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2013.07.31

「リアルタイム」ということ

↓これももう「過去」のこと
20130801_125834 このところ過去を振り返る記事が多かったので、今日は「現在」について考えてみようと思います。
 現代の文化やテクノロジーを語る時、「リアルタイム」という言葉がよく使われますね。
 たとえば世界のニュースをリアルタイムで知ることができるとか、リアルタイム中継とか、リアルタイム検索とか、ツイッターはリアルタイム・メディアだとか…。
 ここでは、リアルタイムという言葉は「即時・同時」という意味合いで使われていますね。つまり、私たちはそれらをなんとなく「現在」だと思っている。
 しかし、ちょっと考えれば分かるとおり、正確には私たちが知覚、認識する情報は全て「過去」の出来事であることが分かります。
 テレビの「生中継」なんか、たとえば海外のサッカーとか野球の試合なんか、あきらかに数秒遅れていますよね。「Live」と右上に表示されていても、実際には数秒前の「死んだ」情報、ワタクシ流に言えば「モノ」ではなくて「コト」を見ているのだと言えます。
 特に意識しなければ、それを「現在」だと思って手に汗握っても全然問題ありません。しかし、緊急事態の時に「現在」の幅が命に関わることもあります。
 大震災の時に書きましたが、たとえば、最近のテレビのデジタル化によって、機器によっては(ワンセグなどは)3秒近くの遅延があります。1秒を争う事態ともなれば、その遅れは致命的です。アナログではほとんど光の速度による遅延しかなかったものが、今ではすっかり遅くなっているのです。
 アナログ放送が並行して残っていころは、そうした遅延を比較して楽しむ(?)ことができましたが、今となっては全体が過去に引きずられた状態となっているので、誰もその遅れを感じることができません。
 最近のデジタル機器(つまりコンピューター搭載の機器)の起動の遅さも含めて、現代は実は非常に「遅れた」時代になっているのです。これはあまり指摘されませんよね。
 かと言って、球場に行って生観戦していても、それはそれで光や音の速度が有限であるために、厳密に言うと「過去」の「コト」を見ていることになります。いくら最前列で、かぶりつきで見ていてもです。
 一方、「現在」の定義は物理学的にも哲学的にも難しい。仮にそれが時間の流れの一点であるとすると、理屈では理解できても、それを実際感じることは我々にはほとんど不可能です。
 そのため、我々にとっての「現在」は、ある幅をもった概念であることは認めざるを得ません。いや、人類がそのように認知するよう進化したのでしょうね。
 では、私たちの心身における「現在」は存在しないのでしょうか。その話は最後に書くとして、ちょっと寄り道して「リアルタイム」という言葉について考えてみましょう。
 「real time」とはもともと物理現象が起きるまでに要する実時間のことを言います(私たちの認知も物理現象ですから、そういう意味ではテレビやネットの「リアルタイム」というのは正しい使われ方であるとも言えますね)。
 それがコンピーター用語として使われるようになって、「即時・同時」という意味合いが生まれてきました。それほど、コンピューターの処理速度が速くなったということですね。たしかにCPUの進化とメモリーの低価格化によって、リアルタイムは「即時・同時」に格上げされました。
 実際には先ほど書いたように、再び「リアルタイム」の「リアルタイム(現実的な経過時間)」化、すなわち「現在」の「過去」化、テクノロジーとしての退化も同時に進んでいるというのは皮肉ですね。
 というわけで、私たち心身にとっての「現在」とは何かということです。
 私たちの生活の中において、「現在」を受信している瞬間というのはあるのでしょうか。
 先ほどからの話の流れでお分かりのとおり、指に針が刺さって「痛い」と思うのも「過去」のコトです。神経の伝達系も物理現象ですから、それなりのタイムラグがあって私たちは「痛い」と認識します。
 そこまで厳密に見ていけば、それこそ「現在」は感じることができなくなってしまいますよね。
 しかし、実はあるのです。「現在」を感じる瞬間が。
 それが、ワタクシのいう「モノ」です。「コト」の対称概念としての「モノ」。
 これは何かというと、つまり直観(直感)です。ふと湧いてくる何か。それが「モノ」です。
 ですらか、日本語の「物思ひ」なども、何か原因や目的があって想起するコトではなくて、ふと外から(内から)やってくるモノなのです。
 少し前に、出口王仁三郎の「「直観力を養え」」という文章を紹介しました。あれですね。
 王仁三郎は「過去」にとらわれるなと言っているわけです。西洋近代科学は「過去」にこだわりすぎた。その結果良き面もあったが悪しき面もあったのです。
 現代の科学は、次元をどんどん増やしていって、つまり時間の流れから自由になって、本来的な「直観」に再び近づいているように感じますが、まだまだ我々の生活レベルでの科学工業文明は「過去」に囚われすぎていると言えます。
 私は、いろいろな人にアヤシいと言われながらも、その呪縛から解き放たれたいと常に考えています。
 リアルタイムにはタイムラグがあることを思い出すだけでも、かなり状況は変わってきます。すなわち、「今」見たり聞いたり感じたりしているコトが全て正しいのではないということを意識するのです。
 さあ、そして、そうして直観した「現在」が「未来」にどうつながっていくのか。また、音楽にとっての「リアルタイム」とは何なのか。それらについてはまたいつか書きます。


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2013.07.30

もう一つの富士山(その2)昭和17年の吉田口登山者は20万人

20130731_114918 日、今年の吉田口登山者が過去最速で10万人を超えたというニュースがありました。このペースだと軽く20万人を超えそうですね。そして過去最多を記録しそうです。
 先日、「もう一つの富士山(その1)」の冒頭に書きましたとおり、今までで富士山吉田口の登山者数が最も多かったのは昨年ではなく、なんと昭和17年でした。
 これはいったいどういうことなのでしょう。今日はその本質に迫ろうと思います。
 その1には昭和13年の防共盟邦親善富士登山について書きました。富士山が共産主義を防ぐ壁だと捉えられていたことが分かりましたね。現代の私たちからすると想像できないことではないでしょうか。
 たしかに富士山は日本の象徴というイメージがあります。しかし、具体的に日本の「何」の象徴なのかというと、これはなかなか皆さん答えられないのでは。
 ちょっと話がそれますが、「象徴」ということで言えば、天皇の存在というのは富士山に近いモノがあると思いますね。
 はっきり言葉で言えないけれど、たしかに「象徴」のような気がする。なんとなく拠り所のような気がする。実際に仰ぐとなんとも神聖な気持ちになる。
 だから、天皇制反対と言ってる人たちを見ると、富士山反対と言っているように感じられる(笑)。そりゃ無理でしょということになりますよね。
 そうそう、ちなみに米軍は日本人の士気を削ぐために富士山を赤く塗ってしまおうという作戦を立てたと言われています(本当かどうかは分かりませんが)。
 アメリカが「赤」というのもおかしいと言えばおかしいけれども、まあたしかに「防共」の象徴が真っ赤になっちゃったら、ガーンですよねえ(笑)。
 実際のところ、防共ということでいえば、もともと日本は米英と手を組んでいたわけですよね。しかし、大東亜戦争はなんだか妙な形で始まってしまった。そのへんについてはかなり難しいのでここでは割愛します。
 しかし、結果として「防共」の象徴であったはずの富士山は、次第に違う象徴になっていきました。
 つまり、「防共」の象徴としての色彩は薄くなっていった。そして、「皇国」の象徴となっていった。
 そう、外地においては「望郷」の象徴となっていったというのもありますね。そう、戦地の「◯◯富士」がどんどん増えていった事実がそれを物語っています。
 これは皮肉と言えば皮肉です。
 古代、富士山は縄文の象徴だった。それで奈良時代には中央の弥生文化からは無視された。意図的に無視したわけです。だから記紀には富士山は出てきません。あまりに不自然です。
 そして、平安になると「恋の象徴」として歌に詠まれるのをいい例に、中央からこれも意図的に世俗化されます。懐柔策と言えば懐柔策ですが、弱体化、無力化とも言えるでしょう。
 そうしてある意味天皇制からは距離を置かれたわけですね。
 しかし、これも皮肉ですが、中世近世にかけての天皇の無力化の結果、共通した「潜在的象徴性」を帯びるに至った。
1210_shashin01 それが大東亜戦争で露出してきたわけですね。面白い歴史のシナリオだと思います。
 で、昭和17年、「防共」の象徴が「天皇中心の日本国」の象徴に正式に格上げされたわけです。つまり、「国威発揚」のための富士登山が国家によって奨励されたのではないかと思うのです。
 実は、このへんに関しては資料も少なく、また研究している方もあまりいないので、はっきりしたことは分かりません。私も今後調べてみるつもりです。
 おととい話題に出た「二・二六事件」があった昭和11年、富士山は国立公園に指定されました。そして、一方では陸軍によって北富士の演習場が作られます。
 この頃になると富士急行も東京から富士吉田までの直通電車も運行していたはずです。きっと全国から多くの登山者が「皇国の必勝」を祈る登山のために集まってきたことでしょう。
 男137,413人、女63,165人。確認しておきますが、この頃はスバルラインなんかありませんから、みんな麓から登ったのです。
 今年おそらくこの記録を塗り替えることになると思いますが、昭和17年当時の富士登山の意味合いは、5合目からの登山がほとんど現在とは全く違うということを確認しなければなりません。
 今年、富士山は世界文化遺産となりました。だからこそ「文化」とは何かを考えさせられます。この昭和17年の富士山も一つの「文化」でありましょう。ユネスコはもちろん、我々日本人、特に地元の我々でさえもほとんど忘れてしまっている近過去の「文化」です。
 これを機に、そんな近過去のことも思い出してみてはいかがでしょうか。
 その3は戦後の秘話に行きましょう。お楽しみに。

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2013.07.29

甲信鉄道

20130730_124622 た、昔の話。明治20年頃の富士山麓のお話です。どうも夏というのはノスタルジーの季節ですな。
 先日、甲府に行ったついでに御坂の山梨県立博物館に寄って来ました。
 今、博物館では「山梨の近代人物と鉄道展」が開催されています。
 山梨は「鉄道王」根津嘉一郎や阪急電鉄を創立したあの小林一三、さらに甲武鉄道の雨宮敬次郎など、日本の鉄道史に名を残す実業家が多くいます。そういう意味では「鉄道王国山梨」とも言えますでしょうか。
 とは言え、ご存知のとおり山梨はまさに「山成し」で、甲府盆地以外は急峻な山地がほとんどで、鉄道にとっては非常に悪条件の土地であるのも事実です。
 まあ、その結果、鉄道事業は大事業となって彼らが名を残したとも言えますし、逆にそういう山間地を逃れて関東や関西の平野部で事業を起こしたとも言えますね。
 今回の展示、まあ夏休みの子どもたち対象という意味合いもあるのでしかたないのですが、どうしても「まじめな」博物館的な部分は少なくなってしまったという印象です。
 鉄道マニア(鉄ちゃん)にはたまらないであろう展示物や鉄道模型、ジオラマ、さらにはなっちゃってリニアモーターカーなどもあって、40年前までいちおう鉄道ファンだった私もそれなりに萌えましたけどね。
 さて、そんな展示の中で私の興味は「甲信鉄道」に集中しました。ウワサには聞いていましたが、実際にその建設計画に関わる資料を見ると、これはホント驚きでしたね。こりゃあたしかに認可が下りないわ。
Koshin20railways2000 「甲信鉄道」とは、初代甲府市長の若尾逸平と大隈重信が計画した、御殿場と松本を結ぶ鉄道です。
 富士山南東麓の御殿場は当時は東海道線の駅でした(丹那トンネルはまだなかった)。そこから山中湖の籠坂峠を越え、梨ヶ原を通って吉田へ。そこからさらに西進して、我が村鳴沢村を通過して青木ヶ原樹海を抜け、西湖の西岸根場(ねんば)から北進。御坂山塊の鍵掛峠を越えて芦川の渓谷を下って市川大門へ。そこから盆地を北上して甲府へ。そこからは今の中央本線とほぼ同じ経路で長野へ向かいます。
 これって、言葉で書けば簡単ですけど、地元の人なら分かりますよね、めっちゃ大変なコースです。今、車で越えるのも大変な峠がいくつかあります。
 まず籠坂峠。今でこそ東富士五湖道路の籠坂トンネルがありますが、国道138号線のあの峠道を鉄道が登って越えるのは普通に考えて無理ですよね。
 それからなんと言っても鍵掛峠。これは無理ですよ。計画では2600メートル級のトンネルを掘るつもりだったようです。計画が出されたのが明治20年のことですから、全国探してもまだそんなに長いトンネルはなかった。なんというか、壮大な夢というかロマンというか、無謀な妄想というか…。
 さらに芦川渓谷も行ったことがある方からすると、あそこに鉄道?というような秘境ですよね。秘境マニアの私でも夜なんかけっこう怖い。どうもあそこをアプト式(歯車式)の鉄道で登り下りしようとしたようです。無謀だ。
 早稲田大学に、大隈重信関連の資料として「甲信鉄道線路実測縦断面図」というのがあります。これはネットで見られます。こちらからどうぞ。
 理論的には可能かもしれませんが、そこまでして鉄道を通す意味があったかどうか。国が認可しなかったのも分かります。
 しかし、大隈重信や若尾逸平という歴史に名を残した偉人たちが本気で考えていたという事実にも注目すべきですね。
 男のロマンですよ。無理や無駄を承知で突っ走る。あの時代はそんな時代だったのでしょう。
 しかし、もしこの鉄道が実現していたら、今の富士北麓はかなり違った状況になっていたでしょう。我が村にも鉄道の駅があったでしょうし、静岡側からもっと文化が流入していたでしょうし、逆に横浜などに人が出て行った可能性があります。
 ちょっとそんなことを想像していみるのも面白いですね。
 ちなみに私は今、近代の鉄道王たち以上に無謀とも言える鉄道計画を練っているところです。今その詳細を述べると一笑に付されてしまいそうなので、まだナイショにしておきます(笑)。
 いや、けっこう本気なんですよ。ある意味若尾と大隈の夢を現代に蘇らせるとも言えます。私の一生の事業の一つとなるかもしれません。

