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2014.04.30

NHK BSプレミアムドラマ 『歌謡曲の王様伝説  阿久悠を殺す』

Url 和の日、昨年末に放映されたドラマの再放送がありました。
 歌謡曲バンドをやりながら、昭和史について思いを巡らせている私にとって、阿久悠は当然最重要人物です。
 いずれバンドで「阿久悠特集」をやろうといつも言いながら、選曲が難しすぎて、すなわち名曲が多すぎて、なかなか実現しません。
 それほど数多くの、そして多様な歌詞を創造した阿久悠。彼の詞(あえて詩とは書かない)は時代を映していると言われています。しかし、一方であまりに多面的であって、たとえば「これこそ昭和」というものを見つけるのは実は困難だったりします。
 もちろん、時代、世の中、人間というのがすでに多面的で多様性を持っていると言ってしまうことも簡単です。私たちはその一面だけに注目して、何かを語ろうとすることが多い。
 阿久悠は、一般人の目によって分析された一面を、総合しなおして本質に迫る仕事をしたのだと思います。
 だから、阿久悠特集をやって、つまり抽出してもなかなか「阿久悠」にならない。そんな、自然の景観のような表現者であると感じます。
 このドラマは「阿久悠を殺す」のは誰かということをテーマに、時代の変化を表現していました。
 ドラマですから、基本的に形式的、二元論的に語られて当然。「阿久悠=歌謡曲=職人作詞家・作曲家世界」が、1980年以降のシンガーソングライター的J-POPに殺されていったのか、それとも阿久悠自身によって過去の阿久悠が殺されていったのか。
 実際はそれほど単純ではないにしても、一つの事実を伝えているのはたしかだと思いましたね。
 サザンやユーミンに始まり、私も魅力を感じている日本のロックの世界もそうですが、結局のところ、「詩」を書いているのです。「詞」ではない。
 つまり「詩」は私的な世界であり、一面の共有と普遍化を目指すとするなら、「詞」の世界はその逆です。多面の共有、全体の配布なんですよね。
 そういう意味では、たしかに時代は個人主義化が進んでいるとも言えましょう。これも単純化はできませんが、やはり公よりも私という傾向は強くなっていると思いますし、共同体の規模も縮小していると感じます。
 昨日の話ではありませんが、結局のところ、私たちは「日本」という「国」すら見失いつつあるのではないかということです。
 グローバルと言いながら、どんどん個人が拡張されていく。だから、私は今「時代おくれ」ながらも「(グローバル)ファミリズム」を提唱しているのです。まさに「家族」「家」「国家」の拡張としての「世界」「地球」。
 そう考えると、やはり、大変な作業になるけれども、阿久悠をちゃんと読み込まなければ、いや聴きこまなければならないのかもしれません。
 実際、時代はそれを必要としているような気もするのです。単なる個人的ノスタルジーではなく。
 時代おくれの男になりたい…。

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2014.04.29

昭和の日にちなんで

Images 日は「昭和の日」でした。言うまでもなく、昭和63年までは「天皇誕生日」。そして、平成元年から18年までは「みどりの日」。
 今では「みどりの日」は5月4日に移動しましたね。そのへんの事情がなんとなくぼんやりしているので、記憶が混乱している方も多いのではないでしょうか。
 ここにはいろいろと面倒な問題が内在しています。まさに「昭和の残滓」とも言うべきイデオロギーの対立があるとも言えましょう。
 ほとんどの国民にとっては、そんなことはどうでもいい…ではなくて、ほとんど意識されていません。もちろんそれはそれで構わないのですが。
 今日は62年前の4月29日について書きたいと思います。
 62年前、すなわち昭和27年(1952年)の天皇誕生日。昭和天皇のお誕生日を祝い、家の門口に日の丸が掲げられました。
 今ではある意味普通の光景かもしれません。そのような家があっても別になんの不思議もありませんね。祝日に国旗を揚げる家庭が減っている状況ではありますが(ウチも掲げません)。
 しかし実は、62年前の国旗掲揚は大きな意味を持っていたのです。
 そう、昭和27年4月28日、すなわち天皇誕生日の前日は、サンフランシスコ講和条約が発効し、7年ぶりに日本が主権を回復した日だったのです。
 すなわち、アメリカの占領支配から表面上は脱し、日本国として国際社会に復帰した日だったわけです。そして、国際法上、日本と他国との戦争状態は完全に終結しました。やっと戦争が終わったということですね。
 その翌日が天皇誕生日であったのは偶然ではありません。日本側としてもアメリカ側としても、この4月28日を期限として講和条約の発効等を目指しました。そのへんの詳しい事情については専門書に譲ります。
 で、戦争が集結し、日本という国が復活した翌日の天皇誕生日、7年ぶりに国旗日の丸(日章旗)の掲揚が正式に許され、そして国家君が代を歌うことが許されました。
 GHQは終戦の日以降すぐに国旗掲揚、国歌斉唱を禁止しましたが、実際にはその後徐々に特例を認めていきました(たとえば戦後すぐの天皇の行幸の際にもみんな日の丸を振っていますよね)。しかし、なんの縛りもなく堂々と国旗掲揚、国歌斉唱ができるようになったのは、62年前の天皇誕生日からだったのです。
 と、今「なんの縛りもなく」と書きましけれども、ご存知のように、実際には日本国内から根強い(しつこい?)日の丸・君が代に対する反対が生まれ始めたのも、実はこの日からと言ってもいいかもしれません。なんとも皮肉なことではありますが…。
 ところで、去年は4月28日に主権回復記念式典が政府主催で行われ、いろいろ物議を醸しましたね。今年は式典は見送りになりました。沖縄の問題をはじめとして、相変わらず昭和の残滓…いや残影が残っているなと実感させられます。
 まあそれほどに「昭和」は濃い時代だったのでしょう。日の丸・君が代賛成派も反対派も、結局のところノスタルジーに浸っているようにも感じますね。つまり、いろいろ偉そうなことを語っても、あくまで個人的な思い出のレベルでの言説にすぎないということです。
 そろそろ、そういう意味での「個人」を乗り超える時代になっていると思うのですが。
 

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2014.04.28

フジファブリック(志村正彦)に関わるテレビ番組2本

Th__20140429_112356 日早朝、ZIPでフジファブリックの『FAB BOXⅡ』が紹介され、富士吉田凱旋ライヴの様子が流れたとのこと。
 私は観ていなかったのですが、そこはワンセグ全録機のいいところ、さっそく録画を観たら、なんとDVDランキング初登場2位!
 志村くんの歌う「桜の季節」と「若者のすべて」が流れ、なんとも感慨深いものがありました。
 今日は、見逃した!という方のために動画を載せます。ワンセグ画質ですので、あんまり期待はしないでもらいたいのですが。
Blggxmucuaab7ug ついでと言ってはなんですが、山梨のNHKローカルニュースで放送された、4月13日に行われました富士五湖文化センター大ホール(ふじさんホール)での「上映會」のニュースの動画も上げておきます。
 こちらも山梨県以外の方はご覧になれなかったと思いますので、ぜひどうぞ。
 ただし、いろいろ問題もあるので期間限定の公開とさせていただきます。
 返す返すも、志村正彦という天才を失ったことは痛恨の極みであります。しかし、こうして、時代を超えて聴き継がれる名曲たちを残してくれた彼には、改めて心から感謝したいと思います。

4/13 NHK甲府 ニュース

4/28 日本テレビ ZIP

Amazon FAB BOXⅡ


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2014.04.27

ジャズ三昧(足し算と引き算)

Th_img_9234 日はジャズ三昧の日々でした。とは言っても、ちょっと特別なライヴのはしご。
 まずはウチの娘も所属している我が校のジャズバンド部と、社会人バンド Tokyo F.O. Lab Band とのジョイント・ライヴ。
 新入生にとっては初めてのステージ。中1、あるいは高1で初めてジャズの世界に足を踏み入れる彼らは、実に初々しい。
 先輩たちの堂に入った貫禄の演奏に憧れつつ、なんとも緊張した面持ちで一生懸命音を出す彼らも、1年後、2年後には立派なジャズ・プレイヤーになっていくのでしょうね。
 彼らはしばらくは「足し算」の期間。そういう意味で、ラテン系(?)社会人バンドとの共演というのもまた面白かった。技術的には「足し算」された大人の方がうまいのが当たり前。しかし、彼ら自身が言うとおり、「学生時代の純粋さ」が欠けるのも事実。その対比が面白い。
 ある意味、あのジェネレーションの社会人ビッグバンドはちょうどいいかもしれませんね。だいたい大学生のジャズは「足し算」の極みみたいになって、実につまらなくなってしまうのですが、社会人になるといい意味で力が抜けて(仕事が忙しくて?)、絶妙な「引き算」が始まるのです。
 音楽にはそれぞれのジェネレーションごとの魅力というのがありますが、特にジャズというジャンルはその特徴が現れやすいと感じます。
 足し算が始まった時期もいい、足し算が極まっている時期は、私はあまり好きではないけれども、たとえばコンペなんかで自分たちは盛り上がる。そして、社会人になると枯れ始めて(笑)いい感じになってくる。
 ジャズだとそういうグラデーションが際立つのか、いつも考えていますけれども、なかなか答えは出ません。まあ、理屈で考えてもしかたないのでしょうが。まさに、理屈を超えた変幻自在さ、多様性こそがジャズの面白みでありましょう。
20140428_105047 あっそうそう、ウチのジャズバンド部、人気ジャズまんが「ブルー・ジャイアント」に登場してるんですよ。
 定禅寺ジャズでのシーン。学校名は「山梨山高校」なんていう謎の名前になってますが、どう見てもウチの学校。そして、よく見ると一人ひとりもまんまの描写です(ウチの娘も「らしく」描かれています)。というか、写真を撮ってきてそれを絵にするなんていうのは、まあ普通のことですね。
 もちろん何か連絡があったわけでもなかったので、偶然誰かが見つけたらしい。勝手に!…なんて思いません。なんとも名誉なことですね。学生ビッグバンドとしてはたしかに日本一の知名度でしょう。
Th_img_9243 さてさて、若々しさ&プチ熟練のビッグバンドを聴いたあと、夜は山梨市の養老酒造さんという酒蔵でスペシャルなジャズを聴きました。
 もう30年来のおつきあいになる、作・編曲家、ジャズ・ピアニスト、ヴァイオリニストである黒川均さんに誘われ、彼のアレンジによる「モダン・ジャズ」を鑑賞。
 モダン・ジャズと言っても、なんと弦楽四重奏による演奏。ピアソラを中心としたプログラムです。
 いやあ、実に面白かった。弦楽四重奏によるモダン・ジャズなんて、まあ黒川さんくらいしかやりませんよね。
 なんちゃって弦楽四重奏ジャズはありますよ、いくらでも。でも、ここまで本格的にアレンジされたものは、たしかに私も初めて聴きました。
 養老酒造さんのおいしい日本酒にほろ酔い気分の黒川さんの隣で、アレンジャー本人の解説(?)を聞きながらという、ある意味ぜいたくなライヴ体験。
 たしかにこのアレンジはクラシック畑の演奏家にはきついわ。実際、プロ中のプロでもお手上げになる譜面らしい。慣れない和声、リズム、そしてアンサンブルのツボ…若いアマチュアの演奏家たち、本当によくやっていました。私じゃ絶対無理。
 彼の話、いろいろ面白かったなあ。昨日の石川さゆりと千住博の話にも通じるところがあった。
 まず、作編曲家としては、実際音になってみると「ああ、これは無駄な音だったな」ということが多いとのこと。やはり、表現者として「引き算」は難しい。余白というか空間というか、ジャズは特にそこを重視しますよね。
 しかし、創造の入り口にあっては、常に10代、20代くらいの意識の若さが必要だとのこと。そうしないと、絶対にアイデアが湧いてこない。若々しいチャレンジ精神、そして昨日の自分を超えようとするエネルギーがないと創造者にはなれない。
 しかし、出てきたアイデアを全て盛り込むと、それこそ若気の至りに陥ってしまう。引き算ができてこそ、熟達の職人になれるのでしょうね。あらゆる分野に共通することでしょう。
 というわけで、ジャズというジャンルはいいなあと、つくづく感じた一日でした。自分が演奏できないのが実に悔しいとも言えますが…足し算してないので、引き算も当然できるわけなく(苦笑)。

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2014.04.26

SWITCHインタビュー 達人達(たち)「石川さゆり×千住博」(NHK Eテレ)

