方丈記に見る大地震と人の心
大変忙しいので人の手を借ります。鴨長明さんの手です。
皆さんは「大地震」をなんと読んでいますか。「だいじしん」ですか、「おおじしん」ですか。これって今では半々くらいになってます。ちなみにNHKは「おおじしん」だったかな。
本来「地震」が音読みですから、「だいじしん」と読みたくなるところですけれども、古い文献を見ると、どうも「おおじしん」が先で、「だいじしん」は室町くらいから増えてきたようです。
私が思うに、おそらく「地震」の和語「なゐ」の方が一般的だった頃は当然「おほなゐ」と読んでいて、「ぢしん」という漢語がそこに一般化してきて中間型の「おほぢしん」が発生したのではないか、そして、鎌倉以降漢語が世俗化するにあたって、「大〜」を「だい〜」と読むことが増え、その結果、「だいぢしん」も一般化したのではないか。ま、まったくなんの検証もしていませんが、たぶん間違ってませんよ(根拠のない地震…いや自信)。
さて、今も出てきた「おほなゐ」で思い出すのが、かの方丈記にある「大地震(おほなゐ)」の項です。
これは1185年8月13日(元暦2年7月9日)の正午ごろに発生した、いわゆる「元暦地震」に関する記事です。
これは誇張だろ、というような記述が連続しますが、内陸直下M7.4と想定される地震ですから、間違いなく京都附近は震度7の揺れになったことでしょう。
さて、ではお読みください。古文ですから縦書きにしてみましょう。比較的分かりやすい文章ですので、現代語訳はいらないと思います。
また、同じころとかよ、おびたたしく大地震ふること侍りき。そのさま、よのつねならず。山はくづれて、河を埋み、海は傾きて、陸地をひたせり。土裂けて、水湧き出で、巌割れて、谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ舟は波にただよひ、道行く馬は足の立ちどをまどはす。都のほとりには、在在所所、堂舎塔廟、一つとして全からず。あるいはくづれ、あるいはたふれぬ。塵灰立ちのぼりて、盛りなる煙の如し。地の動き、家のやぶるる音、雷にことならず。家の内にをれば、たちまちにひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや、雲にも乗らん。恐れの中に恐るべかりけるは、ただ地震なりけりとこそ覚え侍りしか。
その中に、ある武者のひとり子の、六つ七つばかりに侍りしが、築地のおほひの下に、小家をつくりて、はかなげなるあとなしごとをして、遊び侍りしが、俄かにくづれ、埋められて、跡かたなく、平にうちひさがれて、二つの目など一寸ばかりづつうち出だされたるを、父母かかへて、声を惜しまず悲しみあひて侍りしこそ、あはれに、かなしく見侍りしか。子のかなしみには、たけきものも恥を忘れけりと覚えて、いとほしく、ことわりかなとぞ見侍りし。
かくおびたたしく震ることは、しばしにて止みにしかども、そのなごり、しばしは絶えず。よのつね、驚くほどの地震、二三十度震らぬ日はなし。十日・二十日すぎにしかば、やうやう間遠になりて、あるいは四五度・二三度、もしは、一日まぜ、二三日に一度など、おほかた、そのなごり三月ばかりや侍りけん。
四大種の中に、水・火・風はつねに害をなせど、大地にいたりては、ことなる変をなさず。昔、斉衡のころとか、大地震ふりて、東大寺の仏の御首落ちなど、いみじきことも侍りけれど、なほ、この度にはしかずとぞ。すなはち、人みなあぢきなきことを述べて、いささか心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日かさなり、年経にし後は、ことばにかけて言ひ出づる人だになし。
これは大変ですねえ。実際、この地震では比叡山や洛内の寺社の多くが倒壊傾斜し、宇治川の橋も落下したという記録が残っています。ちなみに冒頭の「海は傾き」の「海」とは震源に近い「琵琶湖」のことです。
この方丈記の記事で重要なのは、後半の余震活動についての部分と、人の心についての部分でしょうね。
余震は次第に収束してゆきましたが、3ヶ月は比較的大きな揺れがあったことが分かります。
そして、最後の方にあります文章。その本質的な内容がこのたびの東日本大震災にも当てはまるのかと思うと、なんとも言えない気持ちになります。訳してみましょうか。
「その(855年斉衡の地震の)直後には、人は皆、人間の力ではどうしようもないというようなことを述べて、少しは心の濁りも薄らいだかと見えたが、月日が重なり、年を経てしまったのちには、言葉に出して言い出す人さえもなくなった」
大自然災害があると、人間は自らの無力さを痛感し、自然や神仏への畏敬の念を思い出しますが、時が経つとそんなことも忘れてしまい、また煩悩まみれの自己中心的な存在になってしまうということでしょうか。
そして、忘れた頃にやってきたのが、斉衡の地震をはるかに上回る元暦地震だったということです。
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