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2013.07.28

『226』 五社英雄監督作品

51iep4r4rbl 和の男たちは濃いなあ…と昨日書きました。
 今日観たこの映画はまさに「昭和の男」への挽歌でした。
 描かれているのは「二・二六事件」。公開されたのは平成元年。
 この映画を見終えて思ったこと。やっぱり昭和というのは長かったなあということ。64年という年月だけでなく、その激動の密度が異様に高いということです。
 なんとなくですが、平成に入ってからの日本は間延びしているような気がします。昭和の反動でしょうか。いや、これが普通なのかもしれませんね。
 描かれている「二・二六事件」の男たちは、昭和のはじめの男たち。それを演じている松竹のオールスターたちは、昭和の終わりの男たち。
 その両端の男たちが不思議なアンサンブル感を醸し出しています。そこがまずこの映画の大きな価値ではないでしょうか。
 この映画にはアンチがいてもおかしくないと思います。その原因が、両端のコントラストにあることはよく分かります。
 しかし、昭和の終わりの男たちに近い私としては、役者を通じて向こうの端に近づくことができたというのも事実。
 もともと「二・二六事件」というのは評価が定まっていない。いや、定められない。私自身もいろいろ本を読んだり人と話たりして、この事件が日本の男の歴史の中でどんな意味を持つのか、それなりに考えて来ましたが、なかなか結論に至りません。
 まあ、三島由紀夫でさえ迷って迷って、そして血迷ってしまったわけであって、これは日本人にとっての終わりなき宿題なのでありましょう。
 この映画が、昭和の総決算として製作されたというのは象徴的です。昭和も終わり、男も終わり、映画も終わり、日本も終わり…そんなことは言いたくありませんが、現状を見るに、残念ながらそう言わざるを得ない部分もありますよね。
 そして我々は「日本を、取り戻す」ことができるのか。そういう戦いの時を迎えました。
 「226」の男たちも「日本を、取り戻す」を掲げて決起したのに違いありません。しかし、結果は…。
 考え方によっては、非常に稚拙なクーデター未遂事件であったとも言えます。一方で、純真無垢な大和魂が、カネという悪神(ユダヤ資本にせよコミンテルンにせよ)に負けた大事件とも言えます。また、天皇が人間として国民をストレートに断じた大事件とも言えます。
 いろいろな側面があることは分かりますが、その顛末だけ見ると、竜頭蛇尾というか、気合が入っていただけに最後は余計恥ずかしい結果となったというか、それだけは事実です。
 それを映画というドラマにするのは、とても大変だったと思います。だから、この映画では、女(妻)をクローズアップしているわけですね。それは苦肉の策であったのでしょうけれども、結果としては、男の情けなさと女の強さを表現するという、いわば「昭和のカラクリ」を暴露することになっていて面白かった。
 さあ、プロレスがそうであったように、そのカラクリがばらされてから、我々はそれとどう付き合うのか。そこに楽しみがあると言えるかもしれませんね。
 全編観られますから、皆さんもじっくりご覧になってみてください。昭和11年、2月26日からの4日間。どういうことがあったのかは、この映画でほとんど分かります。
 そして、その4日間の意味はそれぞれが考えましょうか。

Amazon 226

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2013.07.27

昭和の音楽はいいなあ…

1081926_147489628789718_1353912049_ が家には本当にいろいろなジャンルの音楽が鳴っています。唱歌、演歌、ジャズ、クラシック、ロック、ボカロ…それらを家族の構成員が全て共有しているというのは、ちょっと珍しいかもしれませんね。
 中でも「昭和の音楽」は特に重要であります。
 昨日は近所の特別養護老人ホームにて「歌謡曲バンドふじやま」のボランティア演奏をしてきました。昭和の歌謡曲を中心に演奏する家族バンドです。
 演奏したのは次の曲。

きよしのズンドコ節
リンゴの唄
港町十三番地
憧れのハワイ航路
月がとっても青いから
夏は来ぬ
みかんの花咲く丘
荒城の月
富士山
思秋期
アンコール きよしのズンドコ節

 お年寄り皆さん大喜びしてくださりました。いつも思うんですけど、こうして全国を慰問演奏してお弁当とかもらって、それで生活できたらいいなあと。家族全員そう思ってます(笑)。
 昭和の音楽はいいですねえ。言葉と音楽がお互いを見事に生かしている。それについてはまたのちほど。
20130728_74859 そして、今朝は録画してあったNHK-BSプレミアム『BS洋楽グラフィティー 70's vol.4』を朝食を食べながら家族で鑑賞。
 私が「お〜!オレが中1の時聴きまくっていた曲だ!」とか言うと、娘たちが「知ってる!」とか「カッコイイ!」と言ってくれたりして、なんだかとっても幸せな気分になりました。時代、世代を超えていいものはいい。音楽の力ですね。
 ちなみに曲目は以下のとおり。う〜ん、いいなあ…。

♪「More Than A Feeling」 by Boston
♪「Feels Like The First Time」 by Foreigner
♪「Play That Funky Music」 by Wild Cherry
♪「You Make Me Feel Like Dancing」 by Leo Sayer
♪「Dancing Queen」 by ABBA
♪「Don't Go Breaking My Heart」 by Elton John with Kiki Dee
♪「I'm Your Boogie Man」 by KC & The Sunshine Band
♪「Stayin' Alive」 by Bee Gees
♪「Come Sail Away」 by Styx
♪「All By Myself」 by Eric Carmen
♪「Boogie Nights」 by Heatwave
♪「Rhiannon」 by Fleetwood Mac
♪「Barracuda」 by Heart
♪「I'm In You」 by Peter Frampton
♪「We Are The Champions」 by Queen

 70年代洋楽も「昭和の音楽」ですな。

20130728_73727 今日の昼間はバスケ部の総体応援。そのあと、夜、富士川町の「ふじかわ夏まつりR52」に行って来ました。長女の所属するジャズバンド部のステージがあったのです。
 基本ジャズ作品がメインでしたが、やはりお祭りということもあって、AKBのジャズアレンジや、それこそ昭和の音楽も演奏しました。
 岬めぐりのジャズバージョン、なかなかカッコ良かった。そして、これも世界の昭和音楽(?)と言えるでしょう、ビートルズ・メドレー。
 中2の娘はベースを弾いています。娘は原曲を聴く前に、こうして自分で演奏しちゃうんですよね。なんだか変な感じ。
 ポール・マッカートニーのベースラインを娘が弾いているというのもなんか不思議な感じです。そうそう、この秋ボール来日ですね。私より先に娘が「行きたい!」と言いました。ふむ、ベーシストのハシクレとして行くべきだな。二人分チケット取ろう。
Km17576l さて、富士川町から富士山に帰ってきて観たのが、BSフジ『HIT SONG MAKERS~栄光のJ-POP伝説~』 の「作詞・作曲家 浜口庫之助」。これがまた良かった…。
 すごいとしか言いようがありません。作詞、作曲、そして自らも歌ったというのがすごいですね。シンガーソングライターとしては別格の才能でした。
 詩と曲は右手と左手。それがぴったり合うとパチンといい音がする。ちょっとずれるといい音がしない。そんなような言葉がありました。なるほどと思いましたね。それを一人でやっていたから、あんなに素晴らしい名曲が出来たのでしょう。
 最後に彼の代表作の一つをどうぞ。てか、昭和の男たちは濃いなあ(笑)。


 

 


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2013.07.26

もう一つの富士山(その1)昭和13年「防共盟邦親善富士登山」

20130727_121631 休み、富士登山のシーズン真っ只中ということで、ちょっと面白いシリーズを書きましょうか。
 世界文化遺産になった富士山ですが、実は「文化」ということでは、皆さんのイメージとは全く違う一面もあるということも知っていただきたい。
 まさに富士山は日本の象徴、日本の宝、世界の宝です。しかし、その「象徴」も「宝」も、時代が違えばその意味はずいぶんと変わってきます。
 今回は、ほとんど現代から無視されている「近過去」の富士山について書きます。何回かの連続記事になるでしょう。
 この話は今にもつながっています。非常にリアルな今にです。その「今」については、今はさすがに書けないかもしれませんが、そこに至る道筋は記録に残しておきます。
 まずは、全く意外な事実から話を始めましょうか。私の興味もここからスタートしましたので。
 皆さんは、富士山の登山者が一番多かったのは平成何年か知ってますか?
 富士山全体での登山者数としては平成22年の約32万人が最多です。23年は震災のため減少しましたが、24年には再び32万人に到達しようかという数にまで戻りました。
 ちなみに吉田口の登山者数は昨年平成24年が最多で19万人弱です。今年は当然20万人を超えて史上最多になるでしょうね。
 …と、ここまでの話だと、皆さんは吉田口の登山者数の最多は当然平成24年だと思いますよね。私もそう思っていました。
 しかし!ここで驚愕の事実が判明したのです。
 な、なんと、吉田口登山者数の最多は昨年ではなく、なななんと、昭和17年だったのです!
 えっ?戦中?当然スバルラインなんかありませんから、みんな麓から頂上まで登ったってことですか?
 実はそうなんです。たしかな数字が残っています。

昭和17年 吉田口からの富士登山者…男137,413人、女63,165人(合わせて20万人以上)

 これは恐るべき事実です。男性のみならず女性もこんなに登っている。
 それまではだいたい3万人から5万人くらいで推移していたものが、昭和15年に10万人の大台に乗り、そして17年にピークを迎える。昭和18年以降はまた急減してその後漸増を続けて昨年の19万人に達しました。
 はたして、昭和17年に何があったのでしょうか。これについて語っている人はいません。資料も少ない。
 そこで私は得意の想像力をはばたかせて次のような結論に至りました。
 まず、この事実を確認しておきましょう。昭和13年のことです。
20130729_83041 昭和13年「防共盟邦親善富士登山」。日独伊に4カ国を加えた7カ国の代表者たちが富士登山をしています。その時の吉田の町の熱狂の様子は、かの写真家土門拳によって撮影されています。
 「防共盟邦」ってなんでしょう。昭和11年日独防共協定が、そして12年には日独伊防共協定が結ばれています。それが昭和15年の日独伊三国同盟につながっていきます。
 「防共」とはまさに「共産主義を防ぐ」ということ。反ソ、反共の姿勢で一致した国々の集まりが「防共盟邦」ということになりますね。
 それが、富士山に親善登山している。つまり、富士山は「防共」「反共」の象徴としてとらえられていたのです。
 実際、登山した各国人は、9合目でご来光を仰ぎ、ともに共産主義と闘うことを決意し、天皇陛下万歳を唱えたと言います。
 当時の資料に次の一節があります。

(1938年)7月17日・18日 盟邦親善富士登山
 響け 世紀の万歳!霊峰富士の黎明に翻る防共七ヶ国旗
「日出づる国の御来迎は東天を真紅に染めて、はるか雲海は金色の波と輝く。この時、七カ国旗は腕も千切れよ。とうち振られ、若き防共国民の雄叫びは、世界の隅々にまでひびくばかり」

 その後、昭和16年まで親善登山が続いたことは確かめています。
 そして昭和17年を迎えるわけです。長くなりそうなので、続きはその2に(いつになるか分かりませんが)。


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2013.07.25

フジファブリック 『虹』

 村正彦くんの音楽こそ世界文化遺産だ。
 今日ある方とそんな話をしました。
 いや、これは大げさな話ではなく、「文化」ということ、特に「芸術の源泉」としての富士山ということを考えると、まじめにそんなことを思わざるをえないのです。
 今、彼の作った「虹」を弦楽合奏曲に編曲しています。夏休み中、ウチの中学の弦楽合奏部で練習します。
 彼の音楽は聴いただけでも素晴らしいのですが、こうして楽譜に起こしてみるとますます感動します。やっぱり天才だったなと。
 この「虹」は彼の楽曲の中でもかなりポップな方だと思います。サビのコード進行はコテコテのアレですし、比較的変態的なところが少ない(笑)。基本的に他のメンパーによるアレンジによって楽曲の個性が生まれていると感じますね。
 しかし、たとえば冒頭のメロディーですが、いきなり非和声音の連続で始まっています。コードはAですが歌はずっとBの音が続きますよね。
 この浮遊感、どっかで聴いたことあるなと思ったら、全く同じ響きで始まる曲がありました。山の向こうのレミオメロンの、あの「粉雪」の冒頭です。久しぶりに聴いてみましょうか。

 山梨県特有の響きということで「生黄泉(なまよみ)節」と名づけましょう(笑)。ま、実際には非クラシック音楽にはいくらでも出てくる「不協和音」ですが。
 ま、こういうことも楽譜を書いていたりすると気づくんですよね。こういう発見って大好きです。
 さて、「山梨県特有」という話から、「文化」の話に持って行きましょうか。
 今日から富士山入山料の試験的徴収が始まりした。今年は登山者が増えますよね。世界文化遺産に登録されましたから。
 まあ、登録自体に反対だった私も、さすがにプラスにとらえようと自分の中で奮闘しておりますが、やっぱりいろいろ問題があるなあ…。
 今日もある方とそのあたりのことをじっくり話しました。文化遺産と言いながら、まったく「文化」を感じられない。「信仰の対象」は分かるとしても「芸術の源泉」の部分がはっきりしない。ここに来ても、その「芸術作品」を見たり聴いたりできないのですから。
 話にも出てきたのですが、私は志村正彦くんの音楽なんかがまさに「富士山を源泉とした芸術」の代表だと思いますね。
 いくら有名な画家や作家が当地を訪れて作品を残しても、それはやっぱり表面的な文化に過ぎない。素材としての富士山、対象としての富士山というだけではだめだ。
 文化は「culture」です。やっぱり「土地を耕す」「土地に育てられる」というのがないと。
 私は、文化を次のように定義しています。
「その土地の自然風土が、その土地の人間の生活を通じて具現化したもの」
 つまり、「自然風土」と「人間」の深い時間的関わりが必要なのです。
 だから、私は富士北麓に生まれ育った志村くんの音楽や詩に、あの富士山を強く感じるのです。ここに住まないと分からないかもしれませんが、たとえば、ここは富士山が南にそびえているおかげで、非常に寒く、土地も荒れて痩せています。
 そこから、ひと山越えただけで温暖で豊かな静岡や甲府盆地へのコンプレックスも生まれますし、逆に強い意志やある種の貪欲さも生まれます。
 ほかにもいろいろ挙げられますが、とにかくその土地の空気を吸い、水を飲み、作物を食べ、言葉を話し、そして山を仰いで、そしてそこに無意識的に生まれたモノこそが「文化」であると、私は信じています。
 そういう意味では、いつも書いているように、同じ山梨でも、フジファブリックとレミオロメンは対照的な部分がある。これはまさに郡内と国中の歴史的、文化的コントラストそのものですね。
 そんなような意味において、私は冒頭のようなことを言いたいのです。はっきり言って、この富士北麓地方には、ここ出身のアーティストがほとんどいません。移住してきた人、長く逗留した人はいますが。
 そんな中、志村正彦は、まさに富士山をルーツとした本物の芸術家です。
 ここを訪れる方々には、ぜひそんな彼の「芸術」「文化」に触れていただきたい。ただ「源泉」を眺め、「源泉」に登るだけでは意味がないのです。
 そういう場を創れないかなあ…冗談でなく真剣にそう思っています。

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告知

夏のフジファブリック学!
お待たせしました。概要をお知らせします。
8/5(月)13時下吉田駅集合。
市内を散策しながら「陽炎」について語り合ったのち、河口湖へ移動。湖上祭で「最後の花火」を見ます。
参加希望の方はメールにてお知らせください。
お待ちしております!

