「リアルタイム」ということ
↓これももう「過去」のこと
ここのところ過去を振り返る記事が多かったので、今日は「現在」について考えてみようと思います。
現代の文化やテクノロジーを語る時、「リアルタイム」という言葉がよく使われますね。
たとえば世界のニュースをリアルタイムで知ることができるとか、リアルタイム中継とか、リアルタイム検索とか、ツイッターはリアルタイム・メディアだとか…。
ここでは、リアルタイムという言葉は「即時・同時」という意味合いで使われていますね。つまり、私たちはそれらをなんとなく「現在」だと思っている。
しかし、ちょっと考えれば分かるとおり、正確には私たちが知覚、認識する情報は全て「過去」の出来事であることが分かります。
テレビの「生中継」なんか、たとえば海外のサッカーとか野球の試合なんか、あきらかに数秒遅れていますよね。「Live」と右上に表示されていても、実際には数秒前の「死んだ」情報、ワタクシ流に言えば「モノ」ではなくて「コト」を見ているのだと言えます。
特に意識しなければ、それを「現在」だと思って手に汗握っても全然問題ありません。しかし、緊急事態の時に「現在」の幅が命に関わることもあります。
大震災の時に書きましたが、たとえば、最近のテレビのデジタル化によって、機器によっては(ワンセグなどは)3秒近くの遅延があります。1秒を争う事態ともなれば、その遅れは致命的です。アナログではほとんど光の速度による遅延しかなかったものが、今ではすっかり遅くなっているのです。
アナログ放送が並行して残っていころは、そうした遅延を比較して楽しむ(?)ことができましたが、今となっては全体が過去に引きずられた状態となっているので、誰もその遅れを感じることができません。
最近のデジタル機器(つまりコンピューター搭載の機器)の起動の遅さも含めて、現代は実は非常に「遅れた」時代になっているのです。これはあまり指摘されませんよね。
かと言って、球場に行って生観戦していても、それはそれで光や音の速度が有限であるために、厳密に言うと「過去」の「コト」を見ていることになります。いくら最前列で、かぶりつきで見ていてもです。
一方、「現在」の定義は物理学的にも哲学的にも難しい。仮にそれが時間の流れの一点であるとすると、理屈では理解できても、それを実際感じることは我々にはほとんど不可能です。
そのため、我々にとっての「現在」は、ある幅をもった概念であることは認めざるを得ません。いや、人類がそのように認知するよう進化したのでしょうね。
では、私たちの心身における「現在」は存在しないのでしょうか。その話は最後に書くとして、ちょっと寄り道して「リアルタイム」という言葉について考えてみましょう。
「real time」とはもともと物理現象が起きるまでに要する実時間のことを言います(私たちの認知も物理現象ですから、そういう意味ではテレビやネットの「リアルタイム」というのは正しい使われ方であるとも言えますね)。
それがコンピーター用語として使われるようになって、「即時・同時」という意味合いが生まれてきました。それほど、コンピューターの処理速度が速くなったということですね。たしかにCPUの進化とメモリーの低価格化によって、リアルタイムは「即時・同時」に格上げされました。
実際には先ほど書いたように、再び「リアルタイム」の「リアルタイム(現実的な経過時間)」化、すなわち「現在」の「過去」化、テクノロジーとしての退化も同時に進んでいるというのは皮肉ですね。
というわけで、私たち心身にとっての「現在」とは何かということです。
私たちの生活の中において、「現在」を受信している瞬間というのはあるのでしょうか。
先ほどからの話の流れでお分かりのとおり、指に針が刺さって「痛い」と思うのも「過去」のコトです。神経の伝達系も物理現象ですから、それなりのタイムラグがあって私たちは「痛い」と認識します。
そこまで厳密に見ていけば、それこそ「現在」は感じることができなくなってしまいますよね。
しかし、実はあるのです。「現在」を感じる瞬間が。
それが、ワタクシのいう「モノ」です。「コト」の対称概念としての「モノ」。
これは何かというと、つまり直観(直感)です。ふと湧いてくる何か。それが「モノ」です。
ですらか、日本語の「物思ひ」なども、何か原因や目的があって想起するコトではなくて、ふと外から(内から)やってくるモノなのです。
少し前に、出口王仁三郎の「「直観力を養え」」という文章を紹介しました。あれですね。
王仁三郎は「過去」にとらわれるなと言っているわけです。西洋近代科学は「過去」にこだわりすぎた。その結果良き面もあったが悪しき面もあったのです。
現代の科学は、次元をどんどん増やしていって、つまり時間の流れから自由になって、本来的な「直観」に再び近づいているように感じますが、まだまだ我々の生活レベルでの科学工業文明は「過去」に囚われすぎていると言えます。
私は、いろいろな人にアヤシいと言われながらも、その呪縛から解き放たれたいと常に考えています。
リアルタイムにはタイムラグがあることを思い出すだけでも、かなり状況は変わってきます。すなわち、「今」見たり聞いたり感じたりしているコトが全て正しいのではないということを意識するのです。
さあ、そして、そうして直観した「現在」が「未来」にどうつながっていくのか。また、音楽にとっての「リアルタイム」とは何なのか。それらについてはまたいつか書きます。
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今日、今年の吉田口登山者が過去最速で10万人を超えたというニュースがありました。このペースだと軽く20万人を超えそうですね。そして過去最多を記録しそうです。
