フィリピン沖でM7.6…もう一度足もとを!
明日は防災の日ですし、ちょうど日本でも「南海トラフ巨大地震」の(最悪の)被害想定が出されたところでしたから、他人事とは思えない地震でしたね。
南海トラフは言うまでもなく、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに潜り込んでいるところです。そういう意味では、まさに対岸の地震ではありません。地球規模で言えば、すぐ隣で大地震が起きたようなものです。
気象庁の解説では「震源はフィリピンサマール島の東約200キロ付近。震源の深さは45~50キロでフィリピン海プレートで起こった逆断層型の地震」だとのこと。
もちろん、これによって、南海トラフ巨大地震が発生する可能性が高まったということではありません。しかし、いつも言うように毎日毎日、1秒1秒、次の巨大地震(場所はどこか分からない)が確実に近づいているのは間違いのない事実であり、そのことを忘れないためにも、私たちはこうした「隣の地震」を一つの教訓にしなくてはなりません。
南海トラフについては、たとえば今回のフィリピンのようにM7クラスで分散発震してくれれば、一番いいのですが。なかなかそううまくは行かないでしょう。東北地方太平洋沖地震でよく分かったように、日本列島近辺のプレートたちはけっこう粘り強く我慢する傾向があって、そのせいで一度破壊が起きると、その破壊が連続的連鎖的に広範囲にわたる傾向があるようです。
これは地球のある一部の傾向として理解するしかないでしょうね。自分たち人間の体にもそういう部分があるじゃないですか。あるいは日本人の精神性にもそういう点がありますよね。ストレスに強いが、それが蓄積すると一気に爆発する…やはり、人間も自然の一部であり、大地の見えない力の影響を受けているのでしょうか。
ところで、東日本大震災から1年半近くが経ち、最近ではその復興よりも、首都圏直下型の大地震や南海トラフの大地震、さらには富士山噴火に対する関心の方が強くなっているような気がします。
しかし、実際には震災としての3.11は終わったわけではありませんし、地震としての3.11もその巨大な
動きを収束させたわけではありません。
私は、東北地方太平洋沖地震の最大余震はまだ発生してないと考えています。首都圏よりも南海トラフよりもずっと直近の発生確率が高いのに、いつの間にか忘れ去られている…。
ぜひ半年前に書いた最大余震はいつ来るのか。という記事をご覧いただきたい。「東北地方太平洋沖地震はまだ死んでいない」…私の考え方は今でも全く変わっていません。
隣の地震をきっかけに、もう一度足もとを確かめた方がいいようです。
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昨日のニュースにもこんな画像が出ていました。なんかこの女性のポーズ微妙じゃないですか?ww
時代順に挙げましょうか。まずは甲斐源氏の実質的な始祖、源義清とその子清光です。
続いて鎌倉時代、かの建長寺の開山、臨済宗の僧侶蘭渓道隆です。道隆は元寇の時に蒙古のスパイと疑われたりして、何度か甲斐に流されています。
次は南北朝時代の坊主。これは案外知られていませんが、かなり危険な人物が甲斐に配流されています。その名は文観(写真は大河ドラマで文観役をやった麿赤兒さん)。
続きましては、キリシタン大名として有名な有馬晴信です(写真は…笑)。
晴信の没後20年くらいして、甲斐に蟄居を命ぜられたのが、駿府藩主徳川忠長です。二代将軍秀忠の三男。
もう一人、忠長の少しあとに、ある重要人物が甲斐に配流となっています。後陽成天皇の第8皇子良純入道親王です(写真は自筆短冊)。
地元山梨の悪口を書きます。
ずいぶん前なのですが、日本食品添加物協会から学校に送られてきた小冊子です。
キャラと言えば、(いちおう)無添加を標榜する「
「ツブカンテ」を親玉として、「かんみちゃん」「ウソコック」「ホ・ゾーン」「カーラちゃん」…なんだかすごいキャラが揃ってますね。ネーミングのみならずイラストもなかなかすごい。
咲夜・輝夜は姿が見えないように白い布(絹垣)で隠されて浅間神社から諏訪神社に移動します。
さて、富士山の神様が諏訪神社に到着すると(一度おウチに入るのだと思います)、今度は諏訪神社の本殿から出て、富士山の神、諏訪の神みんなで「明神神輿」に乗ります。
まず家の前の広場に駐車して、いよいよドライブ(旅)に出るぞ!という出発式を行います。その場所を「高天原」と言います。神官が祝詞を上げ、人々も祈ります。
そう思ったきっかけは、「クレイマー、クレイマー」でした。今日たまたま冨士浅間神社の近くで野外映画上映会があったのです。私も立ち上げに少し関わらせていただいた
それにしても、いいものですねえ。野外で映画を観るというのは。月と富士山。そこに挟まれてさそり座が見える。上映中にはスクリーンの向こうに明るいオレンジの流星が。少し寒かったけれども、それもまた「体感」としての映画にはプラスに働いたかも。体験、特に芸術的な体験にとって「場」というのは重要ですね。
正直、神様を独占状態でしたよ。まず、鳥居の手前から本殿を仰いだら、ちょうどど真ん中にお月様が!
詳細については専門家の方に譲りますが、とにかくこの火祭りはもともとは「諏訪神社」のお祭りだったのです。
富士山に諏訪の神様(建御名方命)をお迎えする際、人々が松明を持って歓迎したのが火祭りの起源ともされています。
その諏訪神社には、すでに御山神輿と明神神輿が定位置に据えられていました(ここでは御山が前です)。
まあ、かしましいですね。韓国も中国も、そして日本も。あっそうだ、竹島が自国の領土だと主張しているのは日韓両国だけでなく、北朝鮮もなんですよね。なんだか蚊帳の外で可哀想なような気さえします。いっそのこと…いやいや、これは言ってはいけないな。
今日は甲府で研修。県内の私学の先生方が集まりました。今年は本校が当番校ということで、少し緊張気味。
非常にショッキングなニュースが入って来ました。
さあ、都留音楽祭もいよいよ佳境に入りました。そう、今日は皆さんお楽しみ、世界最高レベルの宴会芸が飛び出す「クロージング・パーティー」のある日です。
ちなみに「こどもチェンバロ」とは渡辺敏晴さんが自ら設計・製作した実にかわいいチェンバロであります。
あ〜あ、楽しかった。音楽やってて、楽器やってて、スタッフやってて良かった!と思える瞬間であります。皆様、ありがとうございました。
音楽祭、今年も大変充実した内容と、そして楽しい雰囲気の中、順調にスケジュールをこなしています。
今年の音楽祭の全体合奏はシュメルツァーのレクイエムです。う〜むマニアックだ。
徳島さんの弾いている8フィート・ヴィオローネはフィリップ・クイケンの作。ちょっと珍しいタイプの楽器です。ガンバともチェロとも16フィートのヴィオローネとも違う独特の音がいいですねえ。
昨年震災のために中止になってしまった都留音楽祭。今年は無事開催に至ることができました。












