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2013.07.24

エルトン・ジョン 『Your Song(僕の歌は君の歌)』

 BS-TBSの「SONG TO SOUL~永遠の一曲~」で「Your Song」の回が再放送されていたのを観ました。
 私も本当にいろいろな音楽を何万曲と聴いて来ましたが、その中から1曲選べと言われたら…これは誰にとっても非常に難しいと思います…どうでしょうか、もしかするとこの曲を選ぶかもしれない。
 エルトン・ジョンが特に好きでもないし、それほど聴いて来てはいない私。しかし、この歌は何度聴いても常に同じレベルで感動できます。最初に聴いた時(いつだったのでしょう。たぶん小学生の時ですね)と全く同じ感覚で聴ける。
 ロックにしても、バロックにしても、ジャズにしても、やはりどんな曲でも「飽きる」ということがありますし、逆に「再発見する」ということが多い。けれどもこの曲は違うのです。
 まるで星空や花々や猫や富士山のようですね。すなわち自然。
 もう最初からそこにあったような感じ。実際、エルトンはこの曲を10分くらいで作り上げてしまったとか。
 そう、作ったのではないのでしょうね。降りてきたのでしょう。見つけたというか。
 彼自身、この曲を超えるラヴ・ソングはその後作れなかったと言っています。作ろうとしても作れないのでしょう。
 もちろん、バーニー・トーピンの素朴な歌詞にインスパイアされたということもあったに違いありません。
 この番組で再確認したのですが、天才肌と思われがちなエルトンは、実はけっこう人から影響を受けて進化するタイプなのですよね。特に若い時は謙虚なアーティストであったようです。「ナイト」になってからはどうか知りませんけれど。
 さて、この曲ですが、なにしろ私もずっと絶えることなく聴いて来ましたから、いろいろな思い出が乗っかっています。青春時代の甘酸っぱい(?)思い出から最近の苦い思い出まで、まあこれほどいろいろなシーンが乗っかる曲もありませんね。
 ちなみに、先ほど「自然」と書きましたけれども、実際のところ音楽的には不自然な面も多々あるんですよ。
 まずベースラインを聴いていただきたい。いきなり破格です。コード進行は一見、トニック→サブドミナント→ドミナントという王道になっていますが、ドミナントが転回しているので、なんとも不安定で切ない響きになってます。
 すなわち、わかりやすくハ長調で記すなら、ベースラインがド→ファ→シ(→ミ→ラ)と動いているのです。ファからシに下がるというのは、ちょっと難しく言えば減5度下がるということです。この音程の跳躍というのは、西洋音楽の世界では(というかワールドミュージック全般に言えるかもしれませんが)、「気持ち悪い」「不安定」「緊張」という感覚を伴います。
 もちろん、その性質を活かして、特に短調の曲のメロディーの中で効果的に使うことはよくあります。しかし、長調の楽曲の冒頭からいきなりそういう進行をするという他の曲を、私は寡聞にして知りません。
 その後もベースラインをおっかけつつコードを確認していくと、何箇所も面白い部分があります。先ほどの減5度下降はサビでも出てきますね。てか、サビがドミナントの転回形で始まる曲というのも珍しいよなあ。
 例の「胸キュン進行」もちゃんと出てくるわけですが、そのあとの動きが面白い。同じくハ長調で書くなら、胸キュンでソがソの♯になったあと、まあ当然のごとくラに進む。そこからが意外と言えば意外、ド→レ→ファ→ソと進む。ここのベースラインは見方によってはペンタトニック・スケールになっていて、この曲の特徴的な穏やかさ、懐かしさを演出していると思います。
 エルトンはクラシックをしっかり勉強した人ですから、当然そういうテクニックを駆使している部分もありますけれども、そこに降り注いだもっとプリミティヴな感覚というかなあ、それらが見事に調和していると感じますね。
 作曲家にとって案外和音って転回させるのが難しいんですよ。ベースがウォーキングあるいはランニングしている中で、必然的に現れる転回ではなくて、バーン!というのは。この曲では何ヶ所かそういう奇跡的な転回を聴くことができます。
 そういう意味では、ベースライン(すなわちコード進行になるわけですが)が、ちょっと肩透かしを食らわせたり、あるいはそっけなく裏切ったりしているはずなのに、しかし、なぜか自然で懐かしい。これはなんなのでしょうね。
 今日の番組ではエルトン自身によるプロトタイプ(デモテープ)を聴くことができました。コードが少し違う部分もありましたし、メロディーも多少違うところもありましたが、基本的な部分ではすでに完成形という感じでしたね。
 しかし、そこに多くの才能が集まり、プロデューサーやアレンジャーやコーディネーターやプレイヤーたちが知恵を出し合い、この作品が完成した。
 たしかにアレンジも非の打ち所がありませんね。特に控えめなストリングス、ウッドベースは効果的だと感じます。
 ほとんど奇跡に違いですね。この曲を聴ける時代に生まれてよかったと、つくづく思います。
 最後にごく最近のユア・ソングを聴いてみましょう。前半のエルトンの弾き語り部分では、前述の魅力が見事に半減されています(笑)。それがまた効果的と言えば効果的。後半は基本を変えずストレートに来ていますからね。これもまたいいなあ…。

SONG TO SOUL~永遠の一曲~ 公式

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2013.07.23

『おにいちゃんのハナビ』 国本雅広監督作品

20130724_83621 日NHKBSプレミアムで放映されました。カミさんと一杯やりながら鑑賞したのですが、お酒よりも大量の涙が出てしまって困りました。
 いやあ、年取って涙腺が緩くなったというのもありますけれども、やっぱり作品が心にしみる名作だったのでしょう。
 ある意味ではコテコテのストーリーです。予定調和とも言えるかもしれない。しかし、その予定調和への過程がこの上なく美しかった。
 それはこの作品の脚本が事実に基づいているからとも言えましょうが、なんというかなあ、やっぱり実在の、歴史ある、そして人々の心の詰まった「まつり」が舞台になっているということでしょうか。単なるドラマではなく、ずっと紡がれてきた「物語」の象徴的表現としての映画作品という感じがしましたね。
 難病の妹とひきこもりの兄。父と息子の微妙な関係。田舎の結束力とその裏返しとしての排他性。これらは特殊なようで普遍的なテーマですよね。ありそうで実際にある、なさそうで実際にはある。
 花火、同級生、生と死…兄を演ずる高良健吾くんを見ていて、私は我が町に生まれ、遊び、悩み、懸命に生きて、そうして若くして亡くなった志村正彦くんのことを思い出してしまいました。
 そう、ちょうど今日、NHK甲府のまるごと山梨「がんばる甲州人」のコーナーでフジファブリックの志村正彦くんが取り上げられたんです。
 彼の生い立ちから、凱旋ライヴ、そして死とその後…10分間に及ぶなかなか充実した内容で、あらためて志村くんの偉大さ、天才ぶりを確認いたしました。
 不思議だなあと思ったんです。なんで両方の番組がなんで今日なんだろうって。
 一期一会…縁というのはいろいろな奇跡を起こす。
 今日も番組で志村くんのお母様が「一期一会」という言葉を最後に挙げていましたね。まさに彼のおかげで、私は「一期一会」をたくさんいただきました。
 そこに「おにいちゃんのハナビ」も関係しているのです。
 そう、以前、フジファブリック学をやった時に新潟からいらした方がいらっしゃいました。その後、その方とは、それこそ不思議なご縁で、フジの音楽を越えていろいろと情報交換させていただきました。
 その方は小千谷の片貝町の出身でして、この片貝の花火の話も、ちょうど数ヶ月前にうかがい、今年はぜひ「片貝まつり」においでくださいとお誘いいただいたところだったのです。
 本当に見事なタイミングでの放映でした。ぜひとも片貝に行ってみたいですね。
 今日はそんな「一期一会」を記念して、フジファブリックの「打ち上げ花火」を載せておきます。
 とんでもない歌詞と音楽です。一般的な「打ち上げ花火」のイメージからはあまりにかけ離れているけれども、なんだろう、このしっくりくる感覚は。

 日本人にとって「花火」は単なる「Firework」ではありませんね。「おにいちゃんのハナビ」が「ハナビ」としたことにはいろいろな意味があるのでしょう。


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2013.07.22

原発よ、ありがとう。そして、さようなら…

2013072299044643 うも、ずっともやもやしていることがあるので、今日は抽象的ではありますが、ここに記しておこうと思います。
 昨日、参院選で山本太郎さんが当確になったあと、こんなツイートをしました。

変な話に聞こえるだろうが、自然の恩恵(和魂)と災害(荒魂)に対しては「まつりごと」が必要。共産党や民主党は言うまでもなく山本太郎にもそれはできないだろう。ちなみに放射線も人間も自然である。

 これはどういう意味かという質問がいくつかありましたので、お答えしようということです。
 しかし、まだ自分の中でもうまくまとまっていないので、先ほど書いたように抽象論、あるいは私の好まない情緒論になってしまうかもしれません。すみません。
 私はかの原発事故が起きた時にも、「君に好かれて 君からは嫌われたんだ」…原発の気持ちとはという記事を書いて、何を原発に同情してるんだ!と何人かの方から批判を受けました。
 しかし、今になっても実は気持ちは変わっていません。
 では、私は原発推進派、原発肯定派かというと、決してそういうわけではありません。それは今まで書いてきた原発に関する記事を読んでいただければお分かりと思います。
 では、どういうことなのかというと、それがまさに「ありがとう。そして、さようなら」なのです。
 反原発、脱原発の皆さんの言説や行動に対して、私が違和感を抱くのは、その「ありがとう」の部分の欠如に対してです。
 可哀想というのはさすがに行き過ぎとしても、やはり、今まで40年間さんざんお世話になってきたのに、いきなり「排除」だけというのは、なんとも私の倫理観に反するのです。
 私は文系人間なので、なんでも擬人化してしまう傾向があります。そこは理解されなくてもしかたない。しかし、先のツイートにもあったように、放射腺も人間も自然です。そういうレベルでの感謝や同情というのは、時に必要であると思います。
 特に、「核分裂」を利用した現在の原発は、「核融合」を利用した未来の原発が実用化されるための、どうしても必要なプロセスであるという視点に立てば、過去や現在の原子力の研究者や技術者、そしてそれを推し進めた政治家や実業家を、無碍に非難することはできなくなると思います。
 多くの反原発派、脱原発派の、ただ現状におけるマイナス要因を排除する姿勢、端的に言ってしまえば、目前の不快な敵を殲滅しようとする姿勢には、また違った意味での恐怖を感じざるを得ません。
 私も「核分裂式原発」は早くなくなってほしいと思っています。早く「核融合式原発」の時代がやってくることを祈っています。
 だからこそ、今までの原発には「ありがとう」とまず言いたい。そして、勇退をお願いしたい。それが私の言う「まつりごと」なのです。
 日本の「祭り」は、基本「和魂(にぎみたま)」への感謝と、「荒魂(あらみたま)」への鎮めで成り立っています。
 原子力の平和利用が、世界のエネルギー資源争奪戦を防いできたことは事実ですし、これからもそうでしょう。そして、原発が、この戦後日本の平和な繁栄の礎(インフラ)であったという事実。
 つまり、反・脱原発派の中でも感情的な方々には、原発の「和魂」に対する感謝や敬意が足りないと思うのです。
 もちろん、私は被災者の方々へのシンパシーも忘れていませんよ。そんなことは当たり前です。また、将来への不安もあります。だからこそ、「さようなら」の前に「ありがとう」と言っておきたい。
 それこそ擬人化すれば分かりますでしょう(大変お世話になった人が「不慮の」事故であなたに多大な迷惑をかけたとしたら…)。
 このような意見が一般的でないというのも分かりますし、それこそ情緒的だと非難されてもしかたないと思います。しかし、このどうしようもない、世の中への違和感も否定できないのです。
 「政治」は「まつりごと」であるべきだという考えもまた、私はどうしても捨てることができません。特に日本においては、政教分離でありながら政教一致であるべきだと思います。
 それを象徴しているのが天皇です。そう言えば、今日、天皇皇后両陛下が福島を訪問されましたね。両陛下の、人間や原発を含めた自然へのお気持ちは、きっと私の想像しているとおりでありましょう。


 

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2013.07.21

参院選自民党圧勝、そして…

Img_6935 一番富士山麓で投票をすませ、その足で東京は千駄ヶ谷へ。
 11月のコンサートの練習です。パーセルのオペラを中心に、演奏する側にとってもなかなか魅力的な内容の演奏会です。
 詳細はこちらでご確認ください。
 少し早く千駄ヶ谷に到着したので、車を置いて、明治神宮に参拝。本気で外国人の方が多くて驚きました。不思議な国ですね、日本は。それでいい、そこがいいと思いますが。
 カミさんに頼まれた「教育勅語」を買って、向かったのは通称「代々木」、すなわち日本共産党の本部(笑)。
 そんな私もなかなか面白いと思いますけれども、それ以前に、こうして明治神宮北参道の正面すぐに共産党の本部があること自体、私はとっても日本的でいいと思います。
 外国だったら、こういう所には共産党本部を作りませんよ、絶対。
 そして実際に普通に共存している。ある意味仲良く一緒にいる感じさえしました。
 今日の参院選の結果を受けて、夜には「代々木」も大変盛り上がったことでしょう。
 私の望みどおりに、自民党が圧勝し、そして共産党が躍進しました。これでようやく安心です。
 その象徴が今日の千駄ヶ谷の風景だったのかもしれませんね。日本の原風景がそこにある。ちょっと歩けば創価学会の本部もありますしね。
 さてさて、これでひとまず安心という意味については、今日はあまり詳しく書きません。ただ、私が単純に憲法改正やTPP、原発や消費税増税、あるいはアベノミクスに賛成しているわけではありませんし、かと言って誰かさんたちのように、それらにただ感情的、情緒的に反対しているわけではありません。
 求めている理想は理想で揺るぎないものがありますが、そこに至るためのプロセスはかなり現実的な視点に立ったものです。
Elc13072207050111n1 それは安倍総理も同じです。もちろん彼が戦争をしたがっているわけはありません。願っているのは絶対的な平和であり、国民の命が守られることです。
 それが分かっているから、私は魂のレベルで昭恵夫人と「地球平和」について語り合えるのです。
 いよいよこれからですね。長期安定政権になって、さて何をどのタイミングでどう成し遂げるか。
 私は信じます。安倍総理自身が、日本人の先頭に立って自らの身魂磨きをされることを。そういう時機が巡ってきたのです。
 もちろん、いろいろな方が口にするような心配もあります。安倍さん自身の問題でなく、その取り巻きのこともありますからね。だからこそ、私たち国民が理想を諦めず、しかし現実をしっかり見つめて動いていかなければならないのです。
 とりあえず私は、中二の娘に中二病と笑われようとも(苦笑)、そういう志とそういう行動で、国政に影響を与えていこうと思っています。慎重に、そして大胆に。
 山梨も自民が衆参両選挙で勝利し、いよいよ古き悪しきシステムを浄化するチャンスが巡って来ました。実際、山梨の両選挙での選挙活動には大きな変化が感じられました。
 この前お話させていただいた赤池誠章さんも見事比例代表で当選されました。
 これで異常事態の続いてきた山梨県の教育界も大きく変わるでしょう。公立の先生方も正直ホッとしているのでは(笑)。
 というわけで、今後の私の活躍にご期待ください(笑)。いや、冗談ではなく、私も人生をかけて日本のため、世界…いや地球のために頑張りたいと思います。
 この激動の1年間は私にとっても序章にすぎません。これからです。絶対に結果を出します。

関連記事 自民党圧勝、政権交代へ…どこかおかしくないですか?

