昨日の続きとも言えましょう。先人の未来を臨むすぐれた能力に学びましょう(忙しいので)。
昨日の折口信夫の教育論は大正14年のもの。今日の出口王仁三郎の長歌は大正11年です。
まるで現代、平成のまさに今の世の中のことを書いているようですね。人心の乱れ、家族の崩壊、政治の混乱、国家の危機、そして天変地異…。
これは、決して王仁三郎が予言者だったということではなく、当時すでにこういう傾向が現れ始めていたということですね。言うなれば、日本の西洋化です(と言うと西洋人は怒りますが)。
そして賢人、偉人は、そういう未来につながる現象に敏感なんですよね。特に、一般人がいいものだ、新しいものだと思って飛びついて酔っている物事に対して、時間軸を俯瞰して本質的な指摘、論議ができるんですよね。だから時代を超える。
そういう意味では、やはり出口王仁三郎は宗教家、予言者というよりも、思想化、哲学者、そして芸術家だったと言えそうです。
この歌は王仁三郎の霊界物語の第39巻「舎身活躍」寅の巻の冒頭にある序歌です。最後は「本来の神」を思い出し祈ることによって世は救われると語っています。先日の「ブッダ真理のことば」のところに書いたように、神仏とは「比喩」であって、我々が求めなければならないのは、その向こう側にある「真理」なのでしょう。
だから、王仁三郎は「宗教がなくなる」ことを理想として活動したのでしょう。
なお、下記のテキストは、ワタクシの同志の運営する霊界物語ネット「レモン(ReMoN)」から拝借いたしました。
暗黒無道の世の中は 仁義道徳影も無く
常世の闇の如く也
親子疎んじ睨み合ひ
紛擾絶ゆる暇も無く 資本家労働者相対し
農商工は振起せず
国家社会は刻々に
譎詐の曲業時を得て
忠誠の人士は足曳の
奸邪は天下に跳梁し
乱れ切つたる娑婆世界
医学衛生完備して 悪疫益々蔓延し
交通機関は完備して
国家の富力増進し
頭に刻々迫り来る
生産倍々夥多にして
輸入超過の惨状は
兌換借款滔々と
卑賤は倍々僣上す
日に夜に社会を汚し行く
貧弱愈窮乏し 怨嗟の声は弥高し
安逸快楽に馴れ染まり
奢侈限り無く増長す 田舎は都会の風に染み
淳朴の気は地を払ふ
宗教宣布に従事する
僧侶は教義を曲解し
士道全く廃り行く
商賈は謀計事となし 信用全く地に落ちぬ
眼を眩惑し世に習ひ
良家の子女は学校に
淫靡の風は吹き荒び 不良少年続出し
社会の秩序を混乱し
賢母良妻家に泣き
芸妓屋娼妓屋繁昌し 良家益々相寂し
党弊擁護に余念なく 神聖無垢の議事堂に
禽獣叫び蛇を投げ
国家の選良は大切な
国議を軽視し侮辱して 喧々囂々市場の如し
民の負担は日に重く
国家破産の緒を開く
国交益々非運なり
古今未曾有のこの惨状
松間の長き鶴の首
天地の神も放り坐し
海神怒濤を捲き起し 地上の蒼生を洗ひ去り
火竜は紅蓮の舌を吐き
地上の汚穢を焼き尽す
地妖を隈無く鏖殺し
地上に芽出度顕現し
吾等に賜ひし御遺訓ぞ
皇道本義を宣り玉ふ
寄り来る人は押並べて
万民歓喜の雨に濡れ
『舎身活躍』寅の巻 序文に代へて述べ立つる。
大正十一年十月廿日
コメント
「この世はまさに
立て直しを
必要としています。」
投稿: 合唱おじさん | 2012.11.13 22:28