無欲清浄なる心(須達長者の説話)
夢窓疎石
昨日の向嶽寺接心での管長様のご法話は「須達長者」の説話でした。
この話は甲斐の国にも縁の深い夢想国師の残した説話集にあるものです。夢窓疎石は向嶽寺のお隣、恵林寺の開祖さんです。
作庭師としても名高い夢窓疎石は、恵林寺の庭や私もこの3月に訪れた天龍寺の庭を作りました。また、私の学校の母体となっている富士吉田の月江寺の庭も夢窓疎石の作であると伝えられています。
さて、そんな夢想疎石さんの残した説話「須達長者」がネット上にありましたので、読んでみましょう。なんと中国人のため日本語学習サイトに(笑)。こんな古文、日本人でもすらすらとは読めませんよ…と思いきや、たしかに読みやすい。現代語訳いりませんね。
ちなみに須達(すだつ・しゅだつ・スダッタ・シュダッタ)は、かの祇園精舎(大寺院)建立のために財を寄進したことで有名な、マガダ国のお金持ちです。
お金持ちと言っても、富貴と貧窮とを七度も繰り返す浮き沈みの激しい生涯を送ったとされる方です。
最終的にいよいよ貧困を極めた時、それでも「利他」の心をもって布施した結果、最終的には福徳を得ました。そのお話がこれです。
無私無欲で清らかな心こそが幸福の「因」となるということですね。
昔、天竺(てんぢく)の須達(しゅだつ)長者,老後に福報おとろへて、世をわたる計略もつきはてて、年来の眷属(けんぞく)一人もなし。ただ夫妻二人のみになりにけり。
財宝はなけれども,さすがに空倉はあまたありけり。もしやとて倉の内をさがすほどに、栴檀(せんだん)にてさしたる斗(ます)を一つ求め得たり。これを米四升にかへて、これにて二三日の命をばつぎなんと、うれしく思へり。須達は別事によりて他行しぬ。
そのあとに、舎利弗(しゃりほつ)、須達が家に到(いた)りて乞食(こつじき)し給(たま)ふ。須達が妻、四升の米を一升分けて供養し奉る。その後,目連(もくれん)・葉(かしやう)来たりて請ひ給ふ。また二升奉りぬ。その残り一升になりぬ。これだにあらば、今日ばかりの命をばつぎなんと思ふほどに、また如来(にょらい)到り給へり。惜しみ申すべきやうもなし。やがて供養し奉る。
さても須達が外へ出(い)でつるが、疲れにのぞみて帰り来たらんとき、いかがはせんと思ふもかなしく、また,仏僧を供養し奉ることも時にこそよれ、我が命だにもつぎがたきをりふしに、四升ながら皆奉ること、しかるべからずと、須達にしかられんことも、あさましくおぼえて、泣き伏したり。
さるほどに、須達外より帰りて、その妻の泣き伏したるをあやしみて、その故を問ひけるに、その妻ありのままに答ふ。須達これを聞きて申すやう、「三宝(さんぽう)の御ためには身命をも惜しみ奉ることあるべからず。ただいまやがて餓死に及ぶとも、いかで我が身のためとて物を惜しみ奉ることあらんや。ありがたく思ひよれり」と感嘆す。
その後、もしまた先の斗ふぜいの物もあるやとて、空倉に入りて求めんとすれば、倉ごとにその戸つまりてあかず。あやしみて戸を打ち破りて見ければ、米銭、絹布、金銀等の種々の財宝、もとのごとく面々の倉に満ち満てり。そのとき眷属もまた集まりて、もとの長者になりにけり。
かかる福分の再び来たれることは、四升の米のかはりに、仏のあたへ給へるにはあらず。ただこれ須達夫妻ともに無欲清浄なる心中より来たれり。末代なりとも、もし人かやうに無欲ならば、無限の福徳やがて満足すべし。たとひ生まれつきにかやうの心なくとも、小利を求むる心をひるがへして、須達夫妻が心をまなばば、何ぞかやうの大利を得ざらんや。須達が心をばまなばずして、ただかれがごとく楽しみを得んと思ひて、欲情のままに福を求めば、今生(こんじやう)に求め得たる大利のなきのみにあらず、来生(らいしやう)はかならず餓鬼道(がきだう)に入るべし。
夢窓疎石『夢中問答集』より
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