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2013.07.20

ザ・チャーリー・ダニエルズ・バンド 『悪魔はジョージアへ』

 っとこどっこいに(?)忙しいので、今日も手抜き記事です。すみません。
 先週でしたか、NHKの笑う洋楽展を観て、大笑いしました。
 みうらじゅんさんと安齋肇さんの毒舌トークに悶絶(笑)。特に今回は70年代後期編ということで、私が洋楽に目覚めた頃の作品が多く、懐かしさとともに、たしかにこの時代はすごかったなあとの感慨を深めておりました。
 中でもインパクトがあった映像は、作品番号10、ザ・チャーリー・ダニエルズ・バンドの「悪魔はジョージアへ」(1979年)でありました。
 この映像は初めて観たぞ。なんだか農場の納屋の2階でおっさんたちが演奏している。いや、演奏していない謎の人物もいる。階下には牧草を食む牛や山羊が…。時々どアップになる牛さんの顔。テラシュール(笑)。
 で、その映像をYouTubeで探したんですが、残念ながらありません。上のは最近の映像です。
 この曲は、悪魔がジョージアにやってきて、ジョニーというフィドル弾きの少年と対決するという内容。魂と金のヴァイオリンを賭けて演奏勝負をします。結果としてジョニーが勝つという話なんですね。
 ヴァイオリンと悪魔は昔から結び付けられていましたね。「悪魔のヴァイオリン」にも書いたとおりです。
 さらに悪魔と人間の勝負、あるいは「金の〜」という褒賞も、世界中の昔話に多く見られますね。それらの統合版といった感じの作品です。
 チャーリー・ダニエルズ自身も、「これはふと思いついた話だが、もしかすると小さい頃誰かから聞いた話かもしれない」と言っていたそうです。
 チャーリー・ダニエルズのヴァイオリン、というかフィドル、これはヴァイオリン弾きにとっては憧れですよね。
 楽器(エレクトリック・フィドル)もかっこいいが、構えやボウイングもよろしい。弓の毛が切れてたり、ロジンが粉吹きまくったりしているところがまたいい。
 こういうのを見聞きすると、いわゆるクラシックのヴァイオリンのイメージやテクニックというのは、ちょっと間違った方向に進化したのかなとも思いますね。
 最後にオリジナル音源(歌詞つき)を載せておきましょう。カントリーとロックの融合という意味でもけっこうシュールですね。


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2013.07.19

ジブリの憲法論

Tnfigsg ろいろ重なりとっても忙しいので、人様のふんどしで勝負です。
 おととい話題にした「宮崎駿の思想」を裏付ける資料がこれから1ヶ月ほど閲覧できるようなので紹介しておきます。
 8月20日までこちらでダウンロードできます。
 読めるのは「熱風7月号」の特集「憲法改正」の全文。

 憲法を変えるなどもってのほか(宮崎駿)
 9条 世界に伝えよう(鈴木敏夫)
 戦争は怖い(中川李枝子)
 60年の平和の大きさ(高畑勲)

 当然、明日に控えた「風立ちぬ」の公開に合わせて…ではなく、あさってに控えている参議院選挙に合わせてのプロパガンダでしょう。
 おととい書いたように、私は彼ら(宮崎駿、鈴木敏夫、中川李枝子、高畑勲)の思想は好きでも嫌いでもありません。
 ただ、私の基本的な姿勢とはかなり違うというのはたしかです。
 この前も散々書いたように、結局は彼はいまだに子どもなのですね。それはそれで結構です。そういう大人がいて、子どもにいつまでも子どもであることを勧めるというのは、それなりに意味のあることでしょう(特に人類の進化史において)。
 ただ、それこそ進化しきっていない私たち普通の人類からすると、やはり「熱風」の文章は実にこそばゆい。熱いというより暑い。
 ある意味、現実的には非常に危険であるとも言えましょう。理想は理想であると認めつつ、しかし、やはり大人は、その理想を実現するためにも、今は現実的な言動に努めるべきでしょう。
 いや、作品としてはいいのですよ。私はこういう理想を持っているから、作品にこう表現する、というのはいいのです。しかし、こうして作品ではなく単なる論として、ここまで直接的に表現されると、う〜ん、どうしても違和感を抱かざるをえません。
 私、今から35年ほど前の、中二のある日のことを思い出してしまいました。
 担任のS先生が、クラスのみんなに語りかけたんですよね。「みんな、憲法9条って知ってるか?戦争を放棄してるんだけど、それについてどう思う?」
 その時、私は勇んで挙手し、まさに高畑勲さんと同じことを堂々と語ったんですよ。自身満々でね。
 そうしたら、Bという仲の良い友人が、私に冷静に反論してきた。「軍隊がないことによって外国になめられると、経済の面でもマイナスになる」
 私は、その時初めてそういう考え方もあるのだなあと感心したのでした。ある意味目からウロコだった。私の理想論、私の子ども時代の終焉の瞬間です。
 本当にその瞬間のことをよく覚えています。皆さんには、なんだそんなこと、という話かもしれませんが、私にとっては一つの転換点になった静かな衝撃でした。
 S先生が、そうした議論をどのようにまとめたのか、全く覚えていませんが、たしか彼は広島の出身だったと記憶していますから、きっと日教組の影響下にある人物だったのでしょうね、どちらかというと私寄りの結論を出したような気がします。
 宮崎さんたちのような芸術家はまあいいのです。しかし、教師となった今となると、S先生こそがBのような話をすべきだったのではと思います。中二ですから。そろそろいいと思います。
 高校の先生方は、どちらかというと反日教組の方が多かったのか、けっこう右寄りな話をする方が多かったように思います(実際にはあまり先生の話は聞いていませんでしたが)。
 私は今、中学生に話をする機会が多いので、ちょうど中間的な話、つまり、理想と現実の両方というか、先ほど書いた、理想を実現するための現実を語ることが多い。
 それはやはり、友人Bの言葉が中二の私にとって、非常に大きな意味を持っていたからでしょう。
 そんなわけで、やはり「熱風」の憲法改正論を読むと、ジブリの作品は子ども向けだなと思ってしまうのですよ。
 まあ、考えてみれば、「もののけ姫」なんか、我が山梨の誇る、また私の大好きな網野善彦の影響があるわけでしょう。そして、網野善彦は、こちらに書いたように、思いっきり左翼だった人です。ほとんど工作員。
 明日公開の「風立ちぬ」も、結局そういう方向性なのでしょうか。私も子どもになったつもりで観てみようかと思います。子どもが老人のエロスを観るのは、それはそれでどうかと思いますけどね(笑)。
 

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2013.07.18

岩崎宏美 『PRAHA』

41w5auoeckl_sl500_aa300_ 日、カミさんがNHKのど自慢で岩崎宏美の「思秋期」を歌いました。それをテレビで観てくださったご近所の方が、このCDをプレゼントしてくれました。ありがたや。
 2007年、チェコフィルとの共演。どなたが企画したのでしょうか。かなり思い切った試みだと思います。バンドの裏にオケというのはどこにでもありますが、生オケだけをバックにというのはあまりありません…かと思ったら、けっこうやってる人いますね(笑)。
 というか、先日あるプロオケのメンバーの方に聞いたら、オケとしても集客力があるので、ポピュラー音楽の歌手との仕事は最近増えつつあるとのこと。
 オーケストラ側としてもお金になるし、また、オーケストラを生で聴いてもらう良い機会となるので、積極的にそういう仕事を受けるそうです。
 また、チェコフィルのメンバーの皆さん、オフの時にはカルテットなどを組んで日本に出稼ぎ(?)に来ていますよね。ここ富士山麓にも毎年何人もいらしています。ウチに遊びに来たカルテットもいましたっけ。そういう意味でも、彼らは日本に親近感を抱いているようです。
 考えてみれば、東欧の音楽は東洋の音楽に近い部分もありますよね。たとえばドヴォルザークの魅力の一つはそこにあります。
 さて、このアルバムですが、なるほどチェコフィルらしい厚く豊かな響きの中に、それとは対照的な透明感のある、いい意味で「薄い」岩崎宏美さんの歌声が映えるという、なかなか魅力的な内容となっています。
 のちにはチェコでライヴもやっているようですね。DVDが出ています。それも観て聴いてみたい。
 YouTubeに日本のオケと共演した「聖母たちのララバイ」がありましたので、どうぞ。これはかなり気合が入った歌唱ですね。
 ちなみにウチのカミさんは昨年の都留音楽祭のパーティーで古楽器オケ…いや古楽器バンドをバックに思秋期とロマンスを熱唱しました。これもまたなかなかすごいメンバーというか楽器編成ですぞ(笑)。

 リュート つのだたかし
 フラウト・トラヴェルソ&クラヴェス 中村忠
 ヴィオローネ 徳島大蔵
 こどもチェンバロ 渡辺敏晴
 フォルテピアノ(クリストフォリ) 吉野洋美
 トランペット 大矢裕子&蒲倉史伸
 バロック・ヴァイオリン 山口隆之
 唄 山口陽子

 よろしかったらこちらでどうぞ。宴会芸としてはいい出来だと思います。今年は何をやろうかな(笑)。

Amazon PRAHA

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2013.07.17

菅菅諤諤?

20130718k0000m010022000p_size5 日こんなニュースが。

 菅義偉官房長官は17日の記者会見で、民主党の菅直人元首相が東京電力福島第1原発事故に関する
安倍晋三首相のメールマガジン(2011年5月20日付)を巡り首相を提訴したことに対し
「2年以上前のことを何で今さらという思いだ。(参院選の)投票が差し迫っているから、何か思惑が
あるのかとさえ思ってしまう」と批判した。
 菅元首相は「海水注入の中断を指示した事実は存在しない」と指摘しているが、菅官房長官は「首相は それなりに確たるものがあって書かれたと思う」と述べるにとどめた。 (毎日新聞)

 これは実に奇妙なニュースですね。まあ菅(すが)と菅(かん)が錯綜しているだけでも、かなり複雑と言えますが(笑)、それよりなにより、たしかになんでこのタイミングなのか、ちょっと疑念を抱きますね。
 もちろん「すが」さんの言うとおり、参院選前というタイミングでの提訴というのにも、なんだかいやらさしい思惑を感じざるを得ませんけれども、タイミングということで言えば、吉田元福島第一原子力発電所所長さんがお亡くなりになった直後というのが、なんとも気持ちが悪いではありませんか。
 まさか、死人に口なしというようなことではないでしょうね。まさかです。人としてそれは許されません。カンさんは元首相だった方ですから、さすがにそんな人面獣心とでも言うべき下劣なことはなさらないでしょう。
 ただ、当時の政府の原子力災害対策本部には議事録さえ残っていないことを考えると、ついついそんな勘ぐりをしてしまうのも当然ですよね。
 逆に言えば、法的に証拠となるようなものもないわけで、いったいこの提訴はなんなのか、ますます分からなくなってしまいます。
 また、このような情報もあります。

 東日本大震災翌日の2011年3月12日、海水注入による再臨界の可能性を「ゼロではない」とする班目春樹原子力安全委員長(当時)らに対し、菅氏は「大変じゃないか」「水素爆発が起きたじゃないか」と難詰。この場にいた、東電の武黒一郎フェロー(同)が、第1原発の吉田昌郎所長(同)に電話で「止めろ。官邸がグジグジいってんだ」と注入中断を指示した-などと記されている。
 最終的に、吉田氏の英断で海水注入はひそかに続けられたが、激高する菅氏に周囲が萎縮・忖度して、武黒氏が注入中止を指示したのは事実なのだ。(産経系のZAKZAK)

Plt1307171140001n1 ところで、双方の「菅」ともにですね、菅原道真の後裔を名乗っていると思われますが、かたや訓読みの「すが」、かたや音読みの「カン」というのは面白いですね。
 「源(みなもと)氏」を「ゲンジ」「平(たいら)氏」を「ヘイシ」、あるいは藤原氏を「トウシ」、清原氏を「セイシ」と呼ぶことも一般的ですから、どちらかというと「すが」さんの方が珍しいかもしれません。
 ちょうど件のメールマガジンが出た頃に私が書いた「五百旗頭・班目・菅(苗字考)」にもあるように、「カン」さんは美作菅氏だと思います。西日本では苗字の最初の一文字を大陸風(半島風)に音読みするのが流行っていたのでしょうね。
 「すが」官房長官は、秋田県雄勝郡の生まれ。ウチのカミさんの故郷です。そして、同じ湯沢高校卒業だとか。そんなことや、もちろん自民党ということもあって、私は「すが」さんの方が好みです。
 人物的にも、温厚で調和的な「すが」さんの方が、直情的で独善的な「カン」さんよりも、なんとなく魅力的に映ります。
 前にも書いたように、安倍総理の安倍氏は東北の安倍氏がルーツです。ちなみにウチのカミさんの旧姓も「安倍」(ただしアベとは読まない)です。そんなこんなでこの前、総理夫人から直接うかがったんですが、ちょうど総理夫妻が結婚された頃、総理のご両親と、ご親戚にあたる岡本太郎さんの5人で、東北に安倍氏のルーツを探る旅をなさったとのこと。それほど東北ルーツにこだわっていらっしゃるのです。
 そう考えると、西から東北へ行った「すが」さんと、中央から東北へ行ってそこから西に流された「あべ」さんの連合軍が、ずっと西にいた「カン」さんのしでかした東北での不始末について、侃侃諤諤を繰り広げるのは、まあなんとも因果なことではありますな。

Amazon 東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと

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2013.07.16

「風立ちぬ」は期待できるか…

307101 、BSプレミアムで久しぶりに「男はつらいよ 純情篇」を観ました。これもまた「古き良き日本」であるし、ある意味「男らしい男」なのかなあと思いながら、笑って泣かせていただきました。
 さてさて、映画と言えば…昨日の討論にも登場しました宮崎駿さんの新作アニメ映画「風立ちぬ」、もうすぐ公開ですね。
 私は、宮崎アニメを特に愛する者ではありません。しかし、自分の子どもたちを観察していても、やはりこの人の作品の日本人への影響力というのは看過できないものがあると感じています。
 それはちょうど光村図書の国語教科書のような存在ですね。ほとんど全ての子どもたち(未来の大人たち)が濃厚に経験し共有する「文化」です。
 それぞれその思想や内容が正しいかどうかは別として、光村教科書が「古き良き日本」と「古き悪しき日本」を語るのと、宮崎アニメが「新しき良き世界」と「新しき悪しき世界」を語るのは実は非常に似ていると感じます。
 もちろん、光村が未来を、宮崎が過去を描くこともありますが、それぞれ擬似未来、擬似過去という感じですよね。
 そう、単純な世界観の方から見ると、ともに「左翼的」な臭いがするとも言えるでしょうか。しかし、実際のところそんなにシンプルには語れません。
 たしかに、日教組の戦後教育の中で光村が果たした役割は大きいけれども、しかし、一方で国語教育界は異常とも言えるほどに保守的、懐古的である部分もあります。また、宮崎駿の精神性はたしかに高畑勲らとともに労働運動の中で育ったけれども、しかし、一方で「超」日本的であるとも言えます。
 そう、この前もどこかに書きましたね、日本共産党は共産党ではないと。あくまで「日本」共産党であると。非常に日本的、それこそ超国家的に日本なのであります(笑)。それと同じ。
 ただ、光村とジブリ双方で気になるのは、父性の欠如ですね。父親の存在感が薄い。宮崎アニメなんか、お父さんにはなぜかシロウト声優を使ったりする。日常の中に父性を埋没させようとしている。
 逆に女性は妙に活躍する…というか、ほとんど幼女と老婆が世界を動かていますよね(笑)。かと言って、単純なフェミニズムでもない。峰不二子のような妖艶な女性性はやはり排除されている。ある意味異様な世界ですよ。
T_tky201307150153_2 そうそう、今回の「風立ちぬ」の堀越二郎役には、なななんと、庵野秀明監督というシロウトが声優として雇われている!これは…いったい(笑)。そして、はたして二郎の父親は出てくるのか?
 今回ですね、そもそも堀越二郎が主役というのが衝撃でしたね。実在の男、それも零戦の設計者。もちろん、兵器マニアだった山口少年(ワタクシ)にとってはカリスマとして記憶されている男です。
 はたして、ありがちな反戦映画となってしまうのか。それとも「日本の男」を描ききれるのか。これは楽しみでもあります。
 宮崎監督、インタビューなどでは、時代が動いている、ファンタジーからリアリズムへと語っていますが、どうなんでしょうか。反宮崎の急先鋒であり、かつリアリストである押井守は、「風立ちぬ」の試写を観て、あまりのエロスにかなり衝撃を受けたそうです。これは面白そうですね(笑)。
 今までも、宮崎監督は充分にエロスであったわけですが、それをリアルに表現してしまうとなると、これはもう間違いなく光村の国語教科書的世界ではなくなってしまいます。
 そこで、子どもや大人(親)がどう狼狽、赤面するか…そこがおそらく老人の新しい狙い(欲望)なのでありましょう。
 ところでところで、最近の私はですね、光村や(今までの)宮崎の価値観や、ある種左翼的(日教組的)な思想は、子ども時代には、それこそ理想論、ファンタジーとしては意味のあるものなのではないかと思うようになってきたんですね。
 要はそのまま大人になっちゃうのが困るわけですよ。そうした理想論を前提に、現実の難しさ複雑さを乗り越えていく術を身につけなければならない、そういう大人の育つ土壌が日本には足りないのではないかというところに危惧を抱くようになってきました。
 違う言い方をするならば、戦後ある勢力にとことん否定されながらも、なかなかなくならなかったいわゆる左翼的な思想というものは、実はそれこそが非常に日本的な共同体主義や自然観に根ざしたものであって、子どもたちはそこに無意識的に共感し、また大人も妙にノスタルジーを感じているのではないかということです。
 …と、いろいろとっ散らかして書きましたが、今回の「風立ちぬ」は久しぶりに劇場で観てみようかなと思わせる問題作のようです。

