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2012.10.31

『サイエンスウィンドウ(Science Window)』 (科学技術振興機構)

62_image1_l 校には毎日とんでもない量の「紙」が送られてきます。その処理も私の仕事の一つです。
 最近はペーパーレス化によってその量は減ったとは言え、現実的にはメールで送られてくるものも半分は印刷しなければならないので、すぐに机の上が紙の山になってしまいます。
 あんまり机上が荒れていて生徒に「すごいですね」と言われてしまったので、今日その地層化した堆積物を思いっきり捨てました。大概がどうでもいい内容(失礼)なものが多いんですよね。で、そういうものは、その時見ずに後回しにするものだから、そうて地層の下層に沈殿していってしまう。
 で、たまに大事なもの、すぐに読もうと思っていた玉まで石に紛れてしまうことがあって、今日みたいな発掘作業というか、一掃作業の中でその玉が発見されることがあるんですね。
 その一つがこの「サイエンスウィンドウ」でした。この冊子はいつも熟読しています。面白いので。
 もともと理科教員志望だったこともあって、こういう科学読み物ヴィジュアル系雑誌は好きです。学校にあるもので言えば、何度かここでも紹介した「Newton」。国語のセンセイなのに小説なんか全く読まず、こういうものばかり眺めています(笑)。
 この「サイエンスウィンドウ」は独立行政法人科学技術振興機構が発行しています。今年の春までは隔月刊だったのですが、予算の関係からか、今年度からは季刊になってしまいました。ちょっと残念です。
 2012年秋号は、「音」がテーマ。もともと興味のある分野だったこともあって、楽しく読ませていただきました。
 まず、巻頭の松任谷正隆さんのお話が面白かった。音作り職人がどういう感性で仕事しているか、よく分かりました。
 基本、学校の子どもたちを対象とした編集なので、私のようなお子ちゃま大人には、このくらいのレベルでの科学談義がちょうどいい。
 逆に言えば、今、科学が研究者による「オタク化」傾向を深めている現代において、こういう子どもの視点というのが、科学の基本に立ち返るためのよききっかけになるのではないかと思います。
 マイクやスピーカーの原理、録音機器の歴史、ボーカロイドから自然の音に至るまで、まさに「音世界」を俯瞰した内容。ワタクシ的にもとっても萌えな内容ですね(笑)。懐かしい古典的録音機材の写真とかね。
 そうそう、この「サイエンスウィンドウ」、この最新号も含めてバックナンバーをネット上で全部読めるんですよ。いちおう買うと300円なんですが、ネットで読む分には無料ということです。皆さんもぜひこちらから、興味のある分野だけでも読んでみて下さい。昨年の震災や原発事故の頃も、科学の立場からなかなか力の入った特集を組んでいました。
 さて、今回は「音」について記事を楽しませていただき、また勉強させていただいたわけですが、それでも「科学少年」&「音楽大人」にとって、いまだによく分からないことがあります。
 それは…スピーカーのことです。私は今でもこのスピーカーというヤツにだまされているような気がしてならないのです。
 だって…たとえば、ヴァイオリンのように、ある意味科学でも解明できないような複雑な形や材質やら奏法によってあの美しく深みのある「音」が生まれますよね。その音が、完全にそのままでないにしても、明らかにヴァイオリンだと分かる質で、あの単純な「丸い紙」から再現されることが不思議でならないのです。録音の再生でも、私たちはけっこう感動できるじゃないですか。
 というか、世の中のほとんど全ての音を、基本、丸い紙のマイクロフォンで取り込み、丸い紙のスピーカーで再現できるというのが理解できないのです。なんかだまされているような気さえするわけです。
 皆さんはそんな疑問持ちませんか?映像の記録と再現はなんとなく理解できるのですが、音は…。

サイエンスウィンドウ公式

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2012.10.30

『日本をダメにしたB層の研究』 適菜収 (講談社)

20121031_110525 B層とは「マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQが低い人たち」のことである…。
 この本は賛否両論なのではないでしょうか。しかし、それこそが筆者の目的なのかもしれませんね。
 賛否いずれにしても、心を動かされることはたしかでしょう。私もそうでした。「そうだ、そうだ」とB層を見下しバカにする自分と、「でも、なんかムカつく」と見下されバカにされた自分とが共存しているんでしょうね。世の中にも、一人ひとりの中にも。
 私も言説としては(つまりこのブログでは)けっこう適菜さんと似たことを書いてきました。たとえば、そうですねえ、「集団気分」について書いたこれとか。あるいは民主党政権誕生を憂えたこれとか。
 特に二つ目の記事で、「数年後、あるいは数ヶ月後、反省をするのではなく、逆ギレしている(愚かな)国民の姿が目に浮かぶようです。ああ、いやだなあ…」と書いているのは、適菜さんのB層への、あるいはB層を操り私利を得る層に対する嫌悪感とほぼ同じ感情の表明ではないかと思います。
 そうした私の「上から目線」に対して、当時もずいぶんご批判を頂戴しました。それと同じように、筆者にも多くの槍が飛んでくることは想像に難くありません。
 しかし、やはり私は、適菜さんの言うことに耳を傾ける必要はあると思います。ただムカついているだけではいけないと思います。逆にただ「そうだ、そうだ」と言っているだけでもダメ。
 自分自身にそういう部分、すなわちB層的な部分や、B層を操ろうとする部分や、あるいはB層をただ見下して憂いの表情を浮かべているような部分があるのではないかという検証は怠ってはいけませんね。
 この前、いじめについての討論会について書きました。そこに書いたとおり、他人事として批判や非難をしているだけではダメなんですよね。まず自分にそういう「種」がないか、そういう「芽」が出ていないかというところと向かい合わねば。
 適菜さんの著書はほとんど全部読んでいます(ブログでは「キリスト教は邪教です!(現代語訳アンチクリスト)」「いたこニーチェ」を紹介しました)。あるいはブログなども読んでいるかぎりは、そうした自己検証はしっかりなされていると思いますよ。
 ただ、こういうご時世ですから、ある意味過激な書き方をしないとなかなか世の中に伝わらない、人の心を動かせないというがありますからね、「過激な上から目線」という戦略をとったのでしょう。勇気のいることですがね。
 しかし、まあ、政治家の顔についての段で、「花を見れば無条件で美しいと思う、ブスを見れば嫌だなと思う、原口を見れば投票しない、それが本当の人の心です」と書いてしまうところまで行くと、さすがにちょっと行き過ぎかなとも思いますが(笑)。批判と差別は別物でしょうから。あんまりバカとかブスとかデブとか連発すると、ご自身にも品格がなくなり、幼児っぽく見られかねませんよ。
 適菜さんがこの本の中でも書いているとおり、なんでも二分法でものごとをとらえ、二者択一を迫り、デシタル的思考に陥ってしまうことは避けなければなりません。分からないもの、専門外のものには、立ち位置決定の態度を保留すべきというのには、私も賛成します。
 片翼につくということは、敵を想定するということですから。そういう場合に限って、それこそ「偽史」や「陰謀論」なんてものが発生してしまいます。私はそれらを文化として研究する立場の人間ですから、決してそれらの存在自体を否定したくないのですが、やはり、そこにどっぷり浸かってしまっている人を見ると、なんとなく嫌悪感を持ってしまいます。
 この本が着いた時に、「B層を減らすのが教育」なんてツイートしてしまいました。まだ読んでいませんでしたから。しかし、今はちょっと迷いがある。
 実際のところ、教育の世界に横たわり続けている「日教組問題」なんか、私からすると、すでに半分以上「偽史」「陰謀論」の領域に入ってしまっています。つまり、そうして教育問題に積極的に発言する方々自身が、B層的思考をしてしまっている。そういう人が「我こそB層を絶滅させる!」とか意気込んでいることが多いのです。実はちょっと前の私もそうでした。
 いちおう先生である私は、そんないろいろなことを思いながら、今日も明日も子どもたちに偉そうに何かを語っていかねばなりません。しかし、迷いもある。自分はいったい、この子どもたちをどういう大人に育てようとしているのか…。
 この本を読んで、ずいぶん心が動揺しているようです(苦笑)。私は適菜さんほど自信に満ちたハッタリはかませません。それは私にとっては嬉しいことでもあるんですがね。

Amazon 日本をダメにしたB層の研究

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2012.10.29

『営業マンは「お願い」するな!』 加賀田晃 (サンマーク出版)

9784763131164 れはすごい本でした。人生が変わりました…ウソ(笑)。いや、ある意味すごい本であることはたしかですね。
 面白かったのは事実です。自分からはいろいろな意味で程遠いと思っていた「営業」という仕事が、実は非常に身近というか関わり深いということがよく分かりました。
 人の心をつかまねばならない、人の心を動かさねばならない、自分の正しいと信じることを伝えなければならない…そういうことに関しては学校の先生の仕事にも共通しますよね。
 また、ウチは私学ですから、実は私も「営業」をしています。というか私が営業担当という部分もありますね。明日も塾回りをする予定です。このご時世、なかなか大変なんですよ。
 そんな意味で、たしかに自称(?)「営業の神様」の言葉には、説得力のある部分もありました。それなりに「なるほど」と思う部分はあったんですね。
 ま、アマゾンのレビューにもあるとおり、さすがにこれは行き過ぎであり、時代遅れであり、現実的ではないかもしれませんが、たしかに教育現場も、最後は根性と熱意と「大声」で勝負しなければならないことも多いですからね(笑)。
 でも、そればっかりじゃ、やっぱりダメですよ。
 いろいろとツッコミを入れながら読むのもいいかと思いますし、たとえばこういうセールスが来た時の、こちらとしての対処法、すなわち「断り方」を考えながら読むのも面白いかもしれない。
 相変わらずけっこう頻繁にかかってきますよ、変な勧誘電話。特に面倒で許せないのが、「逆ギレ系」のマンション経営の押し売りですね。あれって、加賀田さんの手法をさらに過激にしたようなものです。ま、私は軽くいなせますけどね、あんなの。
 学校という現場でも、最近増えている(と言われる)モンスターやクレーマーに対する切り返し方として有用かもしれませんね。最後は圧倒しちゃうしかないですから。
 それから普通に生徒と接する時のテクニックとしても勉強になることがありました。話の聞き方や質問の仕方、「イエス・バット方式」、「愛対意識・当然意識・不諦意識」などなど。なるほどなと思いました。
 「営業とは、自分がよいと信じた物を相手のために断りきれない状態にして売ってあげる誘導の芸術である」…これが加賀田さんの結論です。これを無理やり教育に当てはめれば「教育とは、自分がよいと信じたことを相手のために断りきれない状態にして教えてあげる誘導の芸術である」ということになりましょうか。
 たしかに、そういう「誘導」という、ある種の「演出」は重要です。教え方の半分は、実は相手を「学ぶ気にさせる」技術なのです。
 こんな感じで、使えるところは使える、使えないところは使えない、という本でありましたけれども、なんだかなあ、タイトルがどうもしっくり来ない。意味が分からない。あまりうまいネーミングではないような気がします。うまく「誘導」できていません。私も御多分にもれず、電車の中吊り広告に誘導されて電子書籍を買ったのでした。

Amazon 営業マンは「お願い」するな!

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2012.10.28

静岡浅間神社と安倍氏・秦氏・出口氏(備忘録)

Img_5752 日から静岡の実家に家族で来ております。今日は静岡浅間神社に参拝。そして、安倍昭恵さんをお招きしての静岡メキキの会主催の昼食会。
 まずは境内で昭恵さんや出口光さんたちと落ち合って浅間神社談義。
 これは書き出すとキリがなくなるので、話したこと、気がついたことを備忘録代わりに列挙しておきます。
 まずは浅間神社の鎮座する「安倍」という地名について。実は駿河国安倍郡の由来はよく分かっていません。いきなり文献に登場しますので。
 ただ、安倍川餅で有名な安倍川は、おそらくはのちに付けられた名称だと思われます。同様にその上流の安倍峠も。
 今でも、浅間神社を境に、東を「安東」、西を「安西」と呼びますから、「安倍」の中心はやはり今の「安倍町」交差点付近だったのでしょう。そこに浅間神社が建ったと。
 伝説としては、東北の長髄彦系の部族が西から来た神武系と接して、結果として服従するに至った場所とも言われているようですが、そんな単純なことではないと読んでいます。
 今日、光さんが当神社を訪れた一つの理由は、ここがかの観阿弥が最後に舞った場所であることです。
 ご存知の方も多いと思いますが、世阿弥の「風姿花伝」の「年来稽古条々」の最後にこのような箇所があります。私の「プロレス訳」でお読みください(笑)。
 1384年、亡くなる寸前に静岡の浅間神社で舞って、それが素晴らしかったと。老木にも花が咲いたということです。境内に山川静夫さんがお建てになった顕彰碑がありますね。
Img_5755 光さんは、ご自身も能をたしなみますし、もともと出口家と猿楽の縁は非常に深い。亀岡の矢田猿楽は梅若家のルーツです。
 また、「風姿花伝」にもあるがごとく、能自体のルーツは秦河勝に遡ることができます。つまり秦氏。
 静岡のいわゆる安倍郡地域には、「羽鳥」「麻機」「賤機」など、秦氏系の地名が多く存在していますし、「白鬚神社」も散在しています。また、「服部」という姓も多い。非常に秦氏の匂いの強い地方です。
 そこで観阿弥が最後に舞ったというのは偶然ではないでしょう。つまり、能を取り囲む「秦氏」ネットワークがあったということです。
 これは言い換えれば「富士山」のネットワークでもありました。言わずもがな、私の住む富士北麓地方にも「徐福伝説」や「宮下文書」、「羽田」という姓など、非常に色濃い「秦氏」文化が残っています。
 もちろん、能における「羽衣」や「富士」という演目の存在も無視できませんね。
 そうそう、一部の説(言い伝え)では、観阿弥、世阿弥は忍者ハットリくん…ではなく、伊賀の服部氏の出だとも言われていますね。そして、それがまた楠木正成と直接つながっている。上嶋家文書でしたっけ。そう言えば富士吉田にも上嶋一族が住む地方がありますね。
Img_5758 そして、安倍氏と秦氏の関係は…これは長くなるのでまた今度。
 ということで、今日この静岡浅間神社に安倍氏(昭恵さんとウチのカミさん)と出口家が秦氏をはさんで集合したことには、何か大きな意味を感じざるを得ません。私(山口家)は単なるコーディネーターでしょう(笑)。
 まあ、とにかく面白い展開ですね。想定外の流れとも言えます。想定外と言えば、今日の昼食会での昭恵さんの講演が我が家(山口家)の話で始まったのには、さすがにビックリしました。ありがとうございました。本当にいろいろ考えさせていただく機会になりました。
 昭恵さん、光さん、その他の皆さん、この話の続きはまたどこかで。
 

