再生、禅譲、不変、永劫…「もののあはれ」
我が校の隣にある「月江寺の池」。かつて鳴琴泉とも呼ばれたという湧水池は、このたびの大雪でも、ほとんどその姿を変えませんでした。
街中、いや山梨県中が真っ白になった中、その透明な姿はいつにもまして鮮やかな印象を残しました。
この池は、富士山に積もった雪が何十年もかけて地下の水路をたどり、溶岩流の切れ目から湧き出しているものです。
その水量はかつてほどではないにしても、常に新しい命が供給されているかのように、美しく澄んだ風景を作り出しています。
あれだけの雪が降っても、ある意味全く動ぜず、そのいつもの姿をとどめていたのは、やはりそれ自身が常に動いている、常に更新されているからでしょう。
常に変わっているから、常に変わらない。動いているから動じない。
このパラドックスは、日本の文化、すなわち自然の摂理を象徴していると言えるでしょう。
この月江寺の池を見ながら、昨年の出雲大社、伊勢神宮の式年造替(遷宮)を思い出しました。常に生まれ変わることによって、永遠の不変を実現するという知恵。常若。
常に譲り続けているからこそ、その本質が生き続けるという意味では、最近私が重視している「国譲り」にも通じます。
これはまさに自然の摂理ですね。その自然の摂理の中に生きるのが、日本人の本来の姿であり、日本の文化の本質の部分だと思います。
西洋近代文明においては、その摂理に人間の知力で立ち向かい、全く違った意味での永遠性を得ようとしました。
この対照は、私の言葉で表すなら「モノ」と「コト」ということになります。日本は「モノ」文化。西洋は「コト」文化。
「もののあはれ」というのは、決して宣長の言うような「折に触れ、目に見、耳に聞くものごとに触発されて生ずる、しみじみとした情趣や、無常観的な哀愁」ではありません。これではほんの一部しか捉えていません。
「もの」とはたしかに「無常」です。「もの」とは「無常・不随意・他者」などの「非自己」を表す語です。「あはれ」は「哀れ」と「あっぱれ」のもとになった語ですから、哀愁だけではなく、驚きや感動をも表します。つまり、いいにつけ悪いにつけ「手放し」状態なのですね。自分の意思とは関係ないところのサムシンググレートを感じる心なのです。
ですから、今回私が大雪に感じたのも「もののあはれ」ということになります。こういう非常時、人知の及ばない事態になった時に感じる人間としての無力感と、自然(他者)に対する畏敬の念や、世の中の本質の発見。これがすなわち「もののあはれ」の全体像です。
今回の大雪に関しては、情報の取り扱いや除雪の方法、さらには耐雪構造物のあり方など、いわば「コト」世界での発見も多くありまたが、やはり「モノ」的な発見が多かったような気がします。
今回の大雪の雪解け水もまた、数十年後、この池を潤すことになるのですね。それもさり気なく来ては去っていくのです。非日常が日常に生まれ変わっていく。
自然界の「荒魂」「和魂」の作用に感謝いたします。
あっ、もちろん、大雪の中のシローさんがもたらした「和み」にも(笑)。
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