「風立ちぬ」公式


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2013.07.15

クールジャパンは日本の成長力か?

 日、一昨日はNHKさんの実力を痛感させていただきました。
 ウチはNHKさんとはけっこう縁が深く、私もなんだかんだ言って3回ほど番組に出させていただきました(今回もチラッと映っていました)。
 やはり、公共放送として安定した番組作りをするだけの技術はすごいものがありました。
 …そんなNHKに常に噛み付いている放送局と言えば「日本文化チャンネル桜」ですね。
 私は、テレビと言えば、NHK と チャンネル桜 と FIGHTING TV サムライ しか見ません…って、かなり偏っていますよね(笑)。
 そう、私はですね、たとえば政党で言えば自民党と共産党しか興味がないというように、両極端を愛する傾向があるんですよね。そうするとその両端の間はほとんど把握できる。
 プロレスのベビーフェイスとヒールのように、ある意味二元化、二項対立化させて、象徴的に世界を捉えるという、ある意味ずるい方法を取ることによって、実際には非常に多様な、境界の不明瞭なカオスとしての世界の全体像が見えてくる。
 だから私は極端な団体や人々が好きなのです。私自身にはとてもそのような生き方はできないから憧れるというのもあるかもしれませんね。
 というわけで、今日はチャンネル桜の中でも私の特に好きな番組「闘論!倒論!討論!」の録画を観て、まあ大いに笑わせていただきました。笑うなんて失礼だ!と出演者の皆さんには叱られてしまうかもしれませんね。いや、やっぱりこれは笑うべきでしょう。
 この「笑い」にはそれこそ多様な意味があります。この討論番組自体がほとんどNEOのようだというのもありますが、国の愚かさ、保守系の皆さんの純粋さ(特に水島先輩)、ヲタクの皆さんの自己充実感、さらには日本という国の本当の意味でのクールさに思わず笑ってしまうというか…とにかく、いろいろな意味で楽しめた討論でした。
 ぜひ、皆さんともそんな楽しさを共有したいと思い、ここにおススメいたします。
 私はこういう討論の風景自体が「クールジャパン」だと思いますがね。いかがでしょう。これはバカボンの世界だよなあ…もちろん最高の褒め言葉。
 私もこの討論に加わりたかったな(笑)。きっとちょっと違った視点、いや次元で話ができたでしょう。

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2013.07.14

のど自慢本選(の真実)

Vlcsnap2013071507h56m06s242 あ、いよいよNHKのど自慢@富士吉田市ふじさんホール本番。
 私も娘たち、東京から駆けつけてくれた親戚たちと一緒に会場でカミさんの応援をしました。
 カミさんは岩崎宏美さんの「思秋期」を歌い、おかげさまでキンコンカンコン合格をいただきました。
 それはさておき、一つの番組としてなかなか良い出来だったと感じました。のど自慢もなにしろ素人主人公の生放送、毎回うまく行くわけではありません。
 今回は富士山の世界文化遺産登録のこともあり、またゲストも北島三郎、天童よしみという超大物お二人ということもあって、非常に盛り上がったと思います。
 いや、それ以上にお見事だったのは、昨日の予選における人選の見事さですね。今日になって本当にその意味がよく分かりました。
 というのは、歌のうまさということだけで言えば、もっともっとお上手な方がたくさんいらっしゃったわけです。あるいはキャラの濃い方々も(笑)。
 しかし、この番組の成功はたしかにこの20人でなければありえなかった。
 それを痛感したのは、出場させていただいたカミさんです。
 この20人が選ばれた昨日の夕方5時から、全てが終了した今日の午後2時までの時間、実質的には20人とスタッフが一緒にいたのは9時間くらいでしょうかね、その時間の中で実は感動的なことが起きていたのです。
 そして、あの本番の「場」ができあがっている。それは出場した人にしか分からないことです。
Vlcsnap2013071507h41m00s87 ウチのカミさんは「人間力道場」にそっくりだったと言っていました。人間力道場というのは、メキキの会(私と安倍昭恵さんの出会いはこの会のおかげです)が主催する「志の稽古」の場です。
 以前は「個の花道場」と呼ばれていたものです。私も一昨年の夏に参加して非常に貴重な経験をしました(その時の記事はこちらこちらです)。
 二日というのがポイントですね。たまたま集まった見も知らぬ者どうしが、二日間で「場」を作り上げていく。人間力道場は実質20時間ですが、こちらは9時間ですから、もっとすごいかもしれない。それでも、やはり一日ではなく、一度家に帰る(自分の日常の場に帰る)というところが重要です。
 予選の夜はお互いにほとんどコミュニケーションはありません。音合せもインタビューも個々で行われます。これは正解ですね。もう250人の中から選ばれただけで、それぞれ舞い上がっていますから。
 そして一晩喜びを噛み締め、やや冷静になって、そして本番当日を迎える。スタッフは夜中までそれぞれの出場者のキャラや人生を研究し、どう活かすかを準備する。
 当日の朝は7時45分集合です。そして、ここからが実はドラマなのです。道場なのです。
 具体的に言うと、本番の前の午前中、リハーサルに入る前に、お互いの思い、志、人生をシェアする場面が設けられるそうです。なぜ、のど自慢に応募したのか、どういう気持ちで歌いたいのか。
 それぞれそれらを語ると、もう本当に涙なしではいられないほど深い「人生」が見えてきます。歌は人生そのものです。それらを共有することによって、初めて出場者どうしはライバルから仲間に変わっていきます。
 もちろん、その過程には共感だけでなく衝突や苦悩もあります。いきなり自分を解放できない人もいます。それをお互いが親身になって支えあうことによって実現していくわけです。これは完全に人間力道場の世界と一緒ですね。
 もちろんこうした過程は、NHKのスタッフの皆さんにとっては、番組を成功させる、そして何十年も番組を継続するための伝統的なテクノロジーでもあるわけです。時に優しく、時に厳しく、出場者の潜在能力を引き出していく。道場の後見人たちのように。それは実に見事だったそうです。
 出場者にとっては、まさに一期一会。舞台リハの頃には、もうみんなそれぞれを応援するようになっている。そして、本番を迎えるわけですね。
 本番前に、このような人生が凝縮された時間を演出することによって、生放送の中に奇跡的なドラマが現出するわけです。
 ですから当の本人たちは、もう鐘がいくつ鳴ったとか、誰がチャンピオンかなんていうことはどうでもよくなっている。
 単なるコンペティションではないからこそ、こうして愛され続けているわけですね。
 私にとっては、そういう裏側を知れたことが何より感動的でしたし、教育者として勉強になりました。
 番組が終わったあと、さっそく出場者全員が「同窓会やろう!」という感じで盛り上がり、連絡先を交換しあったそうです。何かを共に成し遂げた充実感と一体感…よく分かりますね。
 それも本当にたまたま出会った赤の他人どうしによって二日間で成し遂げられた。こういう体験が現代の世の中には足りなくなっているのでしょうね。そんなことも思いました。
 ちょっと音楽的な話もしておきましょうか。バンドさんのすごさについては昨日書いたとおりです。そして、ゲストのお二人…これはもう感動的でしたね。素人さんと一緒に歌うからこそ分かるプロの技術のすさまじさ…感服です。
 特にですね、ウチに帰ってテレビの録画を観て聴いて感じたのですが、会場で残響(エコー)がある状態で聞いているよりですね、放送の方がずっとシビアに聞こえるんですね。ですから素人の方々は本番の生音の方がずっと上手に聞こえた。
 しかし、プロのお二人はテレビでも完璧。マイクワークなどもあると思いますが、やはり音程、アーティキュレーション、ディナーミク、そしていつも言う「大きなスパンでのリズム感」の素人さんとの違いは歴然でした。もちろん「言葉」の表現も。
 とにかく、出場者の皆さん、スタッフの皆さん、応援してくださった皆さん、その他関わってくださった皆さん、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。
Img_6916 最後に…カミさん、市民会館の舞台で歌うということで、このステージに格別の思い入れのあったフジファブリックの志村正彦くんからもらったギターピックをお守りに持って行きました。
 今日は折しも「志村正彦を謳う会」が開催されました。こうして「歌」を通して彼の遺志が受け継がれ、そして広がっていくことにも、心から感動し感謝の気持ちが湧いてきます。
 富士吉田が「歌」の街になっていくことを願います。

NHKのど自慢公式

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2013.07.13

のど自慢予選

予選の様子はモニターでニアライブ↓
Img_6912 日のNHKのど自慢は富士吉田市ふじさんホールから。
 ウチのカミさんは当然のごとく応募いたしました。まずは書類選考。話によると800以上の応募があったとか。そして、その中から250組が選ばれ、今日の予選を迎えました。
 4時間以上に及ぶ予選。250組が40秒ずつ歌います。ウチのは113番で真ん中辺り。今思えばちょうどいいくらいの順番でしたね。ちなみに順番は曲名のあいうえお順です。
 「愛の…」という曲を選ぶと早めの順番になりますので、あえてそれを狙ってきた方もいらっしゃいました。
 なにしろ250組の中から20組に絞られる予選です。12.5倍の競争率。けっこう厳しいですよね。
 それも、ただ歌がうまければいいわけではない。NHKの番組の素材として使えるかが大切です。
 ウチもその辺に関しましてはぬかりなく準備しました。いちおうNHKへの出演は数回ありますので、その空気感はよくわかっているつもりです。
 それにウチのはウチの歌謡曲バンドで舞台慣れしている、いやそれ以上に「生バンド」慣れしているので、そこは非常に有利だったでしょうね。カラオケとは全く違いますから。
 バンドとのアンサンブルは経験しないと分かりませんからね。それからマイクワークなんかもそう。カラオケのエコー効きまくり、モニターが目の前にある世界とは全然違う。
 というわけで、おかげさまでウチのは合格をいただきまして、明日の本選生放送に出ることになりました。
 曲は我々のバンドで何度も歌った岩崎宏美さんの「思秋期」です。三木たかしの楽曲でしょう、やっぱり。
 それにしてもあのバンドすごすぎ…。250曲を連続演奏ですよ。唱歌、演歌からロック、最新のポップスまで、とっかひっかえ40秒ずつ完璧に演奏する!
 そして、歌に合わせてテンポはもちろん、場合によって瞬時にキーを変えて合わせる。入りを失敗したりしたらちゃんとガイドメロディーを弾く…などなど、まああまりの職人芸にこちらバンドマンは萌え萌えです。
 それにしてもキーボード(シンセサイザー)4台のウチ3台がDX7ってとこがスゴイなあ。そして、実際いい音してる。1983年発売、ちょうど30年前の製品ですぞ!
 途中ジャズバンド部の練習を終えた娘が合流しましたが、ベースの方のパフォーマンスに驚嘆しまくり、将来はあの仕事に就く!と真剣に言っていました(笑)。いや、いいと思うよ。
 予選終了後は夜までいろいろと打ち合わせやら音合せやら。番組を作る大変さがよく分かりましたねえ。特に素人出演の生放送ですからね。その緊張感たるや凄まじいものがあるでしょう、スタッフとしては。
 プロデューサーさん、ディレクターさんのみならず、小田切千アナウンサーの下準備もすごいものがあります。
 これを毎週やっているんだと思うと、もう尊敬モノですね。プロのお仕事だわ。かっこいい。
 ウチの歌謡曲バンドもこうして日本中を旅して歩きたいなあ…その第一歩として(?)、明日の本選でとにかくキンコンカンコン鳴らすことですな。
 まあ頑張ってもらいましょう。よろしかったらテレビで応援してください。
 ワタクシとしては、ゲストの北島三郎さん、天童よしみさんの生歌が聴けるのも楽しみであります。

のど自慢公式

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2013.07.12

ラモス瑠偉さん講演会

20130713_154645 とといの米満達弘選手に続き、日本を代表するアスリートのお話をうかがう機会がありました。
 元サッカー日本代表、ラモス瑠偉さんの「夢をあきらめない」お話。
 う〜ん、こちらもまた米満さんと同様、非常に説得力のあるお話でした。生徒たちにとっても素晴らしい機会となりました。
 越えられない壁はない…やはり、私たちはあきらめた時点で進化が止まるのですね。ラモスさん自身も様々な挫折や失敗を前向きな強い心で乗り越えてきた方です。本当に米満さんと同じようなことをおっしゃっていましたね。
 プラス思考というのは案外私たち凡人には難しいものです。私は「時間は未来から過去へと流れている」という考え方をしていますから、プラス思考は川上に向かって立っている生き方、マイナス思考とは川下に向かって立っている生き方というふうにとらえています。そうイメージすると、プラス思考しやすくなるんですよね。
 皆さんもぜひそういうふうにイメージしてみてください。
 そして、ラモスさんは自分ではどうしようもない時はどんどん他人の力を借りると。それにも大いに共感します。他力こそが自力ですから。
 もちろん自分も他人をサポートする。そういう自他の関係を作るのにも、前向き思考は有効だと思います。
 しかし、過去も大切にしなければなりません。それを象徴していたのが、ラモスさんの「親孝行をしなさい」という一貫した主張でしたね。お母様はもう亡くなっていますが、今でもママのために生きていると断言していらっしゃいました。
 何度も繰り返されるお母様や奥様に対する愛情表現は、これは日本人はなかなかできない、苦手とするところですよね。どうも気恥ずかしいというか。
 私たち日本人教師が教えたいけれどもなかなか言えないことを、ラモスさんは自然に、しかし力強く伝えてくれました。本当にありがたいことでした。
 芸能活動もされていたラモスさん、会場を盛り上げるのも大変お上手で、生徒たちも大喜び。非常に暑い体育館の中でしたが、時間を延長してまで熱く語りかけ、そして触れ合ってくださいました。
 やっぱり国を代表するような、世界で活躍するような方々の言葉は重いですね。中高生の内に、こうして一流の方々の言葉を浴びるというのは、とても重要なことだと思います。
 キリスト教の中で育ち、日本に来てからは日本の神仏にもちゃんと祈りを捧げるようになったとおっしゃっていました。言葉や宗教や習慣を超えたグローバルな、いやユニバーサルな感性や姿が、私にはとんでもなくカッコよく感じられました。
 ラモスさん、いずれ近いうちにまたサッカーの表舞台に登場するかもしれませんね。そんなことも予感させる講演会でありました。ありがとうございました。


