もう一つの富士山(その9) 志村正彦と富士山
今日は私たちファンにとっては、クリスマスイヴである以前に、志村正彦くんの命日です。
我が校の前にある月江寺の池付近にもたくさんのファンの方がいらしゃっていました。もうあれから4年になりますが、彼の存在感は全く小さくなることはありません。それどころか、私にとってはどんどん大きくなっている。
先日、この月江寺の池周辺にちなむ夭折の天才3人について紹介しました。こちらの記事です。
太宰治、李良枝、志村正彦。この3人に共通しているのは切ないほどの叙情性です。それは圧倒的な自意識の裏返しでもあるわけですが、それを支える「場(トポス)」というのは非常に重要だと思います。
そう考えると、太宰と李が「富士山」を否定的に(そして最後は肯定的に)描くことによって、その自意識の矛盾(好悪)を作品として昇華したのに対し、志村くんは直接的には歌詞の中に富士山を描くことはしませんでした。
しかし、それを遠く仰ぐ「場」としての「いつもの丘」や「東京」を物語の舞台に設定しています。
そのバンド名はもちろんのこと、ことあるごとに富士山について語ってきた彼が、あえてその作品にその主役を登場させなかった(あるいは登場させる前に亡くなってしまった)ところに、私は深い抒情を感じます。
ちょっと話がぶっ飛びますけれども、志村くんの中には、日本最古の古事記や日本書紀に一切「富士山」が現れないというのと似たような意識が働いていたのではないかとも思われます。
すなわちそれは言葉にならない畏敬の念、恐怖にも似た彼岸感だったかもしれません。私のいう「モノ」ですね。「コト」にならない「モノ」。
私たち凡人はいくらでも富士山について語れます。つい最近も私はある短歌雑誌に「富士七首」を投稿しました。私にとっては富士山は「おいしいネタ」なのです。作品らしい作品、すなわち「それっぽい」風景を作り出すのに、富士山のような造形と文化的肥沃さと知名度はうってつけなのです。
もちろん、太宰や李は、そんなエセ歌人とは違って、もっともっと真剣に富士山に対峙し、悩み、苦しみ、そして最後は和解するというプロセスを作品化しました。
志村くんは、ある意味では、太宰や李よりももっと富士山を身近に、しかしだからこそ遠く感じてもいたのかもしれません。
言葉にすると嘘くさくなる。
富士山の麓に生まれ育ち、東京に出てからも、遠くその三角錐のシルエットを眺めた彼にとって、あまりに富士山は「本物(モノ)」であったということでしょうか。
しかし、本当に不思議なのは、彼の歌詞世界には必ず富士山が背景として存在しているということ。これはたまたま私が富士吉田にいるから感じるのではないと思います。
背景であるからこそ、見えないからこそ、こちらは見ていないけれどもいつも見られているからこそ、ホンモノ。
そういう感覚、おわかりになるでしょうか。
あの時にも書きましたが、彼の訃報を聞いた25日の翌日、私は志村くんの実家を訪ねて年明けに彼と会う約束をとりつけるつもりでした。彼が久しぶりに年末年始富士吉田に帰ってくるということを聞いていたからです。
彼と会っていたら、私はあるお願いをする予定でした。2010年春開校することになっていた我が中学校の校歌(あるいは愛唱歌)を彼に作ってもらおうと思っていたのです。
今にして思えば、そのお願いは実現されなくてよかったのかもしれません。
当地の校歌と言えば、必ず「富士」を詠み込まなければなりませんから…。
その中学校も今年開校4年目を迎え、第1期生が系列の高校に進学しました。開校と同時に私が作った弦楽合奏部もずいぶん上手になりました。
今日は部活動で志村正彦追悼演奏をしました。演奏したのは「虹」と「Bye Bye」。中学生たちは本当に志村くんの音楽が大好きなのです。
演奏の前に、生徒たちと「両国」の「虹」の動画を観ました。私もあそこの場にいた一人です(その日の記事はこちら)。個人的にもその夜のことは忘れられません。
この日の志村くんは、たしかに一つの頂上に立っているような感じでした。
「虹」
「Bye Bye」
あらためて当地(この場)が生んだ天才のご冥福をお祈りしたいと思います。
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