かありますね。それから今回の記事も(笑)。
 う〜ん、それにしてもなあ、なんでこうなっちゃったのかを知りたい。知りたい。知りたい。
 誰か教えてください!
 というか、この事件恐ろしいですね。この文章も冷静に考えるとかなり怖い状況です。

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2014.05.26

伊豆の高嶺の鳴沢

↓熱海でくつろぐ出口王仁三郎
Th_0151 回の旅ではいろいろな発見がありましたが、その一つがこれ。
 このたび宿泊させていただいた高級リゾート施設の住所は静岡県熱海市伊豆山字奥鳴沢。ちなみに興亜観音は字鳴沢です。
 そう、私の住んでいる村は山梨県南都留郡鳴沢村ですから、鳴沢から鳴沢へ旅したことになりますね。
 この鳴沢という地名、万葉集にも出てくる由緒ある地名です。それについては、何年か前にその本質で迫るであろうと確信する文章をこちらに書きました。
 「鳴沢はどこにもなくてどこにもある」というある意味夢のない結論ではありますが、けっこう真実をついているではないかと、今でも思います。
 で、その文章の最後の方に、「伊豆の高嶺の鳴沢」について書いています。やっぱり特定の場所に比定するのではなく、伊豆箱根のどこかの噴煙だろうとしていますね。
 まあ、結論から言えばそのとおりだとも思うのですが、今回、伊豆山に「鳴沢」という地名があることを偶然知りまして、少し違ったイメージも湧きましたので書き記しておきます。
 まずは、その「伊豆の高嶺の鳴沢」が出てくる万葉集の歌を紹介します。

ま愛(かな)しみ 寝(ぬ)らくは 及(し)けらく さ鳴(な)らくは
    伊豆の高嶺の 鳴沢(なるさは)なすよ

 これは言うまでもなく、「さ寝らくは玉の緒ばかり恋ふらくは富士の高嶺の鳴沢のごと」のパロディーです。当時本歌はかなり有名だったのでしょうね。それを伊豆付近の人が翻案したということでしょう。
 万葉集ですから、当然万葉仮名で表記されています。いちおうそれも紹介します。

麻可奈思美 奴良久波思家良久 佐奈良久波
    伊豆能多可祢能 奈流佐波奈須与

 繰り返しますが、「鳴沢」というのは後世の人が勝手に当てた漢字です。あくまで音が「なるさは」だということです。
 それにしても「伊豆山」に「鳴沢」という地名があるということに、ワタクシ的には非常に興奮を覚えました。
 富士山の麓に鳴沢という地名があり、箱根山の麓に鳴沢という地名があること。
 富士山頂上の八葉に伊豆大権現を祀る「伊豆岳」があること。熱海伊豆山に伊豆大権現の総社である伊豆山神社があること。
 万葉の時代、富士山も箱根山も小規模から中規模の噴火をしていた可能性があること。
 王仁三郎は熱海によく来ていたこと。その関係もあって弟子の岡田茂吉が当地に世界救世教を開いたこと。
 そう言えば今月は、王仁三郎手びねりの耀わん十和田を携えて、飛騨高山と熱海を訪ねたっけなあ。飛騨高山も熱海も王仁三郎が重視し、そして彼の弟子たちが団体を構えた土地。う〜ん、全然意識していなかったけれど、これは動かされてますなぁ。
 おっと、話のスケールが大きくなってしまいましたので、ちょっと戻します。
 いずれにしても、富士山の鳴沢と伊豆山の鳴沢は霊的に(非科学的だが自然的に)結ばれているということですね。
 まったく不思議なことの連続です。なんだか自分でもよく分かりませんが、とにかく自然体で動いているといろいろ見えてくる、自分の意識を滅却して「空(うつ)な器」になっていると降りてくるという感覚です。
 近く別の聖地にも誘われて行く予定ですので、また何か感じたら報告しようと思います。
 …なんて、読んでくださっている方々には、なんのことやらお分かりにならないでしょうね。私にもよく分からないのですから(苦笑)。

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2014.05.25

岡田美術館

 海の帰りに箱根の岡田美術館に寄ってきました。もちろんお目当ては歌麿の「深川の雪」。
 「深川の雪」と岡田美術館については、先月こちらに書きましたので御覧ください。
 いやはや、もう言葉が出ません。もちろん「深川の雪」の素晴らしさに圧倒されたというのもあるのですが、それに匹敵する、いやそれ以上に他の収蔵品のすさまじさにぶっ飛ばされました。
 前の記事では、金持ち、パトロンについてなんとなく軽く書いちゃいましたが、それどころではありませんでした。
 いったいどこでどうやっていくら払って収集したのでしょうか、この岡田コレクション。
 MOAの岡田さんもすごいけれど、いや、こっちの方がすごいかも。
 正直、2800円の入館料は「高い!」と思いましたし、入館時の空港のような所持品検査や各階の鉄の扉に、なんだか異様に厳重だなあ…とちょっと興ざめムードでしたが、展示物を見ているうちに、それが当然だと思えてきました。
 それほどすさまじい、日本の、いや世界の宝が大量に収蔵されているのです。総額いくらとか、もうそういう次元では語れないほどでした。卑近な言い方をするなら、美術の教科書の実物がそこにあるという感じ。
 ちょっと思い出すだけでも、歌麿、若冲、探幽、北斎、広重、応挙、宗達、蘆雪、大観…錚々たる画家の代表作がどどどどと。
 今日はカミさんと娘たちを隣のユネッサンに置いて私だけの入館でしたので、あまり時間がありませんでした。
 これはちゃんと観ると丸一日かかりますね。
 というか、じっくり観たら当てられちゃいますね。あまりにオールスターのベストアルバムなので(笑)。数日に分けて、そう、フロアごと5日くらいかけて回るのがちょうどいいのではないでしょうか。間に超B級なユネッサンをはさんで(笑)。
 「深川の雪」は6月いっぱいの公開です。これはぜひぜひ観ていただきたい。大作のどの部分を観ても全てが素晴らしい。素晴らしいという言い方しかできないのが悔しいくらい素晴らしい。
Th__20140526_122706 私は画中画の「富士山」が気になりましたね。三峰型の富士です。すなわち甲斐国から見た聖山としての富士。
 すなわち、あれは河口湖越しの富士山なのか。ちょっと調べてみたいと思います。
 「深川の雪」にこめられた暗号とは。
 新しいテーマが生まれました。

追伸 北斎春画もすごすぎました。

岡田美術館公式

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2014.05.24

興亜観音

Th_img_9968_2 んではいましたが、しかし全く期せざるタイミングで、興亜観音を参拝することになりました。
 これはもうお導きというしかありません。私自身にはこれがどういう意味を持つかは分かりませんが、おそらくは「荒」と「和」の真の「統合」を目指すため一つの御神業であろうと信じます。
 この「興亜観音」について知ったのは、恥ずかしながら昨年末のことでした。それまで、私は全くその存在を知らなかった。
 教えてくれたのは、昨年初めてお会いしてお話した高校の先輩です。保守の論客であり、映画監督でもある、そして静岡高校の先輩で水島総さんが、2008年に製作された映画「南京の真実」を観たことがきっかけでした。
 この「南京の真実」、それこそ二分されている南京大虐殺に対する考え方捉え方の違いを超えて、ぜひ皆さんに観ていただきたい(最後に掲載します)。
 南京攻略戦を指揮し、A級戦犯として処刑された松井石根大将については、その名前は知っていましたが、それは言わば教科書的な知識であって、その人となりについてはもちろん、興亜観音についても何も知りませんでした。
 詳細は公式サイトほかに譲るとしますが、ごく簡単に言うなら、この興亜観音は、松井石根大将が、南京での戦いによって亡くなった日中両国民の御霊を怨親平等に弔い、両国、さらには世界の平和を祈るために建立したものです。南京の土と日本の土を混ぜて作られ、南京に向かって立っています。
 さらに、大東亜戦争終結後、A級戦犯として処刑された松井石根を含む7人のご遺骨が、縁あって埋葬されることになりました。
 映画によってこれらのことを知った私は、いつか参拝せねばと漠然と思いはしましたが、それがいつになるのか、あるいは観音様が具体的にどの地に立っておられるのか、全く意識はしていませんでした。
Th_img_9971 年が明けて、姉から母の喜寿祝いをやろうという話が舞い込みました。姉の会社で使っているいいリゾート施設が熱海にあるので、そこでやろうという内容です。私は全て姉にお任せすることにしました。
 その施設は昨年できたばかりだと言います。その時は単純に、新しくていい施設なら行ってみたいな、ちょっとリッチな気分が味わえそうだ、程度の感覚でした。
 実はそれは3月の春休みに実現する予定だったのですが、なぜか静岡の父親、東京の姉、山梨のウチの娘が同時にインフルエンザにかかり延期になってしまいました。今思えば、それも不思議なことです。
 そして、このたびの実現に至ったと。それまで興亜観音のこともほとんど忘れていました。で、昨日初めてその施設の場所を地図で調べてみて、本当に驚きました。鳥肌が立ちました。
Th_img_9973 なんと、その新しくできた施設の道を挟んで正面が興亜観音だったのです。なにしろ、その施設の入り口にあるバス停は「興亜観音前」という名前なのですから!
 数日前に、姉から電話があり、もちろんその時は興亜観音のことは知らなかったのですが、出口王仁三郎の耀わんを持って行こうかという話になりました。それは単純に、姉が耀わんに注いだ水を持って帰りたいからという理由でした。
 結果として、「統合」の象徴である耀わんを携えての興亜観音参拝となりました。
 耀わんを背負って、私たち夫婦二人で道を渡り、目の前の山を登り始めると、晴れているのにものすごい嵐のような風が吹き始めました。目の前で大木の枝が折れて落ちてくるほどです。王仁三郎の御神業をする時、よく嵐が起きたり、地震が起きたりしましたね。たしかに尋常ではない大風でした。
 恐怖すら感じながら急坂を登り切ったところに興亜観音は立っていました。耀わんを取り出し、富士山から持ってきた水を注いで奉納しました。横にある七士の碑などにも奉納させていただきました。
 以下、写真を掲載します。そこで私たちが感じたモノが伝わるといいのですが。なぜか写真がうまく撮れませんでした。ピントはぼけるし、妙な光はさすし、ブレるし…なんなんでしょうね。
 世界の平和を実現するために、まず私たち個人レベルでの対立を一つ上の次元で統合統一していかねばなりませんね。南京の真実は、過去にあるのではなく、未来にあるのだと思いました。

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2014.05.23

人間はいつから空と色に分かれたのか?

↓こいつは悟ってるな(笑)
Th__20140524_84712 日は高校生と宿泊座禅です(書いているのは明けの朝ですが)。
 座禅しながらふと思いました(…全然無になってないですね)。
 まず再確認。色=空 , 空=色(その1)色=空 , 空=色(その2)に書いたことは、やっぱりワタクシ的には正しいなと。「空」という「うつわ」をしっかり磨かねば。その一つの方法が座禅であるなと。
 そして、若い頃いやいや座禅をしていたのを思い返してみると、多少最近は器の質が良くなったかなとも思いました。とりあえずいやいやではなくなっている。
 そして、今日は「いつ自分は空と色に分かれたのか」という疑問も湧いてきました。
 普通に考えると、生まれて外界を認識した瞬間か。いや、言語を習得した瞬間か。いやいや自我を意識した瞬間か。
 それとも生まれる前からすでに分かれていたのか。もともと生命の誕生こそが、(女性という)空(器)に(男性という)色が満たされることなのか…などと、いろいろ夢想しました。
 昨日と一昨日の記事で、日本と世界の二分化のルーツを妄想しましたが、スケールを小さくして人間についてもそれを考えてみるとなかなか面白そうですし、スケールを小さくしたつもりが、宇宙の陰陽の起源に行き着いたりしそうですよね。
 というか、スケールの大小なんていうのも、座禅をしていると関係なくなっしまう。やはり「不二一如」こそが悟りの境地なのでしょうか。
 いずれにせよ、私の人生のテーマはその「不二一如」であり、それは過去的根源への旅であるとともに、未来的統合への展望でもあります。
 おそらくは私たち個人から宇宙に至るまでが、螺旋的な進化を遂げていくものなのでしょう。すなわち、根源の形に戻るけれども、それは一つ上の次元において実現する。時間も実は螺旋的に、つまりリニアでありサイクルであるという流れ方をしていて、私たちは根源の姿を帰ろうとしながら進化していくと。
 座禅をしながらそんなイメージが浮かんできました。
 そうしますと、私たちが空と色に分かれたのも1回のことではなく、「不二一如」に回帰すると同時にまた分化していくということを繰り返してきたのかもしれません。
 そして、それは「元の木阿弥」というような意味合いではなく、そのたびに次元を上昇させてきたのであって、ちゃんと前進しているのだと思います。
 そうしますと、昨日、一昨日の「左右」「東西」もまた、やはり統合統一すべきものであって、その後また違った形での分裂分化が予想されようが、とにかく理想的な一点に向って精進することに躊躇してはいけないということかもしれませんね。
 あるいは、「いつから分かれたのか」ということを考えるよりも、「何度分かれて再び帰一したのか」を考える方が有意義かもしれない。そんなことを考えていたら、あっという間に座禅の時間が終わってしまったのでした。
 全然「無」ではないけれども、「空」にはなれた座禅だったのかもしれません。


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2014.05.22

世界はいつから東西に分かれたのか?

