『「靖国」と「千鳥ヶ淵」を考える』 堀内光雄 (祥伝社新書)
このタイミングで、この方がこの本を書いたか…。正直驚きました。
そして読んでもう一度驚きました。
両驚きは、ある意味非常に個人的なレベルでのものです。私自身に大きな何かが降りかかったなという驚きです。
最初の驚きについては、今はあまり詳しく書けません。ただ、これを書いたのが富士山に大いに関わりのある堀内光雄富士急行会長であったことが、その驚きの表面的な原因です。
そして、二つ目の驚きは、あの比較的温厚な堀内さんが異様な激しさ(一種の怒り)をもってこの本を書いていることに原因しています。
ちょっと分かりにくいかもしれませんが、今とても大切な時機なのですみません。霞がかかったような言い方しかできません。
はっきり言えるとすれば、自分のことでしょうか。
まず、あまりの自分の無知さに驚きました。そして、軽々しくこの慰霊の問題に関して発言していたことに恥ずかしさを感じました。
靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑の歴史的背景はもちろん、大東亜戦争における戦死者310万人の、そのそれぞれの死に様について、正直私は概観すらしていなかった。当然慰霊や共感や尊敬の念も中途半端。
逆に言えば、この本でようやく「概観」をして、ああ、これは実に難しいな、戦後生まれの私たちには、堀内さんが命を懸けて(そのくらい気合を入れて)語った「戦後処理」は厳しいなと思ってしまった。
しかし、それで諦めてしまうのは絶対にいやだ。できない。そういう気持ちもふつふつと湧いてきます。
実は私、今年初めて終戦の日に靖国を参拝しました。というか、靖国に行くようになったのは(すなわち靖国の存在を意識したのは)ここ数年のことなのです。
では、なぜ私に変化が起きたのか。あるいは何が私の意識と行動を変えたのか。
これは、実は堀内さんが千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会の会長を受けるに至った過程と共通している部分があります。
冒頭、「あの世からの親父の手紙」の話が出てきます。それが象徴している「モノ」が人間の運命を変えるのです。堀内さんの言葉が発する異様なまでの力は、まさに霊的な縁が生み出したものだと感じます。ご自身はこういう言い方を好まないかもしれませんが、少なくとも、最近先鋭化している私の霊感はそのようなモノをキャッチしてしまいました。
実は安倍総理の復活もそのようなモノに依拠しています。「国家の命運」の記事に書きましたとおり、安倍総理と奥様、そして私も何か大きなモノに突き動かされたのです。
また馬鹿なことを言っていると笑われても全然構いません。なにしろ私たちはそれを「実感」し「共感」しているのですから。科学的に証明する必要などありませんし、だいいちできません。
さらに話が飛んで申し訳ないのですが、もう一つここに書いておきたいことがあります。おつきあいください。
慰霊の本質です。慰霊とは、何か施設や目印や象徴があって、そこに実際に参って手を合わせて頭を下げお祈りすればいいというものではありません。
より分かりやすく言えば、私たち個人のレベルでも、たとえばお墓参りをしたり、家の仏壇や神棚に手を合わせればいいというものではないということです。
恥ずかしながら、私の家には仏壇もありませんし、神棚もようやく最近日の目を見たのですが、ほとんど手を合わせることはありません。
親からも、ずいぶん先祖に対して冷たく失礼なやつだと思われています(たぶん)。また、ご先祖さまだけでなく、世話になった故人の墓参りなどもほとんどしない不義理な人間です。
また、我が家には、知る人にとってはとんでもない「神宝」があるのですが、その扱いもある意味ぞんざいです。
こういう私の不逞不敬を正当化しようというわけではないのですが、実は私はそれでも「霊」と一緒に生きている自信があるのです。妙な自信です。幼いころからそこには絶対的な自信がありました。
だから、あまり形式にはこだわらないで生きてきたのです。
まあ、こういうことを言うのも結構勇気がいりますよ。霊界のお怒りを受けるやもしれませんから(苦笑)。
しかし、なんでしょうかね。こと死者や、彼らが紡いだ歴史の話となると、私は唯霊主義になれるのです。これは生まれもった体質(性質)なのでしょう。
で、話を戻しますが、この本で堀内さんは形式に大きなこだわりを持っていらっしゃる。結論的には、千鳥ヶ淵を(靖国と協調しながら)大東亜戦争全戦没者の慰霊の聖地とすべしと述べておられる。
なるほどよく分かります。現在の靖国や千鳥ヶ淵を取り巻く社会環境はあまりに異常ですから。しかし、一方でそれとはまた違う次元での慰霊の仕方も模索していかなければならないとも感じます。特に「国立」については。
こと「死者」の問題となると、私はつい個人的なレベルで考えがち、いや感じがちです(特に肉親を亡くした場合、あるいは自らも死に直面した場合)。もちろん、それが基本となることは分かりますが、その統合体としての国家レベルとなった場合、私たちの想念自体も次元上昇させなければなりません。
これが非常に難しいのだけれども、霊界と一体になって毎日を生きていると、なんとなくその方法が分かってくるものです(それはもちろん既成宗教という形式とは違うモノです)。
今、私に与えられた使命はどうもその辺りにありそうなのです。
堀内さんのこのご著書はそういう意味で大変衝撃的でした。素晴らしい示唆をいただきました。感謝申し上げます。
堀内さんとワタクシ、社会的な次元はずいぶんと違います。しかし、同じく富士山に関わるものとして、ぜひとも堀内さんにもお会いしてより強い霊感を授かりたいと思います。
蛇足になりますが、こちらで8/15の動画(いずれはテキストになります)をご覧ください。これはひどい。あまりに本質を外れた議論。唖然としてしまいました。若手アカデミズムがこれでは。特に…まあ、しかたないか(涙)。
これは大変な戦いになりそうです。
Amazon 「靖国」と「千鳥ヶ淵」を考える
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