20140427_102341 放送がないことが非常に残念な番組(ということをNHKさんも認識しているようで、本として再構成されるようです)。
 ウチはワンセグの全録を導入しているので、とりあえず見逃しはありません。しかし、こういう素晴らしい番組をこのブログで紹介しても、再放送という形で皆さんと共有できないのは非常に残念です。
 早くNHKさんもBBCのように全番組ネット配信してほしい(ぜひよろしくお願いします)。
 というわけで、この濃厚かつエキサイティングな内容を全部テキストにしてしまいたいくらいなのですがが、そういうわけにもいきませんので、ワタクシ流にメモをしておきます。
 今回、お二人の共感を私も共感できたのは、(お二人とレベルは違えども)ワタクシが「モノ・コト論」を通じて世の中を見ているからでありましょう。
 つまり、世の中や自分の本質を「モノ」に見ているということです。「モノ」は「他者=不随意」を表す言葉です。自分の思い通りにならないモノ。自然。
 逆に「コト」は自我であり、意識であり、行為であり、言語です。
 この対談で語られた、アーティストお二人の「モノ」に関する言葉を列挙してみましょうか。正確ではありませんが、だいたいこんな感じ。
 まずは番組のタイトルが「見えないものを描く 語り切れないものを歌う」ですからね。「モノ」性を象徴しています(ちなみに「モノ」は「何か」に翻訳?できます)。

・美術は見えないものを見えるようにすること。(千住)
・滝を描いているではない。何か…こう、なんか…静けさであったり、希望であったり、あるエネルギーであったり、生きる力であったり…そういうモノを描きたいんですよ。(千住)
・自然の側に身を置いている。自然との共同作業。(千住)
・毎回自然が劇的なプレゼントをしてくれる。(千住)
・自然を取り入れていくというのが日本の文化の重要な部分であったはず。(千住)
・手に負えない自然を毎回経験していくことが現代人に重要。(千住)
・なんでもコントロールできると思うことに非常に大きな過ちの発端がある。(千住)
・すき間の中にいろいろなモノを感じる。(石川)
・自分と同じ未完成な部分に感情移入てきる。(千住)
・絵を描くときに自分が無になる。自分が対象になりきる。オレがオレがではない。(千住)
・自分が拡散して消えてしまうのが理想。(千住)
・言の葉、言霊が降ってきて自分の心の中を通過したときにどんな色になるのか。(石川)
・代弁者としてそこにある何かを語っていく(昇華していく)。(千住・石川)
・素っ裸になって皆さんと一緒に何かを作っている。(石川)
・(歌は)個人の記憶をひっぱりだしてくるツールであると同時に、ある共通の体験をするわかちあう手段でもある。(千住)
・自分が発見したものを皆さんに届けたくなる。(石川)
・男と女の違いは、自分の体に心臓の音を二つ聞けること。(石川)
・(日本文化の特徴は)全てが表面に見えないところ。(石川)
・予測しあったり、感じあったり、言葉にしないで交流する。(石川)
・(浜甚句は)譜面にならない。(石川)
・誰とも変わらない自分に向かって絵を描く。(千住)

 どうですか。まさに自他不二の世界観であり、さらに「コト(自)よりモノ(他)」の表現世界ですよね。
 結局、お釈迦様のおっしゃったことになってしまっているとも言えますが、それをまたお釈迦様(の弟子たち)の言葉や理論ではなく、芸術(芸能)という形で表現しているところが、ある意味日本古来の神道的であるとも言えましょう。
 私は本当にお二人の言葉に、いや表情の方にかな、共感することができました。NHKさん、本という形だとその表情、空気、間が伝わりませんよ。ぜひ再放送してください!

SWITCHインタビュー 達人達(たち)公式

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2014.04.25

落語「猫の皿」

Th_img_8790 雪以来、ウチに居候している元ノラ猫のシローさんが人気です(笑)。
 シローさん、ノラ時代に相当ケンカっぱやかったのか、満身創痍です。病気ももらっていてけっこう大変なはずですが、全然そんなこと気にせず、とにかく天真爛漫、楽天的でファンキーな生活を送っています。
 なんか見習わなきゃなあと思いますよ。
 ところで、病気やケガが治るようにと思ってですね、シローさんにウチの家宝の茶碗で水飲ませたりしてます。猫に小判ならぬ、猫にお宝であります(笑)。今日はそんな「噺」をお聴きいただきます。
 ウチの家族はいわゆる猫キチですから、猫ならなんでも何しても可愛いのですが、嫌いな人にとっては、まあいろいろ気に障ることばかりでしょうね。それも理解します。
 本当は猫が嫌いな人が好きなフリをするという面白さも味わえる、古典落語の「猫の皿」。オチももちろん面白いのですが、そんなプロセスもなかなか味わい深い。猫好き&猫嫌いにとっては「たまらない」描写の連続です(笑)。
 今日は四人の咄家による「猫の皿」をお聴きいただきましょう。ジャズのスタンダードを演奏するがごとく、それぞれに変化するディテールが実に面白い。
 まずは五代目古今亭志ん生から…と思ったけれども、ここはあえて三代目古今亭志ん朝から。とにかく聴いてみてくださいませ。面白いですよ。

 いやあ、いいリズムでしたねえ。リズムに乗って乗りすぎたところでストンと落とされる快感(笑)。
 で、ここで師匠の三代目古今亭志ん生。全く違うアレンジです。いや、本はほとんど同じと言えますが、よく聴くと無駄がない。しかし、独特の間のおかげで時間はたっぷりかかっていますね。

 続いて十代目柳家小三治。マクラも含めてシンプルです。奇をてらわずやりすぎずの王道ですね。筋は前二者とはちょっと違っていますね。

 最後は、かなり思い切った翻案になっている立川志の輔。立川流らしく現代風に、またスタイリッシュに演じられています。

 やりすぎと感じる人もいたことでしょう。ま、これが立川流ということで。これはこれで楽しいですね。
 私も自己流でやってみようかな(笑)。コント部で勉強のために落語もやってみようかと思っております。

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2014.04.24

モバイルプロジェクターWis KVD-Z240K (神田無線電機)

31hi1i2oavl_sl500_aa300_ れまた驚きの高性能低価格マシン。
 おとといの記事で紹介した幼稚園のプラネタリウム。あのホームスター・アースシアターには動画の映写機能があるのですが、ドームに投影するとなんとも貧弱な映像になってしまうので、その代わりにこれを買ってみました。
 ドームをプラネタリウムだけでなく、映画などを鑑賞するシアターとして使うという目的もあります。
 いろいろ廉価なポータブル・プロジェクターはありますが、Amazonのレビューで評判が良かったのと、「神田無線電機」という響きに萌え(燃え)ちゃったので、これを買ってみました。
 う〜む、すごいすごい。これはたしかにすごい。たしかにアキバ、いや秋葉原根性溢れる製品です。
 いろいろ細かいスペックはカタログデータにまかせるとしてまして、とにかくまず映像がきれい。
 ドームは完全な暗闇になりますから、45ルーメンという明るさ(暗さ)で充分すぎます。3メートルくらい離れて80インチとありますが、ドームの片面に投影する時は、5メートル以上はなれて、おそらく150インチくらいに拡大しても暗さを感じません。精細さにも問題なし。ちょっとびっくり。
411estw8fel_aa300_ そして入力端子が充実。サイドにはマイクロSDカードスロットがあり、本当に様々な動画や静止画、音楽ファイルを再生してくれます。USBメモリーにも対応しており、ためしにいつも使っているメモリーを接続したら、まあ普段使っているいろいろなファイルを大画面で観ることができ、なんか感動してしまいました(笑)。
 校長先生も「これは家に一台ほしなあ」とおっしゃっておりました(笑)。たしかに。プラネタリウムも含めて、完全なるリラクゼーション・ルーム。
Th_img_91261 ドーム全面に映すために、プラネタリウム用に買って無駄になった魚眼レンズを装着してみると、こんな感じ。ちゃんとピントも合います。
 プラネタリウム用の円形動画を映写するにはこれでいいかもしれませんね。いろいろ試してみたいと思います。
 でも、これはこれでいいのですが、けっこう首や目が疲れるのですよね。
Th_img_9127 映画など普通の映像はドームの片面に映写するのが一番自然です。なかなかの迫力。
 このあと、オーディオ関係をいろいろいじって50人収容のダイナミック・シアターに改造するつもりです。
 そうすると、幼稚園児のみならず、中学生や高校生なども学習や鑑賞に使えます。
 こういう時代ですから、やはり映像による教育というのは重要になってきます。このような映画館やプラネタリウムのような暗闇は、子ども集中力を高めるには非常に効果的です。
 まあ、リラックスしすぎて寝ちゃう子も続出しそうですが(笑)。
 それにしても、本当に恐るべし「神田無線電機」。ラオックス系統の会社とのこと。なんか、古きよき時代の秋葉原の魂を感じる製品でした。驚愕の低価格ですし。

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2014.04.23

究極のファーストフード「すし」

Th_2014042300000115jijp0003view バマさんが来日し、安倍総理と銀座の「すきやばし次郎」で、おすしを食べました。
 TPPに関係する品目がほとんどないということで「すし」が選ばれたとか。なるほど。
 鮨(寿司)というと、日本古来の食べ物という感じがしますが、オバマさんらが食した「すし」の歴史は案外浅い。
 ご存知の方も多いと思いますが、今一般的になっている江戸前の「にぎり寿司」を始めたのは華屋与兵衛と言われています。そう、あの和食チェーンの店名になっている人物です。
 それが1810年のことですから、200年くらいの歴史ということですね。
 それまで「すし」と言えば、魚を発酵させた保存食品のこと全般をさしました。塩漬けにして乳酸発酵を促し腐敗を避けるものですね。いわゆる「なれずし」です。
 発酵を促進するために炊いた米を混ぜるようになって、魚介類と米の出会いがありました。しかし、当然発酵を待っていると時間がかかりますし、だいたい元々が保存食であったわけですから、ファーストフードとは言いがたいものでした。
 それが世界最大の都市江戸で華やかに進化します。ある意味非常に現代的な発想です。発酵の酸味の代わりに飯に酢を混ぜるいう荒業です。それは17世紀の終りくらいの話。
 その名もまさにファーストフード、「早ずし」と呼ばれました。その酢飯を握って、そこにドンと新鮮な「江戸前(東京湾)」のネタを載せたのが華屋与兵衛ということです。
 今夜もおそらくオバマさんや安倍さんが「トロ」とか注文して、その場で大将が握って出したのでしょうね。これはまさに究極のファーストフードです。
 まあ、「すきやばし次郎」は最低3万円コースだとのことで、とてもファーストフード的な手軽なお値段とは言えませんが、江戸時代には東京湾の魚は豊富に流通していたので、それほどのお値段ではなかったと思います。
 ある意味、調理する部分は究極に少ない料理です。料理というのさえ違和感があるほどですよね。
 しかし、この「すきやばし次郎」の小野二郎さんのごとく、それこそ究極の職人技が必要とされる世界です。西洋料理の手間のかけ方とは明らかに違う意味での仕事ぶりでしょう。
 シンプルなだけに深いという、まさに禅的な境地。素の状態が最もゴージャスというパラドックスこそ「粋」なのでしょうか。
 「すし」とは、言うまでもなく「酸し」という形容詞から来た言葉です。このネーミングも実にシンプルですよね。「すっぱい」ということですから。ちなみに「からし」は「辛し」、「あめ」は「甘し」を語源としています。「にがり」は「苦る」の連用形。
 私は「すし」と言えばもっぱら回転寿司です。一度でいいから、銀座の高級すし店とやらに行ってみたいなあ。どなたか連れて行ってくれませんか(笑)。
 

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2014.04.22

ホームスター earth theater (セガ)