↓日本を中心に置くとたしかに世界が収まる?
Globalmap

 日の続きです。もっとぶっ飛んだことを書きます。気が狂ったわけではありませんので、ご安心ください(笑)。
 昨日は「日本の左右」について書きましたけれど、考えてみれば、左翼・右翼というのフランスに発した言葉ですよね(詳しくは「右翼と左翼」参照)。
 世界的な視点からしますと、世界は東西に別れてケンカをしてきたと言えます。
 そう書くと、なるほどソ連とアメリカのことかと思われそうですが、実はそうではありません。もっともっと古いお話です。年代もよく分かりません。神代のことです。
 「分かれた」というのですから、昨日の「出雲」のように、その原点がどこかにあるはずですよね。
 そこはどこかというと…なんと、日本なのです!
 と、こういうことを書くと「気が狂った」と言われるわけですね。私たちは学校の先生に洗脳されてますから(笑)。
 ちょっと冷静に言いますと、今から100年ほど前には、多くの先生たちは本気で「日本が原点」と思っていました。教育者のみならず、政治家、文化人、それこそ「先生」と呼ばれる人たちの多くがそう思っていたのです。
 近代化していない、いや、近代化の過程にある国では、少なからずそうした「中華思想」的傾向が起きるのが普通です。
 日本も御多分にもれず、そうして「自信」を持って近代化を進めたんですね。
 そうした世界観は江戸時代、たとえば佐藤信淵にも見て取れます。明治維新後はさらにその傾向が強くなりました。
 私が関わっているマニアックな(アンダーグラウンドな)ところでは、宮下文書(の作者)、出口王仁三郎、木村鷹太郎、仲小路彰なども、そういう発想を持っていました。
 日本が中心であり、そのまた中心が富士山であるとか…。
Th_photo あっそうそう、出口王仁三郎の「日本列島は世界の雛型」論は「比喩」「物語」としては、大変面白いし、象徴的ですよね。
 また違った面から書くなら、当時の日本国全体もそういう発想をもって、大陸に進出し、欧米と戦ったわけですよね。
 私はそれを事実として受け止めるというよりも、「比喩」として捉えているので、頭から否定するようなことはしません。
 結局は、身びいき、自己中心的と言われてしまう可能性もあるわけですけれども、たしかに日本にはそういう歴史とポテンシャルがあるような気がするんですね。
 この前参拝した富山の皇祖皇太神宮なんかも、そんな比喩の一つではないでしょうか。
 キリストやモーゼや徐福らが実は来日して学んでいたなんて、それこそ学校教育的には噴飯物にほかなりませんが、「比喩」として考えれば、それはそれでありえない話ではない。
 つまり、日本的な思想に触れていた可能性はないとは言えないということです。あくまでも「日本的」ですよ。
 そうして「比喩」として見ると、太古、神代に日本(的なるもの)が二分され、それぞれ東西に分かれて住むようになった、と考えてもあながち間違いではないかもしれませんね。
 こういう考え方は科学的に証明されるものではありませんが、私たち日本人が意識として持っていて損はないと思いますよ。
 もちろん、戦前戦中のような方法につながるのは明らかな間違いです。しかし、私たちはそうした失敗を経験していますから、今度は正しい方法で「統合」を図ることができるのではないか。私は本気でそう思っています。
 まずは国内の統合でしょうかね。それができれば、世界の統合はそれほど難しくないと予感しています。


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2014.05.21

日本はいつから左右に分かれたのか?

Th__20140522_151758 日は得意の縦横無尽トークを展開しますよ(笑)。どうなることやら。
 昨日紹介したイエモン、特に吉井和哉さんの魅力は「エロ」ですよね。男の「エロ」は男にも女にも受けます。私なんかも憧れますね、ああいう大人の男の色気。
 そう、私に決定的に欠けているのは色気でしょう(笑)。残念です。
 「エロ」と言えば、前に私、すごい発見したんですよね!「我々が左右の手で大事に抱えているものとは…!?」という記事をご覧ください。
 そう、私たちが左右の手で抱えているものは「エロ」なのです!案外気づいていない方が多いのでは。
 面白いでしょう?なんだか嬉しいやら哀しいやら。
 左右と言えば…今やノスタルジックな言葉になってしまった左翼、右翼という言葉、これもまた大変微妙になっていて、ほとんど意味をなさなくなっていますねえ。
 ちなみに私は左でも右でもないというか、どちらも一緒に見えているので、なぜ対立するのかよく分かりません。
 すなわち、これって対立の構図ではなく、一直線上の配置の問題じゃないですか。歴史的に見ても。
 結局、理想と現実だと思うんです。未来に理想を求めつつ、現在の現実に対処しなければならないのは、これは人類として当然のプロセスですよね。
 たとえば、軍事力を持たいないというのは理想ですが、現実的には相手もあることですから、抜かないことを前提に優れた刀を持っているべきだと思います。
 そうしているうちに、別次元から相手を諭して、あるいは相手の前進(革新)を促して、非武装という理想を現実化すべきなのです。
 それを分断して考えてしまうから、政治でも経済でも教育でも宗教でも衝突してしまうのだと思っています。
 私の中ではとっくに両者は統合されているわけですが、世の中一般はそうは行きませんよね。決して上から目線でものを申しているわけではありませんが、どうも、私たち人類は「相手を否定することによってしか自分を肯定できない」クセがあるようです。
 で、そういうクセはいつ始まったのかということですが、これを今日は思いっきり荒っぽく想像してみたいと思います。
 そう、「荒っぽく」というわけで「荒魂(あらみたま)」を発動させます。
 「荒魂」と対立する構図にあるのは「和魂(にぎみたま)」です。本来、この二魂は一体となったモノだったはずですが、それがある時に意識的に分析されて、二魂に分けられました。
 私は、それが「国譲り」の時だと考えているのです。ちょっと前、諏訪の話のところでも書きましたが、オオクニヌシの「奇魂+幸魂=和魂」と名乗ったオオモノヌシが大和の国三輪山へ祀られ、のちに聖徳太子の十七条憲法や伊勢を中心とする現在の天皇家にもつながっていきます。
 一方、残された「荒魂」はタケミナカタに象徴され、東国との境目の諏訪湖に幽閉されます。
 ちょっと話が逸れるように思えるかもしまれせんが、出口王仁三郎の霊界物語には、次のような一節があります。

 七十五声の言霊に
 因みて澄める諏訪の海
 皇大神が三千歳の
 遠き神代の昔より
 ミロク神政の暁に
 厳の御霊と現して
 神の御国を固めむと
 諏訪の湖底深く
 秘め給ひたる珍宝
 竜の宮居の司神…

 大本で言う「厳霊」は「荒魂」、「瑞霊」は「和魂」と捉えられますから、やはり、諏訪湖には「荒魂」が沈められている(鎮められている)わけですね。
 ここでまた、話がぶっ飛びますが、今日のニュースに「和魂」を象徴する話題がありました。
 一つは「厚木基地の自衛隊機夜間飛行差し止め 騒音訴訟で地裁初判断」というニュースと、「大飯再稼働認めず 福島事故後初の判決 福井地裁」というニュース。
 司法がともに「和魂」を発動した判決を出しましたね。軍事力と原発は、現代の「荒魂」の代表ですからね。
 それこそ、軍事力も原発も理想論的にはないに越したことはありませんが、現実的にはそこに頼らざるをえないのが、現在の人類、いや日本人のレベルだと私は思っています。
 そう、ものすごく単純化してしまうと、左翼の方々は理想主義で、右翼の方々は現実主義だということです。そういう意味では、「保守」「革新」という言葉もなんだか分からなくなってしまっていますよね。
 「革新」の人たちが「護憲」と唱え、「保守」の人たちが「改憲」を唱えるわけですから(苦笑)。
 正直、皆さん、この何千年も続いたであろう「左右」の対立構図に洗脳されてしまっていて、ある種の思考停止に陥っていると思うんですよね。
 今必要なのは、「和魂」と「荒魂」の再統合だと私は思っています。その象徴となるのが富士山ではないでしょうか。そう考えると、富士山の噴火が全くないというのは、これはこれで困ったものです。「荒魂」は小出しにしてやることが大切であり、それが「祭」の本質だからです。
 もちろん「吉田の火祭り」の意味はそこにあるわけですが、はたして現在の火祭りがその機能をちゃんと果たしているか、ちょっと不安でもあります。
 ということで、左右が分かれたのずいぶん前の話で、そこで「エロ」も「エ」と「ロ」に分かれてしまった。だから、これからの日本は「エロ」を取り戻さなければならないということです(笑)。そうすると、サヨクでもなくウヨクでもない本当の「仲良く」の世界がやってくる!
 「エロ」というとあんまり教育的ではないですよね。では「和合」と言いましょう。陰陽和合すべし…ようやくまとまったかな(笑)。
 ああそうそう、冒頭の写真の本ですが、「フード左翼とフード右翼」めっちゃ笑えますよ。あまりに分かりやすい構図ですね。

Amazon フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人

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2014.05.20

THE YELLOW MONKEY 『天国旅行』

 楽ネタが続いております。特にロック。
 最近訳あってというか、縁あってTHE YELLOW MONKEYを聴き直しております。特に名盤中の名盤「SICKS」。このアルバムは、こちらに書きましたとおり、本当に私の人生を変えてしまうほどのインパクトを持っていました。
 そしてまた、久しぶりにじっくり聴きこんでみると、またまた成長している。アルバム自体が成長して聞こえる。新たな発見もあって、まるで初めて聴いた時のような感動を味わっています。
 中でも改めてすごい曲だと思ったのが、この「天国旅行」です。
 吉井さん自身も著書の中でこの曲は特別だと語っていますね。「裏JAM」とまで言っている。こんな曲を生み出して、そして演奏して歌ったら、それはもう天国旅行に出てもいいと思ってしまうでしょう。
 ロックの持つ激しさ、重さはもちろんのこと、日本語ロックならではの切なさ、寂しさ、そしてなぜだか不思議なあたたかさや静けさもある。
 壮大なオペラのようでもあるし、映画のようでもある。しかし、一方で場末の芝居小屋の空気のようなものも感じる。
 「つくしんぼう」…この全く意外な日本語にそれら全てが封じ込められている不思議。いったい何が起きているのでしょうね。
 ちなみに三浦しをんさんの「天国旅行」という作品は、この曲にインスパイアされて書かれたものです。
 この横アリのライヴ映像は本当にカッコいいですね。「つくしんぼう」のカッコよさ。本当にすごいと思います。
 私は残念ながらこの曲を生で聴く機会はありませんでした。
 いや、いつか聴けるかもしれないな。この曲を生で聴かねば死ねない。いやいや、聴いたら死んでしまうかもしれない。
 それくらいこの曲には魂を揺さぶられるのです。日本語ロックの一つの極点でありましょう。
 今日は私の言葉はこれくらいにします。せっかくのカッコよさに水をさしかねませんから。
 最後にもう一つの動画をどうぞ。

