『忘れる練習・記憶のコツ』 アルボムッレ・スマナサーラ (サンガ)
私の得意技、「忘れる」こと。
実はそれが「常若」につながっているということに気づきました。今日はグッドタイミングで読んだこの本の紹介を兼ねて、そのことについて書きましょうか。昨日の「神道」の続き。「仏教」の視点から。
私の「忘れる力」は、自慢じゃないけれど本当にすごい。おそらく全国大会レベルだと思います(笑)。
昔のいいこと悪いことを忘れちゃうのは当然のこととして、昨年の学校行事の段取りを忘れたりするのは序の口。
一週間前に書いたブログの内容もほとんど覚えていない。毎月いくつかの歌会や短歌雑誌に投稿している短歌も、あれだけ産みの苦しみを味わっているのに一つも暗誦(再現)できない。
音楽の暗譜というのも全くできません。これは本当にひどい。練習しない(憶えようとしない)というのもありますが。
これらはある種の障害であると認識しています。高校生の時なんか、なんで勉強の暗記ができないのか、非常に苦しみました。しかし、今ではこれを得意技だととらえているわけです。
昨年、脳科学の本で有名な池谷裕二さんにお会いした時、「人間は忘れるように進化した。そのおかげで創造性が発達した。というか、記憶よりも創造性の方を選択したのだと思う」という話をお聞きし、単純な私は自分がほめられたような気がして小躍りしてしまったのですが(笑)、たしかにそれってありだと感じました。
「創造性」とは「常若」であります。西洋文化(や中国文化)が「言語」や「石」にこだわり、記憶を永遠化しようと努めたのに対し、日本文化は「口伝」や「木」にこだわりました。縄文が1万年の間なんら大きな変化を見せなかったのは、実は創造性がなかったからではなく、異常なほどの創造性を発揮したからです。
これはパラドックスですよね。普通に考えると過去の記憶にこだわる方が保守的で、過去を捨てて創造性を発揮するのが革新だととらえられますから。
しかし、実は「革新」とは進歩主義ですから、その根底には「過去を凌駕したい」という願望があるのです。つまり、その根底には(特にマイナス感情を伴う)「過去の記憶」「過去へのこだわり」があるわけです。
この本にはそのことが書かれていると感じました。ブッダは、「過去の記憶」とは人間の欲と怒りの産物であり、それによって私たちは不幸になっていると語りました。だから、それを捨てよと。
私もそのとおりだと思います。私たちの感情も思想も、そのほとんどは「自分の過去の記憶」の上に成り立つものです。私はその土台がどれほど小さく狭く不確実なものであるかを最近実感しています。そこにこだわるよりも、無限に広がる「他者の未来」を土台にした方がずっと安定している(面白い)と考えるようになったのです。
私の「時間は未来から過去へと流れている」という時間論からすると、過去の記憶というのは、本来下流に流れていってしまうべきモノを、脳ミソの両手で後生大事に抱えている状態だとも言えます。あるいは、下流に向かって立って、流れていくモノどもを一生懸命見失わないように目を凝らしている状態だとも。
別にそういう人生を否定しているわけではありません。単に私はそれが苦手だということなのでしょう。
ただ、私のようなお変人でなくとも、たとえばこの本を読んで内容に納得すれば、私のような生き方に転換することが可能だと思います。お試しいただく価値はあると思いますよ。
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神社パワー全開!…というほどではない?
そういう意味で興味深かったのは、神像が仏像に比べて、ずいぶんと「ショボい」ということですね(笑)。どちらかというとキッチュだったりキュートだったりします。
夜は藤波辰爾さんのドラディション後楽園大会がありました。私はテレビで生中継を観ました。
橋下さんも「謝罪」しましたね。あんまり「うまい謝罪」ではありませんでしたが。
鈴木秀樹選手優勝おめでとう!