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2012.10.27

(旧)三珠町と言えば…笑

S0001_1 在の市川三郷町、旧三珠町にある「歌舞伎文化公園」で開催された「山梨県ビッグバンドフェスティバル」に、我が校のジャズバンド部が出演するということで、聴きに行って来ました。
 会場は「歌舞伎文化公園」にそびえ立つ(?)「ふるさと会館」。このお城のような、というかお城ですな、この中に適度な広さの多目的ホールがあります。
 なんで、お城なのかというと、ま、「歌舞伎」のイメージ、つまり江戸時代をイメージしたのかな?実はよく分かりませんが、とにかく、お城の中でジャズというミスマッチが楽しい(笑)。そう言えば、昔「ジャズ大名」っていう映画がありましたな(筒井康隆原作・岡本喜八監督)。あれ、すごいキャストですよね。筒井康隆、タモリ、山下洋輔、細野晴臣、ミッキー・カーチス…。
20121027_115405 いやあ、中学生からおじさんおばさんバンドまで、実に楽しい時間を過ごさせていただきましたね。
 一口に「ジャズ」「ビッグバンド」と言っても、まあいろいろあるなあ。それぞれバンドの個性の違いが面白かったし、そこにジャズの本質を聞いたような気がしました。
 音楽にはいろいろなジャンルがあって、それぞれ年齢を重ねると深みや味が加わっていくものではありますが、それが基本的にプラスに働くのはジャズくらいなんですよ。クラシックもロックも歌謡曲も厳しい。
 ジャズをやっているとその年齢ごとの音楽ができるわけです。これはちょっとうらやましい。今日はウチの娘もベースを弾いていました。娘にも一生ベースを弾いてもらいたいですね。
 さてさて、話を戻します。なんで城なのかの前に、なんで「歌舞伎」なのか。
 そう、実はここ旧三珠町は初代市川團十郎出生の地なのです!実際には市川家の素性についてては諸説あるのですが、十代市川團十郎がここ三珠町を正式にルーツと認定したのです。
 あの海老蔵も海老ぞりで驚く(笑)初代市川團十郎のすさまじい人生については「かぶきもの」という記事にちょこっと書きましたっけ。ぜひお読みください。
 さあ、今日の記事はジャム・セッションのごとくいろいろごちゃまぜです。思いついたことを全部紹介しちゃおう。
 実は三珠町と言うと、私はですねえ、市川團十郎よりもこの人を思い出すんですよ。古屋よ志江さん!今でもお元気でしょうか。
 私も大好きだった「ご長寿早押しクイズ」の名人です。よ志江名人、三珠町の人なんですよ。
 というわけで、最後に、市川團十郎もビックリのよ志江名人のジャム・セッション(?)をお聴き(ご覧)くださいませ(笑)。


 


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2012.10.26

追悼 桑名正博

 まりに早すぎました。脳幹出血で倒れ、意識不明に陥ってからの頑張りも空しく、59歳で亡くなってしまいました。
 私にとっての桑名正博はまさしく「ロッカー」でありました。裕福な家に生まれ、苦悩の青春時代を送り、華々しくデビューを飾り、スキャンダルにまみれ、派手な結婚と離婚を経験し、その後は実業家として地道に働き、陰では慈善活動にいそしむ…この人生をロックと言わずして何と言わん。
 あまりにも有名な「セクシャルバイオレットNo.1」ですが、この曲のかっこ良さは、単に松本隆、筒美京平というゴールデンコンビによるものではありません。この曲のこの時代の先端を行くアレンジは、桑名さん自身によるものです。センスの良さが光っていますね。
 お年を召してからの桑名さんもまた、カリスマ性のある男らしさを醸し出していました。私はこの堀内孝雄さんとのセッションが大好きです。この人の音楽性、人間性、様々な才能というものが、桑名さん自身の演奏、歌、表情に現れていると感じます。

 少し話が逸れますが、彼の息子さん「美勇士」さんは「みゅーじ」と発音します。今では「みゅ」という音を持つ名前を時々見かけます(生徒にもいます)が、当時は非常に珍しかった。
 私の学問的師匠である金田一春彦さんが、いろいろな本の中で「(当時)和語の中で『みゅ』という音韻が認められるのは、山梨県の地名・人名にある『大豆生田』(おおまみゅーだ)と、最近あるロック歌手の息子さんにつけられた『美勇士』だけだ」と書いていました。
 その美勇士さんも31歳。一児の父親となっています。正博さんもお孫さんの顔を見ることができて良かった…いや、孫の成長をもっと見守っていたかったでしょうね。
 ご冥福をお祈りします。

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2012.10.25

『拉致と決断』 蓮池薫 (新潮社)

51kmhah72xl_2 売すぐに一気に読んでしまったのですが、いろいろ忙しくて記事にするのが遅くなってしまいました。
 この本はすごい。なんとコメントしていいものやら。
 10日前に、蓮池薫さんの出演された『10年目の告白~蓮池薫さん“拉致”解決への思い~』について書きました。
 あの時も「これは簡単に論評したり感想を書いたりできないな」と書きました。あの番組にも大変な衝撃を受け、なんと表現していいものやら大きな迷いを抱えてしまいましたが、こちらはもっとすごかった。
 実際たくさん売れて、たくさんの方が読んでいることと思いますが、アマゾンのレビューの数が増えないのは、おそらくは私と同じように、言葉が出ない、まさに筆舌に尽くし難い気持ちになっているのだと思います。
 「拉致」というあまりに想定外で不条理な運命に翻弄されつつ、それでも生きなければならない、守らなければならない立場にあって下した無数の「決断」。
 そう、私たち日常を過ごしている者にとっても日々はたしかに「決断」の連続ではあります。しかし、さすがにその重さが違いすぎる。
 「◯◯と決断」という言葉は、ある意味ではいくらでも作ることができるけれども、さすがにそこに「拉致」を入れて共感することは難しい。
 共感が難しいと、我々はそれを興味の対象にしてしまいがちです。何か自分の世界とは違う夢物語を、まるで対岸の火事を見るかのように受け取ってしまいます。それしか享受の方法がないとも言える。
 いろいろ妄想してしまうのもそのせいだと思います。このタイミングでこれだけ表沙汰にできるのは、それなりの裏沙汰があるからではないかとか、語られる「子どものため」の多くの「決断」の裏にも何かが蠢いているのではないかとか、この本に書かれていないからこそ想像される帰国を果たせない他の拉致被害者の情報とか…。
 こうした私の勝手な想像が、その通り勝手な想像なのか、それともある程度可能性のある推測なのか、それは全く分かりませんが、それでも私は、この本に書かれている情報を元に、「良い」想像をしたいと思いました。
 この本は、そのための蓮池さんの渾身の告白、ある意味では命懸けの「決断」であると捉えたい。それでなければ、あまりにやるせないのてす。それほどまでに、あまりに現実のものとは思えぬ辛さであり、酷さであり、厳しさなのです。
 そして、それらと表裏一体のたくましさ。人間のたくましさ。命の強靭さをも感じました。与えられた運命の中で「生きる」、「生き延びる」、「死なない」力。
 数奇な運命…そんな使い古された言葉では表現しきれない「現実」。さあ、私たち日本人は、日本国は、この「現実」とどこまで向かい合っていけるのでしょうか。
 戦争の精算すらしかとできなかった日本。ある意味では、それが「拉致」という不幸を再生産してしまったとも言えます。さすがに今回は真剣に精算しなければならないでしょう。
 私は私の運命としっかり向かい合って行きたいと思います。他人事と言って安全地帯から眺めてはおれぬ運命、現実としっかり対峙していかなければならないと痛感しました。
 この本を出版した蓮池さんの「決断」「勇気」「お役目」に敬意を表します。

Amazon 拉致と決断

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2012.10.24

「iPad mini」と「Kindle」…そして「kobo」

Nextphoto っと発売が発表されました。両方とも。
 片手で持てるiPadについては、私は初代iPadが発表になった時に提案しています。次の二つの記事をご覧ください。

iPad登場
iPadの可能性

 どうですか。なかなか鋭いこと書いてあるでしょう(笑)。従来のiPadはとにかく日本人には大きすぎると思っていたのです。
 私のまわりにもiPadを持ち歩いている人が多数いますが、けっこうじゃまそうです。とにかく重くて幅が広くて片手で持てないから、電車の中なんかでも、立ちながら使うことはほとんどできませんでした。カメラとして使うのもちょっと気恥ずかしいし。
 ですから、この軽くて小さなiPadは日本では予想以上に売れると思いますよ。
 この前書いたように第3世代のiPadを老父母に買い与えました。これは正解だったと思います。ややタッチスクリーンの使い方に慣れるのに時間がかかったようですが、それなりに楽しんでいるようです。彼らにはミニでは小さすぎるでしょうね。
 ちなみに私はこちらの7インチタブレットを持っています。今はほとんど娘のおもちゃになっちゃってますが。ま、普通に使うにはこれでも充分ですよ。というわけで、iPad miniも当分買うことはないでしょう。
003l どちらかというと、こっちが気になりました。アマゾンのKindleです。
 私も自他共に認めるバカでして、先走って先月kobo Touch(楽天電子ブックリーダー)を買ってしまいました。
 買った当初は予想通り(?)後悔しましたが、今となっては、けっこう気に入ってますよ。
 とにかく圧倒的に読書量が増えました。ホントに。寝る前の読書の時間が大幅に増えた。
 ほら、普通の本ってけっこう布団の中で寝っ転がって片手で読むのって難しいじゃないですか。それが簡単にできるので、毎日やたら早く(9時台)に布団に入って、一人読書に耽っています。二日で1冊のペースで読んでますよ。つまりそれだけ本を買った(お金を使った)ということですが。
 あの電子インク(E Ink)の感じ、けっこう好きです。悪くないですよ。Kindleはずいぶん解像度やコントラストや白色度が高いらしいし、内部照明が装備されているらしいですけど、それだとなんとなく液晶に近くなってしまうので、私としては案外この古臭くアナログチックな(?)koboの画面好きですね。
 ただ、KindleのPaperwhiteには3G仕様があるようで、それも無料で使い放題ということですから、これはちょっとうらやましい。いや、ますます本を購入してしまう機会が増えてしまうのかな。まんまとAmazonの術中にはまってしまうか。
 というわけで、とりあえず、iPad miniもKindleも当分は買いません。Kindleストアは使ってみようと思います。iPhoneで読めるようですから。
 koboの方も、ソフトウェアのアップデートで、ずいぶん操作感がよくなったし、ストアの方も当初に比べると断然品揃えが充実してきましたから、まだまだ使えそうです。Kindleストアの内容もそれほどでもないですからね。Google play ブックスも含めて、それぞれをうまい具合に使い分けて行こうと思います。もちろんリアル書店も存分活用したいと思っています。