 吉井さんとは不思議なご縁ができました。というか、彼、中学の二つ下の後輩だったんですよ。だから、実は35年前から縁があったと分かって、お互い「これは運命ですね」と驚きあいました(笑)。
 さらにまた別のルートでのご縁もできまして、これは生「天国旅行」も夢ではないかも!?などと妄想をたくましくしております。

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2014.05.19

CHAGE & ASKA 『SAY YES』

 ASKAの逮捕で大変な騒ぎになっております。この流れなら言える。実はワタクシ「SAY YES」か好きでした(笑)。
 あの曲が大ヒットした頃、私はいわゆるJ-POPを馬鹿にしているようなところがあって、正直に「好きだ」と言えなかった。
 今なら「ほんとは好きなんだろ?イエスって言えよ!」と言われれば「イエス」と答えられます(笑)。
 いや、実際のところ、この曲を初めて聴いた時の衝撃は忘れられません。本当に驚きました。ヤバイと思いました。
 いちおう音楽理論的なことにもはまっていたので、この曲の複雑で破格なコード進行と、しかしそれでいて非常にポップでキャッチーなメロディーとの共存には、「やられた!」と思いましたね。
 それまでのチャゲアスのイメージとはかけ離れていたし、うわっ、これは降りてきたなと感じました。
 降りてきた…というのが、今考ればミソというか危なかったところかもしれません。
 こういう神がかり的な曲を書いてしまうと、あとがきつい。YAH YAH YAH なんか、あえて逆路線(シンプル路線)でうまくごまかしましたが、やっぱりあとが続かなかった。
 そうすると、カネがあって悩んでいるところにつけ込むヤツが出てくる。きっつい世界ですねえ。
 今日のニュースで、彼に関係する曲の出荷停止が決まったとのことで、CHAGEさんはとんだとばっちりを受けることになりますね。
 とにかく聴けるうちに聴いておきましょう。この神曲を。もういやというほど聴いておられると思いますので、ぜひベースラインに注目(注耳?)しながらどうぞ。韓国でのライヴ。

 最初の4小節は普通ですが、5小節めからのプチ転調、そして9〜12は普通にリフレインとして13小節からのうごめく転調の連続はちょっとびっくり。
 そして、「恋人の〜」の「こ」が一番ありえませんね。ここでこれが来るかという。ホントびっくりしました。そして、驚いているうちに普通に戻っているという(笑)。
 その後ベースラインクリシェやドローンを経てサビへ。このサビがまた衝撃的だった。半音下降のベースのクリシェの上に、ディミニッシュのコードが乗って、あのうねるようなメロディー(メロディー自体は普通の音階でできています)が乗って、そしてまた穏やかに日常に戻っていく。
 長調の曲の中でディミニッシュ系のコードを上手に使っているという意味では、ショパンに匹敵するのでは(ちょっと大げさかな)。
 いずれにせよ、昨日お休みしたポールでさえも発見できなかったことをやってますよね。この曲は国際的に通用するでしょう。
 こうしたコードアレンジはASKAさんなのでしょうか、それともキーボーディストの十川知司さんなのでしょうか。
 いずれにせよ、バブリーすぎるコード進行が、奇跡的にうまく行った稀有な例ですね。バブルが残した遺産でしょう。
 また、地味にCHAGEさんのハモりがいいですよねえ。うまい。ハモりを作ったのはCHAGEさん本人でしょうか。ただの3度ハモりではないですよね。効果的です。ハモりというより対旋律ですよね。
 CHAGEさんの良さを実感するために、CHAGEパートを違う人が歌ったやつを聴いてみましょう(笑)。
 

 この頃のASKAさんは、もうちょっとヤバイ感じですね。しかし、それを励ますかのように、周りの方々が頑張っていますね。あの単純ながらも効果的なイントロのピアノを味わい深げに弾く小林武史さん、ベースの醍醐味を味わい尽くしいるであろう亀田誠治さん。もちろん対旋律に酔う桜井和寿さん。
 神に愛され悪魔に魅入られたASKAさん…ということでしょうか。
 ちなみにウチのカミさん、この曲が発売された1991年に、親にナイショで秋田市で行われたチャゲアスのライヴに行ったそうです。センター試験の2週間前(笑)。当然、この曲も生で聴いたとのこと。そして、ASKAがバク転したそうです(笑)。

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2014.05.18

ポール・マッカートニー公演中止!

 う皆さんよくご存知の通り、ポール・マッカートニーの国立競技場公演が基本的に全て中止となりました。
 今回、私はある方からご招待をいただき、大変な良席でポール様に拝謁が叶う予定でありましたが、残念無念。まあしかたありません。次の機会に期待したいと思っています。
 そんなわけで、しかたなく今日は日記風に。
 昨日のBUMPのライヴから一夜明け、静岡から東名で東京へ。11時頃千駄ヶ谷に着いたので、まずは駐車場をキープ。
Th_img_9804 そこから徒歩で明治神宮へ。ポールの全快を明治天皇に祈願。思えば、明治時代というのはイギリスと比較的良好な関係を保っていましたね。
 ちなみに今日5月18日は、英仏七年戦争が始まった日でもあり、また、明治32年には第1回万国平和会議が開催された日でもあります。
 そんなことも思い出しながら、四海波静かであらんことを祈りました。
Th_img_9805 その後、なぜか近くの日本共産党中央委員会本部へ。
 共産党の本拠地が、明治神宮の北参道の真正面にあるところがミソなんですよね。それによって「日本」共産党となっている。
 それはお互いにとって非常に健全なことです。共産党もあくまで「日本」であるということです。私はそういう共産党が大好きです(笑)。
Th_img_9806 続いて国立競技場のすぐ裏で6月8日のコンサートの練習。バッハのコンチェルトとカンタータを演奏しました。
 練習が始まる午後1時ごろにはすでに多くのファンの皆さんが国立付近でそわそわ。はたして今日は予定通りコンサートが行われるのだろうか…。
 私も練習しながらついついツイッターをチェックしてしまいました(笑)。スミマセン。
 いつも思うんですよね。ポール・マッカートニーのベースラインって、本当にバッハみたい。何度か書いたように、ビートルズというのは完全にヨーロッパのクラシック音楽の上に成り立っている。決してブラックが基礎ではないんですね。
 それはもちろんジョージ・マーティンの影響もあると思いますが、メンバーの中でも特にポールにはそういうバックグラウンドがあると感じます。
 と、落ち着かない練習もブランデンブルク協奏曲の5番で終了しました。時間は4時少しすぎ。そろそろ開場の時間のはずです。
 さっそく駐車場の車の中に楽器ケースを置いて、国立競技場へ向かいました。もうすぐそこにスタジアムが見えています。
 ツイッターも情報が錯綜しており、なんとも言えない、ギリギリまで本当にどうなるか分からない不安と、いやそれでもなんとかという期待とで、もう会場付近にはなんとも不思議なドキドキそわそわムードが充満しています。
 年齢層は全体に高めですが、それに相応しくないような感じでもあります。みんな若かりし頃に戻ってしまったかのような…。
Th_img_9807 そして、私がちょうど国立競技場前の千駄谷門のところまで来た時、誘ってくださった方から電話が。さきほど駅に着いたらちょうど「中止」のアナウンスが…とのこと。ガーン。
 ある程度予想し覚悟していたとはいえ、なんとも言えない脱力感が…。
 ポール、ポール、ああポールよ。
 いや、とにかく今は元気になってくれ!俺たちは待っている。大人な俺たちは気になんかしないさ…。
 数万人の「子どもな大人」の群れからは、そんな声が聞こえてくるようでした(涙)。
 私はもちろんポール(ビートルズ)への愛は人に負けないものがあります。しかし、なんか申し訳ないのですが、今回は想定外のご招待だったし、たまたま今日は国立裏で練習だったし、昨日はBUMPをライヴを堪能したし、正直実害(?)は他の人よりも少ないと思うんですよ。
 一生懸命チケットを取り、遠方から飛行機なんかでいらした方の気持ちを考えると…。
 ポール、ポール、ああポールよ。なぜにあなたはポールなの…。
 お金も時間もある程度自由になる「大人」でさえも思いどおりにならないことがあるということを、ここまで大規模に教えてくれたあなたは、やっぱり神でした。
 それにしても、日本人って本当に鷹揚ですね。日本はいい国です。きっと神もそれを実感していることでしょう。

 