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2013.07.11

八神純子 『約束』

 中(12日未明)、6月に放送されたSONGSの再放送がありました。本放送を見逃してしまったのでこの日を楽しみにしておりました。
 3年ほど前のSONGSについてはこちらに書きました。あの時もけっこう感動しました。今回はさらなる人生の秘話なども加えられ印象に残る番組となっていましたね。
 実はまだちゃんと手に入れて聴いていないのですが、ニューアルバム「Here I am」がいいそうですね。特に私は歌手としての、人間としての円熟というのを聴きたい派なので(ノスタルジー派ではないので)、今の「八神純子」に大いに期待しているのであります。今年はカミさんとライヴにでも行ってこようかな。
 今日の放送では、今年の新曲として「約束」が演奏されました。チェロの名手溝口肇さんとの共演は、まさに円熟の男女を表現して感動的でありました。夫婦で泣きながら聴きました(実際にはウチの夫婦にはありえなさそうな歌詞の内容ですが)。
 YouTubeにある公式動画をどうぞ。

 う〜む、阿久悠&三木たかし風の名曲ですね。
 Aメロの入りから難しい(技術のある歌手にしか歌えない)旋律で心を奪われます。しかし、Bメロ、サビは超定番。そこがなんというか逆に円熟味を感じさせるところですね。昔の八神さんだったらもっとひねったでしょう。高音にいきなり飛ばすとか。
 というか、サビはまんま「思秋期」(阿久悠&三木たかし)のAメロですな。そうそう、ウチのカミさん、土曜日に「思秋期」でNHKのど自慢の予選に挑戦します。もし、予選通過したら14日のお昼にテレビの画面に登場する予定(笑)。
 我が家のバンドの目標は八神純子&渡辺真知子でプログラムを組んでライヴをやることです。
 もう数年前からそういう計画があるんですが、なにしろ歌が難しすぎてなかなか実現しません。ボーカリストであるウチのカミさん、さすがに八神純子さんの曲は歌いこなせていない。
 えっと…6年前のウチのバンドの路上ライヴ「みずいろの雨」の音源がありました。ボーカルのみならずバイオリンのワタクシもいろいろミスってますが、まあそれだけ難しいということであります(苦笑)。
 ちょっと聴いてみてください。

みずいろの雨

 こりゃ、しばらく夢は実現できそうにありませんな(笑)。演奏も難しいんですよね。あの頃のニューミュージックってフュージョンですから。
 というわけで、今日のSONGSにまた影響を受けた山口家の面々。特にカミさんはあさっての予選に向けて気合が入ったようです。
 最近ではベースの娘が一番安定した演奏しますから、あとはワタクシですか。しっかり練習しろよという声が聞こえてきそうです(いや、ホント最近下手になっちゃったんですよねえ)。

Amazon Here I am

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2013.07.10

偉大なる富士吉田市出身者たち

本物の金メダル!
Img_6892 日は、あらためて富士吉田出身の偉大な方々の功績に感じ入る一日でありました。
 7月10日…毎年、この日は私にとっても奇跡的なことが起きるんです。そう、今日は志村正彦くんの誕生日。私に舞い降りる奇跡の数々は志村くんの計らいであると信じ、心から彼に感謝する日でもあります。
 まず、今日はロンドンオリンピックにおいて、男子レスリング24年ぶりの金メダルという快挙を達成した米満達弘選手とじっくりお話する機会を頂戴しました。
 学校行事の一つとしての特別講演会だったのですが、ホント申し訳ありません、ほとんど自分の趣味の延長のようなトークショーになってしまいました(笑)。
 お一人で堅苦しい講演をなさるよりも、生徒たちからの質問などを受けながらの座談会風にしようということになりまして、プロレスマニアとして校内でも有名な(?)ワタクシに、司会としての白羽の矢が立ったというわけです。
 私はレスリング・マニアです。プロレスに限らずアマレスもよく観戦します。そんな中、金メダルや富士吉田出身ということを抜きにしても、米満選手は以前から注目、憧れの選手でありました。
 そんな方とこんなに濃密にレスリングについて、人生について語り合えるなんて、本当に夢のようです。ありがたいとしか言いようがありません。
 共通の知り合いネタやプロレスネタ、自衛隊体育学校ネタなどで最初の対面から一気に「これはいけるぞ」というムードになりまして(笑)、おかげさまで、まさに「レスリングはダンスだ!」のごとくスイングしたトークショーを作ることができました。ありがとうございました。
20130710_112756 トークショーでは、ワタクシのわがままを聞いてくださり、ワタクシを「米満リフト」で持ち上げてくださいました!いやあ、あのスピードで体が浮き上がるのは正直初めて、ただただ怖いというのが感想であります(笑)。
 一週間ほど前には、ノアの杉浦貴選手にこの「米満リフト」を伝授していましたね。もちろん、私は抱えられただけで、投げられはしませんでしたが(笑)。

 その肉体、テクニックもさることながら、今日の講演では本当に米満選手の次元の高い精神性を感じることができました。生徒たちも非常に勉強になったと思います。
 謙虚だが負けず嫌い、そして負けや失敗やケガをも進化につなげるプラス思考。運を呼び込むための「陰徳」。本当に超一流の人は違うなと。
 特に、人の見ていない所でゴミを拾ったり靴を揃えたり、「小さな徳を積む」ことを心がけているというお話は、生徒たちにとっても非常に貴重な教えになったことと思われます。
 本当に心から尊敬できる若者でありました。ありがとうございました。今度は天皇杯の会場でお会いしましょう!と約束してお見送りしました。
201307100004spnavi_2013071000008_vi ちょうど今日、レスリング関係でもう一人、富士吉田出身の偉大なる人物、武藤敬司さんに関するニュースが飛び込んできました。
 全日本プロレスが分裂し、武藤さんは新団体『WRESTLE-1』を旗揚げすることとなりました。
 武藤さんは新日本の中心選手から全日本の社長になったという特殊な経歴の持ち主。そして、とうとう自分の団体を持つに至ったというわけです。
 彼のプロレス人生は、そのまま、現代プロレスの歴史を象徴していると言ってもいいでしょう。
 そんな彼とも、どうもこのタイミングでご縁ができそうです。西裏で一緒に飲むことができる!?非常に楽しみです。
 さて、西裏、心から尊敬できる若者ということでは、今日が33回目の誕生日であるフジファブリックの志村正彦くんのことも書かなければなりませんね。
 今年は彼の友人たちの愛情と努力によって、富士吉田市の夕方6時のチャイムが「茜色の夕日」になりました。
 私は、ちょうどクラブ指導の最中だったのですが、いち早く生徒が気づき、みんなで上履きのまま外に飛び出してチャイムを聴きました。
 その後、職員室で生徒たちとあの市民会館ライヴの「茜色の夕日」を聴きみんなで号泣…。


 
 高校生が「いつもの丘」に行ってチャイムを録音してきてくれたので貼っておきますね。

本当に生徒たちみんな志村くんの音楽、詩、人柄、そしてあの風貌にもはまるんですよねえ。男女問わず。本当に富士吉田が誇る天才です。
 吉田の皆さん、もっともっとこの三人を誇りに思って、そして応援しましょう!

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2013.07.09

スマートビエラ&ディーガプラス (パナソニック)

 放がCM拒否!?
 いよいよテレビの時代は終るのか?
 私のようなテレビに育てられた世代にとっては、ちょっと寂しくもありますが、一方でテレビが果たしてきた役割の一部はネットに取って代わられてもしかたがないかなとも思います。
 実際、ウチに鎮座する、近所から譲り受けたブラウン管テレビは、ほとんど稼働していません。
 私はプロレスを見るだけ。カミさんはほとんど見ない。上の娘もテレビの時代はとっくに終わってると言うし、下の娘は映画好きなので比較的よく見ているだけです。
 しかし、放送する側、つまりテレビ局各社は、今まで数十年かけて作り上げてきたシステムを崩すことには消極的。悪い言い方をすれば既得権益を守るために必死な状況です。
 このパナソニックの新型テレビ(?)の広告を民放各社が拒否(保留)しているというのは、実に象徴的、歴史的事件だと感じます。
 なぜ、拒否しているのか。単純に言えば、この新型テレビのホーム画面には、テレビ放送だけでなくインターネットの動画サイトやSNSへのアクセス画面が常に映っているからです。
 すなわち、テレビ局としては、自分たちのフィールドに新しいメディアが侵入してくることに大きな抵抗を感じているということです。
 ご存知のように、テレビ局の伝える情報と、ネットの伝える情報には、多くの違いや矛盾が存在します。
 私からすると、そのどちらもが事実であって、かつ嘘であると感じます。ですから、一つの画面の中でそれらが同等に並ぶということ自体が、画期的に素晴らしいことだと思うのですが。
 つまり、私たちはようやく主体的に情報を比較、選択できるようになったと、そういうふうに思うのです。
 私は比較的そのあたりを公平に見てきた人間だと自負しています。その点、たとえばウチの上の娘なんかはネットにどっぷりで、それはそれでずいぶんと偏った情報に惑わされているように感じます。
 一方で、民放をもちろん、公共放送であるNHKも、たとえばニュースにおいても、かなり偏った編集、情報の恣意的選択をしているなと感じることもあります。
 だから、このスマートビエラのようなアイテムは、それら敵対しているメディアどうしをしっかり結びつけて、そしてお互いがいい意味で意識しあうための、画期的なきっかけを与えるものになりうると予感します。
 もうこの流れは止めることができないでしょう。実際に、巨大スポンサーとしてテレビを支えてきた、そしてテレビ放送のデジタル化などにおいてはテレビ側の権益を守るように動いてきたパナソニックが、こうして思い切ったアクションを起こすに至ったというのは大きい。
 この流れに乗って各社が同様に、一つのディスプレーに新旧メディアを統合するという方向を目指すと思われますから、今回の「拒否」は、もしかすると本当に最後のあがきになるかもしれません。
 広告主がいて広告代理店があってテレビ局があって、そして私たち視聴者がいるという構造のうち、確実に変化したのは我々視聴者の側です。
 テレビ局が最も大切にしなければならないのは視聴者であるはずです。その視聴者が求めているものを拒否していては、遅かれ早かれ自滅の道を歩むことになろうかと思います。
 ちなみにこの画期的な製品、42型で6万円台と格安で手に入れることができます。
 ウチの10年選手のブラウン管テレビも最近なんだか箱の中でパチパチ、あるいはバチバチ音がしていて、なんだか爆発しそうな感じ(笑)。
 アベノミクスで景気もよくなってきたような「気分」だし、ボーナスも出る頃なので、いよいよ山口家でも…なんてことはありません(笑)。
 私はやっぱり液晶がダメなんですよ。もし同様なコンセプト(ネットとの統合)のテレビ(ディスプレー)を買うとするなら、家中持って移動できて、録画機能もあって、完全防水、タッチパネルのこっちかな。10インチって、一番画面がキレイに感じる大きさだって知ってましたか?

Amazon スマートビエラ42型 ディーガプラス10型

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2013.07.08

『プレゼンは話す順番が9割! なぜか説得できる人の「話し方」』 三橋泰介  (ゴマブックス)

2e2b9_1219_f9fc81b3_3ad229b9 日は総理のプレゼンを聞いて参りました。今日は自分が某公立中学校にてプレゼン&職場の若手プレゼン大会の審査。明後日は金メダリストとトークショー。
 というわけで、今週はまさにプレゼン・ウィークであります。
 仕事柄というか、性格的にかな、けっこうプレゼンは好きな方です。ま、目立ちたがりや&ハッタリ屋ということでしょうかね(笑)。
 こうしてプログを書き続けているのも、結局はプレゼンテーションです。書き言葉の中で話し言葉が鍛えられるということもあるかもしれません。
 さて、今日の自分のプレゼンですが、60点くらいかなあ。どうにも体育館が暑すぎたというのもありますが、想定したほど聞き手の皆さんの反応を引き出すことができませんでした。「場」を作りきれなかったということでしょうか。
 続いて若手のプレゼンですが、これは本当に面白かった。面白かったというのは、みんないかにも日本人的な罠に陥っていたということです。
 最後に講評としてちょこっと話しましたが、日本人はですね、謙虚で自分を卑下しすぎるんですよ。だから、ついつい「大した話はできませんが」とか「私の拙い話を聞いてくださって」とか「私は話が下手で」とか「何を言ってるのかわからなくなってしまいましたが」とか言ってしまう。
 これはダメです。絶対にやってしまってはダメ。私はそういう謙虚さや未熟さへの反省は必要だけれども、それらをもって謝罪してしまったり、言い訳にしてしまわないで、全部「笑い」に還元してしまえと言うのです。
 これはテクニックです。私も誰に教えられたわけではないけれども、たぶん優れたプレゼンを聴く機会を意識的に作ってきた中で学んできたことではないかと思います。
 結局は、この本にもあるように、優れたプレゼンを聞く、見るというのが一番ですね。
 若手がみんなまじめなプレゼンをする中で、一人だけ「ハッタリ」をかましてくれた先生がいました。それでいいんですよ。つかみは「ハッタリ」で(笑)。
 そう、この本、「順番」と言っていながら、あんまり「順番」の話は出てこない。まあ、タイトルというのはそれこそ「つかみ」であり「ハッタリ」なので、別にそれでだまされたとは思いませんが(100円だし…笑)。
 ただ、唯一「順番」らしいのもと言えば、第2章の『「つかみ」で「逆説」を使ってみる』でしょうかね。教師対象の講演なんかで言えば「教えるということは教えないことである」とか…私はこんなコテコテなこと言いませんけど(笑)。
 私は「ハッタリ」の一つの技法として「逆説」はよく使ってますね。このブログでもそうですが、あえて世間一般とは違うことを言ってみて、それから自分で無理やり意味づけする。するとそこに自分でも気づかなかった「真理」が見えてくる…。
 この本も冒頭でちゃんと「逆説」をかましています。

『アナウンサーである私が、敢えて言います。「美声」「腹式呼吸」は、ビジネスに一切関係がありません』

 なるほど、読者が期待するであろうことをいきなり裏切っています。そして、ここから本質に迫っていく。よくある結論ではありますが、表面的な形式よりも「心」「本気」であると。
 たしかにそのよくある結論を語らねばならない時にこそ、逆説は有効であるとも言えます。もちろん、ここで言う逆説とは、「相手の期待を裏切る」「相手の常識を覆す」ということです。つまり、第一印象を否定する。
 それはすなわち、自分の得意としている部分、自信のある部分、自分のプロフェッショナルな部分、相手が自分に抱いているであろう既成概念をひっくり返すということです。これはたしかにインパクトがある。
 前に書いたことと合わせるなら、自分の長所、得意技は否定し、自分の短所、弱点は笑いに還元するということですね。これだけでも、プレゼンは面白くなりますよ。
 もちろん、そのまま終わってしまったら、自分のダメさ加減をプレゼンになってしまうので(笑)、あとでしっかり必殺技を出さなければならないんですけどね。
 それから今日の若手のプレゼンと昨日の安倍総理のプレゼンの大きな違いは、やっぱり「声の強弱」と「間」でしょうかね。単調な音楽が退屈であるように、やはり全体として「音のドラマ」を作り上げることも重要です。
 同じ話題を3分以上続けないというのも、そういうリズムやシーンに変化を与える一つのテクニックでしょうか。
 それにしてもなあ、先生ってプレゼンテーションが仕事であるはずなのに、一般的にそれが下手とか苦手という人が多すぎる(苦笑)。生徒にとっては非常に可哀想なことであります。
 少なくとも、一般企業なみにプレゼンの技術を身につける訓練をするべきだとつくづく感じました。

Amazon プレゼンは話す順番が9割!
 
