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2013.02.12

北朝鮮の核実験と松代大本営

Ip130212tan000177000 朝鮮が3回目の核実験を行いました。このことがあると思い出すのが「松代大本営」です。
 2006年の1回目の核実験の時に「北朝鮮・松代大本営・ジョン・オニ」という記事にさりげなく書きました。
 今回の核実験の地震波も松代の気象庁精密地震観測室でしっかり観測されたようです。
 上掲の記事にも書いたように、敗戦濃厚になった時、皇室の周辺や軍部が皇居を東京から遷したいがどこがよいかと出口王仁三郎に尋ねたところ、「聖地(世界の十字)皆神山は爆撃を受けない」と言ったとか…それを大本の陸軍ルートから井田正孝少佐が聞いたのでしょうかね、いよいよ本当に松代の皆神山の地底に大本営や皇居を遷すということになった。井田正孝も「信州は神州」というようなことを言っていたようですから、やっぱりちょっとオカルト入っていますな。
 結局皇居や大本営は地質の関係で近くの山々の地下に造営されることになりましたが、とにかく皆神山を中心に巨大地下都市が4分の3ほどできあがったところで、あえなく終戦を迎えることになったのです。
 王仁三郎はすでに「敗戦」を予言していましたから、なんとも無駄な労力を使っているなと思っていたことでしょう。
 そう言えば、奈良の天理大本営計画というのもありましたね。大本教や天理教…軍部も政府もあの状況では、そうした古来日本の霊的なモノにすがるしかなかったのでしょう。その辺の事情についてはもっと調べてみたいところですね。戦中史のタブー。
 朝鮮人や信州の人々が松代の地下に一生懸命無駄な穴を掘っていたその頃、王仁三郎はひたすら茶碗を焼き続けました。それが耀わんと言われる一連の楽焼群です。
 私はそのうちの一つ「十和田」をかついで、去年の夏、その松代皆神山に登りました。こちらの記事をご覧ください。
 その数日前にはその「十和田」で安倍首相の奥様昭恵さんが富士山の水を飲みました。その茶碗が十和田湖を経由して皆神山にやってきた頃、安倍晋三さんは「日本を取り戻す」ため総裁選に出ることを決意した…なんて書くと、それこそオカルトではありますが、もしかすると、数十年後に「戦後史」の裏側として語られることになるかもしれませんよ(笑)。
 まあそれは「今は」冗談として、いずれにしても松代大本営に王仁三郎が関係していることはたしかです。
 そして、先ほどは「無駄な」と書いてしまったその穴で、世界中の微弱な地震を精密に観測している。「松代マグニチュード」という言葉が世界で使われるほど有名な場所です。
 ちなみにあの3.11東日本大震災の東北地方太平洋沖地震が発生した時、「松代マグニチュード」は7分後にでM8.9、10分後にM9.0、13分後にはM9.1と算出したそうです。通常システムによる気象庁の発表は当初M7.9でしたから、いかに「松代マグニチュード」が迅速で正確か分かります。
 しかし、あの時、「松代マグニチュード」は採用されず、結果として津波の被害を大きくしてしまった。出口王仁三郎と東日本大震災の因縁(たとえばこちらこちら)を考えると、なんとも言えないモノを感じますよね。
 …と、なんだか核実験とは全然関係ない話になってしまいましたが、いや実はそれも関係している…北朝鮮の方々があの穴を掘ったということだけでなく、未来に向けて地下水脈が動いていることはたしかです。残念ながら今はあまり詳しく語れません。またいずれ結果が出ることでしょう。

Amazon 松代大本営の真実
 

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