追悼 川上哲治さん
また昭和の偉人逝く。川上哲治さん。昭和の野球少年であったワタクシにとっても偉大な神様でありました。
1965年から1973年までのV9時代、その後半はまさに私も野球に興じ、巨人軍多摩川グランド(の横の空地)によく通っていた頃であります。
ここのところ岩谷時子さん、やなせたかしさん、そして川上哲治さんと続けて昭和の偉人が亡くなりましたが、お三人とも93、4歳ということで、本当に長生きでいらっしゃいましたね。
あの時代の方々は生き強い。戦争を体験されているというのは大きいでしょうね。若い頃の栄養状態は決してよくなかったと思うのですが。やはり生命力というのは、そういう生物学的なものとは別の次元にあるのでしょう。
さて、打撃の神様川上哲治さんに関しましては、ワタクシは野球とはまたちょっと違う方向で間接的なご縁があります。
川上さんと私をつなぐハブは美濃加茂の妙法山正眼寺であります。
私の奉職する中学高等学校の初代名誉校長は、正眼寺の住職であったかの名僧梶浦逸外老師です。
逸外老師は、川上哲治さんや笹川良一さんなど、まさに昭和の巨人たちに慕われ、尊敬された「日本で一番やかましく高潔な」超巨人であります。
川上哲治さんは正力松太郎さんに逸外老師を紹介されたとのこと。その時のことを、川上さんは次のように記しています。
…正力さんの添書をもって正眼寺を訪ねたのは、昭和三十三年の十二月であった。
この時、逸外老師はわたしに数々の質問をされたが、ある質問の答えにわたしが「球が止まって見えた」と答えたのに対し、「よし、君は野球で一応のところは得ている。しかし、それだけでは駄目だ。それをもっと掘り下げて、諸事万般に応用が効くように修行することだ。今、自分が見えるところに酔っていたら、野球だけの人生で終わってしまう。技術の面では本物であることには間違いないが、しかし氷のように固まってしまっている。これから私も指導するから、君もそのつもりで氷を水に溶かす修行をしなさい。水に成り切れば、高い所も低い所も自由に流れることができ、顔も洗えれば飲むこともできる。そして最終的に、野球道というものをつくり上げていくことを約束するなら許そう」といわれた。
わたしは、大変ありがたいお言葉と受けとり、その二日後から約1か月の僧堂生活に入った。僧堂での老師の指導は恐ろしく厳しいものであったが、遷化されるまでの20余年間、その修行は続いた。
厳格な老師は、「一方、やさしい人でもあった。監督に就任してからのことであったが、わたしのチームが三戦、四戦と敗けが続いていた時、老師から電話があって「おめでとう」いってこられた。
わたしには、何の意か分からなかったが、「四連敗もしていればこれ以上悪くはならんだろう。これからは登るだけだ。これが勝ち続けていたのでは、いつ敗けるのだろうかと心配でたまらん」とおっしゃる。「窮して変じ、変じて通ず」とは、老師からよくいわれた言葉だが、敗けた時にはその敗因を考え、二度と失敗しないように心掛けることになるから、ひいては勝つことに通ずることを教えられた。まさに、あの九連覇の因は正眼寺にあった、と思っている。(「底なし釣瓶で水を汲む - 逸外老師随聞記」より)
有名な「球が止まって見えた」という言葉は、逸外老師との会話の中で発せられたものだったのです。
動いているボールが止まって見えるというのは、たしかに「禅的」ですね。しかし、それはスタートであり、そこからいかに自らの人生全体、あるいは世の中全体に「禅的体験」を敷衍していくか。さすが逸外老師は禅僧としてもレベルが違います。
いずれにせよ、私としては、間接的にではありますが、しかし、非常に本質的なところで川上哲治さんとご縁をいただけたということは望外に幸せなことです。
私はもちろん「球が止まって見えた」という境地には至っていませんが、ただ、実際にそういう世界がこの先にあることだけはなぜか確信しています。そういう風景に身を置くことができるかどうかは、ただただ未来への夢を持つことと、そして、それに見合った修行的な生活をするかにかかっています。
そんなことを改めて思い起こさせてくれた川上哲治さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
Amazon 底なし釣瓶で水を汲む - 逸外老師随聞記
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