 

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2013.07.07

七夕の出会いいろいろと…

 日は七夕。今年は梅雨が明けて夜には天の川も見られました。
 この「たなばた」行事の起源や意味などは3年前のこちらの記事をお読みください。私自身時々復習しないと忘れてしまいます。
 さてさて、今日は七夕らしく(?)、いろいろと出会いがありました。
 まずは野暮用で甲府に行ったついでに…と言ってはなんですが…安倍首相が駅前で森屋ひろし候補の応援演説すると聞きつけまして行って参りました。
Img_6876 街頭演説が始まるにはまだ時間がありましたので、ここはチャンスとばかりに、自民党比例区候補の赤池誠章さんにご挨拶。いつかお会いしたいと思っていたので、私にとってはまさに七夕、千載一遇のチャンスでした。
 お忙しい中でしたが、けっこう長時間にわたって特に山梨県の教育について意見を交わさせていただきました。
 山梨の教育界における見えない敵はなかなか手強いのですが、ともに頑張りましょうということで握手。ありがとうございました。
20130708_105901 さて、いよいよ街頭演説が始まりました。まずは衆院選で見事当選した自民党のお三人の演説と森屋候補の演説。当の森屋さんも含めてそれぞれ上手に役割分担しておりましたが、やっぱり演説はしっかり訓練しなくてはいけませんね。
 そういう意味で、やっぱり安倍総理はうまかった。自信に満ち溢れ力強く、そしてユーモアとご当地ネタも交えながら、聞く人の気持ちをしっかりつかんでいました。さすがでした。
 思えば、昨年の12月15日、本当に偶然に仕事関係で秋葉原に行っていたところ、あの政権交代前日の最後の街頭演説を生で聞くことになった…あの独特の高揚感は忘れられません(ある種の危険すら感じましたね)。歴史の変節点を目撃したのだなあとつくづく思いました。
Img_6883 そして今。甲府駅前の人々は、あのようなある種の異様さはなく、また必要以上に盛り上がることなく、じっくりとそれぞれの演説に耳を傾けていたように思います。
 さて次はどの党の演説を聞きに行こうかな。
 ああそうそう、その甲府駅信玄像前で、それこそ全く意外な方とバッタリお会いしました(女性だし七夕的ハプニング!)。けっこう最近ウチに遊びにいらして、私はその時に初めてお会いした方だったのですが、まあ、こんなところで再会するとは。神のお導きか。
 その方も総理の演説を聞きに来たのかと思いきや…なんと、その方はSPマニアなんだそうで(笑)、そっちがメイン?だったようです。
 あの灼熱の炎天下、黒服に身を包み、耳にイヤホンをしつつ、ギロギロと我々をにらみつくすあの姿に萌えなんだそうです(笑)。まあ、分からなくはない。
 ある意味怪しさ満点の二人は、たしかにSPにチェックされていたかもしれません。実に楽しい出会いでありました。
 さてさて、七夕の夜はまた不思議な再会がありました。十数年前に卒業した女の子から突然連絡が来まして、ダンナさんと一緒にウチに来ることになったのです。
 それがまたビックリな出会いでありました。そのダンナさんと私、まさに会うべくして会ったという感じ。
 まあ最初から最後まで実にディープな話で盛り上がりました。音楽、歴史、宗教、科学…まあここまでいろいろマニアックなことを共有できる人はそうそういません。
 まさにその教え子の見立て、直観が正解だったということです。実にグッジョブ。
 …とまあ、なんとも楽しい七夕の日でありました。こういう出会い、ご縁をどのように統合し発展させていくか。その体現こそが、天の神様への恩返しとなると思います。頑張ります。

 

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2013.07.06

『リージョンフリー CPRM対応 DVDプレーヤー』 (BEX)

3186enxvwhl_sl500_aa300_ の娘がどういうわけか洋画や海外ドラマのマニアになっております。
 今の私からしますと、日本のものよりも西洋のものにひかれるというのは、なんとも歯がゆいのでありますが、まあ、私も西洋文化どっぷりを通して今の日本大好き派になったわけですので、せいぜい今のうちは洗脳され尽くされてもらいましょうか(笑)。
 で、娘はしょっちゅうDVDを借りてきては洋画を楽しんでおります。
 そのDVDを再生するべき本来のプレーヤーが壊れていまして、その結果娘は、私が使っているHDDレコーダーをDVDプレーヤーの代わりにしております。
 これが実はワタクシの録画作業上いろいろ問題を引き起こしていましたので、安いDVDプレーヤーを娘専用に買うこととしました。なんと2480円!ww
 どうせ買うなら、当然リージョンフリーですよね。今までもずっとそういった機種を買って来ました。
 ご存知のように市販されているDVDは世界の地域ごとにコードが振られており、そのコードが違うと普通のプレーヤーだと再生できないのです。
 たとえば、海外旅行して洋画や音楽ライブのディスクを買ってきて、帰国後日本のプレーヤーに挿入しても再生できないわけですね(もちろんPALかNTSCかという違いもあったりします)。
 私も音楽のDVDは輸入盤を購入することが多いので、こうしたリージョンコードの問題や放送形式の問題をクリアーするのは最低条件なのです。
 さらには最近では国内の著作権対応のおかげで、CPRMだとかVRモードだとか、ああ面倒くさい、とにかくですね、非常に単純にできることをあえて複雑化していて、我々消費者はなんだか分からんうちに振り回され、そしてどこかに利権が生じているという構造になっているわけです。
 もちろん私はそれらに対して(たぶん)合法的に反発して自分流を貫いてきました(このブログにも時々書いてきましたね)。
 今回買った、この謎の(笑)DVDプレーヤーもそのような考えに則って購入いたしました。
 今日届いたのでさっそく使ってみましたが、まあ基本的には問題なさそうですね。
 まず、説明書にはリージョン2と書いてありますが、実際にはフリーでした。グレーですな(笑)。
 ちなみに、ウチは37型の4:3ブラウン管アナログテレビですので(笑)、D端子とかいりません。コンポーネントで出力するので、ちょっと初期設定が必要でしたけれども、特に説明書を読む必要はありませんでした。
 あとアマゾンのレビューで音声出力のレベルが低いと指摘がありますが、どうもそこは改善されたようで、デフォルトで20になっていましたし、電源を落としてもそのままでした。
 とにかく小さいし価格通りの質感でとっても軽いので、なんとも頼りないのはしかたないかなあ。一つ前に買った中国製プレーヤーが1年で壊れたので、今回はどのくらい持つか楽しみでもあります(苦笑)。
 あと、この製品の売りが二つ。一つは待機電力をカットする電源ボタンが前面についていること。これはたしかにいいですね。世界中の待機電力をカットすれば、原発もいらなくなりますよ、マジで。
 それから、音楽CDからMP3ファイルを生成してUSBメモリーに保存できるという機能。これは案外使えるかもしれない。パソコンを使わないでできるわけですから。でも、実際にはやる機会がなさそうですけど。
 安いDVDプレーヤーを求めていらっしゃる方にはおススメですね。

Amazon BEX リージョンフリー CPRM対応 DVDプレーヤー BSD-M1BK

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2013.07.05

『小泉元総理秘書官が明かす 人生「裏ワザ」手帖』 飯島勲 (プレジデント社)

Bk001942 倍総理の懐刀、飯島勲内閣官房参与。
 小泉政権においても強烈な存在感を示していました。実際には表舞台には出ませんが、あの風貌も手伝って妙に記憶に残る「男」です。
 「男」というか、なんか昭和の「漢」という感じですよね。私はこういうタイプ好きです。
 そんな飯島さんが、民主党政権時代に書いたこの本。非常に面白い。
 昭和の「漢」、それも官邸のラスプーチンの言葉ですからね、それはもう「清濁併せ呑む」のは当たり前といった感じの快弁ぶりです。
 いろいろな法の網の目のかいくぐり方まで書いてあって、まさに「裏ワザ」という感じですが、たしかに政治家たるモノ、いや実際には政治家に限らず大物というのは、こういうグレーゾーンを恐れることなく、様々な裏ワザを駆使して颯爽と歩むものなんですよね。分かります。
 ある意味覚悟もできているから、どんなピンチにも堂々としていられる。これはたしかに使う側からすると非常に心強いでしょう。
 小泉さんと安倍さんとは全く違うタイプの政治家であり、この本を書いた段階では、やはり飯島さんは小泉さんを心から尊敬している感じが伝わってきますし、ちょっとした記述の中に安倍さんに対してはやや低く見ている感じも出ています。
 その後、政権交代があり、安倍さんから内閣官房参与にという話しがあった時どうお感じになったのでしょうか。小泉さんにも相談されたのでしょうか。
 考えてみると、安倍さん自身も決して小泉さんをお好きではないわけで、あるいは小泉進次郎さんの言動からもお二人の総理の微妙な関係がうかがい知れますよね。
 まあ、飯島さんはそんな小さなレベルで動いているわけではないでしょう。
 それにしても、あの突然の訪朝はびっくりしましたね。あれはかなり踏み込んだ話をして帰って来たに違いない。
 それこそ究極の世界レベルでの「裏ワザ」が使われた可能性があります(これについては飯島さんの最新刊で触れられているかも。読んでみます)。
 この本のレベル、すなわちビジネスや生活のレベルでも、私の全く知らない裏ワザがあるのですから、外交なんかには我々凡夫の知り得ない裏ワザが、いったいどれくらいあるのでしょうか。
 いや案外数は少ないのかもしれない。そして、それを使える人はもっと少ないのかもしれない。きっとそんな感じでしょう。
 私も自分の仕事の上ではいろいろな裏ワザを駆使しています。生身の人間相手の仕事ですから、当然白黒はっきりできないことばかりです。
 そうした中をしたたかに、しなやかに、堂々と泳いでいける「漢」になりたいものです。
 というわけで、この本、実際いろいろな生活の場面で使える話が満載ですし、政治の世界の裏側も垣間見ることができます。おススメします。
 最後に、いちおう教師であるワタクシが、一番納得し思わず膝を打ったのは次の一節(笑)。

 わが子を大物にするにはどうしたらいいのでしょうか…まず、気持ちの悪い教師や最低の担任にめぐり合うこと。この出会いは将来必ずプラスになります。

Amazon 人生「裏ワザ」手帖

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2013.07.04

『国家の命運−安倍政権 奇跡のドキュメント』 小川榮太郎 (幻冬舎)

434402401x ラマは八月十五日に始まった…この本の本編の書き出しです。
 この日の夕刻、安倍晋三さんは靖国神社を参拝しました。そしてその夜、総裁選出馬を決意します…著者の小川榮太郎さんはそこにある種「霊的」な何かを想定しているように思われます。
 小川さんは(文芸評論家であるからと言うよりも)おそらく本質的にそういう世界をも理解する能力をお持ちの方であるとお見受けしました。
 私もどちらかというとそちら側に明るい方ですから、なんとなく分かります。文章から分かるんです。それは前著「約束の日」を読んだ時にも予感していました。今は確信しています。
 政治というものは、多分に「霊的」な何かに支配されているものであると、私は真剣に思っています。「まつりごと」の本質はそこにあると言っても過言ではありません。何を馬鹿げたことを言っているのかと思われてもかまいません。
 昨日の話の続きにもなりますが、たとえば本来科学的、唯物論的、革新的であるはずの「共産党」が、「日本共産党」になると途端に、天皇制を認めたり、ある種神道的な平和観を追求したりするのも、「日本」のそういう「何か」の力によるものかもしれません。
 私も、今回の安倍さんの再起から自民党の政権奪還への流れには、間違いなく霊的な何かが作用していたと感じます。
 いや、それ以前に、3年余りに及ぶあの民主党政権時代もそうだったのかもしれません。私のそうした霊的な予感(のちに「予言」だと言われましたが…苦笑)は次の二つの対照的な記事をお読みになるとお分かりいただけれるかもしれません。

 2009年8月31日「民主党圧勝、政権交代へ…どこかおかしくないですか?

 2012年12月16日「自民党圧勝、政権交代へ…どこかおかしくないですか?