Amazon Kindle Paperwhite 3G

楽天24 koboショップ
 


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2012.10.23

新潟中越地震から8年

20121024_91610 8年前の今日、午後5時56分に新潟県中越地方を震源に最大震度7を記録する大地震が発生しました。死者68人…改めてお亡くなりになった方々に哀悼の意を表したいと思います。
 震源の浅い直下型の場合、たいがいマグニチュードと最大震度が同じくらいになります。この中越地震でも、直下型深さ13キロでM6.8ということで、震源近くでは当然大変な揺れになりました。余震活動も非常に活発で、本震後5日間で震度6以上を4回も記録しています。被災された住民の方々には大変な恐怖であったことと推察されます。
 長野県北部から新潟県中越にかけては、地震国日本の中でも特に歪みのたまりやすい地域です。東日本大震災の際にも誘発地震が発生しましたし、最近も群発地震がありました。
 発震の頻度のみ見ると、他地方よりも比較的小出しにしているように見えますが、歪みがたまるスピードが早いために、周辺地域を含めると10年一度くらいの割合で被害地震が発生しています。
 そう考えると、やはりあの柏崎刈羽原発は危ないですね。危なすぎます。この8年前の中越地震では直接の被害はなかったとのことですが、3年後の中越沖地震では変圧器が火災を起こし、少量の放射性物質が放出されていたことも確認されました。
 考えてみれば、3.11の誘発地震である3.12の長野県北部地震の震源がもっと北にずれていたらとか、あるいは2007年の中越沖地震が発生していないで歪みをためたままだったらなどと考えると、そら恐ろしくなりますね。福島だけでなく新潟という言葉も世界に通用するようになっていたかもしれません。
 いや、あの東北地方太平洋沖地震の最大余震(誘発地震を含む)はまだ発生していないというのが私の考えですので、各地方、特に原発を抱える地方はまだまだ安心できません(永遠に安心できないのですが)。
 さて、ちょうど昨日、今日と、海外からも地震にまつわる気になるニュースが入って来ました。
 一つは、昨年5月のスペインの被害地震が、地下水の汲み上げによって誘発された可能性があるという説が発表されたというニュース。
 これは当然ありえますね。そして、これから連想されるのが、まずは富士山の地下水汲み上げ。たとえば、こちら「水戦争の世紀」にも書きましたように、とにかく富士山麓での地下水の「濫用」はひどい状況です。
 これが富士山の火山活動や周辺の地震活動に影響を与えないと考えるほうが難しいでしょう。いや、もしかするとそれらの活動を緩和する方に働いているかもしれないという可能性も含めてですよ。そのあたりの研究というのは進んでいるのでしょうか。気になります。
 先日、富士山の「水商売」の経営者の方とお話する機会がありましたが、その話を振ると「それは専門家にまかせている」とのことでした。商売人としては、まあ当然と言えば当然ですね。法に触れているわけではありませんから、別に私にいろいろと言われる筋合いはないでしょう。
 それからもう一つ思い出されるのが、メタンハイドレート採掘の影響です。この記事に書いたとおり、これもまた影響ゼロとは言えません。非常に大規模な地震を誘発するおそれがあります。
 続いてイタリアからは「地震予知失敗で学者らに実刑判決」というニュースも飛び込んできました。これもまた大変なことですね。ちょうど時を近くして日本の学会でも「地震予知は非常に困難」「予知と予測をしっかり使い分ける」という、ある意味では「逃げ」とも取れる談話が発表されました。
 私の「予知」観についてはこちらに書いたとおりです。私はシロウトですから、予知をしても、あるいは予知を失敗しても方で裁かれることはないでしょう。
 しかし、最近はなるべくこのブログやツイッターにおいて「予知」めいたことは書かないことにしています。それなりの圧力を感じるからです。シロウトでもそうなのですから、クロウトの方々はどんどん無口になっていくでしょうね。これはある意味恐ろしいことであります。
 中越地震から8年。まさに中越地震自体については「忘れた頃」になろうかとしています。こういうタイミングにこそ、いろいろ基本的なことを考えなおすべきでしょうね。

Amazon 日本人は知らない「地震予知」の正体

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2012.10.22

『“つながり”から抜け出せない 〜広がるネットコミュニケーション依存〜』 (NHKクローズアップ現代)

Photo32621_2 はFacebookはやりません。アカウントは持っていますが、捨てアドレスに偽名で登録しています。ご存知のとおり、Twitterやmixiはやっています。実名です。
 なぜそのような方針なのかについては詳しくは語りません(語らない方がよい)が、まあ簡単に言えば、FBはあまりに危険が多すぎるので「やるな!」と命令されているのです。
 杞憂かもしれないので、お笑いの対象にさえなってしまうかもしれませんけれども、私はアメリカに「山口隆之」という人物がインデックス化されないように日々努力しています。
 いや、私のような一介の市民がインデックス化されようとされまいとどうでもいい(世界に影響はない)という指摘はあって当然ですが、それでもやはり本能的に抵抗したくなるのです。
 では、このブログはどうかというと、そう古くからお読みの方々にはよくお分かりのとおり、「古今東西 硬軟聖俗 なんでもござれ」なので、おそらくはインデックス化しようとしてもできない、カオスな人物像になっていると思います(笑)。だいいち、ブログに書いていることは私の全体像の数%にすぎませんからね。リアルな私を知っている方には分かると思います。
 で、今日のクロ現ですが、そうしたソーシャルネットワークの「つながり」に囚われてしまい、依存症になってしまう人々を取り上げていました。
 番組中解説されていましたように、コメントや「いいね!」やリツイートが「ドーパミン」が生むという段になると、これはもうまさに「麻薬」の世界と同じだなと思いました。
 では、そういう麻薬をばらまいて、情報という価値を稼いでいるのは誰なのか、というと、やはりほとんどがアメリカの企業なわけです。
 たとえAppleやGoogleなどが、高邁で純粋な理念に基づいて創業され、人々を幸せにしようとしてきたとしても、政府、いや大統領が権力を発動すれば、情報を提供せざるを得ません。つまり、ある種の「意図」や「悪意」に利用されてもしかたないわけですね。
 その辺の可能性や危険を意識せずに、ただ個人の生活に便利なツールとして、あるいはドーパミンを放出させてくれる快感のゲームとしてのネットコミュニケーションに、どっぷり浸かっていくことの恐ろしさを感じずにはいられません。
 5000万人というSNS利用者の内のいったいどのくらいの人が、そういう意識をもっているか。
 たとえば今日のクロ現でも「依存」の弊害については語られていましたが、その先というか奥にある、そうした情報戦、国境や法の壁をいとも簡単にすり抜ける脅威については全く触れられていませんでした。
 いや、もちろんですね、そんなことは誰も証明していないし、そんなの「陰謀論」の一種だろ、ネット世界では「悪意」よりも「善意」が優勢だ、なんていう楽観論を、自分自身も持っている(持ちたいと思っている)のも事実です。
 しかし、我々が作ってしまった「自由」なシステムには、その「自由」に伴うほぼ等量の利害両面があるということは意識していて損はないと思います。
 私たちが歩んで来た歴史はそれを証明しています。善悪も利害も、そして自由と不自由も、実は常に等量になるように調整されています。
 徹底的に個人的で自由であるはずの(可能性を持つ)ネット世界が、これほどに人を縛り付け不自由にしているというパラドックスも、当然すぎる結果であると私は考えます。
 そう考えると我々教育者の責任は大きいですね。学校で教えるべきことがまた増えました。

クローズアップ現代公式

参考記事 Googleは暴走するのか!?

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2012.10.21

西裏で"赤黄色の金木犀"を聴く会

 「西裏で"赤黄色の金木犀"を聴く会」を開催しました。遠くからもたくさんの方に参加していただき、とても充実した会になったと思います。皆さん、ありがとうございました。
 今回は教え子の中学3年生をメイン講師にしまして、まずは「失恋」をテーマに話し合い(年配者からあまりにヘビーな失恋話が連続し若手は何も語れなくなっていましたが…笑)、続いていつものとおり、志村正彦くんの「詩」の世界をみんなで味わい、解釈しました。
 まあいつものことですが、時間軸を自由に行ったり来たりする彼の天才的な言葉の魔術のおかげで、いろいろな意見が出てくる出てくる。そして、どんどん深みにはまっていく。そうしてまた彼の魅力に振り回される。
 今日は私の方から太宰治と志村くんの類似性についてちょっと話しましたが、弱さや迷いや不安やカッコ悪さを「痛くなく」表現できる才能は、表現者としては、強く、確乎としていて、安定して、カッコよく見えるものです。
 そうした裏腹さというのが、この曲の歌詞のそこかしこに満ちていますね。本当にすごい詩だと思います。
 楽曲分析についても私の解釈をいくつか紹介しました。ま、結局いつものとおりの話になってしまいましたが。それは裏を返せば、あるパターンを踏んでいるのに、全て違って聞こえる、同じはずなのにそれぞれ唯一無二に聞こえるということであり、これもまた天才のなせるワザの典型ですよね。正直、憎い(笑)。
 ま、いずれにせよ、こうして彼のおかげでいろいろ人が下吉田に集まり、いろいろな思いや言葉が交流するということの有難さを強く感じますね。そういう力を持っているのでしょう、彼の遺した作品たちは。
 あまりに議論が熱を帯びてしまったために、本来計画していた「西裏散歩」はできずじまいになってしまいました。すみません、行き当たりばったりで。
 次回は「冬」です。極寒の「痛い」吉田の冬を味わわずして、フジファブリックを語るべからず。志村くんの持つ、まじめさや厳しさや暗さや内向性(もちろんそれぞれいい意味の、です)は、あの環境が生み出したとも言えますからね。ぜひ皆さんいらしてください。初参加大募集です。
 日程や詳細はまたツイッターで発表します。
 そうそう、最後に今日、小ネタとして私が言ったことをここに記しておきます。
 「赤黄色」という言葉、独特ですよね。調べてみると、「赤黄色」を「あかきいろ」と訓んで文学作品に使っているのは志賀直哉と堀田善衞でした。ただ、志賀は「赤黄色い」という形容詞として、堀田は「赤黄色に」という形容動詞として使っていますので、「赤黄色の」という表現を作品で使ったのは志村くんが初めてかもしれませんね。
 なお、ちょっと面白い話としてですね、ある特定の辞書だけ(私が調べた限りですが)、「金木犀」の説明の中で「秋、強い芳香のある赤黄色の小花を密集してつける」と、「赤黄色」という言葉を使っています。おそらく「せきおうしょく」と読むのでしょうが。もしかして、志村くんのウチにあったのはこの辞書だったとか(笑)。

参考記事 フジファブリック 『赤黄色の金木犀』

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2012.10.20

富士の昇り龍

0234 宿があけてすぐに中学のオープンスクール、高校の説明会と多忙を極めております。
 そんな時はいつもの通り「富士山と雲」のお力をお借りしましょう。今日の夕刻、ある場所に呼ばれるように行きまして、そこで撮った写真です。
 昨日も「鵜ノ島」に関連して少し「龍神」の話を書きましたが、今日は帰りの車の中で、この絵が目に浮かびました。これは出口王仁三郎が揮毫した「富士の昇り龍」です。
 (変な話ですが)今日は龍神様がお姿を現してくれるという確信がありまして、そんなにしょっちゅう行かないところに車を走らせました。
 ↓しばらくはいつもの富士山と雲の風景で、特別な感じはありませんでした。

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 ↓しかし、ある瞬間突然、西斜面に龍体が一気に駆け上がり、ダイナミックにとぐろを巻き始めました。

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 ↓龍体は富士山の内部を通って(?)東に抜けていきます。

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 ↓月も輝きを増してゆきます。

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 ↓雪渓が茜色に染まります。

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 ↓エネルギーの塊が東側に流れていきます。

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 ↓西の空には輝く獅子が(?)。

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 ↓月夜見尊。

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 ↓東に伸びる龍体。

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 ↓ディテール。

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 ↓日没が近づきます。

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 ↓東にどんどん伸びる龍体。

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 ↓再び日常的な風景に。

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 いやあ、ものすごいエネルギーの動きを感じましたね。「富士の昇り龍」…これは吉兆ですよ。いいことがありそうです。

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2012.10.19

鵜ノ島(うのしま)

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 宿二日目。朝起きまして部屋の窓から望む鵜ノ島(うのしま)です。
 鵜ノ島は河口湖に浮かぶ島。海なし県の山梨県では唯一の正式な「島」です。陸地のすぐ近くにあるのですが、基本的に無人島です。
 島には縄文や弥生の遺跡があります。現在の河口湖ができた年代の確定にはいろいろと問題があるのですが、これらの遺跡は鵜ノ島付近がまだ陸地であり、つまり鵜ノ島自体が小山だった頃のものと思われます。
 島には弁天さんが祀られています。弁天さんと言っても一般的なイチキシマヒメではなく、ここではトヨタマヒメに比定されています。
 トヨタマヒメ(豊玉姫)はご存知のとおり、海の神様ワタツミ(綿津見)の娘で、山の神系統のコノハナサクヤヒメが生んだホヲリ(山幸彦)と結婚してウガヤフキアエズを生みます。つまり、山と海の交流の象徴ですね。そして、ウガヤフキアエズの息子が神武天皇ということですから、現在の皇室の直接の祖先ということになります。
 ちなみに明見に残る宮下文書(富士古文献)には、独特な海幸山幸伝説や、51代に亘る「ウガヤ朝」伝説が記されています。
 特にウガヤ朝の記述は謎に満ちていますね。記紀では一人とされるウガヤフキアエズ(宮下文書ではウガヤフジアハス)がなんと51代に及ぶという、ある意味トンデモな伝承になっているわけです。
 その辺の解釈については、私も独自の説を持っておりますが、ここでは割愛します(長くなるので)。しかし、鵜ノ島の「鵜」と、鵜葺草葺不合命の「鵜」が関係していることはほぼ間違いないので、この富士北麓独特の伝承として、ここ鵜ノ島をベースにしっかり検証しなければならないと常々思っています。
 なお、最近では、弁財天が祀られていることから女性に人気のパワースポットになっているらしいのですが、もともと豊玉姫は出産の際に龍になったところを、ダンナの火遠理命に覗き見されてしまったという、ある種の屈辱を味わっているので、女性としては男性不信というか、ちょっとした怨みを持っているフシがあります。ですから、軽い気持ちで行くとあんまりいいことがないような気がしますが(苦笑)。どうなんでしょうね。
 私は鵜ノ島には上陸したことがありません。行きたくてもなかなか行く機会がありません。基本的に交通手段がないのです。ボートで上陸するしかない。しかし、なんとなく最近気になるので、近い内にどなたかと一緒に上陸して、参拝したり調査したりしてみたいと思っています。
 ちなみにあの太宰治の「カチカチ山」において、残酷な処女ウサギちゃんが、タヌキおやじを泥船で殺す前にうっとり眺めた「うがしま」とはこの鵜ノ島のことであります。もしかして、太宰は豊玉姫の性格を知っていて、ここに鵜ノ島を登場させたのか?w
 昨日の夜から富士山に本格的に雪が降りました。下に写真を何枚か貼っておきます。いよいよまた寒い寒い季節がやってきますね。当地方では格別な感慨のある風景なんですよ。

