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2012.10.30

『日本をダメにしたB層の研究』 適菜収 (講談社)

20121031_110525 B層とは「マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQが低い人たち」のことである…。
 この本は賛否両論なのではないでしょうか。しかし、それこそが筆者の目的なのかもしれませんね。
 賛否いずれにしても、心を動かされることはたしかでしょう。私もそうでした。「そうだ、そうだ」とB層を見下しバカにする自分と、「でも、なんかムカつく」と見下されバカにされた自分とが共存しているんでしょうね。世の中にも、一人ひとりの中にも。
 私も言説としては(つまりこのブログでは)けっこう適菜さんと似たことを書いてきました。たとえば、そうですねえ、「集団気分」について書いたこれとか。あるいは民主党政権誕生を憂えたこれとか。
 特に二つ目の記事で、「数年後、あるいは数ヶ月後、反省をするのではなく、逆ギレしている(愚かな)国民の姿が目に浮かぶようです。ああ、いやだなあ…」と書いているのは、適菜さんのB層への、あるいはB層を操り私利を得る層に対する嫌悪感とほぼ同じ感情の表明ではないかと思います。
 そうした私の「上から目線」に対して、当時もずいぶんご批判を頂戴しました。それと同じように、筆者にも多くの槍が飛んでくることは想像に難くありません。
 しかし、やはり私は、適菜さんの言うことに耳を傾ける必要はあると思います。ただムカついているだけではいけないと思います。逆にただ「そうだ、そうだ」と言っているだけでもダメ。
 自分自身にそういう部分、すなわちB層的な部分や、B層を操ろうとする部分や、あるいはB層をただ見下して憂いの表情を浮かべているような部分があるのではないかという検証は怠ってはいけませんね。
 この前、いじめについての討論会について書きました。そこに書いたとおり、他人事として批判や非難をしているだけではダメなんですよね。まず自分にそういう「種」がないか、そういう「芽」が出ていないかというところと向かい合わねば。
 適菜さんの著書はほとんど全部読んでいます(ブログでは「キリスト教は邪教です!(現代語訳アンチクリスト)」「いたこニーチェ」を紹介しました)。あるいはブログなども読んでいるかぎりは、そうした自己検証はしっかりなされていると思いますよ。
 ただ、こういうご時世ですから、ある意味過激な書き方をしないとなかなか世の中に伝わらない、人の心を動かせないというがありますからね、「過激な上から目線」という戦略をとったのでしょう。勇気のいることですがね。
 しかし、まあ、政治家の顔についての段で、「花を見れば無条件で美しいと思う、ブスを見れば嫌だなと思う、原口を見れば投票しない、それが本当の人の心です」と書いてしまうところまで行くと、さすがにちょっと行き過ぎかなとも思いますが(笑)。批判と差別は別物でしょうから。あんまりバカとかブスとかデブとか連発すると、ご自身にも品格がなくなり、幼児っぽく見られかねませんよ。
 適菜さんがこの本の中でも書いているとおり、なんでも二分法でものごとをとらえ、二者択一を迫り、デシタル的思考に陥ってしまうことは避けなければなりません。分からないもの、専門外のものには、立ち位置決定の態度を保留すべきというのには、私も賛成します。
 片翼につくということは、敵を想定するということですから。そういう場合に限って、それこそ「偽史」や「陰謀論」なんてものが発生してしまいます。私はそれらを文化として研究する立場の人間ですから、決してそれらの存在自体を否定したくないのですが、やはり、そこにどっぷり浸かってしまっている人を見ると、なんとなく嫌悪感を持ってしまいます。
 この本が着いた時に、「B層を減らすのが教育」なんてツイートしてしまいました。まだ読んでいませんでしたから。しかし、今はちょっと迷いがある。
 実際のところ、教育の世界に横たわり続けている「日教組問題」なんか、私からすると、すでに半分以上「偽史」「陰謀論」の領域に入ってしまっています。つまり、そうして教育問題に積極的に発言する方々自身が、B層的思考をしてしまっている。そういう人が「我こそB層を絶滅させる!」とか意気込んでいることが多いのです。実はちょっと前の私もそうでした。
 いちおう先生である私は、そんないろいろなことを思いながら、今日も明日も子どもたちに偉そうに何かを語っていかねばなりません。しかし、迷いもある。自分はいったい、この子どもたちをどういう大人に育てようとしているのか…。
 この本を読んで、ずいぶん心が動揺しているようです(苦笑)。私は適菜さんほど自信に満ちたハッタリはかませません。それは私にとっては嬉しいことでもあるんですがね。

Amazon 日本をダメにしたB層の研究

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コメント

「日本をダメにした~」ってことは、駄目じゃ無い時期もあったと言うことなんでしょうね、きっと。その時は「B層」さん達は何やってたんでしょうね? たまたま良い方向に働いたとか? それとも少数派、あるいは存在しなかったとか?

自分以外の誰かの所為にしてどうするんですかね?
自分以外の人間はそんなに信頼に値しないのでしょうかね? 友人知人、家族や教え子、みんな愚か者ばかりなのでしたら、絶望なさるのも仕方ないと思いますが。
「良き未来を想像せよ」という言葉は、諦めの気持ちから引用されたのでしょうか?


>しかし、迷いもある。自分はいったい、この子どもたちをどういう大人に育てようとしているのか…。

迷って当然ですよ。信念に揺るぎない人間ほど信頼に値しないと私は思いますよ。それこそ恐ろしい。

以前も発言しましたが、生徒も様々なんですから、教師の影響力だって満遍なく伝わるわけでも無いでしょう。
庵主様がいくら粉骨砕身、生徒のために良かれとしたことでも、きっと一部の生徒には馬耳東風なのでは? でもそれは悲観すべき事なのでしょうか? 私にはいろいろな人間がいることが素直に面白く思えますし、人間という種の「強さ」も感じられるのですがね。

投稿: LUKE | 2012.11.01 00:42

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