41ijufmlxyl_sl500_aa300_ 遽プラネタリウムが必要になり、セガのホームスターを購入してみました。いやあビックリ。
 というのは、我が学園の幼稚園にプラネタリウムのドームがあるのですが、中の五藤光学研究所製の30年近く前の本体が、さすがに古くなって動かなくなってまして、いちおう天文ファン歴の長い私に、なんとかしろということだったわけです。
 ドームは5メートル級ということで、これは業務用を買わなきゃならないかなあと思っていたんですが、予算はそこまでありません。
 では、ものは試しだと思って、とりあえず自腹でホームスター・アースシアターを買ってみました。
 世界のプラネタリウム界に大革命を起こした、日本人天才プラネタリウム・クリエーター大平貴之さんによるメガスターと同じ原理で、家庭用プラネタリウムに仕上げたこのホームスター。
 私の昔の感覚でいうと、自宅用プラネタリウムといえば間違いなくピンホール式。これだと、星の数はかなり少なくなり、また、投影される星の鮮明度も低くなります。
 もともとドーム内にあった、おそらく百数十万円はしたと思われる当時の業務用プラネタリウムも立派なピンホール式でした。
 ざっと見たところ、ピンホール式プラネタリウムの星数は数千といったところ。
61cb61rz7cl_aa300_ それがお値段100分の1のホームスターは約6万個。ケタ違いです。
 まあ、実際は天の川の描写に数万の星が使われているので、実際肉眼で見える星より多いという不自然な感じはありません。
 しかし、実際その仕組みを見てみて、本当にビックリしました。あの小さな原版に描かれた微細な星々がああして鮮明に投影されるとは。たしかに革命的ですね。
 で、一つ心配というか、問題だったのは、投影するのが平面ではなくドーム(半球)であるということ。ホームスターは基本的に一般家庭の天井や壁という平面に映すように設計されていますから、なんらかの改造をしなければならないと思っていました。
 具体的には、投影レンズの前に、魚眼レンズ…それもオリジナルのレンズとの交換は不可能というか面倒だと考えて、いわゆるコンバーションレンズで対応しようと思っていたのです。
 実際、試しに格安のコンバーション魚眼レンズを買って試してみるつもりでしたが、なんと、まずはオリジナルのままやってみたら、これが案外問題なかったのです。
 つまり、ドームに投影しても歪みやピンボケがほとんどなかった。はっきり言って、全然問題ないレベルでした。
 それもホームスターを床に置いて2メートル半上のドームに投影してちょうどピッタリの画角という感じなので驚きました。
 カタログ値よりもかなり遠い投影になるので、ピントの具合や星像の大きさが心配でしたが、これだけの規模のドームになると、見る位置もかなり離れるので問題ありませんでした。
 さらに投影距離が長いことによって、星の明るさが不足するかなと思ったのですが、これも案外いい感じ。完全な暗室になるので、目が慣れてくるとちょうどいいくらい明るさ(暗さ)なんですよね。
 結局コンバーションレンズは無駄になってしまいましたが、これは嬉しい誤算でした。
 このアースシアターは動画を投影する機能もあります。これは、ちょっと画素数も明るさも不足気味で、ちょっと使えないかなあ、ドームでは。
 映像用には、また別のプロジェクターを改造しようと思っています。ドームシアターができれば、幼稚園児は喜ぶでしょうね。ちょっとしたDVDを観るにもいいのではないでしょうか。
 というわけで、基本はうまくいったのですが、なにしろ、ホームスターはただ恒星を投影するだけの機械です。プラネタリウムと言いながらプラネット(惑星)の投影機能はありません。もちろん、月や太陽も。
 それから、星座絵も別の原版を使わなければならないので、教育用にはあまり適していないとも言えます。
 そのへんをどう乗り越えていくか。できれば夕焼けとか朝焼け、雲とか流星とかも再現したいなあ…なんて、やりたいのはやまやまですが、時間とお金がありませんね。
 もう少し実験やら改造をしてみて、またいつか経過を報告しようと思います。
 まあ、本当に家庭用、リラクゼーション用としては最高だと思いますよ。数千円で買える下位機種でも充分に楽しめるでしょう。
 いやあ、本当に時代は変わりましたね。

ホームスター公式

Amazon ホームスター earth theater(ホワイト)

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2014.04.21

「紫雲丸事故」と「ありあけ事故」

 国のフェリー「セウォル号」の沈没事故。本当に心が痛みます。
 我が校は伝統的に韓国への修学旅行を実施しているので、全く人ごとではありません。
 今回の事故では、信じられないような人為的ミスや人道的問題点が明るみに出ていますね。これは単に韓国というある種特殊な国での出来事であり、日本ではありえないことなのでしょうか。
 日本国内ではこのような事故がなかったのかというと、決してそんなことはありません。今日は、私が思い出した日本でのフェリー事故について書きます。

 まず、修学旅行中の子どもたちが犠牲になったということでいうと、1955年の紫雲丸事故は悲惨でした。5月11日、宇高連絡船「紫雲丸」が同航路の「第三宇高丸」と衝突、沈没しました。
 紫雲丸には、修学旅行中の広島県内の小学生が多数乗っており、結果として100名の児童が亡くなってしまいました。
 沈没の原因が衝突ですので、セウォル号のケースとは状況が違いますが、船長をはじめとする乗務員、あるいは学校の先生の対応は概ね適切であり、それぞれの職務、責任を果たしたと評価されています。
 中村船長は退船を拒否し、ブリッジに残って船とともに海中に沈みました。ちなみにセウォル号の船長は契約社員だったとか…。
 衝突相手だった第三宇高丸は、傾く紫雲丸の危険を察知し、自ら身を挺して全力で紫雲丸を押し続け、その結果沈没を遅らせ、また多数の乗員の移乗を成功させました。その判断も適切であったと評価されています。
 また、多くの地元の漁船が救助活動にあたり、特に児童の救出に活躍したようです。
 衝突自体は濃霧の中での人為的なミスでしたが、その後の対応には学ぶべき点があると思います。
 ところで、この事故では、多くの児童が泳ぐことができず犠牲になりました。その反省に基づき、全国の小中学校にプールができ、体育で水泳の授業が必修となりました。こういう国は日本くらいなんですよね。特に、着衣水泳なんか、韓国はもとより外国では考えられないことです。
 さて、続きましてはつい最近、5年前の事故です。けっこう忘れている人も多いのでは。

 今回のセウォル号を以前所有していた日本の会社が起こした事故。フェリー「ありあけ」はセウォル号とほとんど同じ船です。
 ありあけは高波を受けて傾き、積み荷の固定がはずれてバランスが崩れ転覆。セウォル号と似た部分もありますね。
 ただ一般の乗客は7人だけだったこと、海上保安庁への救助要請が早かったこと、海保の指示と船長の判断により、傾いたまま自力航行して陸地に近づけたため、結果として全員救助後、座礁して沈没を免れたことなどは、韓国の事故とは大きく違います。
 このような経験をしている日本としては、様々な救援策を持っていると思うのですが、なぜか韓国側は日本の協力要請を拒否していますね。
 まだ救助作業が続いている中で、軽々しい発言はしたくありませんが、やはり、安全対策、あるいは緊急時対応の準備に関して(学生の水練も含めて)、日本と比べて韓国はかなり劣っているのではないかと感じました。
 私も修学旅行で何度も韓国を訪れていますが、そのたびに正直大丈夫かなと思うシーンがありました。これから学校としてもいろいろと考えていかなければならないですね。
 それから今、職員室で話題になっているのですが、例の自分の子どもの入学式に出るために担任するクラスの入学式を欠席した先生の話、あれと、いち早く避難した今回の船長の話、微妙にかぶってくる部分がありますよね。職業観というか、職業的責任感というか、権利と義務のバランスというか、過剰な人権至上主義というか、個人と共同体の関係というか…。
 いずれこれについても語りたいと思います。今は我慢せよと周りに言われているので(笑)。

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2014.04.20

藤田嗣治 『秋田の行事』& 喜多川歌麿 『深川の雪』

Th_imgres ぜか続く「秋田シリーズ」。
 秋田県では妙に知名度が高い「世界のフジタ」。ここ数年も、おそらく秋田の方々はニュースでその名を耳にしていたのではないでしょうか。
 そう、その藤田の描いた「世界一の壁画」の移転にまつわる騒動です。
 結局、なんだかよく分からない理由で、新県立美術館(秋田県立美術館 平野政吉コレクション)はオープンしました。安藤忠雄による設計。
 藤田の要望をもとに作品「秋田の行事」と一体として建設された旧美術館は取り壊しされることになりました。
 美術に興味のある方なら、ご存知かもしれませんが、藤田嗣治のパトロンは秋田の富豪(三代目)平野政吉です。
 その平野が藤田に「世界一の壁画を秋田に」と言って描かせたのが「秋田の行事」。なんでも、全国の「地方の行事」を大量に描かせて展示するつもりだったとか。やることがぶっ飛んでます。
 最近私がテーマにしている「グローカル」ですが、実は近過去にはそういう時代があったんですよね。
 そう、山梨で言えば「鉄道王」根津嘉一郎なんかも、美術収集してましたね。そのコレクションを展示しているのが、東京港区の根津美術館。
 根津は山梨県内でも小学校に数百台のピアノを送ったり、昔の大金持ちは「文化人」だったわけです。山梨では、ほかにも西の鉄道王となった小林一三もそうですね。宝塚歌劇団を創設したり…。
 最近の金持ちはそういう点でダメなのかというと、そうでもなくて、今日たまたまNHKの日曜美術館で紹介されていました「岡田美術館」、これはすごい。
Th_imgres1 昨年箱根に開館したこの美術館。いきなりすごいことをやってくれました。
 行方不明になっていた喜多川歌麿の晩年の傑作、雪月花三部作の一つ「深川の雪」を「発見」し、修復して展示し始めたのです。これには世界中の人がビックリ。
 で、この「岡田」とは誰かというと…私は、箱根ということもあって、MOA美術館の岡田茂吉関連、すなわち世界救世教関係の「オカダ」さんだと思ったら、「オカダ違い」だった(笑)。
 その「オカダ」とは、パチンコ・パチスロ王の岡田和生さんでした。長者番付1位にもなったことのある方。最近では世界中で高級カジノを展開中。
 いや、いいことですよ。こうして日本の遺産、世界の遺産が復活したわけですから。お金持ちの鏡ですな。
 ぜひ、もっと稼いでいただき、そして、日本の文化、アジアの文化、世界の文化の保護、継承、発信に一役も二役も買ってほしいところです。
 ちなみに喜多川歌麿にこのような巨大な肉筆画を描かせたのは、栃木の豪商善野家であります。ここにもバトロンがいたわけですね。
 ああ、私もいつか誰かのパトロンになりたいなあ(笑)。