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2014.05.17

BUMP OF CHICKEN TOUR 『WILLPOLIS 2014』@静岡エコパアリーナ

Th_img_9798 ンプのライヴに参戦してまいりました。なんと6年前のたまアリ以来。
 会場は静岡エコパアリーナ。こちらはレミオロメン以来5年ぶり。
 そして、ワタクシとしては非常に濃厚でタイトなスケジュール。今日は午前中オープンスクールで、それが終了後すぐに車で掛川に飛んでそこから電車で愛野へ。ライヴ終了後静岡市の実家で寝て早朝東京へ。午後3時間ほどコンサートの練習でバッハを弾いたあと、国立競技場のポール・マッカートニーのライヴへと。
 そろそろ50になろうかというおじさんにとっては、かなりきつい(笑)。まあ、どれも皆さんに誘われてのイベントですから、音楽の神様からのプレゼントですよね。幸せなことであります、ハイ。
 ということで、BUMPのライヴ。そういう流れの中での一コマですから、おそらくは会場の他の皆さんとは違った視点・聴点で観て聴いたことと思います。
 一般的な感想やセットリストなどは、他のファンの方におまかせするとして、ちょっとした苦言も含めて私なりの感想を書かせていただきます。
 まず、彼らの存在自体から。
 なるほど、彼らは、ロックと「優しさ」という、本来相容れないものを融合した稀有なバンドだなと。彼らの人気がどこに根ざしているかというと、間違いなく「優しさ」です。
 それが6年前に感じたキリスト教的な宗教性であったのでしょう。今回は会場がたまアリに比べれば小ぢんまりしていたこと、演出が「俗」だったこと、静岡のお客さんがある種庶民的であったこと(笑)などなどの理由により、なんといいますかね、宗教的というよりも家族的な空間になっていたように思います。
 この前、アルバム「RAY」についてた書いたように、藤原くんの歌詞は私たちの矛盾を共有してくれます。それは弱さへの慰めなどというものではなく、ある意味矛盾を抱えながらも、答えが出ないことが分かっていながらも生き続ける私たちの強さへの讃歌となっています。
 それを、ライヴでは、実際に目の前にいる観客のために、非常に丁寧に丁寧に歌いあげてくれる。献身的なというと変かもしれませんが、そういう愛情を感じさせる藤原くんの歌でありました。
 もしかすると藤原くん一人では、そういう「優しさ」が私たちのところまで降りてこないかもしれない。そこがこのバンドの肝だなとも思いました。
 つまり、他の3人の「普通」さによって、藤原くんの「天才」性が際立つかと思うとそういう訳ではなく、逆に私たちにとって身近なものとなる。
 きっと彼らは(特に藤原くんは)それをよく理解しているのでしょう。たとえば彼がソロになったら、彼は一気に私たちから遠い存在になってしまうことでしょう。
 そういう意味で、他の3人が「天才」でなかったことが、BUMPをBUMPたらしめているとも言えます。いや、ホント、これが藤原くんのソロのステージだったら、けっこう耐えられないかもなと思ったのです。
 さて、そんな彼らのバンド・サウンドについて。エコパは正直音響のよくない会場です。あれが限界だったのかもしれませんが、なんとなくゴミゴミした分解能の低いサウンドだったのは残念(ちなみに席はステージすぐ左のスタンド上方)。
 ただ、そんな中でも、ライヴならではの音のバランスと視覚効果で、藤原くんのヴォーカルだけでなく、楽器音にも意識が向かい面白かった。なるほど冷静に考えれば当たり前ですが、彼らは非常にスタンダードでシンプルなギター・バンドですね。彼らのギター・アレンジはなかなかよく出来ている。リフやフレーズのセンスはなかなかのものです。ベースやドラムスを含めて、CDだとよく聞こえない部分が聞こえて面白かったし、関心しました。
 ところで、ライヴを通じて何度かメンバーから「お前ら」という言葉を聞いたのですが、彼らってそういう言葉使いましたっけ(笑)。私の勝手なイメージかもしれないけれど、「優しさ」の中でなんだか違和感があったのですが。デレツンというか(笑)。
Th_img_staff_140518_01 さて、ここからはちょっとした苦言を。もちろん、これはロックおやじであるワタクシの個人的な意見に過ぎませんが、誰かが言わないといけないとも思うのであえて。
 あのザイロバンドはやめた方がいいですね。最近の流行りなのかしりませんが、ああやってライヴに強制的に参加させられるのは非常に不快です。
 これはBUMPだけでなく、最近の日本のバンドのライヴに共通していますけれども、とにかく、オーディエンスを型にはめるのはやめてもらいたい。
 特にですねえ、これは本当に本当にイヤだし、センスがないと思うのは、(ザイロバンドをした)片手を振り上げて「1拍目」と「3拍目」で振ることです。
 言うまでもなく、ロックは「裏打ち」の音楽です。もちろん楽曲によっていろいろですが、基本強拍を感じるのは「2拍目」と「4拍目」です。簡単に言えば升くんがスネアを叩くタイミングで力をこめるべきです。分かりますよね。
 それが会場の皆さん、自然にではなく(そう信じたい)、ほとんど強制的に「表打ち」させられてしまう。気持ち悪いことこの上ありません。
 私は当然、そんなことはせず、場合によっては目をつぶって感じるままに体を動かしていましたが、きっと周りの方々からすると、みんなに合わせない勝手なオヤジに見えたことでしょう(苦笑)。
 もともと日本人は「裏打ち」が苦手な民族です。だから非常に日本的な風景であるのは事実です。
 しかしなあ、せっかくヒロくんがブルージーなソロを弾いているのに、ああいうリズムの取り方するのはどうでしょう。民謡の演奏会や応援団(すなわち軍歌)ではないのですから。
 というか、チャマの頭の動き(リズムの取り方)と聴衆の腕の動きがことごとく逆になっていたのは、もうなんというか、逆に感動というか(笑)。ぜひ、DVDなどでお確かめ下さい。
 それから、これは静岡の皆さんがおとなしいというか、おっとりしているからか、拍手が淡白で、なんとなく沈黙の時間ができてしまっていたのはライヴの場としては残念。歓声や掛け声が少ないのはBUMPのファンの特徴ですけれど。
 アンコールを4曲もやってくれたのは、そういう意味で「終われない」雰囲気だったのでは(苦笑)。
 と、なんかいやな言い方になってしまいましたが、同じような違和感を抱く方もいらっしゃると思いますので(実際一緒に行った姉もそう感じるとのこと)、あえて申し上げておきます。
 全体としてはもちろん非常に楽しく充実感のあるライヴでした。メンバーには心からありがとうと言いたいと思います。
 そして、ライヴ終了後、ポールの公演が中止になったことを知りました。はたして、明日、私はポールに会えるのか。ロックのルーツの一つに出会えるのでしょうか。
 
 

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2014.05.16

『幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語』 平野真敏 (集英社新書)

20140516_181751 いつい引き込まれ、あっという間に読んでしまいました。
 いろいろ理由はあります。
 まず、「変な楽器」が主人公であること。私は「変な楽器」マニアです。
 それも「ヴィオラ」族の楽器であること。私はヴィオラ族の楽器を弾きます。
 それもそれも「5弦(最高弦E線が加えられている)」ヴィオラの話であること。私は5弦ヴァイオリンを弾きます。
 さらに「歴史から消された」モノであること。私は「歴史から消された」ものを発掘するのを天命としています。
 そして「謎が徐々に解明されていく」こと。私の一番好きなストーリーです。
 そしてそして「運命の出会い」の連続であること。これは今私も体験しています。
 これで最後にしましょう、「直観(霊感)」の物語であること。これも今の私の生活そのものです。
 追伸…文章が非常にうまい。
 というわけで、これは音楽好き、楽器好きのみならず、ミステリーやサスペンス好き、あるいは探偵もの、そしてドキュメンタリー好きの方にもおススメです。
 「ヴィオラ・アルタ」…私も知りませんでした。ある時期、ドイツで、いかにもドイツらしい発想のもとに生まれた「究極の楽器」。それが一時の栄光から一気に没落し、歴史の闇に葬り去られていった。なぜなのか。
 それも今から100年くらい前の、いわば近過去の話だから面白い。私もこのブログの中で、出口王仁三郎や「もう一つの富士山シリーズ」など、近過去に圧倒的な存在感を持っていたにも関わらず、今ほとんど忘れ去られてしまったモノ、しかし、少しずつ復活しつつあるモノを紹介していますね。
 そう、超古代などの謎を解いていくのも面白いのですが、それだとだいたい想像の産物になってしまい、結局は一般的な真実に至らない。しかし、近過去ですと、資料や実物、さらに関係する人物などが実在するので、より真実が明らかになりやすいし、こちらとしても実感が興奮や感動となる。
 最近私、「国譲り」の話をよくするじゃないですか。あえて消される(負ける)ことによって、純粋な形で原型を残すという。
 たとえば、ヴァイオリンなんか、ずっと勝ち組だったために、ガンガン改造され、ストラディヴァリだって、ほとんど原型をとどめていませんよね。すなわち「バロック・ヴァイオリン」の形では残っていない。だいいち本来の「ヴァイオリン」を「バロック・ヴァイオリン」と呼ばねばならない時点でおかしい。
 その点、この「ヴィオラ・アルタ」は、たった100年の間に完全に忘れ去られることによって、完全にその原型をとどめることができたわけです。そして、それがなぜか日本で復活する…そこが面白いところです。
 この大型の5弦ヴィオラ。大きさとしてはヴィオロンチェロ・ダ・スパラよりやや小さいくらいでしょうか。ということは、もう私の頭の中ではすでに弾けています(笑)。むむ、ほしいかもしれない。
 いつもお世話になっているバイオリンJPさんに、やや小型ですが、ヴィオラ・アルタもどき(?)が売りに出ています。お手頃なお値段だし…やばい、食指が動く(笑)。
 自分でも呆れてしまいますが、スパラ、(なんちゃって)ヴィオラ・ダモーレ八雲琴、そしてヴィオラ・アルタと、「変な楽器」度では、もしかすると著者の平野さんを超えてるかもしれませんな(笑)。
 まあ、考えてみれば、30年以上前からバロック・ヴァイオリン、ヴィオラを弾いていたわけで、もう10代の頃から変わり者だったんですね、私。メジャーでは勝負できないと分かって邪道を歩んだというわけですな。
 それはいいとして、とにかくこの本は面白かった。上では「追伸」なんて失礼な扱いにしてしまいましたが、何しろ「文章」がうまい。音楽、特に楽器のたたずまいや風情、風合い、そしてなんと言っても「音」を言葉で表現するのは非常に難しいはずなのですが、そこを見事にクリアーしています。
 図版や写真に頼りがちになりそうなところを、あえて文章だけで勝負している。そこは本当に素晴らしい。
 そして、最後の最後に「動画をぜひ」と。素晴らしい筆力だと思いました。それは、リッター教授の「ヴィオラ・アルタ物語」への敬意の現れなのではないでしょうか。
 そう思ったら、当初載せようと思っていた動画、やっぱり貼るのをやめます。この本を読んで、いろいろ姿形や声を想像してから、実際に(と言っていいか分かりませんが)アルタ本人と出会うのが一番幸せでしょう。
 う〜ん、それにしてもなあ…パイプオルガンにつなげたところは、本当に神がかっていますねえ…これぞ「モノ語り」です。
 ぜひお読みください。

Amazon 幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語


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2014.05.15

ワイシャツ10枚福袋

Th_atmlfuku1302 日は軽い話題。
 ワイシャツをまとめ買いしました。
 私は半袖が嫌いなので1年中長袖ワイシャツを着用しています。そんなわけで、結局1年中同じシャツを使いまわしていますので、けっこう傷むのも早い。
 昨年度はこちらで紹介した5枚セットを毎日着ていました。
 教員業というのは、案外に肉体労働でして、けっこう服が汚れたり傷ついたりするんですね。それに、カミさんの洗濯が手荒(すわなちほかの洗濯物と一緒に洗って脱水をかけていしまう)のおかげもあって(笑)、けっこうくたびれた感じになってしまいました。
 というわけで、今年は2倍の10枚福袋を購入。2倍の数量ですから、単純計算して2年は持つかなと。そして、今年は家で洗濯するのではなく、安い日にまとめてクリーニングに出してみようかと思っています。
 で、送られてきた福袋ならぬ福箱を開梱してみると…おお、10着とも全然普通に使えるいいデザインだった!ラッキー。
 いつも気にしている混紡率は、残念ながらポリ80%のものが多かったのですが、まあ、それはそれでいいや。型崩れしにくいし、基本富士北麓は夏場でも涼しいのでそんなに汗を吸ってくれてくてもいい。
 去年の記事にも書きましたけれど、やっぱり私には「福袋」が向いてますね。
 すなわち、服を選ぶセンスというのが全くないのですよ。いや、それ以前に「洋服」が似合わない(笑)。顔や体型が髪型(髪ないけど)がたぶん純日本的なのでしょうね。一番似合うのは「作務衣」(笑)。
 洋装に自信がないから、いざ選ぶとなると、ついつい無難なホワイトシャツとかになってしまい、なんともおっさん臭くなってしまったりする。似合わない上にダサい。
 ですから、こうして半ば強制的に神様に(?)押し付けられたものを着る方がずっといい。自分自身の判断よりいいのはもちろん、自分の固定観念を突き破ることもできるし。
 自分で選ぶ勇気はないけれども、与えられたものを着る勇気をあるというのは、いったいどういうことなのか、自分でもよく分からないのですが、とにかく、与えられればけっこう派手なものを楽しく着ることができるんですね。
 実はスーツや普段着も福袋ばかり買ってるんです。安上がりということもあるけれども、案外いいモノに出会うことが多いんですよ。つまり、普通ではないデサインのもの。
 もともと福袋というものは、売る側からすれば「売れ残り」「在庫」処分のためのものでしょう。そういうものには個性的なものが多いのも当然です。
 とは言うのもの、今回の福袋はけっこう「普通」のレベルに収まっていて、実は内心がっかり…いやいやホッとしたりしたわけです。なにしろ生徒がうるさいですから(笑)。ものすごく目ざといので。
 最近、とんでもないお立場の方々にお会いする機会が増えまして、そういう方々は当然オーダーメイドの個性的な服に身を包んでおられる。そんな時、ちょっと気恥ずかしい気もしますが、私はやはり庶民の代表として「福袋」ファッションを貫いて行こうと思います。
 案外そういう他者性こそが私の個性だったりして。
 今度私に会ったら「あっ福袋着てるw」と思って下さい(笑)。

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2014.05.14

マスクを脱いだ!…から24年

 日はジャンボ鶴田さんの命日でした。あれから13年。偉大なレスラーであり人間でした。
 そして、今日は、そんな鶴田さんという大きな壁を乗り越え、ある意味ではその偉大なる大先輩を凌ぐレスラーとしてリングに散った三沢光晴さんにとっても記念すべき日であります。
 そう、2代目タイガーマスクから「三沢光晴」になった日、すなわちマスクを脱ぎ捨てたあの試合から24年。
 こうして私の人生を支えてきたくれた偉大なるレスラーたちが今この世にいないことを思うと、はたして自分は命がけで何かをなそうとして生きているのか自問せずにはいられなくなります。
 鶴田さんは享年49。今の私と同い年。そして、三沢さんは46歳。いったい自分は毎日何をして過ごしているのだろう…。
 今日は、三沢さんが三沢さんになった日を記念して、いくつかの動画を見てみましょう。
 まずは、そのマスクを脱いだ日がプロレス初観戦だったという方が作った思い入れたっぷりの動画。なかなかよくまとまっています。危険な角度の技の連続に、なんか涙が出てきますね。