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2012.10.18

スイッチバック(智慧と方便)

Fsb3 等生より問題児の方が可愛いし期待できる…。
 河口湖畔にて中学校の勉強合宿中です。そんなわけで時間がないので、過去に書いた文章を転載します。
 というのも、今日ちょうどある生徒にこの話をしたからです。
 この文章は5年ほど前に、自分が担任したクラス(高校のたった8人の特別進学クラス)の卒業に際して校誌に寄稿した文章です。
 私らしいなんとも軽い文体ではありますが、けっこう重い大切なことを書いていると思いますので、ぜひ皆様にも読んでいただきたい。
 では、どうぞ。縦書きにします。文中の「富士吉田駅」は今では「富士山駅」となっていますな。


   スイッチバック   三年五組担任 山口隆之
 頭を丸めた。口ではクラスの生徒たちのためとか言っているが、実は違う。君たちのために誰が髪の毛を剃るか。君たちもそんなことは分かっているだろう。ではなぜ。
 最近、私の中では仏教がブームだ。だから頭もちょっと丸めたのだ。全部丸める勇気はないのでちょっとである。そのへんがいかにも私らしく中途半端で好きだ。
 で、卒業していく君たちに私らしいメッセージを送る。中途半端にありがたい法話になるだろう。

 君たちが、自己中心的でありながら、しかし一方では過度に他力本願である理由は、そう、君たちがみんな末っ子だからである。これは私が発見した。そして、みんなも納得した。
 いや、正確に言うと、八人中、末っ子五人、一人っ子一人、真ん中一人、長女一人である。一人っ子はまあ考えようによっては末っ子だし、真ん中の彼はたしかに妹思いだが、しかし彼が世界一甘ちゃんであることは誰もが認める事実であり、つまり人類みな兄弟の末っ子みたいな奴である。さらに長女の彼女も宇宙一とは言わないが、太陽系一のマイペース女であるからして、これもまあ分類方法によってはリアル末っ子であろう。というわけで、全員末っ子。これはみんなも認めた。
 末っ子の特徴というか、特権というのは、最後尾につけていることから生じる。前の人についていけばよいし、ちゃっかり引っぱってもらうこともできる。前の人がうまくやっているのを見たらまねをすればよいし、失敗していたらそれこそ前轍を踏まないようにすればよい。風当たりも強くないし、後から言いたいことを言って全体を動かすこともできる。しまいには自分が失敗しても前の人のせいにする。一方、最後尾がごねるとたちが悪いから、前のみんなは変に気を遣う。
 というわけで、最後尾は一見得である。
 君たちはこんな具合なのだ。全員が最後尾なのだ。だからあっちこっち向いてバラバラ。最後尾車輌だけ集まっても、どこにも行けないのである。駆動車がないから。だから妄想だけは暴走していた。
 いや、君たちがとんでもない奴らだと言いたいのではない。そのまんまでは禅味がない。

 仏様の教えの中心にあるのは、「智慧」と「方便」である。
 「智慧」というのは、わかりやすく言えば「世の中の仕組みを知ること」だ。で、その世の中の仕組みとは「全ては縁によって成り立っている」ということである。自分一人では存在すらできないということ。それについては、みんなはよく知っている。かなりのエリートである。なにしろ、「人のせい」と「人のおかげ」でやってきたのだから。自己中心的であり、他力本願なのである。素晴らしい。智慧があるではないか。
 では「方便」とは何かというと、これは難しい。たぶん、みんなは知らないだろう。これに関してはみんなはかなり偏差値が低い。「方便」とは、簡単に言えば「利他の具体的な方法」のことである。人のためになるには何をしたらよいか。みんなは人のお世話になってばかりだったから、「方便」については考えたことがない。だから偏差値が低いと言ったのである。勉強してないんだから仕方ない。

 さあここからが本題だ。いきなり言おう。君たちの未来は明るい。これは確かだ。
 そう、「智慧」と「方便」の根本的な関係を考えると、君たちに明るい未来が見えてくるのである。つまり「智慧」あっての「方便」だということ。ものすごく簡単に言うと、人の「おかげさま」をたくさん感じた人ほど、たくさん恩を返せるということである。もっとくだいて言うと、人に迷惑をかけた人ほど、人のために尽くせる(可能性がある)ということ。智慧のお返しが方便なのだから。

 さあ、スイッチバックの時である。スイッチバックって知ってるか?列車が急坂を登る時、進行方向を変えることである。急坂ではないが、イメージとしては富士吉田駅における富士急行線だ。後が前になるだろう?坂が急すぎて直接登れない時、あんなふうに切り返しながら行くのだ。今まで、君たちは最後尾車輌だった。それが、突然先頭車輌になる。世の中や人生が急坂にさしかかった時、それが君たちの「報恩」の時である。今まで蓄積した「智慧」を大いに発揮するその時が必ずや訪れるだろう。


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2012.10.17

『黄金の国々―甲斐の金山と越後・佐渡の金銀山―』 (山梨県立博物館企画展)

Ougontitle 日行って参りました。なかなか面白かった。一般向けにはちょっと渋すぎるかなあ。マニアにはけっこう面白い内容ですが。
 私は特にその道のマニアということでもないので、ま、ちょうど中間的な立場で観てきたという感じです。
 ですから、山梨(甲斐)に関わるところはそれなりに楽しめましたが、越後・佐渡の段になると、やや退屈だったかな。
 黄金の国ジパングの中でも、特に金の埋蔵量が多く、生産量も多かった甲斐の国。この山峡の小国が、歴史的にそれなりの力を持ち得たのは、この「金」の力が大きかったかもしれませんね。そして、「金(きん)」は「金(カネ)」になり、近世の甲州商人から近代の甲州財閥につながってゆく…。
 金銀ほか花崗岩なども豊富だった甲斐の国は、特別な磁場を持つ土地だったとも言えましょう。人を引きつけるだけでなく、もしかすると一種の霊力が働いていた、いや今でも働いているかもしれません。
4768456693 さて、そんなことを思いながら眺めたこの企画展、特に印象に残ったというか、気になったのは、大久保長安についてですね。
 ご存知の方も多いと思いますが、この大久保長安はいろいろと謎の多い人物です。専門でない私がいろいろ書くよりも、この本を読んでいただいた方が早いし確かです(私はまだ読んでませんが)。
 今回の展示に長安が奉納した能面などがありましたが、そう、大久保長安は猿楽師でもありました。金春流の能を舞っていたということです。秦氏の末裔とも言われる長安は、芸能者であり、かつ非常に優秀な鉱山技師(山師)でもありました。
 全国を行脚する芸能者が裏社会のネットワークの一員であることは決して珍しくありませんよね。彼もそのような人間であったと予感されます。
 彼の死後、家康が異常なまでの憎悪を抱き、なかば腐敗した長安の遺体を掘り出させ、お膝元の安倍川でさらし首にしました。子息七人にも切腹を命じ、完全に血統を断絶させるという、なんとも異常なほどの行動に出ています。
 これは「大久保長安事件」として一般に言われているようなスキャンダルではなく、おそらくはその裏にある「霊力」を恐れてのことではないか推測されます。
 かつては武田氏が、そして当の家康が、それこそ異常なほどに重用したのにも関わらず、死後そこまで恐れられるということに、私は妙に関心がわきます。ちょっと私なりに調べてみようと思います。
 大久保長安と言えば、甲斐の黒川金山開発も有名ですよね。黒川金山と言えば、今回の企画展では全く触れられていませでしたが、「おいらん淵」のことを思い出します。
 今では心霊スポットとして名高い「おいらん淵」…私も大学時代、天文部の観測会で一之瀬高橋に向かう途中偶然真夜中に立ち寄ってしまい、恐ろしい体験をしています。
 実際にあそこで多数の女郎を殺害したかどうかは、学問的には証明できていませんが、それほど恐ろしい伝説が残ることの裏には、大久保長安の霊力と怨念が関係していると感じます。あんまりそういう視点で語る人いませんよね。久しぶりに行ってみようかな…いや、怖いからやめとこ。
 大久保長安は「浅間神社」を信奉していたようですね。彼が発展させたと言っていい東京の八王子には、彼が作った浅間神社や富士塚が残っています。
 それから、いわゆる大久保長安の埋蔵金。箱根に眠っているとか。ネットで調べると、なんだかそれについて出口王仁三郎も太鼓判を押しているようです。知らなかった。
 というわけで、秦氏、能、金山、霊力、浅間神社、富士山、出口王仁三郎と、私のアンテナに引っかかりまくりの大久保長安なのでありました。
 さっそく「大久保長安の謎」を注文してみます。

Amazon 江戸の金山奉行 大久保長安の謎

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2012.10.16

『美について』 今道友信 (講談社現代新書)

20121017_63855 を蒔いてくれた方がまた亡くなってしまいました。先日丸谷才一さんをお送りしたばかりなのに。
 私と「美学」との関わりについては、「美学への招待」の記事に詳しく書きました。そう、この佐々木健一さんの「美学への招待」は非常に分かりやすい名著でしたが、今道友信さんのこの「美について」は対照的に非常に難解でした。
 私はこの難解な名著を高校時代に読んだ結果、その難解さのゆえ「美学」「哲学」への憧れを持つに至り、一方では「哲学」「美学」への道を諦める予感を抱くに至ったとも言えます。
 この複雑な「種」は、今見事に美しい花を咲かせている…わけではなく、どちらかというとアヤシイ色香の花を咲かせてしまったかもしれませんね(笑)。
 そう、私はいまだに中二病なので、この歳になってもまだその憧れを捨てきれていません。ある種の狂い咲き状態ですから、それはアヤシイ限りです。
00725488 しかし、面白いものですね。この本で今道さんが語っているとおり、「美」の享受には感性だけでなく、教養も必要なのです。たしかにこうしてそれなりに歳をとることによって、教養というにはずいぶんと陳腐だけれども、妙な知識と経験だけは積み重ねましたから、間違いなく高校生の時よりはずっと「美」に対する理解は増したと思います。
 そして、さらに理解だけでなく、かっこ良く言えばですね、「美」との一体感というか、それもまた増した気がしますね。今道さんも言うとおり、おそらくは「美」に対する「愛」が深まったのでしょう。人と長く接していると、自然愛情が深くなるように、美…たとえば音楽や絵画…に対しても、情が湧いてきたのでしょう。
 そう考えると、私は今道さんが蒔いてくれた発芽の難しい種を、なんだかんだゆっくりじっくり懐で温めているうちに、いつのまにか発芽させていたということでしょうか。
 高校時代、若気の至りながらも自分なりに真剣に悩んだ、音楽の美とは、造形の美とは、言語の美とは、自然の美とは、人生の美とはという難問こそが、結局は一生のテーマだったようです。
 そんな素晴らしい種を蒔いて下さった今道友信さんに心から感謝したいと思います。
 ご冥福をお祈り申し上げます。

Amazon 美について

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2012.10.15

『10年目の告白~蓮池薫さん“拉致”解決への思い~』 (NHKクローズアップ現代)