秋田県立美術館公式
 
岡田美術館公式

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2014.04.19

BUMP OF CHICKEN 『RAY』

513qydmkfel_sl500_aa300_ 「所」を探す物語。
 ずいぶんと遅くなってしまいましたが、BUMP OF CHICKENの新譜「RAY」について書きましょう。秋田シリーズの続きとも言えますね。藤原くんは秋田市の出身です。
 ここ数日で紹介した秋田にまつわる偉人たち、土方巽、佐藤信淵、白井晟一、そして藤原基央、みなある種の「翳」がありますね。おそらくそこに共通しているのは一言で言うなら「内省」ということでしょうか。
 内側に関心が向かい、内側に矛盾を感じつつ、いつかそこを突き抜けて、自己を客観視することによって世界像をつかむ。
 そんな気がします。秋田という風土がそういう文化を生んだのでしょうか。
 自己と世界が不二であることに気づくというのは、ある種の禅的な結論です。それは当然、ローカルとグローバルという一見矛盾している、あるいは反対のベクトルと思われがちなものの統一にもつながってきます。
 統一場への予感。それは上記四人全てに共通しています。
 藤原くんは、それを音楽というステージで、言葉に乗せて表現します。無理やりのこじつけになってしまうかもしれませんが、彼の言葉を借りれば、「統一場への予感」=「(あるべき)場所への約束」ということになりましょうか。
 この新譜には、今まで以上にそれが明確に表現されているかなと思いました。
 音楽的には特に目新しいことはありません。ある意味安定です。バンプは変わった…とアルバムが出るたびに否定的に言われますが、それは、我々リスナーがついていけてないだけで、表現者にはなんの罪もありません(もちろんその事実を表明するのは自由ですが)。
 何度も書いているように、たとえばビートルズのアルバムごとの変わり様なんかトンデモナイですよ(笑)。ついていけない人続出でした。そして彼らはついて来れないようなチャレンジを繰り返したのです。
 その点、バンプは「変わらない」バンドだと思います。「変わらない」ことへのチャレンジをしているバンドだと思います(私にとっては、シンセの音もミクの声も、なんら不自然に感じません…シングル「ray」についてはこちら参照)。
 その「変わらなさ」は音楽面だけではないと思います。藤原くんの歌詞(詩)の世界も基本的には変わっていません(育っていはいます)。その普遍性こそが彼らの人気の秘密であり、強みです。
 では、その変わらない「自分」と「世界」というのはなんなのか。さらにその先にある「場所」とは…。
 今回のアルバムの歌詞(詩)もそれなりに読み込んでみましたので、具体的に書いてしまうことも可能ですけれども、あまり国語の授業のように(笑)解説的、確定的に語ってしまうと私も皆さんもウンザリしてしまうので、ちょっとだけヒントを書いておきます。
 このアルバムは「眠れなかった」で始まって、「ひとりじゃなかった」で終わるアルバムです。ここにいろいろなことが象徴されていると感じました。
 まず、藤原くんの詩には否定語が多いこと。否定語というか、打ち消しの助動詞「ない」で表現されることが多いのです。ためしに数えてみてください(授業だったらそういうことやるかな)。
 そして、そこにも関わってきますが、皆さんお気づきのとおり「対義語」を並べること、あるいは否定のあとに肯定を持ってくることが多いのも特徴です。
 こういう分析的なことを言うと、それこそ野暮になってきますが、ちょっとそういう視点で歌詞を読み直してみると、新しい発見があるのも事実です。
 否定と肯定を繰り返すことを肯定する。
 これぞ真理であり、その先にあるべき「場所」への「約束」です。唯一の方法がそれなのです。
 わずかで全部であったり、別れても一緒にいたり、変わったり変わらなかったり、壁の中が自由であったり、真っ黒で真っ白だったり…。
 不在と存在、実在と孤独、鏡の中の自分が世界につながる他者であること、これは私の得意分野で言うなら、まさに仏教的な「空即是色」「色即是空」そのものです。
 彼らの音楽の特徴と、ファンの心理の傾向からして、私はバンプを「キリスト教的なバンド」と評した時もありましたが、今では、どちらかというと「仏教的」とでも言いたいくらいです。
 すなわち、藤原くんの若いころの歌詞は「自己否定」することを「肯定」するというスタンスが多かったと思いますが、今では(それなりに年をとって?)「否定と肯定を繰り返すことを肯定する」というように進化した、あるいは根源や本質に近づいた(私はキリスト教は仏教から派生したと真剣に考えています)と感じます。
 そして、その統一的な肯定を続けることが、すなわち人生であり、世界のあり方であり、ある種の悟りへの道であることを、音楽をもって示し続けているのが彼らであると思うのです。
 とかく我々は、現実や日常や常識にとらわれて、あるいは負けて、その活動をやめてしまいます。それが大人になることだとも、たとえば学校で教えられたりするわけですね。
 しかし、そこには「あきらめ(思考停止)」しかなく、「あきらめ(明らめ・発見)」は存在しないのです。
 「RAY」とは、まさに、その「明らめ」の象徴であり、我々が見失ってはいけない光そのものであると思います。
 ドアを開けることに怠慢になってはいけない。その先に約束された「場所」があるはずだ。それは多くの偉人、宗教家が共通して我々に語りかけてきたことです。
 BUMP OF CHICKENの曲を聴くと勇気づけられると感じるのは、そういう次元においてのことでしょう。単なる慰めや共感ではなく、私たちは彼らに背中を押されているのです。
 5月に彼らのライヴに行く予定です。その翌日にはポール・マッカートニーのライヴにも行きます。両者の共通点はなんなのか、そして違いはなんなのか…とても楽しみです。

Amazon RAY(初回限定盤)

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2014.04.18

秋田(&山梨)と大魔神

 ぜか秋田の話題が続きます。
 今日から、秋田市に大魔神がやってきているそうです。なんでも「クール・リージョン(地域・地方)」ということで、秋田県とKADOKAWAがタッグを組んで、地方の文化発信にチャレンジしているとか。その一環として大魔神が出張してきている。
 今年は秋田で「国民文化祭」が開催されます。昨年は山梨県でした。ウチの学校もジャズバンド部をはじめとしていろいろな分野に参加しました。
 やまなし国文祭は通年開催という新しい試みをやったのですが、ある意味エネルギーが分散してしまった感がありましたね。秋田は通常通り、文化の秋に集中開催するとのことです。我がジャズバンド部もゲストとして出演することになっていますので、娘がそこでベースを弾いている我が家としては非常にラッキー。カミさんのふるさと秋田で生演奏を披露できるわけですから、親戚一同にとってもこんな機会はなかなかありませんよね。ついでに言うと、もしかするとウチの歌謡曲バンドも路上ライヴやっちゃうかもしれません(笑)。まったくウチはついてます(感謝)。
 山梨から秋田へとういうことで、国文祭閉会のセレモニーには「なまはげ」も富士山に来ましたね。「なまはげ」も考えてみれば、荒々しい客人(まろうど・まれひと)です。
 大魔神は「なまはげ」の親分みたいな感じです。今回は京都にいた大魔神が秋田に出張したという形をとっていますが、考えてみると、大魔神のデザインをしたのは、山梨県、それも富士山麓西桂町出身の高山良策です。
 そう、数々のウルトラマンシリーズの怪獣などの造型を担当した天才職人さんですね。日本の怪獣文化の父と言ってもいい人です。
 そういう意味では、山梨から秋田へ出張とも言えましょう。
Ent14041818410017p1_2 まあ京都にせよ、山梨にせよ、わざわざ秋田に出張したというのはですね、これは東国のまつろわぬモノどもを平定に来たのでしょうか。
 いやいや、逆でしょうね。大魔神こそがまつろわぬ民の象徴でしょう。なまはげの親分ですから。里帰りしたのかも。
 大魔神の本名(?)は阿羅羯磨(アラカツマ)です。この「アラ」はかの東北の神「アラハバキ」の「アラ」と同じ意味でしょう。単純に「荒」と考えてもいいと思います。
 ご存知のように映画の中での大魔神は「荒魂」と「和魂」の象徴として描かれていますよね。まさに日本の自然観、神観を表しています。
 「カツマ」は仏教用語で「業」、すなわち「カルマ」のことですから、ますます、日本の神仏習合的なにおいかしてくるじゃないですか。
 大魔神の物語は戦国時代の地方が舞台です。ちょうど地方にも仏教が浸透してきた時代ですね。秋田もだいたいそんな時代に仏教が伝来しています。すなわち、都会の風が吹いてきたということですよ。
 ちなみにカミさんの生まれ故郷(羽後町の山間部)にはいまだに完全な形では仏教は伝来していません。神道が主流です。どちらかというとキリスト教のにおいの方が強かったりしますからね。
 「秋田に大魔神」というニュースを見た時、「ああ、なんかしっくり来るな」と思ったのは、そういう風土・文化があるからでしょう。京都もいいけれども、案外秋田や山梨の富士山麓の方が似合うかもしれません。
 まあ、いずれにせよ、角川さんが関わることによって、秋田の素晴らしい文化が日本中に、いや世界に発信されることを願います。地元の方々は謙虚すぎるので、カドカワ的なずうずうしさ(失礼)がうまく働いてくれるといいなと思います。いや、今の知事さんはけっこうアウトゴーイングですね(笑)。


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2014.04.17

『おもいで』 白井晟一

20140418_115006 田にまつわる偉人シリーズは続きます。
 これまた私自身不思議なご縁のあった天才建築家白井晟一。彼はひょんなことから秋田(特に県南)に、まさにグローバルな価値を持つ建築を残しました。
 その一部は今でも現役です。5年ほど前の記事に土方巽〜白井晟一…秋田で昭和の奇才の面影に触れるというのがありますね。彼の建築のほんの一部を紹介しています。翌年には稲住温泉を訪れました(こちらの記事参照)。
 白井晟一は明治38年京都で生まれ、東京で育ちましたが、疎開を契機に秋田と深い縁を持つことになりました。京都や東京からすると、秋田はまさに「地方」。そこで、彼は文化としての建築に目覚めていきます。
 白井晟一は大変な名文家でもありました。秋田に関する小文もいくつか残しています。今日は、その中から、秋田での思い出を淡々と記した文章を紹介します
 タイトルは、ずばり「おもいで」。1954年の文章。白井晟一の秋田への愛と感謝の念を感じます。
 では、縦書でお読み下さい。読点が少ないがために独特のリズム感が醸しだされ、それが不思議と彼の建築のリズムに似ているのが面白いですね。

 秋田は雪が深く、そのように人情もまた深いところと思う。秋田との交通ももう数年になるが夢のように短かった。夜上野を発って暁方、汽車が山形との境の峠を轟々と雄物川の平野へなだれおりると左手に鳥海がふるさとの山のようになつかしく見える。戦後いろいろな仕事の機会を与えてもらったのは、この雄物川をはさみ鳥海山のながめられる地方が主だった。公館や病院など未熟な仕事はもう十指にあまる。この地方の人々は郷土出身の建築家のように親しみ遇してくれた。私は関西で生まれたが稚い時から東京で育ち故郷の山河にたいする実感はうすい。言葉も風俗もかけはなれたこのようなみちのくもおくまったところに故郷のようななつかしさを感じるのはきっとこのくにの人々のこまかい人情によるのだと思う。建築文化の啓蒙という立派な幟じるしを掲げながら実際にははずかしい仕事ばかりですんだにかかわらず人々はやさしくゆるしてくれているようだ。こんど「近代建築」が和風構成号をだしたいというので不遜ながら写真家に出張して撮ってもらった。この新旧小作、意図からいっても規模からいっても仕事として所労されたものではなく、客中のすさびといえばよいかもしれない。しかし今あらためてこれらの写真をみるとどれにもこれにもたのしい想い出がこもっている。もとより近代建築啓蒙の資となるようなものではないが、これらのたどたどしい表現のうちに日本建築のさわやかな伝統を愛惜するほのかな情緒をつたえ得るものありとするならば、それはながいあいだわがままな私をかわらぬ友情でむかえてくれた秋田の人々へのおくりものが誤らなかったことと自らなぐさめる次第である。

Amazon 無窓
 

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2014.04.16

『混同秘策』 佐藤信淵

Th__20140417_134330 田ネタが続きます。昨日は、土方巽のグローカリズムについて書きましたが、彼の大先輩とも言える江戸時代の鬼才佐藤信淵の(トンデモ)グローカリズムを紹介しましょう。
 実は私もちゃんと読んでいないので、詳しくは書けませんが、とりあえず皆さんにも(特に秋田の方々に)知っていただきたく思います。
 佐藤信淵は現在でいう羽後町郡山の出身です。郡山は土方巽にも縁の深い土地。土方は実際には秋田市方面の出身だったのですが、なぜか「羽後町新成郡山」の出身だと主張していたと言います。
 私は以前、土方の親戚にあたる方のお宅を訪問したこともあります(こちら参照)。土方が「遊んだ」お蔵の中をみせてもらいましたが、そこはまるで舞踏空間のような独特の雰囲気がありましたね。ああ、これこそ、土方が秋田から世界に持っていった「闇」だなと。
 郡山地区は何の変哲もないのどかな田園地帯ですが、なんでしょうね、私にとっては、佐藤信淵と土方巽に関わっているというだけで、非常に特別な感じがします。
 というか、今気づいたのですが、土方は佐藤信淵のことをよく知っていたのではないでしょうか。それで、憧れの深淵と同郷というストーリーを作ったのかもしれませんね。ああ、きっとそうだ。
 天才土方巽が憧れた(に違いない)佐藤信淵もまた、ある種の世界的天才であります。
 佐藤信淵という思想家を一言で言うのは非常に難しいのですが、たとえば、こんな説明はどうでしょう。
 明治維新の45年前に次のようなことを主張した男です

・日本は世界で最も古い国である。
・日本が世界の中心になるべき(すなわち世界が日本化すべき)である。
・「東京」(という名称を使っている)に遷都すべきである。
・八丈島や小笠原諸島を開発し、フィリピンなどの資源も活用すべきである。
・国内が安定してのち、満州から中国を制服し、さらにヨーロッパへ侵攻すべきである。

