太宰治と検閲
今日は桜桃忌。太宰治の誕生日であり命日(遺体の発見された日)です。
憲法改正論議が高まる今年は、太宰治の憲法、天皇に関する記述と、それに対するGHQの検閲について少し書きましょうか。
戦前戦中には官憲の検閲、そして戦後にはGHQによる検閲と戦った太宰治。表面上は「戦った」という感じはありませんが、検閲をかいくぐるための文学的テクニックは随所に読み取ることができます。
苦労したという意味では「戦った」と言っていいでしょう。ただ、難しいのは太宰の思想です。単純に左なのか右なのかは決しがたい。
左翼活動に挫折していたり、徴兵検査に不合格になっていたり、まあ社会的には右からも左からも「男らしくない」と言われてもしかたないような人生でしたからね。そういう意味でも「戦った」と言っていい。
そんなある意味玉虫色な彼の言葉は、逆にいろいろな人の共感を得もしました。つまり、なんだかんだ言って当時の人たちはみんなどこか釈然としないところがあって、それでもなんとか自己暗示というか自己洗脳のような形で自分を保っていたのでしょう。
日本やアメリカという国でさえも、太宰の言葉に幻惑されたと言ってもいい。太宰と国家との間のギリギリの言葉のせめぎ合いというのがあったというよりも、太宰は半ば確信犯的に楽しく「戦った」のではないかという感じがします。
命懸けというところまではいかないが、密かにジャブを入れたり、あるいは軽く相手に打たせたりもしている。そこは太宰のずるさでもありますし、強さでもありますね。
さてさて、何年前でしたか、いくつかの作品のいくつかの部分についてGHQが「delete」という文字を書き入れた資料が出てきました。それも含めて、今日は太宰の憲法論、天皇論(もちろん物語的な論であって真意ではない可能性もありますが)を紹介しましょう。
まずは名作「トカトントン」から。GHQに削除されたバージョンから読んでもらいましょう。玉音放送を聞いたあとの中尉の言葉。
「聞いたか。わかったか。日本はポツダム宣言を受託し、降参したのだ。いいか。よし。解散」
なんともあっさりしていますね(笑)。これでは逆に不自然です。ここは本来こうなっていました(今はこちらに戻されて流布しています)。
「聞いたか。わかったか。日本はポツダム宣言を受託し、降参したのだ。しかし、それは政治上のことだ。われわれ軍人は、あく迄も抗戦をつづけ、最後には皆ひとり残らず自決して、以て大君におわびを申し上げる。自分はもとよりそのつもりでいるのだから、皆もその覚悟をして居れ。いいか。よし。解散」
なるほど。しかしGHQも野暮ですね。この言葉のあと次のような文が続くんですよ(苦笑)。
「そう言って、その若い中尉は壇から降りて眼鏡をはずし、歩きながらぽたぽた涙を落しました。厳粛とは、あのような感じを言うのでしょうか。私はつっ立ったまま、あたりがもやもやと暗くなり、どこからともなく、つめたい風が吹いて来て、そうして私のからだが自然に地の底へ沈んで行くように感じました」
さてさて、同じく「トカトントン」の中で新憲法に関する部分がありますね。読んでみましょう。
「新聞をひろげて、新憲法を一条一条熟読しようとすると、トカトントン…」
言うまでもなく「トカトントン」は虚脱の象徴です。新憲法の胡散臭さに対する太宰なりの抵抗とも言えましょうが、私は、こちらに少し書いたように日本国憲法前文は「文学を超えた文学」であると捉えているので、それに対峙した太宰がいきなり未知の日本語パンチを浴びて戦意喪失したのではないかとも解釈しています。その方が面白いでしょう(笑)。
続きまして、GHQに削除された部分としては最高傑作である次の文章。「パンドラの匣」の越後獅子の言葉を中心とした部分。初版本はこのまま出版されましたが、再刊の際に削られたそうです。その一部を引用します。
「天皇陛下万歳! この叫びだ。昨日までは古かった。しかし、今日に於いては最も新しい自由思想だ。十年前の自由と、今日の自由とその内容が違うとはこの事だ。それはもはや、神秘主義ではない。人間の本然の愛だ。今日の真の自由思想家は、この叫びのもとに死すべきだ。アメリカは自由の国だと聞いている。必ずや、日本のこの自由の叫びを認めてくれるに違いない。わしがいま病気で無かったらなあ、いまこそ二重橋の前に立って、天皇陛下万歳! を叫びたい」
これは実に面白い。自由の国アメリカは結局日本の自由の叫びを認めてくれなかったわけです。このあたりのジャブの応酬は大変興味深いですね。GHQとしては、太宰の先制パンチが効いたので反撃を食らわせたのでしょう。
その他にもいろいろありますが、長くなりそうなので、今日はこのへんにしておきます。
こうした「検閲」は今でも続いているとも言えます。それも自分たち日本人の手によって。我々は無意識的に検閲し、無防備的に検閲されているのでした。
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