Photo32591 池薫さんら拉致被害者のうち5人が帰国したあの日から、ちょうど10年が経ちました。
 あれから10年。新たな成果はほとんどなく空しく時は過ぎていきました。そういうことも含めて、蓮池さんは今まで多くを語らなかったのでしょう。
 しかし、10年という歳月は、事実を歴史化します。あの小泉首相の突然の訪朝の裏事情もまことしやかにささやかれるようになりましたし、なにしろ、拉致の首謀者である金正日は亡くなって、直接拉致には関係していない若い金正恩が指導者となりました。
 今日のクローズアップ現代は衝撃的でした。蓮池さんが初めて語る北朝鮮での生活、そして様々な思い。10年の節目に「拉致と決断」という本を出版するとのこと。私もこの番組を見てすぐに注文しました。
 あまりに重い言葉が連続して語られるので、私は「これは簡単に論評したり感想を書いたりできないな」と思いました。
 ですらか、ご覧になっていない方にはとにかく見ていただくしかないと思います。消されていなければこちらでご覧になれます。ぜひ。
 もしくは、同じような内容がこちらにテキスト化されていますし、いずれ公式ページにも、動画やテキストがアップされると思います。
 何事も他者の体験について語ればそれは「他人事(ひとごと)」になってしまいます。ある意味では、その罪の意識を乗り越えなければ、こうして文を書いて発信することはできませんね。
 私には、拉致問題については、完全に「他人事」とは言えない事情もあります。一つはこちらに書いたように、私が横田めぐみさんと幼い頃一緒に遊んだ仲だった(であろう)ということです。
 これはもう運命としか言いようがありません。そして、小泉さんの訪朝からちょうど10年の節目に、ご両親と45年ぶりの再会の機会を得て、また、10年前の訪朝の裏の立役者だった安倍晋三さん(と奥様)と不思議なご縁をいただいたこと、これらは偶然とは思えません。
 では私が何かできるかというと、もちろん何もできないと言えば何もできない。しかし、目に見えないモノを含めて「何か」をコーディネートするこはできそうな予感がしています。
Blueribbon 私も最近ブルーリボンバッジを身に付けるようにしています。学校として全職員に配布されました。
 この前なんか、しっかり襟元に付けて、堂々と日教組の本拠地に行って来ましたよ。微妙な空気が漂っていましたが(苦笑)。
 そう、予感ということで言えば、近いうちに実現するであろう第二次安倍政権において、何か大きな動きがあるような気がしています。いや、予感ではなくほとんど確信に近い。
 そんなことを無責任に言うなと批判されそうですが、いつも言っているように、未来にいいボールを放っておかなければ何も動きません。一凡夫の妄想であっても、それが集まれば大きな力になると思います。それこそが「言霊」の本質であると、最近は強く思うようになっています。
 ところで、このタイミングで蓮池さんが多くを語るようになったのは、単に時間的な節目ということではないような気がします。やはり北朝鮮に大きな動きがあったということでしょう。蓮池さんのおっしゃる様々なメッセージは、北朝鮮からのメッセージだということもできます。決して蓮池さんが北朝鮮に言わされているということではありませんが、結果として北朝鮮の指導部および北朝鮮の市民の肉声がこめられていると感じます。
 「拉致と決断」が届きましたら、さっそく熟読してみます。ただ情報として受け取るのではなく、そこから自らの(日本の)とるべき未来の行動を読み取らねばなりません。
 ところで、蓮池さん兄弟は、本当に特別な運命のもとにお生まれになりましたね。そう、薫さんのお兄さん透さんは福島第一原発の技術者なのですから。なんとも因果なことです。そして、柏崎がご実家ですからね。大変なお役目をもってお生まれになったのだと思います。

Amazon 拉致と決断

救う会公式

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2012.10.14

オイルチェンジャー(手動式)

Img58177233 れはいい!安いし楽だし楽しい(笑)。
 父親がいよいよ車の運転をやめまして、車屋さんに保管しておいたエンジンオイルを10リットルほど私が譲り受けました。
 では、久々にオイル交換をやってみようとういことになりまして、さて、昔のように車の下にもぐってドレンボルトを緩めてオイルを排出しようかと思いましたが、もっと楽な方法はないのかと調べてみますと、このような便利な装置(?)があると。
 なんだか安いしショボいし大丈夫かなあと不安になりましたが、いろいろなところのレビューでも評判いいし、YouTubeにこんな動画もあったので、思い切って注文してみました。

 まずはカミさんが乗っているアルトでオイル交換に挑戦。実は丸1年オイル交換してない!最近エンジン音がやばかったので、気になってたんですよね。
 オイルゲージにチューブを差し込みます。オイルパンの底にコンと当たるまで挿入。けっこうすぐにコンとなります。
 そして手動式ポンプを20回ほどシュコシュコ。すると、みるみる内に真っ黒でドロッとしたオイルが吸い上げられていきます。丸いタンクには1リットルごとの目盛りというか線が入っているので、2.7リットル全部抜けたか確認できます。
 最後はジュースをストローで飲み切る時のように、ズージュルジュルという音が。ここでそれこそジュースを飲み切る要領で、もうひと吸い。ポンプをシュコシュコします。けっこうきれいに吸い取れた感触。それがなんともうれしい。ドレンボルトから抜くとけっこう残るんですよね、底に。
 ちなみに4リットル1分とか書いてありましが、2.7リットルで5分くらいかかりました。もっとかかったかな。どんだけ汚れてるんだ(苦笑)。
 で、あとは新しいオイルをフィラーキャップのところから注ぐだけ。あっという間に、全く手を汚さずにオイル交換ができました。
 いつも使っているオイル添加剤オイールも150mlほど入れて作業終了。アイドリングの音が全く違う(そりゃそうだ)。
 今度は春に交換します。こんなに楽で安上がりだったら頻繁にできそうですね。春はオイルフィルターも交換しよう。
 さて、問題は私の乗っているエブリイです。基本アルトと同じエンジンなので大丈夫だろうと思っていたら、なんと、オイルゲージの穴が小さくて、オイルチェンジャーのノズルが入りません。結局今日はあきらめました。細いパイプを買ってきて取り付けてみようかな。悔しいのでなんとかしてみせます(笑)。

潜らずにオイル交換!これなら作業は楽チン!!!手軽にエンジンオイル交換!手動式オイルチェ...

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2012.10.13

追悼 丸谷才一

20121014k0000m040063000p_size5 に入ろうかという頃になって訃報が飛び込んできました。
 ご著書をそれほどたくさん読んだわけではありませんが、私は丸谷さんから大きな影響を受けています。
 高校から大学にかけて、私は「言語美学」という学問(?)に興味を持っており、その資料としていろいろな人の「文章読本」を読みました。その中でも繰り返し読み、最も共感をもって心動かされたのが、丸谷才一さんの「文章読本」でした。
 特に、和歌に対する丸谷さんの思い入れは、青年だったワタクシにそのまま受け継がれたとも言えます。それが最近になって「短歌」をという形で実を結んでいるとも言えましょうか。
 今日は実は作家江宮隆之さんの講演を聴いてきたんです。多岐にわたって勉強になりました。その中でも、「白磁の人」浅川巧の活動を通じて、「木を植える」「種を蒔く」ということの尊さを語った部分は心に残りました。100年後、つまり自分自身はその成果、結果を見ることができないが、それでもしっかり木を植える、種を蒔く、それこそが教育の本質であると。
 そういう意味では、丸谷さんは私にしっかり種を蒔いてくださったと言えますね。30年後に芽が出ましたから。
 それから丸谷さんと共有したことと言えば、横浜ベイスターズがありますね。38年ぶりの優勝の時には、どれほどお喜びになったことでしょう。きっと私以上に興奮されたことでしょう。
 しかし、今年DeNAになり、そしてあのような惨憺たる結果に終わったのを見て、どれほど落胆されたことか。
 昨日は鈴木孝夫さんの著書を紹介しました。丸谷さんと鈴木さんはまったくの同世代です。
 お二人に接点はあったのでしょうか。私の知る限り、お二人と交流のあったのは(私の片思い的論敵)故大野晋さんです。
 たとえばこちらの本でお三人の名前が並んでいるのを見ることができますね。
 大正生まれの筋金入りの日本人が一生懸命蒔き植えてくれた魂や志を、まずは私たち昭和生まれの日本人がしっかり育てなければなりません。
 まさに遅ればせながらではありますが、最近ようやく私もその気になってきました。江宮隆之さんのおっしゃるとおり、私たち教育に携わる者の自覚と行動が問われているのだと思います。
 丸谷才一さん、本当にありがとうございました。ご冥福をお祈り申し上げます。

Amazon 文章読本
 

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2012.10.12

『あなたは英語で戦えますか…国際英語とは自分英語である』 鈴木孝夫 (冨山房インターナショナル)

I119_lrg 日はコロンブス・デー。1492年コロンブスがアメリカ大陸を「発見」した日です。
 この「発見」にはいろいろな問題点がありますが、この本で鈴木孝夫さんは、ヨーロッパ人がいろいろな場所の現住民を人間と思っていなかった証拠として、この「発見」のことを非難しています。せめて「到達」と書くべきだと。
 もうアメリカ、イギリス中心の世界観や英語観は捨て去りましょうというのがこの本の中心的なテーマになっています。
 特に英語に関しては、英語ネイティヴの英語を追っかけるのは全く意味がなく、自分流、つまり日本人なら日本人流の英語でいいではないか。言葉の外見的なこと(たとえば発音)はもういいから、語れる内容や態度や心構えを持とうと。
 通じればいい。そのためには「English」ではなくて「Englic(イングリック)」でいい。もうそれを何十年も主張し続けているのが鈴木孝夫さん。
 ちょうどこの前の出口光さんの講演も同じ内容でした。
 私は鈴木孝夫さんに実に大きな影響を受けています。言語学や社会学はもちろん、国家観や歴史観、ライフスタイルに至るまで、実は最もリアルに真似をしているかもしれません。
 最近ちょっとご無沙汰でしたが、今までも次のような本を紹介してきました。

『英語はいらない!?』
『日本・日本語・日本人』
『日本人はなぜ日本を愛せないのか』
『私は、こう考えるのだが。―言語社会学者の意見と実践』
『対論 言語学が輝いていた時代』
『日本語教のすすめ』

 この本は、一番最初に紹介した「英語はいらない!?」に加筆修正を加えたものです。前半というか縦書き部分はほとんど「英語はいらない!?」と同じ内容です。
 私は7年ぶりに読んだので、復習するのにちょうど良かった。今の方がずっとすっきり理解、共感できたと言えましょう。
 そして、左開きの、つまり後半の横書き部分は今回新たに足された内容。そこが実に勉強になった。鈴木先生自身による「国際英語は自分英語である」、そして「鈴木孝夫流英語(こなれたイングリック?)」で書かれた(発表された)講演の内容、さらに青山学院大学の「アジア英語」研究家、本名信行さんによるスーパー解説。
 ぜひ皆さんには読んでいただき、英語コンプレックスというか、外国人コンプレックスを払拭してもらいたい。私は鈴木先生のおかげで、最近は単語を並べるパワーイングリッシュで堂々と話せるようになりました(笑)。話したいこと、特に日本については、それなりに知識と体験がある人間だと思っているので、すごく助かりました。
 私と鈴木孝夫大明神(とっても偉大で明るい神なので…笑)との間接的な出会いの瞬間は、たぶん皆さんと同じく高校の国語の教科書かなにかで歴史的名著「ことばと文化」を読んだ時だと思います。
20121013_174439 そして、直接的な出会いは7年前でした。本当にひょんなことから、なんと我が村の某所で一緒にお酒を飲む機会が巡ってきたのです。
 思えば、あの頃から我が夫婦は「突撃力」を身につけたのだと思います(笑)。大明神との出会いから、様々な「神」との出会いが始まったと言えます。
 この写真、何がすごいって…私に髪の毛があるのがすごい!wwwww
 それはいいとして、鈴木孝夫大明神、本当に博覧強記、教養はもちろんユーモアも抜群、世界的に名を残す人というのはこういうレベルなんだなあと痛感しました。
 この時以来すっかりご無沙汰しております。お元気でいらっしゃるでしょうか。
 ぜひまた一度お会いしていろいろお話したいと思います(と書くと最近実現するんですよね)。

Amazon あなたは英語で戦えますか

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2012.10.11

驚愕のラプソディー・イン・ブルー…植木等ショー『われもし指揮者なりせば』

Gershwin 年もまたジョージ・ガーシュインの勉強をしています。どういう因縁なんでしょうね。ま、今回も生徒のおかげですが。
 そうした因縁に関することや、私のガーシュイン観、ラプソディー・イン・ブルー観については、4年前のこちらの記事をご覧ください。今も基本同じことを感じています。
 さて、今日はそんな、ある意味で破天荒だったガーシュインもビックリというラプソディー・イン・ブルーを紹介します。これはすごいですよ。
Hitoshi_ueki もう解説は抜きです。理屈なんかどうでもいい。植木等の、クレイジー・キャッツの、当時の芸人さんの、あるいはテレビ番組の、そしてガーシュインのすごさを実感していただければ、もうそれで満足です。
 植木等ショー「われもし指揮者なりせば」…(1966年12月28日放送)。共演は石丸寛指揮東京交響楽団。
 予想をはるかに上回る展開。そして、驚愕の結末(笑)。昔は良かったという言葉では片付けたくありませんね。今の我々も負けてはいけません。負けたくない。私はそう思いましたよ(笑)。
 では、ごゆっくりどうぞ。


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2012.10.10

「目には目を、歯には歯を」の本当の意味

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 でも知っているこの言葉。ハンムラビ法典や旧約新約両聖書に出てきます。
 現代の私たちは、これを「やられたらやり返せ」というような意味で使っていますが、原典はそのような意味ではありません。
 だいたい日本語訳があまりよろしくない。原文に忠実に訳すと「目には目で、歯には歯で」となるはずです。
 ですから、「目をつぶされた報復には目をつぶせ、歯を折られた報復には歯を折れ」なんていう過激なニュアンスではなく、「目をつぶしてしまった罪には自らの目で償う」「歯を折ってしまった罪には自らの歯で償う」という感じでしょうか。
 つまり同害報復の法というより、過度な報復を防ぐための法なのです。「倍返しとかダメだよ」と。
 ハンムラビ法典は約4000年前のバビロニアの法典です。4000年前に、すでにこのような、争いの拡大を防ぐ知恵があったことは、ある意味驚きに値しますね。
 それを「やられたらやり返せ」と理解しているなんて、まあ人類は随分とお馬鹿になったものです(苦笑)。
 そして、さらにこの言葉(知恵)を発展させたのがブッダやイエスですね。
 ブッダはこう語ったと言います。法句経から引用します。