Satou まあ今なら「超国家主義者」「トンデモ」ということになってしまうかもしれませんが、実際に「東京」遷都も行われ、のちの富国強兵政策や八紘一宇政策を見れば、ほとんどが実現したと言えるかもしれません。そういう意味では、非常に先見的、あるいは現実的な思想家であったとも言えます。
 実際に、明治の政治家や思想家は、佐藤信淵の書物を読み多くの影響を受けています。江戸時代にはほとんど顧みられなかった彼の書物は、明治時代には実にたくさん出版されました。
 一般国民にも彼の名前はかなり浸透していたようです。なにしろ「佐藤信淵」という歌まで作曲されているくらいですから。
 上記のような内容が書かれているのが、1823年(文政6年)に著された「混同秘策」です。
 「混同」とは、「ごったにする」「間違う」というような今のイメージとは違い、読んで字の如し「混ぜて同じにする。一つにする」という意味です。
 すなわち、「混同秘策」とは、世界中の国々や地域を混ぜて「日本」という一つの国にするための「秘策」ということなのです。
 明治時代に刊行された「混同秘策」が国会図書館のデジタルライブラリーで読むことができます。こちらです。
 佐藤信淵の超国家史観(皇国史観)は、たとえば、私の研究している宮下文書や、出口王仁三郎、さらに仲小路彰にもつながっています。実際、仲小路彰も著書の中で佐藤信淵をかなり詳細に分析紹介しています。
 江戸の末期あたりから流行したそうしたウルトラ国家観というのは、実は地方発だったりするのです。いわばローカルのコンプレックスから突然グローバルへ爆発するというか。
 佐藤信淵も大きな影響を受けた、同じ秋田出身の平田篤胤もそうですよね。東北というブラックホールで爆縮していくその裏側で、ホワイトホールが出現したという感じです。
 戦後、こうした空気は再び封印されてきました。もちろん世界戦争の反省もありましたし。
 私は、再び「グローカル」な時代がやってくるような気がしているのです。次元の上昇したグローカルの再来です。
 私が仲小路彰や出口王仁三郎、そして佐藤信淵らを評価すると、すぐにウルトラ・ナショナリストだとか言われてしまいます。もちろんそんな次元での話をしているわけではないのですが。
 とりあえず、彼らの言葉に耳を傾ける必要があるでしょう。最初から否定したり無視したりするのは間違っていると思います。
 すなわち、「方言」に耳を傾けるということですね。

Amazon 佐藤信淵の虚像と実像―佐藤信淵研究序説

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2014.04.15

土方巽の肉声

 日の続き。秋田弁の話。
 昨日とは違ってちょっとマニアックな人の秋田弁です。
 私にとっては非常に重要な秋田出身者である伝説的舞踏家土方巽。カミさんを通じて、彼とは非常に不思議なご縁がありました。以前いろいろと書きましたので、詳細はこちらからどうぞ。
 土方巽の肉声というのを、私は聞いたことがなかったのですが、最近YouTubeにいくつか上がっていたので、ここに紹介します。
 明らかになまっていますね。

 彼の舞踏は、今では世界的な芸術のように言われていますが(私もそう思っていました)、カミさんの話を聞いたり、あるいは地元の雰囲気を体感したり、関係者に直接お会いしたりすると、ある意味彼は非常にローカルなことをやっていたということに気づきます。

 すなわち、ローカルがグローバルになりうる、あるいはローカリズムこそが真のグローバリズムを生むということに気づきますね。
 次の動画には、土方巽を取り巻く、細江英公、横尾忠則、田中一光、澁澤龍彦らが登場しますが、よく考えると、彼は東京で活動していたとはいえ、皆ある種の地方性を持って集結していたわけですよね。
 東京という都市の本質、あるいは象徴としての新宿という街が持つエネルギー源というのが分かるような気がします。

 2020年の東京が発信すべきものは、実は表面的な「国際都市TOKYO」ではなく、あらゆるローカリズムを呑み込み、そして吐き出す「和の都市東京」なのではないでしょうか。
 そういう意味でも、やはり私たちが「昭和」に学ぶべきことは多いと思います。昭和は決して都会の時代ではなかったのです。
 都会によって逆照射された「田舎」が実は輝いていた時代とも言えましょう。今の方が、地方は地方らしくなく、単なる「エセ都会」のようになっているじゃないですか。
 方言は「文化」のアイコンです。土方の舞踏も広義の「方言」だと言えるのです。
 先日書きましたとおり、「文化」とは「その土地風土のアイデンティティーが人間の活動(生活)を通じて現れたもの」なのですから。
 そう考えると、「方言」を全く持たない私は、全然文化的ではないということでしょうか(苦笑)。

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2014.04.14

秋田弁が流行る?

Imgres 日のNHK「家族に乾杯」は秋田県大仙市でした。
 番組の最後、滝川クリステルさんが伊藤秀志さんの「秋田弁大きな古時計」を聞いて、「予想以上にフランス語っぽかった」とおっしゃってました(笑)。
 秋田県、旧大内町出身の伊藤秀志さんのアルバム「御訛り」については、6年ほど前に紹介しました。
 あらためて、「大きな古時計」を聴いてみましょう。

 いやはや美しいですね。素晴らしい。ウチのカミさんも秋田出身ですので、この「大きな古時計」ばかりでなく、全ての楽曲を即興で秋田弁バージョンで歌ってくれます(笑)。面白すぎですよ。標準語で育ってしまった私にとっては完全に外国語。まず音韻が違うので、とにかく文字化されません。
 ちなみに我らが(私は話せませんが)甲州弁は、栄えある「ブサイク方言ワースト1」を獲得しました(笑)。たしかにあんまり美しくないよなあ。ただ、「花子とアン」のおかげで、多少イメージはよくなったかもしれませんね。
 秋田弁と言えば、秋田出身のタレントさんがけっこう積極的に売りにしてくれていますよね。
 まず秋田県出身のお笑いコンビ「ねじ」の「秋田弁講座」から。

 てか、「ねじ」さん、標準語がきれいですね。
 続きまして、今特に話題になっている生駒里奈さん。乃木坂46からライバルであるAKB48へ公式留学しましたね。
 彼女も伊藤秀志さんと同じ由利本荘市出身です。彼女が秋田弁で告白するという企画があったようです。

 なるほど、けっこう可愛らしく聞こえますね。カミさんによると、秋田でも若い人たちはあまり秋田弁をしゃべらなくなっているとか。というか、おそらくは音韻なども含めて、標準語との使い分けが上手になっているのでしょうね。
 続いて壇蜜さん。壇蜜さんは横手(十文字?)出身。ほんのちょっとだけ秋田弁を披露してくれています。

 セクシーですね(笑)。続いて佐々木希さん。ちょいと古いCMですが。

 

 加藤夏希さんにも一言お願いしましょう。

 どうですか?なんか秋田弁ブームが来てもおかしくないような気がしませんか?私は好きですねえ。意味はわからなくとも(笑)、あったかい気持ちになります。
 おまけに、NHKでおなじみの気象予報士渡辺博栄さんによる「秋田弁天気予報」(笑)。皆さん、母語をしゃべるのに、なんだか恥ずかしそうで、ある意味ちょっと不自然というか、分かるように気を遣っているというか、多少標準語音韻化しているというか…そこがまた秋田県民らしい謙虚さでいいですね。


 

 


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2014.04.13

「桜の季節」と「桃の季節」に…

 日は山梨出身の二人の偉人を追悼するイベントが開かれました。
 一人は、富士吉田出身のミュージシャン志村正彦。一人は、旧牧丘町出身のプロレスラージャンボ鶴田。
 二つのイベントは微妙に時間が重なっていたので、どちらに行くか大いに迷いましたが、十三回忌ということもあり、イベント自体への参戦についてはジャンボ鶴田さんの方を選びました。
Th_img_8921 富士吉田で催された「上映會」は、フジファブリックの結成10周年を記念して発売されたフジファブリックの『TEENAGER FANCLUB TOUR』追加公演 at 富士五湖文化センターのDVDを、まさにその場である現ふじさんホールで上映するというもの。
 あの日は、私にとっても忘れられない志村くんとの初めての会話と握手の日でした。あのライヴを生で観て聴いたというだけでなく、全く予想外の幸運にも恵まれたわけですから、今日は当日あの場にいられなかった方に席をお譲りするという気持ちもありました。
 開演時間まで、ふじさんホール付近を散策して「桜の季節」を、そしてファンの皆さんとの交流を楽しみました。ホールでは志村くんのご両親ともお会いできたので、久しぶりにご挨拶もさせていただくこともできました。
Th_img_55471 月江寺駅にはあの日掲げられた横断幕が。実はこの横断幕を作ってくれたのは教え子のお父さんなのですが、その方は1年前に亡くなられてしまいました。富士山駅の駅長さんをされた方です。志村くんの業績をたたえるイベントをやりましょうとお話していたのに本当に残念です。今日はあの日と同じように志村くんたちメンバーと月江寺駅で会話していたのではないでしょうか。
 イベント自体には参加できませんでしたが、あらためて志村正彦という天才が遺したものの素晴らしさ、大きさを感じましたね。はっきり言って、私の人生も彼によって変わりました。深まったと言ってもいいでしょう。今後は、彼の遺産を継承すべく、学校で地元の若者たちに彼の作品を紹介していこうと思っています。
Th_img_5552 さて、富士吉田をあとにし、山梨市民総合体育館に移動すると、そこはまさに桃源郷。
 主催者の方によると、ジャンボ鶴田追悼興行をやるなら、桃の花が満開の季節にということで、今日の開催を決めたとのこと。
 山の都で標高差の大きい山梨では、こうして桜と桃を同時に楽しむことができるのですね。
 ジャンボ鶴田さんも私の人生を支える偉人の一人です。「人生はチャレンジだ」「チャンスをつかめ」は私の座右の銘です。
 今回のプロレスリング・ノアによる追悼興行には、交わることのなかったライバル藤波辰爾選手が参戦しました。それだけでも感慨深いものがあります。
 追悼セレモニーでは、ジャンボの偉業の数々を紹介するビデオが上映されました。私もカミさんも涙、涙。
Th_img_5556 画面に映し出される鶴田さんをはじめ、馬場さん、三沢さんら、多くの方が鬼籍に入られています。命がけで戦い、私たちに感動を与えてくれたレスラーの方々に心から感謝の気持ちを抱くとともに、熱かったあの時代を懐かしく思い出しました。
 今日のノアの興行自体も、それなりに楽しめる内容でしたが、やはり、往時の盛り上がりにはかないません。
 なんでしょうね、レスラーのスケールも小さくなってしまいました。化け物が少なくなりましたね。リングに上がった中で、一番大きかったのは、ぶどう農家をされている鶴田さんのお兄さんだったのではないでしょうか。皮肉なことですね。
 そんなわけで、今日は花とともに若くして亡くなってしまったお二人の山梨出身の偉人を偲ぶ日となりました。
 私もお二人に学びつつ、また彼らに負けないように、山梨のために、日本のために頑張りたいと思います。
 あらためてお二人に感謝するとともに、ご冥福をお祈りいたします。

Amazon Live at 富士五湖文化センター


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2014.04.12

『アナと雪の女王』(ディズニー映画)

 く想定外、そして全く望んでいなかったのですが(笑)、ひょんなことから「アナと雪の女王」を映画館で観ることになりました。
 2Dの字幕版です。
 結論から言いますと、それなりに面白かったし楽しかった。ある種の職人的作品であり、たしかに文句のつけようのないほどのクオリティーの高さであったと思います。
 まあ、これを「アニメーション」と呼んでいいのでしょうか。アカデミー賞で「風立ちぬ」と競り合ったかどうか知りませんが、このフルCG映画をアニメと同じ土俵で戦わせていいのでしょうかね。まあ「非実写映画」というくくりなのでしょうが、そんなこと言ったら、実写映画にもCGがた〜くさん入り込んでますから、もうそのカテゴライズ自体が難しいというか、意味がないような気もしてきます。
 たとえばコンピューター・アニメーションの可能性を追求するというのと、アナの肩のあたりのボツボツ(笑)をリアルに表現することとは、どのように整合しているのか…どうでもいいことかもしれませんが、なんか気になっちゃいました。
 音楽がかなり良く、また私の聴いたところたぶん生演奏だった…いや、なんか自信がなくなってきたぞ、もしかして、あれもまたデジタル打ち込みなのか?もしそうだとすると、それこそ、あそこまでリアルにやるんだったら、本物のオケ使えよ!ってことになる。
 そう、日本だと、デジタルはデジタルとして割り切って、たとえば初音ミクみたいに、ある種リアルさを切り捨てることによって、別のリアリティーを求めるじゃないですか。アニメも同じ。浮世絵みたいに。
 それが、やはりディズニー(アメリカ)だと、向かう方向が「写実」になってしまっているなと。ま、そこは好みの問題なわけですが。
 テーマは「真実の愛=自己犠牲(利他)」であると感じましたが、今回私はちょっと違うことも考えながら観ていました。
 この映画、原題は「Frozen」。街が雪と氷に閉ざされるお話です。
 そう、私は映画を観ながら、この冬の山梨の大雪を思い出してしまいました。
 ああ、あれもやっぱり魔法のしわざだったのかと。
 私は日本的に、神様の「荒魂」の発動みたいな言い方をしてきましたけれど、それが西洋では魔女の魔法のような言い方になるんですね。
 そして、その魔法を解くために人間が奔走する物語が多い。日本では、もうお手上げで人は「待つ」ことしかしない。そこが違うなと。
 そうこの映画でも人間の「愛」の力が神(自然)を動かすというような感じですよね。ある意味、人が神より上位にいる感じがしました。「愛」という言葉によって。
 もちろん本来の西洋文化(キリスト教を中心として)は、「神の愛」が上位概念としてありました。しかし、近代文明、特にアメリカ的な発想では、人の愛、それもこの映画が象徴していたように、男女間の愛という次元ではない「人類愛」が存在するという確信のもとに、ヒューマニズムが宗教を超えてしまいました。
 いや、それがいけないと言うわけではないし、「グローバル・ファミリズム」を提唱するワタクシとしては、それが理想とも言えるのですが、やはり北欧(と思われる)を舞台とした物語としては、「神」が登場しないことに違和感を覚えたのも事実です。
 やはりディズニーは「神話」を排除するのですね。
 ただ、大まかに見れば、やはり「荒魂」の発動によって、結果として「和魂」が召喚されるという、日本的神観が表現されていたとも言えますかな(そんなこと考えながら観るのは私だけか)。
 最後に。この映画、大人は字幕版で観た方がいいですよ。

