« 夕方5時のチャイムが「若者のすべて」に…(録音してきました) | トップページ | マリアの悲しみとともに »

2012.12.23

佐治晴夫先生クリスマスレクチャー

↓佐治先生とダライ・ラマ法王…ではなくてワタクシ(笑)
319194_1854317808_247large たまた不思議なことが起きました。やはり時間は未来から流れてくるのでしょうか。
 この地で、このタイミングで佐治晴夫先生とお会いできるとは…まったく人生は「思い通りになる」…いや、冗談でなく本当にそう思いました。願うこと、確信することは大切ですね。
 宇宙物理学者の佐治先生を間接的に知ったのは7年前、たまたま図書室で手にとった本の中の文章がきっかけでした。こちらの記事に書いた「宇宙のひとかけらとして生きる」という文章です。
 私はその記事の最後にこう書きました。

 デカルトは、9年間疑い続けた。そして、「われ思う、故にわれ在り(cogito ergo sum)」にたどりつきました。達磨大師は、9年間壁に向かって坐り続け、そして大悟しました。二人の結論は全く逆であるとも言えますが、実は全く同じであるとも言えます。たぶん、自己と宇宙が一体不可分の関係になった瞬間なのでしょう。不二。
 そういえば、正眼寺の開祖慧玄さんは9年間伊深の地で自らの光を消したのでした。もし、私が9年間何かに懸命になったら、いったい何がわかるのでしょう。そんなことを考えさせられる、佐治さんの素晴らしい文章でした。

 今気づいたのですが、このブログを初めて来年の5月で「9年」になります。本当に続けてきてよかった。この1年だけとっても、何かが間違いなく動いていましたし、あまりに急激に「出会い」が増えました。
 「九年」という年月には、やはり何か大きな意味があるのでしょうか。
 実は今回もこのブログのおかげで佐治先生との出会いが実現したのです。
 佐治先生は今年11月にダライ・ラマ法王猊下と対談をなさっています。その日は、以前お話させていただいた村上和雄先生も対談者でいらっしゃるということもあって、ぜひともその場に行きたかったのですが、仕事の関係でうかがうことができませんでした。
 今思えば無理やり行くことも可能だったような気もします。しかし、どういうわけか、いつもの妄想なんですが、「今回は行かなくてもどこかで何かが…」という直感があったのですね。それで結局行かなかった。しかし、そのちょっとした後悔の念をこちらの記事に何気なく書いたのですね。その記事をですね、たまたま検索で見つけてくださった方が、私に連絡をくださりまして、12月22日に山中湖に佐治先生がいらっしゃるということを知ったのです。見も知らぬ私のために、事前に佐治先生にご紹介くださったり、本当にいろいろとお世話していただきましたYさんには心から感謝です。
 山中湖のペンション・モーツァルトでのクリスマス・レクチャー。ペンション・モーツァルトと言えばずいぶん前になりますが、古楽の演奏会がまだまだレアだったころ、何度かうかがいました。平尾雅子さんや渡邊順生、慶子ご夫妻、岡田龍之介さんなどの演奏会に行った覚えがあります。
319194_1854317889_137large 私が到着した時、ちょうど佐治先生も愛車ポルシェでご到着でした。落ち着く間もなくご挨拶をさせていただき、先生がお食事中にもそばに侍させていただき、貴重なお話をうかがいました。
 そう、先月の、そして昨年の高野山でのダライ・ラマ猊下とのお話を特別にうかがうことができたのです。こういう形で私の夢が一挙に実現してしまうとは…。
 人間ダライ・ラマを感じさせるレアな(オフレコな)お話も拝聴しつつ、初対面とは思えないほど親密な時間を過ごさせていただきました。なんと魅力的な方なんだ!
 お話のためにすっかりお食事が遅くなってしまいまして、レクチャーが始まったのは夜9時半を回っていました。そこから3時間、日付が変わるまで、まさに泉のような、恵みにあふれた素晴らしいレクチャーが繰り広げられました。
319194_1854317852_76large 3時間にわたってずっとお立ちになり、時にはピアノを奏でつつ、科学、宗教、芸術、言語など分野を縦横無尽にクロスオーバーし、いや「分野」なんていう「分節」は佐治先生にはないのでしょうね、まあ脱線と言えば脱線の連続なのですが、そこにはちゃんと一本の筋が通っていますので、私の授業のようなメチャクチャな脱線とは違う、心地良く深い、時空を超えた講義が展開されました。
 宇宙論はもちろん、地震論、女性論、音楽論、仏教論、キリスト教論、文学論、時間論、そして人生論…その内容は、まさに今の私が聴きたいことが満載。もっともっとお話を聴きたい、お話したいと思うような内容でした。
 佐治先生は音楽大学の客員教授でもあり、パイプオルガン奏者でもあります。レクチャー終了後、最後はバッハのマタイ受難曲についてお話をさせていただきました。音を通じた宗教体験についてです。
 本当に素晴らしい時間を過ごさせていただきました。夢のようです。皆さまに感謝感謝です。
 このレクチャーは音楽で始まり、音楽で終わりました。その選曲にもある運命を感じましたが、それについてはクリスマス・イヴである明日にでも書こうと思います。
 ぜひまたお会いして、宇宙について、音楽について、言葉について、そして時間についてお話したいと思います。よろしくお願いします。
 本当にありがとうございました。

Amazon 14歳のための時間論

|

« 夕方5時のチャイムが「若者のすべて」に…(録音してきました) | トップページ | マリアの悲しみとともに »

心と体」カテゴリの記事

教育」カテゴリの記事

文化・芸術」カテゴリの記事

文学・言語」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

歴史・宗教」カテゴリの記事

自然・科学」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55913/56382343

この記事へのトラックバック一覧です: 佐治晴夫先生クリスマスレクチャー:

« 夕方5時のチャイムが「若者のすべて」に…(録音してきました) | トップページ | マリアの悲しみとともに »