「私をののしった、私を笑った、私を打ったと思う者には、怨みは鎮まることがない。怨みは怨みによって果たされず、忍を行じてのみ、よく怨みを解くことを得る。これ不変の真理なり」

 つまり「我慢せよ」ということです。怨み合戦は拡大再生産ですからね。どちらかがどこかで我慢しなければ、永遠に収まりません。
 このブッダの言葉を引用して「我慢」して見せたのがスリランカです。サンフランシスコ講和会議の席上、スリランカの大蔵大臣ジャヤワルダナはこの言葉を演説に使い、日本に対する賠償請求権を放棄しました。
 一方イエスもまた、彼らしい言葉で恨みの再生産を断ち切る術を提案しました。新約聖書から引用します。

「あなたがたも聞いているとおり、『目には目で、歯には歯で』と命じられている。しかし、私は言っておこう。悪人に報復してはならない。誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬も差し出しなさい」

 いかにもイエスらしいですね。私はイエスは仏教の影響を受けていると考えています(こちら参照)。イエスの教えはブッダの教えの上を行こうとしている感じを強く受けます。そういう意味でやや極論に走る傾向が強い。
 これなんかも、ただ「我慢せよ」「忘れなさい」ではなく、「もっとやらせなさい」という感じすらする。お釈迦様からすると「なぜ相手にさらに悪をなさしめるのか」ということになりそうですね。
 しかし、こうしたレトリックというかある種の物語性が、人々の共感を生んだことも事実であり、その点、イエスは非常に演出に長けた宗教家であったとも言えそうです。釈迦の教えはある意味科学的すぎて、なかなか理解されませんでしたからね。
 いずれにせよ、今の日本の状況、あるいは日本を取り巻く状況を考えると、「目には目を、歯には歯を」という言葉の真意と、そこから発展した先人の知恵を、今一度味わってみる必要がありそうです。

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2012.10.09

古楽のお話(テレマンの名曲2曲)

Imgres 日の…いや、ここのところずっと続いてますね。「時間」に関するシリーズ。
 今日も「過去」との付き合い方について書きましょう。いちおう自分のフィールドでのお話です。
 私は「古楽」というのをやっています。30年くらいやってきました。ヨーロッパの17、8世紀の音楽を、その当時の様式の楽器を使って弾いているんです。バロック・ヴァイオリンとかヴィオラとかです。
 ま、正確に言うと、その時代の日本の音楽もやってます。いちおう琴、三味線は弾けると言えば弾ける。昨日は尺八でジャズのジャムセッションに乱入して(音が出ず)笑いをとりましたっけ。
 で、なんでそういうことをするかというと、やはり、その当時の楽器(やその忠実なコピー)を使い、当時の楽譜(のコピー)を使って、当時の習慣や技法になるべく近づけて演奏するとですね、得をするんですよ。
 当時のスタイルで弾くこと自体は、もしかすると音楽の本質とは別の次元にあることかもしれません。道具や学問よりも魂で勝負しろ、というのも分かります。しかし、その魂の部分に迫るためにも、やはり「当時の〜」、つまり「昔の〜」「過去の〜」をなるべく忠実になぞった方がいいんです。
 どこかにも書きましたが、「楽器が教えてくれる」ことってたくさんあるんです。特に古いものは、近代的な意味では未発達であるがために、不自由であったり、不便であったり、しかし、だからこそその時代の人々の苦労や工夫や執念(場合によっては諦念)みたいなものが伝わってくる。
 それで、そういう道具と一体化するとですね、体が頭に何かを教えてくれるわけですよ。理屈ではないし、メソッドでもない。それが文化なのかなあ、伝統なのかなあ…とにかく、ある瞬間にふと分かるというか、分かっていることに気づく時があるのです。
 そして、昨日も書いた「守破離」ではないけれども、そこから今度は現代人である自分の感性で解釈してみると、新しい表現というのが見つかるのです。
 今の自分が過去と結婚して未来を生むって書いたじゃないですか。それですよ。やっぱり「温故知新」ですかね。
 だから古楽は面白いしやめられないのです。聴くことに関しては、バロック音楽が特別に好きなジャンルではないけれども、演奏するのは楽しい。西洋人でも、金星人…いや近世人でもないけれども、だからこそ異次元、他者と一体化する歓びがあるんです。
 というわけで、今日は古楽の隠れた名曲を2曲紹介します。バロック時代の超売れっ子作曲家テレマンの作品です。
 両者とも今は一般には使われなくなった楽器が活躍する曲です。
 まずは「ヴィオラ・ダ・ガンバと弦楽合奏のための組曲ニ長調」です。私、高校時代、この曲が大好きで
した。ガンバという、もう当時時代遅れになっていた楽器を使って、こんなに新しい響きを作ったテレマンはやっぱり天才ですよ。かっこいいフレーズが随所に出てきますね。
 ちなみにこの曲はまだ自分で演奏したことがありません。たぶん死ぬまでにはやる機会があると思いますが。
 楽譜はこちらにあります。当時の手稿譜のコピーです。便利な時代ですね。楽譜を見ながら聴いてみましょう。
 ガンバパートは基本アルト記号で書かれてますね。ああ、やっぱり普通のヴィオラで弾くことも想定してたみたいですね。そういうのもこうしてマニュスクリプトを見ると分かる。途中、写譜間違いがあるところがカワイイですね(笑)。3小節間、一段間違えて写しちゃった。あるある(笑)。

 続きましては、さらにマイナーな楽器のためのマイナーな曲。曲調もマイナー(短調)です。これは隠れた名曲中の名曲ですよ。「二つのシャリュモーと弦楽合奏のための協奏曲ニ短調」。
Images シャリュモーって、リコーダーにシングルリードをつけたような楽器です。「シャリュモー」って「チャルメラ」と同源の言葉ですね。いわゆるチャルメラはダブルリードですが、こちらは1枚。
 このシャリュモーを、あのフルートをも近代化したデンナーさんが改造して、クラリネットができたとのこと。たしかにクラリネット風の音がしますね。
 それにしてもこの曲はすごい。暗い。暗いというかテレマンにしては珍しく内省的です。3楽章なんか、あの「受難のコラール」を思わせる旋律と、ロマン派か!?というような半音的和音進行がたまりません。
 これもまた楽譜がこちらにあります。
 うわっ、これは現代にはない音部記号ですぞ。1stシャリュモーはフレンチクレフ。2ndはヘ音記号ですか?。しかし、出てくる音は1オクターヴ上ですよね。やっぱり違う楽器で演奏することも想定したのかなあ。あるいは「バス・シャリュモー」とかあったのかな。謎。
 この曲はやる機会があるかなあ…普通に考えてないだろうなあ。誰かシャリュモーやりませんか?

 というわけで、今年の秋はいつもと違って出演コンサートが全くありません。バロック・ヴァイオリンも長期貸出中です。
 そろそろウズウズしてきたかも。

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2012.10.08

過去と結婚して未来を生む(短歌・ジャズ・プロレスに思う)

20121009024 日はいろいろ考えたなあ。考えさせられたという方が正しい表現か。
 いろいろ考えさせられたけれど、なかなか結論は出ません。しかし、今考えていることが、なにかことの本質に迫るために大切なもののような気がしています。
 だから、個人的な備忘という意味も含めて、ここに思索の断片を記しておきたいと思います。
 昨日の記事に書いた藤巻亮太くんのソロ活動のことから、いろいろと頭を巡るものがあります。
 未来を切り拓くために過去をどう扱えばよいか。時間の流れの問題と絡めて、過去の意味と価値をどう考えるかということですね。
 つまり、時間が未来から流れてきているとすると、過去は単なる情報に過ぎず、直接現在や未来の「因」にはなりえないという点についてです。
 過去自体は変えられない(過去の解釈はいくらでも変えられますが)、そういう意味で、今日のテーマというか、ある意味厄介な相手だったのは「温故知新」という言葉です。
 今日は午前中、短歌をいくつか作りました。お誘いいただいて、最近「未来短歌会」に入会しました。別の歌会も含めまして、月に10くらいの歌を詠まなければなりません。
 私は高校時代「和歌」に憧れて、ずいぶんたくさんの「相聞歌」を作りましたが(笑)、それ以来全くやっていませんでした。それがひょんなことから(いや運命的に)2年前から突然「歌人」への復活を遂げることになり、そして現在に至っています。
 やってみると、それなりに自分の経験(たとえばこのブログを綴ることなど)が役に立ち、たしかに産みの苦しみはあれど、しかしアマチュアであるからこその気楽さからか、それとも元々の非苦労性なのか、とにかくけっこう楽しいのですね。
20121009023 で、私は和歌についてはそれなりに読んで詠んできたけれど、いわゆる近代短歌については、ほとんどシロウトというか無知無学でして、だから「温故知新」という言葉を使うなら、私にとっての「故(過去)」というのは千年昔、近くとも五百年くらい前のことなんですね。
 しかし、今の私にはそれで充分な気がするのです。ごめんなさい。たぶん、近代短歌の勉強をするのが面倒なのだと思います。自分の怠慢の言い訳になってしまいますね(苦笑)。
 それを承知の上で、短歌に関しての「温故知新」を、あえて別の言葉で言うならば、「過去(情報)と現在(私)が結婚して未来(新たな作品)が生まれる」という感じです。新たな作品が「未来」だというのは、未来短歌会とかけているわけではなく、普通に「作品は向こうからやってくる」からです。決して今の自分や過去の自分が作ろうとして出来上がるものではない。
 作ろうとすれば作れるとも言えます。しかし、それは「予定調和」や「予定不調和」でしかなく、自分にとってもなんの面白みもない作品、いや情報にすぎない。
 はっきり言って、(シロウトが垣間見ただけですが)現代短歌には、そうした「予定調和」や「予定不調和」が多いような気がします。どちらかというと「予定不調和」かなあ。たとえば、「そう来たか」と思われるように視点に奇を衒うとか、上の句と下の句のギャップを狙うとか、わざと難解な言葉を並べるとか、そういう方向に行きがちかなあと。
 もちろん、こういうことを言うと「専門家」の方々から異論反論が来ます。そこがまた難しいところなんですね。つまり、私はシロウトの立場で物を言っているわけですけれども、芸術は基本「エンターテインメント」です。昨日も書きました。自己満足、自己陶酔、そして身内の暗号ではいけないんですよ。
 午後は、我が校のジャズバンド部の10周年記念パーティーがありました。ジャズなんかもいわゆる「モダンジャズ」から「現代ジャズ」へと、ある種の内面化、暗号化が進みました。
20121009029 また、夜は新日本プロレスの両国大会を観て、それこそいろいろと感じ、考えるところがありました。今回の大会のテーマは「今のプロレスはプロレスにもなっていない。曲芸だ。サーカスだ。仲良しこよしの学芸会だ」という「過去」からの断定に対して、現在の、いや未来のプロレスとはこれだという答えを見せることにありました。
 こういう問題は、これらの分野に限ったことではなく、また、この21世紀のこの瞬間に限ったことではなく、どの「現代」「今」にもあったことしょう。そう、「最近の若いもんは…」という言葉がずっと繰り返されていることからも分かりますね。
 では、我々はそれをどう乗り越えていったのか、あるいは乗り越えていくべきなのでしょうか。
 で、今日の私の結論は、さっきも書いたとおり、「過去と結婚する」しかないかなと思うわけです。
 自分のことで恐縮ですが、たとえば短歌については、和歌世界と、それなりに連れ添った時期があるんですね。実際の結婚と一緒で、相当の異文化ですよ。それを相手の流儀に合わせて、そして真似してみる。
 そう、観阿弥・世阿弥の言う所の「物学(ものまね)」ですよ。招いて一体化するわけです。そこで生まれてきたモノが「未来」にほかなりません。
 世阿弥の「守破離」で語ると分かりやすいでしょうか。守る対象は「過去」。破る主体は「現在」。離れた結果が「未来」。
 だから、今日のプロレスに関して、鈴木みのるが言った言葉は実に深いのです。
「今のプロレスラーやファンたちよ、お前ら昔のプロレスを命がけで体験しているのか。逆に昔のプロレスラーやファンたちよ、お前ら今のプロレスを命がけで体験しているか」(私による意訳です)
 どちらも体験できるのが、実は私たち「今」を生きる者の特権じゃないですか。そのどちらかだけを体験して、あるいは両方かじっただけで、とやかく言うなと。言ってもいいが、そこからは何も生まれないと。そういうことです。
 なんとなく、まとまらないし、違うところがある予感もしますが、今日はこんなことを思いながら、短歌を作ったり、ジャズのセッションに尺八で乱入したり、プロレスを観戦したりしました。明日のために記録しておきます。

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2012.10.07

アーティスト・ドキュメント 『藤巻亮太 レミオロメン活動休止からソロへ』 (NHK BSプレミアム)