公式

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2014.04.11

『東京五輪1964』 佐藤次郎 (文春新書)

Th_img_039b8bcfec03783c25a31bce2e4e 日の続きです。
 半世紀前の東京五輪開会式の映像はよくテレビでも流れますので、今の方々もなんとなくあの光景は知っているでしょう。たしかに前日までの嵐が嘘のような好天に恵まれ、青空に自衛隊による五輪が描かれたあの開会式も五輪史に残る素晴らしいものでしたね。
 言うまでもなく、「体育の日」はこの10月10日の開会式を記念して制定された休日です。まあ、この前書いたように、「体育≠スポーツ」ですから、本当は「スポーツの日」とすれば良かったのかもしれませんが。
 その開会式からの15日間、日本は大変な熱狂に包まれました。
 いろいろな人に聞くと、特に地方ではあまり「オリンピック・ムード」というのはなかったとか。しかし、実際に始まってみると、カラー放送による中継というエポックも手伝って、テレビに群がる人々が増え、さらにいくつかの金メダル獲得によって、徐々に…というか、急激に日本中が盛り上がったようですね。
 たしかに今のような情報網がない時代ですから、そういうものでしょう。逆に言えば、2020の五輪は、準備段階から全国的なムーブメントになっていくことと思いますし、そうしなければならないとも思います。
 さて、その15日間のそれぞれの日のあるシーン(人々)をピックアップすることによって、全体の大きなうねりを表現することに成功した好著がこの本です。
 最初から読み進んでいくと、まるで当時に生きていたような感覚に襲われます(私は生後2ヶ月でしたので「生きていた」とは言いがたい)。
 いや、当時はこんなドラマがあったとは知る由もないわけですから、ある意味「当時以上」の臨場感があるとも言えます。
 その15日間の各シーンはこんな感じです。

第1日 坂井義則 聖火を灯した最終ランナー
第2日 ホッケー代表 大敗からの出発
第3日 三宅義信(重量挙げ) 金メダルへの「4年計画」
第4日 ボート代表 選抜クルーの挑戦
第5日 サッカー代表 銅メダルへの助走
第6日 佐々木吉蔵 ボブ・ヘイズの信頼を勝ち取った名スターター
第7日 織田幹雄 日本初の金メダリストの夢
第8日 山方澄枝 ヘーシンクの髪を切った選手村の理容師
第9日 田中聰子 メダルの重圧を背負った渾身の泳ぎ
第10日 花原勉 八田イズムで掴んだレスリングの頂点
第11日 中谷雅英 柔道初の金メダル
第12日 寺澤徹 アベベ、円谷に敗れた42.195キロ
第13日 杉山茂と西田善夫 国際テレビ中継を支えたNHKのスタッフたち
第14日 男子バレー代表 「東洋の魔女」にかき消された銅メダルの快挙
第15日 岸本健と土門正夫 写真家とアナウンサーが見た幸せな閉会式

 この本を読んでいても、最終日、これがなんとも感動的です。出来上がったばかり、そして15日間のドラマの舞台となった国立競技場。ここに、ある意味競技以上に筋書きのないドラマが待っていました。
 そう昨日書いたようにウチの父親もその場にいました。入場券を再掲しましょう。
3
 どんなドラマが待っていたのか。この本から少し抜粋してみましょう。

 〈なんだ、これは。いったいどんなったんだ〉
 まったく予想しないことだった。まず各国旗手が入場し、その後から選手たちが国ごとに隊列を組んで整然と入ってくるはずではないか。しんがりとなるザンビアと日本の旗手のすぐ後ろから、肩を組み、手をつなぎ、まったくの一団となった各国選手が大騒ぎをしながらずんずんと入ってきたのである。

 父親に確認したところ、たしかにそうだったそうです。もちろん当時の観客はもともとそういう演出だと思ったのでしょう。しかし、スタッフや報道陣は本当にびっくりしたようです。
 そんなことを知れるのもまた、当時以上の「臨場感」の例でしょう。
 こうして歴史が、時間を経てさらにリアルな体験になりえるということを、この本はしっかり示していると思います。
 だからこそ、2020も語り継がれ、永遠に臨場感を増し続ける大会にしなければなりません。
 1964に大いに学びながら、しかし、1964と同じことをやってもしかたありませんし、こうした偶発的なドラマも、期待して生まれるものではありません。
 やはり、「人事を尽くして天命を待つ」、あるいは「天命は人事を尽くすを待つ」ということでしょうね。
 最後に、佐藤次郎さんの文章、いいなあと思いました。いい本です。
 
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2014.04.10

『TOKYOオリンピック物語』 野地秩嘉 (小学館)

Th__20140411_152040 んでいて思わず興奮してしまいました。当時のエネルギーの集中と高まりががぐいぐい伝わってくる。
 特に私が興味を持ち、また力をもらったのは、ロゴやポスターなどをデザインした亀倉雄策さんと、選手村の食事一切をプロデュースした村上信夫さんです。
 オリンピックは「スポーツと文化と教育」の祭典です。決してスポーツだけの祭ではありません。
 50年前の東京オリンピックは、まさに「スポーツと文化と教育」が融合し、結果として「平和」と「未来」を発信する素晴らしいイベントになりました。
 その「文化」の中心にあったのが、私は「デザイン」と「食」であったと感じています。私は「文化」すなわち「culture」とは、まさに「ciltivate」、大地を耕すところから生まれるものだと考えています。
 違う言い方をするなら、「その土地の自然環境が人間の営みを通じて現れたもの」と捉えているのです。たとえば衣食住の文化は、明らかにその土地の自然環境がベースにありますよね。また、音楽や絵画や文学なども、結局のところ、その土地の風土が濃厚に表現されるものです。
 そういう意味でも、「デザイン」と「食」というのは、オリンピックにとって非常に重要な要素となりえます。
 「デザイン」にせよ「食」にせよ、国際的なイベントであるオリンピックにおいては、その開催国らしさ、すなわち「日本らしさ」とともに、それぞれの参加国らしさ、さらには全てを抱合したある種の「地球らしさ」をも要求されます。
Th__20140411_152312 この本ではほかにも(選手以外の)多くの部門の超一流日本人が取り上げられていますが、やはり、「デザイン」と「食」には、上記の意味での「文化」が明確に現れていると感じました。
 その「日本的」なるものとは、すなわち「和」です。「和」については、いろいろなところで語ってきましたが、基本は神道の「和魂(にぎみたま)」です。
 そこには、単に「平和」という意味ではなく、「調和」の意味もありますし、「足し算」の意味もあります。もちろん「にぎやか」という意味も。
 つまり、「日本的なるもの」が、実は「地球的なるもの」そのものにつながるということです。私は、半世紀前の東京五輪で初めて日本人はそれを、無意識的に(!)意識したのだと思います。
 そして、6年後の東京五輪では、今度は「意識的に意識する」ことになるに違いありません。ぜひそうあってほしいものです。
 だからこそ、次の東京オリンピックでも、「デザイン」と「食」は大切にしたいと考えています。それと、昨日の新幹線にあたるリニアや、それに伴うとも言える核融合炉発電などの科学技術。
 それら「和の文化」の象徴として富士山を中心に据えたい…そんな妄想を何度も書いてきましたね。
 そんなことを考えていたところに、昨日紹介した新幹線開通にまつわるお宝と一緒に、1964東京五輪に関するグッズが父親から送られてきました。
 今日はそれを紹介しましょう。シンプルかつダイナミックなデザイン。
 昨日書いたように、私は1964年の8月に生まれ、開通したばかりの新幹線に10月5日に乗りました。そして父は10月24日、オリンピックの閉会式を観に行ったそうです。確認すると、開会式は抽選に漏れたが、閉会式は当選したとのこと。

 まずは入場券引換証ケース。
1

 続いて入場券ケース。
2

 閉会式入場券(表)
3

 閉会式入場券(裏)
4

 どうですか。本当に素晴らしいデザインです。
 ある意味、これ以上のものを6年後に創るのは難しい…と思われるほどのクオリティーの高さです。
 だからこそ、次期東京五輪でも各部門のトップの人選は重要なのです。競技者の人選は記録によることができますが、文化、教育部門の人選は難しい…。

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2014.04.09

『開業50年 夢の超特急を解剖せよ 1・2号車』 (NHK 探検バクモン)

Th__20140410_153403_2 しいのでちょっと短めに。
 先週の1号車に続き、今日は2号車が放送されました。
 いやあ、なんとも感慨深いですねえ。新幹線。やっぱりいいですねえ。日本の「夢」は職人技に支えられている。
 この新幹線は、本当に世界に誇るべき日本文化ですね。
 ちょっと前に書きましたが、私と新幹線は同級生です(笑)。私が生まれたのが1964年8月のなかば。新幹線開通は10月1日。私が初めて新幹線に乗ったのは10月5日です。静岡から東京まで。まさに風景が飛び去っていくあの感覚は忘れられません…というのはウソで、もちろん覚えていません(笑)。
 少年時代は乗り鉄でもあり撮り鉄でもあった私ですが、最近は鉄道に乗ること自体、機会が減っており、昔のような愛情(情熱)はなくなってしまいました。
 それでもやっぱりこういう番組を観ると「なにか」が騒ぎますね。なぜ少年は電車に憧れるのか。
 機械としての魅力、スピードに対する憧れ、音、旅のロマン、ダイヤの整然さ、運転(操作)の魅力…いろいろありますが、結局のところ、ワタクシの言う「モノ」と「コト」の絶妙なバランスがあるような気がしますね。
 そうそう、最近、父親から貴重なものがたくさん送られてきました。新幹線開通時のパンフレットや記念切手、あるいは私が初めて乗った時の切符などなど…50年前のお宝たちです。
 いずれ一つ一つスキャンしてちゃんと公開します。ま、マニアの方々にとってはそれほどお宝ではないのかもしれませんが、私にとってはやはり特別なモノたちです。

Img_88511_2

 先週の1号車では、川崎重工の職人技(手作業)がクローズアップされていました。今日の2号車はレア映像満載でしたね。北陸新幹線の製造過程や、出荷運送過程(宙を飛んだり、船に乗ったり)は、マニアにはたまらないものがあったでしょう。
 番組中、何度かモザイクがかかっていたシーンがありましたが、まだ見せられぬ新型車両でしょうか。フリーゲージトレインだったりして。
 今日、番組の最後に爆笑問題の田中が意味深な発言してました。
 「6年後東京オリンピック…どうなっていることやら」
 これって私の妄想(リニア関係)のことでしょうか(笑)。いきなり東京五輪の話で終わりましたからね。予言だったりして。
 15日午後4時半再放送ですので、見逃した方はぜひご覧くださいませ。

探検バクモン公式

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2014.04.08

『教育勅語絵巻物語』 小池松次 (日本館書房)