その前にですね、午前中は小学校1年生の甥っ子とずっと二人野球をやっていました。
体験的物語世界において、そういう勧善懲悪や、命の危険を感じさせておくことは、どんな教科書やどんな説教よりも大切なことですよね。いじめを始めとする現在の教育問題を解決するのは、そういう体験的物語世界しかないと、私は真剣に考えています。
今日も、芸人青木竜象さんの実況付きで、シロウトにも分かりやすく、また笑いにも満ちた楽しい大会となっていました。青木さんのプロレスLOVEぶりが伝わってくる実況、GJでした!
ウチの上の娘は我が中学・高校のジャズバンド部に所属しているのですが、そのジャズバンド部が見事厳しいオーディションを経て、東京ディズニーランドで演奏することになったんです。それが今日。
車をそこに駐めた私と下の娘は、せっかくだからどこか行こうということになりまして、市ヶ谷ならちょっと歩いて靖国神社だろうということになりました。お盆ですしね。
























まったくビックリすることばかり。いったい何がどうなっているのでしょう。いや全て運命。仕組み(しぐみ)の一部なのでしょう。






まずは、我が中学の女子柔道部の関東大会の応援に行きました。船橋アリーナ。
さて、続いてはWWEスマックダウン両国国技館「公演」です。WWE初生観戦(観劇?)。
鍛えぬかれた肉体、磨きぬかれた技術、そしてパフォーマンスとシナリオ。これはたしかに極上のエンターテインメントです。誰もマネのできない世界だなと思いました。
しっかし、不思議な空間だったなあ。アメリカの象徴たるWWEのリングとビジョンのはるか上空に、吊り屋根と日の丸。そして、スーパースターたちを見下ろす、優勝額の中の力士たち。
さて、両国をあとにして富士山に帰る途中は、オリンピックの女子レスリングに釘付けです。浜口京子は残念でしたね。もしかして引退しないかも?あるいはプロレスラーになるとか?スターダムの川葛とかどうかな(笑)。
今日はやはりバレーボールでしょう。昨日のなでしこに続き、また女子が頑張ってくれました。「折れない心と絆」…まさに「大和魂」を見せてくれましたね。
明日付けの記事にすべきですが、どうにも我慢できないのでここに記しておきます。
さて、「最後の花火」の主役である、フジファブリックの志村正彦くんですが、彼って、とってもフェミニンじゃないですか。私なんか、彼とコノハナサクヤヒメを重ねてしまうほどです。
いろいろな方との出会いがあり、そして「日本」という国について考えさせられた一日でした。
さて、今日は最初東側に駐車していたのですが、太陽の位置が変わったので、西側の木陰に車を移動しました。ちょうどそこに「天第四号国境標石のレプリカ」がありました。日露戦争に勝利し、ポーツマス条約によって北緯50度以南を日本の領土とした際の標石ですね。
さて、メキキの会の16周年の祝賀会、今年は安倍晋三元総理と奥様の昭恵さんを迎えて盛大に行われました。
さて、安倍さんの講演の中で、思いがけず明治天皇とロシア戦争のお話をうかがうことになりました。驚きました。数時間前の標石との偶然の出会いの意味が分かったような気がしたのです。
ちなみに明治天皇と出口王仁三郎の関係も実に不思議で微妙なモノですね。ここではそれについては触れませんが、我が家の耀わんもそこに関わっている…これは事実です。
東京で古典派オケの練習があり、終了後卒業生のマンションにお邪魔して花火大会を見ながらの宴会に参加しました。
もしかすると、今日の3人は名付けされてもしかたないような高校時代を送ったかもしれません。しかし、名付けは決めつけです。まあ私が彼女たちにしたことと言えば、先ほど書いたハッタリ力伝授と、あとは決めつけないことだけでしょう。
皆さんもニュース等でご存知のとおり、ホケツさんが71歳でロンドン・オリンピックに出場しました。馬術です。残念ながら予選通過とはなりませんでしたが、上品で矍鑠としたお姿が印象的でしたね。もちろん日本選手最高齢記録更新です。
ちょうど彼が失敗した時、私はあるご縁をいただいて、日本を代表するエスパーの方と初めてお会いしお話をしていました。
結局団体は中国がぶっちぎりで優勝。一方、今回の個人決勝には中国の選手は一人も出ていないので気功師の出番がなく、結果として内村選手はいつもの力を発揮して、当然のごとく金メダルを取ったと。
遅ればせながら。
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