20121008_94132 こまで核心に迫れたか。いや、迫りすぎてはいけないのだろうか。
 芸術家にとっての活動スタイルの変更というのは、たいがいが「慣れ」に対する抵抗、そしてある種の商業主義からの脱却という意味合いが大きいと思います。
 藤巻くんもおそらくはそうした「普通」の旅路を歩んでいるものと見えます。ですから、彼が10年続けてきた、いや小学校時代から続けてきたとも言える「レミオロメン」という「お友達」関係を、一度振り払ったことは、私にとってはある意味自然な流れでした。
 もちろん、デビュー以来ずっと応援してきたバンドが活動休止になるということは残念でしたが、私くらいの年になると、あらゆる分野でそういうことを体験してきているので、単なる哀しみや落胆ではなく、(再結成も含めて)明るい未来への道程であるととらえることができるようになります。
 そういう意味で、今日のこの番組で語られたことは、ほとんど想定内であったとも言えます。藤巻亮太自身の物語というよりも、アーティスト、ミュージシャンとしての普遍的、一般的な物語と感じられました。
 他生のご縁か、間接的ではありますが、彼の人間性や音楽観、世界観に触れる機会があった私としては、そういう想定の奥にある、彼自身の「そこ」に至ったきっかけを知りたいような気がしました。
 安定していたとも言える一連のバンド活動の歴史の中に、私生活の変化、他のアーティストとの出会い、志村正彦くんの死、そして震災というような、その「安定」や「心地よさ」を揺るがす事件が、運命的な意味合いで連続し、彼の「心」ではなく「魂」を動かすことになったと思うからです。
 特に私は、志村くんの死が一つのターニングポイントになったと感じます。こちらに書いたように、藤巻くん自身もそれについて、音楽家として作品を絞り出すことによって一つの答えを出そうと努力していました。
 フジファブリックの場合は、(結成当時は別として)もともとが「志村正彦と職人集団」でしたから、志村くんが今回の藤巻くんのような心境になった時、バンドとしてCHRONICLEのような「ソロ」アルバムを作ることができました。
 しかし、レミオロメンは違った。いくらそれぞれがプロ意識に徹しようと、やはり幼馴染みバンドであって、本当に一人になることはできなかった。想像すれば分かりますよね。だから、解散する必要はなかったけれども、活動休止にする必要はあった。
20121008_110018 藤巻くんがソロ活動を始めて、まだ数曲しか私は聴いていませんが、ある意味では彼もご多分にもれず、内側に向かう音楽を作ろうとしていると感じます。
 ええと、そうですね、たとえばこちらに吉井和哉さんのソロ活動について書きましたけれども、やはり、藤巻くんも「短調」で「単調(悪い意味ではなくシンプルということ)」な音楽を指向していくと思います。
 そこで、どこまで自分の魂と向かい合えるか。どこまで深く入り込んでいけるか。その作業に何年を要するのか。
 ビートルズは、バンドとしてあまりに世界を変えてしまったため、その分、それぞれのソロ期間が膨大に必要でした。その結果、結局再結成はなかった。
 志村くんは、あの「ソロアルバム」を作ったあと、再び他力を重視した、たとえばTEENAGERのような方向に舵を取るつもりだったと思います。つまりバンドに帰っていくつもりだった。
 しかし、その「ソロアルバム」で、あまりに命懸けの作業をしてしまい、結果として再結成はなくなってしまいました。
 そういう志村くんの姿と音楽に触れた藤巻くんの魂の揺れは想像に難くありません。
 もちろん、それだけではないと思いますが、たとえばそのような、誰かとの奥深い部分での魂の共鳴がなければ、このような大きな決断に至らなかったでしょう。ただ、音楽への誠意だけではないと思うのです。
 いずれにせよ、藤巻くんが、他の二人のメンバーと比べて、多少「宗教的」な素質を持っていると感じるのはたしかであり、その次元での行き違いがあってもおかしくなかったと思います。いや、他の二人より次元が高かったという話ではありませんよ。高い低いではない。ステージの種類が違うということです。
 逆に言えば、最終的に藤巻くんは、元のステージに帰ってこなければなりません。音楽とは決して自己満足や自己研鑚の道具ではなく、あくまで「つなぐもの(エンターテインメント)」だということです。
 これからの彼の活動に注目し、そして期待したいと思います。とりあえず、明るく元気な姿を見ることができて、ちょっと安心しました。
 彼はきっと一回り大きくなって戻ってくると思います。

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2012.10.06

『スティーブ・ジョブズ名語録』 桑原晃弥 (PHP文庫)

514_original ティーブ・ジョブズが亡くなって1年になります。
 昨年の今日の追悼記事に書いたとおり、私は彼を技術者や経営者とは考えていません。出口王仁三郎のような「世界改造業者」、すなわち宗教家であり芸術家であり夢想家であったと思っています。
 今日は我が校で若手対象の研修会が行なわれました。非常に示唆に富む内容の研修であったと思います。いつもながらでありますが、教員の世間知らずぶりを痛感しました。
 その中で、イチローの小学校6年生の時の「将来の夢」が取り上げられていました。数億分の1の天才の少年時代の夢と凡人の私たちの夢を同列に並べるのはどうかというような結論になっていましたが、私はある意味では、天才たちの「夢」にこそ学ぶべきものがあると思います。
 違う言い方をするなら、「世界を改造する」レベルの壮大な夢(妄想)を持ち続けることができる人を天才と呼ぶのかもしれないということ。
 そういう意味で、私たちは天才になれなくとも、天才に近づくことはできる。限りなく天才に近い凡人になれるかもしれない。
 いや、天才の夢なんて、それは特殊なケースでしょと言った途端、私たちは凡人の中の凡人で終わることを選択してしまいます。つまり、世界に(良い)影響を与えることなく、せいぜい自分の半径20メートルの中で生きていくことになるのです。
 別にそれでもいいじゃんと言う方がいても、もちろん問題ありません。しかし、人は生まれた時から、実はどんどん外に向かって広がっていこうという意志を持っているのもたしかです。
 自分とごく周辺の狭い世界で生きることには、不思議な寂しさが伴うものです。だから、そうなりたくないという本能が働いて、たとえばこの「スティーブ・ジョブス名語録」なんかを読むことになるのでしょう。そうして、本来の可能性を思い出そうとする。
 というわけで、私もご多分にもれず、一周忌の日にこの本を読んでみました。2時間もあれば読める量ですからお手軽です。
 非常に印象的だったのは、やはりジョブズが宗教家的(王仁三郎的?)に、強烈な夢想力を持っていたこと。そして、それと連関して、やはり「予言者」的であったということですね。
 ここのところのマイブームである「時間は未来から過去へと流れている」「良き未来をイメージせよ」という仏教的な視点からすると、ジョブズはまさに真の宗教家であったと言えそうです。
 同僚の言葉や桑原さんの解釈も含め、いくつかの名言をピックアップしてみましょうか。

 「(プロホッケー選手グレツスキーの言葉を引用して)『私が滑り込んでいく先はパックが向かっていくるポイントであり、パックがあったところではない』」

 「何が起こるかをぴたりと当てることはできない。しかし、我々がどこへ向かっているかを感じることはできる。それにはけっこうな精度がある」

 「次にどんな夢を描けるか、それがいつも重要だ」…もう変わらない過去より、これからどう変わるかという自由な発想が大切だ(桑原)。

 「(同僚の比嘉ジェームスの言葉)スティーブは、水平線のかなた、数千マイルも向こうを見ることができます。でも、そこにいたるまでの道がどうなっているかは見えないのです。これがスティーブの才能であり、失脚の原因です」

 「どうしてみんなわからないのかな? 僕にはよく見えているんだけどなぁ」

 「あとは一歩下がってよけいなことをしなければ、ものごとはひとりでに進んでいくものだ」

 「(大方の予想を裏切ってアップルの株価がデルのそれを上回った時の言葉)マイケル・デルも未来を予想できるわけじゃない」…たいていの人は現在の延長線上に未来を描こうとする。だが、ジョブズにとっては未来は変えるものだった(桑原)。

 「人がすぐれた仕事をできないのは、たいていの場合、彼らがそう期待されていないからだ。誰も本気で彼らのがんばりを期待していないし、『これがここのやり方なんだ』と言ってくれる人もいない。でも、そのお膳立てさえしてやれば、みんな自分で思ってた限界を上回る仕事ができるんだよ。歴史に残るような、本当にすばらしい仕事がね」

20121006_182214 どうですか。やはり彼は未来(上流)にビジョンを描き、すなわちイメージボールを投げ続け、それが流れてくるのを待っていたという感じがしませんか。つまり、未来を変えていったということです。それはもちろん自分自身の未来でもあり、同僚の未来でもあり、会社の未来でもあり、世界の未来でもあったのです。
 ジョブズが曹洞禅を学んだことと、こういった発想や行動とは、やはりどこかでつながっているのでしょう。どちらが先か分かりませんが。
 彼の肉体はたしかに地球上から消えてしまいましたが、その魂(スピリット)は今も生き続けています。彼が夢想したように。
 そう、私たちは、彼が水平線のかなたに投げたボールを、これからもずっと受け取る権利を持っているのです。
 
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2012.10.05

追悼 大滝秀治

2 た哀しい訃報が。俳優の大滝秀治さんが2日に亡くなったとのこと。
 先日、「プロフェッショナル 仕事の流儀 高倉健スペシャル」で、相変わらずのお姿と演技を拝見し、高倉健さんと同様に思わず涙がこぼしてしまってから、1ヶ月足らずでこんな哀しい事実に直面するとは…。
 非常に残念です。劇団民藝や映画でのご活躍は言うまでもありませんが、やはりCMなどで見せる、なんとも愛嬌のある、しかし哀愁や滋味の溢れる演技というか、そう、健さんの言うとおり「生き様」でしょうかね、そういうものをしっかり表現できる名優でありました。
 今日はそんな大滝さんの、天才的な即興性の賜物と思われる「間」を感じることができる動画を何本か紹介しましょう。
 「間」は、ある意味理不尽な空間を生み出します。それこそが個性であり、存在感なのでしょう。
 こういう方はもう現れないかもしれませんね。関根勤さんの敬愛の念に満ちた笑顔が、私たち日本人全ての大滝さんへの気持ちを代弁していると思います。

番外編

 ご冥福をお祈り申し上げます。

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2012.10.04

方丈記に見る大地震と人の心

E0009760_1447815 変忙しいので人の手を借ります。鴨長明さんの手です。
 皆さんは「大地震」をなんと読んでいますか。「だいじしん」ですか、「おおじしん」ですか。これって今では半々くらいになってます。ちなみにNHKは「おおじしん」だったかな。
 本来「地震」が音読みですから、「だいじしん」と読みたくなるところですけれども、古い文献を見ると、どうも「おおじしん」が先で、「だいじしん」は室町くらいから増えてきたようです。
 私が思うに、おそらく「地震」の和語「なゐ」の方が一般的だった頃は当然「おほなゐ」と読んでいて、「ぢしん」という漢語がそこに一般化してきて中間型の「おほぢしん」が発生したのではないか、そして、鎌倉以降漢語が世俗化するにあたって、「大〜」を「だい〜」と読むことが増え、その結果、「だいぢしん」も一般化したのではないか。ま、まったくなんの検証もしていませんが、たぶん間違ってませんよ(根拠のない地震…いや自信)。
 さて、今も出てきた「おほなゐ」で思い出すのが、かの方丈記にある「大地震(おほなゐ)」の項です。
 これは1185年8月13日(元暦2年7月9日)の正午ごろに発生した、いわゆる「元暦地震」に関する記事です。
 これは誇張だろ、というような記述が連続しますが、内陸直下M7.4と想定される地震ですから、間違いなく京都附近は震度7の揺れになったことでしょう。
 さて、ではお読みください。古文ですから縦書きにしてみましょう。比較的分かりやすい文章ですので、現代語訳はいらないと思います。

 また、同じころとかよ、おびたたしく大地震ふること侍りき。そのさま、よのつねならず。山はくづれて、河を埋み、海は傾きて、陸地をひたせり。土裂けて、水湧き出で、巌割れて、谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ舟は波にただよひ、道行く馬は足の立ちどをまどはす。都のほとりには、在在所所、堂舎塔廟、一つとして全からず。あるいはくづれ、あるいはたふれぬ。塵灰立ちのぼりて、盛りなる煙の如し。地の動き、家のやぶるる音、雷にことならず。家の内にをれば、たちまちにひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや、雲にも乗らん。恐れの中に恐るべかりけるは、ただ地震なりけりとこそ覚え侍りしか。
 その中に、ある武者のひとり子の、六つ七つばかりに侍りしが、築地のおほひの下に、小家をつくりて、はかなげなるあとなしごとをして、遊び侍りしが、俄かにくづれ、埋められて、跡かたなく、平にうちひさがれて、二つの目など一寸ばかりづつうち出だされたるを、父母かかへて、声を惜しまず悲しみあひて侍りしこそ、あはれに、かなしく見侍りしか。子のかなしみには、たけきものも恥を忘れけりと覚えて、いとほしく、ことわりかなとぞ見侍りし。
 かくおびたたしく震ることは、しばしにて止みにしかども、そのなごり、しばしは絶えず。よのつね、驚くほどの地震、二三十度震らぬ日はなし。十日・二十日すぎにしかば、やうやう間遠になりて、あるいは四五度・二三度、もしは、一日まぜ、二三日に一度など、おほかた、そのなごり三月ばかりや侍りけん。
 四大種の中に、水・火・風はつねに害をなせど、大地にいたりては、ことなる変をなさず。昔、斉衡のころとか、大地震ふりて、東大寺の仏の御首落ちなど、いみじきことも侍りけれど、なほ、この度にはしかずとぞ。すなはち、人みなあぢきなきことを述べて、いささか心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日かさなり、年経にし後は、ことばにかけて言ひ出づる人だになし。