 プロレスにとってのマスクというのは、実に深い深い意味があります。もちろんここでその全てを語り尽くすことはできませんが、まあ今どきマスクという古典的物語世界がまかり通るのはプロレスくらいのものでしょう。
 マスク(仮面・覆面)には匿名性や変身性があるのはもちろん、チラ見せ性もありますし、ユーモア性もあります。いわば宗教的なアイテムとして発達してきたものです。
 そう考えると、宗教が弱体化した現代において、マスクが生き続ける、純然たる祭祀空間が残るプロレスというのは、実に重要な存在であることがわかりますね。
 まあ、プロレスも、以前に比べるとそうした宗教性が薄れ、マスクマンは減り、また実名レスラーが多くなってしまいましたが。
 さて、タイガーマスクというマスクを脱いで、三沢光晴という実名レスラーになった三沢光晴は、その後、上の動画にあるように、三沢光晴という神になっていきます。すなわち、生身の顔や表情や言葉をもってプロレスを体現していく中で、実は「三沢光晴」というマスクマンになっていったわけです。
 これはこの時代の四天王や三銃士にも言えることですね。そうして、前世代の神格化されたレスラーたちを乗り越えようとしていったわけです。
 そして、そこには、生身の事実を売りとする総合格闘技との混同という大きなリスクが伴ってきたわけです。
 つまり、世間の方が、彼らの「生身のマスク」を感じ取ることができなくなった、現代社会が宗教性を受け入れる余裕がなくなったということですね。最近はまた少し時代が戻りつつあるようにも感じますが。
 さて、最後に、あえて神格化される前の、生身の人間三沢光晴の言葉を聞いてみましょう。
 マスクを脱いだ直後の時期のインタビューだそうです。


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2014.05.13

植物性消臭液 『ニオイノンノ』 (フローラ)

Th_nioinonno100cc_2 近ウチの猫になったシローさんが世界的に人気です(笑)。
 いかにもノラ風なおんぼろさと味わい深い表情が魅力だったシローさんも、いつのまにか見目麗しい(?)家猫になってしまい、一部のマニアはちょっとがっかりしてるとか(笑)。
 ま、実際おんぼろだったんですよ。犬猫病院に連れて行ったら、それこそ満身創痍。病気もケガも重症で、このまま野良生活を続けていると、そんなに長くは生きられないなんて言われちゃったもんだから、もう猫教信者のウチのカミさんは「飼います!」っていうしかないじゃないですか。
 正直「飼います」は「買います」と書き換えてもいいくらいお金がかかります。治療費、いずれかかるであろう去勢手術代、それからもちろん毎日のエサ代などなど。
 まあそれは運命。しかたありません。明らかにシローさんは福猫なので、きっと何か我が家に福をもたらしてくれることでしょう。というか、すでに幸せをたくさんいただいていますよ、シローさん自身から。
 たとえば「散歩」。猫好きにとって、猫と散歩するのは夢です。なかなか犬のようにはうまくいかない(実際今までのウチの猫たちは無理だった)のが当たり前ですが、シローさんはまあ見事に散歩してくれます(笑)。犬以上にうまく歩きます。
 1日2回の散歩は大変と言えば大変ですが、私にとっても日頃の運動不足を解消するための強制力として実に有効に働いています。
 さてさて、ウチはもともと黒猫3匹を飼っていました。2年前の正月に一番愛嬌のあったオヤジ猫弥右衛門が亡くなり、2匹になっていたんですね。そこに弥右衛門に似たキャラのシローさんがやってきた。
 弥右衛門はデブ猫で、ちょっと汚い話ですけど、まあ人間様のようなウ◯コをしましてね、それが臭くて大変だったんですよね。
Th_img_9732 シローさんも弥右衛門に負けず劣らずでして、まあそれでなくとも3匹も猫がいてトイレが家の中にあると、これからの梅雨時なんか臭いがすごいんですよね。
 そこで我が家で使っているのがこの「ニオイノンノ」です。これはなかなかいいですよ。100%植物由来(松・椿・カタバミ)の強力な消臭剤。
 強力ですが、一般の合成消臭剤などとは違って、香りは自然でさわやか。まさに森林の香りです。それがいい。
 そして、自然由来なので、とにかくいろんなところにシュッシュッできるのがいい。猫のトイレの臭いもあっという間に消えますが、その他、衣類、布団、靴、人間のトイレ、ゴミ箱、いろいろ使えます。
 シローさん、ある意味いい子で、お外では野良らしくスプレーしますが、家ではしないんですよね。どちらかというと下半身不随のミーが粗相をしちゃいます。うまくオシッコできないんですよね。
 その処理については、同じく植物由来でなんにでもガンガン使えるウォッシュレボリューション21を使っています。
 そう、このニオイノンノとウォッシュレボリューションの組み合わせは、ペットを飼う方にとっては最強タッグでしょう。両方ともちょっとお高く感じますが、それぞれ希釈して使いますので、結局経済的です。おススメします。

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ニオイノンノ公式


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2014.05.12

高ボッチ高原

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 訪湖を巡った私は、岡谷の知り合いおススメのスポット「高ボッチ」へ。いやあ、ここは本当に聖地ですぞ。
 今や「ボッチ」と言えば「お一人様」のことを指す言葉でありますが(笑)、ここでの「ボッチ」は伝説の巨人「ダイダラボッチ」の「ボッチ」と同様に「法師」がなまったものでしょう。
 たしかに、巨人の視点というか、まあ本当に素晴らしくて感動するとともに、様々な発見がありました。
 南の諏訪湖や八ヶ岳、富士山など、そして北東の北アルプスをはじめとして、とにかく360度の巨大パノラマが広がる、まさに別天地であります。
 諏訪と言えば、糸魚川静岡構造線と中央構造線の交わる十字路です。言わば日本のヘソ。日本を東西南北に分ける中心点とも言えます。それを巨人の目で確認できるのが高ボッチです。
 私はいろいろな土地に行くと、その地の気と交流をします(中二病です)。具体的な方法というのは簡単で、大地に根ざした自分が「アース」になって、空からの「気」を受信するだけです(そういう気分になるだけ)。
 そういう時にはあまり「五感」はあてにしない方がいいのですが、ただ「雲」だけは注目します。
 実は先週の富山行きでも、非常に多くの「雲」が気になりました。というのは、これも非常に感覚的な話で申し訳ないのですが、私にはどうも太平洋側と日本海側の雲の形というか、佇まいが全く違って見えるのです。
 まあ、地形が違うわけですから、当然と言えば当然なのかもしれませんが、この前富山から帰ってくる時にも、諏訪を境にガラッと雲が変わったことを感じました。諏訪から南は「いつもの」雲なんですよね、私にとっては。
 ところが諏訪から北の雲はまるで龍のように「流れる」。沸き立つのではなく「流れる」という感じがするのです。
 今回、高ボッチからもそういう「流れる」雲を観ることができました。
 そして、なんと、今回はですね、その日本海側の流れる雲、すなわち「気」が諏訪湖で止まることなく、富士山へ向けて流れ込んでいるのがはっきり見えたのです。
 写真を見て下さい。これはパノラマ撮影なので、雲が湾曲しているように写っていますが、実際にはずっと直線で南北に流れていました。

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 そして、なんと南端では、見事に富士山へ向けてカーブしているではないですか!

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 すなわち、ある種の結界が破れて、気の通りがよくなったというか、たまっていたエネルギーが富士山の方へ流れていったような感じがしたのです。
 ずっと太古に思いを馳せながらの旅でしたので、その美しい自然のデザインに特別な意思を感じました。
 思わず、帯同していた耀わん「十和田」を取り出し、天地の気と交流させてしまいました。「十和田」の瑠璃色と緑色が、自然の中に完全に溶けこんでいく…不思議な感覚を味わいました。

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 この流れるような雲、帰り、甲府盆地に入ってからもはっきり見えていました。ふつう太平洋側では東西に雲は流れますが、この日は南北だったようです。
 これらをもって、特に関東地方では「地震雲か?」と騒がれていたようですが、私には今回の流れる雲は悪い感じがしませんでした。では、何なのかと言われると、これはなんとも言葉では説明できないのですが。
 それにしても、この高ボッチ、本当に素晴らしい聖地ですね。どの季節も本当に素晴らしいとのこと。たしかに、様々なビューポイントを訪ねたことがありますけれど、ここは別格ですね。霊的な(すなわち五感でとらえられるのとら違った)ビューを体験することができます。
 巨人の目で日本を俯瞰すると、不思議なものですね、時間のスケールまで無限に広がっていくような感じがします。
 6月中旬にはレンゲツツジで埋め尽くされるそうです。また時間を作って行ってみたいと思います。

高ボッチ高原

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2014.05.11

出雲と伊勢と諏訪と富士

Th_img_9640 日は諏訪に行ってきました。先日の岐阜富山旅行の裏の目的は「諏訪」にあったのですが、実際には高速で通過するだけだったので、改めて行かねばと思っていたところ、岡谷にお住まいの知り合いの方からちょうど諏訪大社にお参りするとの話があり、急遽乗っからせてもらいました。
 結果として、この5月はじめの旅がある程度完結したという感じです。ありがたや。
 今回はまず富士吉田の北口本宮冨士浅間神社からスタート。
 今まで何度も書いてきましたが、ここはもともと「諏訪神社」でした。有名な吉田の火祭りも諏訪神社の例大祭です。
 なぜ、諏訪神社が浅間神社になったのか…それについてはこちらの記事参照。ただ、そこにも載せた私の思いつきツイートは今回の旅と思索でも生きています。

『諏訪神社と浅間神社のせめぎ合いは、縄文と弥生、龍神信仰と天皇制、北条と武田、水と火(神道と仏教もか?)のそれを象徴している。今富士山では浅間が勝っているように見えるが、火祭りで分かるように実は諏訪が実権を握っているのだ。鎮火のための火という矛盾の理由はそこにある』

 今、このツイートに何かを付け加えるとしたら、「国譲り」でしょうかね。そう、負けて勝つ、無意識化して純粋保存するというやつです。
 今回、諏訪大社を、前宮、本宮、秋宮、春宮の順で回ってみて、そのことを強く感じましたね。
 もちろん、「国譲り」の神話は、古事記独特の「捏造」である可能性が高いわけですが、当然、「物語」は現実の比喩でありますからして、何か「国譲り」的なことがあった、あるいは「国譲り」的な情報は残しておかねばならない事情があったのでしょうね。
Th_img_9660 諏訪湖から見る富士山は実に神聖な感じがしました。遠く憧憬の対象になるとともに、何か近づきがたい感じがしたのも事実です。
 「国譲り」と富士山…想像力をたくましくするなら、次のような新たな、そして古い「物語」を紡ぐこともできるでしょう。