Th_img_8826 日はお釈迦様のお誕生日。我が学園では毎年この日に入学式を行います。
 今年も希望に満ちた新入生たちが私たちの家族となりました。「家族」…これが本学園の教育の一つのキーワードです。
 私は今、いわゆる「(日本的)家族主義」を地球全体に移写敷衍する「グローバル・ファミリズム」という新しい概念を構想(妄想)中でありますが、これは職場での「家族」体験に根ざしたものと言えます。
 今日、教育勅語の原本、半世紀ぶり確認 国立公文書館で公開へというニュースが報じられました。
 戦後GHQの先導によって国会で失効、排除が決まって以来、全く顧みられることがない…どころか、その内容も吟味されずに全面否定されてきた教育勅語。
 ある意味「家族主義」とも言えるこの教育勅語。まさに戦後、教育勅語が否定されて日本の家族制度は崩壊していきました。
Th_img_8827 だいいち皆さんはその「教育ニ関スル勅語」の内容をご存知でしょうか。
 原文は漢文訓読体であり、それもかなり難解な語彙を駆使して作られています。漢文に(書き下しならぬ)書き上げられたものもありますが、正直本国の方でもかなり理解しがたいものです。
 そこで、この教育勅語に含まれている12の徳目を、ウィキペディアから引用してみましょう(口語訳部分のみ)。これなら分かりますよね。

12の徳目
・親に孝養を尽くしましょう。
・兄弟・姉妹は仲良くしましょう。
・夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう。
・友だちはお互いに信じ合いましょう。
・自分の言動を慎みましょう。
・広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう。
・勉学に励み職業を身につけましょう。
・知識を養い才能を伸ばしましょう。
・人格の向上に努めましょう。
・広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう。
・法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう。
・国に危機があったなら自発的に国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう。

 どうでしょう。問題があるとしたら、最後の「お国(天皇)のために」という部分のみでしょう。あとはどうですか?正直素晴らしいというか、当たり前の徳目ですよね。逆に今必要とされている、必要だと叫ばれていることばかりです。
 ですから、いつも私は言うのです。戦前戦中を経験されひどい目にあった方々はともかくとして、戦後生まれの我々は、ちゃんと戦前戦中のことを学び、現代に通用すること必要なことはしっかり受け継ぎ、現代的、未来的な意味で間違っていると判断されることは反省し改めればよいと。なにもかも頭から全て否定することは最も避けるべきことであると。
 真の「戦後レジームからの脱却」とはそういうことでしょう。
 また、この教育勅語は、当時でさえ賛否両論であり、また制定にあたっては大変な紆余曲折があったことも知るべきです。まるで当時の人々がみんなこの教育勅語に心酔していたかのようにとらえるのは、先人に対する冒涜です。
Th_img_8828 たとえば、ボツになった中村正直による草案や、かの内村鑑三が起こした教育勅語にまつわる不敬事件には、キリスト教が大きく関わっています。そのあたりを知るだけでも、当時の人々の道徳観、宗教観、教育観がいかに多様であったかが分かります。
 そのあたりの、「教育勅語」に関する多様な歴史を学ぶ一般書がなかなかないんですよねえ。
 私はある方からこの「教育勅語絵巻物語」という素晴らしい本をいただき勉強させていただきました。今は絶版であり、1万円近い値段で取引されるような稀覯本になってしまいました。残念です。
 このような本がもっと多くの方に読まれて、私たちが忘れてしまっている日本人としての美徳を思い出す機会が増えればよいと思います。
 これもまた「国譲り」ですね。本当に大切なモノは無意識化されて保存され、必要な時に世にでる…。
 そろそろそういう時を迎えているのではないでしょうか。
 いったい世の先生方の中で、教育勅語をちゃんと読んでいる方はどれくらいいらっしゃるのでしょう。ウチには教育勅語や終戦の詔が掲げられていますが、そういうセンセイをはなから危険視するような世の中ですから、まあ御身大切な先生方はあえて火中の栗を拾うようなことはしませんかね(苦笑)。

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2014.04.07

『手塚治虫×石ノ森章太郎 マンガのちから』展 (山梨県立博物館)

Mangalogo ょうど1週間前の月曜日に行って来ました。報告するのを忘れていました。
 東京、広島、大阪を巡回して、春休みに山梨にやってきたこの展覧会。他の開催地では大いに盛り上がっていたようですが、山梨はあまり人がいなくて少しさびしい感じ。
 特に子供がほとんどいなかったのにはびっくりしました。春休みなのになあ。というか、今どきの子どもたちは手塚&石ノ森作品には興味ないのか…。
 私自身も、まあ人に比べると「マンガ少年」ではなかったタイプなので偉そうなこと言えませんけれど、それでも非常に興味深い展覧会であったと思います。
 まずは、お二人の神様の「原画」がたくさん観られたこと。小学校時代の落書きや紙芝居から、松本零士さんが所有していたという初公開資料まで、本当にたくさんの「肉筆画」が展示されていました。
 これはマニアならずとも興奮ものですね。やはり原画独特の勢いというか、リアルさというか、生命感というか、もうその時点でお二人が特別な才能をお持ちだったことがよく分かります。
 それから、お二人の作品の変遷を観ることによって、昭和史、特に思想史の総復習になるようにも思われました。
 と思っていたら、後半の第3部に「いのち、ふるさと、あきらめない、死、ヒト、科学、愛、戦争と平和、自然の脅威、女性像、音、映像的表現、時間」というテーマごとにお二人の作品を紹介するコーナーが設けられていました。
 私たち昭和世代の日本人、特に男は、彼らが時代から抽出した、あるいは彼らが時代をリードした思想を共有してきたんですよね。そこにはもちろん「原子力」なども含まれています。
 そういう意味では「マンガのちから」には功罪両面あるということも考えておかなければなりませんし、もちろん平成においても、マンガやアニメが子どもたち(つまり未来の大人)に与える影響は非常に大きいということですね。
 「おとなはムカシへ。こどもはミライへ。」という、この展覧会のテーマにはそういう意味もあるのかなと。
 世界における日本の「MANGA」文化は今後も発展を遂げるでしょう。手塚さんや石ノ森さんが、日本のミライの大人のために描いたように、これからのマンガ家さんたちは、世界の未来を想像しながら作品作りをしていかねばなりません。
 はたして今、それに相当する作品があるのか。私は今ほとんどマンガを読みませんので、なんとも言えませんが、なんというかなあ…イメージとしては「私小説」のごとき「私マンガ」、つまり内向きのマニアックな作品、あるいはある種微視的な特殊環境(たとえばマイナーな職種とか)を舞台にしたスケールの小さな作品が多いような気がします。
 この展覧会で再現されていたトキワ荘の住人がそうであったように、私生活を原点としながらも、作品は世界や宇宙に飛び出す、あるいは日常に非現実が展開するような、スケールの大きさが必要なのではないでしょうか。
 子どもを育てる仕事をしている私は、自分の責任も含めて、いろいろと考えてしまったのでありました。
 展示の内容に関しては、こちらでんぱ組.incの二人によるレビューをご覧ください。
 山梨の方、この展覧会5月19日までやってますので、ぜひぜひ。私ももう一度子どもを連れて行こうと思っています。
 6月からのシンボル展「広重の不二三十六景」も、ある意味マンガの原点ですね。

山梨県立博物館公式


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2014.04.06

歌謡曲バンドふじやま LIVE in 山梨フリンジマーケット

Th_img_5460 日、久しぶりに歌謡曲バンドふじやまのライヴをさせていただきました。
 場所は山梨県都留市。ワタクシとカミさんが(時代は全然違いますが)共に大学時代を送った第二の故郷に凱旋です。
 教え子が山梨フリンジマーケットのスタッフをやっておりまして、先月出演オファーをいただきました。ちょいと急だったこともあり、メンバーはウチの家族4人と、学校のジャズバンド部の高校生2人の計6人。

 (年齢の若い順)

 山口琴(小6) タンバリン
 山口紗季(中3) ベース
 外川綾乃(高2) ピアノ
 三浦奏(高3) ドラムス
 山口陽子(?) ヴォーカル
 山口隆之(?) ヴァイオリン

 演奏した曲目は以下のとおり。1950年台から2010年台までの歌謡曲&J-POPの歴史を俯瞰する、演奏する方にとってもぜいたくなプログラム。

1 お祭りマンボ(美空ひばり 1952)
2 恋の季節(ピンキーとキラーズ 1968)
3 なごり雪(イルカ 1975)
4 みずいろの雨(八神純子 1978)
5 チェリーブラッサム(松田聖子 1981)
6 My Revolution(渡辺美里 1986)
7 残酷な天使のテーゼ(高橋洋子 1995)
8 Everything(Misia 2000)
9 千本桜(初音ミク 2011)

 途中、モノマネコーナーとして「春なのに(柏原芳恵 1983)」と、中高生トリオによる「ジャイアント・ステップス」も演奏しました。
Th_img_5459 途中昼食をはさんで2公演やらせていただきました。第2部直前に突然「なごり雪」が降ってきまして、急きょ商店街の店舗の中で演奏させていただくことになりました。
 多くの皆さんに聴いていただき、また、高尾町名店街の皆さんに親切にしていただき、こちらもすっかり春のような温かい気持ちになりました。
 のべ2時間半という長丁場。ぐったり疲れてしまいました。いやあプロの方々ってすごい体力ですね。これで毎日ツアーとかしちゃうんですよねえ。
 それにしても、富士学苑中学・高等学校ジャズバンド部のリズム隊三人娘たちはすごい!鍛えられている職人さんですわ。
 前々日にセットリストと音源を渡し(楽譜ではない)、前日に1回だけ合わせをして本番バッチリだもんなあ。恐るべし。
 昔のジャズメン(ビッグバンド)はみんな歌謡曲の伴奏をしてましたよね。彼らが日本の歌謡曲を支えていたと言えます。
 そういう意味で彼女たちもいよいよ本物のジャズ・ミュージシャンへ向けて修行を開始したということで(笑)。
 いやあ楽しかった!皆さんありがとうございました。次回は夏の予定です。
 あっそうだ、ワタクシ、皆さんに謝らなきゃ。Everythingの転調部分で落ちてしまい演奏を中断、途中からやり直したのに、また間違えちゃいました。ごめんなさい(笑)。

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2014.04.05

You Really Got Me

 日は久々に歌謡曲バンドのライヴです。今日1回だけ練習しました。アドリブ得意な人たちなので、尺さえ合っていればもう大丈夫(?)。
 あとは気合いです(笑)。
 今日の深夜、ちょうど気合いの入る番組をやっていましたので観ました。
 以前もちょっと紹介した、みうらじゅんと安齋肇の「笑う洋楽展」。ついにレギュラー化したということで、新シリーズの第1回は「胸毛男」というテーマ(笑)。まあ、笑えました。気合いが抜けました(笑)。
 で、その1曲目で紹介されたのが、ヴァン・ヘイレンの「ユー・リアリー・ガット・ミー」のヴィデオでした。

 まあ、たしかに昔はロックと言えば「胸毛」でしたよね。つまり、男らしさ、男のセクシーさの象徴として胸毛(からヘソ毛にかけて)があったわけです。
 今や、男子も脱毛などという時代。困ったものです。
 ところで、このヴァン・ヘイレンの「ユー・リアリー・ガット・ミー」、1978年のシングルということで、当時14歳の私も大いに刺激を受けた記憶があります。このギター・リフだけはできるというロック少年でした(あと、スモーク・オン・ザ・ウォーターか)。
 今日、お二人がツッコんでましたが、この「ユー・リアリー・ガット・ミー」が収録されているヴァン・ヘイレンのデビュー・アルバム「炎の導火線」、当時はかっこいいネーミングだと思ってましたけど、考えてみると「炎の導火線」って変ですよね(笑)。もう燃えてるじゃん。「導火線の炎」ならまだ分かるけど。
 皆さんもご存知のとおり、この「ユー・リアリー・ガット・ミー」はキンクスのヒット曲のカヴァーです。
 キンクスのオリジナル・ヴァージョンは1964年8月、すなわち私が生まれたまさにその月に発売されたものです。

 かっこいいですね〜。シンプルかつパワフル。永遠のロックの名曲です。
 最近ではメタリカがカヴァーしてますね。これもかっこいい。とにかく2分台で潔く終わるところがいいですよね。