 これは大変ですねえ。実際、この地震では比叡山や洛内の寺社の多くが倒壊傾斜し、宇治川の橋も落下したという記録が残っています。ちなみに冒頭の「海は傾き」の「海」とは震源に近い「琵琶湖」のことです。
 この方丈記の記事で重要なのは、後半の余震活動についての部分と、人の心についての部分でしょうね。
 余震は次第に収束してゆきましたが、3ヶ月は比較的大きな揺れがあったことが分かります。
 そして、最後の方にあります文章。その本質的な内容がこのたびの東日本大震災にも当てはまるのかと思うと、なんとも言えない気持ちになります。訳してみましょうか。
 「その(855年斉衡の地震の)直後には、人は皆、人間の力ではどうしようもないというようなことを述べて、少しは心の濁りも薄らいだかと見えたが、月日が重なり、年を経てしまったのちには、言葉に出して言い出す人さえもなくなった」
 大自然災害があると、人間は自らの無力さを痛感し、自然や神仏への畏敬の念を思い出しますが、時が経つとそんなことも忘れてしまい、また煩悩まみれの自己中心的な存在になってしまうということでしょうか。
 そして、忘れた頃にやってきたのが、斉衡の地震をはるかに上回る元暦地震だったということです。

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2012.10.03

稲刈りという神事

Gedc4183 日は中学3年生が稲刈りをしました。田植えという神事という記事で紹介した、あの明見の田んぼが、その祭の舞台です。
 豊葦原瑞穂の国という言葉を実感できる瞬間ですね。富士山麓の清冽な水と空気と光と、そして子どもたちの魂、土地の持つ霊気をたっぷり吸い込み、たわわに実った見事な稲穂。それを子どもたちが丁寧に鎌を振るって刈り取ります。
 一粒の種もみから数百粒の米が生まれるという不思議を体験すると、自然の神々に対する感謝の気持ちが湧いてきますね。こういう子どもたちにとって貴重です。
 そして、いつか書きましたね。実=種、結果はスタートです。
 来年の種となるお米もあれば、私たちの体の一部となっていくお米もある。こうして生命がつながっていくことの不思議にも気づきます。
Img_5653 途中カマキリやザリガニやミミズやバッタと戯れながら稲刈りを終え、笑顔でおだんごを頬張る生徒たちの様子を見ていて、ああこれはこれだけでもう立派な神事だな、稚児舞だなと思いました。美しく貴い光景です。
 本来ならば「新嘗祭」もやりたいところですね。そう、皆さんご存知ですか。11月23日の勤労感謝の日は「新嘗祭」の休日だったんですよね。勤労感謝の勤労とは、すなわち農作業のことだったわけです。天皇が初めてその年の新米を食す日。国民はその日まで新米を食べませんでした。
 たとえばそういうことを教えるのもまた、昨日書いた「日本文化のインプットとアウトプット」につながります。とても大切なことだと思いますが、どうでしょう、親や先生もこうした基本的なことすら知らないのではないでしょうか。知らなければ教えられない。
Img_5657 さて、明見での神事を終え、夜はこの神事に協力してくださった勝俣源一さんや、音楽家の瀬戸龍介さんをお招きして、「不二の仕組会」を催しました。
 初めてお会いする方も含めて、なんとなく引き寄せられた(ここ二日ほどで声をかけた)10名が、明見の話、富士山の話、伝説の話、教育の話、宇宙の話、神様の話…まあいろいろな話題で盛り上がりました。
 最近ではすっかり定番となりました、耀わん「十和田」でお水(波動転写水)をいただく儀式?も行われ6423244_1789691347_11largeました。一つの碗を共有することによって、とても高い次元で魂がつながる気がします。
 自然の中に生き、自然に生かされていることを実感し、自然(神)に感謝する。こういう日本人として本来当たり前なことを体験、共有できる日常に、そして明るい未来を語れる日常に、それこそ感謝したいと思います。ありがとうございました。

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2012.10.02

日本文化のインプットとアウトプット

Hikaru_profile 日は「キャリア」関係の打ち合わせや研修が連続してありました。
 「キャリア」という言葉は非常に微妙な言葉です。よくある雰囲気カタカナ語でもあり、実は扱いがとても厄介なのです。
 日本語にすると…「経験」ですが、特に職歴や学歴を指すとも言えます。「キャリア教育」となると、もっと複雑怪奇。国も「キャリア教育の推進」などを謳っていますが、どうも具体的な内容となると、茫漠とした霧の中…。
 しかし、実は我が高校にも「キャリア」に関するコースが開設することとなり(私の企みとも言える)、自分自身も様々な方にご協力いただいて勉強をしているところです。
 今日は実にいいタイミングで出口光さんによる「キャリア教育の真実」という講座がありました。これがなかなか面白かった。いろいろな意味で。
 まず、びっくりしたのは、一昨日たまたま紹介した「指揮者の知恵」の筆者藤野栄介さんに思いがけず渋谷でお会いしたこと。一昨日はホントになんとなく「近いうちに藤野さんと再会し、いろいろとお話をしようと思います」と書いたのですが、まさかこんなにすぐ現実のものになろうとは…ちょっと最近の私の予知能力(?)はコワい…書くと数日後に現実となるので(笑)。
 そして、光さんの講演が面白く勉強になりました。結局、国際的な舞台における「キャリア」力とは、日本文化のインプットとアウトプットだということ。英語力より何よりそこ。
 今日の講座はUstreamで世界中に生中継されていたのですが、そんなことお構いなしに、私は、日教組の悪行によってまさにその日本文化のインプットとアウトプットが正常になされない教育が施されていることを大声で語ってしまいました(苦笑)。ま、いいや、ホントだから。
 おかげで、大喝采浴びちゃいましたし、それこそ想定外の素晴らしい方々とお会いすることができました。やっぱり思い切ったアウトプットは大切だな。
 実際そうなんですよね。自虐史観とか、文学に偏った国語教育とか、そんなことは、もう散々書いてきましたから繰り返しませんが、藤野さんに言わせれば、音楽教育もひどいと。たしかになあ。
 いろいろ書きだすとキリがありませんし、一方で私は、これも時々書いているように、なんでも日教組やGHQのせいにすればいいとは思っていません。やはり日本人自身、教員や子ども自身の弱点もしっかり指摘したいと思っています。
 それから、「国際的な日本人」を増やすにはどうすればよいかというブレーンストーミングでは、私は次のことを主張させていただきました。
 まず、自分自身を愛せない者が他者を愛せるわけがない。自分の所属する集団に誇りを持つことができず、愛することができければ、他集団を尊重できるわけがない。愛国心は郷土愛を生み、家族愛を生み、社会的共同体への愛を生む。愛国心と言うと抵抗があるのなら、「母国愛」と言おう。それをあえて育てずとも、自然な発生や成長を妨げることはしたくない。これはたぶん藤原正彦さんの受け売りですが(笑)。
 また、共通語としての論理力を鍛えたい。外国語の学習はその後からでも遅くない。これは出口汪先生の受け売りですが(笑)。
 結局、これらが日本文化のインプットとアウトプットにつながりますよね。
 このたび安倍晋三さんが自民党総裁となり、次期首相になるであろう状況になってきた今、私たちは本来の日本の教育を取り戻すチャンスを迎えることになると思います。
 その中の「キャリア教育」を指向・思考・試行していきたいと考えています。

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2012.10.01

良き未来をイメージせよ。

20121002_64323 日は学校で講演会がありました。本校を卒業後、航空自衛隊や防衛省で大変重要なお仕事をされ、先ごろ叙勲を受けた方です。
 中でも要人警護においては日本のトップに立たれ、政府専用機において歴代総理大臣や皇族の方を警護し世界各地を飛び回ったとのこと。
 周囲が東大、慶大、防大などのいわばキャリア組ばかりの中、高卒でそこまで到達するのはどれほど大変だったことか、想像するに余りあります。
 実際、睡眠時間を削り、人の数倍努力してきたことを、淡々とではありますが語られておりました。それはそうでしょう。
 ただのお金儲けの仕事とは違います。お金はちょっぴりでいいから、とにかく世のため人のためになりたいという純粋な情熱。これは実に貴いと感じました。
 いや、本当に男らしい男というのを久しぶりに拝見した気がしました。素晴らしかった。
 その方が最後に、「良き未来をイメージせよ」というメッセージを生徒たちに送っていました。私は、ああやっぱりそうか、と思いました。
 この前から続いている「時間は未来から過去へと流れている」という話に関係しますね。
 イメージした未来が現実のものとなる。因果関係の「因」は実は未来にある。自らが川の上流(未来)に流した何かが自分のところ(現在)に流れ着く。
 お釈迦様も唱えたこの時間観(感)は、ある意味科学的ではありません。いや、科学としては、イメージしたその時点を「過去」ととらえて、やはり過去に「因」があると考えるかもしれません。
 しかし、考えてみると、あらゆる生物の中で、本能的あるいは経験的な予測ではない純粋な「妄想」ができるのは人間だけかもしれない。いやいや、生物の進化を見るかぎりそうとも言えないかも。あらゆる生命の本質は実はそこにあるのかもしれませんね。
 いずれにせよ、私たちは未来をイメージすることができます。それも全く自由にです。良いイメージだけでなく悪いイメージもできます。
 スポーツやビジネスなど、いわゆる勝負事の世界では、イメージトレーニングを重要視しますよね。勝利や成功のイメージをしなさいと。これは心理学的なものではなく、実は霊的な真実に基づくものでもあります。
 我々が川の上流(未来)に何かを投げることができるとするなら、時間という流れによっていずれ自分の立っているところ(現在)にそれがやってくるわけですから、いいものを投げた方がいいに決まっています。
 逆に、悪いもの(失敗や争いのイメージなど)を投げると、それが自分に返ってくるわけですね。
 一方、たとえば今日の講演者の方などは、たしかに良いイメージをたくさんしたけれども、ある意味では想定以上の結果となって返ってきた。そういうこともあります。
 ここが未来の面白いところですね。そこには「縁」が生じるんですよ。未来には「縁」がある。つまり、たくさんの人が上流にいろいろなものを投げるわけじゃないですか。いいものもあれば悪いものもある。
 それが上流の見えない向こうの方でお互いにぶつかったり、くっついたり、邪魔しあったり、いろいろしながらこっちに流れてくるわけです。だから、場合によっては、予想以上に大きなものになっていることもあるし、砕けてなくなってしまうこともある。
 だから、どうせ投げるなら、大きくて強いものを投げる方がいいわけです。そして投げ続ける。それが「信念」や「志」じゃないでしょうか。場合によっては「はったり」という場合もありますが(笑)。
 とにかく、良いイメージ、正しいイメージを、強く強く念じ続けるということは、そういうことなのです。
 ついでに下流(過去)のことも書いておきましょう。案外こっちも重要です。
 現在はどんどん下流に流れてゆき、遠ざかっていきます。まさに「水に流す」ですよね。いや、本来「流す」ではなく「確実に流れていく」のです。未来が確実に流れてくるように。
 ですから、たとえば過去の失敗をいつまでも悔やんでいるというのは、実に馬鹿らしいことです。いわば、汚いゴミをいつまでも抱えて流れないようにして川の中に立っているようなものなのです。
 私たちの多くは、時間は過去から未来へと流れていると思い込んでいますから、現状を生んだ原因は過去にあると思って、ついつい後悔したり、ある種のあきらめを持ってしまったりしがちです。
 しかし、そういうことをしていると、上流からいいものが流れてきても、ゴミで手がいっぱいでつかまえることができなくなってしまう。こんな馬鹿らしいことはありません。とっとと流してしまった方がいいに決まっている。手放せばいいだけですから、こんな易しいことはない。
 それでも、まとわりついて離れないゴミは、きれいな水で洗い流しましょう。だから、どんどん上流がいいもの、きれいなものになるように努力すべきなのです。徳を積むということは、実はそういうことなのではないでしょうか。最近そんな気がしています。
 と、いろいろと書いてきましたが、このように考えると人生は面白くなってきますし、実際に思う方向に動いていきますし、それどころか、想定外に良い結果を得ることができるようになってきます。
 今日の講演者の方も、実に謙虚で感謝の気持ちにあふれた方でした。母校に40年ぶりにいらして、「報恩・奉仕・精進」という校訓の意味をあらためて実感なさっていたようです。冒頭、思わず涙ぐんでおられた様子に、こちらもつい目を潤ませてしまいました。
 本当に素晴らしいお話をありがとうございました。私も「報恩・奉仕・精進」の実践し、より川の上流を美しいものにする、すなわち徳を積みたいと思います。

 

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