「非核三原則」に見る理想と現実と言霊
「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という言葉が初めて正式に発せられたのが、1967年(昭和42年)の今日12月11日です。
いわゆる非核三原則ですね。これと沖縄返還によって時の総理佐藤栄作はノーベル平和賞を受賞しました。
この非核三原則と沖縄返還をアイデアとして提示したのは、佐藤総理の影のブレーン、かの仲小路彰だと言われています。山中湖のホテルマウント富士で密談があったとのこと。昭和の裏面史の一幕ですね。
仲小路のことですから、おそらくは、その密談の中にはいわゆる「密約」に関するものも含まれていたかもしれません。
最近、特定秘密保護法にからめて、再び「密約」問題が持ち上がっている感じですね。密約に関しては、赤旗の不破哲三さんによるこちらの一連の記事が分かりやすい。
もちろん共産党としては許すべからざる「密約」でしょうし、一方で現実問題としては「密約」なくしてことは進まなかったというのも事実でしょう。両方理解できる自分がいますね。
いつも書いているように、理想は大切ですが、その理想というゴールのみを見て、現実的な道のりを考えないというのは、人間のある種の怠慢だと思います。そしてその怠慢は不機嫌を生みます。ゲーテは「不機嫌は怠慢の一種です」と言いました。
私は自他の「不機嫌」が大嫌いなので、現実の道のりに関しては怠慢になりたくないと心がけています。まあ、うまく行かないのも自分の現実なのですが(苦笑)。
仲小路彰は「未来から現在を見る」というスタイルを取りました。そこにはもちろん未来から現在(現在から未来ではない)に至る「道のり」も含まれています。
当然そこには「密約」的なプロセスも含まれていたことでしょう。
そうしたことも含めて、佐藤栄作がノーベル平和賞をとったことに対して、今でも内外から批判が絶えません。
しかし、あそこで「密約」込みの非核三原則さえなかったとしたら、はたして今の日本は、世界はどうなっていたでしょうか。オバマ大統領のノーベル平和賞はあったでしょうか。
私は、非核三原則の実質的な内容や運用はさておき、「持たず、作らず、持ち込ませず」という理想へ向けての「言霊」があの時代に発せられたことにこそ意味があると感じています。
仲小路や佐藤は、当然その密約が公然のものとなり、それを批判されること、そして名実を一致させよという不破さんのような意見が出てくることも想定していたことでしょう。
また、佐藤さんとも大いに縁のある安倍晋三のような男が、この時代にこのような動きを見せることも想定していたに違いありません。
私たちは、実はそのあと、仲小路彰がどのような道のり、道筋を描いていたかを学ばなければなりません。非常に難しいことですが。
このように「言霊」というのは、ある未来の時点での理想を設定し、そこへ向けての新たなるプロセスの可能性を生む働きがあります。
たとえその発せられた現在において「嘘」であってもいいのです。
日常生活において、私はそれを「妄想」とか「はったり」とか言っています(笑)。
しかし、実はそうした「妄想」や「はったり」こそが、その時々の「現在」を変える唯一の原動力になっていくのでした。
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