 さあ、私も明日は胸毛全開で頑張るぞ〜(ウソ)。

Amazon 炎の導火線

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2014.04.04

富士山は大和の国のホームボタン

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 日の夕刻の富士山です。今年は雪が多かったので、まるでソフトクリームのような肌合いですね。
 写真を撮りながら、やはり富士山は心のふるさとだなと思いました(言い古された表現ですが)。
 父のようであり、母のようであり、兄弟のようでもあり、恩師のようでもある。
 何か困ったことや苦しいことがあった時、富士山を眺めるとホッとしますし、勇気づけられます。
 さながらiPhoneのホームボタンのようだなと思いました。
 困った時、自分の居場所が分からなくなった時、とりあえず押すと原点に戻るホームボタン。iPhoneのヒットの要因の一つでしょう。
 いくら出っ張っているから言って、富士山をボタンに喩えるのはどうかとも思いますが、もし巨大な宇宙人か神様が地球を手にして眺めていたら、やはりこの小さな列島のヘソにそびえる独立峰をプチッと押してみたくなるのではないでしょうか(笑)。

Img_8781

 そうそう、人工衛星による測定によって山の標高が修正され、山梨県は表彰台の高いところ独占になりましたね。すなわち、第1位富士山、第2位北岳、第3位間ノ岳で金銀銅独占ということです。
 しかし、北岳、間ノ岳は神様と言えども見逃してしまうでしょうね。山脈の一部なので目立たない。世界的に言えば凡庸な山です(てか、山梨県民の私でさえ、どれが北岳でどれが間ノ岳か分かりません)。
 やはり富士山は世界のフジヤマであり、宇宙の天教山であります。荒魂、和魂、幸魂、奇魂の全てを持ち、表現しています。
 日本人が心のふるさとにするのはもちろん、これからは世界中の人が「大和(たいわ)」の象徴として天の教えを学ぶ山となっていくと信じています。
 とりあえず2020年の東京五輪が一つのきっかけになります。それまでに日ロの平和条約締結や日朝国交樹立や、いや朝鮮半島の統一などということもあるかもしれません。
 厳しい春の風に吹かれてなお美しい、いやさらに美しい今日の富士山は、そんな明るい未来を予感させてくれました。


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2014.04.03

『スポーツ 体罰 東京オリンピック』 玉木正之 (NHK出版)

20140404_63446 育の時代への決別…帯にはこうあります。
 体育とスポーツは本質的に違うものであり、日本には本当のスポーツは根付いていないということを前提に話が進みます。
 なぜ、スポーツが体育になってしまったのか。そこには当然「歴史」が存在します。そして垣間見える戦争の影…。
 昨日、決勝戦が行われた高校野球。春はまだしも夏の甲子園は軍国主義一色です。昨年の夏に書いた記事から抜粋してみましょう。

・開会式の入場行進が軍隊式
・プレイボールのサイレン(サイレンで始まるスポーツってありますか?)
・負けたら終わりの背水の陣
・故郷への思い(愛県心は愛国心の縮小版)
・炎天下での過酷な戦い(ドームで空調はダメ)
・坊主頭
・汗、涙、土まみれ(人工芝はもってのほか)
・塁=陣地(盗塁は敵陣を盗むこと)
・遊撃、右翼、中堅、左翼などの言葉
・併殺、封殺、死球などの言葉
・犠牲フライ、犠牲バントなどの言葉
・吹奏楽による応援(吹奏楽は軍楽)
・コンバットマーチ
・試合後の校歌斉唱、校旗掲揚(国家・国旗の縮小版)
・期間中に原爆の日、終戦の日、お盆がある
・甲子園の土の持ち帰り(遺骨収集)
・朝日新聞の「旭日旗」(笑)

 私は高校野球が大好きですし、自分も甲子園を目指した野球少年でした。しかし、それはスポーツとしてというよりも、やはり「ドラマ」としての興味に起因しています。
 プロレスがいわゆるスポーツではないのと同じように、私は高校野球や大相撲もスポーツではないととらえています。
 それはそれで「文化」として、それも日本独特の文化としてあって当然だと思います。しかし、いわゆるスポーツ、特にオリンピックの競技と一緒くたにして考えてしまうと、いろいろと面倒なことが起きてくる。
 そういう意味で最も難しいものの一つは「柔道」です。この本でも最終章は「柔道」と「JUDO」についてたっぷり解説しています。実はそこに私のイメージと違うことが書かれていたので面白かった。勉強になりました。
 もともと「スポーツ」は非暴力の文化であったはずなのに、日本の「体育」では「体罰」という暴力が横行している。東京五輪までにその体質を抜本的に改善すべきである…という、玉木さんの論には基本的に賛成です。
 五輪に向けては当然そうあるべきでしょう。私は次期東京五輪は、脱体罰、脱成果主義、脱商業主義を世界にアピールする機会だと思っています。そして、オリンピック憲章にある「スポーツと文化と教育の融合」を目指すべきだと思っています。
 一方で、「体育」という文化はある程度残してもいいかなとも思っています。やはりそれが日本人のある種の美点を育てるのに寄与していると実感しているからです。
 そこについては、私はまだはっきり言えるほど思索していないのですが、学校から「体育」がなくなって、いわゆる「体育のセンセイ」がいなくなったらどうなるのか…すなわち、学校から「荒魂」がなくなったらどうなるのか…、正直心配であります。
 体罰問題は教育者として「絶対反対」と言うべきなのでしょうね。玉木さんも完全否定をしています。たしかに玉木さんのようにはっきりそう言うだけの根拠があればいいのですが、実際のところ、教師は「世間がそういう流れだから」「面倒なことになるから」という理由だけで「体罰反対」「体罰はしません」と言っています。
 これでは本質的な問題解決にはなりませんよね。
 体育や体罰の是非を語るならば、少なくともこの本のレベルでの知識を共有し、その上で議論すべきでしょう。
 私のように直接スポーツに関係していない人間にとっても実に面白い本でした。特に、バレーボールの「バレー」って?とか、サッカーやテニスの語源、バスケットボールのルールのルーツなど、私たちが表面的に親しんでいるスポーツの歴史を知るにも最適な本でした。
 歴史を知らないと、それぞれの競技の本質が見えてきません。その歴史とはまさに「人間の欲望」「戦争」「暴力」との闘いの知恵の集積なのですから。

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2014.04.02

『政治の急所』 飯島勲 (文春新書)

20140403_61444 朝鮮問題やウクライナ問題など、日本の外交力が試されている今日このごろ。
 私にとっては特に拉致問題が気になります。何度か書いているように、私は幼い頃横田めぐみさんと遊んだ(であろう…記憶がないので)仲です。同い年で同じ寮に住んでいました(すなわち父親どうしが同業者)。
 おととし、45年ぶりに横田めぐみさんのご両親にお会いし、いろいろとお話させていただきました。めぐみさんは生きている、あまりに重要な情報を持っているために帰ってこれない、安倍政権になったら必ず動きがある、などの点で意見の一致を見ました。
 その後実際に安倍政権になり、今回のモンゴルでのことなども含めて、かなり大きな動きがあります。おそらくはこの夏までにさらに画期的な進展があるでしょう(期待もこめて)。
 この北朝鮮との水面下の交渉において、飯島勲さんの果たしている役割は実に大きい。
 水面下と言っても、あの風貌ですし(笑)、こうして週刊誌にバンバン情報を流すので、ある意味目立っていますよね。
 この「目立つ」のも、実は一つのインテリジェンス戦略です。私たち庶民が知っている、つまり見聞きしている情報というのは、あくまで表向きのものです。ニュースや書籍で語られているものをいくら知っても、実は本質には近づけないどころか、だんだん遠ざかってしまうようにできていたりするものです。
 私のこのブログも実はそういう戦略的な情報発信基地です。いや、あんたのブログなんか、なんの影響力もないよと言われそうですが、なんとなんと公安のチェック対象になっているそうです(と、これまた本当かウソか分からないことを書いて公安を牽制する…笑)。
 ま、こういうのを「インテリジェンス」(「知性」という意味ではなく「諜報・情報リテラシー」の意味)と言うのですね。
 そういう意味で、この本における「インテリジェンス」も見事ですね。表向きの情報でありながら、時々裏側も垣間見せる。当然、その裏側は見せてもいい所のチラ見せです。
 ご自身のテレビ出演や雑誌投稿などもチラ見せなんですよね。裏側を表にちょこっと出すのは、実は表側向けのサービスではなくて、裏に対するメッセージなのです。裏と表を使い分けるだけでなく、組み合わせて両方を動かす。飯島さん、そこがうまい。
 今日もちょうど飯島さんのプーチンとオバマ、日本はどっちにつくべきかという記事が公開されていました。
 これなんかも、我々庶民は「ふむふむ」と読みますが、実は安倍政権としての米ロに対する非公式メッセージになっているわけです。そうして読むと、両者にずいぶん気を遣って言葉を選んでいるが分かりますよね。
 ところで、米ロの間に挟まれた安倍さんはどうすればいいかですが、これは実に簡単と言えば簡単です。少なくともこの状況はピンチではなくチャンスです。
 というのは、いくら外交が「インテリジェンス」の戦いの場であると言っても、最終決断は案外「人柄」「人情」がものを言うからです。
 政治的言語でガチガチに組み合っておいて、ふと耳元でささやく。それも作為ある言葉でなくて、自分を空っぽにした大きな器を用意してあげると、そこにすーっと相手が入ってくることがあるんですね。
 案外歴史というのはそうして動いてきました。究極の言霊ですね。政治的言語で一触即発になっている時ほど、その言霊の力は強力に働きます。
 おそらくは飯島さんは、そうした両刀をうまく組み合わせて使える達人なのでしょう。
 荒魂と和魂、どちらか一方だけではダメなんです。基本、荒魂が導く和魂でなくてはならない。
 これからの飯島さんの表裏両面でのご活躍に期待します。
 まあ、それにしてもこの本の第三章「民主党政権失敗の研究」はなんとも情けないというか不快というか不甲斐ないというか…いや、もちろん民主党政権がですよ。読んでいて脱力しますね。

Amazon 政治の急所
 

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2014.04.01

エイプリルフールの小保方さんに思う

Th__20140402_162706 んかふざけた記事のように思われるかもしれませんね。
 まあ、四月馬鹿ということでお許しを。自分でもどこまでホントでどこまでウソなのか分からない記事になりそうです。
 今日、エイプリールフールに合わせたわけではないと思いますが、例の小保方さんらの「STAP細胞」に関する論文に対して、理研の調査委員会が捏造と改竄があったと認定しました。
 エイプリルフールだから今日くらい許してやれよと心のなかでツッコミつつ、いやいや、エイプリルフールに発表された認定だから、本当は「捏造や改竄はなかった」と言いたいのかと思い直してみたり、結局なんとなく納得のいかない自分がいるのでした。
 「STAP細胞」自体の存在を否定されたわけではありませんが、小保方さんは即刻「とても承服できない」となぜかご立腹。逆ギレと言えばそれまでですけれども、どうもこの「事件」には裏があるような気がしてなりませんね。
 そう、この前もある方と話したのですが、あの佐村河内事件と一緒で、この小保方事件も実は私たちが考えている以上の意味がありそうな気もしてくるのです。
 語弊があるのを承知で言うなら、どうも象徴的なお二人はキリストの役目を果たしているようにも感じるのです。
 神道的に言うなら、全体の禊、潔斎のために、彼ら聖なる生贄に荒魂が憑依したというか。
 杜撰と言ってしまえばそのとおりですが、なぜお二人ともそんなバレバレなウソをつこうとしたのか。いくらなんでも…なんとなく人間の意思を超えているような気がしますね。
 佐村河内さんの件も、彼と新垣さん二人だけの問題ではありません。どう考えてもいろいろと不自然な点に気づいた専門家がいるはずです。私でさえアヤシいと感じていたのですから。
 小保方さんもそうです。理研の認定に対して小保方さんが怒りを覚えるような事情があったのではないでしょうか。
 両事件ともに、その「業界」に対して浄化作用として働いたことはたしかです。
 やばい…と思っている人もたくさんいるでしょうし、これから気をつけようという人もたくさんいるでしょう。
 ちなみに私は、卒論で自分の設定した結論にふさわしいデータを選んで羅列したことを白状します。
 ま、私のは科学論文ではありませんし、私以外誰も読んだことがない(担当教官も読んでいなかったことがのちに判明)シロモノですから、なんの影響も糾弾もないわけですが(苦笑)。
 願わくば、両人が業界のみならず社会から抹殺されてしまったり、それぞれの「作品」の中に存在する「真実」さえも闇に葬られてしまうことのありませんように。
 返す返すも、今日がエイプリルフールであることに因縁を覚えるのでありました。


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