それが大東亜戦争で露出してきたわけですね。面白い歴史のシナリオだと思います。
また、昔の話。明治20年頃の富士山麓のお話です。どうも夏というのはノスタルジーの季節ですな。
「甲信鉄道」とは、初代甲府市長の若尾逸平と大隈重信が計画した、御殿場と松本を結ぶ鉄道です。
昭和の男たちは濃いなあ…と昨日書きました。
我が家には本当にいろいろなジャンルの音楽が鳴っています。唱歌、演歌、ジャズ、クラシック、ロック、ボカロ…それらを家族の構成員が全て共有しているというのは、ちょっと珍しいかもしれませんね。
そして、今朝は録画してあったNHK-BSプレミアム『BS洋楽グラフィティー 70's vol.4』を朝食を食べながら家族で鑑賞。
今日の昼間はバスケ部の総体応援。そのあと、夜、富士川町の「ふじかわ夏まつりR52」に行って来ました。長女の所属するジャズバンド部のステージがあったのです。
さて、富士川町から富士山に帰ってきて観たのが、BSフジ『HIT SONG MAKERS~栄光のJ-POP伝説~』 の「作詞・作曲家 浜口庫之助」。これがまた良かった…。
夏休み、富士登山のシーズン真っ只中ということで、ちょっと面白いシリーズを書きましょうか。
昭和13年「防共盟邦親善富士登山」。日独伊に4カ国を加えた7カ国の代表者たちが富士登山をしています。その時の吉田の町の熱狂の様子は、かの写真家土門拳によって撮影されています。
今日NHKBSプレミアムで放映されました。カミさんと一杯やりながら鑑賞したのですが、お酒よりも大量の涙が出てしまって困りました。
どうも、ずっともやもやしていることがあるので、今日は抽象的ではありますが、ここに記しておこうと思います。
朝一番富士山麓で投票をすませ、その足で東京は千駄ヶ谷へ。
それは安倍総理も同じです。もちろん彼が戦争をしたがっているわけはありません。願っているのは絶対的な平和であり、国民の命が守られることです。
いろいろ重なりとっても忙しいので、人様のふんどしで勝負です。
先日、カミさんがNHKのど自慢で岩崎宏美の「思秋期」を歌いました。それをテレビで観てくださったご近所の方が、このCDをプレゼントしてくれました。ありがたや。
今日こんなニュースが。
ところで、双方の「菅」ともにですね、菅原道真の後裔を名乗っていると思われますが、かたや訓読みの「すが」、かたや音読みの「カン」というのは面白いですね。
夜、BSプレミアムで久しぶりに「男はつらいよ 純情篇」を観ました。これもまた「古き良き日本」であるし、ある意味「男らしい男」なのかなあと思いながら、笑って泣かせていただきました。
そうそう、今回の「風立ちぬ」の堀越二郎役には、なななんと、庵野秀明監督というシロウトが声優として雇われている!これは…いったい(笑)。そして、はたして二郎の父親は出てくるのか?
さあ、いよいよNHKのど自慢@富士吉田市ふじさんホール本番。
ウチのカミさんは「人間力道場」にそっくりだったと言っていました。人間力道場というのは、
最後に…カミさん、市民会館の舞台で歌うということで、このステージに格別の思い入れのあったフジファブリックの志村正彦くんからもらったギターピックをお守りに持って行きました。
明日のNHKのど自慢は富士吉田市ふじさんホールから。
おとといの米満達弘選手に続き、日本を代表するアスリートのお話をうかがう機会がありました。
今日は、あらためて富士吉田出身の偉大な方々の功績に感じ入る一日でありました。
トークショーでは、ワタクシのわがままを聞いてくださり、ワタクシを「米満リフト」で持ち上げてくださいました!いやあ、あのスピードで体が浮き上がるのは正直初めて、ただただ怖いというのが感想であります(笑)。
ちょうど今日、レスリング関係でもう一人、富士吉田出身の偉大なる人物、武藤敬司さんに関するニュースが飛び込んできました。
昨日は総理のプレゼンを聞いて参りました。今日は自分が某公立中学校にてプレゼン&職場の若手プレゼン大会の審査。明後日は金メダリストとトークショー。
街頭演説が始まるにはまだ時間がありましたので、ここはチャンスとばかりに、自民党比例区候補の赤池誠章さんにご挨拶。いつかお会いしたいと思っていたので、私にとってはまさに七夕、千載一遇のチャンスでした。
さて、いよいよ街頭演説が始まりました。まずは衆院選で見事当選した自民党のお三人の演説と森屋候補の演説。当の森屋さんも含めてそれぞれ上手に役割分担しておりましたが、やっぱり演説はしっかり訓練しなくてはいけませんね。
そして今。甲府駅前の人々は、あのようなある種の異様さはなく、また必要以上に盛り上がることなく、じっくりとそれぞれの演説に耳を傾けていたように思います。
下の娘がどういうわけか洋画や海外ドラマのマニアになっております。
安倍総理の懐刀、飯島勲内閣官房参与。
ドラマは八月十五日に始まった…この本の本編の書き出しです。
今日はある公立中学校で我が高校についてのプレゼンテーションをしてきました。
法事がありまして、急遽家族で秋田に行っておりました。
さて、昨日の続き。国文祭夏のステージ開会式。
ARIAさんは山梨の誇る(エレクトリック)ヴァイオリニストさんです。考えてみると、皇太子さまはヴァイオリン、ヴィオラについてはうるさい(?)方ですから、ARIAさんも緊張されたのでは。実際ちょこっと横目で拝見しましたところ、興味深そうに身を乗り出してご覧(お聴き)になっておられました。
そしていよいよ山梨を代表するロックバンド…(だよな)。THE BOOMの登場。まずは皇太子さまの御前で、「島唄」と「風になりたい」を熱唱。なるほどどちらも名曲だな。
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