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2012.08.15

耀わん「十和田」の旅 その1

 回の旅のテーマと言いますか、私の大事なお仕事は、今縁あってお預かりしている出口王仁三郎手びねりの耀わん「十和田」を十和田湖にお連れすることでした。なぜか…それは理屈では全く分かりません。今年このタイミングで行かねばと直感したからです。
 先日安倍昭恵さん(安倍晋三元首相の奥様)がいらっしゃった折にも、そういうお話をしました。昭恵さんは「私も行きたい!」とおっしゃっていましたが、さすがに急なことだったので、またいつかということになりました。その代わり、しっかりご報告をさせていただきました。
 さて、いろいろと詳しいことは、ここにはまだ書くべきでないとも思いますので、写真と簡単な解説をご覧いただき、皆さんにもそれぞれ自由に何かを感じていただければと思います(もちろん、アヤシい…でも結構です…笑)

↓まずは田沢湖へ。相変わらず美しい湖水の色です。
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↓この色こそウチの耀わんに近いとの話もあります。
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↓この色の水(玉川毒水)のためにクニマスは絶滅しました。
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↓今いるのは酸性に強いウグイ。
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↓こちらは先週撮影したクニマスの稚魚(山梨県立博物館にて)。田沢湖と西湖のクニマスには両地の「三浦氏」が関わっています。今そこも研究中。
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↓偏光フィルターがないとこういうふうには見えません(撮れません)。
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↓雲が不思議な模様になってきました。
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↓龍のうろこのようにも見えました。
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↓急に風が強くなって波が岩に打ち寄せはじめました。
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↓御座石神社の鳥居の赤と湖水の青のコントラスト。
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↓玉川温泉近く。赤い川。毒にも薬にもなる水。
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↓大湯の環状列石到着。野中堂ストーンサークルのすぐ横に浅間神社があります。
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↓野中堂になぜ浅間神社が…。
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↓野中堂の環状列石全景。縄文のパワースポット。
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↓野中堂の配石遺構のパワーポイントに耀わんを配置。雨がポツポツ降っていたのに、突然晴れて痛いほどの陽の光が降り注ぎました!向こうの森が浅間神社。
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↓発荷峠に着きました。いよいよ十和田湖へ。
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↓田沢湖よりも深みのある色です。
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↓湖畔に出ると、全天曇っていたのに正面に丸い穴(玉)が空いて光の階(きざはし)が降りてきました。ちなみに太陽はずっと上にあります。
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↓さっそく十和田(山)神社へ。
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↓正式な由緒に出てくる「甲斐の白鳥の宮(不詳)」についての新情報を伝えようかと思いましたが、宮司さんはおらず。
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↓南祖坊ゆかりの占場へ。富士山の青木ケ原樹海と同時期(貞観)に同じような条件でできた岩と森なので、全く同じ臭いがします。不思議な感じ。
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↓青龍大権現。いよいよ来ました。
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↓この色はまさに青龍。ここで全く驚きの出会いが…。
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↓ここには私以外にもう一人男の方がいらっしゃいました。直感的に声をかけてみると…なんと王仁三郎のことを(知識として)よくご存知の方!お名前を聞いた時には鳥肌が立ちました。というのは十和田湖に来るまでの道すがら気になって寄った神社が三つとも「◯◯神社」だったのですが、その方の苗字がまさにその「◯◯」だったのです!この名前はそんなにメジャーではない。私もこういう神社があるのを初めて知ったくらいですから。これは運命とばかりに、ご一緒に耀わんを奉祀いたしました。
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↓その方と耀わんで神水をいただく。体に沁みわたる神気。
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 まあすごい一日でした。そして家内の実家に帰って来てから、あるサイトを見ていて超驚きました!
 なんと、今日8月15日は、王仁三郎が十和田湖の南祖坊の生まれ変わりとしてた出口和明さんのお誕生日だったのです!私は本当に今日までそれを知りませんでした。
 出口和明(やすあき)さんは昭和5年8月15日生まれ。ご存命なら82歳ということになります。和明さんは「十和田龍」を名乗って作家活動などをされていました。あの現代文の神様、論理エンジンの開発者出口汪先生のお父様です…もう、何がなんだか分からなくなってきました。
 そして、夜、出口家の方からお礼のお言葉をいただきました。全くそんなつもりはなかったのですが…なんという偶然、いや必然でしょう。
 私のお預かりしている耀わん「十和田」は和明さん御本人なのかもしれません。王仁三郎が異様なほどに可愛がったという和明さん。国家に弾圧された王仁三郎は獄中で最愛の孫を思ってこの耀わんをイメージしていたのかもしれません。
 そして、昭和17年保釈され、19年の12月から終戦、戦後にかけて、狂ったように耀わんの製作に取りかかりました。世界の平和を祈りながら。そのメッセージを後世に残すために。獄中でイメージした全てを具現化していったのです。
 こうして今年の終戦の日は終わろうとしていました。

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コメント

わたしも15日は奥入瀬渓流と十和田湖へ行ってきました。
どこかですれ違っていたかもしれないと思うと書き込みせずにはいられませんでした。
私にとって十和田湖は小さな頃からなんとも言えず恐ろしい存在です。
湖面を見てると吸い込まれそうな‥今回行ってもその気持ちに変わりありませんでした。
なにか底知れぬ気を感じます。

投稿: いちじく | 2012.08.17 13:38

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