 西日本では、国つ神(縄文系民族)が、大陸・半島からの渡来した天つ神(弥生系民族)に次第に呑み込まれていった。出雲にそれなりの勢力を誇っていた部族も最後は天孫族に帰順する。
 では、和魂(にぎみたま)と荒魂(あらみたま)に象徴される縄文系民族の自然観(宗教観)は消えてしまったのかというとそんなことはない。
 和魂(幸魂+奇魂とも言われる)は、大物主に対する大和人の信仰という形で、のちに仏教と合流しつつ、伊勢(天皇家)に受け継がれていった。
 一方の荒魂は当然すんなり帰順するはずはない。おそらく一部の武力勢力となって最後の最後まで抗ったにちがいない。その比喩がタケミナカタである。
 彼(ら)は次第に東に逃げ延び、東西を高く分断している日本アルプスを北に迂回してから内陸に後退しゲリラ戦を試みる。そこには、独特な信仰を持つ諏訪の人々がいた。出雲(縄文系・国つ神)の荒魂たるタケミナカタは、土着の龍蛇信仰と結びつきシャーマニズム的な最後の反抗を試みるが、最終的に和平工作に応じる。すわなち、停戦することと引き換えに諏訪に居住することを許されたのである。
 タケミナカタにはさらに南下するという道もあったが、かの富士山を諏訪湖越しに望んだ時、その幽玄たる姿と、噂に聞いていた富士高天原伝説の記憶とが結びつき、あそこには近づけないと直観したのである。
 富士山があのような姿に見えたことが、古来の諏訪を、現在の諏訪に変化させたとも言えよう。
 今や、諏訪の祭神は建御名方であるが、本来の諏訪信仰の対象はミシャグジ神である。今その古態をとどめているのは(ワタクシの霊感的には)前宮である。
 前宮は守屋山を御神体として、ミシャグジ神と呼ばれていたかどうかは別として、独特な龍蛇神を祀っていた。そこには既に四本の御柱を立てる習慣があった(逆に言えば鳥居や神殿はなかった)。
 タケミナカタはその古態を守ると同時に、自らの持ち来る「荒魂」を祀る社を創ることにする。それが、諏訪湖を挟んで、まるで四本の御柱のごとく建つ、現在の四社である。すわなち、一の柱は前宮なのである。
 富士山に近づけなかったタケミナカタは、その後富士高天原の凋落とともに、ようやく南下をする時を得る。そして、八ヶ岳や富士山をも包括した巨大(新)諏訪信仰圏が完成する。
 しかし、それもまた…

Th_img_9652 と、私の妄想はキリがないので、このへんにしておきます。とにかく、今日は耀わん「十和田」と「諏訪」を伴って諏訪湖周辺を巡りまして、このような物語が私に降りてきたのであります。
 では、具体的にどういうふうに降りてくるのかについては、明日にでも書きましょう。
 そして、富士山の諏訪神社が浅間神社になっていったのか。
 また、大きく分けて、伊勢と諏訪に二分された「和魂」と「荒魂」はどういう形で再合流すべきなのか。
 いろいろと面白くなってきましたね。

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2014.05.10

『永井一正 ポスター・ライフ 1957-2014』 富山県立近代美術館

Th_img_0571 、富山県立近代美術館で「永井一正 ポスター・ライフ」展が開催されています。
 5日、6日の富山行きの最大の目的は、この展覧会を観ることにありました。
 日本を、いや世界を代表する永井一正さんとはまだ直接お会いしたことはありませんが、不思議なご縁があって、今、(畏れ多くも)霊的なラインで結ばれて、日本の、いや世界のデザインを変える一大事業に関わらんとしています(こちらの記事参照)。
 このたびのご縁を作ってくださった絵本作家の仁科幸子さんや、ファッションデザイナーの三宅一生さんらが招かれて行われたオープニングセレモニーの様子を、仁科さんより報告いただいた時から、これは絶対に富山に飛ばねばと思っておりました。
 写真からでさえ、その「デザインの力」を強く感じたのです。ぜひこれを生で拝見したい。デザインの力に直接打たれてみたい…。
 6日火曜日早朝、皇祖皇太神宮を参拝した私たち家族は、開館直後の美術館に入館いたしました。入り口を入ると正面に見えるイッセイ・ミヤケさんとのコラボ作品。人間(実際は人形ではありますが)がデザインをまとっている。
 遠くから見ると一瞬なにが描かれているか分からないのですが、しかし、強烈に私たちを誘ってきます。近づくと永井さんが近年さかんに表現されている動物のモチーフであることが分かります。
 そう、何か(モノ)の気配を感じて近づいたら、そこに動物がいたという感じ!この「気配」こそデザインの力だと思いました。絵画とは違う気配です。
 そうか、デザインはフェロモンを出して人を惹きつけるのか。
 そこからはもう本当に圧巻の「デザイン世界」。言葉以前のイコンたちにすっかり日常的な意識を破壊されてしまいました。
 私の「モノ・コト論」で言うならば、やはりデザインは「モノ」世界ですね。日常的に固定化された「コト」世界に侵入して生命を与えるモノです。
 そういう意味で、今回そうしたモノどもを観ながら、ふと妙な気づきがありました。
 絵画は文学に近いな。しかし、デザインは音楽だ。
 非常に変な話ですし、語弊があるかもしれませんが、デザインや音楽は動物にも分かるかもしれないと思ったのです。
 人間優位の西洋的価値観からすると、「サルでも分かる」というのは、ある種卑下表現になりますが、もちろん私はそんなことを言おうとしているではありません。
 おそらくは早朝から皇祖皇太神宮で、自然のデザインにあてられていたからでしょうね。そう、展覧会全体が深い深い森のような感じを受けたのです。
 森に抱かれた自分は、もしかすると人間(現代人)であることを忘れて、原初の姿に戻っているのかもしれない。
 だからこそ、デザインは人だけでなく、世界をも変えてしまう力を持っているのでしょう。
 来年春開通する富山新幹線ではありませんが、乗り物でさえ、デザインを極めていくとどこか森の動物のような姿になっていく。蛇のような姿がかっこ良く感じられてくる。
 面白いですね。
 それにしても、永井さんのデザイン、なぜあのような発想が湧いてくるのか、それこそ人間の頭で考えていると全く想像すらできません。
 おそらくは、永井さん自身が自然(高次元宇宙)とつながるミーディアムなのでしょう。だから、私たちは太古の感覚を思い出すし、それを未来的な想像力、創造力につなげることができる。
 グラフィックデザイナーの先駆けであったカッサンドルは、デザインの力を「強盗が斧を持って闖入する」と表現しました。これはもちろんお行儀のいい絵画の世界に対するレトリックですが、たしかにそのくらいの衝撃を一瞬で食らわせなければ、日常の空気は破壊できないのかもしれませんね。
 永井さんの「斧」で、この日本を、そして世界を変えてほしい。いや、変えてくださる。心からそう思いました。
 今回は仁科さんのご紹介で、副館長さまにも直接貴重なお話をうかがうことができました。なんともありがたく幸せなことです。ありがとうございました。
 皆さんにもぜひあの深い森でモノに打たれる経験をしていただきたいと思います(できれば皇祖皇太神宮にも参拝されることをおススメします)。
 最後に一つ。これは私独自の絵画やデザインの見方なのですが、ぜひ、永井さんの作品を「片目」で見てみてください。両目という日常から解放されるだけで、2次元がどれだけ高次元に拡張するか分かります。

富山県立近代美術館

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2014.05.09

富山県の「おみあげ」

20140510_85627 山旅行のお土産をいくつか買いました。
 お土産屋さんに左のようなポップが。ウチのカミさんがめざとく見つけて「間違ってる」とツッコミを入れていました。
 いやいやどうして、これ、間違いとは言い切れないのであります(マニアックに言うとですが)。
 「みやげ」の語源はあまりはっきりしていないのですが、16世紀の国語辞典や、17世紀のポルトガル人キリシタンが使った日葡辞書には「みあげ」と訓まれているので、おそらくは「みやげ」は訛りであって、もともとは「みあげ」であったと思われます。
 そうすると、考えられるのはですね、「みあげ」は「御(美)上げ」であろうということです。
 そう、「おみあげ」は、「おみくじ」が「御御籤」であるように、「御御上げ」だろうということですね。
 たしかに「お土産」は誰かに上げるものです。つまり、かしこまって物品を頭上高く掲げて差し上げるもの。
 こう考えるのは全く自然ですよね。
 「あげ」だけなら「age」のままでしょうけれども、「みあげ」となるとですね、連呼してみるとわかると思いますが、発音が「miyage」となってしまう傾向があります。
 とはいえ、たしかに現代語としては「みやげ」が正解ですから、この富山の(たぶん)女の子は間違ったということになるのでしょうね。
 かと言って、間違っていますよなんて言うのは野暮です。でも、そのままさらしものにしておくのも悪い気がするし、こういう時ってどうすればいいんでしょうね。
 まさか富山の方言もないでしょうし…。
 というわけで、今日は学校で宿泊座禅の行事があるので、短めにこれで終りにします。

チューリップのお花をモチーフにしたサクッと香ばしいサブレですフラワーサブレ 12枚入【楽ギフ...

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2014.05.08

御皇城山 皇祖皇太神宮(富山市)

Th_img_9398 津港で車中泊。なんと毛布を忘れるという大失態を犯した我が家族、季節外れの冷え込みに震えつつも、そこはサバイバル術に長けた山口家。あらゆる手段を使いなんとか風邪もひかずに無事朝を迎えることができました。
 いや、ただ単にですね、前部座席に娘二人、荷室に大人二人が寝ていたのを、前1,後3にフォーメーション・チェンジしただけです。大人二人が下の娘を湯たんぽ代わりに使ったという(笑)。
Th_img_9399 私は耳栓をして寝ていたので、あまりよく覚えていないのですが、未明から水揚げの音と思われる轟音がうるさかったらしい。
 そして日の出後すぐに「せりが始まります」の港内放送があって、私たちもしっかり起こされました。
 美しい富山湾の朝。最高ですね。日本海の雲は太平洋側とは違うデザインです。
Th_img_9403 その後、車を移動し、お隣の滑川港へ。ホタルイカ漁でしょうか、白えび漁でしょうか、ちょうど漁船がたくさんのカモメを伴って帰港するところでした。なんとも風情のある光景。
 富山湾のホタルイカ漁はちょうどシーズンが終わるところです。そのちょっとした侘びしさ、祭が終わりつつあるという切なさが、漁船の起こした小さな波に乗って、私たちに伝わってきたような気がしました。
 さて、コンビニで朝ごはんをすませた私たちが向かったのは、富山市に鎮座する皇祖皇太神宮であります。
 知る人ぞ知る、竹内文書ゆかりの聖地。詳しい説明はこの動画におまかせします。

 私は、富士山北麓に残る古史古伝「宮下文書」の研究をライフワークの一つにしており、当然のことながら「竹内文書」のことも多少は知っていますが、どういうわけか今まであえて近づかないようにしてきたんですね。
 それはその内容があまりに荒唐無稽だから、というわけではありません。私はそのようなトンデモ文献の扱いにはかなり慣れているし、それらを事実としてではなく、一つの文化史、物語、比喩として読み解くことにはそれなりの自信を持っています。
 しかし、どういうわけか、竹内文書とつきあうのは今ではないとの意識がずっと続いてきたんですね。
 ただ、一昨年でしょうか、竹内文書の研究家として名高い布施泰和さんにお会いしてから、ようやくその時が来たかなとも予感するようになりました。
 そして、今回、ひょんなことから富山に行くことになり、ならばやはり皇祖皇太神宮を参拝せねばという展開になったわけです。これは運命でしょう。
 また、前の記事に書いたとおり、今回は自然と岐阜回りルートをとることになり、やはり竹内文書にゆかりのある所を通過してきました。これは本当に自分の意思ではありません。
 皇祖皇太神宮、本当に素晴らしい神気溢れる場でした。子どもたちも大喜び。ワケも分からず何かと交信しているようでした。
 では、そんな空気を少しでも感じていただけるよう、写真を掲載します。

↓神宮へ続く山道。山野草の宝庫です。
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↓ここから急に気温が下がり、清冽な空気に包まれます。
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↓神域への階段。
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↓竹林の一本の竹が、ある意味不自然に祀られているのですが、これはどういう意味があるのでしょう。
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↓鳥居が見えてきました。
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↓祭神はすなわち全てのスメラミコトということですね。
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↓拝殿と本殿。もちろん古代の形は残していません。
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↓参拝のしかた。
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↓驚愕の「いわれ」。徐福も!w
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↓驚愕の「いわれ」その2。
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↓本殿。
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↓木々にも精霊が宿っているように感じます。
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↓まさに宇宙とつながっている感覚。
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↓朝日が森に染みこんでいきます。
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 ぜひ皆さんも参拝してみてください。地元の方もあまり行かないのではないでしょうか。由緒の真偽などを問うのは野暮というものです。そのような人間の「コト」抜きにして、素晴らしい「モノ」世界がそこにあります。まさに自然が神だということを体感できる聖地であると感じました。