 ここで私のいかにも重篤中二病患者的な話を書かせていただきます。安倍さんと私に関わるもう一つの8.15のドラマです。
 それこそ世間一般からすると「痛い」話かもしれませんが、これは歴史的事実であることはたしかです。歴史というのはそうした無数の個人的過去の集積です。
 話は8月11日にさかのぼります。つまり8.15の4日前のことですが、安倍総理の夫人昭恵さんが突然我が家に来訪されました。そして、それこそ霊的な何かが発動して(としか言いようがありません)、私は夫人に直接予言めいたことを申し上げてしまいました。
 「昭恵さん、今年中にもう一度ファーストレディーになられますね。第二次安倍政権ですよ」。
 その日のことはこちらの記事に記してあります(記事の内容が改ざんされていないことは、誰かが8月13日にご丁寧に取ってくれた「魚拓」が期せずして証明してくれています)。
 のちに昭恵さんもおっしゃっていたとおり、本当に11日の時点では、総裁選出馬のことさえ総理は口にしていなかったそうです。
 もちろんこの本にあるように第一次安倍政権崩壊後、いろいろな方が再登板を待望し、裏で周到に準備してきたことはたしかですが、正直言うと私には全くそんな発想はなかったのです。本当に全くです。
 ではなぜそんなことを不躾に申し上げたのか。それはもう「霊的」な何かとしか言いようがありません。ほとんど初対面の、それも自分とは比較にならないようなレベルの方に、そんなことを言うような自分ではありませんので(笑)。
 翌々日13日。私はまったくひょんなことから期せずして靖国神社を参拝することになります。安倍総理の参拝に先立つこと二日。こちらの記事をご覧ください。
 そして問題の8月15日。私は11日、13日の「霊的」な流れに乗って十和田湖に行きます。導かれるように。その日のことはこちらに書いてあります。
 そしてその夜、私は昭恵さんにメールをしています。今日久しぶりにそのメールを読んだところ、これはどういう意味で書いたのだろうという一文がありました。
 「ご主人様も今日大きな動きがあったのではないでしょうか」
 全くどういう意図で書いたのか記憶にありません。それに対する昭恵さんのお返事も実に不思議な内容でした(もちろんここでは紹介できませんが)。
 そして今に至るその後の流れについては皆さんよくご存知のとおりです。
 「霊的」なんていう言葉を使うとすぐに「宗教だ!けしからん!」と噛み付くスケールの小さな方々がいますね。残念ながら私の語っている内容はそんなレベルの話ではありません(単なる小市民の妄想であるとも言えますけれども)。
 小川さんのこの本は、淡々と事実を綴るノンフィクションの形をとっています。それはたしかです。しかし、そこに私の言う「霊的」な何かを感じるということは、最初に書いたように、小川さん自身が意識的か無意識的かは別として、間違いなくそういう世界の存在とつながっておられるということだと信じています。
 言霊を感じるという言い方もできるかもしれません。そして、私にとってはそれこそが本物の「ノンフィクション」たる条件であったりします。
 「物語」と「ノンフィクション」とは、一般には同一視されることはありませんが、私は「モノを語る」ことこそ、究極の「ノンフィクション」だと考えているのです。
 そういう意味での小川さんのモノ書き魂と筆力は非常に高いレベルにある。だから、この本には世の中を動かしていく力があると信じます。
 この本を読んでなぜか分からないけれども涙が出てきたという人がいることでしょう。それほどにこの本の内容は「物語」なのです。
 「奇跡」はなぜ起きるのか。偶然なのか必然なのか。あるいはその両方なのか。
 近いうちに小川さんともお会いしてじっくりお話をしてみたいと思います。

Amazon 国家の命運

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2013.07.03

党首討論に思う…共産党は「荒魂」?

Pn2013070301001606ci0003 日はある公立中学校で我が高校についてのプレゼンテーションをしてきました。
 こういう一期一会のプレゼンはけっこう好きな仕事です。自分の言葉で「場」を創っていく感じが好きなのです。ハッタリ力の面目躍如といったところでしょうか(笑)。
 しかし、今日は長旅の疲れからか、朝から今ひとつテンションが上がらず、これはちょっといかんなあと思っていました。
 その中学校へ向かう車中、たまたまラジオをつけたら党首討論をやっていたので思わず聞き入っていたところ、おかげさまでやる気がみなぎって来ました。そう、こういう説明会というのは他校の先生方もプレゼンするわけですよ。だから、まあ党首討論みたいなものです(?)。
 まずはやっぱり安倍さんに勇気づけられましたね。
 参院選でも圧勝を予想される自民党です。野党にとっては当然それは「暴走」を意味します。それを阻止するための選挙という色合いが、今日の党首討論でも明確に現れていました。
 そうすると安倍さんへの風当たりは当然強くなる。それをある時はしたたかに、ある時はしなやかに受け止めて反撃する安倍さん。そこに「押したり引いたり」というプレゼンの極意を聞いたような気がしました。
 なるほど、こういう強弱、緩急、硬軟こそが、魅力的なプレゼンテーションの真骨頂だなと。
 そういう意味で、ちょっと(だいぶ)異色だったのは、やっぱり共産党志位委員長です。もう、なんというか、ほとんど伝統芸能のようですね。それがまた良かったわけです。
 理屈抜きに反自民を貫き、「暴走」を続けるその潔さというか美しさは格別です。
 そう、都議選でも大躍進したじゃないですか、共産党。ある意味共産党ファンでもある私としては、非常にうれしい結果でした。ヘタすると、いやヘタするとなんていう言い方は不遜かな、もしかすると、参院選でも野党第一党になるかもしれませんよ。いや、第二党になるかもしれない。
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 もともとですね、共産党は自民党との対比において輝く政党でした。だから、どうも民主党時代というのはくすぶっている感じがしていた。つまり、あの魅惑的な(?)雰囲気というのが出なかったわけですよ。
 それが自民の大復活によって共産党もまた自ずと輝きはじめた。皮肉と言えば皮肉ですが、当然と言えば当然でもあります。
 今や最も「保守的」な政党とも言われる日本共産党。まあ、保守的とは言っても、党史を振り返ればずいぶんと大きな方向転換をしていますし、それによってあからさまな論理矛盾も生じていますが、ひたすら反対勢力であり続けようという部分では、かなり「保守的」と言えますよね。自民党も含め日和見政党が多い中、感服しないではいられません。
 もちろん、私は共産党の現実的な政策にはほとんど反対の立場です。しかし、その理想、理念には、一人間としては深く共感する部分もあります。
 まあ、それがはたして政治的に「上質」なのかは分かりませんが。しかし、少なくとも、公明党よりはずっと宗教的であり、自民党よりは性善哲学的であると思います。
 ちょっと逆説的ではありますけれども、今の共産党の存在というのは、最近私がよく言う「1%の荒魂」であるという気もしますね。その1%の純粋な荒ぶる魂があってこそ、99%の「和魂(にぎみたま)」が活性化するわけです。
 今までだいたい共産党の支持率って1%くらいでしたね。ここのところ1.5%くらいになってるのかな?それだと多すぎるか(笑)。ま、ちょっと刺激を与えると意味ではいいか。
 というわけで、私は私立の人間。今日のプレゼン(党首討論?)の相手は全部公立高校さんですから、そうか!オレって共産党で行けばいいのか!
 ということで、かなり変わった、ある種宗教的、哲学的なプレゼンをやってきました(笑)。でも、たぶんかなりインパクトはあったことでしょう。他の先生方は皆さんまじめな公務員でいらっしゃるから、私のような破格なプレゼンは印象には残ったことでしょう。
 私にとっての「戦後レジーム」は、東西、左右、革新保守の対立構造そのものです。安倍さんが「戦後レジームからの脱却」を目指すと言いながら、現実社会は「戦後レジームの復活」に向かうというのは面白い。
 もちろん、それは悪いことではなく、そこをしっかり乗り越えなければならないということです。いよいよ、そういう二項対立的、二元論的世界から上位次元に移行する時期が来たのです。
 参院選の結果は見えていますが、そこにどういう意味を読み取るか。そこは国民が試されている部分だと思います。

日本共産党
 


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2013.07.02

『森林飽和−国土の変貌を考える』 太田猛彦 (NHKブックス)

Img_987236_32117300_0 事がありまして、急遽家族で秋田に行っておりました。
 富士山から秋田まで、多くの山々をぬって車で走らせました。この本を読んでいたので、いかに日本の森が豊かであり手入れが行き届いているかを痛感しながらの旅。
 私たちはこの緑を破壊してはいけない…いや、ちょっと待てよ。
 日本の原風景と言われる「里山」は数十年前までは、実は「はげ山」だった!?
 今、日本の森林は豊かに増えすぎて、いわば「飽和状態」である!?
 山の国、山梨(山成し・山為し)に住んでいる関係で、恩賜林の歴史や、治山、砂防、治水の歴史などをちょっと調べたこともありましたら、ある程度のイメージはできていたのですが、ある時期ここまで荒廃していたとは、ちょっとショックでした。
 この本には、明治の末の(この前豊かな緑の中で座禅した向嶽寺のある)塩山市付近の写真や、戦後すぐの十和田市の写真などが掲載されています。それは本当に「はげ山」。松が1本ちょこんと生えている、いわば波平さんの頭のような写真です。
 そう、ちょうど私の頭が剃髪によってツルツルになっているように、当時は伐採が進み、とにかく人のいる近くの山は全てはげ山になっていたんですね。
 それが、戦後数十年で一気に回復し、今や逆に飽和状態になりつつあると。
 江戸時代など、私たちのイメージとしては今よりもずっと緑が豊富だったような気がしますが、実はこの前の富嶽三十六景がそうであったように、街道沿いの山なんかみんな「はげ山」だった。なるほど、木々を全部描くのが面倒だったという「印象派」的な表現ではなく、実はあれが「写実」だったわけですね。なるほど。
 そう言えば、この前の「コモンズ学会」でも、世界中の研究者が「日本の豊かな森」に驚いていました。なぜ東京のすぐ隣にこんな豊かな森林があるのかと。
 ではなぜ、世界でも異常なほどに森林の豊かな国になったのか。それはこの本を読めば分かります。もちろん、日本人らしい思想や哲学、宗教観や真面目さというものが影響しているのはたしかです。
 しかし、実は素晴らしいことばかりではありません。怪我の功名もあったし、管理しきれないために森林が暴発している状況もあります。
 とりあえず、そうした「事実」を知れるだけでも、この本は価値があります。森林神話を一度崩壊させることも必要なのです。
 また、森と水との関係、森と災害との関係、里山や海岸林の実態など、私の知らないことが満載でした。本当にイメージだけでいろいろ生徒に語っていたなあと反省させられました。
 秋田の帰りにカミさんの生まれ育った山間の部落を訪れました。美しい棚田、手入れされた里山、溜池に咲く美しい蓮の花に見とれました。夜にはきっと蛍が乱舞することでしょう。

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 しかし、これは森林と人間の関係において、ある意味ギリギリの状況でもあります。数年後には人の管理を離れ、一気に荒廃…いや逆かもしれない…飽和状態に突き進むかもしれません。
 そうした人間と自然とのある種のせめぎ合いが「文化」なのかもなあと思いました。cultureはご存知のとおり「cultivate」からの派生語です。
 そして、「文化」と「自然」はもしかすると相反するものなのかなあとも思いました。
 この本を読むと、日常の「自然」がまた違って見えてきます。ご一読をおススメします。

Amazon 森林飽和

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2013.07.01

国民文化祭 夏のステージ開会式(その2)

20130703_160506 て、昨日の続き。国文祭夏のステージ開会式。
 写真はご挨拶される皇太子さま。やはり、富士山が世界「文化」遺産登録されたということで、それにちなんだお話でありました。なんともありがたいお話を直接うかがうことができ、なんだかんだ富士山の文化に関わってきた私としては感無量。ありがとうございました。
 このたびは皇太子さまの御臨席を賜るということで、会場に入るまでも大変なチェックを受けました。当然ですね。
 現地ではなくある場所に集合してそこでまず身分を証明。そしてバスに乗り込まされて会場へ移動。そこでも身分証明、持ち物検査、金属探知機、そして警察犬がずらっと並んで我々をお迎えしてくれる。
 そして会場入りしてから実際に開会式が始まるまでたっぷり2時間。もちろん指定席ですし、遊ぶ場所、食べる場所も基本ないので、まあ前日の座禅の続きのような時間を過ごさせていただきました(笑)。
 さて、印象に残ったプログラムと極私的な感想など。
 まずは、オープニングの舞踏の田中泯さんとドラムスの中村達也さんのコラボ。
 う〜ん、これはどうだったか。私は舞踏に親しんできた人間ですし、実際田中泯さんの場踊りも生で拝見したことがありますから、まあOKでしたけれども、一般の皆様には「?」だったかもしれませんね。
 中村達也さんのドラムスも、それは充分に魅力的だったと思いますが、舞踏と楽器のコラボは案外に難しいものです。特に西洋楽器とは。のちにたくさん登場した和太鼓などの方が舞踏と親和性があったのでは。
 だいいち、舞踏を「ダンス」と言ってしまっていいものかどうか。発想が反対ですからね。
 続いて、本校のジャズバンド部とチャイルドフッドの共演について。これは私、本当に個人的に感激しました。いや、親ばかってことで笑っていただいていいんですけどね。
 国文祭イメージソング『私の好きな街』を作ってお歌いになっているチャイルドフッドの皆さんとウチのビッグバンドでコラボ。
 ビッグバンドアレンジは元東京ユニオンの角田健一さん。これがなんというか見事に往時の歌謡曲のバックバンド風で良かった。一気に古きよき時代に帰ったような気がしました。
 そして、そこでベースをブンブン弾いているのが自分の娘だったわけで、妙に感慨深いものがありました。なんていうかなあ、ある意味歌謡曲のバックバンドって自分の憧れでしたから…それで実際歌謡曲バンドとかやってるわけじゃないですか。しかし、本格的なビッグバンドの一員として歌の伴奏をするということは不可能。
 それをなんだか知らんけど、いつのまにか娘がやっている(それも皇太子さまの御前で!)。これにはなんだか涙が出るほど感激してしまった。正直予想外でした(笑)。
 さてさて、あとは…いろんな世界中の太鼓が出てきたなあ。それはそれで楽しかったし、国ごと地域ごとの基本リズムの違いもよく分かりました。打楽器は根源的な楽器である分、祭には不可欠ですね。
 正直一番盛り上がった太鼓は韓国の「農楽」でしたね。あれはすごいわ。それこそ文化が違う。
 プロのステージもいろいろありました。
 伸太郎さんの「白い風」、あらためて聴くとまたいい曲ですね。編曲は瀬尾一三さんか。
Vlcsnap2013070315h43m49s11 ARIAさんは山梨の誇る(エレクトリック)ヴァイオリニストさんです。考えてみると、皇太子さまはヴァイオリン、ヴィオラについてはうるさい(?)方ですから、ARIAさんも緊張されたのでは。実際ちょこっと横目で拝見しましたところ、興味深そうに身を乗り出してご覧(お聴き)になっておられました。
 神部冬馬さんはイルカさんの息子さん。あまりにそっくりなのでビックリしてしまいました(笑)。歌ったのは「上を向いて歩こう」。「SUKIYAKA」が全米1位になったのは1963年ですから、今年でちょうど50年ということになります。こうして世代を超えて歌い継がれ、聴き継がれているんだなあ…そんな感慨も含めて、「文化」を感じるパフォーマンスでした。
Vlcsnap2013070316h19m51s72 そしていよいよ山梨を代表するロックバンド…(だよな)。THE BOOMの登場。まずは皇太子さまの御前で、「島唄」と「風になりたい」を熱唱。なるほどどちらも名曲だな。
 THE BOOMと言えばブラジル音楽とも関係が深い。なぜか最後は目のやりどころに困るようなあのリオのカーニバルの女性たち(あのコスチュームの名前はなんというのかな)が登場し乱舞(笑)。皇太子さま大丈夫かな…と。
 皇太子さまご退席のあとはTHE BOOMのミニ・ライヴ。カミさんは学生時代に武道館に行ったくらいのTHE BOOMファンだったとのことで、こうして「自分のために」わざわざ向こうから来てくれる日が来るとは思わなかったと感無量のご様子(笑)。
 たしかに宮沢和史さんって優れたメロディー・メーカーですね。そのくどいくらいの(押し付けがましいくらいの)おいしいメロのリフレインをどう捉えるかで、好き嫌いが分かれるかもしれないなと思いながら聴いていました。私はキャッチー・メロディー・ファンなので、けっこう楽しめましたが。
 で、実はその後も音楽やら花火やらがあったようですが、私たち家族は法事で秋田へ向かわねばならず途中退場となりました。
 いずれにせよ、私たち家族それぞれがそれぞれの感慨をもってこの開会式を堪能させていただきました。ありがたいことであります。

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