「踏み出す」というのは「始める」ということです。他人ごととして批判や称賛をしているばかりではなく、自らが行動するということですね。まさに今の日本人に足りないのはこの力です。政治を取り巻く国民の様子を見ていても、それを強く感じますね。
お泊り座禅から帰宅しまして、まず最初に飲んだのがこれです。最近ハマっている飲み物。
もうこれは「リンゴ酢」と言わなければ、普通のジュースですね。リンゴベースのフルーツジュースという感じ。
富士山にきれいな「農鳥」が出ました。いよいよ夏が近づいて来ました。
農鳥も出たところで、中学3年生がどろんこになって田植え。
そして、それだけで終わらないのがウチの学校のスゴイところ(?)。
さらにさらに、これはもう田植えとどんなつながりがあるのか自分たちでもよく分からんのですが(笑)、近くの明見湖(はす池)に行って、ペットボトルロケット飛ばし大会。
さて、学校の方では、1年生が初めての宿泊座禅行事。
もうすごいとしか言いようがありませんね。素晴らしい。おめでとう!というよりも、ありがとう!ですね。
そうそう、三浦雄一郎さんと言えば富士山とも縁が深い。1966年、富士山頂からの直滑降という、ある意味馬鹿げた偉業をなしとげています。もちろんパラシュートをつけての滑降であります。
アメリカオクラホマの竜巻、大変な被害のようです。被災された方々に心から哀悼の意を表します。
素晴らしかった。しかし…。
ところで、白光真宏会を創立した五井昌久さんは、間接的にではありますが、出口王仁三郎の影響を受けていると言えます。
田植えの季節となりました。我が校でも来週明見で田植えをします。
郡内とは「郡内海気」の略。「海気」とは大陸から伝わってきた絹織物の種類を指す言葉でした。
裾廻しというのはいわゆる「八掛」。写真をご覧いただけば分かるとおり、胴裏が富士山だとすると八掛は裾野のようですよね。
これはどうなんでしょうね。なんともいやな読後感。かと言って、ある意味間違ったことが書いてあるのではない。
今日は安倍晋三総理のお父様安倍晋太郎さんの命日です。安倍晋太郎さんは1991年5月15日にすい臓がんでお亡くなりになりました。
昨日あたりから、北朝鮮での飯島勲さんの活動が報道されています。先ほどのニュースでは、さっそく第1書記の側近と会談したとのこと。安倍首相も拉致問題の解決につながるのなら首脳会談もありと発言していますね。

今日はジャンボ鶴田の命日。あれから13年ですか。
今日も東京へ行ったんですが、またまたとんでもない所でありえない人とバッタリ会ってしまいました。
まさに「国譲り」。荒魂が昇華されて和魂となった瞬間でした。
そんな神の、見事なまでの「国譲り」の儀式でした。まさに魂(スピリット)の伝承が執り行われたと感じました。
今日は本当は武道館で生でこの神事を観戦したかったのですが、どうしてもチケットが取れませんでした。しかし全編をテレビで体験することができ充分に幸せでした。
今日、出雲大社では本殿遷座祭が執り行われましたね。
つい先日、教え子の女の子から衝撃的な「すべらない話」を聞きました。笑っちゃいけない話でしたが、思いっきり笑っちゃいました(笑)。
一つはアメリカを訪問中のパク・クネ大統領が日本の歴史認識について批判したというニュース。
さらにもう一本のニュース。中国共産党機関紙「人民日報」に「沖縄の領有権は日本にはない」という趣旨の論文が掲載されたとのこと。
学校で月遅れの「花まつり」が行われました。
なんとなく口調がそれぞれ違ってしまいましたが、実はそここそに解釈の本質があると思います。
もともとはプロレスファンつながりだったその方、いろいろ話していくと驚くほどのシンクロがあり、一度じっくりお話したいと思っていました。今まで何度かニアミスがあってもなかなかその時機が来ずにいたのに、今日は見事なタイミングでお会いすることができました。
異様な興奮と緊張の中、いよいよ最後のトリオ演奏が始まりした。私は一音たりとも聴き逃さないつもりで集中しました。
ファーストレディー安倍昭恵さんが、大変お忙しい中わざわざ我が家においでくださりました。
思えば長い外遊から帰られたばかり、総理も奥様もお疲れだと思いますが、そんなことは微塵も感じさせないアクティヴさに感心させられます。こうでないと一国の総理もファーストレディーも務められないのでしょう。もうその時点で私たちとは次元が違いますね。
午前中夫婦で山中湖へ。今日もまた仲小路彰の言葉の数々に触れました。
本日、この「不二草紙 本日のおススメ」は開始から9周年を迎えました。
号外まで出ましたか。とりあえず富士山に住む者として祝意を表したいと思います。
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