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2014.05.07

金太郎温泉 カルナの館(富山県魚津市)

Th_img_4917_2 騨市を抜けた私たちは、そのままとりあえず富山県へ北上。お昼に飛騨牛を食べておなかいっぱいになった女子たちは車中でスヤスヤ。
 片道300キロほどの車の旅ですが、いつも秋田へ行っている私たちにとっては、半分以下の距離と時間ですから全然問題なし。どこでも寝れる(笑)。
 だいたいこの旅、宿もとっていません。というか、どこかホテルでも泊まるか?と提案したら、娘たちが大反対。「絶対車で寝る!」と。
 いったいどんな教育してるのでしょうね(笑)。ちなみにご存知の方も多いと思いますが、ウチの車はスズキのエブリイです。すなわち軽の貨物車。
 いや、これが実にいいのですよ。もともと私も車中泊が大好きでして、自分一人用にいろいろ車中泊セットを常備しています。
 中でも売り(?)は、ソーラー発電システムでしょう。いや、今回いろいろなところで同様のシステム、すなわち車の屋根にソーラーパネルを積んだ車を何台も見かけました。みな、車中泊マニアの方々でしょう。
 家族4人で車中泊するのは実は今回が初めてです。はたして快適に熟睡できるのか。
 と、その前に、お風呂と夕食をどうにかしなければ。なんとなく海の見えるところがいいのではないかということになりまして、魚津市に行くことにしました。
Onsen01 魚津市の日帰り温泉と言えば、富山の方にはおなじみでしょう「金太郎温泉」であります。
 私の生まれた1964年、つまり50年前の東京オリンピックの年に源泉が掘削され、翌年、五輪の選手村本部を移築して温泉宿を始めたのが、この「金太郎温泉」だそうです。
 今回、その選手村本部がどの建物なのか確認し忘れたので、次回行った時にはぜひと思います。
 実は今回の旅には「東京オリンピック」に関わるある秘密コンセプトがあったので、この偶然にはビックリいたしました。
 そういえば、来年春には北陸新幹線か開通しますね。東京まで2時間。
 50年前、金太郎温泉で、遠く東京で開かれた五輪に思いを馳せた富山の人たちにとって、まさに夢のようなことが実現するわけです。
 東海道新幹線開通からも半世紀。ある意味遅れをとっていた北陸の観光も大きく変わるでしょうね。
 私も東京五輪チルドレンの端くれとして、いろいろと感慨にふけりながらお湯につかりました。
 いやあ、それにしてもこの「金太郎温泉」、なかなかいい味出してますねえ。
 まさに日本の田舎を象徴するような雰囲気。もちろん褒め言葉です。
Onsen02 まずデカイ。とにかく「大きいことはいいことだ」的な雰囲気。そして、これも昭和の息吹を感じさせる、デカくて派手な「石」たち。そう、かつて田舎の金持ちの家には必ずあった意味の分からない「銘石・奇石」の数々(笑)。それらがこれでもかというくらい並んでいます。
 味ということでは、実際のお湯の味もなかなかオツです。街中の日帰り温泉にしては硫黄臭もけっこう強い方だと思いましたが、塩味もかなり強め。なんでも、食塩泉と硫黄泉が混合しているのは全国的にも珍しいのだとか(よく分かりませんが)。
 まあ、とにかく立山連峰を含む北アルプスは、昨日も書いたように、非常に活発な火山帯であることが分かりますね。
 それにしても、「金太郎温泉」という名称や、日帰り温泉施設の名称「カルナの館」も、そのネーミング自体が「田舎の金持ち」的な派手さを持っており、なんとも味わい深いですなあ。
Th_img_9387 お風呂に入ったのちは、お休み処で食事。私は当然お酒をいただきました。若鶴の吟醸生酒、びっくりするほどの甘口。それが、ホタルイカの沖漬けとマッチしていて良かったなあ。
 というわけで、たっぷり旅情につかった私たちは、その後魚津港に移動。港で車中泊することといたしまた。
 う〜む、「貧乏旅最高!」(ウチの家族では、こういう旅を「貧乏旅」と呼んでいます)。

金太郎温泉公式

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2014.05.06

吟醸 蓬莱 伝統辛口 (渡辺酒造店)

 て、安房峠をくぐった私たちは、雨の中岐阜県高山市へ向かいました。
 高山には特に用事はなかったのですが、それこそなんとなく思いつきで立ち寄ることにしました。ちょうどお昼の時間だし、高山ラーメンでも食べようかと。
 しかし、案の定、街の中は観光客でごった返しており、どの飲食店にも長蛇の列。だいいち駐車場がどこもいっぱい。
 というわけで、少し離れた所まで移動してお昼をとろうということになりました。
 しかし、せっかく高山に来たので、聖地位山でも拝んでいこうかと思いましたが、雨もけっこう激しく降っていて、遠くから望むこともできなさそうでしたこれも断念。
 代わりになんて書くと怒られそうですが、位山にも縁の深い、そしてワタクシとも因縁の深い(ずいぶん熱心に誘われました。それもいきなり幹部待遇で…笑)某新興宗教団体の世界総本部の周りをグルっと巡ってきました。
 まあ、あれはあれでいいんじゃないでしょうか。特に感じるモノなし。
 その後、国道41号線を北上。道の駅アルプ飛騨古川で休憩&食事をとりました。
 飛騨古川と言えば、日本酒マニアなら知る人ぞ知る、渡辺酒造店がある街ですね。
Th_img_9450 飛騨のお土産屋さんに行くと、必ず売ってますよね「蓬莱」。特に「蓬莱吟醸」はかの福山雅治さんお好みのお酒という宣伝がされています。
 その話の真偽はともかくとして、この酒は一度は呑まねば。
 これは偶然なのか必然なのか、お店のBGMが「桜坂」に(笑)。そのタイミングを見計らったわけではありませんが、私も小瓶を購入いたしました。
 富士山に帰ってさっそく呑んでみましたが、たしかにこれは旨い。上品な吟醸香と、辛口ながらほのかな甘さの残る飲みくちがなんともオシャレ。たしかに飛騨の荒々しい縄文的な味わいというよりは、福山雅治の弥生的なスマートさであります(笑)。
 いやいや、福山さんはああ見えてエロトーク得意だったりして、けっこう縄文的な豪放さを持ち備えていますからね。そんなギャップというか、深みというか、そんなモノを予感させる味であります。
 とりあえず表面的な軽いおいしさから入って、あとはドロドロはまっていくというか(笑)。
 これは一升瓶で買って常備しておいて損はないお酒ですね。お値段もお手頃だし。いろいろな料理に合いそうですし、お客様も満足してくださりそう。
 ちなみに、上の写真にありますように、渡辺酒造店の「渡辺」は、家紋「三つ星に一文字」の渡辺氏ですね。すなわち嵯峨天皇を出自とする名門、摂津の渡邊であると思われます。
 富士北麓、特に富士吉田市にはこの一門の渡辺さんが大量に住み着いており、私が教えたある女子クラスなんか、40人中14人が渡辺姓でした。もう下の名前で呼ぶしかないという。ちなみにそのクラスの担任の先生も渡辺でしたな、たしか。
 摂津の渡辺氏は、もともと「ワタの部」、すなわち海人であります。ある時代には三つ星を掲げた渡辺氏が海賊として活躍し、また商船を操って全国を行脚しました。
 その末裔が全国各地にいるわけですね。この飛騨の渡辺氏も流れ流れてやってきたのでしょう。
 いろいろな歴史に思いを馳せながら、ほんの一瞬、福山雅治になりきっていたワタクシでありました。

渡辺酒造店公式

飲んで旨い酒を、熟練の蔵人が愚直に醸す、本道の酒造り蓬莱 吟醸 伝統辛口1.8L渡辺酒造店

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2014.05.05

安房峠をくぐる

Th__20140507_145410 5日、6日と家族で富山へ行ってきました。主たる目的は一つだったのですが、途中いろいろと興味深いモノゴトに出会いましたので、少しずつ紹介していくことにします(一日分を一度に紹介すると大変長い記事になりそうなので)。
 今日はまず「安房越え」ならぬ「安房くぐり」について書きましょう。今回は行きも帰りも安房峠道路を通りました。
 当初は富山市にしか用がなかったので、もともとの計画では高速道路で新潟(上越)回りの予定でしたが、ご存知のとおり5月3日にちょうど安房峠あたりを震源に群発地震がありまして、それで「ああ、あそこ回った方が断然近いな」と気づき結局そこを通ることにしました。
 上の地図を俯瞰すると分かる通り、富士山から富山へ行くには安房峠を越えるのが最短ルートです。
 さすがに群発地震が収まらないなら、当初の遠回りルートにするつもりでした。しかし、とりあえず収まったようでしたから、では、地震の様子というか、お山のご機嫌もうかがいつつ通ってみようと思うに至ったと。得意の(?)地鎮の旅ですね。
 結果として非常に素晴らしい体験ができましたので、群発地震様さまです。
 5月3日の記事に書いたように、今回の北アルプス震源の群発地震は、太平洋プレートの圧力に反応したという一面と、神道の「荒魂(あらみたま)」が時機を見て発動したという一面とがあります。
 私は科学の視点と霊的(科学の補集合)な視点の両方を大切にしている人間です。そのどちらか一方にこだわってばかりいると我々は宇宙の本質に近づけない、と考えているからです。
 そういう意味で、安房峠というのは実に面白い。安房峠トンネルは、活火山を掘り抜いて造られた、世界的にも珍しいトンネルであると同時に、日本の東西を分断する壁に穴を開けたという霊的な意味を持つトンネルであります。
 今までも何回か通ったことがあり、それなりに「雰囲気」を感じてきましたが、今回は地震のあとだったこともありますし、ちょうど「国譲り」や諏訪のことを考えていたり、東西の緩衝地帯としてのフォッサマグナについて書いたりしたあとだったので、いろいろとなるほどと思うことがありました。
Th_img_9440 非常に簡単に書いてしまいますと、日本アルプスの中でも特に火山活動の活発な飛騨山脈に、あえて人間が道を作ったところに大きな神話的意味があると感じたのです。
 ちょっと話が逸れますが、私が反対というか憂慮しているリニアモーターカーの南アルプス貫通は、全く違う意味があります。
 あのあたりはほとんど火山活動はありません。だから安心かというと、そうではないところが、ある意味非科学的な真実なのです。
 日本人は、古来自然(神)の荒魂を祀り、鎮め、場合によっては刺激して、それらと上手につきあってきました。いつも私が言う「荒魂→和魂」という最強の哲学ですね。
 おそらく西洋ならば、火山に穴を開けてその中を観光で通ろうなどとは思わないと思います。いや、実際そういうことがあったとしても、意識の上においては、「自然の脅威を制御制圧しよう」という発想であると思います。
 ところが、日本では、観光自体が「祭」になっている。無意識的ではあるが、そうした自然の荒魂と和魂に共振し、またそこに畏怖や感謝の念を持つことが観光の目的になるわけですね。自らの無力さの確認のために壮大で強靭な自然の懐に飛び込む。
 いや、あの安房トンネルや、その周辺の多くのトンネルを通ると、たしかに日本の技術はすごいと思いますよ。ただ、それさえもまるで自然のために捧げられたもののように感じたのです。
 結果として、我々庶民はただあの峠越えを楽しむだけでなく、ある種非常に敬虔な気持ちになり、宗教的な体験をすることができるのです。
 少なくとも私たち家族はそれを強く感じました。
 また明日以降の記事に書こうと思いますが、安房峠の貫通には「国譲りのルート」が関わっています。なぜ、建御名方は新潟回りで信州入りしたのか。そして、なぜ諏訪にとどまったのか。
 これは実際にその場に行ってみると、自然(神)そのものに教えてもらえる。そして、安房峠を越えることが許された現代において、私たち人間が気づくべきものとはなんなのか。
 非常に面白いですよ。でも、長くなりそうなので、今日の記事はこのくらいにしておきます。


