もう一つの富士山(その11)…食行身禄の未来性
今日は3月3日。ひなまつりですね。
昭和3年の3月3日。出口王仁三郎は「みろく下生」を宣言しました。この日は、王仁三郎が生まれてちょうど56年7ヶ月目。大本では「五六七」を「みろく」と読ませます。
そう、弥勒菩薩は釈迦の入滅後56億7千万年後に下生すると言われているからですね。
それが早まって「今」下生したと宣言したのは王仁三郎だけではありません。
戦国時代にもいわゆる「下生信仰」は盛んになりましたが、最も有名な「下生宣言」は江戸時代、富士講の中興の祖と言ってもよい食行身禄(じきぎょうみろく)によるものでしょう。
食行身禄は伊勢国の出身。江戸で修行ののち、1730(享保14)年に富士山に登った際、山頂にて富士仙元大菩薩と出会い「入定(にゅうじょう)」を志します。
その後、弥勒下生を宣言して1733年、富士山の烏帽子岩で断食を始め、35日後修行した姿のまま亡くなりました(すわなち入定した)。
難しいことは専門書に譲るとしまして、私として興味を持つのは、食行身禄の思想です。彼の教義はそれまでの弥勒信仰とは違い、ただ祈るだけではなく、正直に利他の精神をもって勤労に励めというものでした。
また、富士山への女人登山を解禁して男女平等を説いたり、身分制度に反対して四民平等を唱えたり、勤労観も含めて、150年後の共産主義運動を思わせるような内容になっています。
呪術や加持祈祷を否定したあたりも、唯物論的で面白いですよね。
そして、富士山は、富士講を通じて、実際にそういう思想の象徴となっていくわけです。
当時は浮世絵の隆盛期にもあたるわけですが、そちらの富士山ブームにも、現実社会から遠く乖離した理想郷(ユートピア)思想が見え隠れします。
当然、そこには、秦から桃源郷を夢見て渡来した徐福伝説ブームなども関わってくるわけですね。
そんなある種共産主義的なイコンとなっていた富士山が、のちに「防共の砦」となるわけですから、歴史の皮肉というか、人間の身勝手さのようなものを感じざるを得ません。
昭和3年というのは、まさにそのような「反共」の動きのある頃でした。ですから、出口王仁三郎の「みろく下生」宣言は食行身禄の思想を復活させるという一面もあったわけです。
もちろん、食行身禄や王仁三郎の思想を「左」だ「右」だと決めつけることは不可能ですけれども、日本の歴史における「ユートピア思想」の起伏を考えるのには、面白い人物であると言えるでしょう。
さらに言えば、両者の特徴として、ユートピアを幻想ではなく現実としてとらえ、それに至る具体的な道や方法を示したことでしょう。
そういう意味では、非常に近現代的である、いや未来的であると言えるかもしれませんね。
そして、全国、いや世界をも股にかけた王仁三郎が、一度も富士山に登っていない、いや富士山麓にすら来ていない謎に、私はどうしても惹かれてしまうのであります。
その答えはもうすぐ出るかもしれません。
Amazon 富士山文化――その信仰遺跡を歩く
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