『おもいで』 白井晟一
秋田にまつわる偉人シリーズは続きます。
これまた私自身不思議なご縁のあった天才建築家白井晟一。彼はひょんなことから秋田(特に県南)に、まさにグローバルな価値を持つ建築を残しました。
その一部は今でも現役です。5年ほど前の記事に土方巽〜白井晟一…秋田で昭和の奇才の面影に触れるというのがありますね。彼の建築のほんの一部を紹介しています。翌年には稲住温泉を訪れました(こちらの記事参照)。
白井晟一は明治38年京都で生まれ、東京で育ちましたが、疎開を契機に秋田と深い縁を持つことになりました。京都や東京からすると、秋田はまさに「地方」。そこで、彼は文化としての建築に目覚めていきます。
白井晟一は大変な名文家でもありました。秋田に関する小文もいくつか残しています。今日は、その中から、秋田での思い出を淡々と記した文章を紹介します
タイトルは、ずばり「おもいで」。1954年の文章。白井晟一の秋田への愛と感謝の念を感じます。
では、縦書でお読み下さい。読点が少ないがために独特のリズム感が醸しだされ、それが不思議と彼の建築のリズムに似ているのが面白いですね。
秋田は雪が深く、そのように人情もまた深いところと思う。秋田との交通ももう数年になるが夢のように短かった。夜上野を発って暁方、汽車が山形との境の峠を轟々と雄物川の平野へなだれおりると左手に鳥海がふるさとの山のようになつかしく見える。戦後いろいろな仕事の機会を与えてもらったのは、この雄物川をはさみ鳥海山のながめられる地方が主だった。公館や病院など未熟な仕事はもう十指にあまる。この地方の人々は郷土出身の建築家のように親しみ遇してくれた。私は関西で生まれたが稚い時から東京で育ち故郷の山河にたいする実感はうすい。言葉も風俗もかけはなれたこのようなみちのくもおくまったところに故郷のようななつかしさを感じるのはきっとこのくにの人々のこまかい人情によるのだと思う。建築文化の啓蒙という立派な幟じるしを掲げながら実際にははずかしい仕事ばかりですんだにかかわらず人々はやさしくゆるしてくれているようだ。こんど「近代建築」が和風構成号をだしたいというので不遜ながら写真家に出張して撮ってもらった。この新旧小作、意図からいっても規模からいっても仕事として所労されたものではなく、客中のすさびといえばよいかもしれない。しかし今あらためてこれらの写真をみるとどれにもこれにもたのしい想い出がこもっている。もとより近代建築啓蒙の資となるようなものではないが、これらのたどたどしい表現のうちに日本建築のさわやかな伝統を愛惜するほのかな情緒をつたえ得るものありとするならば、それはながいあいだわがままな私をかわらぬ友情でむかえてくれた秋田の人々へのおくりものが誤らなかったことと自らなぐさめる次第である。
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