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2014.05.04

ペヤング 新和風焼き蕎麦 (まるか食品株式会社)

20140505_70157 ールデンウィークということで(?)軽いネタで行きましょう。
 いつかも書いたような記憶がありますが、私も関東男児の御多分にもれずペヤング・ファンです(笑)。
 まるか食品さんは私と同じ昭和39年生まれですから、今年創立50年ですね。その業績のほとんどを占める「ペヤングソース焼きそば」。味もバッケージもほとんど変わらない鉄板商品ですね。
 その鉄板やきそばがあるからか、まるかさんはいろいろ変な(失礼)派生商品を開発してきました。そのほとんどがヒットしなかったところがまた、ある意味マニア心をくすぐるレア感を醸していてよろしい(笑)。
 ところが、そんなまるかさんが、新たなヒットを生むかもしれない画期的な「そば」を昨年発売しました。
 和風焼き蕎麦…これはなかなか思い切った商品でした。「和風蕎麦」というのはある意味当たり前な日本語ですし、それを「焼き」ましたというのは変な話。焼きうどんならわかりますがね。
 もともと、ペヤングソース焼きそば自体、「焼いてないじゃないか」的な野暮なツッコミを物ともしない存在だったわけですが、この「和風焼き蕎麦」もまた、そのへんの開き直りが素晴らしい。
 で、この4月にその「和風焼き蕎麦」がバージョンアップしたんです。これは予想外に売れているらしい…。
 というわけで、少し遅れましたが今日コンビニで買って食べてみました。
 ふむふむ、なかなか美味い!これは行けるぞ。
 もともと、うどんよりもそば派な私です。旧タイプよりそば粉感が増しているような気がしてうれしい。
 ソース、いや、つゆも和風しょうゆ味ベースとはいえ、ペヤングらしい濃厚な甘さがあり、変にクセになりそうです。
 かやくには香ばしいえび天が加わりました。これがまたポイント高い。ソース焼きそばの肉玉のような存在感(笑)。
 焼きそば系カップ麺って、湯切りが面倒くさい反面、スープを飲み切ったり、捨てたりしなくていいというメリットもありますね。
 ぜひ皆さんもこのゴールデンウィークのぐうたら感の演出のために一食どうぞ。

ペヤング公式
 


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2014.05.03

憲法記念日にちなんで?

20140504_102226 法記念日。いろいろなところで憲法集会が開かれました。
 いきなり言ってしまいますが、護憲派と改憲派、別々に気合入れて集会しているようではダメですよ。
 もうそういう時代は終わっています。
 NHKでも解釈改憲について議論されていました。そこでも全く同じ構図。改憲派と護憲派。噛み合うはずもありません。もうそういう風景には飽き飽き。
 私の憲法観、特に「日本国憲法」観は特殊かもしれません。今までの自分の発言を復習してみます(10周年を機に振り返りの意味も含めて)。
 こちらからいろいろ読んでみました。昨日書いたように、自分が書いた内容はほとんど覚えていません。よってすごく勉強になりました。いったい誰が書いてるんでしょうね(笑)。
 一つ言えることは、たしかに自分は改憲派でも護憲派でもないということです。
 ものすごく乱暴にまとめてしまうと、あの憲法は「国譲り」の産物、すなわち「無私なモノ」なので、我々凡人の「解釈」を超えたところに存在しているということでしょうか。
 では、そこには誰の意思が働いているのか。
 それを言葉で表現するのは難しいけれども、あえて象徴的に言うなら「天皇」でしょう。あるいは「聖徳太子」でしょう。もっと言えば「和魂(にぎみたま)」です。
 だから、我々日本国民が「和(にぎ)」の精神に基づいて「言挙げ」する、すなわち大いに論議して国民投票することは大変いいことです。そうした過程において、必ず天皇の口を借りて古来の「和魂」が発動するものと私は考えています。
 なんて、それこそわけ分からないこと言っていると思われるでしょうね(苦笑)。頭おかしいんじゃないの?って。
 まあ、それでもいい。もっと言ってしまうと…上の画像にあるようにですね、不毛な議論が始まった途端に、飛騨山脈焼山付近で群発地震が発生しました。
 これは「荒魂」の発動です。
 日本を分断する糸魚川静岡構造線は、まさに断層、つまり「不和」の象徴です。護憲派と改憲派、左と右、革新と保守、いやもっと古くは弥生と縄文とか…。
 話がトンデモない方向に飛んで申し訳ないのですが、この大断層は「国譲り」の一つの舞台でもあります。この断層を超えて、出雲の和魂と荒魂は諏訪と富士に鎮まりました。
 地学でいうフォッサマグナという緩衝帯の意味はそういうことです。お分かりになるでしょうか。
 あさって、今回の群発地震の震源付近を通って富山に行く予定です。時々私がやっている「地鎮の旅」になることでしょう。
 …と、憲法記念日にちなんで、こんなこと書く人もいませんよね(笑)。20周年に向けてこのブログ、いきなり妙なスタートになってしまいましたが、私は案外まじめです。
 日本と地球の未来のことを真剣に考える時、このような次元やジャンルを超えた発想がとても大切になってくると信じています。
 二元論的対立の時代は終わらせなければならないのです。お釈迦様や聖徳太子の憂いの時代から、人類が何も進歩していないということにちゃんと気づけば、それは絶対に可能になります。


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2014.05.02

感謝!不二草紙 本日のおススメ 10周年!

Th__20140503_104944 かげさまをもちまして、本日でこのブログは10周年を迎えることができました。
 こんな戯言をこんなにたくさんの方に読んでいただき、本当に感謝の念にたえません。
 思い起こせば10年前、2004年の4月に不二草紙というホームページを立ち上げ、その中の「本日のおススメ」というコーナーに5月2日この記事を書いてからというもの、まあ書きも書いたり、毎日休まず3650を超える記事をダラダラと綴ってまいりました。
 記事がだんだん冗長になり、なおかつ内容も身勝手なものになっていったにも関わらず、着実に読者数が増えまして、おかげさまで、最近は1日に2000ほどのページビューを頂戴しており、10年間の総閲覧数も400万を超えるまでになっております。
 毎日の修行、あるいは公案問答としてやり始めたことを考えると、三日坊主、エセ坊主、クソ坊主のワタクシにしては、ずいぶんと頑張ったのではないかと思います。地味に自分をほめてあげたい(笑)。
 いや、本当にこれこそ他力の産物なのであります。もちろん読者の皆さまの期待(?)に答えなければという気持ちもありますが、それ以前に私の記事書き下ろし作業は、ほとんど「自動書記」的でありまして、自分を無にし、まっさらな器になることによって、宇宙(神仏)の言葉を降ろしているというような感じなのです。
 よって、今まで書きためてきた記事の内容は、本当にほとんど覚えていません(苦笑)。だから、自分で昔の記事を読んでは「なるほど〜」と思うことが多い。不思議なものです。
 10年というのは一つの目標でした。ですから、ここで一区切りつけるということも数年前には考えていましたが、今や実のところ欲気などというモノが湧いてきていまして(全然悟ってないじゃん!)、まだまだ続けちゃいそうなのです。
 というのは、本当に10年前には全く想定しなかったようなご縁が、このブログからどんどん生まれていまして、これはもうそれこそ自分の力ではない、何か大きな力が働いているとしか思えないのであります。
 まさにインターネットとは「絆」なのかなと。ご縁を結ぶ大きな網のような。
 私は「神々のネットワーク」「web0.0」という言葉をよく使います。インターネットというweb1.0、2.0の世界は、実はそれだけで完結するのではなく、ある意味太古のネットワークweb0.0を呼び醒ますのではないかと思うのです。
 今の私はそれが楽しくてしかたないし、その網目に乗っかることによって初めて自分の天命というようなモノに出会うことができました。
 ですから、皆さまに感謝するとともに、このブログというメディア、そして自分というメディア(霊媒)にも素直に感謝したいのであります。
 というわけで、明日から20年に向けて再び「適当に」頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします(拝)。
 
お詫び…最近は記事にコメントをいただいても、まともに返信、お礼することすらなくなってしまいました。申し訳ありません。
 また、今読むと問題のある表現、内容を含む記事もありますが、基本誤字脱字以外は手をつけない主義ですので、どうか笑って許して下さいませ。

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2014.05.01

雨降らせて地固める

Th_img_9209 日の夜から今朝にかけて、すごい雨が降りました。
 今ようやく満開の富士山のソメイヨシノ、フジザクラが散ってしまうかなと思ったら、そうでもありませんでした。意思を持って咲いている花は強いなと思いました。
 そして、新緑もまた、天の恵みを受けていよいよ盛ん。なるほど、一見荒々しい豪雨には、生命の源がこめらているのですね。
 今日は山梨県私学の新任者研修で指導をしてきました。なんだか自分がそんな立場になっているが申し訳ないというか…いやいや、皆さまのおかげ様で年数だけは重ねてきましたから、そろそろ恩返しの時を迎えているのかもしれませんね。
 それにしても、私のような変わり者先生の話を聞いてためになるのでしょうか(苦笑)。
 いきなり自己紹介で、「最近の座右の銘は…将来何になろうかなぁ…です!」と言って笑われました。
 それから、これは直接話したわけではないのですが、ウチの学校の新任の先生が、私のいつもの話を他の学校の先生方に話したら、指導員に怒られたとか(笑)。
 そりゃそうだ。
 たとえば私はいつも「雨降らせて地固める」ということを言うんです。これなんか(常識的には)ひどいですよね。
 つまり、学校において、あえて生徒に問題を起こさせるっていうことですからね(!)。
 今や世の中はリスクヘッジの時代。問題を未然に防ぐのが当たり前というか、当然の義務。先生はもちろんのこと、企業でもそのためにどれだけエネルギーを浪費しているか。
 その指導員の先生も当然、そういう常識的な次元で指摘してくれたのでしょう。ことが起きてからでは遅い、その予兆をつかみ未然に防ぎなさいと。
 それもよく分かるんですが、どうも最近の私は非常識なようで、そうしたヘッジが教育者の本質ではないような気がしているのです。
 実はそうしたヘッジに長けた先生方が、自慢気にトラブルを未然に防いだ実績を語ることが多いのですよ、最近の研修(特に公立さん)。
 私は、どういうわけでしょうねえ、たぶん日本古来の神道の考え方や禅の修行について、ちょっとかじっているからでしょうか、起きるべき問題にはあえてフタをしないようにしています。
 自然界といっしょですよ。よく私が言っているような、「荒魂」による「和魂」の招来というのが、実は教育の根幹にあるのではないかと。
 そういう意味で、言葉は悪いかもしれませんが、私は学校で何かあると…生徒、親、先生すべてにおいて…ラッキー!よっしゃ!と思うのです。
 我々人間は、実はそうした「苦悩」「悩み」「衝突」「不本意」というモノに出会った時しか成長できないのではないか。自分の思いどおりになっている時には、昨日の自分となんら変わっていないのではないかと思うのです。
 そうしてみると、何事もなく、平穏無事な学校においては、我々教師は何も仕事をしていないことになります(もちろんあえて極論してますよ)。
 ウチの学校は小さな学校ということもあるし、私のこのような考えに、他の教員も保護者も賛同してくださっているので、ある意味生徒たちは安心して問題を起こせます(笑)。
 そして、それを乗り越えることによって、個人もクラスも学校も成長していくという形を毎日とっています。
 不思議な学校ですよね(笑)。
 今の世の中、「雨降らせて地固める」どころか「雨降って地固まる」さえあってはいけないことのように思われています。
 本来、教育の目的とは、「地固める」ことだと思うのですが、いつのまにか「雨降らせず」が目的になってしまっている。
 子どもは「自然」です。モノです。雨が降らなければ乾いて枯れてしまう。それでいいのだろうか。
 そんなことを思った一日でありました、ハイ。


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