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2013.12.01

もう一つの富士山(その7) 太宰治『富嶽百景』

20131202_130429 宰の「富嶽百景」はずいぶん前に一度おススメしました。こちらです。
 そこに書いた「富嶽百景」の舞台には、その後、まさに私の職場である中学校が建ちました。私は、太宰が寝泊まりしたその場所で教師をやっているのです。まったく不思議な縁であります。
 以前の記事を書いたのは2006年11月。今から7年前です。実はちょうどその頃、私は出口王仁三郎の耀わんを手に入れたのでした。その後の様々な人生の変化は全く恐ろしいものがあります。
 今日も実はその耀わんをリュックに背負ってある所に行ったのですが、そこでまさに耀わんの結ぶご縁で知り合い、今や一大事業をご一緒させていただくまでになった安倍総理夫人昭恵さんにばったりお会いしました。
 いや、ばったりどころか、何百もあった席のある場所にすわったら、目の前の席に昭恵さんがお座りになったのです。もうお互い驚くより何より大笑いしてしまいました。昭恵さんは予定を変更してそこにいらしたとのこと。またまた富士山と王仁さんにいたずらされたという感じですね。
 太宰との縁も、おそらくはそういう類のものであると思います。こういうことを言うとまた馬鹿にされてしまいますが(笑)、私、太宰から直接いろいろなことを聞いています。その内容については、このブログにも少し書いてありますから、右の「人気検索ワード」から探してみてください。
 で、数日前、やはりピンと来たというか、天から降ってきたことがありました。それが今日か書こうとすることです。
 かの有名な、教科書にも載っている「富嶽百景」。私もその舞台に住んでいるという意味も含めて、非常に好きな作品です。
 しかし、実を言うと、なんとなくテーマが捉えにくいというか、太宰が言いたかったことが、いわゆる教科書的(虎の巻的)な解釈だとなんか弱いなあ、太宰が満足してないなあと感じていたのです。
 そんな「不安」が、自分としては解消しました。
 異様なほどに富士山を否定する太宰。しかし、最後は「ありがとう」と言って峠を下りる。そこに、それまでのダメダメな太宰と、しかし人々によって「再生」する太宰を見るというのが一般的な解釈ですよね。
 まあ、それでも充分に感動的な文学だと言えますけれども、そこには大切な視点が欠落していました。
 つまり、執筆時の富士山の在りようです。
 太宰が御坂峠に来て「富嶽百景」を執筆したのは昭和13年秋から14年初めのことです。
 そう、昭和13年の富士山と言えば、もう一つの富士山(その1)に書いたとおり、「防共盟邦親善富士登山」が始まった年です。
 その前からその兆候はあったと思いますが、まさに昭和13年の富士山は、「防共」「反共」すなわち、守るべき神国日本の象徴としての完成を迎えたわけです。ちなみに、その年の4月、国家総動員法が発布されています。日本の歴史の大きな転換点となった年であると言えます。
 ご存知のように、学生時代太宰治は共産主義活動をしています。根性なしの意気地なしであった太宰は(失礼)、友人が治安維持法で逮捕されたり、プロレタリア文学が弾圧されているのを見て、うまいこと適当に、そしてずる賢く逃げまわったとも言えます。
 つまり、結論から言えば、太宰は「富嶽百景」において、昭和13年の富士山に対し精一杯の反抗を試みているんですね。
 ただし共産主義者の立場から、ということではありません。ある意味もう少しいい加減なレベルでの反抗だと思います。親父に対する反抗期のごとく。
 しかし、さらに複雑なことには、その反抗は富士山への愛にもなっている。まさに親父への愛憎のごとき構造ですね。
 すなわち「単一表現」を求めることによって、富士山をその時代の日本人による身勝手な意味付けから救い出そうとしているようにも読めるわけです。
 あるいは、けなしたり、ほめたり、いろいろな手段を使って「矮小化」することによって、「肥大化」させられた富士山を救っているとも言える。
 細かい読み込みはこれからしてみますが、とにかく、このような新しい(古い?)視点でこの作品を見直すと、太宰の新しい(古い)意味が浮かび上がってくるかもしれません。
 さあ、皆さんもこの「名作」を新しい(古い)視点で読みなおしてみてください。こちらからどうぞ。おそらく冒頭部から違った意味が立ち上がってくると思います。
 

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